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モグトワールの遺跡  作者: 無依
第1章 水の大陸(原稿用紙873枚)
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3.火神覚醒 【03】

...025


 フィスはすぐにシャイデに向かう必要があるというセダたちに護衛をつけて国境まで送り届けたばかりだった。丁度入れ違いでシャイデの使いが届き準備に明け暮れている間に、シャイデの国交を結び直すための団体が到着した。

 本来なら城に招待するところだが半壊のままなので、王家が所有する屋敷の方に案内する。フィスは到着の知らせを聞いて、案内した屋敷に足を向ける。

「陛下、今回の中心人物であります、エギリ大臣です。シャイデでは主に我が国との国交に際し、様々な便宜を前から取り計らって下さっている方です」

 フィスはその大臣に向けて歩み寄り、落ち着いて挨拶をすませる。さて、ジルの話ではキア王が来ているという話だったが、紹介されないということは来ていないか、まだ隠れているのか。

「本日は長旅でお疲れでしょう。夜にはささやかな宴を催しますので、それまでごゆるりとなさってください」

 フィスが言うと、大臣も頷いてそこでお開きとなる。僕の数のも多いし、それ以外の重鎮も何人かいるなかで、キア王らしき人物かは見繕えなかった。

 しかし、ジル曰く、フィスに会いたいのだからいつかコンタクトを取ってくるだろうとフィスは思っていた。その予想は辺り、ラトリアの団体が到着する前、戴冠式までの間、シャイデとは国交の復活等の話がだいたい思うように進んだ。

 そして予想外の大人数でラトリアが到着してもキアがフィスに接触を持つことはなかった。やはり、来ていないのかもしれない。

「にしてもラトリアは大人数すぎだな。二百名もくるなんて予想外にも程がある」

 フィスはこっそり溜息をついた。ジルに言われて議会内を早急に洗っていたが、ジルの言うとおり、ラトリア新派の議員が多い事実にフィスは驚いた

 。今回のあり得ない人数の集団も、それらの議員の計らいで全員ジルタリア国内で賓客扱いとなっている。

 フィスは最初関係者のみ招待し、それ以外のどう見ても軍人は国境で待機してもらおうと思ったのだが、思わぬ反発にあって叶わなくなってしまったのだ。

 とりあえず、予想の三倍である五十名強を招き、それ以外の兵士には国境付近で自陣を張って貰って待機という形でお願いした。

「なにが狙いかな」

 部下に耳打ちすると部下も首をひねる。

「陛下の力量を試しているのかもしれないですね」

「試す? 二百名くらいもてなしてみろっていう国力かな。それとも毅然とした態度で臨めと言う私の器?」

「どちらもかもしれないですね」

「では、後半は失敗したことになるかな」

「どうでしょう。これで懐の深さは示せたかと。もしかするとシャイデに牽制をしたいのかもしれません」

 シャイデと国交を結ぶことでラトリアはシャイデより自国の強さを示すつもりかもしれない。

「ジルのこともある。ラトリアの動きには注意してくれ」

「はい」

 フィスはそこで部下と離れ、半壊した城を見上げた。すると同じように城を見上げている若者が視界に入る。見ると賓客の証である記章を身に着けていた。

「みすぼらしいですか? 国の象徴である城がこの有様では。本来なら城を建て直してからご招待するべきなんですが」

 フィスが若者に声をかけたのは偶然だったが、若者は振り返って首を振った。フィスを王とまだ気付いていないだけかもしれない。フィスは部下が一人だけ護衛についていたが、一国の王としては共が少ない。

「建て直しより先にすべきことがあるという決意に取れます」

 若者はそう言ってフィスを初めて正面から見つめた。光によっては薄い色にも見える金髪に、鮮やかな青い目。

「そう取って頂ければ幸いですが……」

「形あるものはいずれ壊れます。形ないものの方が、壊れ方も腐敗も見えにくい。だからこそ、途切れぬ絆もあるわけですが。願わくは、シャイデとジルタリアの絆が良き形で永久に続くといいですね」

「そうですね。私が、いえ、私たちでそれを形にしましょう」

 フィスは若者が名乗らなくても誰か分かった気がした。発言に重みがあって、遠く違うことを考えているような眼差しであって、真剣に対峙してくれるその気質。

「お初にお目にかかります。この度は我が国が大変失礼をいたしました。シャイデ王」

 フィスの言葉に若者は瞬きを数回して、驚きを表すと、ふっと笑った。

「とんでもない。私たちが至らぬばかりに物事を大きくして、こちらこそ申し訳ないです。フィス王」

 否定もなく、対等に言葉を返す。目の前にいる若者こそ、シャイデ一の王―キア=オリビン。

「申し遅れましたね。私はシャイデ第一の王、キア=オリビンです。……カラ王はお亡くなりになったとか。お悔やみ申し上げます。すばらしい賢帝でありました。隣国ながら平和なジルタリアをうらやましく思っていましたよ。末永くお付き合いしようと思っていた矢先だっただけに、残念です」

 キアはそう言って頭を下げた。その言葉を聞いて背後の部下が息をのんだ。フィスも苦笑する。

「未だ実感が湧かないのが現状です。いずれ葬儀も執り行わねばならないのですが、ね」

「その際は是非お知らせください。そういえば、この度は愚弟と愚妹がご迷惑をおかけしました。あれらに振り回されたのではないですか」

 笑った顔がジルやヘリーにどことなく似ている。

「いえ、こちらこそ、自国の事に巻き込んでしまって。お力添えに感謝しております」

「役に立ったならいいのですけれど。特にジルは嵐しか起こさない子供ですから」

「いいえ。ジルがいなければここまで簡単には済まなかったでしょう。優秀な弟君をお持ちだ。そうだ、お時間はありますか? ヘリーが、いえ、ヘリー女王が貴方をお待ちですよ」

「ヘリーでいいですよ。それに、私もキアで構いません。今はただの書記官ですから」

 キアが笑う。フィスはキアを促した。

「それならジルやヘリーと同じように公式の場でなければ友人になってください。王座についたものでしか味わえない愚痴などもありましょう?」

「確かに。配下には言えませんからね。特に私たちは兄弟で王ですが、あなたはお一人だ。よい吐け口になれれば幸いです」

 キアはジルをぐっと大人にしたような落ち付きが備わっていた。たしかに長子たる威厳もある。フィスは隣国同士としても、個人的な付き合いでも友人になれたらいいと心から思った。そうこうしているうちにヘリーがいる部屋までたどり着いた。

「ヘリー、開けるよ」

 ノックしても返事が無いので、一応声を掛ける。ドアノブが回り、鍵がかかっていないことがわかる。フィスが扉をあけると部屋の中は無人だった。

「あれ? 出掛けているのかな?」

 セダ達と共に光もジルタリアを出てしまい、落ち込んでいる様子だったのだが。キアは失礼、と言って部屋に入り込む。机の上に簡単な書き置きがある。

「……っ、ばかが!」

 キアが怒った様子で紙を握りしめた。フィスはどうしたんだろうと覗き込む。

「ヘリーはジルを追っていったようです。最後にあれを見たのはいつですか?」

「ええ?!! ジルが出ていったのは一週間も前ですよ!? すぐに捜索を…!」

 フィスは驚いた。部下も慌てている。

「いえ、結構です。危険な目に遭わなければわからないなら、あって痛い目を見るといい。馬鹿にあなた方の手を煩わせるわけにはいかないので。ジルに知らせておけば、ジルがなんとかします」

 キアが切り捨てるように言った。

「で、でもヘリーもジルもまだ子供ですし。少なくとも一昨日までは自国にいたわけですから、探せば間に合いますよ!」

 わずか十五前後の少年少女が大国を渡るような旅をするのを止めないとは。

「ジルは結構前に出たのでしょう? ならヘリーもすぐには見つかりません。ジルに追いつこうとしているでしょうから。私たちシャイデの王は半人です。エレメントを宝人のように使えます。ヘリーは光と風のエレメントの加護を受けています。いざとなったら逃げる術は叩き込んでいますし、ジルにはいつでも連絡がつけられますから大丈夫です」

 フィスはそういうものか、と思いながらキアに言い聞かされて結局ヘリーに関しては何も出来なかった。

「それより、お時間はおありですか?フィス王」

 キアはにっと笑った。

「はぁ……」

「ここは結構絶好の場所ですね。ラトリアもシャイデもジルタリアも近づかないようですね」

 ヘリーは半壊した城の一室を使っていたのだ。セダ達が楓を宝人も人の目からも離すために半壊した建物を使っていたのに便乗した形になる。だから、半壊した城のこの居住区域には誰も近づかないのだ。

「友人を望むからには秘め事はなしですよ? フィス王」

 キアが微笑む。

「一緒に友人らしく、悪だくみしませんか?」

「え」

 フィスは優雅なその微笑みが、悪魔の微笑み見えたような気がした。部下も最初の印象とキアが異なって見えると、後に証言することになる。



 フィスはとりあえず、この場にいることは秘めて、しばらく留守にするように部下に言いつけた。一人にすることは心配しているようだが、キアは武器を一つも持っておらず、なんなら縛っていきますか? などと平気で口にするものだから、害することはないのだと信用して二人きりにしてくれた。

 二人きりになって開口一番にキアが言ったのは、前王の死因を調べたか、だった。フィスは頷く。そして自分の予想と、隠されていた事実を述べた。



「そもそも、これは国の最大の秘密でしたから、知る者は少ないのですけれど……父上を殺す理由が叔父上にはないんですよ。しかし偽王として叔父上を語っていたパンチャーズ大臣にはあったんです」

「パンチャーズ大臣?」

 キアはジルタリアの重鎮の一人を思い出したようだ。ラトリアとの国交大臣だ。

「今、御病気で伏せっていらせるのでは? カラ前国王のご親友であらせられる方でしたよね?」

 静かに考え込むようにキアが確認する。フィスも頷いた。

「すごく考え、調べました。この度のこと。なぜ父上が殺される必要があったのか? なぜ叔父上が王座について、私が犯人だと追手を掛けられ、私を逃がし、匿った者の屋敷が焼き払われたのか」

 フィスはそう言った。円満に進んでいたはずの王位継承が乱れた理由は。

「実はパンチャーズ様は、父上の隠し子だったようなのです」

「前王の?? 隠し子……それは、また……」

 ありがちな、というセリフは心の中に留めておいた。そもそも家系図がちょっと複雑だ。 え? 結局偽王って何?

