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モグトワールの遺跡  作者: 無依
第1章 水の大陸(原稿用紙873枚)
5/24

2.大国鳴動 【03】

...013


 ジルタリアという国に行った事がないのはこの面子の中では光だけだった。

 なんだかんだいっても、優秀な成績を残しているセダ達は任務で水の大陸内にはほとんど足を伸ばしている。グッカスなど頻繁に訪れていると思われた。

 リュミィは宝人だが、成人しているらしく一人旅をよくしているとのことだった。

 光は初めて見る人間の大きな国を見て、きょろきょろと視線を移している。一行は密入国のような形に近い入国をしたのだが、いつもなら首都に行き着くまではない検問がすでに河口に設けてあって、町ごとに検問があって大変焦った。

 なにせ自分達人間は身分の証明ができるが、光については考えていなかったのだ。

 しかし、そこはグッカスが役人をどうにか言いくるめた。本当に特殊科の授業は何やってんだ、と今ほど突っ込みたかったことはないと後にセダは語る。

「今の時期はシャイデとのやり取りが盛んで、もっと町には人がいた気がするんだけど」

 テラが寂しげなメインストリートを歩きながら呟く。

 ここは城下町。首都に一番近い河口から町を一つ抜けるだけで入ることができ、町の端から城を見ることができるジルタリアの城下町としてはそこそこ栄えた町である。ここなら城が目と鼻の先にあり、楓の救出に一番の近道と考えたのだった。

「シャイデと戦争するからじゃないかな?」

 当然のようにヌグファが言う。テラは驚いてしまった。

「だって、シャイデは盟約の国です。宝人に危害を加えた団体を黙っているとは思えませんし、それをジルタリアはわかっているのではないですか?」

 ヌグファの最後はリュミィに確認するように言う。

「ええ。シャイデの王はジルタリアに攻撃を行う宣誓を行っておりますわ」

「げ、じゃ、ここは戦場になんのかよ」

 普通だったらそういう場所は避けて通りたいものだが、人質がいる以上避けられない。

 セダはうんざりした。戦場になると所属が公共な自分達は微妙な立ち位置になるのだ。そこは任務に出る学生には学校側が耳にたこができるほど言い聞かせることだ。

「ばれなきゃいいんだよ」

 グッカスがしれっと言い放つ。

「お前、やけにそういうことに慣れてね?」

「当然だろ、特殊科だからな」

「特殊科って何やってんだよ……?」

「特殊なことだろ」

「答えになってねーよ」

 セダは追求を諦めた。そうこうしているうちに以前泊まって感じが良かったとテラが言う宿に着いた。今回はリュミィも加わったことで女性がチームの過半数を占める為、女性の意見を尊重したのだ。

 ――しかし。

「なんで、こんな高いのぉ?!!」

 テラが悲鳴を上げた。それもそのはずで、テラが以前にこの宿を活用したときより倍以上も値段が跳ね上がっているのだった。そんなに盛況にも見えない。どちらかと言えばこの前テラが訪れた時よりは客足は少なく見えた。

「あれ、以前ごひいきにしていただきましたかね?」

 この宿屋のオーナーでもある主人は申し訳なさそうに頭をかいた。

「前は今の半分以下のお値段でしたよね??」

 テラは泣きそうになりながら確認する。今の値段では泊まれないこともないが、この先を考えるとありえない値段であった。

「いろいろありましてねぇ……ここ二ヶ月位はこのお値段なんですよ。これでも赤字覚悟の御代になっているんです。ここらの宿屋は皆こんなものですよ」

「一体、どういうことです?」

 ヌグファも以前使ったことがあるらしい。奥から別の人が出てきてすまなさそうな顔をした。

 そんなこんなをしていると上の階から重々しい足音が響き、統一された服を着た屈強そうな男が降りてきた。そして奥の食堂に居座る。

「……軍人?」

「そうなんですよ」

 主人は声を潜めた。聞かれたくないからだろう、テラも耳を寄せる。シャイデから先生があったことをジルタリアの国民は皆知っている。国民からすれば何の話かわからず、シャイデに抗議したいところだが、ジルタリア政府は速攻国交を断ってしまったらしい。

