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モグトワールの遺跡  作者: 無依
第1章 水の大陸(原稿用紙873枚)
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3.火神覚醒 【02】

...021


 駆け込んだ城の中はすでに煙と熱で正直言えばとても居られる状況ではなかった。しかしセダは素早く目的の場所へ行こうとした瞬間、かすかな声を聞いた。

「セダ!」

 振り返って絶句する。そこには煤にまみれて、汚れた光の姿があったのだ。セダは自分も同じように煤で汚れているのだろうとは感じたが、そんなことは正直どうでもいい。

「お前! なんでここに!!」

「楓は私が助けるのよ! 私のわがままなの。セダだけには任せちゃだめなんだよ」

「だからって、お前なぁ!」

 セダが本気で怒って言う。自分がこの炎の中を突っ切ったことすら正気でないと思っているのに、小さな光が後を追ってくるとは。考えなしというか無鉄砲というか。

「セダは私や楓のためにそこまでする必要ないの。私が、私の……ごほっ」

 光の言葉は熱気と煙による咳で途切れた。セダははっとして舌打ちを一つ。ポケットをあさっていつも身につけている止血帯を取り出すと、短く切り取り光に渡した。ないよりはましというものだ。

「それで口と鼻を覆え。煙を吸っちゃダメだ」

「わかった」

 セダは自分も同じように止血帯で口を押さえるともう片方は光の手を取った。

「絶対離れるなよ! 今は言い合っている場合じゃないしな!」

「うん」

 セダは作戦に参加するに当たって城の見取り図を頭に叩き込んでいる。楓に窓から外へ逃がしてもらったとしても、ちゃんと城の地図はわかっていた。現在地から最短の距離をすぐに思い浮かべる。

 ジルタリア城は傾斜している土地に建てられており、城は川沿いの崖の様な場所にあり、東側は川に面している。すなわち傾斜が高くなっており、一階と言われる場所が西側からすると二階になっている。逆に城下町に面する西側は壮大な門をくぐって入るホールから吹き抜けになっている二階の部分に面会などに使われる王座がある広間となっている。そこと続きの間である会議室の窓から直接下に下ろされたのだ。

 やはり会議室があった西側は火の手が上がっただけあって、入口は東側にしかない。しかし東側は傾斜が高いので一階から燃えている現状では入る事が出来ない。西側にはバルコニーや庭を愛でる場所はあるものの炎がひどく、入れる入り口は炎の回っていないどちらともとれない場所しかなかったために、セダはそこから入って西側から一気に階段を駆け上っていた。

 セダと光が城に入ったときも東側の上の階にまで火の手が回っており、城は大混乱だった。二階の部分で炎が上がっていない場所はないように思えるが、セダは少しでも炎が少ない箇所を探して光を連れて走る。

「光、大丈夫か?」

 二階まで駆け上って問う。息は上がらざるをえない。これだけの煙。空気は少なく回りは熱気で熱い。喉が焼けるようだった。それどころか目が乾き、痛みも出ている。

「うん、なんとか」

 確認して頷く。二人は楓がいる場所に最も近づける場所で、視界に楓がいるであろうその部屋が納まる場所まで近づけた。しかしもう王座のあった広間は入り口が火の海だった。考えれば当然だ。その続きの間である場所から火の手が上がって、最も遠い場所まで炎が回っていれば、火の手が上がった部屋がすでに燃えているのは。

「チ!」

 その光景を見て、光も飛び込んで行こうとはしない。セダは周りを見渡して首を振る。立っているだけでも肌がじりじりと火傷しているかのように熱い。口の中が乾き、熱気で目が痛い。背後も火の海になるのは時間の問題だ。どうする? ここで諦めるか? 普通はそうだ。このままでは自分も光も死んでしまうのだから。でも、

 ――楓、泣けないんだよ。

 光が言った言葉。一人の炎の宝人。恐れられて利用されて、孤独な炎の宝人。……楓。

 諦めるのか?

 ――見捨てるのか?

 ……答えは、否!! 自然と一歩下がった足を、自分の意志で、強く踏み出す。

「光、水晶石を持っているか?」

「うん」

 ポケットから赤い景色の中で唯一涼しげな色を写す、青い石が現れる。当然、その大きさはセダが普段見るものよりも大きい。当然だ。光は宝人が出した晶石をそのままわけてもらっているのだから。そして宝人の創った晶石はエレメントの結晶、始まりのカタチ。

「光は宝人だろ? それで、一瞬でいい、炎を消してくれ」

 人間が晶石を使ってもそれは直接エレメントを扱えることにはならない。ヌグファのような魔法使いがいれば話は別だが、今はセダしかない。だけど、宝人の光がいれば、水晶石さえあれば、水が出せる。

「え! む、無理だよ! 私、エレメントが使えたことない……!!」

 光は宝人の中ではできそこないと言われてきた位、どのエレメントも使えたことがない。晶石を用いても、エレメントが反応しないのだ。ちゃんとエレメントの流れは見えるし、精霊も見えるし会話も出来る。でも、エレメントを使えた試しがない。――当然、自分が何を守護する宝人か、未だ不明。普通はそんなことないのだが。

「いいか、俺は晶石を使って水を出せないんだ。人間だから」

 水晶石を握る光の手を上から重ねるように握ってセダが真剣に言う。

「でも、お前は宝人だ。お前なら出来る」

「でも、でも……!!」

 光は視線をさ迷わせた。セダは知らないから。自分が里内でどんなにできない存在だったか。そう、楓を必要としていたのは自分なんだ。エレメントを使えない宝人にしてはありえない自分を楓だけは笑わずに、一緒にいてくれたから。楓だけはめげずに根気よく晶石の使い方を何度も教えてくれたから。

「一度も、成功したことないの……!」

「聞け!」

 泣きそうになりながら視線をおろおろとさせ、下を向いた光の肩を強く叩くように握ってセダが言った。

「楓を助けたいんだろ! お前のその手で!!」

 はっと光がセダを見る。

「できなきゃ、ここで楓を見捨てるか、死ぬしかないんだ」

 そう言う間にも炎は勢いを増していく。ここで立ち止まってもどちらにしろ楓は死ぬ。二人が迷っている間に。

「宝人は人間の魂を基準に力を安定させるだろ? なら、俺の魂を感じろよ。俺がなんとかしてやるよ」

 それは最初に光がセダに言った言葉だった。セダの魂で自分を安定させて楓を助けたかった。

「絶対大丈夫だ。火事場の馬鹿力ってあるだろ? 今がそのとき、ちょうど火事だしな」

 セダは、ははっと笑った。

「ここは水の強い大陸だ。水を呼ぶことは簡単に違いないぜ」

 セダの言葉に光は唇を噛み締めた。セダは笑って、光の頭を撫でた。

「想いは力になるんだ。今まで失敗したことがなんだよ。失敗は今日の今、このときのためにあるのさ。それに」

 セダは光の目をまっすぐ見て言う。それは怖いくらいに光をまっすぐ、正直に見ていた。

「やってみなきゃ、始まらねぇだろ?」

 澄んだ蒼色の綺麗な目だった。それは水のようにどこまでも澄んでいる、力強い目だ。光の目がその光を受けて強く輝きだす。セダに言われて出来るような気がした。どこまでも前向きに力づよく。

「うん、うん!! やってみる!!」

「おお!」

 光は左手に水晶石を握り、右手をセダの胸に当てた。そして目を閉じる。周りは火の勢いが増して正直足を止めることすらつらい。露出した肌がぴりぴり痛く、呼吸も苦しい。ごおごお鳴る炎が背後に迫っている気すらする。

(大丈夫、集中。集中)

 目を閉じてセダの強い目を思い出す。大丈夫。セダがいるから、大丈夫。

 セダも炎が気にはなるが、光と向き合って目を閉じた。不思議と穏やかな呼吸ができる。

 ――ドクン、ドクン。

 光は深呼吸して、落ち着いた呼吸を意識する。すると触れた右手からセダの力強い鼓動が感じられた。その鼓動に自分の鼓動すら引き込まれるような熱く、強い、生命の拍動。その力に励まされるように感覚が広がっていく。それはまるで上空からはるか彼方まで見下ろす鳥のように、隅々までエレメントの気配を探っていく。

 ――光。エレメントと僕ら宝人は同じなんだ。使おうと思うんじゃないんだよ。エレメントは僕らで僕らはエレメントなんだ。自分が自分を使うっておかしいだろ? だから、使うんじゃなくて……

(そうだね、楓)

 楓が教えてくれた言葉をはっきりと思い出す。いきわたらせて、感じる。猛りに猛った炎の精霊の存在。楓が放った炎の力。それは――怒り。自分のせいで傷つけてしまった、怖がらせてしまったそういう優しい想いの炎。そして楓を傷つけ、蹂躙したことを、炎の精霊が激怒している。自分らを生み出し、自分達の同胞で自分達を一番理解し、愛してくれる炎の宝人を傷つけた、その怒り。それらが複合して歯止めを掛けられなくなっている。ここに違う炎の宝人がいれば、炎のエレメントを鎮めることもできたかもしれない。

 ――水の性質は『沈静』。

 激情を表す炎と対を成し、それは沈静とすべてを水に流す性質を持つエレメント――水。

 ――伝えるんだ。僕がこうしたいと、君たちと共にこうありたいのだと。伝えるんだよ、光。

(怒りを、鎮めて!! 炎を静めて!)

 セダの拍動に後押しされて、光の意思を伝える。

(だから、一緒に手伝って。どうかこの手の元に来て!!)

 鮮烈なほどの、青い、イメージ――。

 セダの目を思い出す。そう、あなたの力を私に貸して! 強く明るい青いセダの目。

 蒼とは、すなわち……水を表す色――!