「そうですよね。ありがちなんですけど。父上には子供がいました。パンチャーズ様。そしてビス様は非公式の子供。そして私はビス様の実子。つまり前王は私にとって祖父みたいな間柄にあたるのです」

「!」

 祖父みたいってなんだ?! その家系図よくわからん! とキアが内心突っ込んだ。もともとは前王のカラ陛下の年の離れた兄弟がビス殿下で、カラ王唯一の子供であるフィスが次期王位継承者という筋書きだったのだが。

「まだるっこしいので、ここでは敬称略で名前で説明しますね。

 ――カラ様にはご存じの通り、兄君であらせられます、ノニ様がいらっしゃいました。ノニ様の奥様、ルーミ様との間に子供はいない、そういう風に伝えられております。しかし、本当は一人おられました。それがビス様です。

 ノニ様、カラ様、ビス様の三兄弟ではなく、本当はノニ様、カラ様兄弟です。そして、パンチャーズ様がカラ様の実子、そしてビス様はノニ様の実子。私はビス様の実子ということがわかったのです。

 つまり、私にとって、カラ様は父ではなく、祖父の兄弟ということになります。ビス様が私の父上で、私にとっての叔父は存在しないということに…」

キアはちょっと待てと言いたげに手をフィスの前で示し、頭を抱えた。

「えっと、それでどうして王位簒奪に?パンチャーズ様はなんで王家に入ってないのですか?」

 これはフィスを中心にするから分かりにくいのだ。ビスを中心におくとわかりやすい。

 ビスとパンチャーズは従兄弟同士。ビスにとってカラは叔父。父はノニ、息子がフィスということになる。

「我がジルタリアは長子が代々王位を継ぎます。そうなるとノニ様の次の王位継承権を持つのは、ビス様ということになります。そしてその次が私ですね。しかし、ノニ様はビス様を授かった時には己の残りの命が少ないことを悟り、カラ様を次の王に指名しました。そしてカラ様が王位に就いたわけです。そうなると本来は私が継ぐべき王位はパンチャーズ様になります」

 キアは頷いた。確かに、王の長子が王位を継ぐならば、そうなる。

「カラ様は、元々己が二男であることから王位を継ぐ予定はなかったのです。ですから、ビス様が生まれた時にビス様に王位を譲渡しようとしたのです。パンチャーズ様がいらっしゃったにも関わらず。それを知ったカラ様の奥様は激怒なさり、赤子のビス様の暗殺を謀ったわけです。結果的に暗殺は未遂で終わったのですが、カラ様はそれに怒り、奥様を死んだことにして国外に追放なさいました。そしてビス様がパンチャーズ様に狙われることのないように、兄弟としたわけです。そして罪人の子と罪人はジルタリアでは王位継承権をはく奪されます。それが未遂であってもです。よってパンチャーズ様は幼くして己に関係なく王位をはく奪され、カラ様の側近のご家族の養子となりした」

「ちょ、ちょっと待って下さい。そんなに都合よく子供を入れ替えたり、架空の血縁関係を作れたりするのですか?」

 フィスはそこで苦笑した。

「ジルタリアでは、暗殺などの危険から身を守るために、子供が五歳になるまでは公表を控えることになっているんです。それで、その時はカラ様たちのご両親が存命でしたから、なんとかしたのでしょうね」

「つまり、兄弟と偽ることで、カラ様はビス様に王位を譲るつもりだったんですね?」

 フィスは頷いた。兄弟にしておいて、カラに子供が出来なければ、次の王はビスにすることができ、ビスを兄弟と発表としてしまっても、いずれ王をビスにすることができる。

「そしてビス様は己がカラ様の弟であると思い、そのまま国を補佐しようと武力を高める旅に出た先で私を儲けるわけですが、それに驚いたのはカラ様ですね。その時ビス様は成人されていなかったので、旅から帰って来た我が子がもう、三歳後半にもなる子供を連れてきた。しかも私の母君にあたる方もかなり若くて……」

「でも、それでビス様の子供と公表しても問題ないわけですよね、王位継承にあたっては」

「それが問題なんですよ。ジルタリアでは未成年同士の結婚は罪なんです」

 但し、成人まで結婚できないというような簡単な罪なのだが、罪は罪である。

「ってことは、ビス様も奥様も、そしてあなたも罪人と言うことになる」

 フィスは頷いた。すると次期王位継承者がいなくなる。

「カラ様はお歳を召していらしたし、奥様は追放処分にしています。しかし、次期王位継承者がいないのは問題なのです。そこで、カラ様は今の奥様を早急に娶り、私を実子と偽ったのです」

 キアはあっけにとられた。

「なんでカラ様といい、ビス様といい、自分が王になろうとは思わないんですか」

「ジルタリアは長子が王となり、弟はその王を支えるという王家の規範が存在します。王家の人間と公表されると同時に長子でない王家の男児は、サポートに徹底した教育を受けるのです。補佐ですから急に王を失った時にも対応は出来るのですが、精神面で兄を支えることを決めるように育てられますから」

 だから、カラ王は己の子供より、兄の息子を優先したのだ。

「普通、そうなりませんけど……」

「そうですよね。でもそれがジルタリアなのです。徹底的に王位継承でもめることのないように、精神にまるで洗脳のように叩き込むわけです。兄のために国を支えると」

「それで、パンチャーズ様は、カラ王を恨んでいた……ということですか?」

 知らぬ間に罪人の子としてあるべき王座を奪われ、そして本来なら自分が受けるべき恩恵をすべてフィスに譲られた忘れられた王家の人間、パンチャーズ。

「おそらく、そうでしょう。ただ、調べて分かった事ですが、カラ様は二男であったこともあって、追放された奥様はラトリアの王家の分家の人間だったことがわかっています。追放をこれ幸いと生まれ故郷に帰ったわけですね。そしてこの度のことはラトリア王が関わっている可能性が……高くなりました」

 カラの前妻はラトリア王の血縁だった。シャイデのように内側からジルタリアを乗っ取るために送り込まれたとすれば、暗殺してまで我が子に王位を継がせようとするのは納得できる。

 ジルタリアの王家を理解できていなかった前妻は息子というのをいいことに、息子が外交でラトリアに来るたびに接触し、毒を流すように口車に乗せたのだろう。カラ王を悪くいい、フィスから正当な王位を取り戻せ、と。

「それは……パンチャーズ様にも同情の余地がありますね。結局罪人の子と言う点ではフィス様も一緒だ」

「そうです。まぁ、罪の度合いは違いますが」

 フィスはそう言った。

「ジルが言ってくれたのです。ラトリアの息がかかったものを調べろと。たぶん、偽王が誰であったかを探るだけでは分からなかったと思うのです。パンチャーズ様は顔もがらりと変わっておいでで、ビス様にそっくりでした。その、今となっては私の母上である女性から貰った白帝剣を母の代わりに大事にしていることを知らなければ差が無いと言って過言ではありませんでした」

 フィスの母に当たる人はジルタリアに着く前、フィスを生んだ時に運悪く死んでしまった。だからこそ、ビスはフィスを連れてジルタリアに帰ったのだ。もう、王位を継ぐことは出来ないとカラに言う為に。

「にしても、フィス様やビス様の事を知っているカラ様の側近ともいえる方が、ラトリアに繋がっていることになるわけですか」

 キアの言葉に今度は厳しい顔でフィスは頷いた。そう、フィスが罪人の子だったという情報を王家を離れた前妻やパンチャーズが知っているわけないのだ。誰から情報を流したことになる。

「その者の洗い出しは?」

「済んでいます」

 キアは頷いた。そして口を開く。

「ジルタリアの王家の秘密をお話し下さったからには、私たちのお国事情もお伝えしなければフェアではない。ご存じとは思いますが、我がシャイデでは王の選定は水の魔神の意志が宿ります」

 フィスはシャイデにも秘密があるのかと何回か瞬きを繰り返して耳を傾ける。

「シャイデでは近しい血縁、家族といって大丈夫だと思いますが、そのうちの四名が王に選ばれます。選ばれた王らは誰が言わなくても、全国民が王と認識するようになるのです。そして、王になった人間はそれ以外の血縁や家族を、自分達の血縁と認識できなくなります。ここら辺が国を治めるために不要な部分といえるのでしょうね」

 それは無駄な王位の争いを避けるためか、王となった者の足枷を失くすためか。

「そんな!」

「いえ、たぶんそうなのでしょう。例えば、私たちの父が私たちが王となったからと言って王宮で贅沢三昧、好き放題したりすると、それは問題です。私たちは現在、父を父と思えませんから、当然のように拒否できるわけです」

「……そういう、ことですか」

 つまり、王になった瞬間、家族を、親族をその絆を失くしてしまうのだ。それはつらい事に思える。王となった者も、残されてしまった者も。親族間の情が王の責務を果たすために不要だと魔神は判断していることになる。

「そして交替は、四人の王のうち、一人でも死ぬと、自動的に次の王たちが選出されます」

 キアはそう言って語る。

「つまり、急な王の交代は……誰か一人亡くなったということなのですね?」

「そうです。今回の場合、前四の王が亡くなられました。……自殺とみられているのですが、暗殺の面も捨てられない状況です。その辺りは調査をもっとしたいところなのですが、時間がないもので。それに私達兄弟の周りにはまだ信頼の置ける配下がいません。これ以上は望めないかもしれないのです。その辺りをふまえて、私の推察になってしまうのですが……」

 キアはそう言って問題を語りだす。

「シャイデは古代、魔神がまだ人間の前に姿を現していた時代に出来た国。平和と宝人との友好を誓った国です。我々シャイデの王は、宝人に危機が生じた場合はその原因を排除し、救済する義務があります。王は宝人を友とし、宝人のために行う『宣誓』は絶対です。ですから今回のジルタリアは直接原因を行ったと思われるので我々は『宣誓』を行いました。シャイデではそれをどう取られたと思われますか?」

「それは多少混乱したでしょうが、王の『宣誓』なのですから……当然と動かれたのでは?」

 キアは苦笑と共に首を振る。フィスは驚いた。

「議会が大反発。それどころか魔神との古の誓いなど御伽噺と神殿でさえ笑う始末です。今回ジルとヘリーが単独で貴国に乗り込んだのは、そういう理由があります。私達は前王の息がかかった議会と神殿、軍部に認められてはいないのです。とりあえず形だけの王として書類整理しか頼まれない位ですよ」