 そして国境から首都までのいたるところに軍が配置され、ベースキャンプから溢れた軍人(軍人の中でも偉い人らしい)は民間の宿屋を拝借、否、占領してしまっているとのこと。

 軍人の命令では宿屋は宿泊費を取れず、国境封鎖で客足も途絶え、赤字がかさみ仕方なしに値上げに踏み切ったといういきさつらしい。

「最悪の時に入ったな……」

 寂れたかのような活気を失った市場を眺め、セダは呟く。市場にも先ほどの宿屋と同じ状況が降りかかり、ありえない値段の食物が並んでいた。

「これじゃ、泊まるどころか満足に食事さえできない」

 町を抜け、野宿に戻ろうにも、これでは食事を満足に取れない。

「王様も何考えてんだかね……」

 こんな生活、長くは国民が我慢できない。軍を派遣する辺り、国民を守る気はあるようだが、そもそもその原因を釈明した方がいいと思うのはやはり自分が政治家ではないからだろうか。

「違うだろう。王が狂ったから、事の発端はそこだ」

 グッカスは指摘する。王が狂ったから宝人の隠れ里に手を出す気になり、それに反応した隣国と戦争をするのだと。

「でもジルタリアの王は穏健で有名だったわ。お体が悪い噂は前々からあったけれど」

 ヌグファが言う。ジルタリア王は穏健派で有名な王だったのだ。

「人間なんか何考えてるかわかったものじゃないさ」

「で、どうしますの?」

「まぁ、ギリで野宿もいけるか? 食い物節約して」

 セダが言うと、それに学生はおおむね賛成そうだ。町を一旦出ることになるが、そのほうが経済的だ。

「光も、我慢してもらっていいか?」

 セダがそう言って振り返ると、返事がない。……どころか白い頭が見当たらなかった。

「光?」

「光?!」

 セダの後ろにくっついていたはずの宝人の少女は忽然と姿を消していた。慌てて見渡すが、その姿が欠片もない。

「え? どっかではぐれたか?」

「さ、探そう!」

 慌てて今来た道を戻り始め、数人は分かれ道まで入っていたがその姿は見当たらない。叫んで呼んで探すも少女はどこにもいなかった。

「あの! 手のかかる!」

 グッカスは多少キレ気味で人のいないところで鳥に変じた。上空から探すようだ。リュミィも人の目のない場所で光となって姿を消す。残った三人は地元の人に聞き込みながら必死にその姿を探す羽目になったのである。



 わぁ、人間の町ってすごい。建物がいっぱいだなァ。五人の後をついていた光だが、きょろきょろと見回してしまうのは仕方ない。初めて人間の町を見て、こんなに人間を見たのも初めてだ。人間は怖いものと思ったが、セダたちのおかげで人間にも良し悪しがあると判断をつけ、悪い人間に注意すればいいと思う光である。

 それに心強いリュミィとセダたちがいる。人間でも信用できる。

 光は『魂見こんけん』と呼ばれる宝人の中でも一部の宝人にしか備わっていない特殊能力があった。宝人には人間とかけ離れて多くの特殊能力を持つが、それは自身が持つエレメントに左右されたり、宝人の中でも持っている者と持たない者がいる能力がある。

 魂見は宝人二十人に一人くらいの割合で持っている場合がある。魂を見る能力のことで、魂の形、その性質、種族、エレメントの親和性など様々なものを見ただけで理解できる能力を指す、光はエレメントを使うことに長けていない、というか使えないのだが、魂見だけは里で一番だった。