「水よ!!」

 光が叫んだ。



 炎が一向に収まる様子のない城を見上げることしか出来ない一行は、セダと光の姿が今にも見えないかとはらはらして見つめている。

「う……」

そうしていたら、気絶していたハストリカと呼ばれていた水の宝人が起き上がった。

「貴女!」

 警戒をして距離を取る一行。ハストリカは厳しく一行を見た後、燃えが上がる城を見て絶句した。

「……炎!」

「そうですわ。貴女が捕らえていた楓が起こした炎ですわ」

 ハストリカは目を見開き、そして主がいないことに気づく。

「あの方は……パンチャーズ様は……?!!」

「パンチャーズ? ビス殿下じゃなくて?」

 テラが不思議そうに言う。まぁ、ジルのおかげで偽者とわかったわけだから当然といえばそうなのだが。

「偽者の王様なら、楓と一緒に城の中よ」

 ハストリカは短く叫んだ後、水を撒き散らしたかと思えば、突如、姿を消した。

「ええ??!」

 テラが驚くと、リュミィが冷たく言った。

「宝人は契約がある限り、契約者の下へ飛べますのよ。きっと彼女、あの偽者の王様のところへ言ったのでしょう。彼女にとって、大切な人なのですわ」

 己の命すら顧みず、契約者の下へ行く彼女の行動は、果たして契約だけのものか。きっと違う。ハストリカにとって、彼が偽者だろうが、王座を狙おうがどうでもいいのだろう。彼個人がきっと、大事だったのだ。

「彼女は水の宝人ですわ。炎に唯一対抗できますの。放っておいても大丈夫でしょう」

 リュミィはそう言って、城を見続けた。



「水よ!」

 光が叫んだとき、セダは手にひやっとした感触を覚えた気がして目を開けた。そして目を見開く。光の握る水晶石を中心に、水がまるで噴水のようにあふれ出ては広がっているのだ。

「光! やったな!」

 光も信じられないように、その光景を見ている。その光は、水色の髪に水色の目をしていた。

「光、お前……髪と目の色が……」

「え? あ、ほんとだ」

 視界に入った己の髪がいつもなら白色なのに、このときばかりは水色に染まっていた。宝人がエレメントを使う際に表れる従属色に変じた状態だった。

「宝人だったんだ、私」

 光は確かに宝人の里で生まれ、宝人として育った。でも己の守護するエレメントすらわからなくて、エレメントも使えなくて……本当は宝人じゃないんだと疑ったことも少なくなかった。でも、初めてセダのおかげで水が水晶石の力を借りて出せた! 水のエレメントの流れを身体を通してわかる。水の精霊が光に微笑む。うれしい、これが宝人ってこと。これがエレメント。泣きそうなほど、嬉しかった。私は宝人だと実感できたのだから。

「当然だろ! さ、楓を助けに行こうぜ」

 セダはそう言って光の手を引いて、炎が引いた場所目掛けて走っていく。

 ――ああ。セダは強い、光のようだ。

 炎の海の中、わずかな水が一瞬だけ激しい水蒸気をまき散らしながら炎の壁をなくす。

 その隙を走り抜けて、ついに二人は楓のいた場所までたどり着く。扉は燃え落ちて、壁や床すらもろくなっているようだ。部屋の中央で胸をかき抱くようにしてうつぶせに倒れている人物を見つけると、光が駆け寄った。

「楓!!」

 呼んでも返事をしない。燃え盛る場所の中、楓だけが燃えていない。楓だけ別次元にいるように炎が触れても燃えることもなければ、熱くなることもない。これが、炎の宝人、炎を守護するということ。セダも駆け寄って急いでその身体を抱き上げる。すると楓を助けようとしているのがわかるのか、楓を抱えたセダを中心に炎が半径1m程度引く。光をその中に呼び寄せて、とりあえず、炎の脅威から身を守る。

「冷たい……!」

 この燃え盛る炎の中、ぞっとするほどに楓の身体は冷たかった。氷に触れているかのようだ。この場所にいるだけで肌は熱に晒されて火傷を負うほどなのに、この異常なほどの冷たさはなんだ。ぐったりした様子の楓の顔には煤が少々ついている。それを払ってやると、きれいな肌が現れた。

「契約紋が、消えてる」

 光が呟いた。違和感の正体はそれか。ということは契約は解けたらしい。セダは楓を光に手伝ってもらって負ぶさるようにして固定すると立ち上がった。きょろきょろと見るが、偽者の王様は逃げたらしい。

「まぁ、逃げたよな。普通」

 どれだけ炎がすごくても、これだけの短時間なら遺体は残っていそうだが、それすら綺麗にないならきっと逃げたのだろう。もし逃げられていないなら一緒に逃げようと思っていたのだが。

「さ、光、逃げるぞ」

 光の持っている水晶石がなくなれば水は出なくなるのだろう。いくら楓を背負って炎が近寄らないからといってそれで楽観視できるほど、状況は甘くなかった。その前に城から離れなければ。光は頷いた。部屋を抜け出して、逃げようと思ったがすでに辺り一面火の海だった。

 幸い光の水晶石のおかげで水が二人を守ってくれているからいいようなものの、普通だったらその場で燃えている状態だ。セダは急がないと本当に死ぬと思って駆け出した。

「セダ!」

「っと!」

 セダも光も走っている最中、目の前の床が炎で抜け落ちたために急いで脚を止めた。そうとう脆くなっているらしく、セダの目の前の床は所々抜けている。抜けた場所から炎が噴出している状態だ。

「こりゃ……走れねぇな」

 走ったりしたらその衝撃で床が抜け落ちる。最悪なのは吹き抜けの場所まで戻っているがゆえに、よけいに脆いようだ。歩いていては時間がない。セダは辺りを見た。これは一瞬の判断で簡単に死んでしまう。セダは焦る思考を落ち着かせるように息を吐き出し、そして決断した。

「光、飛び降りるぞ!」

 近場の窓から下を見下ろしてセダが言った。二階から一階へ落ちてその衝撃というかその隙に光の水を使っている状態が止めば命に関わる。それなら同じ落ちるなら少しでも安全な外だ。幸い、城の内部と違って外は庭だ。柔らかい土だし、木をクッションに出来れば怪我は少なくて済む。

「いいな!」

「うん!」

 光も床の状態を見たら仕方ないと思ったのか、腹が据わったのか頷く。セダは安全に落ちる場所をいくつかの窓から下を覗いて確認する。ちょうど炎が燃え移っておらず、下が土と植え込みの場所を見つけた。そして楓を床に下ろす。

「いいか、俺がまず下に行く。そしたら楓を投げてくれ」

 セダは楓の身を窓枠にかけて光に支えさせる。本当は楓ごと飛び降りたいのだが、さすがに一人背負って無事に着地できるとは思えない。それならちゃんと受身を取れるように落ちて、後からこれまた危険だが楓を下でキャッチする方法しかないと思ったのだ。ロープのような物があれば一番よかったのだが。

「じゃ、行くぜ。楓を下ろしたら光な」

「うん」

 セダは隣の窓から飛び降りた。大丈夫、女子寮の窓から飛び降りても大丈夫だったし。両足と両手で衝撃を逃がすようにして飛び降りた。花壇の土が下にあったとはいえ、しばらくじーんと痛んだ。しかしそうも言っていられない。

「光!」

 大声で叫ぶ。自分は武闘科の生徒だからこれくらいは平気だがさすがに落ちてくる人をキャッチするような経験はない。だが、楓の意識がない以上怪我をさせないようにするにはこれしかない。

「いくよ!」

 光が叫んで窓枠に腰掛けさせた状態の楓から手を離す。すると楓は背中から踊るように落ちてきた。セダは落下地点に回りこみ、落ちる楓の下敷きになるように滑り込む。

「っつてー」

 相当の衝撃だった。まるで大男にタックルを食らったようなそんな印象。後々になったら怪我とかが判明しそうなくらいな衝撃だった。だが、痛みに呻いているような暇はない。光の背後でまた炎が噴き上がった。

「光!」

 楓を安全な場所まで移動させて今度は両腕を広げて構える。

「うん」

 怖がっていたようだが、手の中から水が出る勢いが弱くなったこともあって、1回深呼吸をした後に光も落ちてきた。セダはそれを抱きとめつつ、衝突した状態で二人で抱き合いながら数回庭を転がった。

「平気か?」

 セダが腕から光を開放して聞く。光はなんとか、と弱弱しく笑った。

「よし、みんなの所に戻るぞ」

「うん」

 再び楓を負ぶってセダと光は駆け出した。正直言えば、飛び降りた衝撃はそうでもなかったが、楓と光が落下するのを抱えたせいで、セダは身体を痛めた事を感じていた。しかし、今にも城全体が燃え落ちそうな様子では、離れなくては危険だ。セダと光を待って、みんなもそう遠くへは避難できていないはずなのだ。

 セダは軽い楓の身体を背中に感じながら、前を走る光と共に走り続ける。


...022


「セダ!!」

 目のいいテラの声が響く。すぐさま光と化したリュミィが光った姿のまま、二人の手を取った。リュミィは燃え落ちる城を不安視していたのか、そのままセダやフィス皇子が本拠地としており、今は鳥人計画の子供や保護した宝人がいる自陣まで運んでくれた。

