アーミー!③
ミザリ=ロックハルトは苛立っていた。
「――遅かったな。もう夜明けだぞ」
朝焼けの雲が向こうに見えるが、まだ薄暗い。本日何本目かわからないタバコをふかし、彼女は腕を組みながら、タイヤが泥まみれの四輪駆動車にもたれかかっていた。
「すいませーん、ちょっと“OK牧場”に寄ってきたんで」
後頭部を掻きながら車を降りたレオンは、いつものようにへらへらと笑った。
「……自覚が足りんな貴様は。夜遊びは禁止と何度も言っているはずだ。それに、そいつら程度じゃ、貴様の相手にはならんだろう」
ロックハルトは泥と砂に塗れてしまった新車をちらりと見遣ると、不機嫌そうに煙を吐き出した。
「いえいえ、結構しぶとくて苦労を……」
「んなことより、後で車洗っとけよ。全部だ」
そんなーと駄々をこねるレオンを睨むと、ロックハルトは車の中から縛り上げられた三人組を引きずり出した。
「さすが隊長、力持ち……ぶっ」
ロックハルトはレオンに一蹴り入れると、待っていた他の隊員たちに“クソ虫”を引き渡した。ボールを投げるような手軽さだ。
「めんどくせえからついでに報告書も作っとけ。命令だ」
本来なら隊長である彼女が書くはずの報告書も、否応なしに部下たちに丸投げすると、ロックハルトはバキバキと指を鳴らしはじめた。
「――さてレオン。貴様、何か言うことはあるか?」
ロックハルトは笑って誤魔化そうとするレオンを追い込むと、腰から二本のナイフを引き抜いて、彼の眼前で交差させた。
「え、えーっと……あ、隊長の好きな缶コーヒー買って来ました!」
「はァ?」
そう言うと、レオンは大きなポケットの中から生ぬるくなった缶コーヒーを差し出した。真夏だろうと真冬だろうと関係なしの分厚い生地で作られた迷彩服の袖で汗を拭うと、ロックハルトは左手の小指と薬指でナイフを引っ掛け、残りの指で缶コーヒーを受け取った。
「タバコ吸うと、缶コーヒーがおいしくなりません?」
にこにことレオンが笑うので、ロックハルトはすっかり拍子抜けしてしまった。決してモノに釣られたわけではないと、彼女は自分に言い聞かせる。
「……もういい。一応使命は果たした。後で始末書書いとけよ」
ロックハルトはタバコの火を踏んで消すと、ナイフを腰に戻して缶コーヒーのプルタブを開けた。たまに街に出たとき大量に買い込むほど缶コーヒーが好きだと誰にも言った覚えはないが、彼女にとってそんなことはどうでもよくなっていた。
「疲れた」
「僕もです」
ロックハルトはどう見ても余裕がありそうなレオンを一睨して、後でメモに277回目の嘘を書き加えねばと考えていた。
「あの、隊長」
「あ?」
コーヒーに口をつけようとしたロックハルトに、不意にレオンは問いかけた。
「……隊長の本名って、なんですか?」
予想外の言葉に、一瞬ロックハルトは目を丸くして――レオンはその表情を初めて目にして驚いた――それからにやりと笑った。
「偽名なのは貴様も同じだろうが。死にたくなければ、二度と口にしないことだな」
彼女は渇いた喉を潤すように、缶を傾けた。無言のレオンは笑顔を少し硬くしていた。
「……ふん。黙っていれば少しは――」
「……少しは?」
レオンの横顔を見ながら小さく呟いた一言を、彼は聞き逃さなかった。しかし、その返答は得られなかった。忘れろと言わんばかりの態度に、期待していた彼は少しがっかりする。
「――アタシは寝る。6時間以内に起こしたらブッ殺すぞ」
口を拭いながらロックハルトは言った。実のところ、彼女は一睡もせずレオンの帰りを待っていたのだ。彼女が缶コーヒーを叩きつけるようにボンネットに置くと、レオンは慌てて傷が付いてないか確認した。
「……あれ、隊長。半分残ってますよ?」
レオンは缶を振り振り、ロックハルトの背中に尋ねる。
「いらん。好きにしろ」
彼女の豊かな髪が、久しぶりに吹いた風になびく。ロックハルトは再びマッチを擦って、紫煙をくゆらせていた。
「てことは、間接チューでもイイってことですよね、隊長!」
悪戯心を籠めて、レオンは叫んだ。思いつきの軽い一言だったはず、だが。瞬間、ロックハルトは歩みを止めた。
――あ、やっちゃったかな。
悪戯っぽく笑っていたレオンの表情が、困ったような苦笑に変わる。さすがのレオンもこればかりは苦手だった。ロックハルトが本物の鬼になる瞬間が。
ぎ、ぎ、ぎ、と軋んだ音を響かせるように、ロックハルトは振り返った。既に両手はナイフの柄にかかっている。(信じられないが)タバコは噛み切ってしまったようで、申し訳無さそうに地面で燻っていた。
「……レオン=グレイ」
「は、はい?」
次の瞬間、ロックハルトは飛び掛っていた。襲撃していると言ってもいいだろう。凶悪なナイフに、顔を覗かせ始めた太陽が反射する。
「今死ね、すぐ死ね、ここで死ね!!」
惜しみない殺意を送るロックハルトの絶叫に、テント内の隊員たちは全員耳を塞いだという。
私には、何かにつけラブコメで話をまとめようとするクセがあります。実際にはラブにもコメディにもならない、とてつもなく中途半端な話が出来上がるのですが…。この「アーミー!」も同様です。「ロックハルトのツンデレ(?)具合」という名のラブ要素は限りなく抑えているつもりなのですが、コメディ要素もさっぱりです。ですから、いつも「この話は一体どういうジャンルなんだ?」という疑問を投げ掛けつつ、ただ徒然と書いております。
この作品は当初、短編で投稿するつもりでした。しかし、長い話でないにも関わらず、一本にまとめるには疾走感(と表現するのが正しいのでしょうか)が足りないと思ったので、3話完結とさせていただきました。ですから、連載の割には続きが全く気にならない作りになっているかと存じます(笑)
ロックハルトとレオンの話はここで終わりですが、またいつか暴力的ロックハルトを書くことができればいいなと思います。…彼女のようなキャラクターを書くと、スカッとするので(笑)
最後に、ロックハルトとレオンの本名は全く考えておりません。皆様のご想像にお任せいたします。