 セダは人間でも力強く、熱く、暖かい魂だ。一緒にいれば自分も暖かくなるし、やる気を起こさせてくれる。それは彼の魂を現したような笑顔にも現れている。

 テラは優しい。ヌグファはちょっと影がある感じだが、真面目で穏やかだ。グッカスは魂の形が違った。あれが鳥人の魂の形。

 でも、誰も悪い感じがしない。みんなが楓のために光に協力してくれる。光は微笑んだ。

「あれ?」

 気づくとみんながいないのに気づいた。夢中になってしまっていたようだ。少し歩を進め、大きなセダの背負う武器が見えた。駆け寄って行こうとした瞬間、強く腕を引かれた。

「お姉ちゃん、ここの子じゃないね?」

「!」

 目の前には青年と小さな女の子がいる。反射的に魂見を行い、二人の魂にかげりがあることを見て取って、光は息を呑んだ。

「ちょっと助けて欲しいの、お願い」

 女の子が首を傾けて光を見る。

「え……な、なに。はなして」

 逃げなければ、やな感じがする。

「お願い、お姉ちゃん」

 女の子が言う。人間ならそこで小さい子供ということで緊張を解くかもしれないが、光は宝人であり、それに加え魂見ができる子供だった。姿に惑わされず、おかしいと気づく。

「あたしたち、ちょっと助けて欲しいの」

「ご、ごめんなさい。むりなの」

 しかし青年は腕を放してくれない。どうしよう。

「セ、セダ!」

 振り返って光が叫ぶ。その瞬間、首の辺りを叩かれ、光は意識を失った。



「いたか?」

「いない」

「こっちも」

「どこに?」

 少年少女と言っていい集団が一旦集合する。ヌグファの肩にオレンジの鳥が止まった。

「いない」

 周囲に気づかれないよう鳥が呟いた。町中を駆け、町の人に聞き込んだが光を見ていないという。

「さらわれた?」

「まさか?」

「宝人ってばれたっていうのか?」

 グッカスは光を保護したセヴンスクールに転入する予定の子供と説明し、通行の許可を取ったという。人間として町に入ったのだ。

「いえ、光は契約紋もありませんし、魂見ができる者でもなければまず光が宝人とわからないはずですわ」

 リュミィが言う。

「グッカスは魂見ができるんだろ? 普通にありふれた能力なんじゃないのか?」

 セダの問いにはグッカスが答えた。

「魂見ができる人間は存在しない。神殿の巫女だって無理だ。魂見は人間の選別を行う宝人や獣人の中でも選ばれた者にしか与えられない特殊能力だぞ」

「ヌグファ、そういう魔法とかは?」

「いえ、そんな魂感知に関する魔法は発達していないんですよ。まず無理でしょう。それにそんな珍しい魔法を使って光だけを誘拐する意味がわかりません」

 そう、宝人を狙ったなら、リュミィが狙われなかった理由がわからない。

「そんなに治安の悪い町でもないし、こんなに軍人がいるのにそんなことするかしら?」

 テラが頭をひねる。人攫いが横行するような町でもなければ、今は戦前で軍人がつめている。犯罪でさえ起こりにくいのに。

「おーい」

 悩む一行に遠くから声がかかる。それはこの道沿いに店を連ねる果物屋の女将さんだった。

「あぁ、いた。よかったわ」

 女将さんは息を整え、最初に話しかけたテラに声をかけた。

「小さい白髪の女の子を捜しているんだったね?」

「ええ、そうです」

「見たんだよ!その子!」

「ええ?! どこですか?」

 女将さんは道を指差し、言った。

「城に向かっての道を歩いていたんだって。お隣の隣のお肉屋さんから聞いたのよ」

「あ、ありがとうございます! 一人でですか?」

「いや、白い布を頭に巻いた少年と一緒だったって話だよ」

「ど、どうも、ありがとうございます」

 テラが頭を下げる中、グッカスがヌグファに囁いた。

「あの、その女の子と一緒にいた少年はこの町の子供なんでしょうか?」

 女将さんが不思議そうな顔をするので、慌ててヌグファは続ける。

「その、迷子になっていたならお礼を、と思いまして!」

「ああ、そういうことかい」

 女将さんは笑って、そして頭をひねる。

「そこら辺は聞いていないけど、そういう格好をした子はここらにはいないねぇ」

「そうですか、とりあえず、追いかけてみます」

 お礼を何回もいい、店を必ず訪れることを約束し、一行は囁いた。

「迷子?」

「少年??」

「可能性一。光がはぐれて迷っているところを案内してくれた優しい少年A」

 セダがまずは言った。

「可能性二。光をつれまわしているかもしれない迷惑な少年A」

 テラが続ける。

「可能性三。やばいことに足をつっこんでいるかもしれない危険な少年A」

 グッカスが言った。リュミィはため息をつく。

「それが可能性としては高いんですの?」

「優しい少年Aだとすると、これだけ俺たちが探し回っているんだからどこかで情報を得ていてもおかしくないと、俺は思うね」

 自分が出した意見を否定するセダ。

「迷惑な少年Aだとすると、それもあたし達が探している間に見つけてもいいんじゃないかと思うのよね。広い町とはいえ、五人で探してて、グッカスは空から探しているんだし」