 光とセダを運ぶとすぐさま光と化して、数回に分けてみんなを運ぶ。

「やったね! セダ」

 テラと光が笑顔で言い、みんなが安心した顔をしていたが、セダはそうは思えなかった。それは、背中に預かった宝人の少年の重さと冷たさからだ。

「セダ、光。火傷の手当てを……あっちで……」

 ヌグファがそう言って建物の中に案内しようとするのを留める。

「いや、これはヤバいと思う」

 背中からゆっくり楓を下ろし、その額に触れる。真剣な顔つきのセダに一行の顔が曇った。

「え? なにが?」

 ヌグファが言った。セダはリュミィに向かって言う。

「冷たすぎるんだ」

 リュミィが楓に触れて小さく悲鳴を上げた。

「なんてことですの!!?」

「楓の周りは火の海だった。こんなに身体が冷たいのはおかしい。なぁ、誰か手立てを知る人はいないか?」

 グッカスが唇をわななかせて呟く。

「……魂が……魂が傷ついている。だから、死にかけてるんだ!」

 グッカスの魂見を見て、光が魂見を行い、同じように叫んだ。

「楓、無理やり契約を解除した。だから、魂が傷ついたんだよ。どうしたらいいの! 楓が死んじゃうよ!!」

「どうしたらいい? どういうことなんだ」

 セダが宝人のメンツに視線で問う。リュミィが言う。

「おそらくですが、わたくしたち宝人は人間と契約しますが、それは魂を使って行いますのよ。宝人は人間の魂と繋がって、それを基幹と成し、エレメントの恩恵を人間に与えますの。これは魔神に定められたわたくしたちの義務ですわ。契約を無理に解くということは、義務の放棄に繋がりますから、宝人の存在そのものが否定されるということですの。それに一方の契約破棄は繋がった魂をそちら側から切り離すのですから無理にすれば己が傷つくのは当然ですのね。だから、宝人は契約を易々と行いませんのよ」

 焦っているのはリュミィも一緒だ。だから、口調は己の知識を整理するかのように早口だった。

「つまり、魔神に己の存在を否定されるってことはどういうことなんだ?」

 セダが言う。人間にとってそこらへんのことはわからないのだ。人間が死ぬ時は病や怪我、己の生命の危機がはっきりしているときだけ。魂といった見えない事象には疎い。

「ええっと、人間ではありませからわかりませんが、たぶん、生きる力を奪われるという感じでしょうか?」

「じゃ、魂が傷つくってのは?」

 重ねて問うセダにリュミィがまたしても悩みながら言葉を探す。

「目に見えない重傷ですわ。二度と目をあけることが難しい位の」

 セダがテラたちと目を合わせる。重傷というだけで大変なのに、生きる力まで奪われれば助かるものも助からない。よく大けがを負った者には「本人の生きる力次第ですね」とか医者が言うが楓が生き残る可能性が失せていく。治すものも治せない。

「それでは、困る!」

 グッカスが叫んだ。真剣にグッカスが楓の顔を覗き込んだ。

「手はないのか? 宝人の医者とかいないのかよ!」

 セダが叫ぶが、フィス皇子の配下も目の前に倒れているのが炎の宝人と知って、近寄らない。それだけ宝人の根幹には『炎の脅威』が残っている。誰もが楓から目を背けている。光が泣きそうになりながら楓の手を握った。

「助けて、楓を助けてよ、魔神様!」

 光の慟哭がこだまする。楓は知っていたのだろうか。契約を解除すれば己が死ぬかもしれないことを。それともこの世に絶望して死を選ぼうとした結果なのだろうか。

「……っ!」

 その光景を目にして、セダはチリっと腕の刺青が痛んだ。セダの奇病で、成長と共に肌の上を這うように赤い刺青が成長しているのは周知の事実だ。しかし、痛んだのは初めてだ。なんだ? とセダが目をやると手首に刺青が伸びる植物の蔦のように肌を這っていた。

 それは初めて見る光景でさすがのセダも驚いた。いつも知らない間に増えていたものなのに。

「仮説になりますが……魂の修復は分かりませんわ。ですが、もう一度契約すれば宝人の義務を果たすことになりますの。助かる可能性も出てきますわ」

 おそるおそるリュミィが顎に手を当てて、思案しながら言う。

「しかし、楓が応じるか……」

 楓は初めての契約で無理強いをされ、最悪な部類の人間と触れあった。もう一度人間の手を取ってくれるだろうか。――もう一度、人間と生きてみたいと、思ってくれるだろうか。

「もうひとつ問題が。魂が深く傷つくと表層に意識が出てこなくなりますわ。楓をどうやって起こすか。起こしてみなければ契約できませんもの」

身体はや魂は傷つくとその修復のために、意識を押し込めて治療に専念するように出来ている。楓は今、なけなしの力を振り絞って魂を治そうとしているはずだ。だから、楓が目覚めることは難しい。

「俺が夢に潜る。深層意識まで潜ったことはないが、可能なはずだ」

 ジルがそう言った。すると後ろから幼い声が響く。

「『夢渡り』は俺の得意分野だ。俺がやる。楓には紫紺が世話になったからな」

「鴉!」

 その姿を認めて、光が名を呼んだ。建物から出て来たのは目の治療を終えて、眼帯をした鴉だった。背後にくっつくように紫紺の姿もある。

「ねぇ、楓にお礼、言いたいの。楓治る?」

 紫紺が言う。鴉が頭を撫でてやった。

「ただし、標が必要だ。光、楓の火石は持っているな? それで火をつけて欲しい。……光はどうせ無理だからリュミィさん。できる?」

 光に渡された火晶石を不安げに見るリュミィ。それを脇からグッカスがかすめ取った。

「火晶石があれば、俺が炎を出せる。俺に貸せ」

 怖い位な真剣な目にリュミィが思わず意志を手渡してしまった。グッカスはそれを体現するように握りこんで、すぐに炎を出した。燃え盛る火晶石を楓の傍に置く。なぜ宝人ではないグッカスが炎を火晶石から出せるのか、とか今はみんながどうでもよかった。ただ、楓の命を助けたい、その想いだけだった。

「よし。俺が呼ぶ。だから少しでも反応があれば、叩き起せ。そうでもしないと起きれない」

 鴉はそう言って楓の額に右手を当てる。鴉が目を閉じるとすぐに鴉の周囲から闇が出現した。ふわりふわりと浮く闇がすぐに集まり始め、闇晶石が形成される。

「これが、宝人!」

 ヌグファが感嘆して呟く。宝人がエレメントを使うと晶石が形成される。その姿を初めて見たのだ。感動したと言ってもいい。神秘的でいて、力強い印象を与えられた。闇が濃くなり、闇晶石が大きく育ち始める。すると楓の指がぴくりと動いた。その微かな動きを見て、光が喜びを映した瞬間、動いた姿があった。

「起きなさい!!」

 ぱん、と乾いた音を立てて、テラが眠る楓の頬を張ったのだった。本気で叩き起している。

「起きなさい! あなた、まだ死んではいい時じゃないのよ! 光もみんな心配してる! 起きて!」

 ヌグファは驚いてその様子を見ていた。しかしセダがそれに乗るように、起きろ! と叫びだしたので、ただそれを見ていることしかできなかった。

「もっと、叫べ! もっと呼べ!!」

 鴉が目を閉じたまま叫んだ。それに呼応するように、光もセダも、テラを筆頭として叫んだ。

「起きて!! 生きて」

「楓!」

「楓!!」

 楓と直接知り合いではないセダも、ジルもみんな楓の名を呼んだ。力の限り、声を張って叫ぶ。彼の名を呼んで、彼を死の淵から引き戻す。目を開けろ、起きて応えて!

「……」

うっすらと楓の瞼が動いた。そして瞼の隙間から明るい茶色と黒の混じった瞳が見える。

「楓!」

 光が呼ぶ。すると声の方に視線が向いた。それを確認してみんなが安堵のため息をつく。

「私と契約して!」

 楓の目を直接覗き込んでテラが言った。

「テラ!?」

 ヌグファが驚いてテラを見る。確かに契約しなければ楓は危ういが、すぐに名乗りを上げるとは思っていなかった。セダも驚いている。

「貴方は今、悪い人との契約を解いて、魂が傷ついて、魔神に存在を否定されているって言ってる。私と契約して、そして生きて。これ以上死に近づかないで」

 テラの言葉に驚いたように楓の目が見開かれる。

「……え?」

「もちろん、元気になったら契約は解除する。私の魂に誓うし、もし無理強いするなら私の命をあげてもいい。だから、どうか、今は生きるために私と契約して!」

 楓は驚いたように数回瞬きした後に、辺りを見渡した。楓からすれば、周囲にいるのは知らない人間だらけ。そのうちの一人が契約を迫っている。光もリュミィも言葉には出さないが、契約を結んで元気になる可能性に賭けている。楓が光を見た。光は願うように楓の手を握り締めたまま言う。

「テラは嘘はつかないし、私にも優しいよ」

 すると反対側からジルが声を上げた。

「もし、テラが嘘をついて、君を騙して契約をし、解除を拒否したなら、俺がテラを斬る。我が名に懸けて宣言しよう。我が名はジル=オリビン。神国・シャイデの第三の王だ」

「え? ジル?!」

 フィス皇子が信じられない目でジルを見るが、黙って楓を見つめた。宝人と盟約を交わした神国のシャイデの王の宣誓は絶対だ。破る事は出来ない。だから、ジルタリアにはジルとヘリーが来た。

「楓」

 光が呟く。すると楓は微笑んだ。それは楓がいつも光に負けて光のわがままを聞くような態度と一緒だった。

「貴女のお名前は?」

 楓が初めてテラを見返して言った。テラはその時、光が楓は優しいと言った意味が分かった気がした。目線が、雰囲気が優しいのだ。安心させるかのような眼差しを持っている少年だと感じる。

