アーミー!②
レオン=グレイは考えていた。
「でもよー、レオン。マジで大丈夫か? このままじゃお前どころか、隊長のクビまで怪しいぞ」
肩を組む同僚に適当な返事をしつつ、彼は“クソ虫ども”をどうしてくれようかと思案していた。
レオンはテントに戻ると、わざと盗ませたコピーの現在地を確認した。北北西約35kmのポイント。盗人たちの正体は大体見当がついていた。わが国――いや、ロックハルトに消えて欲しいと願っている人間は、その辺をつついてみればごろごろ出てくる。その中でありえないほどマヌケな手段を使う“クソ虫”はせいぜい数えるほど。そしてコピーの行方を照らし合わせれば、おのずと答えは見えてくる。あっけないほど簡単に。
「――で、貴様の足りん脳で考えた結果、コピーは“キレイ”なまま取り戻せるのか?」
でん、と簡素な机の上に豪快に両足を乗せたロックハルトは、タバコに火を付けながらもごもご言った。
「一応な、アタシだって貴様を信じてやりたいんだよ。だから……裏切るなよ、レオン=グレイ」
個人的に呼び出したレオンに目を合わせることなく、ロックハルトは念を押した。正直なところ、彼女はレオンを信じ切ってよいものか迷っていたのだ。その迷いを、タバコの煙に紛れて隠す。
「やだなあ隊長。僕が今まであなたにウソをついたことが?」
「確認できただけで276回。立派な正直者だな」
メモ帳をぱたりと閉じる隊長殿に、レオンは内心呆れながら苦笑するしかなかった。
「……んじゃ、とりあえず頑張りますんで。あ、アシ使わせていただきまーす」
そうゆるく言い残して、レオンはロックハルトが何か言いかける前にくるりと背を向けた。
「――たわけが……」
レオンに聞こえたのか、ロックハルトにはわからなかった。
無意味に一番新しくて良い車を選んだレオンは、“北北西約35km地点”まで走らせていた。幸いにもコピーはまだ処分されていないようだった。奴らは阿呆だから、既にロックハルトに一泡吹かすことができたと勘違いしているだろう、と彼は考えていた。あまりの無計画ぶりに笑いがこみあげてくる。ほとんど整備されていない砂利道で、いくらか車が跳ねてレオンの髪もふわりと浮き上がる。ラジオのつまらない音楽を流しっぱなしに、レオンはハンドルを切った。きつい西日が差す。
「あの雌狐もこれで終わりだな」
汚い街の薄汚れた事務所の中で、男たちが笑っていた。ロックハルトらのキャンプから盗み出した機密ファイルのコピーが、積み上げられた書類の山の頂上に載せられている。彼らは自分たちの成果を目で見て楽しんでいた。
「でもさすがに肝が冷えたぜ。なんせあのグレイとかいう気色悪い奴のそばから盗むんだからよ」
「腰抜けが。あんな軟弱野郎によくそんなにビビれるな」
事務所の中で一番マシな椅子に座っている男がタバコをふかしながら言う。すみません、と肝の小さい男が頭を掻いた。
「へえー。グレイって奴は軟弱なんすか」
「ああ、そうだ。青い血が流れてそうなくらい軟弱な……――お前は!?」
聞きなれない声に数秒かかって、ようやく男たちは気付いた。
「ども、こんばんわー」
ひょこりとドアの隙間から手を覗かせた男は、レオン=グレイだった。
「なぜ……お前がここに!?」
事務所内の男たちは一斉に立ち上がった。レオンはドアを開いてそのまま話を続けた。
「まあまあ、そんな怖い顔しないでくださいよ。とりあえずコーヒーの一杯でも淹れて頂いて、」
「黙れ! さてはロックハートの命令だな?」
レオンの正面にいた男が拳銃を構えた。レオンはやれやれと、わざとらしく両手を上げる。
「僕は、工作員ってのはもっと冷静で理知的なものだと思ってました。そんなだから、コピーを盗むなんて浅はかなことするんですかね? ……それに、隊長は“ロックハート”って訛られるの、嫌いみたいですよ」
銃を向けられてもなお涼しい顔のままのレオンに、男たちは背中に嫌な汗をかいているのがわかった。引き金にかかった指がわずかに震えている。
「――あなた方が我々の同胞とは信じ難い。この裏切り行為、タダでは済ますまいと隊長からの指示も受けています」
レオンは普段細めている目をわずかに見開いて、その灰色の瞳で正面の男を見遣った。
「……それに、もしまたウチの隊長に何かしたら――殺しますよ」
今度ははっきりと目を開けて、殺気を放つレオンに工作員たちは発砲した。治安が最悪レベルのこの街で、銃声はさして珍しいものではない。分隊の一隊員が殺されたところで、犯人を捜すような真似をする人間もいない。ここはそういう「汚い」場所であった。
近距離での発砲に警戒していたレオンは咄嗟に身を隠した。一人で数人を相手するのは少々骨が折れるだろうが、相手はあの能無しの“クソ虫”であり、自分は特殊部隊の一員である。レオンの敵ではない。小型の拳銃を手に、まず一番手前にいた“軟弱な男”の脚を撃った。膝をかすっただけで、彼は腰を抜かした。男の手から滑り落ちた拳銃のグリップを狙い、弾き飛ばす。彼は戦意を喪失したようだった。事務所内にいるのは三名。そのうち一人は制圧した。
「……なめるなよ、狐野郎!」
壁越しに銃弾が当たるのを聞いたレオンは、小銃を構えた。そんなに厚い壁ではない。
「うるせえよ、豚野郎……」
壁側にいた男の発砲した銃弾の位置を頼りに、彼は足元を狙った。威力重視で少々強力な弾頭を使ったため反動が来るが、少人数相手ならば気にならない。中から悲鳴が聞こえたので、どうやら弾は命中したようだ。止血すれば死ぬことはあるまい。残るは一人――
レオンの眼光が鋭く光る。心臓が脈打つ音だけが妙に大きく聞こえてくるような気分を、男は味わった。埃っぽいニオイと、染み付いたタバコのニオイが混ざった居心地の悪い空間。ひび割れたコンクリートが剥き出しになった壁と、どこかで漏れている水滴の落ちる音。
レオンは笑った。一方的な決闘で相手を追い詰めることが、それが今この場で起こることが、楽しくて仕方ないようだった。
そして、レオンは撃鉄を起こした。