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79話:間隙

「ノワクロ様―! 海が見えますよ!」


 寂れた港町で手を振りながら無邪気にはしゃぐロロロイカ。

 王都カレンダの北西に位置するこの小さな港町は、カレンダとウエディ二つの大国が過去に貿易港として使っていた大陸一の港町だった。

 しかし海流の変化でこの港から出航して到着できるのはイーシオカ大陸以外の場所に限定されてしまい、その不便さから徐々に廃れ今では個人所有の船が数隻置いてあるだけの停泊所となっていた。


「でも途中にいた魔物たちはロロロたちに気づかなかったですね? 魔物って目が悪いんですか?」

「……そうかもな」


 俺は透明化の効果がある白装束、朧月夜(おぼろづきよ)をロロロイカに掴ませていた。少し魔力は消費するが、特殊装備品である朧月夜(おぼろづきよ)はその布に触れている者を透明化するという力がある。

 素肌に触れられるとその効果は切れるし、透明化中は攻撃が一切できないという制約はあるが長い勇者生活の中でこれ以上便利な装備品を俺は知らない。


「ここをロロロたちの秘密基地にするですか? でも皆が戦っている最中に少し後方に下がりすぎではないですかね? やっぱりロロロも戦うべきでは……」

「いや、お前は戦わなくていい」

「え、でも……」

「ロロロイカ、お前は将来何になりたい?」

「え、それは当然皆を守れる勇者になりたいです!」

「そうか、では勇者以外だと何になりたい?」

「ゆ、勇者以外ですか? そんな事を言われてもロロロは勇者ですしそれ以外になれるものなんてないです」

「……そうか、お前はなりたいものになればいい。ただし勇者以外でだ」

「ノワクロ様の話はちんぷんかんぷんです」

「ロロロイカは頭が悪いな。ひょっとして魔物より頭が悪いんじゃないか?」

「もう! ノワクロ様は本当に意地悪です!」


 ロロロイカは頬を膨らませてムスーッとそっぽを向く。


「あ、でももし世界が平和になって勇者も必要なくなったらなりたいものはあるのです」

「なんだ?」

「ノワクロ様のお嫁さんです」


 ……何を言っているんだか。


「ロロロは掃除も好きですし料理も好きです、だからノワクロ様は幸せ者なのです」

「……料理は食べるのが好きなだけだろ」

「むー! 作るのも好きです! ノワクロ様はロロロの事をなんだと思っているですか!」

「分かった、分かったから落ちつけ。……それなら早く世界を平和にしないといけないな」

「そうなのです。だからこの戦いは皆の力を合わせて絶対に勝利するのです!」


 ムフーと鼻息を荒げて拳を握るロロロイカ。

 

「ノワクロの旦那ぁ! 出港準備は出来ていますぜ!」


 ロロロイカの後ろに停泊していた旧式の船。その甲板から野太い声で俺を呼ぶ声がする。後ろを振り返りキョトンとするロロロイカ。


「……? ノワクロ様どこかへお出かけですか? あ、分かった。海から魔物を攻めるのですね!」

「いや、この船に乗るのはロロロイカ、お前だ」


 そう言って俺はロロロイカの首にぶら下がっている首飾りを引きちぎる。


「あ! 何をするですかノワクロ様! それはお父様の大事な形見で……いくらノワクロ様でも本気で怒るですよ!」

「ピュレ家の紋章……お前が勇者でありピュレ家の血筋を受け継ぐという唯一の証明がこの首飾りだったな」


 俺はピュレ家の紋章をギュッと握りしめる。

 アクセレイ=ピュレはこの首飾りを我が子との絆だと思っていただろうか。


「そうです! ロロロの誇りです、返して下さい!」


 いや、そんな事思いはしないだろう。何故なら彼はもういないのだから。

 感傷的に自分に都合のいい解釈を死人に押し付けるのはただの傲慢だ。だがそれは生きる人間の特権でもある。何かにすがらないと生きていけない、人々はそれを勇者に押し付けた。俺たちは疑わなかったから。人々の為に生きる家畜だったから。


