77話:『魔王連合軍』VS『勇者連合軍』②
完全に沈黙する『ビースト軍』の魔物たち。
こいつ等は俺の予想を一歩超えてくる。悪い意味で、本当に悪い意味で!
「ちっ、このままだとただの的だ。仕方ない、トレスマリア! お前が前方に出て相手を蹴散らすのだ!」
俺は上空からトレスマリアを呼ぶ。しかし返事は返って来ない。
おかしいな。あいつの超越技能、拡散聴力ならこのくらいの声で叫べば聞こえるはずだが……
「どうしたトレスマリア? 聞こえているなら何か合図をしろ」
「ピクルスちゃん、トレスマリアはさっきから返事してまちゅよ」
「何?」
「ほらあそこでちゅ」
ニュウナイスの視線の先は将棋倒しになった『ビースト軍』の先頭付近であった。俺はすぐに望遠鏡で確認する。
そこには長い耳を自分の足に絡ませて転倒しながらも、『私に任せて』と言わんばかりに右手親指をこちらに向けてグッと突き立てている見覚えのあるウサギの姿があった。
「お前が原因なのかよ!!」
なんでこのタイミングでそんな器用なこけ方を……嫌がらせってレベルじゃねーぞ!
しかしマズイな。こちらの重要戦力であるトレスマリアはすぐには動けそうもない。それどころか敵の目の前でうつ伏せに倒れている。あれじゃあ殺してくださいと言っているようなものだ。
「ピクルス先輩。どうやら僕の出番ですかね」
ニュウナイスと同じく後方待機していたベンガルトが腕を組んで指をちっちと振り地上から話しかけてくる。
「ベンガルト、しかしここから間に合うか? 相手の軍はもうトレスマリアたちの目前まで迫っているぞ?」
ここは不本意ながらニュウナイスを送り込むしかないだろう。相手の主戦力を確認してからにしたかったがトレスマリアをこのタイミングで失うのは得策ではない。
「この場合論じるべきは間に合う間に合わないではなくどう間に合わせるか、ですよ。それに僕には出来てしまうんです。望む望まないに関わらず、ね」
ドヤッと決め顔を見せるベンガルト。そして俺が返事をするより早く颯爽と走り出す。
「いくらなんでも地上からだと間に合わないだろ……」
「あ、そうか。ピクルスちゃんはベンガルトの超越技能を知らないでちゅもんね」
「ん? もしかして移動速度に関係がある超越技能なのか?」
「違いまちゅよ、見てれば分かりまちゅ」
ベンガルトは『ビースト軍』で出来た黒い絨毯の上を駆ける。足場が悪いにも関わらずそのスピードは確かに速い。だがトレスマリアの目の前までカレンダの兵は迫っておりとても間に合いそうにない。
「虎意識過剰!」
ベンガルトがそう口走ると体全体が発光する。
しかし速度が上がるわけでも、何か遠距離の攻撃を出すわけでもなくただ体がチカチカと点滅しているだけだった。
そうこうしている間にカレンダの兵は鋭い剣を持って先頭で転がっているトレスマリアの前に……前に立ったかと思ったらそのままムギュッとトレスマリアを足蹴にして遠くで点滅しているベンガルトの方へと向かって行く。
「なんだ? あいつ等トレスマリアを無視したぞ?」
「あれがベンガルトの超越技能、虎意識過剰でちゅ。自分に相手の意識を集中させて視野を狭めさせる効果があるでちゅよ」
「あの兵たちにはトレスマリアが見えてないって事か」
「見えてはいるでちゅけど、気にはしてないでちゅかね」
なるほど、視線誘導みたいなものか。地味だが多人数での戦いだとかなり便利な能力だな。
「おらぁ! この虎の魔物がぁ! カレンダの名にかけて血の海に沈めてくれるわ!」
荒らぶった怒声をあげてカレンダ兵たちがベンガルトに向かって行く。
「……なんか随分と血気盛んな兵たちだな」
「ちゅん、あれは虎意識過剰のせいでちゅね、注目されすぎて相手は親の仇くらいの勢いでベンカルトを倒そうとするんでちゅよ」
「駄目じゃん」
「心配ご無用でちゅよピクルスちゃん、ほら」
猛り狂ったカレンダ兵たちは『ビースト軍』で敷き詰められた黒い絨毯の上でベンガルトと相対する、そして数十人が一斉に点滅した虎に襲い掛かる。
ガオォォォゥ!!
ベンガルトが大きく振りかぶった両手を兵たちに向けて交差させる。纏った鎧が紙くずのようにひしゃげてカレンダ兵たちは一撃のもとに絶命する。
「お、おぉ……凄いな」
「ちゅん、ベンガルトは毎日腕立て伏せしてまちゅからね」
そうか、腕立て伏せの効果は抜群だな。
なんにせよ一安心だ、危うくこんなくだらない事で貴重な戦力を失う所だった。
「よし、トレスマリア聞こえるか? 近くまでベンガルトが来ている。耳を解いてもらってそのまま前線へ……」
ん……?
トレスマリアへの指示を出そうとした瞬間、カレンダ上空に雷雲が広がる。そして……
「雷帝鉄槌」
ガガガァァン!!
強力な雷が遠距離からカレンダを攻めていた『呪術軍』の魔物の群れに襲い掛かる。轟音と共に雷撃の渦に飲み込まれていく『呪術軍』。
「ふん、第二陣のおでましか……」
俺はカレンダの兵をかき分けて前へと出て来る少し小太りの勇者を望遠鏡で確認する。
「あれが勇者ボディマスか」
こちらが事前に確認していた唯一の危険度Bの勇者ボディマス。『勇者観測記』によると魔法を得意とする勇者らしい。パーティーの構成は戦士二人と僧侶が一人。前衛を屈強な戦士で固めて僧侶が回復、後方からボディマスが魔法で攻撃するという勇者の中でも少し特殊な戦術を得意としているようだ。
(乱戦になった事で慌てて主戦力を投入してきたか。好都合だ)
「ニュウナイス。お前も手伝いに行ってやれ」
「ふわ~! いいでんでちゅか! 嬉しいでちゅ。やっと僕も参加できるでちゅ! あ、でもピクルスちゃんはどうするでちゅか?」
「私は少しやる事があってな……上空からの戦況確認はガーゴイルにでもおぶって貰って見ているから心配するな」
俺はニュウナイスにゆっくりと地上へ降下する指示を出す。
「あぁ、それと前の部隊に合流したら陣形について伝えておいてくれないか」
「陣形でちゅか?」
「今出て来た勇者ボディマスは『ビースト軍』の四獣王で責任を持って片付けろ。チェーンソーの勇者は『魔王空軍』のワイバーン隊で抑えろ。危険度C以下の勇者も出て来たらそれぞれの軍の上位種で対応させておけ。あと『呪術軍』には向かって来る相手だけを攻撃させろ、密集地に魔法を放たれたらこちらの被害が増えるからな」
ニュウナイスの頭が音を立てて爆発する。
「お、おっけーでちゅ! 任せて欲しいでちゅ、ボンッ! 責任を持って皆に伝えるでちゅ、ボンッ!」
おい、ボンボン言ってるぞ。
まあニュウナイスには無理か。仕方がない。
「サイ君、悪いけどニュウナイスと一緒にこの作戦を前線に伝えて来てくれるか。伝え終わったらサイ君は戦いに参加せず後方でこちらの指示を待ってくれ」
そう言って作戦を記したメモをサイ君に渡す。
……今の所の被害は魔王連合軍が二千。勇者連合軍が五百ってとこかな。ここは出し惜しみなく一気に攻勢に出るとするか。