「テラ=シード=ナーチェッド」

「みんな、離れて。契約には炎が付き物だから。怪我するかもしれないし」

 楓がそう言った瞬間、わぁっと歓声が上がった。セダも光も手を取り合って喜ぶ。

「さぁ! 楓の身体に負担をかけてはいけませんわ! みなさま、お離れになって」

 リュミィの声をきっかけにさぁっと離れていく。楓はそれを確認して身を起こした。立ち上がる事は出来なかったようで、おっくうそうな様子だったが、それでも意志が伝わってくる。

 テラは楓の身体を支えた。セダが言ったようにあり得ない冷たさだった。今も楓は魂の傷と闘っている。それでも楓はすぐに契約には至らない。

「僕と契約したら、炎の怖さも、激情も引き受けることになりますよ。いいんですか?」

 楓の目が一時の感情で契約することに後悔はないかと訊く。その問いは真剣で、テラが楓のために無理に契約するようなことを拒んでいるような口調でもあった。テラはその裏の感情も読みとって、想いを伝える。

「これ、セダ……ああ。あそこの金髪の言うことなんだけどね、物事って考えようだと思うのよ。物事には表裏があって、いい所も悪いと事もあって当然だと思うの。だからね、悪いことも確かにあると思うのよ。でも、それ以上にいい事が得られたらって考えるようにしているの。それと一緒」

炎がなんであっても私の障害にはならないとテラは笑って見せる。にこっと笑って言うテラの言葉に楓もつられて笑う。

「そう、ですね。そう考える方がいいです」

「でしょ?」

「はい。本当はちゃんとしたいんですけど、ちょっとつらいんで、座ったままでいいですか?」

「構わないわ」

 楓は頷くと一回目を閉じて深呼吸した。

「右手を貸して下さい」

 テラの差し出した右手を押し抱くように手を取ると、楓は目を閉じたまま深呼吸をひとつ。

「いきます」

「ええ」

 楓の目が再び開かれた時、そこに茶色がかった黒い目は存在しなかった。深紅の目が炎の明るさを灯してテラを映す。吸い込まれそうな赤い目が全ての物事を失くして、テラだけを見ていた。テラはそれを見て息を飲む。続いて、楓の髪の毛が風も吹いていないのにふわりと持ちあがる。根元がほのかに赤く染まった。次の瞬間にボっという着火音に似た音を立てて、楓の髪の毛が一瞬にして真紅に染まる。

 毛先から火の粉が舞い落ち、金色に揺れ、燃えて踊った。楓の顔つきから個性が抜け落ち、目の前になぜか魔神を相手にしているかのような風格が漂う。テラは感じた。試されているのだと。契約に値するかそれを楓を通して炎の魔神が見ているのだと。髪の毛から舞う火の粉が風に乗って楓とテラの周りで遊んでいたと思うと、それは地面に触れた瞬間に、大地に炎の壁を一瞬で作り上げた。明るい赤と橙とそして金の光と炎に包まれた空間に、楓といや、炎と二人きり。

 音は炎が燃える音だけが聞こえる、隔絶された世界。それは炎。まさしく炎の中の世界だ。

『汝が名を述べよ、偽る事無く』

 楓の口から語られたのはその一言だった。テラは名前ならさっき言ったけどと思いながら、楓の目を見て直感で感じた。

 ――魂名こんめいを求めている。

 宝人はどうか知らないが、人間は魂名を知らないで生まれてくる。かといって魂名を親が知っていて名付けるかというとそうではない。必要な時に知る事が出来る、それが人間の魂の名前だ。テラは今までそれを知る機会はなかった。今がその時。しかし、嘘つくことなく、魂名を述べろと言われても知らないものはしょうがない。

「私の名は……」

 テラが答えようとした瞬間に、身体の奥が、胸の辺りが熱くなった。それは苦しい熱さ。

 ――ああ、知っているのだわ。身体が、いえ魂が、私の名を知っている。今の名前が私の魂名ではなく、嘘だと知っている。契約は一度きり。たぶん、偽った名前を言った瞬間に私はその資格を失うのだ。

「私は……!」

 ――思い出して! 生まれた時から私の魂に刻まれた、私だけの名前を! 私の魂と身体が知っているのだから!!

『テルルラーシェ。テルルラーシェ=シード=ナーチェッド』

 するっと気付いたら述べていた。本当にそれが正しいかもわからないのに、身体の奥底から言葉が、いや、名前が口に乗ったのだ。これが、私の魂の名前。だから私はテラなのだ!

『テルルラーシェ。確かに受け取った。今、繋がる。そなたの魂と我が魂が』

 その瞬間、テラの全身が炎に包まれて、身の内を熱さが駆け巡った。テラは呼吸を忘れた。炎が熱くて。でも苦しくなくて、むしろずっと包まれていたいほどに嬉しいのだ。これが、エレメントの恩恵の形。これが炎!!

『契約は結ばれた。我は今よりそなたに炎の加護を与え、そなたの危機には炎をもって立ち向かう。そなたはこれより、炎の乙女だ』

 楓がそう言ったとき、手首に熱さを感じた。テラがわけもなく嬉しくて楽しくて思わず楓を見つめる。その楓の顔に炎が軌跡を描いて走った。それは、赤い契約紋。今はまだ炎の形を成して楓の顔の上で燃えている。

『そなたのこれからの生に我と炎があらんことを』

 楓はそう言って笑うと目を閉じた。赤い瞳は消え去り、楓本来の黒い目が戻ってきたと思った瞬間、一瞬にして炎の壁と赤い世界が現実に戻ってくる。楓の様子も神がかったものではなく、優しい少年に戻った。

「これからよろしくお願いします」

 楓はそう言って手を離した。くっきりと楓の顔に赤い契約紋が再び出現している。

「うん」

 テラはそう言って笑う。テラの右手首の裏には赤い文様が刻まれている。それは楓の契約紋を縦に長くしたような良く似た形だった。

「そうだ。あの火を消さないと」

 楓はそう言って未だ燃えている城を視界に入れた。そうして腕を城の方向に伸ばし、手のひらを一度振る。するとあれだけ手のつけられようのなかった炎が手品のように勢いを失くしていく。次第に小さくなる炎に遠巻きに見ていたジルタリアの兵士が歓声を上げた。

「これでだいじょう、ぶ……」

 楓はそう言って微笑むと再び目蓋を閉じた。慌てて身体を支えたテラだったが、楓の身体は嘘のように体温が戻っていた。これが契約を行うということなのだ。これが宝人の義務を果たすということなのだろう。

「テラ……!」

 炎が消えたのを見て、セダがテラに駆け寄る。

「大丈夫、無事に終わったわ」

 テラはそう言って右腕を示した。そこに刻まれる鮮烈なほどに赤い契約の印。それは楓の顔にもある。

「成功したんだな」

「ええ。身体が温まってきてる。ちゃんと休めばきっと治るわ」

「ほんと?」

 光が心から安心したかのように微笑む。グッカスが楓を抱きかかえてほっと溜息をついた。そして思いたったようにジルに言いかかる。

「お前、シャイデの王ってどういうことだ?」

 ジルはこめかみを人差し指で掻いて、居づらそうに視線を彷徨わせた。

「まぁ……そういうこと。実は」

 フィスが歩み寄り、そして尋ねた。

「知らずに……これは無礼を。シャイデの王。ということは妹君は、四の王女ですか?」

 ヘリーが自分に話がいって驚いている。王が交替した新しいシャイデの王たちは四人兄弟が選出された。一番下の末の妹は巫女王と呼ばれ、シャイデの神殿を預かっているときく。だが、目の前にいるのは小さな女子だ。

「いや、こっちこそ潜り込んで好き勝手して悪かったです。本当はばれずに去るつもりだったんだけど、まあ、口が滑ったっていうか……」

 ジルはそう言った後に改めて、姿勢を正してフィスにあいさつする。

「申し遅れました。私は神代の盟約の国・シャイデ第三の王。ジル=オリビンです」

慌ててヘリーが隣で姿勢を正す。

「四の王・ヘリー=オリビンです」

「まあ、今さらですしそんなかしこまらないで下さいよ」

 フィスがおおらかに笑う。グッカスは呆れたように言った。

「おかしいと思ったんだ。宝人にしては魂の形が違うのに、エレメントを使うわ。人間にしても変だわで」

 グッカスの言葉に光が言った。

「二人の魂の形は『半人』だよ。グッカス」

 そう宝人の光が言った瞬間に、周囲の宝人も人間もざわざわと騒ぎ出した。

「……神国シャイデでついに半人の王が即位した!!」

 それは風のように周囲に伝わり、事態を見ていた宝人達にも伝わる。

 ――半人の王が誕生した!