 生きながらにして死んでいた勇者をやめた俺はその特権を行使する。アクセレイ=ピュレが我が子に望んでいた事を、俺は俺の解釈で実行する。


「ひゃは、ロロロイカ。お前は本当に馬鹿だなぁ」


 下衆な半笑いを浮かべながらロロロイカを見下ろす。


「ノワクロ様……どうしちゃったですか?」

「これだからガキは嫌いなんだ。俺はなぁ、お前の事が憎くて憎くて憎くて殺したいのをずっと我慢してたんだよぉ!」

「え……」


 ロロロイカは豹変した俺の表情と言葉に足をガクガクと震わせる。


「お前の親父のアクセレイ=ピュレがやっと死んだと思ったら今度は何の力も持たないガキがちやほやと持てはやされる。人々の為に身を粉にして戦って来た俺を差し置いてだ! 俺の方が遥かに強ぇぇのに! 俺の方が遥かに強ぇぇのにぃぃ!」

「あ……ロロロはそんなつもりじゃあ。ご、ごめんなさいノワクロ様」

「おいおいぃ~! 上から謝ってるんじゃねぇよ七光り勇者がぁ! 悪いと思うんなら勇者やめろよ。何の役にも立たねぇガラクタなんだからよぉ」

「ろ、ロロロは……それでも勇者はやめないです。今はノワクロ様に認めてもらえないかもしれないけど、絶対に絶対にお父様のような、ノワクロ様のような勇者になってみせるのです!」


 カタカタと震えながら真っ直ぐ俺の目を見て言い返すロロロイカ。

 俺は直視できずについ目を逸らす。

 …………


 ふぅ、と小さく一息吐いた後、俺はロロロイカの頭に手を乗せ呪文を唱える。


睡眠旅枕(ネムリーナ)

「な、何を……ノ、ノワ……クロ……さ……」


 睡眠魔法に掛かったロロロイカはその場でフラフラと倒れ熟睡する。


「ロロロイカ。お前は本当に馬鹿だな……」


 俺は地面に寝転がったロロロイカの髪留めをほどく。柔らかい赤髪が土の地面に広がり年相応の少女の泣き顔が髪で隠れる。


「ノワクロの旦那、まだですかい? 魔物もいつ来るか分からねぇですし早く出港したいんですが」

「あぁ、もう大丈夫だ。先日話したようにこの子をマギナギ大陸の富豪老夫婦の元まで運んでくれ、金はそこで渡す手筈になっている」

「へへ、楽な仕事ですね。ところでその子はノワクロの旦那の知り合いか何かですかい?」

「少し虚言癖のある少女さ、自分の事を勇者だと思っている可哀想な子供だ。マギナギ大陸の老夫婦にもその事は伝えてある」

「じいさん、ばあさんの考える事はよく分かりませんねぇ。いくら身寄りがないとは言ってもそんなガキを預かろうだなんて」

「お前たちはただ金の分、仕事をしてくれればいい。余計な詮索は自分の死期を早める事になるぞ」

「ひえ~おっかねぇ。旦那に逆らったりなんかしやせんよ」


 俺はロロロイカを雇い人に預ける。

 この名前も知らないゴロツキどもには幾度となく汚い仕事を任せている。金と己の利でしか動かないこいつ等は誰よりも信用ができた。今回も自分の仕事だけをして食い扶持を稼いだら勝手に消えるだろう。

 

 そしてロロロイカを乗せた旧式の船はゆっくりと港から離れて行く。

 勇者ロロロイカ=ピュレは父親の意思を継ぐ勇敢な『少年』だ。虚言癖を持った少女がいくらわめいた所で誰も気にとめないだろう。そしてロロロイカも何年かすれば諦めて自分の新しい道を探す事になる、それでいい。


「さて、行くか」


 後はピュレ家の紋章を戦場に落としてくれば終わりだ。勇者ロロロイカ=ピュレは大戦争を勇敢に闘い、そして散った英雄として語り継がれるだろう。

 だが、ただの戦場にこの紋章を残して行く気はない、大勇者アクセレイ=ピュレの名誉の為にも息子であるロロロイカ=ピュレは命と引き換えに大仕事をやってのけるのだ。それにロロロイカが新しい道を探す時、魔物の脅威はない方がいいに決まっている――――――――




 静かに夜を照らす月の下、朧月夜(おぼろづきよ)に身を包み、人間と魔物が争う戦火を横目に一人南下した俺は相手の将の城へと辿り着く。

 辺りに魔物の気配はない、来た道を振り返ると遥か後方で間抜けに争っている魔物の群れ。今ならば魔物のほとんどは戦地へと派遣されており城内は手薄だ。魔王空軍ご自慢のワイバーン隊もいない。もぬけの殻とはいかないが魔王軍が攻勢に出ている今なら普段の十分の一以下しか警備はいないはずだ。

 まさか王都カレンダの危機を放って単身乗り込んでくる勇者がいるとは想像もしていないだろうからな。


「ひゃは、待ってろアールグレイ」


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