80話:勇者ノワクロVS将軍アールグレイ
「雷閃雷鳴」
俺は朧月夜の効果を解いて入口のないアールグレイ城の外壁に魔法をぶつける。
ドオォォン!
雷撃は大きな音を立てて城の一階部分に風穴を開ける。俺は素早く城の中へと入りこみアールグレイが居るであろう最上階を目指す。
「勇者だぁーー! 勇者の襲撃だぁ!!」
カンカンカンと甲高い鐘の音が城内に響き渡る。城内に残っていた魔王空軍の魔物たちは勇者という突然の来訪者に慌てふためいている。
「すぐに兵を呼び戻せ! アールグレイ様をお守り……」
ザンッ!!
最上階へと最短で駆け抜けながら咎ノ柄無で通路でうろたえるガーゴイルの首を落とす。
思った通り城の警護は手薄、統制も全く取れておらず無警戒だと言っていい。
「相手は一人だ、これ以上は行かせるな!」
手薄……とは言ってもここは相手の本拠地、五階の広いエントランスに辿り着くと多数の殺気が俺に向けられる。そこには魔王空軍の百体近い魔物が俺を倒すために集まっていた。
ひゃは、百……か。
「ひゃはは! たった百体で俺が殺せるとでも思ってんのかぁ!? 邪魔なんだよぉ雑魚ども、神授堕天雷!」
俺は右手を振り下ろしエントランス部分を包み込むように魔力の円を形成する。そして円の中にすっぽりと収まった魔物たちに向けて強力な雷の嵐を発生させる。
ズガガガガガァァン!!
凄絶な音をあげ魔物たちを雷の矢が焦がし尽くす。
「ひゃは! 弱ぇ! 鳥もどき共が勇者様に楯突いてんじゃねぇよ!」
最高にハイな気分で城をぶち壊しながらそのまま最上階を目指す。
その後も魔王空軍の魔物は俺を殺そうと躍起になっていたが全て瞬殺の返り討ちにしてやった。そして何十回目かの階段を駆け上がった先に、物々しい雰囲気の赤い大きな扉が現れる。
どうやらここのようだな。俺は迷う事無く扉に手をかける。
ギイィィィ……
ズシリと重い扉を開けた先に文献で何度も目にした事があるダチョウが仁王立ちで立っていた。
「てめぇがアールグレイか」
「よくぞ来た勇者よ。いかにも俺が将軍アールグレイだ。イーシオカ大陸を支配する俺の力、知らぬわけではあるまい。泣いて命乞いをしてももう遅い、貴様は調子に乗り過ぎた。絶望と恐怖の中、自らの愚かさを悔いて散るがよいわ!」
アールグレイは暗く沈んだ声でそう言うと、威嚇するように翼を広げる。
大した威圧感だ、将軍の名は飾りではないという事か。
「……どうだった?」
「……?」
「勇者の人。どうだったかな今の」
「……何を言っている」
「いや、だから、いつかこんな日が来るかと思ってずっと練習してたんだクェど、どうだったかなと思って。カッコ良かった? 声とか裏返ってなかった?」
シュパンッ!
俺は咎ノ柄無でアールグレイの羽の一部を切り落とす。
「痛い! なんだ、怒っているのか!? 俺の台詞がカッコ良かったから嫉妬しているのか!?」
……こんな奴が俺たちを散々苦しめて来た魔王空軍の首領だと。
「ひゃは……笑えねぇ」
俺はアールグレイに向かって神授堕天雷を詠唱する。
魔力の円がふざけたダチョウの将軍を包みこむ、そして……
「焼き鳥になって無様に死ねよ」
そう言って右手を振り下ろす、その瞬間……!
俺の視界からアールグレイが消える。いや消えたのではなく見えなかった。雷の矢が射抜くより早く魔力の円の中を超スピードで駆け抜けて、一瞬にして俺の目の前まで間合いを詰めていたアールグレイ。
「な!?」
「悪ぃな勇者さん。俺は怒っているんだ」
バゴォォン!!