「……そんな……」

 フィスは呟いた。そう考えると、偽王がたった故に、その後に正当な王として認められたフィスは優秀な部下を持ち、信頼をしてもらって幸せだ。

「だから調べたのですよ。歳若い王が即位したなら親切な部下が一人くらいいてもおかしくないかと」

 キアは自嘲するかのような顔で笑う。

「何を、お調べになったのです?」

「金と人の動きです。そして神殿と軍部。これで浮かび上がった事実があります。シャイデはラトリアと深い部分でもうずっと前から繋がっています。切り離すのが難しいほどに」

「っ! ラトリア、ですか」

 ジルに言われていたのだが、キアから言われると重みが違う。

「前王らはそれを黙認ではなく、自らそうしていた節さえある始末。そうして貴国で偽王がしようとしていたように、人身売買や資金提供だけではなく、宝人のやりとりも行っていたようです」

「何ですと!!? 宝人を、ですか?」

「そうです。シャイデは宝人の国民をラトリアに密かに売っていたようです。到底許されることではない」

 キアが呟く。その目には怒りが宿っていた。

「前王の一人がそれに危機感を持って自殺したのか、誰かに危機感を抱かれて殺されたかは知りません。でも、手遅れになる前に交代できてよかった。このままいっていればラトリアとの癒着なんて些細なことです。魔神に誓った我々が宝人を裏切れば、シャイデの信用は地に落ちます。復興などありえないほどに、壊滅させられるでしょう。もしかすれば、シャイデを筆頭に水の大陸が、水に沈むかもしれない」

 そう、水の魔神の加護を得、水の魔神と信頼関係を結び、水の恩恵を受け、水の魔神と宝人らに『誓った国』。

「――水に沈む……!」

「事の重大さをシャイデの誰もが理解していない。それこそ最大の危機です」

キアが言う。

 ――盟約の国の重さ。その責務。放棄し、人間の好き勝手にしたら最後。人は魔神に見捨てられ、そして滅ぶ。

「ラトリアの、目的は?」

 フィスが言う。事が大きい。ジルタリアもシャイデも巻き込んで何を望むのか? 大陸の統一か?

「そんなこと、どうでもいい。何が目的であろうと関係ありません。重要なのは『約束を破らないこと』ですよ。魔神からすればシャイデもジルタリアも些細なもの。しかし我々王は国民一人一人の命を負う責務がある。罪の無い国民に災厄を与えないようにするのが我々の義務です」

 フィスは事の重大さが、ずんと身体の奥に響いてきた。ただ単に父が殺され、偽王が圧政を一時的に行っただけではない。ラトリアが行おうとしている何かによって神の国が巻き込まれ、水の魔神を怒らせてしまえば、神にとって人間個人の区別などつきはしない。

 何万という人が死ぬ。それは宝人の反乱という形で起こるかもしれないし、魔神が直接手を下すかもしれない。

「我国でそれを言ったところで鼻で笑われるだけでしょうね。だからといってこのままにしていては遅いのです。現にラトリアは貴国を使って宝人の里を一つ壊滅させたばかり」

 ……知らないうちに罪人にされている。水の魔神にそれを理解してもらえるとは思わない。神に守護を約束されていると言うことは逆を言えば、神の怒りを一番受けやすいということでもある。

「だから、ジルはラトリアに急いだのですか」

キアが頷いた。

「必要とあれば、あれはラトリアの王を殺すでしょう。そしてラトリアと戦争になるかもしれない。でも、それでいい。そんなことで済むのであれば」

「―!!」

 フィスは目を見開いた。それが、神の国を背負う覚悟。水の魔神の怒りを避けるためなら、戦争さえ厭わない。

「選んでいただきたい。ラトリアを敵にするか、我らと敵対するか。それとも自国を優先し、傍観に留め、事が生じてもただ流されるかを」

 本当に水の魔神は今も人を監視しているのか、天罰は本当に起こるのか。そういう次元ではないのだ。神の国を背負う王は、本気でそう思い、事態の収拾のためにもう一つの大国を、しかも自国に取り入っている国を敵に回すつもりでいる。

「あなたは本当にジルやヘリーと似ておられる。兄弟ですね」

 フィスはそう言った。苛烈なその目がよく似ている。

「そうですか?」

 決めたら、迷わない。目的のために手を抜かない。たとえ、魔神の怒りに触れずに済んで、戦争で何万の民が死んでも、きっと彼らはためらわない。その、強さがある。

「少し時間をくれなどとは言いません」

 フィスはそう言った。キアは王として、フィスの決断を待っている。それも即断を。王としてどう行動を取るか、それでキアはフィスを試している。そう感じた。

 しかし、利用された宝人たちに約束したことがある。

 ――恒久の和平を。

 シャイデのように神に誓って平和で幸せな国を築きたい。それがフィスの想いだ。宝人と隣人でありたい。キアはシャイデの王として、まっすぐ言った。ジルもまっすぐな目線でフィスに応えた。

「いえ、信頼する方々と話し合われても……」

 キアの言葉を切って、フィスはキアの右手を取った。キアが驚いて見返す。それが、答えだから。

「ジルはもう行動を起こしているんでしょう? なら、同盟国である我々は、答えは一つです」

 戦争が正しいとは思わない。でも、しなければならないときもあるのだと、感じる。王として、国として、譲れないことは何か。和平のためにどう動くのが最善か。

「悪巧みは成立ですね」

 キアがにやっと笑った。

「ええ。これで私達は共犯者ですね」

 だが、フィスは同時に左手でも握手をした。意味は―戦。

「我国は偽王のせいとはいえ、一度貴国と戦争を起こしかけています。確かに王としてラトリアの暴走をこれ以上許せない。しかし、国民の総意を無視してまで私は戦に走りたくは在りません。卑怯と言われようと傍観者と言われようとです。事が急ぐのはわかります。しかし時間を少しいただきたい。その間に国民を納得させて見せましょう」

「十分すぎるお言葉です。では、ジルタリアの準備が整う頃、私は『シャイデ一の王』として再びあなたにお会いします」

「お待ちしております」

 キアは微笑んで一礼し、しずかに扉からまるで夢だったように出て行った。二人はそこで別れた。


...026


 ジルはラトリア国内、城下町の手前の森の中で馬を休ませていた。ここまで急いで走ってくれた。そしてジルより前に複数の人間がここで馬を休ませていることが跡でわかる。足跡を見て、森の奥のほうに行っていることがわかった。馬に水を飲ませて、泉の周りの草を食ませている間にジルはそちらに向かう。人の気配がちらほらする。

「陛下」

 頭上で声がした。ジルは上を向いて、笑う。

「どうだ?」

「ほぼ全員集まりました。偵察も済んでいます」

「急な願いで悪かったな」

「いえ、陛下が出る前に準備をしておくようにと仰いましたから。全員気合入ってますよ、やっと大きな初任務ですからね!」

 ジルはそうか、と言って踏み出す。頭上の人がジルの背後に着地し、後に続く。ジルが姿を現した瞬間に数名の人間が木々の間から姿を現して並ぶ。

「陛下」

「ジル陛下」

 声を掛けられてジルも軽く手を挙げて答えた。

「にしても、お前ら大丈夫なの? 軍抜けちゃって」

「なに言うんすか。ジルが俺らをジルの近衛に命じたんじゃないすか」

「そうっすよ。普通の軍務より『鷹隊』の任務が優先されるのは当然っす」

 『鷹隊』――ジルがシャイデの王になって最初に行ったことだ。すなわち、軍部から優秀な数名を選抜し、己の近衛隊に抜擢する。ジルだけのジル命令に忠実なジルの部下だ。

 王であることをいいことに、勝手に書類を作成し、護衛は決まっている人がいいとか無茶を言って、議会と軍上層部のはんこをもぎ取った。

 しかし面子を見ればすぐに精鋭部隊であることがわかる。ジルは選抜した軍人とは密にコンタクトを取り、全員の信頼を勝ち取った。ちゃんと信用できる部下がどうしても必要だと思ったからだ。

「ありがとな。じゃ、作戦を練ろう。報告してくれ」

「はい。ラトリアは城が国の中心にあり、城下町ではやや西側にあります。城を中心として八本のメインストリートが走っており、その道を境に街が展開し、栄えているようです。門は四つ。東西南北に一つずつです。残り四つは地下の出入り口と繋がっています。門には門番がおりますし、地下の出入り口にも見張りがいます」

 河を国境にしているシャイデ、ジルタリアとは基本的に違うのだ。河を利用した街づくりではない。どちらかというと付近の森を利用している国づくりのようだ。

「ラトリア王は一日をほぼ執務室で過ごします。寝室は執務室とそう離れてはいません。食堂は階が違い、謁見の間は正面ゲートから続く広大な広間に繋がっています。謁見は週に一回。午後をその時間に充てます。必ず週に一日は家族とふれあいを持つようにしているようで、息子と鷹狩に行ったり、妻と劇場へ通ったりしているようですね。国の領主たちとの謁見を週に二回。休日は週に半日」

「ラトリア将軍は軍部で過ごす日は少なそうです。将軍も城で暮らしています。ほぼ、彼の住居スペースである三階で家族ぐるみで過ごしています。週に三回、軍部に顔を出しますが、行動範囲は広くありません」

「二人が会う機会は?」

「あります。しかし日程が決まっているわけではないようです」

「城の見取り図はできているか?」

「はい。ほぼ。ただ地下はチェックが厳しく、手がつけられません」

 ジルは顔を愉快そうにゆがめた。

「隠しているものがあるって言っているようなものだな。ヒューイはいるか?」

 ジルは言うと、鷹隊をまとめるリーダーが言う。ヒューイとは元空き巣専門の泥棒だ。潜入工作にもってこいの人材をジルが更生させ、仲間に引き入れた。

 そう鷹隊とは、優秀な軍人だけではなく様々なプロを引き入れたジルだけの、ジルの命令を忠実に聞く特殊な部隊。

「手配済みです、陛下。ご報告は明日にでもできるかと」

「おう、ありがと。潜っているやつは何を調べてる?」

「主に二人の行動範囲と予定ですね」

「逆に将軍と王が会う理由は何だ?」

 さらさらと会話が弾むのもジルが城を抜けてこの面子と過ごした日が多いからだ。個人的な付き合いも、集団での付き合いも。しかも近衛なのだからジルのそばに呼び寄せることも出来るので、全員で一緒に過ごした日も少なくない。

