82話:終結
「北東に戦士の一団が逃走したぞ追え」
俺はニュウナイスを翼代わりに上空から敗走兵の駆逐指示を出す。トレスマリアの拡散聴力を通じて前衛に配備された『ビースト軍』に命令が伝達され数十体の魔物が勇者連合軍の残党狩りへと向かう。
「勝利が確定した戦争の指揮ほど楽で退屈なものはないな……」
「退屈ならしりとりでもしまちゅかピクルスちゃん」
パタパタと羽をバタつかせて声をかけてくるニュウナイス。
「……いや、いい」
「でもここ最近あんまり顔色が良くないでちゅよ? 少し気分転換したほうがいいでちゅ!」
(しりとりで気分転換にはならないぞニュウナイス)
「じゃあ僕から行きまちゅね。『ピクルスちゃん』」
(そして終わっちゃったよ)
ニュウナイスは使えもしない気を使っているようだが俺の気分が悪いはずがない、惰眠を貪る生活を満喫する上で一番の懸念材料を消す事に成功したんだからな。
寒風が吹きつける上空から見下ろす戦場は、戦争初日と違って人や魔物の数もまばらであった。そしてそれはこの戦争の終結も意味していた――――
魔王連合軍と勇者連合軍、両軍合わせて一万五千を超える戦士の激突となった大戦争はたった三日で決着を迎える事となる。
近年でも類をみない規模の戦いがこれほどあっさり終わった理由はアールグレイ将軍の死を勇者側にリークしたからである。当然情報は漏れたのではなく俺の指示で漏らした。
相手の将を討ち取った方が勝利という単純なルールならこの戦争は勇者連合軍の勝ちだろう。しかし俺の中で今回の勝利条件はノワクロを始末する事でありその条件さえ満たせば、この戦争の表面上の勝ちは勇者側にくれてやっても良かった。
アールグレイ撃破の一報を受けた勇者連合軍は歓喜し、予想通り勢いを増して攻めて来た。しかし士気さえ同じであれば数と質で上回るのは魔王連合軍。
俺はアールグレイ将軍の訃報と一緒に魔王連合軍には一つの虚偽情報も流していた。内容はこうだ。
『王都カレンダ内にいる勇者ロロロイカ=ピュレは死者復活の秘宝を持っている。命を賭してアールグレイ将軍を救え!』
主君の為にと死に物狂いで戦う馬鹿どもの士気が浮かれ気分の勇者たちに劣るはずはなかった、更に勇者連合軍は標的となる将も城もない状態でただ漠然と目の前の魔物を倒すしかない。逆に魔王連合軍は一致団結し王都カレンダを攻めるという目的意識の差は明確に表れ、形勢は決定的な物となる。
両軍がぶつかり合った末、魔王連合軍の被害は約五千。そのほとんどがアールグレイ将軍の為にと先陣を切って戦った『魔王空軍』だった。そして勇者連合軍の被害は約四千。王都カレンダの兵だけでなくこの戦争の主戦力でもあった勇者ボディマスを含む勇者一行のほとんどがこの戦いで命を落とす事となった。
適材適所で相手の戦力を分散させるように魔物を配置したとはいえ予想以上に効率的な戦果があげられた理由の一つに勇者ロロロイカ=ピュレ失踪の噂があった。
希望の光である勇者を誰かが退避させたか、それとも逃げたか……そこまでは分からないが、どうやら相手のお飾り大将は戦争の途中から行方をくらませたらしい。結果として相手陣営は混乱、指揮系統にも乱れが生じ戦争に集中できない状況に陥ったようだ。
本当に想定外の出来事だったのだろうが置物のロロロイカ=ピュレが指揮を執っていたわけでもあるまいし間抜けな話だ。
俺にとって唯一、今回の戦争でのイレギュラーだったチェーンソーの勇者だけは逃してしまったがそれも大きな問題ではない。少なくともこの三日間であのレーザー砲は開始早々の一発以外は撃ってこなかった、かなり厳しい制限下でしか使えない事が容易に推測できる。なにより戦いに対する考え方が甘いのが致命的だ。あれならどこかのタイミングで情報を引き出した後、ゆっくり始末する方法がいくらでもある。大事な情報源として今は泳がせておいてもいいだろう。
裏で暗躍していたノワクロは死に、大将だったロロロイカ=ピュレは失踪、イレギュラーな火力を持つチェーンソー勇者も逃走したのか行方不明。そして他の勇者一行も全滅し、王都カレンダが最後に取れる手段は玉砕か、籠城かの二択しかなかった。
そして王都カレンダが戦争三日目に選択したのは兵を引きあげての籠城……事実上勝敗が決した瞬間だった――――
籠城に入って二日。城から逃走を図る戦士を狩るのにも飽きてきた頃、ついに王都カレンダが動く。
ギィィィと城門が大きな音を立ててゆっくりと開き王都カレンダに残っていた兵や戦士たちが決意した表情でズラリと並んでいる。
王都カレンダの周りには魔王連合軍の兵が円状に囲んでおり逃げ場はない。つまりは覚悟を決めたという事なのだろう、玉砕の覚悟を……
狂気にも似た声を張り上げて門から飛び出してくる戦士たち。勇者がいなくても、最後に兵としての、戦士としての誇りを見せようとでも言うのだろうか。カレンダの王の為だと、民の為だと雄々しく叫び猛る。個々の力は雑兵のソレだが死を覚悟した彼らの命の閃光は魔王連合軍の兵を五百近く削る。
俺はその光景を上空で眺めながらニュウナイスに話しかける。
「……ニュウナイス、しりとりでもするか」
「ふわ~ピクルスちゃんから遊びに誘ってくるなんて珍しいでちゅ!」
「ここまで来たら後は待つだけだしな。ただの暇つぶしだよ」
「今度は負けないでちゅ!」
「じゃあ俺から行くぞ……馬鹿」
「か、でちゅか……う~ん。カバでちゅ」
「馬鹿」
「カバでちゅ!」
「馬鹿」
「カバでちゅ!!」
馬鹿だ、本当に。俺ならどんな手を使ってでも生き残る道を選ぶ。どんなに汚くても、どんなに惨めでも、仲間を売ってでも……俺は自分の為ならどんな手段でも使う。玉砕覚悟だかなんだか知らないが覚悟の決め方が的外れだ。
こんな物が勇気だと言いたいのか? ノワクロ。
信じる者は救われたか? アールグレイ。
「馬鹿が……」
「カバでちゅ!! ……? ピクルスちゃん?」
「……」
「どうしたでちゅか?」
「いや、やめよう。やっぱりつまらないな……しりとり」
王都カレンダから火の手があがる。魔力の炎ではない、ただの炎。しかし木々を、家を、人を焼くには何の変哲もない炎で十分だった。そしてその炎は永遠に消える事がないのではないかと錯覚する程に大きなうねりをあげてカレンダ城を包み込む。
その日、イーシオカ大陸で百年に渡り繁栄した王都がその長い歴史に終止符を打った……
戦争編は今回で終わりです。