 テラも自分の意見を否定した。

「危険な少年Aなら光がどこかに連れ去られている可能性も……出てくるんだけどな」

「「「「「……」」」」」

 全員が一瞬沈黙する。

「答えは一つしかありませんのね」

「とりあえず城を目指しつつ、少年Aも探しますか」

「わかった。俺は独自にまた探す」

 グッカスが上空へ飛び立つ。いつもなら出店を覗いたりしながら歩く一行だが、二手に分かれた。一行は光を探すため、早足で城へ。もう一行は少年Aの情報を得るために出店に顔を出しながら。


...014


「ここがジルタリアなんだね」

 妹のヘリーはきらきらした目を輝かせ、町の景色を眺めている。

「おい、あんま夢中になるなよ」

 ジルが笑って言う。二人は川を渡った後、検問を見て迂回し、城下町には入らず、城の奥にある森林を横断した。ジルタリアは川の下流、海が近い場所に城を設け、いざというときに川を使っての脱出経路を確保しているつくりになっている。城は町のはずれにあるといってもよく、森に囲まれ城を最後の防衛ラインに考えていることがわかるつくりだ。

 ジルはそれを見てよく考えてるなぁと感心しつつ、脱出経路を押さえるためわざわざ森を抜け、城を偵察した。それから町に入ったのである。妹は自分がわがままを言っている自覚があったのか、けっこうつらい旅路に文句を言わず楽しげな様子だった。

「宿取ろうかと思ったんだけど、値段が高そうだなぁ」

 ジルが呟く。ヘリーがどうして? と聞いた。

「見ろよ、シャイデでは5ウィーンのりんごが12ウィーン。約三倍。シャイデとの交易が停止中としても値段の上がり方が尋常じゃない。これじゃ民の暮らしが崩壊してる。全ての物価が上がっているに決まってる」

「へぇ。ジルすごいね。そんなことわかるなんて」

「キアの受け売り。キアと一緒に旅すると安全な旅路だけど学ぶことは多いよ。ヘリーもいつか一緒に行ってみるといい」

 四人兄弟の両親はシャイデに田園を持っていたがそれは多くは周囲の農民から買い取ったというか、契約しているのだ。荘園経営者と言っている。両親は税金管理や利益をよりよく上げるために農民から農地を買い取り、その農民に農地を耕してもらい、作物を代わりに売り買いする商人をしている。この商いが大当たりし、有名な商家の子供としていい暮らしをさせてもらった。

 最初は自宅の周囲から始まった商いは農地を拡大し、今では馬車で移動するような場所にも手を出している。キアは跡取りとして、ジルやハーキは後学の為、キアや父と一緒に旅をよくした。ヘリーは幼い頃からだが弱く、旅ができなかった。

「うん!」

「ここは……伝でも頼るかなァ。あ、そうすっと俺らが王ってばれるか」

 商家なだけあって他国にも知り合いが多かったが、それを頼っては立場がばれてしまう。

「城に忍び込んで一夜明かすってのもありだけどなぁ」

 自分ひとりなら、と心の中で付け加える。ヘリーには無理をさせたくない。うーん、高い宿に泊まるしかないかと結論付けたところで、ジルはあることに気づいた。

「ヘリー、ちょっと危険になるかもしれないが、我慢できるか?」

 ヘリーは瞬きを数回する。

「怖いときは助けに来てくれる?」

「ああ、約束する。夜になったら必ず会えるしな」

「わかった」

 ジルは妹の頭を一撫でし、笑う。そして町の裏道に入った。昼でも暗い裏道の中でも深く入り込まなければ行かないような裏の裏の道まで進んでいく。香の臭いが辺りを漂い始め、表通りと違った雰囲気を感じ始めた。表通りにちらほらみた軍人の姿は皆無。ジルは感でめぼしをつけた男に無意識を装って近づく。