 ジルも城を抜け出して遊んでいたわけではないのだ。いや、好き放題やっているのだから遊んでいることと変わらないのだが。ジルは仲間の報告を聞き、仲間と共に潜入の作戦を練って夜は更けていった。

「陛下」

 作戦日をどうしようかと夜遅くまで話し合うジルたちの下に見張りにしている兵士から連絡があった。

「どうした」

「誰か近づいております。おそらく対面の森に潜んでいる輩と思われますが、如何なさいますか。撃退しますか」

「いや、いい。気づかれないよう気を配れ」

「その必要はないみたいです、陛下。あちらさん、こっちに気づいてますよ」

 別の兵士がそう言った。

「しゃーねーな」

 ジルが立ち上がる。それにあわせて、部下が皆臨戦態勢を取る。

「とりあえず会話が可能な方向で進めろ。無理なら斬り捨てる」

「了解」

 しばらく静寂とかすかな息遣いだけが森を包む。ジルは対面の森にいる輩って?と近くの部下に気配を消して問う。部下はこちらと同じで少人数で森に潜む輩がいるのだという。

「頭!」

 対応していた兵士が慌てた声を出す。陛下と呼ぶわけにも名前を呼ぶわけにも行かず、いざと言うときは山賊の振りということで頭と呼んだわけだ。

「おう。どうした?」

 とりあえず会話が可能な相手だったようなので、目線で配下に配置に着くよう命じ、山賊のようにちゃらちゃらした感じを出しつつ、森の外へ出る。

 月明かりの元、屈強と言える体つきの男が単身で立っていた。ジルはその男から出る気配とわずかな殺気に反応して相手に悟らせないように体を緊張させ、自然に剣の柄に手を置く。

 ……ただ者じゃねーな。男は背中に真っ白な大剣を背負っている。と思った瞬間、その大剣をジルに向かって振り下ろしていた。ジルの反応は瞬時。獲物の質量差から瞬時に剣の間合いを計り、双剣が音もなく抜かれている

 。互いに剣に手を掛けた瞬間から殺気が噴出し、目線が鋭くなる。双剣で質量差を翻弄させる素早い動きで対応するジルと、大剣のリーチを生かしてジルを追い詰めようとする男。互いに急な剣戟にも関わらず、疑問や言葉はまったくない。そしてジルは瞬時に配下に手を出すなという目線を送る。

 月明かりの元、しばらくやりあいが続き、どちらともなく剣を振る手が止まった。

「水の大陸三大宝剣の一つ『白帝剣』とやりあうことができるとは思わなかった」

 ジルがにやっと笑って言い、先に剣を収める。すると男も背に大剣を収める。

「こちらこそ世界に七つしかない呪剣『陰陽剣』をこの目で見るとは思わなかった。呪いをものともせず制御しきるとは、すばらしい使い手だ。手を出した無礼を詫びよう。部下に手を出させぬその判断もすばらしかった」

 ジルが苦笑する。

「で、ジルタリアの英雄・騎士団長で行方不明のビス殿下がこんなしがない山賊に何の用だ?」

 部下の中で息を呑む声がした。フィスは言った―白帝剣をお持ちでない、それがあなたが叔父上でない最大の理由だと。ならば、白帝剣を持つこの男こそ、行方不明のビス=アザンシード=ジルタリア張本人。

「しがない山賊とは冗談がきついな。宝剣は盗品だとでもいうつもりかね? シャイデの神殿の奥深くで封印されていたと記憶しているが?」

「さぁな。事実は正確とは限らないぜ?」

 ビスが微笑む。

「遠目でお会いしたキア様によく目元が似ておられる。……お初にお目にかかるな。シャイデの英雄王」

「チ。ばれているならしゃーねー」

 ジルは正式な挨拶の型を取った。それに習って部下も拝礼を行う。

「シャイデより参りました。第三の王・ジル=オリビンと申します」

 その拝礼に応えるようにビスも返礼を取る。

「ジルタリアより参った。ビス=アザンシード=ジルタリアだ」

 固く握手を交わした後、ジルは奥へビスを無言で案内した。

「で、時間がないもので単刀直入に聞かせていただく。我々に何の用でこちらに?」

「そちらの目的が知りたい。……もしかすると目的は同じではないかと思ったものでな。私は兄君を苦しめたあの女が許せなくてね。兄の慈悲によって自国に逃げ帰ったくせにちょっかいだけは一人前に、息子を利用してまで行う悪女を、斬ってやろうかと思ってな」

 ふむ、とジルが顎に手を当てて悩む。どこまでが本音か図っているのだ。

「それにしても優秀な部下たちだ。即位からわずかな期間でよくぞここまでの手勢を集めたものだ」

「ジルタリアの騎士団に比べたらそうでもないですよ。お褒めに預かり光栄ですがね」

 ジルはそう言って笑い、まなざしを鋭くして問うた。

「その悪女は誰の差し金かわかっておられるか?」

「もちろん。複数いるが一人は悪女の本当の恋人だ。かの国で一番高い椅子に座っている」

「成る程。では、悪女の国が持つ剣はどの程度の鋭さかご存知か?」

「無論。しかし我と貴君の足元には及ばぬだろう。昔は有名を馳せたようだが、金と権力におぼれ戦場に出なくなれば、待つのは耄碌した爺一人のみよ」

 ジルはそれをきいてにやっと笑った。

「おおむね目的は同じようだ。協力し合えるかな? といってもあなたの甥子殿と我が兄が仲良くなったならば、答えは一つしかないわけだが?」

「成立だな」

 武人らしく拳と拳が打ち合わされた。



「そいやさ、楓さっきなにしていたんだ?」

 セダは楓が街を出て少しして人気のない場所で行った行為を尋ねていた。ちょっと先に行ってとお願いされたかと思えば、その場で炎を出してくるりと回転したりしていたからだ。

「ああ。『紋』を作ってたんだよ」

「もん?」

「宝人のみできる特殊能力ってとこかな」

 楓の言葉にセダは首をかしげる。説明を求められているとわかって楓が穏やかに語りだした。

「宝人は各自のエレメントの特性を利用して移動ができるのはわかる?」

「それってリュミィが光を使ってびゅーんと移動する、みたいな事?」

テラの問いかけに楓は頷く。

「光の宝人は光のエレメントを使って直接移動できる。つまり、自分の力が及ぶ範囲なら光の速度で移動が可能なんだ。それが光。じゃ、闇はどうかっていうと己の力が及ぶ場所への『転移』ができるんだ。つまり、瞬間移動だね。闇のエレメントは自分で闇を出すことの出来る場所への移動ができる。光の場合は己の力が届く範囲の『転移』だね。宝人はそういう感じで己のエレメントを使って時間と距離を詰めることができるんだ。これは宝人の独特の能力の一つ。『転移』っていうんだけど、じゃ、他のエレメントはどうやって『転移』するでしょう?」

 宝人は便利だなぁとつくづく思ってしまった。限られているとはいえ、瞬間移動ができるとは。

「あれよね、きっと水とかは水のある場所ってところかな?」

 テラの言葉に楓は頷く。

「水は光と同じように自分が知覚できる範囲内の水がある場所へ移転できる」

「土も同じですか?」

 ヌグファの言葉に楓は頷いた。

「土は繋がっているからね、己の力が及ぶ範囲までを土を通して移動する。光とかと原理は一緒だけれど土を介すから、そこまで速い移動方法じゃないよ。こういう風にエレメントを通して転移をするのは『直接転移』っていうんだ。他の直接転移のエレメントは風。風も風を使って移動する。直接転移で速いのは光、次に風」

「セダたちも楓のお願いでお城から風の転移で運んでもらったんだよ?」

 光がそう言ってイメージがつきにくい転移という能力を教えてくれる。

「あれか! じゃ、光が落ちてきたのも……風の転移ってこと?」

 光は頷く。

「あれは風石がなくなっちゃってね……。お願いしたのは楓だから私ではどうにもできなくて」

 ということは、落ちた場所が干草の上でなければ死んでいたということだ。上空を風の流れに乗って飛ぶわけだから。光は運がいい。

「ちなみにさっきの闇や水は『間接転移』っていうよ。水は水を通すけれどその水が同じところになければいけないわけじゃないからね。で、話を戻すけれど間接転移はそのエレメントを己が知覚できれば問題ないんだけれど、距離が離れるとどうしても知覚は難しくなってしまう。そこで登場するのが『紋』」

 楓はポケットから己の火晶石を出した。

「『紋』はマークだね。この場所は僕が知っているというマーク。このマークを次のときに道しるべにして転移する。これが間接転移の基本。特に炎は絶えずその場所にあるものじゃないからね。自分の力のかけらである火石を埋め込んで、『紋』を描く。するとどこにいても紋を描いた場所は一瞬で転移できる。これが炎の転移」

「へー、便利!」

 テラが感嘆の声を上げた。

「じゃ、今からでも戻れんだ? さっきの場所まで」

「できるよ。でも炎がないとこの場所まで戻れないから、やらないけれど」

 やってくれと言いたげなセダに釘を刺すことを忘れない楓だった。

「何故? ジルタリアに用でもあるのか?」

 グッカスが尋ねた。楓は苦笑する。

「今回でジルタリアには炎の精霊をたくさん生んでしまったみたいだから、気に掛けておこうと思って」

「宝人は精霊の管理もするのか?」

 セダの問いに楓は首を振る。

「家族みたいなものかな? 僕にとっては」

「精霊ってそんなにいっぱいいるのか?」

 人間であるセダたちに、精霊は見えない。どういう存在かいまいちわかりにくいのだ。

「グッカスも『魂見』できるから、見えるのか?」

「見えない。俺が『魂見』できるのもけっこう特殊な理由があるんだ。宝人と獣人は基本的に違う」

 楓が目を丸くする。

「あなたは獣人だったの……?」

「楓は『魂見』できないからね。グッカスの魂は鳥。あと炎のエレメントに親しい色をしているね」

 グッカスが軽く目を瞠る。

「おまえ、魂見でそこまで視ることができるのか?」

「光の魂見は優秀ですわよ。形だけではなく、その形で何を表すか、どのエレメントに近いかだけでなく、その者の性質でさえ見通しますの」

 リュミィに言われてほめられているかのように光が胸を反らす。

「じゃ、鳥人なんだ。……炎に近いってうれしいなぁ」

 微笑む楓を見て、グッカスが一瞬呼吸を止め、目をそらす。照れているのだとテラが気づいたが、気づかないふりをしてあげた。

「そういえば、楓って里でどういう扱いを受けていたの? 里の人と仲がいいわけじゃなさそうだったけど」

 テラは話を変えるようにわざと重い、しかし目的地に着く前に聞いておきたいことを聞いた。

「僕は元々あの里に生まれたわけじゃないんだ。生まれは風の大陸の里。しばらくそこで育ったんだけれど、炎を抑えるには対抗できる水のエレメントの土地でってことで水の大陸の里に移されたんだよ」