 それが意味する事は、水の魔神は水の大陸の人間を見捨てていないということだ。神国シャイデは水の魔神の加護が続いている事他ならない。宝人の目が変わる。人間を遠巻きに敬遠していた宝人の見方が変わろうとしていた。

 半人の王は盟約に従って宝人の危機を見過ごさなかった。それに先だって神国シャイデの禁踏区域を一の王が宝人のために開放したことも大きかった。

「フィス殿下!!」

 そこには城から逃げ出した兵士の上官であろう人々が集まっていた。その中には城の重鎮も含まれている。

「城の火は消えました。どうか、王として我々にご指示を!」

 フィスは思い出したかのように振り返り、そしてセダやジル、宝人の部下に一礼した。

「この度のことは、皆様のご協力あってのこと。有難うございます。どうか、城の無事が確認できるまで皆さんは本陣でお休み下さい」

 フィスはそう言って指示を出すために背を向けた。

「まず、現状把握が第一だ。点呼は済んでいるか? 負傷兵は同じく本陣で手当てを。それが済み次第報告を上げよ。そして一部隊、近隣住民への被害がないか確認を。一部隊はシャイデへ和解の触れを国境警備に出してこい。城の点検には左軍を中心に行え。一部隊は消えた偽王を探し出せ。閣僚の皆は我々と共に今後の会議を行う。誰か、城の周りにもう一つ陣を引け!」

 フィスの命令に従って、次々と部下が散っていく。セダたちはそれを安心して見ていた。

「さあ! 楓を休ませませんと!」

 リュミィの言葉で皆がようやく動き出した。


...023


 ハストリカは燃え盛る炎の中に飛び込み、主である男を連れて城の裏側を流れる河へと移転した。水の宝人であるハストリカは水のある場所で、自分が知覚出来るポイントであれば、水を使って移転が出来る。主の身体は炎に当てられて軽い火傷を起こしていた。錯乱したのか、男の意識はまだない。

「しっかりなさってください、パンチャーズ様」

 水で皮膚を冷やし、水分を与える。するとしばらくして男の意識が戻ったようで、目が開いた。

「ああ、パンチャーズ様」

「ハストリカ」

「ご無事ですか? お助けするのが遅くなって申し訳ございません」

「いや、助かった」

 男は尊大な様子を見せることなく、ハストリカに礼を言った。

「あらあら、死んだかと思ったのに。三流の悪役はしぶといものですね」

 何もない空間から女の声が響く。ハストリカは虚空をにらんで、主を庇うように立ち上がった。

「今更、何の用!!」

 するとハストリカの手前で風が小規模ながら竜巻状になり、その中心から若い女が現れる。

「まったく、ここまでお膳立てしたのに、失敗するとはどれだけ無能なのでしょう?」

「……!」

 偽王であった男が呻いて、女を見る。

「あなたには失望しましたよ」

「すまなかった。もう一度! フィスなど……恐れるに足らぬ」

 そう言う男を女は鼻で笑った。

「もう一度? 無理ですから。フィス皇子は立派に次代の王として皆に認められるでしょう。貴方が再び王位をねらったところで今度は誰もついてきやしませんって。貴方はビス殿下でもありませんしね」

 女はそう言ってごうごうと燃え盛る炎を見る。

「ああ、すてき。力は衰えるどころではなく、ずいぶんと成長したものだわ」

 うっとりとそう呟いて、それから冷たい視線を男に移す。

「一番王としての器が無かったのは、あなただったようですね。シャイデの王は戦争なんて馬鹿な事をせず、己が単身で乗り込んで見事に事態を解決しようとしている。十代の若者にできて貴方に出来ない、その差はなんでしょうね?」

 くすくす女が笑う。ハストリカが水を周囲に出現させながら言い放った。

「これ以上の侮辱は許さないわよ!」

「あらあら、ハストリカ。貴女も馬鹿な女。こんな男に恋するなんてね。まぁ、恋は盲目、彼の魅力は貴女だけが知っていればいい、という所かしら?」

 女はくすっと笑って、その目線をハストリカに向ける。が、次の瞬間にハストリカの胸に一文字の傷が生じ、血を噴き出してハストリカが倒れ伏す。

「え」

「ハストリカ!!」

「哀れな女。愚かな男の道とは言え、付添は必要でしょう? 先にお逝きなさいな、ハストリカ」

「パン、チャーず、さ……ま」

 女はうっすら笑って男を見た。男は恐れを成して逃げ出す。しかし女は余裕で追うことすらなく、視線を向けた。その瞬間に、ハストリカ同様、男も血まみれになって倒れ伏す。一瞬にして絶命していた。

「まったく、こんな男に楓はもったいない! 殺してしまわねば、楓が苦しむ事になるわ」

 女は燃え盛る炎を見ながら呟く。

「これで、楓も宝人の義務から解放されるでしょうよ。魂が傷ついたのはこの男が楓の魂を持っているから。この男を消せば、魂に安定が戻る。楓も元気になるわ。……にしても、私が殺す間もなく、契約を解除してしまうなんて、さすが炎。見事な激情だわ。これからの計画に修正が必要ね」

 女がそう言った次の瞬間に、城の炎がおさまっていく。女は満足そうに笑って一陣の風となって消えた。来た時同様、唐突に。



 ジルは眠りについてそして夢を見た。いや、正確に言うと兄の夢を渡っていた。ジルタリアの王が亡くなったのは事実で、いまだフィス皇子の叔父である、名前を利用されたビス殿下は行方不明だが、とりあえず次の王はフィスで間違いない。そのフィスと友好関係を結び直せたし、フィスの行動や偽王が行っていた不信な事柄も解決したこともあって、国民も軍部も戦争ムードは無事に回避できた。

「心配したぞ、ジル」

 暗闇の果てに、シャイデの兄弟で使っている寝室が情景に現れる。広いベッドにキアが座り、ジルを待っていた。キアの顔に久々に見る隈が出来ている。ということは連絡をしなかった間、キアは睡眠時間を削っていたようだ。連絡を取らずにいても問題なかったようである。

「悪いね。でもジルタリアは解決したよ。もう心配ない」

「そうか。宝人はどうなった?」

「解放した。とりあえず、禁踏区域を解放したって? そっちに向かうらしいよ」

 キアは頷いて、簡単な事情を説明した。ジルタリアで現王が暗殺され、次期王位継承者であるフィスも命を狙われ、逃げ隠れていた事。その間にビスに成代わった偽物の王が起っていた事。その偽王がこの度の宝人の里を襲い、幼い子供を売りつけ資金を増やし、その資金で軍備を増強し、シャイデを攻めようとしていたことを伝えた。

 宝人は無事に解放し、囚われていた子供も親元に返した。戦争のために各地に散っていた軍は再編成され、通常の警備に戻った。早急なるシャイデとの国交復活を望んでおり、近々そっちに同盟の再締結のための人が行くだろうと言った。

「では、シャイデ側も国境に配備した軍を緊急に戻さねばな」

「ああ。それでいいだろう。どうする? 同盟再締結は話し合いも必要だし、俺がするには荷が重いと思うんだけど。そっちで担当の大臣とかをジルタリアに寄こす?」

 今回は宣誓を行ったのはシャイデなので、先に戦争を仕掛けたのはシャイデということになるが、事が事だし、シャイデが宝人の危機には盟約を重視するのは歴史で誰もが知っている。偽王が行っていた悪辣な事はジルタリアの国民が知ることとなり、ジルタリアが謝罪も込めて、シャイデ側を招待するのが筋ではある。おそらくフィスもそれを考えているだろうし、それまでの間、ジルやヘリーは国賓扱いを受けている。

「フィス皇子はどんな方だ?」

「まさしく皇子様って感じだぜ? キアは及ばないな。美形で人気も高い。そうだな、今回の事がないなら、甘ったれってとこだったと思うが、今回で化けたな。あれはいい王になる」

 各地で国や代表者を見て来たジルが言うのだから、フィスはいい王となるだろう。

「成程。そんな人物が心からの謝罪……ここは王として俺が会っておきたいな」

「じゃ、俺とヘリーはとっとと帰るか。いつまでもジルタリアの血税を使う訳にはいかねーだろ」

 ジルはそう言う。

「いや、お前には行ってもらいたい場所がある。それも早急に」

 ジルが疑問を顔に浮かべる。

「今回の黒幕だ。ジル、思っただろう? 国同士の諍いが簡単に片がついたなって。まぁ互いの代表がお互いをよく知らなくて、若いせいもあるだろうが」

「そうだな。戦争ってのは泥沼化するものだ。だからこそ、俺ら世界傭兵が儲かる」

 国同士まで発展した諍いは、簡単には止められないのだ。国を背負うのだから。一国家代表の我がままでは片がつかない。互いの国民と力とプライドを賭け、一方が壊滅するまでやらねばおさまらない。それが戦争だ。

「仕組まれていたからさ。偽王は操られていた可能性が高い。奴が失脚したからこそ、終結したんだ。トカゲのしっぽ切りだ。どうあっても、俺らシャイデとジルタリアを争わせ、何かを狙った奴がいるんだよ」

 キアの声は確証が取れた感じがする。キアは言っていた。なぜジルタリアか、と。ただ隣国同士で互いに力を持っていたから狙われただけだ。その間の宝人が利用されて。

「宝人の里すら利用か……おっかねーの」

 ヒュっと口笛を吹く。身体がうずいた。そんな連中、やっつけてやらないと世界傭兵の名がすたる。

「やつらがシャイデを諦めたとは思えない。ここは神の国、神代からの盟約の国だ。ハーキは今神殿に潜った。あそこは魔の巣窟だ。腐っている。お前が睨んだ通り、軍部もほとんどが腐っているな。繋がっているんだよ、両方、黒幕と」

「どこだ?」

「ジルタリアのお隣さん」

 ジルが目を見開いた。

 ――水の大陸三大大国の最後の一つ。

「ラトリアか!」

 キアが頷く。キアが調べていたのは金の動きと人の動き。ハーキは神殿と軍を探っていた。これらでわかったことがある。若者を雇用するといったのは自分が密かに調べるために潜り込む必要があったからだ。前の王の急死。自分達新王を認めない議会の動き。反発を繰り返す神殿と軍部。

 ――ラトリアとの癒着。

 確証はないが、ラトリア王はもう十数年にわたってシャイデの神殿から始まり、議会に入り込み、軍部も掌握しつつある。シャイデが乗っ取られる。巧い方法だ。長い年月をかけて知らないとことから侵略をしている。誰もが侵略されたとは感じない。ゆったりとして、しかし確実な乗っ取り。それに加担していた可能性すらある前王ら。