強烈なクチバシの一撃が俺の顔を捉える。首が飛んだかと思った程の衝撃で部屋の隅まで吹っ飛ばされる。
「ぐ……てめぇ! ダチョウがぁぁ!!」
「クェ。よくも俺の家族を手にかけてくれたな。ここがお前の墓場になると言った先ほどの言葉に嘘はないぞ勇者ノワクロ」
……こいつ、俺の正体を!?
「へぇ~。将軍様は頭も切れるんだなぁ、魔物は馬鹿だから見くびっていたぜ。俺がこの戦争に参加しているって知っていたわけだ」
「クェクェー! こちらには有能な軍師がいてね。その軍師さんが教えてくれたのだよ、勇者ノワクロがこの戦いに参加している可能性があるとね」
「……なんだ、ネズミの軍師の入れ知恵か。その割には随分とお粗末な対応だったなぁ」
「軍師さんも単身ここに乗り込んで来るとは思ってなかったんじゃないクェ? だがお前は男だな。一人で敵の本拠地にやって来るなんて勇気ある行動だ。そういう熱い奴は嫌いじゃないぜ」
おいおいぃ。俺を勝手に熱い奴にするなよ、何を一人で盛り上がっているんだこいつは。
「もし、違った出会い方をしていたなら……友になれたかもしれないな」
「いや、それは無理だろ。馬鹿の魔物の友人なんて死んでもごめんだし、何より……」
俺は手を合わせて祈るように構えを取る。
「お前はここで死ぬしなぁ!!」
標的は目の前にいる、全力で駆逐して終わりだ! 俺の全身から薄く青い光が迸る。
「いくぜぇ……可算無限集合慈愛!!」
出し惜しみはしねぇ! 残ったMPを注ぎ込んで一撃で葬ってやる。五秒……いや三秒あれば十分だ!
全身の光が部屋全体を覆う程に膨れ上がる。
MP100注入!! いくぜぇぇぇぇ!!
「おおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」
プン……
百倍の腕力、百倍の防御力、そして百倍の速力。
音の壁を突破した俺は先ほどのアールグレイよりも遥かに速く距離を詰める。自分の周りが止まっていると錯覚する程の超超スピードにアールグレイは反応すらできていない。
俺は咎ノ柄無の刃を時が止まっているかのように静止したアールグレイの心臓に突き立てる。
ズシュ……
大量の血しぶきが飛び、確実にアールグレイの急所を捉える。俺はその光景を見ながら勝利を確信する……だが。
ガシッ
「……!?」
コマ送り状態のアールグレイが咎ノ柄無を持った俺の右手をガッシリと掴む。
ば、馬鹿な! 心臓を貫いているんだぞ!? それに剣が抜けないだと!?
大量のMPを投入して基礎能力を向上させた100倍の可算無限集合慈愛は俺が動揺している間にその効力を失い、全身の光は静かに消えて行く。
ちっ! もう三秒経ったのか。
「……クェクェー。今度は……こっちの番かな」
そう言ってアールグレイはその翼で俺の両脇を抱え込む。
「っ! このダチョウがぁぁ!!」
「くらえ! 渾身のバックェドロップ!!」
完全に動きを封じられた状態で脳天から地面に叩きつけられる。その勢いと気迫は凄まじく先ほどのクチバシでの一撃とは比較にならない程の大ダメージを受ける。
「ぐっ……クソがぁ……」
相手の追撃を警戒し、よろよろと必死にその場を起き上がる。
しかし目の前のダチョウは咎ノ柄無が刺さったままで半死状態、追い打ちをかける力は残っていそうにない。
しかし何故だ? 何故動ける?