「一番水の大陸で力のある里があの里でしたし、周りが水に囲まれた立地条件でしたから、あの里に送られましたのよ」

 リュミィは補足するように言った。

「で、泉の中に小さな小屋が建っていて……基本的にはそこから出ない感じで暮らしていた気がする。光と出遭ってからは泉のそばなら行動しても許してもらえるようになったんだけど。そんな感じだったよね?」

 光も頷く。

「それって、軟禁状態じゃない!」

「仕方ないことだから」

 楓が笑う。その笑みが、本当の笑みじゃない――。そんなことは誰もがわかった。

 ――楓、泣けないんだよ。光の言葉の意味がわかる気がした。この少年は己の運命を受け入れて、どうしようもないことも理解している。だけど、たぶん、望まずにはいられないのだ。自分が受け入れられる未来を。すべてを諦めるほどには絶望するほどにはまだ生きていないから。いつか、と夢を見るようにして生きている。

「それに苦痛じゃなかったよ。光が一緒にいてくれたから」

「そんなことしか、できなかったし」

「ううん。一人と二人はぜんぜん違う。僕には光がいてくれた。光がいることを許してくれる宝人の大人達がいたんだ。だから、つらくなかったよ。それに一人のときは炎を出すことも、できたし」

 リュミィがつらそうに視線を反らす。宝人がエレメントを守護し、扱うのは呼吸と同じくらい自然なこと。でも、楓は炎を恐れる周囲に気を配り、決して他の宝人の前では炎を出さなかった。だから、そんな当たり前のことさえ、することができなくて……。

「だめだ」

「え? セダ?」

「そんなんじゃ、だめだ! 楓。俺は火を怖がらない。確かにお前と違って炎に触れたら俺は怪我する。でも。恐れない。だから、お前俺らと一緒にいろよ。な、一人と二人は違う。でもな、二人といっぱいも違うんだぞ」

 きっと恐ろしい己の周りに光という女の子が共にいてくれたことだけが奇跡のように感じている楓だ。そんなのつまらない。俺もテラもみんな楓と友達になりたい。一緒に笑いたいのだ。それに炎なんか関係ない!

「……っ! そんなこと言われたの、初めて……!」

 ふわっと楓が笑う。

「ばっか! あったりまえだろ!」

 セダがぐりぐりと楓の頭を撫で回す。楓が笑った。光もリュミィもその笑みをみて、久しぶりに楓の心からの笑い顔を見れたことに安心したのだった。


...027


「おい、それ本当の話かい?」

 夜もまだ宵の口、これからがにぎわう酒場の一角でひっそりと葡萄酒を飲み干しながら話し合いが行われていた。一人は人目を忍ぶようにフードを目深にかぶった男性。その様相はかなり疲労しているようで、薄汚れている上に眼もとには隈ができており、顔全体に陰影が目立つ。

 対する男はジルタリアの軍服を着た軍人で胸の勲章から地位が高くもなく、低くもないとわかる。

「もちろんだ。この話のおかげで五度死にかけた。かの国の暗殺者はしつこい」

 声が意外と若い事が印象深いがそんなことはどうでもいい。今聞かされた話の内容に男の酒を持つ手が震えた。と思った瞬間、男たちの隣で激しい食器を落とす音が響いた。

「な! お前!!」

 食器を全て床に散乱させ、お盆を持ったまま震える給仕の娘に騒いでいた酒場の空気が一瞬止まる。しんと静まり返った酒場に響き渡る高い声。

「ラトリアが……国王様を殺したって……! そんな!!」

「な!」

「え?!!」

 すぐにざわざわと広がっていく声。嘘だろ、とかそういうざわめきを聞いてフードをかぶった男が慌てふためく。

「旦那! おらぁもう行く!」

「え? ちょ! 待て!!」

 逃げるように店の外に逃げ出す男をあっけにとられて他の客が見逃したあと、客の一人が軍人に詰め寄る。

「おい、国王様が、カラ陛下が亡くなった原因がラトリアの暗殺ってことなのかよ!!?」

 叫んだ男に対して軍人が顔を青ざめる。

「今聞いたことに確証は、な、ない! た、他言無用だ!」

 男は人だかりを押しのけてカウンターに小銭を置くと、まだ宵の口だと言うのに逃げるように店の外へ出ていった。ざわざわとする店内。お盆を落とした給仕の娘に男が問いかける。

「お譲ちゃん、今、何をきいたんだい?」

「確かにあたい聞きました。国王様、カラ陛下を暗殺するよう命令したのはラトリアの王様だって。ビス様が行方不明なのも事前に察知したビス様を排除するためだったって。経験の浅いフィス様なら手玉に取ることも容易いだろうって。あの、汚れた人……ラトリアでそれを知って報告しようとしたけど、殺されかかって間に合わなかったって。言う通りにならなければ次にはフィス様が狙われる。だから、国境にはあんなに大勢のラトリア軍がいるんだって。今なら……シャイデの要人もジルタリアのせいにして暗殺が容易と思われてるって言ってた」

「嘘だ! だってラトリアは我が国の友好国で……」

「いや、同盟国のシャイデも戦争をしけかた。そんなこと信用できない」

「お譲ちゃん、そんなに聞けたのかい?」

 一人があの一瞬で最初から聞いていたように言うから不審がって問う。

「薄汚れた人って、失礼だけど食い逃げが多いから、注意してるんだ。そしたら相手が軍人さんだから珍しいなって、注意して聞いてて……」

「じゃ、国王様はラトリアの暗殺で亡くなった!!」

「ラトリアが国王様を殺した!!」

「待て、じゃ次はフィス様が殺される」

「ジルタリアがラトリアに滅ぼされるぞ!!」

「シャイデも狙うってことは、シャイデも危ないぞ」

 それは波のように不安と恐怖と怒りが空気を伝っていく。

「こりゃ一大事だ! 誰か、これを城に伝えに行け!!」

 ざわざわとした酒場が騒乱に飲まれていく。店主が慌てているが騒ぎ出した人間はもう誰も止められない。数日と経たぬうちにジルタリアでは前王の暗殺容疑でラトリアとの開戦ムードが広がっている。前王のカラ王はそれだけ国民に愛された賢帝であったということだ。

 ――一日と経たないうちに、その噂はジルタリア中を駆け巡り、城の跡地にはうわさの真偽を問い詰める人だかりができるようになっていた。

「どけ! どかぬか!!」

 軍人が人々を何とか押しのける。

「今からシャイデの王がいらっしゃるのだぞ! 道を空けぬか!!」

 ざわり、と空気がどよめいて、人々が道を徐々にあける。しばらくしてシンプルな馬車が道の先に見えた。

「シャイデの王様が、ジルタリアに……」

「ちょっと、ラトリアの暗殺が本当になっちゃうわよ」

「ジルタリアとシャイデが一辺に!」

「どうなってんだよ! フィス様はどう対応されているんだ??」

「シャイデの王を招いて大丈夫なのか? 未だに国境にはラトリア軍がいるってのに!」

 キアは馬車の中でそれらの噂を聞ける範囲で聞きつつ、口元を緩めた。中々、フィスは策士だ。反戦感情が高まる国民を誘導するために、わざと噂を流すとは……。隠れていた身分をわざとばらしてエギリ大臣に苦虫を噛み潰したような顔をさせたかいがあった。

「陛下、ジルタリア城にお着きです」

 そう声をかけられ、馬車の扉があけ放たれる。キアが降り立つと、半壊した城の正面入り口にジルタリアの国民と担当の高官の他フィスの姿がある。目線が約束は守ったと言っていた。キアは周囲に分からないように頷く。後方の馬車からシャイデの高官も続いた。

 シャイデの旗色であり、水のエレメントの従属色でもある紺色のマントが翻る。

「ようこそ、ジルタリアへ。シャイデ王」

「こちらこそ、突然の来訪をお許し頂き、ありがとうございます。ジルタリア王」

 互いに手を握り合うと拍手が囁かに起こった。フィスはそのまま、城の中へとキアを案内した。



 ――数日後、フィスとキアの連名によるラトリアへの抗議文がラトリア王へ届けられた。

 容疑は前王の暗殺、並びに自国の貴重な人材であると共に人間の朋友・宝人の拉致及び人権侵害。宝人の方に関してはどちらも証拠と言えるものを提示しての回答を待つ構えを取った。

 そうして嵐の前の静けさのような三日間が穏当に過ぎ、ラトリア王の両国への回答は行動でもって示されることとなる。ジルタリアの国境に控えていたラトリア軍によるジルタリアへの侵入及び、軍事行為。そして――シャイデへの強襲――。両国同時攻撃だった。



 シャイデへと正式な手続きを経て入国したセダたち一行は、まっすぐにシャイデ城の一角、広大な敷地の一部である王の許可なくば、開かれることのない禁踏区域へと向かった。

 シャイデの警備兵に事情を説明し、内側で避難している宝人達の同意を得て、その場所に足を踏み入れた。城の影に隠れてこんなに広大な場所があるとはだれも思っていないだろうという位、禁踏区域は広かった。それこそ、逃げ込んだ宝人を全員匿えるのだから、里と同程度、もしくはそれ以上の広さがあるのだろう。

 しかもそこは光達がいた里とよく似た場所で、宝人達の為の様な住居や、手入れの行われている田畑などまである。禁踏区域としているのはいざという時の為の宝人達の避難場所ということなのだろう。おそらく宝人と人間に神の国と呼ばれる所以の一つとして、古の時代に交わされた約束なのだ。だからこそ、宝人も人間の国と知りつつ避難してきたに違いない。

 禁踏区域には中央に集会場まであり、楓と楓の契約者であるテラはすぐにそこに一行と離され連れて行かれてしまった。光は不安そうに楓を見上げたが、楓は微笑んでテラを促した。リュミィの計らいで他の皆は同じ場所にとりあえずの生活場所を得られたが、今後楓が皆と一緒にいれる保証はない。