 王制の交替は荒れるに決まっていたのだ、最初から。腐っていたのはジルタリアではない。シャイデなのだとわかった。しかも簡単に調べる位でしっぽがつかめるのだから、相当根深く、長いものであるとわかる。

「でも大義名分がないだろう? ラトリアを攻撃する」

 ラトリアはシャイデを攻撃したわけではないし、取りいったといっても些細な事を重ねて育てたのだから、何も悪いことはしていない事になる。

「理由付けは後でどうとでもなる。だからお前に行ってもらいたい」

 キアはそう言って作成中の書類を掲げて見せた。ここは夢の中なのでキアの記憶を頼りに復元されたにすぎない。

「世界傭兵の立場を利用してラトリア王と将軍を捕えてくれ。とりあえずの容疑は前王の暗殺でいいだろう」

 ジルはこの年で世界傭兵の一人。己の正義で行動する事が許される人間だ。だからこそ、目的が分からないラトリアをけん制するために、トップを攫い、目的を吐かせると同時に行動を起こさせない。

「お前の隠れ蓑になるように、俺は堂々とジルタリアへ和平使節団の代表として行く事になるだろう。その間に国内で動く輩を見極め、一気に叩く。ヘリーはジルタリアで預かってもらえ。信用できるんだろう? 新王は」

「わかった。すぐに行動に移す」

 ジルはそう言ってキアの夢を渡る事を終え、視界を真っ暗に暗転させる。その後、違う人物の夢に渡るべく意識を広げていった。すべきことを終えて、ようやく休息に入る。明日から出発なのだ。休むに限るの。ジルは深い眠りへと誘われていった。



 ジルタリア城は炎の発生源であった西側はほとんど燃えていたが、西側の一部、すなわち城下町に面した西側だけは無事だった。半分以上が燃え落ちたとはいえ、元が城なので十分に広いその場所で、フィスは新しい王朝を宣言した。

 第五十二代目のジルタリア王と相成ったのである。ジルタリア議会も満場一致でフィスを王と認め、和睦も兼ねて、戴冠式にはラトリア、シャイデ両国王が招待されることとなった。戴冠式といっても城が半壊状態なので簡単な顔見せと発表だけだ。デャイデの王であるジルとヘリーはその場にいた人間を除いて、王であることを伏せられ一応セダ達と同じ賓客扱いになっている。広い部屋になれない一般人のセダたちは数日でもわくわくしていた。

「やー、慣れねー」

「はっ! 普通に考えて一般人が慣れるわけないだろ。こんな広い部屋。旅行とでも思ってればいいんだよ」

 いつもの調子でグッカスが言い、セダは肩をすくめた。

「さ、行くぞ」

 今日は久々に朝からフィスと朝食をともにする事になっていた。フィスは王座に就いてから忙しく、寝る暇もない生活になっていた。一王様といった感じで今では話しかけづらい雰囲気さえ漂う。

「ああ、おはようみんな」

 入って来たとたんに、軽く言い争う声が聞こえて驚いたが、言い争っていたのはジルとヘリーの兄妹のようだ。

「どうしたんだ?」

 思わずセダが聞いてしまったのは、ヘリーが泣きそうだったからだ。

「あー。ちょっと軽くもめているみたいだよ」

 フィスが困った調子で言う。肩をすくめて視線を向ける。

「わがままを言うな。ヘリー」

 ジルが強い調子で言っているのが印象的だった。空気を察したのか、この場にはフィスだけが残っている。テラやヌグファはまだきていないようだ。

「なんか、ジルはこのままジルタリアを出て違う所に行くらしいんだ。ヘリーを置いて」

「え? 置いてっちゃうのか?」

 後で年齢を訊いたのだが、半人は宝人のように寿命が長いわけではなく、普通の人間と同じようで、ジルもヘリーもセダたちより年下だった。それに驚いてしまったのだが、ジルは王になったのは不本意と言っていた。そんなまだ幼いヘリーを一人、他の国の王宮に残すのはさすがに可哀想だ。

「お前は戴冠式はどうするんだ?」

 グッカスがジルに問うた。自国の関係者と共にささやかなフィスの戴冠式に出るとばかり思っていたのだ。

「俺は出ないよ。ヘリーは興味あれば出ればいい」

 それを聞いてフィスが驚いた。

「ええ? てっきり君が出てくれるんだと思っていたのに」

「おいおい、こんなお子様王が釣り合うと思ってたのか?」

 ジルはそう言って笑う。確かに隣に並べば、王同士というよりは兄弟のようだ。

「では国から誰か?」

 フィスが思わず言うとジルは当然のようにさらりと言った。

「キアが来るから心配ない」

「キアって……」

 フィスは驚いて口をぽかんとあけてしまった。セダは視線で誰、とグッカスに問う。

「キア王。シャイデの一の王だ」

 それくらい知っておけ、新聞に出ていたとグッカスが返す。

「キア王が来て下さるのか?」

 フィスが思わず訊いた。シャイデは複数の王が起つ特殊な国だが、国の代表というと、一の王と相場は決まっている。一番目の王という意味で、今回は長子であり、兄弟の中でも信頼が厚いキアになっている。その王が自国を出て、迷惑をかけた隣国に足を運ぶと言うのか。フィスももちろんジルタリアの人々も担当の大臣辺りが来て、秘密の賓客扱いのジルとヘリーが出席してくれたら恩の字と考えていた。

「キアがフィスに会いたいっつったんだもん。だから来るんじゃねーの」

「ええ? 私に?」

「そんな驚くこと? キアの方がフィスより年下だし、経験も未熟だぜ?」

 ジルが笑いつつ言った。

「え? いつお越しになるんだ? 歓迎の対応とかは……!」

 慌てるフィスにジルが笑いながら首を振った。

「いらねーいらねー。そんなの。たぶんキアも適当に勝手に来るだろうさ。下僕とかに化けて」

「え? お忍びでくるの?」

「さぁ? だって議会がキアが行くのを賛成するとは思えないかんな」

 さすが兄弟。よくわかっている。

「だから、ヘリー。一人なのは少しだけだ。お前はキアと一緒にシャイデに帰るんだ、わかったな?」

 ジルがヘリーに言うが、ヘリーが目を吊り上げていった。

「いや!」

「だから聞けって」

 ジルは妹に甘いようだ。眉を下げて困った表情を隠しもしない。

「最後まで一緒にいる! ついて行くもん!!」

「だからぁ、今度は味方はいねーんだって。危険なんだよ。お前は連れて行けない」

「どこに行くんだ?」

 気軽にセダが尋ねる。ジルは首を振った。それ以上は立ち入るな、と視線が伝える。

「キアも来る。なにもジルタリアで一人ってわけじゃない。お前もフィス好きだろ?」

 ジルがなだめるように言うが半泣きでジルを見つめるヘリー。

「わかるもん。ジル、危ないことしようとしてる。ジル、また一人でどっか行くんだ! 一緒に行く! 一緒に行くんだから! で、一緒に帰るんだもん」

「帰るって。大丈夫だって、な!ほら、光とも友達なったんだろ? セダもいてくれる。独りじゃない。友達とキアが来るのを待ってろって」

 ジルが笑って頭をなでる。ここはジルにとっても譲れないのだ。いざとなったら逃げていい場所ではない。ジルが最悪の場合、戦争を起こす引き金となる。

「な! わがままを今度は俺も聞けないんだよ。ヘリー、いい子でいろって」

 ジルはそう言って部屋から出る。妹はうなだれた。フィスがおろおろしてジルを見る。ジルはフィスに視線を投げて、一緒に部屋の外に出るよう促す。フィスはとまどいながらも後に続いた。

「いいの? 連れてっていってあげたら?」

「俺がこれから向かうのはラトリアだ。シャイデにはラトリアの息のかかった奴が多く潜り込んでいる。今回の戦争を起こそうとしたのはそいつらの可能性があるんだ。フィス、お前もジルタリア議会を洗い出せ。前ジルタリア王を殺害した犯人がいる可能性がある。キアには内緒って言われてるんだけど、俺はフィスを信じてるから」

「ラト、リア……だと」

「そうだ。ラトリアだ。まだ、終わってないんだよ」

「でも、隣国で私たちの国は友好国として……」

 戸惑いを隠しきれないフィスにジルは笑って言った。

「同盟国のシャイデとは戦争になりかけたことを忘れるな」

 フィスがはっと顔を上げたとき、ジルはすでに背を向けていた。後手で手を軽く振る。そういう動作が子供のくせに妙に似合っていた。

「あ、そうだ」

 くるっと顔だけを振り向かせてジルが言った。

「ヘリーの事頼むな。わがまま言ったら叱ってくれて構わないから。あと、脚の速い馬を一頭借りる」

 それだけ言うと、ジルはまるで風のように城からすぐに姿を消した。


...024


 光は眠る楓の傍から離れなかった。皆が察して側にいることを許してくれた。楓はフィスの計らいで王宮の一室で眠っている。本陣の宝人の皆が居る場所は、敬遠されて落ちつかないだろうというリュミィの言葉に従ったのだ。

 あれだけ炎を嫌悪していた里の皆。楓は炎を見せつけてしまった。その怖さも、その偉大さも。楓をより一層怖がって、より一層遠ざかったように見える。

「光」

 声が響いてはっとして楓を見る。楓が目をあけていた。セダが助け出した時は、ぞっとするほど冷たかった。顔も青白く、まるで死んでいるように見えた。テラが契約をして、初めて生気が戻った気がした。だけど、次は熱を出して、こんこんと眠っていた。やっと顔色が戻って来た、そう思って三日。やっと目覚めた。