「ぼうず、こんなとこきちゃいけんーんだぞ?」

 酔っ払ったような男の手が軽々しくジルに置かれる。ジルは振り返って笑った。

「えー? なんかやばいのかぁ?」

「さあなぁ?」

 男はからかうように笑った。

「俺らさ、孤児なんだよ。なんか俺でもできるような仕事、ねーかなぁ?」

「ふーん?」

「こう見えても結構腕は立つんだ。おおっと詳しいこと聞くのはなしだぜ」

 陰のある笑みを浮かべてジルが言う。

「きな」

 男が酔っ払いを装うのをやめた。路地のところどころで子供の姿が見える。シャイデにもある。これが裏町の現状だ。秘密と闇が行きかう場所。

「かしら、変なガキをつれてきやした。例のあれに使えますぜ」

 とある建物につれてこられ、奥の部屋に通される。中に子供が目立った。

「ふーん。ガキ、名前は?」

「ジル」

「そっちは?」

「ヘリー」

 男は顔に大きな傷があり、屈強そうな身体を深く椅子に沈めていた。

「何を求める?」

「食いつなぐ金」

「そうかそうか。その腰のものでも売ればいいんじゃねーか?」

 子供が持つには立派な二振りの剣をさして笑う。ジルが笑って首を振った。

「こりゃ売れないね。呪いの剣なのさ。俺以外が触れるとすぐに効果はないが、徐々に骨を溶かし、腕を腐らせるのろいのかかった剣なの。もともと俺の親父が持ってたんだけどな、俺の親父の親父の親父、ひいひい…爺さんの親友が作ったものでさ、そういうのろいをかけたんだよ。俺は爺さんの血を引いてるから平気だけど、ためしに友達に貸してみたら、そいつ、一ヵ月後には腕がなくなって死んじまったっけ? あ、信じないならいいよ。別に俺に罪はないし」

 笑顔でにっこり嘘八百を並べ立てる。これはハーキの受け売り。

「ふん。まぁいい。その程度の剣なら持っているしな。じゃ、そっちのお嬢ちゃんはなにはできるんだ? お酌でもしてくれるってのか? ひはは」

 周囲の大人たちが笑う。ヘリーが唇を噛み締めた。

「こんながきんちょにそんなことさせて楽しいのかね? まじかよ」

 ジルが言う。すると男は笑った。

「いや、俺たちだってきれいな美女なら文句ない。だが、世の中の貴族様はそういう趣味をお持ちの高尚な方が多いんだぜぇ? 金に困っているならそのガキ売ろうとは思わねぇのかぁ? それとも、そのガキにも呪いでもかかってんのか? やっかいな持ち物だなぁ」

「呪い? かかってねーよ。そんなのこっちがお断りだっつの。かわいいたった一人の妹ですよー。妹のためにも金がいるのさ」

 ジルは言う。にやついた大人の顔に何かがあると直感が告げる。

「じゃ、これも知ってるか? 今その位のガキが大人気」

 と言われた瞬間にジルの剣が抜かれていた。子供の仮面を捨てて剣を目の前の大人の首筋にのめりこませ、笑った。

「いいじゃない? その話もっと詳しく教えてくれる?」



 その後、手がかりを必死に探した結果、それらしき少年と光が一緒に行動していたことは確かのようだった。少年はここ数日この町に現れた流れ者らしい。泊まっている宿屋さえ見つけた。一行は学生ということもあり、保護した子供が行方不明と会っては町の人は協力的に探してくれたのはラッキーだったとしか言えない。

 少年は昨日から姿を消しているらしい。方角から河の近くにある小さな山というには小さい森に向かったとわかった。

「にしても光をつれて城へ行き、今度は森? なんだそれ?」

 セダは不思議そうに危険な少年A(仮)を探し始めた。以外にも森は広大で、少年が通ったと考えられる獣道を進む。グッカスは鳥の姿のまま索敵と探索を行っていた。鮮やかなオレンジ色は森の中で目立ち一行を安全な道へと誘ってくれる。

 全員でいろいろ探した結果、光はセダたちとはぐれた後に少年Aに連れられて町をつれまわされた挙句、城に向かい、行方不明になった。少年Aだけは行動を続け、何故か森の中。