「楓」

 光は宝人に囲まれているというのに楓と離れた瞬間に不安そうな様子になる。禁踏区域に着いてからもう何時間も経つが、楓とテラがセダ達の元に姿を見せることはなく、日が暮れようとしていた。

「邪魔するぜー」

 外から幼い声が響く。光がぴくっと反応した。

「鴉! 紫紺も」

 鴉は鍋を、紫紺は少し大きめの袋を持って立っていた。二人は部屋に入ってまず鍋を置くと鴉が言った。

「これ、夕飯。ちゃんとしたご飯はまだねーの。悪いけど人数分入ってるからこれで我慢してな。本当は食堂で一緒に取れるといいんだけどさ、みんな人間怖がるから、さ」

 鴉はわりーな、と言ってセダと光に笑いかける。紫紺が袋からパンを手渡す。鴉はスープを鍋からよそって同じように渡した。わずかな時間だったが楓の救出劇を見ているだけあって鴉と紫紺は人間であるセダたちを怖がってはいない。

「楓は?」

 光が受け取りつつ不安げに尋ねる。

「さぁな。俺たちはいつも話し合いには入れないからな。ただ、話し合いは一日二日では終わらねーよ、たぶん。だって楓は契約したんだろ? 今までのように閉じ込めておくことはできねーだろ。人間と一緒にいなきゃいけないわけだし。あのねーちゃん、楓と一緒に引きこもってくれそうな人じゃなさそうだし」

「それってどういうことだ?」

 セダが問う。鴉は視線を彷徨わせつつ、仕方なさそうに口を開いた。

「楓は気にしてねーけど、楓の今までの生活って俺らが監視して閉じ込めていたようなもんだからさ。でも人間と契約した宝人は契約者と長い間離れてられない。だから、もし楓を今までと同じように閉じ込めておくつもりなら、あの契約者のねーちゃんも一緒に閉じ込められるって寸法。でも、そんなことできねーだろ? だから里のじいさんばあさんはもめにもめてるって事」

 それを聞いてセダは愕然とした。ヌグファも驚いた表情を隠せない。

「そんなのってねーだろ!」

 憤慨するセダに鴉は肩をすくめる。

「だけどさ、炎が怖い俺らとしては楓がなにしているかわかるようじゃねーと不安なんだよ。宝人ってさ、たぶん怖がりで警戒ばっかなの。おれだって今回の事がなきゃ人間にはずっと会いたくなかったし、楓は怖いから近づかなかったと思う。怖いもの不安なものは閉じ込めて、見張って動けないようにしないと気が済まないのさ」

 グッカスは不満そうに鼻を鳴らした。

「ふん。だからこそどこまでも視野が狭まっているんだろうけどな」

「言えてる。確かに怖いことは真実を知らなきゃ怖いままだ。炎は怖いけど、楓は怖くない。な? 紫紺」

 幼い子供は頷いた。紫紺は今回楓に何度も助けてもらっている。

「だからさ、みんな怖がらずにセダたちに会ってみればいいのにな。そしたら人間の一面は少なくともわかる」

 鴉はそう言った。禁踏区域の端の方の建物に案内されてから用がない限りはこの中にいてくれと言われてしまった手前、セダたちは自由に出歩けない。

「みんなってどこにいるんだ? ここらにはあまり建物はないように見えるけど」

 セダが尋ねると鴉は唯一ある窓を示して言う。

「禁踏区域には俺も初めて来たんだけど、中央の集会場を中心に建ってんだ。そこに里で一緒に暮らしているやつら同士で集まっている感じかな? 食事とかは集会場で一気に作ってるから集まって食べてるけど。光も後で顔出せよ。心配してたぞ、美羽さん」

「あ……そっか」

 光が忘れていた、と言いたげに頷いた。

「宝人の皆さんは一緒に暮らしているってことは……共同体で生活をされるんですか?」

 ヌグファが問う。それにはリュミィが答えた。

「宝人には家族というものがおりませんから、年長者がペアを作り、そこに子供を預かって十人程度の集団を作って生活をしますの。その十人は共に暮らし、里を出たりしない限りは人間でいう家族のような繋がりを持ちますわね」

「家族がいない??」

 テラがいたら目を丸くしそうなことを平気で口にする。

「え? お父さんやお母さんもいないの?」

「だって宝人は卵から生まれるんだよ。親なんかいないよ。強いていえば魔神が親なの」

 光はそう言った。

「卵?!」

「宝人と人間の違いはそこですわね」

「馬鹿か。楓の話の時にそう言ってただろ」

 グッカスが呆れてそう言う。確かに卵を壊したとか言っていたような……。

「ではそこから説明しますわね。宝人は各エレメントを守護する宝人が、次代を担う自分の守護するエレメントの宝人の生誕を願うことから始まりますの。例えばわたくしの場合、光の宝人ですから、次の光の宝人を光の魔神に願いますの。魔神はその願いが一定以上集まったら、各大陸にある『卵核』と呼ばれる宝人の卵に光の宝人の卵を授けますの。つまり願い次第でその年の宝人の数が決まるという仕組みですのね。『卵核』に宿った卵はある一定の時間まで育った後に、各大陸の里の『卵殻』に移転しますの」

「らんかくとらんかく?」

「転移ってさっき楓が言っていた瞬間移動?」

 セダとヌグファが同時に質問した。リュミィは二人の問いに頷いて解説を行う。

「そうですわね……『卵殻』は言葉通り、卵の殻と書きますの。つまり宝人が宿る卵そのものを指しますわ。

 イメージといたしましては、樹になる実を思い浮かべてくださいな。卵核つまり魔神が宿した宝人の卵はその命を灯す母体のようなものがありまして、そこに次代の宝人の命を宿しますわ。その母体のようなものは宝人でさえ場所を知らない秘匿された場所にありまして、一年に一度、数十個ほどの命を宿すと言い伝えられておりますの。

 卵核に宿った命は卵核でこの世界で宝人として生きる為の姿、すなわち卵を形成できたら各里にある卵殻、つまり卵の宿る樹のようなものに移動しますわ。ここで言う移動は瞬間移動のようなものではなく、落ち着いて安全な孵化ができる卵殻への魂の移動を指しますわ。まぁいつ移動しているかとかわかりませんから瞬間移動と言っても差し支えないのでしょうが。

 宝人は里の卵殻にたどり着いたらそこで三年卵殻の中で成長しますの。三年経った頃、孵化してようやく宝人が生まれるというのが流れですわ」

「本当は木の実みたいな生り方じゃねーぜ。岩肌に卵が埋まっているのが近いって言われてる」

 鴉の言葉に宝人たちは頷いた。

「へぇ……。じゃ宝人が新しい命を祈ってそれが魔神に届くと、地上に命を宿して、それが里に配達されて生まれるってことかぁ。じゃ親はいないよな」

 セダはふむふむと頷いた。卵から孵った宝人たちは均等に里内の共同体で共に成長するということなのだろう。

「生まれて共同体はどこにするとかは里長が決めるのか?」

グッカスが尋ねると頷く。

「だいたいはね。でも生まれる前に卵殻の前に共同体のリーダーみたいな人が訪れると自然とどの共同体が引き取るのがいいのかわかるんだよ。卵の方も、共同体の方も。不思議な絆でしょ?」

 光はそう言って現在のリーダーである女性を思い浮かべた。

「人間と似ているのにやっぱり違う存在なんですね」

 ヌグファがしみじみとそう言ったとき、グッカスが何かに反応したかのようにびくっと身体を動かし、外の方をうかがうように硬直する。

「グッカス?」

 セダが尋ねると、グッカスはまるで耳を済ませるかのように目を細め、静かにというサインをした。

「あぅ!!」

 その次の瞬間、宝人の誰もが身を折って、頭を抱える。

「え?! どうしたんだよ! 光! リュミィ!!」

 慌てて身を屈めて苦しげな表情をしだした宝人たちを支えるが、何もわからない。

「何か聞こえないか? なにか、悲鳴のような……争うような……」

 グッカスがそう言う。獣人である彼は人間より感覚が発達している。セダたちに聞こえないことが聞こえたのかもしれない。いち早く立ち直ったのはリュミィだった。

「『鳴き声』ですわ……今この場所が……人間の襲撃を、受けているようですの!!」

「何だって!!?」

 セダたちはそれを聞いて扉を開け放ち、外に飛び出た。すると宝人たちが頭を抱えうずくまりながらも禁踏区域の中心へ向かって逃げようと走っている。目をこらせば逃げてくる方角からは物騒な音と宝人の悲鳴が聞こえてきて、土煙の間から鎧姿の槍などを持った人間の姿がうかがえる。

「なんだよ! 誰だよ!!」

「……あの旗印と紫色の旗……ラトリアじゃないか?」

 グッカスがそういう。信じられないといった様子で目を見開いている。

「なんでラトリアがシャイデのしかも宝人を狙ったように禁踏区域を襲うんだよ!」

「……楓を狙ってきた可能性がありますわね」

 リュミィが蹲っていた光や鴉を立ち上がらせると、里の中心に行くように指示をする。

「鴉、貴方は紫紺を安全な場所へ避難させて。光は楓を探して隠すのですわ。とにかくこの前と同じ徹は踏ませませんわ! わたくしは皆が避難できる時間を稼ぎます!」

 リュミィはそう言って体全体を光らせてかなたへと転移した。セダは光を見て、そして背中の武器を手に取った。

「あれ、止めるぞ」

「馬鹿か! 規則を忘れてないだろうな! 俺たち公共地のセヴンスクールは他国の事情には踏み入ることは禁じられているんだぞ! これはシャイデとラトリアの戦争だろう?!」

 グッカスが言うとセダがグッカスに向かって怒鳴った。

「じゃ、このままここで見てろって言うのかよ! そんで宝人のみんなが人間に襲われるのを見ないふりするのか! 規則だから! ……できるわけないだろ!!」

「だからお前は馬鹿だって言うんだ! よく考えてみろ! 俺たちにはどっちの国が悪いかとかわからないんだぞ! 一方的にラトリアを攻撃して、ラトリアが善だったらどうする?! お前はせっかく武闘科の長刀武器専攻で主席なのに、それをふいにして退学になるつもりか!」