「楓」

 楓は微笑んで、光の頬を撫でた。

「心配掛けたね、ごめん」

「ううん。謝らなくて、いいの」

 光は楓の顔に手を伸ばす。拒絶する事もなく、不思議そうに光の指先を追う楓の瞳。光はそのまま頬に触れ、楓の契約紋をなぞった。されるに任せ、そっと瞳を閉じる楓に甘えて、優しく瞼の上も、その上の額にかけてまで契約紋をなぞっていく。楓が宝人である証。だけど、争いに巻き込まれてしまう宝人としての元凶でもある証。

「テラは、良い子なの。優しくて、しっかりしててね。お姉さんみたいって思ったの。ずっといて、嬉しい人。だけどね、楓。楓が簡単に契約してしまってよかったかは、わかんないな。私、楓に生きていてもらいたい。死んでほしくないよ。ずっと一緒にいたい。でもね、それは楓が選ぶことで、私じゃない」

 光はぽつり、言葉を吐きだした。楓はいつものように、口をはさまずに真剣に聞いてくれる。

「ごめんね。ちゃんと守ってあげられなくて」

 光は思っていた。だって、楓はあそこで死んだ方が楓にとっては幸せだったのかもしれない。嫌われる事もなく、拒絶もなく、利用されることも無くて。

「そうだね。でもね、光。テラは僕と契約する時に言ってくれたよ。『物事は考え様だ』って。セダって人がいつもそう言っているんだって。セダって僕を城から助けてくれた人だよね」

「うん。セダは一緒にいるとあったかくて、力強くて、安心する」

「僕はこの世界が好きじゃないよ。どうしてだろうって何度も考えた。でもね、考えても答えはでなかったんだ。答えを示してくれるような人が誰もいないら、聞きようがなかったしね」

 楓はくすっと笑って、身を起こし、光を正面から見つめる。

「人間は、怖いよ。今回の事でそう思った。それに許せないって思ったし、怒ったよ。光が危ないって思って何も考えられなくなったのも事実だし。あれが、怒るってことだったんだね」

 楓は視線を逸らす。炎の激情、それは確かに自分の中にある。

「でもね、怖い人間がいるのと同時にセダやテラみたいに、よく知らない僕を助けてくれる人がいることも事実でしょ? それとおんなじなんだよ、きっと」

「おなじ?」

「そう。悪いこともあれば、いいこともある。だから、いい事にしようって、頑張っていくのって大変だけど、それが大事なんだよ。だから、世の中に絶望して死んでもいいかなって思った僕は馬鹿なんだよ。光が、連れ戻してくれてよかった。感謝してる。いつも光が僕を連れ出してくれるから、僕がいるんだよ」

 優しい口調で、聞いている方が泣き出してしまいそうなそんな調子で、楓はいつも語りかけてくれる。光がやったことが正しいと、光にありがとうと、何もしていないのに言ってくれるんだ。

「ほんと?」

「本当だよ。光、ありがと」

 光がやっと笑う。楓も微笑んだ。そこにノック音がする。光が瞬きして驚いている楓の代わりに返事をする。楓の住処に尋ねる人は里の中では皆無で、光は当然のように出入りをしていたので、ノックという行為に慣れていないのである。

「あ、目が覚めたのね!」

 テラが顔をのぞかせ、続いてヌグファが入室する。

「あ、テラ」

 楓が言う。契約を結んだのに遠慮したような声掛けだった。

「元気になったのね!」

 嬉しそうに言うテラは楓の元に駆け寄った。

「おかげさまで。感謝しています、テラ。えっと……そちらは?」

「ヌグファよ。私の友達。あ、楓にみんなを紹介しないとね」

 テラはそう言った後、視線を彷徨わせたあとで、一回深呼吸をし、決意したように言った。

「で、契約解除する?」

 意気込んで真剣に言うテラに場の空気が止まり、楓も目を丸くしている。が、その後噴き出した。

「え、ええ!? な、なによ?」

「貴女の正直さは、美徳ですね」

 楓はそう言って光に笑いかける。

「ね、言ったでしょ?」

「うん。一緒にいたい人だね。テラ、己の保身だけで、宝人は契約しません。僕が貴女と契約したのは、貴女の魂に、その在り方に共感した……ううん、違うな。貴女に惹かれたからですよ」

 優しいその口調と、言葉にテラが顔を赤くする。ヌグファも驚いて頬を染めた。

 ――なんだ、その告白みたいな言葉は!!

 しかし当の本人はそういう意味ではないのだろう。光も普通にしているということは、だ。

「僕の炎は貴女と共に在りたい。そういうことです。貴女が望めば、ですけどね」

 楓が改めて手を差し出す。テラはおずおずとその手を握り返した。

「ねぇ、楓って天然さん?」

「その可能性、ありですね」

 こそこそとテラとヌグファは囁き合う。そう言った時に、再びノック音がした。一同が扉を見る。扉から現れたのはフィスだった。しかし、焦った様子と、その後にセダやグッカス、ヘリーが続いている。

「目が覚めたかい? 私はフィス。ジルタリアの国王になったんだけど、えーっといろいろ謝罪とか言わなければならないことがあるんだけれども、お客さんなんだ。楓、君に」

 フィスは相当焦っているらしく、楓への挨拶もそこそこに一同を部屋に促した。

「セダ」

「グッカスも」

 グッカスに目線で黙っておけ、と言われて気付くと、ヘリーの後に数人の老人と大人の集団が続いていた。

「留美ばあさま」

 光が目をぱちくりとさせて言う。

「え? 光の知り合いってことは宝人の方?」

「その顔、まだ契約は続いているようだの」

 楓は表情を硬くして、老人の宝人達に言った。

「あの人との契約は解除しました。これは新しい人と結んだ契約です。こちらのテラ。彼女が僕の今の契約者です。僕が僕の意志で炎の守護を与えると定めた人です」

 楓の言葉に空いた口がふさがらない様子の老人達。

「な、楓! 貴様勝手に」

「僕は宝人です。僕の責務を果たすことは、あなた方の許しを請うべき事ではありません」

 はっきりと言いきった楓に、次の言葉が紡げない老人達。

「貴様!!」

 老人の一人が怒鳴りかけるが、留美と言われた老女がその老人を抑えた。

「最もだ、楓。それは誰に許可を取ることではない。そなたの自由だ。しかし、里が壊滅し、里にいた宝人が人間に傷つけられたことも事実だ。そしてその原因となったのはお前だ。それも理解できるな?」

「なんで、そんなの楓のせいじゃねーだろ!」

 セダがそう言って老女に言う。老女は冷たい視線をセダに向ける。

「それが『炎を背負う定め』なのじゃよ、若い人間。楓の罪ではない。炎の罪ではない。しかし、炎とはそういうものなのだ。本人の意志とは関係なく世界を、身の回りを巻き込むということじゃ」

 楓がそう言われてうつむく。楓のせいではない。楓に罪はない。けれど、楓が原因という事実は変わらない。

「存在そのものが罪ということもある」

「それは違う」

 セダが言いきった。真っ向から老人達を見つめ返す。

「楓が炎が争いの種になる世の中なのかもしれない。それは変わらないかもしれない。その世の中で楓たった一人が炎の宝人なんだ。そりゃ原因にもなるし、争いの火種にもなるかもしんねー」

 楓は驚いてセダの言うことを目を見開いて見つめている。

「だけどよ、それが楓のせいとだけは言わせねーよ。だって、炎が減ったのは、楓のせいじゃないし、炎が争いの種になることだって、炎のせいじゃない。炎を嫌うなら、炎を使わない奴がいてもいいのに、誰もそうしない。それは、炎がなんだかんだ言って必要だからだ」

 セダの目が楓を見て、光を見て、そして真実を語る。

「そんな都合いい理屈、間違いに決まってる。そう決めつけて、助かりたいのは自分だけだろ!」

「そうだよ。自分だけ楽しても、何も変わらないと、思う」

 光が続けた。確かに炎は許せずに、世界を滅ぼしかけたかもしれない。でもそれを炎のせいだけにして炎を疎み、炎を嫌っても、何も変わらない。それどころか、どんどんひどくなっていくだけ。

「……人間よ、我らはなにも楓に罪をかぶせようとしているのではない。そこは誤解だ」

 留美は厳しい顔をいくぶん緩めて、セダに言った。テラがそれを聞いてほっとする。

「だが、楓。事は起こった。我々は里をどうするかも決めねばならぬし、そなたは唯一の炎だ。そなたはまだ成人しておらぬ。そなたの処遇は我々が把握する必要があるのだ。今回のような事が起こってしまった以上」

「はい」

「また、楓を里から、ううん、あの家から出さないようにするの?」

 光の問いかけに留美は答えを返さなかった。そこら辺が大人な対応と言えるだろう。

「それを含めて決めるのだ。楓は人間と契約を結んだが、そなたが成人するまでとは言わずとも、もう少し世の中を知ってからでも遅くはない。そなたの契約した人間は幸い、若い。待ってもくれよう。それらを今度は我々が一方的に決めるのではなく、そなたと共に決めたい。これが我々が今できる譲歩なのだ、楓」

「わかります」

「気分はどうだね? 体調は?」

 別の老人が楓に尋ねた。

「おおむね、良好です。テラのおかげで魂は修復できたようですし。今まで寝ていたので、疲れも取れています」

「では、我々はシャイデの禁踏区域に避難している。そこが仮の里だ。そこで話し合いを持とう。……里ではないから、契約した人間を連れてきても構わない」

 今まで楓は里の隅で隔離されて生活してきた。食事などはさすがに与えられたが、まるで神捧げる供物のように知らない間に誰かが自分の居住している場所から遠く離れた場所に置いてあった。必要なものは紙に書いて間接的に渡された。一人だった。ずっと。