 光を森に連れて行ったのかはわからないが、とりあえず光の行方がわからない以上、少年をさがすしかない。

「いたぞ」

 グッカスが低空飛行をしつつ、少年の居場所を告げる。先に入った少年が後から追いかけた一行に追いつかれるとは、昨日森に入ってから何かをしていたのだろうか。まるで寝坊してしまったかのように、ずいぶん遅い行動と言えた。

「どんな様子だ?」

「寝起きらしい。木の間からお目覚めの様子で出てきた。今、朝飯を食い終わってどこかに出かけるらしいな」

 グッカスは詳細に告げる。索敵や諜報を主な活動とすると噂にある特殊科らしく、すぐさま少年を見つけ出してきた。ヌグファはこういうことを教えているセヴンスクールの裏のようなものがいつも怖いとグッカスをみて思っていた。しかし今はその能力がありがたい。

「武器は?」

「剣を二本持っている。装飾の多い儀式用と言ってもいいくらいの剣だが、使い慣れている感じがする」

 グッカスはそう述べた。

「剣なら俺だな」

「そうね、この場所じゃ、あたしの弓は使えないし」

「少し先にひらけた場所がある。そこで囲むぞ」

 わずかな視線と作戦を立て、少年が近い場所へと密かに接近する。さすがにセヴンスクールの成績優秀者だけあって、その仕草はプロに近い。

 草を掻き分ける音さえ立てず、気配を殺してセダたちは少年に近づいた。そしてついに木陰の間から少年を発見した。

 背はセダより低いが、それより目立つのは頭に巻いた長い白い布だ。すっぽり頭を覆っており、表情さえ隠しているように見える。そしてグッカスが言っていた剣がセダに見えた。

 長剣というには短く、短剣と言うには長い。少年の腕より少し短いくらいで、瑠璃色に銀の装飾を施されたものと紅色に金の装飾を施された儀式用に思えるものだ。護身用にしては華美にすぎた。

 セダは気配を殺し、そして視線を仲間に送ると、背中の武器を抜いた。セダは長刀武器専攻。長剣から大剣、槍など一般的な長い武器は何でも一応扱える。

「よぉ? ちょっと無粋で悪いんだけどさー」

 セダは背後から己が今回の任務に選んだ武器、すなわち柄の両側に巨大な刃を持つ武器、セヴンスクールでは両刃刀りょうばとうと言われている。セダの武器は特注でこういう名前と決まってもいないし、そういう形状の武器は珍しい。これはセダが自ら使いやすい武器を求め、オリジナルで主席の特権を利用して創ってもらったものだ。セダだけが扱える武器なだけに、両刃刀と呼ぶのだって本来は正しくはない。

「聞きてぇことあんだよ」

 少年がちらりと視線を向けた。布と髪の影でその目は暗い色しか映さない。

「俺にはねーけど?」

 少年がすらっと瑠璃色の剣を抜き放った。本気ではないもののセダの殺気を受け取ったからの行為。中から輝く白銀の刃が見える。少年のわずかに布の間から見える黒髪、その奥から暗い色の瞳がセダを敵と認識する。

「お前は無駄が多すぎる」

 ひそやかに呟く声が聞こえ、そしてグッカスがいつの間にか背後で少年の首にナイフを押し当てていた。少年はそれすらちらりと視線をやるだけで動かない。その動作でグッカスが背後にいたことすら気づいていそうでもある。

「お前らか?」

 少年が逆に問うた。ぴたりと剣先がセダを狙っている。

「隠しているものがあるんだろう?」

 少年はそう言う。

「は?」

 セダはそっちが隠してるんだろうと突っ込みたくなったが、少年はなにか納得したことがあるようだ。ナイフを付きたてられ、セダと向かい合いながら少しも怯えた風を装わず、むしろ堂々としたまま頷いた。