「てめぇ、化け物か?」
「……クェ。俺たち魔物には稀に超越技能と呼ばれる能力を持つ者がいる。俺もその一人でね」
「はっ、その技能のお蔭だってのかぁ?」
「その通り、俺の超越技能は『我慢』。どんなに辛い事があっても頑張ると言う素敵な技能だ」
「……ひゃはは! ひゃはははは! なるほどなぁ、それは凄ぇ技能だ」
大真面目な顔をして言い放つ死にかけのダチョウを見ながら俺は腹を抱えて心底笑う。
「誰でも持ってるけど誰でもは持ってねェ凄ぇ特殊能力だぜぇ、それは。……少なくとも俺は持ってねぇな」
「クェクェー……当たり前だ超越技能だぞ」
「そりゃあ支配されるぜ……こんなに気合いの入った魔物相手じゃよぉ……だが!」
俺は腰から短剣を抜く。
「決着はつけねぇとな」
「クェクェ。望むところだ……」
魔法の火花で起きた物か、かがり火が倒れたのか……いつの間にか辺りは火の手に包まれていた。炎に包まれながら距離をはかる俺とアールグレイ。
この城も長くは持たないな、それに相手も手負いとはいえ油断はできない強敵だ。次の一撃で仕留める!
俺はジリッと一歩前に出る。
ボゥ……
部屋を包む火が俺の右手の袖に燃え移る。
俺は何気なしに左手でその火を払う……しかし……
ボゥ……
「……!?」
払った左手に火が燃え移る。そしてその火は俺の左手で勢いを増す。
「っ!? なんだこの火は!?」
俺はハッとしてアールグレイに目を向ける。
アールグレイも同じように自分の翼に燃え移った火を力なく払っていたがどんどん燃え広がって行く。
アールグレイも知らない!? まさか!?
「アールグレイ! なんだこの火は!? このままだとてめぇも死ぬぞ!」
「クェ……まさか、この火は……」
「なんだ!? 何か知っているのか?」
「……」
沈黙するアールグレイ。俺はその視線を落とした表情を見て察する。
「ネズミ軍師の野郎だな……」
「……違う。いや、仮にそうだったとしても軍師さんは正しいな」
「何が正しい、だ。てめぇも知らなかったんだろ? ネズミ野郎に騙されてるじゃねぇか!」
「……俺は演技が下手だからな。知っていたらお前にも気づかれていただろう。敵を騙すにはまずダチョウから。クェクェクェーやはり軍師さんは天才的な策士だな」
こいつ、本気で言ってやがる。
「テメェ……馬鹿か」
「クェクェー! 考えるのは苦手だ。さて勇者ノワクロ、丁度おあつらえ向きに熱い戦場になった。そろそろこの熱い勝負の決着をつけるとするか!」
燃えさかる炎に包まれながら突進してくるアールグレイ。
「くそがぁぁぁぁぁ!!」
――――ドチャ……
アールグレイとの決着をつけ、体を炎に包まれながらも城から一人脱出した俺。
「ぐっ……え、雷閃雷鳴」
残った僅かな魔力で自身の体の表面を雷で焦がして纏う炎を振り払い、その場に倒れ込む。アールグレイ城は炎に包まれてその形を維持できなくなっており徐々に崩れ落ちていく。
フワリと白い結晶が俺の手に静かに付着する……随分寒いと思ったら辺りには火の粉と一緒に白い雪が舞っていた。
「……俺はまだこんなところで死ぬわけには……」
ザッザッザッ……
火が弾ける音に混ざって地面から足音が聞こえる。
そしてその足音は徐々に俺へと近づいて来る、
ヒュン!
目の前で煌々と燃えていた火が剣の一振りで消滅する。そして見覚えのある魔物が俺の前に一人で姿を現す。
「……! てめぇ、ネズミィィィ!!」
そしてそのクソッたれのネズミは勝ち誇った目で俺を見下しながら声をかけてくる。
「おやおや? まさかそこにいるのは勇者ノワクロ君かな? これは奇遇だね。ゴキブリのように地べたを這いずっていたから誰かと思ったよ。久し振りだね、元気かい?」