 よく考えろ、とグッカスはセダの肩を掴みながら怒鳴り返す。その手を払いのけてセダが言い切った。

「それがなんだよ! 退学がなんだってんだ!」

 セダが逆にグッカスの肩を食い込むほど強く掴んで、そして強いまなざしのまま言い返す。

「ラトリアとかシャイデとか、戦争とか、セヴンスクールとか、主席とか! そんなの関係ねーだろ。今! ここで!! 宝人も、人間も関係ない! 襲われて、逃げている人がいるんだぞ! 助けるのに理由なんかいらねー。逆に言えば、助けない、助けられない理由はその人たちの命とか、恐怖とかより尊いものだとは俺は思えない。そんなものが俺を止めることができると思うなよ。俺はそれなら馬鹿でいい、退学になっても構わない!」

 そしてグッカスを押しのけるとセダは騒乱の方向へと駆け出していった。グッカスは呆然とそれを見送り、しばらくして、顔を歪める。握った拳がぶるぶると怒りで震えていた。

「……俺だって! 俺だって、できるならそうしている!!」

「……グッカス?」

 ヌグファが心配そうにグッカスを見る。その顔は怒りで歪んでいるが、セダに向けた怒りではなさそうだった。

「ヌグファはどうする?」

「光たちが心配です。伏兵がいないとも限らないですし、光たちを安全な場所まで護衛しようと思います」

 それはラトリアの兵と出くわしたら戦うことを厭わないという優等生らしからぬ発言だった。

「逆にグッカスはどうします?」

「俺は……出来ない。特殊科の俺は、学校の規則を破ることはできないんだ。悪いが、お前の支援をすることくらいしか、力にはなれない」

 セダのようにまっすぐ行動したい。セダのように個人も大きな組織も何もかも殴り捨てて助けに行くことができたなら……。

「いいと思います。グッカス、自分を責めるのは止してください」

 ヌグファはそう言ってグッカスの手をそっと握った。

「セダだって言ってるじゃないですか。やるやらないを迷うくらいならやる。できるできないの範囲でって」

「……ああ」

 グッカスはそう言って下を向いた。ヌグファは光に手を差し出し、もう片方の手を紫紺に向けた。紫紺は恐る恐るちらりとヌグファを見て、その優しげな瞳に引かれ、その手を握り返した。

「光、どこが安全かわかります?」

「ううん。私はみんなとずっと一緒にいたから」

「俺ならわかるよ。楓が今どこにいるかもわかる」

 鴉の言葉にヌグファは頷いた。

「案内して下さいな」

「わかった」

 グッカスはそのやり取りを見て、顔を引き締めなおす。そうして四人の後に続いた。


...028


 シャイデの神殿にハーキが巫女見習いとして密かに進入してそろそろ一週間が経とうとしていた。なんとなくだが神殿内部の事情が読めてきて、そろそろ王様に戻らないとなぁと考え始めた。

 キアはジルタリアで王としてフィスと面会をし、ラトリアに喧嘩を売る頃だ。その頃までには王宮に戻っておかないといつまでも体調不良の不在は隠し通せない。

 数日のうちに神殿はラダという老女の独裁で運営されていることは明らかだった。ラダ派が主力でラダと対立していた巫女頭は位を落とされ、ほぼ軟禁状態。ラダに逆らえる者は存在しないようだ。

 王としてヘリーは敬われているが、それは仮初。このような場所を度々抜け出してジルと遊んでいた理由がわかる気がした。こんな場所はたしかに居たくない。

「ニオブさま!!」

 ラダと神殿で結構高い位にいるニオブという巫女の下へ複数の巫女が駆け込んできた。

「何事です。騒々しい」

 ニオブがラダの叱責の前に、巫女達を一喝する。それすら耳に入らない様子で巫女が叫んだ。

「今、宝人たちの『鳴き声』がシャイデに響き渡っております。旗印と旗色からラトリアが宝人たちが避難している禁踏区域を強襲したようなのです!! ヘリーさまにお取次ぎをお願いいたします!」

 ニオブの目つきがかわる。ラダの世話をしていた巫女たちでさえざわめきだす。

「そなたは感応性の高い巫女かえ?」

 ラダが落ち着いた様子で問うた。巫女たちは頷く。

「占の巫女も同様の結果を出しております。事態は火急です! どうか!」

 ニオブはラダに落ち着いた顔を貼り付けた上で問うた。

「ヘリーさまもお聞きになっていらっしゃるかと。ヘリーさまは王宮ですか?」

 ハーキはそれを聞いて驚いた。ヘリーがジルと共にシャイデを抜け出したのはずっと前で、神殿に手紙を残したとさえ言っていたのに、それをニオブ位の高位の巫女が知らないとは!

「落ち着きなさい。どうせわかりませんよ。それにヘリーさまは今シャイデにいらっしゃいません。兄王とどこぞへ逃げたとか」

「なんと!」

 ニオブが驚くのは最もだった。それはラダの元で握りつぶされているのだから。

「そなた、感応性の高い巫女というが、このわたくしでさえ聞いておらぬ『鳴き声』などを聞いたのかえ?」

 意地悪くそう言うラダにいつもならひるむ巫女たちでさえも事態が事態だけに反抗した。

「はい。はっきりと」

 巫女の一人が言った瞬間にラダの眉間にしわがより、不機嫌そうな顔つきになる。

「ふむ。そういえばそなたらはヘリーさまのお付きであったな。幼子に感化されて嘘をつくなど、恥を知りなさい。ラトリアは我国と長きに渡って友好関係を築いておる。馬鹿なことを申すでない」

 ふんと鼻を鳴らすとニオブの方を向いてラダが言い放つ。

「ニオブ、そなた最近甘いのではないか? 平気で嘘をつく巫女などヘリーさまだけで十分だ。きつく罰を言い渡しなさい。二度とそんなことを吐けないように」

 ニオブは殊勝にラダに向かって頭を下げ、申し訳ありませんと続ける。

「はい、二度とこのようなことがないよう、彼女らには罰を申し渡します。さぁ、あなたたちいらっしゃい。ラダ様に嘘を言うなど、覚悟しておくのですよ」

 ハーキはラダの頭から決め付けるその態度となによりうそつき呼ばわりされる妹に心底腹を立てていた。そしてニオブが訴えた巫女の集団を連れてラダの前を退出するのをいいことにその巫女達についていく。彼女らに事情を聞いておかねば。ニオブはそのまま自室に急ぎ足で皆を促すと部屋に待機していた巫女に視線を送り、その巫女は事情をわかっているように頷いた。

「ローウ、『鳴き声』の内容は?」

 ニオブは訴えた巫女に尋ねる。あれ? 嘘と疑っていたのでは? と意外に思う。

「はい。つい先ほど、禁踏区域でほぼ全員の宝人が鳴きました。視えたのは紫色の旗に白の染め抜きでラトリアの国旗です。鎧姿の人間の胸元に紫で旗印があり、一軍隊であるのは間違いありません。彼らは予告も無に禁踏区域に押し入り、宝人を捕まえる魂胆のようなのです。宝人はパニックを起こし、逃げ惑い始めています。シャイデから軍を出して足止めと共に宝人の保護をすべきと考えます」

「サイナ、占いには出たのは本当?」

「はい、今朝の占いでは『戦』を意味するものと『宝人』、『破壊』、『危機』、『炎』、『怒り』……どれも不吉なものばかりが」

 ニオブはそれらを聞いて少しだけ考えると決断をしたようだ。

「ローウは王宮へ急ぎなさい。ヘリーさまがいらっしゃらないのは痛いけれど、なんとか他の陛下にこの事実をお伝えするの。陛下さえご存知なら軍を動かしてくださる可能性が高いわ。いざとなったらラダさまのお名前を出してなんとか陛下に直接お目通り願いなさい。ラダさまと懇意にしている高官は避けるのです」

 ローウと呼ばれた巫女は頷いた。

「サイナ、貴方はチリを連れて西塔へ急ぐのです。チリ、あなたは鍵番の巫女をなんとか鍵から離してブランさまが軟禁されている部屋へ事の次第を伝えるのです。なにか良い案を授けてくださるかもしれません。必要であればブランさまをわたくしの元へお連れして」

「わかりました」

「ユリはミシナと共にサーマル様の下へ。事の次第をお伝えして。もしかすれば彼の口から陛下に伝わるかもしれません。イビアは数人の巫女と軍の……誰でも構わない。噂を広げ、軍の上層部に事の次第が伝わるようこのことをばら撒いてきなさい。さぁ! シャイデの危機に神殿が使えないなどと言わせません。行くのです!」

「他の皆はラダさまの巫女たちが邪魔をしないよう、張り付いておきなさい。わたくしもラダさまについていますから。いいですか、シャイデの魔神の恩恵を受ける国の神殿の巫女として、己の信ずる国の為、朋友の為、魔神さまに誇れる行動を取りなさい!貴女達の勇気がこの国を助ける礎とならんことを!」

 祈るポーズをニオブは一瞬取ると踵を返した。ハーキは感心してそれを見送る。てっきりラダの腹心だとばかり思っていたのだが、ニオブという巫女、ラダではなく国の為に進言する巫女を信じた! ハーキは神殿も捨てたものではないと思いなおし、陛下を探す巫女ローウという女性に付き従った。

「ローウさま、わたくし王宮は詳しゅうございます。お供しますわ」

「ありがとう」

 駆け足でローウという巫女は王宮に走る。衛兵をなんとか言いくるめ、王宮に急いだ彼女だったが、王に会うことはできなかった。それも運の悪いことにラダと懇意にしている高官や大臣が対応したせいだった。神殿から出ない巫女には高官がどういう立ち位置かわからないのだ。この急ぐときに、とローウは唇を噛み締める。

「直接陛下にお伝えせねばなりません。どうかお通しください。ラダさまからもそう言いつかっておりますゆえ」

「ほう。ラダさまと。わたしはそのようなことお聞きしていないが」

「当然です。事は火急なのです! なぜ陛下にお目通り願えないのですか」

「陛下の御身をそなたのような下級の巫女に取り次げるわけなかろう?」

 口調を強めて負けじとローウが言い返す。

「巫女は緊急事態の際は陛下に直接お言葉をお伝えするのが役目です!」

「では、その火急の事態とやらを私にまず伝えてみてはどうかね? 事の次第によっては考えよう」

「禁踏区域に避難している宝人がラトリア軍によって強襲を受けています。保護のためにも軍を動かしていただくには、陛下の下知が必要なのです」

 ローウがそう言ったとたん、辺りは一瞬静まり返り、その後、大爆笑に包まれた。

「な、なんです!?」

「とんだ巫女もいたもんだ! 知らないのかね? ラトリアと我国はずっと昔からそれこそ建国当初から友好関係を築いている。そのラトリアが我国をしかも城のすぐ隣の禁踏区域を攻撃? なにを馬鹿なことを言っているのだね?」