 光が来るようになって、食事などは独りきりではなくなったが、それらはすべて楓の意志なしで勝手にきめられたことだった。それを考えれば自分の処遇を自分も含めて話し合うのは少し希望が持てた。

「人間の皆さんもそれでよろしいかな?」

「かまわない」

 グッカスが代表して答えた。セダたちも頷く。

「それと、光」

 留美は光に言う。光は目線を老人達に移す。

「お前は楓とは違う。まだエレメントの個性さえ定まっていない幼子なのだから、当然里で庇護をうけるべき子供だ。鴉や紫紺と共に今すぐ我々と帰還しなさい」

「えっ! やだよ。楓と一緒に帰るよ。楓も帰るんでしょ?」

「だめだ。お前は楓と我々のかけ橋となってくれたが、今回でお前も危険な目にあっただろう。これ以上危険な目に、人間の傍においておけない」

「楓はもう子供ではない。契約を済ませた宝人だ。責任は自分で取るだろう。お前が楓の傍にいる必要はもうないのだ。お前もそろそろ普通の宝人としてエレメントの開花に精を出さなければならぬよ」

 別の老人がそう言う。光はショックを受けたような顔をする。光は楓の手を握る。楓もどうにかしてやりたいが、光は里の子だ。自分の様なはぐれ者が口を出せる問題ではない。

 光を実際危険に巻き込んでしまったのは事実であるのだから。リュミィが口を挟もうとした時、グッカスが言った。

「それは困るな」

「なに?」

「その宝人は、我々人間と契約を交わしている。契約を果たさないうちに、逃げられては困る」

 老人が胡乱な目つきでグッカスを見た。

「契約だと?」

「そうだ。光は我々に楓を助ける代わりに我々の任務に協力すると言った。急を要するから先に楓を助けたんだ。俺たちの任務は終わっていない」

「私達、公共地テトベに建つ、セヴンスクールの生徒なんです。一つの任務を帯びています」

 ヌグファが補足するように言った。

「任務? なんのだ、光が協力できるような事なのか?」

「任務内容は規則により秘匿だ。教えられない。別に宝人であれば構わないが、俺達の任務も任務だ。俺たちが信用できる宝人は光しかいない。だから、光を勝手に連れ去られては、困るな」

 グッカスが偉そうに言う。セダは口を挟もうとしてテラに脚を踏まれる。視線が黙れ、と言っている。

「なんだと! 光はまだ子供なんだぞ! そんな幼子を利用しようというのか!!」

 グッカスは宝人の老人達を鼻で笑う。

「貴様らがそんな世間知らずだから、まともに人間に対応できないんだ。なにが炎のせいだ。貴様らが積極的に人とコンタクトを取っていれば情勢位簡単に読めただろうに。光が世間知らずなのも頷ける」

「ちょっと、どういうこと!?」

 光が憤慨する。グッカスは老人達をねめつけた。

「宝人だと偉そうにしているのはあんたたちの方だ。いいか、光がガキだろうと、馬鹿だろうと契約を持ちかけ、俺達を使ったことは事実だ。それをどうこういわれる筋合いはない。それは光が受けるべき義務であって、その約束した俺達を糾弾する権利など貴様に無い。なんで人間だからって無償で命かけてやる必要があるんだ。言葉を返すようだがな、俺達も人間の世界ではまだ子供だ」

「まぁ、幸いまだ任務には時間がありますし、そこまで危険な任務ではありませんからその点はご安心ください」

 ヌグファがそう言って光に微笑んだ。

「光! どういうことだ」

「だって、みんな逃げることに必死だった。だれも楓を助けることに手伝ってくれなかったもん! だから、私が自分で信頼できる人間を探して、協力を頼んだの! いけないことじゃないでしょ!!?」

 光がそう言って怒鳴った。誰もが楓のことを考えてなかった。楓を助けることもしなかった。なのに、楓がつかまったら楓を責め立てて、それにも腹が立った。

「光の無事は我々に約束できますのか?」

 留美が問いかける。もちろん、と全員が頷いた。

「リュミィ様」

「はい。留美さま」

 部屋の隅で成りいきを眺めていたリュミィに留美が声をかけた。

「光の保護を頼んでもよいですかな?」

「もちろんですわ。光が里に戻りたいと言うまで光のお伴をいたしましょう」

「宜しくお願いします。我々はな、どう言われようとも人間に宝人の子供を任せるほど、人間を信用していない。その点はご存じだと思っていたがな。光、その点を理解しなければならないぞ」

 グッカスに留美はそう言い返し、光に言い聞かせるように言う。

「それ、違うと思うもん。そうやって人間と壁を作ってちゃ、いつまでたっても人間のことなんかわかんないんだよ。確かに怖い人間も悪い人間もいるけど、セダたちみたいに強くて優しい人間だっているよ」

 光が言い返した。楓も頷く。

「そうだね。だから、宝人は人間と契約する定めを負っているのかもしれないね」

「うん!」

 老人たちは若い宝人の言葉に賛同を返さなかったが、言葉を流して背を向ける。もう、年を重ねた宝人たちにとって人間も炎の存在もそんなに柔軟に対応できるものではないのかもしれない。

「では楓。可能な限り早くシャイデの禁踏区域に戻って参れ」

 留美はそう言うと老人を引き連れて部屋の床に潜っていった。土のエレメントを使って退出したのだろう。老人達が消えるとふぅっと思い息をフィスが吐きだした。

「ずいぶん、緊張したな」

「そうですね」

「お茶を持ってこさせよう」

 フィスはそう言って微笑んだ。セダはグッカスに詰め寄る。

「ちょっと、さっきの挑発どういうことなんだ? お前宝人嫌いだな」

「ばっかね!」

 テラが思いっきりセダの頭をはたいた。

「いって!!」

「光を楓から離されないように一芝居うっただけよ」

「事実を述べたまでだ」

 グッカスがふんと鼻を鳴らして言った。ヌグファと光が笑いあう。

「まぁ、あそこまで対等に口がきけるのはグッカスくらいですからね」

「ありがと、グッカス」

「礼を言われることじゃない。それに宝人のじいさん、ばあさんが言ってたことも事実だ。楓とテラ。お前たちは契約したのはいいが、今後のことを考えたのか? テラはまだ学生だ。任務が終われば学校で過ごすことになる。人間の子供だらけの場所で、楓をどうする? 楓はどうするつもりだ? その点は考えておけよ」

「そうですね。学校って言うのはどういうところか、僕は想像つかないんですけれど」

「そうね。楓にどうしたいって聞いても、わからなければ答えようがないしねー」

 テラもそう言って悩んだ。楓は困ったように首を傾げた。

「まぁ、おいおい考えろ。さっきの話からすると、モグトワールの遺跡より先にシャイデに行かないとだめそうだな」

 グッカスはそう言う。セダたちも同意した。楓はすいませんと恐縮した。

「謝る事無いわ。楓はもうあたしたちの仲間なんだし、遠慮はいらないよ。敬語とかもいいよ! そうそう、自己紹介がまだよね。ご存じ、あたしはテラ。テラ=シード=ナーチェッド。黒スクール武闘科の弓の専門生」

 テラは明るくそう言って自分の背に背負う弓を指した。

「私はヌグファ=ケンテ。同じく黒スクールの魔法科の生徒です。宜しくお願いしますね」

「俺は、セダ。セダ=ヴァールハイト、テラと同じ武闘科なんだけど、俺は長刀って言われる、んーと、でっかい武器専門。よろしく!」

 セダは満面の笑顔で楓に握手を求めた。

「グッカスだ。同じ学校の特殊科の生徒」

 グッカスはあくまでぶっきりぼうにそう言った。楓ははにかみながらも笑顔で言った。

「楓です。よろしく」

 こうして旅の仲間が無事に一人増えた。



 ジルタリアの城が見渡せる森の木の上で一人の男があくびをかみ殺していた。その男は髪が真っ白で、目も白い。肌は浅黒いが、原色に近いような鮮やかな水色のコートを腰に巻いている。かなりその色が目立つのだが、森の中で男の姿に気付いた人は誰ひとりとしていない。

「まぁ城全焼とまではいかなかったけど、よく燃えたもんだ」

 城の再建は後回しにされているらしく、使える場所だけ使っている。本来ならば違う建物を代替えで使うべきだが、国で一番広い建物が城ゆえに、燃えても広い場所が城しかないという現実故の選択だ。

「イェンが言った炎の暴走ってのはこれかなぁ。じゃ、俺もう帰っていいのかね?」

 男の名はランタン=アルコル。世界傭兵の一人である。暗殺専門の世界傭兵で『暗殺師』の異名を取る最強の一人である。主に闇の大陸で活動している彼が水の大陸まで来た理由とは。

「にしてもジルの小僧が、まさか出張ってるとは。さすが世界傭兵。動乱には必ずいるよな。おかげで隠れるのに苦労したよ。俺の気配感じて、わざわざ森の中で寝たりすんだもん。あいつまじで前任にそっくりだ」

 苦笑と共に今は引退した水の大陸の世界傭兵を思い出す。

 ――水の大陸で炎が暴れる。今後のためにお前、それを見てきてくれるか。

 最高蜂の占い師であるイェンが言った言葉。確かに炎の宝人が引き起こした火災は彼の意志がなければ未だ燃え続け、城は形すら残らず燃え落ちただろう。もしかすると、ジルタリアの城下町さえ燃えたかもしれない。

 でも、いまは炎は消えているし、火事の規模としては城が半分燃えただけ。イェンが心配したにしては小さい。この程度でイェンがわざわざ大陸を渡れと言うだろうか。

「ジルをからかいに行きがてら様子を見るか」

 ランタンはそう言ってふぁとまたあくびをした。


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