78話:偽りの勇者
やはり向こうにはあのネズミの軍師がいるな。
昼に始まった魔物たちとの戦闘は両軍入り乱れて王都カレンダ付近での乱戦となった。
カレンダ王は不思議な武器を持った勇者と繋がりがあったようで、その勇者の働きもあり魔物たちは距離を詰めざるを得なかったのだろう。
馬鹿な魔物たちがその判断を下して攻めて来ているという事がネズミ軍師のいる証明でもあった。まだ戦争の初日だが予想以上に早く好機が来たと言える。俺はそんな事を考えながら王都カレンダの玉座の間の扉を開く。
「おお! 勇者ノワクロ様ではございませんか」
「あっ! ノワクロ様、来てくれたんですね!」
俺の言いつけを守りカレンダ王の隣で大人しく座っていたロロロイカがこちらに駆けてくる。ロロロイカを抱きとめてそのままカレンダ王へと問う。
「カレンダ王、現在の戦況はどうなっていますか?」
「う~む、勇者バッサイザー様を中心に頑張ってくれておりますが、まだまだ数ではこちらが圧倒的に不利ですじゃ。相手も主戦力を前線へ送り込んで来ているようですし」
勇者バッサイザー? あの不思議な武器を持つ勇者か。随分カレンダ王と懇意にしているようだが動きは素人同然、武器の使いどころもまるで分かっていない。
「ですが勇者ボディマス様も戦場に向かってくれました。ここで押し返す事ができれば活路はありましょうぞ」
浅はかだなカレンダ王。勇者ボディマス程度で戦況が変わるならとっくの昔にこの大陸は魔王の手から解放されているよ。
「分かりました、私も出ましょう」
「おお、ノワクロ様も出てくれますか! これは心強い! しかし良いのですか? 今回の戦争への参加は仲間内にも内密にして欲しいと仰られたのはノワクロ様では?」
カレンダ王は率直な疑問を口にする。
「三大勇者が二人も参加すると知れては魔物の軍勢は今の倍になっていたでしょう。戦争が始まってしまえば隠す必要はないですよ」
「なるほど、流石はノワクロ様じゃ。……この縁も所縁もない国の戦争に助力頂き感謝しておりますぞ。本当にありがとうございます」
「いえ、私もこの大陸の出身。それにこれは勇者として当然の行い。元をただせば私がアールグレイをもっと早く倒せていれば王都ウエディは……」
「いえ、それこそ王都ウエディの件は我々が国の間でかりそめの関係しか作れていなかった為に起きた悲劇……責任は我々に、いえ、わしにありますのじゃ」
「カレンダ王、思う事は互いにあるでしょうが今は胸に秘めておきましょう。そして王都ウエディの人々の無念を晴らす為にも、必ずやこの戦争に勝利しましょう」
「ノワクロ様……」
感涙にむせぶカレンダ王。
俺は何度となくこんな事を繰り返して来た。
勇者と言うだけで無条件に俺の言葉を信じる愚かな民、愚かな王。そしてその愚者に縛られ続ける勇者。
俺はロロロイカの髪を強く掴む。
「い、痛いですノワクロ様!」
「あ、すまん」
「もう! ノワクロ様はデリカシーがないのです。ロロロはプンスカプンなのです」
そう言っていつもの様にプクーッと頬を膨らませる。
「ほほほ、お二人は仲が宜しいのですな。知りませんでしたぞ」
「ロロロが物心ついた時からノワクロ様はずっと一緒なのです。いつも気にかけて会いに来てくれるのです!」
「……ロロロイカ、王の手前だぞ。わきまえろ」
「あっ、はい。すいません」
パッと腰を掴んでいた手を離して一歩下がるロロロイカ。
「ところでカレンダ王。ご相談があるのですが……」
「相談? なんでございますかなノワクロ様」
「失礼ながら今回の戦争の将はこのロロロイカ。魔物たちが我先にと狙って来るのもロロロイカでしょう」
「ふむ、確かにそうですな。ですからこうして一番安全な王宮に……」
「いえ、魔物に目前まで迫られている今、それでは不十分かと。ここは目立ちますし万が一攻め込まれた場合を想定して別の場所に退避させておいた方が良いと思うのです」
「ロロロは大丈夫ですよ! 攻め込んで来た魔物はバコーンってやっつけるのです」
「黙っていろロロロイカ。どうでしょうかカレンダ王」
「ふーむ、確かに仰る通りですな。分かりました、ノワクロ様にお任せします」
ふっ……
「ありがとうございます。それではロロロイカは私が責任を持って安全な場所に連れて行きます。カレンダ王も念のため別の場所に避難してください」
「わしにまで気を使ってもらって申し訳ないですじゃ」
「いえ、カレンダの兵はカレンダ王の為に戦っているのですよ。それをお忘れなく」
「ノワクロ様……」
またも目に涙を浮かべるカレンダ王。その姿が滑稽に映るのは俺がすでに勇者ではない事を意味していた。
勇者は雪のように白い心を持ちその白さを疑ってはいけない。
これは俺が駆け出し勇者だった頃にロロロイカの父親であるアクセレイ=ピュレに何度も言われた言葉だった。今にして思えばこの言葉を説いたアクセレイ=ピュレもまた人知れず俺のように勇者の生き方に絶望していたのかもしれない。
そうだとすればやはり俺はアクセレイ=ピュレには勝てないな。その運命を呪い堕ちていった俺と勇者として生き、そして死んだアクセレイ=ピュレ。
「ノワクロ様! ロロロは戦地におもむいても平気ですからね!」
「生意気を言うな。戦場でお前は邪魔になるだけだ」
「む~ノワクロ様は意地悪です!」
人々の希望となった何の力も持たない小さな勇者。
救いようのない俺の唯一の願いはこの勇者を勇者として死なせる事。
人々の英雄として、誰からも愛され尊ばれ、汚れない心のままで、人の為だけに生かされるクソッたれの人生から解放してやる。