 ローウは怒りで顔を紅潮させながら言い放った。

「嘘とは何です!! ではご自分で確かめに行かれよ! 禁踏区域が今どうなっているか!!」

「ラトリア側はなにも出していないのだよ? 我国を攻撃する理由がない」

「理由など問うている場合ではないのですよ! 現に今、攻撃を受けているのです」

 ふん、と鼻で笑った高官はローウの肩を掴み、無理やり脚を出口の方に向けさせる。

「何をするのですか!?」

「出て行きたまえ! お前のような口からでまかせを言う巫女など巫女にあらず」

 その瞬間、ハーキの堪忍袋の緒が切れた。その高官の腰についている剣を抜き放ち、低く告げる。

「清廉な乙女に触れるな、この下種!!」

「な! き、貴様!! 無礼であろう!!」

 剣の鞘でローウに触れる手を払われた高官は怒ってハーキに向け手を振り上げる。しかし、遅い。ハーキはそのまま抜き身の剣を男の眉間につきつけ、己の顔を覆っていたベールを殴り捨てた。

 その瞬間鮮やかな青い髪がさっと腰まで流れ落ち、白い目がこの場の高官たちを射抜くように見据える。

「無礼は貴様だ。私を誰と心得る」

「はぁ?」

 気づかない高官がなおも言い募ろうとした瞬間、気づいたほかの高官が眼を見開いて半歩後ろに下がる。

「ハーキ=オリビン。貴様は自国の王の顔でさえ忘れたと見えるな?」

「……へ、陛下! なにゆえ……この様な場所に……」

 男は娘と侮っていたハーキの思わぬ威圧感に耐えられず、後ろに気づかず下がっていた。

「私のほうこそ問いたいところだ。イーマ大臣は経理担当のはず。ならこの時間いるべきは南塔だろう? こんなところで油を売っているとは、大層暇なようだな。公務を見直す必要があると見える。ちらほらと見える面子もどこの誰かすべてわかっているぞ。昼日中からずいぶん余裕な仕事ぶりだ。関心に値する。それ相応の謝礼を期待しておけ」

 国政を決める円卓会議でも二の王の彼女はたおやかな笑みを絶やさず、どちらかといえば困ったように微笑むだけの乙女だった。思わず護ってあげたくなるような。口調も丁寧でお飾りとしては十分の女王だったのに、今目の前に立っているのは本当にハーキ=オリビンか?

「まぁ、そんなことはどうでもいい。暇なら時間があろう。今から緊急で円卓会議を開く。十分後に議場へ集まれ。そこの君、各大臣とその副大臣、軍部から将軍と大将を集めてくれるか。至急だ。そのときに十分以内に集まれない場合は職務放棄とみなして首を挿げ替えるから覚悟しておけと伝えてくれ。君だけでは無理だろう? 仲間に手伝ってもらって構わないぞ」

「は、はい! 陛下!!」

 衛兵の一人が駆け出していく。ハーキはそれを見て、その後違う衛兵に目を向ける。

「君は軍部に言って軍を緊急で動かす旨を伝えてくれ。一部隊は禁踏区域の偵察に行かせろ。報告はすべて私の元まで上げる様に。途中で握りつぶしてみろ、貴様らは即刻処罰対象だと伝えることを忘れるな」

「了解です」

 慌ててもう一人の衛兵が駆け抜けていく。発言がいちいち過激だがそんなことより巫女の言葉を信じていることに驚いた高官が言う。

「おそれながら、陛下。この巫女の言うことを信じるのですか?」

「馬鹿か、貴様は。彼女の言うことの真偽など、見てこさせれば一発だろうが。なぜそんなことをすることもなく彼女の言うことを否定する? そのための『巫女』だろう?」

 ハーキはそう言ってローウを振り返る。伴となってくれた女性が実は王だったとは、と驚きながらも、思い返し平伏の姿勢を取る。

「かしこまらないで。あなたのおかげで最悪の事態は免れるかもしれない」

「……陛下」

「悪いけれど、あなたは『声』を聴けるようね? なら会議に一緒に出て頂戴」

 ローウを立たせてハーキはそう言うとこの場の用は終わったと言う様に歩き出した。

「陛下、どちらへ?」

「いや、巫女のままで会議は出られないでしょう? そうそう、今まで騙していてごめんなさいね」

 巫女服を着て一週間ほど巫女見習いをしていた少女は目的があって神殿にもぐりこんでいたことを悪びれもせずに言った。

「これ、返すわ。奪われるようならもっと重い剣を下げることね」

 気軽に高官に剣を投げ返し、颯爽とハーキは歩き去った。



「陛下! 申し上げます」

 フィスはキアと歓談している最中だったが駆け込んできた兵は必死な様子だった。キアはどうぞ、伝えてきたのでその場で報告させる。

「国境付近で待機していたラトリア軍が断りもなく侵入を開始しました」

「尻尾を出したな。付近の軍を向かわせろ! 街には一歩も入れるな!」

 フィスの言葉に兵士が返礼をした後、駆け出していく。

「キア王、申し訳ないがこの場はここで終了とさせていただいて構わないだろうか?」

「緊急事態ですからね。当然です」

 フィスは頷く。

「如何しますか? ジルタリアは戦場となるでしょう。御身を傷つけさせるわけにはいきません。今からでもシャイデにお戻りになりますか? その際は国境まで護衛をお約束いたしますが」

「……いえ、結構。私はジルタリア王とご一緒します。貴重な兵を私に割いていただかなくても結構です。シャイデもラトリアの攻撃を受けているでしょう。だってあの宣言は我国と貴国の連名なのですから」

それに顔を青くしたのはバスキ大臣だった。

「な! では今すぐ帰還せねば!」

「もう遅い。それになんのためにハーキがいると思う? ハーキに任せておけば最悪の事態にはなるまいよ」

 キアが堂々と言い放ったが、バスキ大臣がさらに言った。

「ハーキ陛下はあんなにもたおやかで儚げな乙女ではありませぬか! 彼女に一人で耐え切れるとは……」

「おやおや。ハーキは俺よりも強いし、戦況を見る目も長けている。俺なんかが指図するよりいいと思うな。先の話からシャイデとジルタリア、どちらが目的かわからない以上、警戒に越したことはない」

 くすくす笑いながらキアが告げる。バスキ大臣は不思議そうな顔をしている。

「フィス王。微力ながら俺もお力になりますよ。貴方の傍に居させて下さい。貴国に居座る以上、戦力と考えて頂いて構いませんから。少しお時間頂けますか?我が国に到底間に合わないでしょうが、一応指示を出してまいりますので」

 フィスは驚きつつも、頷くにとどめた。

「陛下!!」

 席を立つと同時にバスキ大臣がキアを追いかけてくる。

「陛下、お待ちください。間に合わないというのは納得できます。しかし! 戦時となるジルタリアに居座るのは一代表としていかがなものでしょうか。帰国の途ならば情報のやり取りも迅速に出来ます。今すぐにでも帰国すべきかと!」

 キアは振り返って微笑んで、バスキ大臣に言った。

「うん、いい。貴方は信頼できる。だから貴方には本音を伝えようと思う」

 キアはそう言って自室の前で留まっていたバスキ大臣に中に入るように促す。不審がりながら入出した。下調べの時にもわかっていた。仕事は実直で誠実。腐った国を感じ取りながらも、ぎりぎりの場所で頑張っている良い貴族の鏡。フィザー=バスキ。今回彼がジルタリアに行くと聞いてついて行く気になったのだ。

「バスキ大臣はルル=ミナをご存じか?」

「……? は、はあ。水の大陸を活動拠点にしている世界傭兵ですよね。近年はあまり活動をききませんが。そういえばビス=ジルタリア騎士団長を間違いで怪我をさせた件でも有名でしたね。しかし、二十年前のミシィー村の村人全員救出の方が我々の方では有名ですか。……で、そのルル=ミナが何か?」

「うん。ハーキね、そのルル=ミナに五年師事した二刀流の達人」

「は?」

「だから世界傭兵に師事した超絶剣の達人。俺よりってか普通に男より全然強いの。あれ猫かぶりだから、乙女とか。まず戦争とかになったら一番に役に立たないの俺な自信ある。戦時にハーキなら絶対大丈夫。これが国を放っておく理由その一」

 というかそのルル=ミナが自分たち兄弟の親戚なのだが、そこはまだ伏せておくか。

「で、ジルタリアに居座る理由の一つは、フィス王の対応を身近で見たいから。俺も王として未熟だから勉強にしたいし」

 あんぐりとバスキ大臣が口をあけて呆けている。勉強にしたいからって、それだけ??

「あとラトリアの目的が見えない。ジルタリアが目的か、シャイデが目的か。シャイデの場合はハーキが見ている。でも、ジルタリアの時は誰も見ていない。だからジルタリアに俺はいたい。これが二つ目」

 バスキ大臣はハッとしたように驚いた。

「しかし、ラトリアの目的といっても……ただの侵略か、征服か……」

「それこそラトリア王の乱心かな? その点は大丈夫。ラトリアにはジルが行っている。これでコンプリート」

「は!? ご旅行と伺っていましたが?!」

「国の税金使って生活しているんだからそこは子供でも許さない。この前の宣誓の際も軍も議会も相手にしてくれなかったから、ジルタリアに行かせて、今度はラトリアに行かせた」

「ジルタリアにぃ!!? なにを、なさって……?」

 掻きまわす第三の王の所業を知ってざぁっと顔を青くする。バスキ大臣はジルタリアの担当大臣だ。関係を悪化させでもしたらそれは彼の責任になる。

「いろいろしたみたいだよ?」

「ええええ」

「ま、それは置いて置いて」

 キアはにこにこ微笑む。それに反比例してバスキ大臣はさぁっと青くなっていく。

「来ると思わないか?」

「は? 誰がですか?」

 キアはにぃっと笑う。その表情は歳相応で、バスキ大臣はそういえば彼らはまだ大人の入り口に立ったばかりだったことを今更思い出していた。

「く・ろ・ま・く」

キアはそう言って話は終わりとばかりにフィスの元に戻ろうとする。

「へ、陛下!!?」

 バスキ大臣は後にこう語る。……私の苦悩はこの日より始まったと思う――と。


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