「手荒に行くぜ?」

 少年がそう言ったとき、本能でセダは刃を構えていた。甲高い音が響いたと思った瞬間、セダの足元にグッカスのナイフが落ちていた。

 グッカスは目を瞠り、そしてすぐさま距離を取った。少年の行動に驚いていたセダだが、次の瞬間には距離を詰められていた。セダも獲物を持って交戦する。

「グッカス!」

 セダの鋭い声にグッカスは視線で頷いた。気配でテラが近づいていることがわかる。

 グッカスは木陰の奥に消えていき、代わりにテラが鏃を番える気配がした。少年もそれを気づき、視線を一瞬だけ走らせてセダの刃を受け止めた。質量のある両刃刀を受けても少年はびくともしない。しかし足元がじりっと砂を噛む音がする。

「飾りじゃねーのか」

 セダの呟きに少年の口元が笑みを浮かべた。

「そっちこそ、対称の刃の刀とは珍しいな。初めて使ってんの見た」

「気に入ってんだ」

 セダは笑う。しかしセダは内心焦っていた。少年の見た目に油断していたと言ってもいい。

「もう一本は抜かないのか?」

「できれば抜きたくねーんだな」

 少年は余裕を持って笑う。さらりと真紅の剣を撫で、セダの刃をはじく。セダは少年との体格差、獲物の重量差からすぐに終わると思っていたがセダは決定打を与えられないまま、テラとグッカス、ヌグファの行動を待った。一行はこの任務より前から何度も任務を組んでいた。いざというときの行動は皆が熟知している。

 木に囲まれた中で、少しの開けた場所、四方から少年の包囲網が完成された。

「そこまでよ」

 テラの鏃が光る。ヌグファも杖をかまえて魔力を練っている。グッカスはナイフを構えセダの反対側に立っている。リュミィは離れたところからそれを静かに見ていた。少年はそれらの様子をチラリとみた。

「おいおい、こんないたいけな少年に多勢じゃないっすかね?」

「いたいけな少年が俺と渡り合うかよ」

 少年の実力は数回の刃の交錯で理解した。それだけの経験はセダにもある。

「いいぜ、やってみな」

 少年はあくまで強く言いきる。その目は自信に満ちていた。そして少年の目が黒髪の間からわずかにのぞいた。きらりと光る赤い目だった。珍しいと、思った瞬間にグッカスが動いていた。

「ぼさっとするな! セダ」

 ヌグファに迫っていた暗剣あんけんをグッカスがナイフではじき返す。暗剣とは暗殺者が主に使う暗闇にも対応するために作られた、刃さえも黒い柄もないむき身のナイフより短い刃のことだ。

「暗剣!?」

 テラが驚いた。それすなわち、相手が子供だろうとプロの暗殺者としての訓練を受けている事になる。このメンツの中でその訓練を受けているのはグッカスだけだ。簡単に子供が手に入れることができる武器でもない。

「ヌグファは下がれ! 危険だ」

 ヌグファはすぐに相手の死角に入り込み、魔術の詠唱に入った。テラも年下だからという認識を改めたようだ。セダとグッカスの攻撃の合間を縫って矢を放つ。それは的確な狙いで少年の腕を狙っている。

 うまくセダが最後までひきつけた、と思った瞬間、少年は不思議な行動をとった。すなわち、両手首を打ち付けたのだ。

 ――コォオン。

 軽いが反響する音が響いた。と思った瞬間に少年に向かっていたセダ、グッカス、テラの矢も弾き飛ばされた。そして少年の姿が消える。

「何!?」

 その瞬間、全員が押しつぶされたかのように動けなくなった。

「上だ!」

 グッカスが地面から這いあがれないまま、呻いた。

「な、なんだよ……!」

 魔法の詠唱に入っていたヌグファでさえ、杖を構える事が出来ないほどに地面にはいつくばっている。何かに押さえつけられているかのように身体の自由が利かない。少年は上空に浮かんでいた。悠然と浮かぶその姿。腰のまわりに円を描くように黒いものが覆っている。まるで黒い輪の中に入っているかのよう。

「あ、あれは暗円あんえん!!」

 グッカスが驚いて言った。少年の顔には黒い文様が浮かんでいる。

「宝人、だったのか!?」

 セダはその髪に隠れてほとんど見えない契約紋を見る。身体を覆うような黒い円は闇のエレメントを持つ宝人が能力を補助するために自ら編み出すものだ。契約紋と、暗円。この二つで宝人であることがわかった。

「でも、さっきまで契約紋はなかったわ!」

「そうだ。さっきまで変には感じていたが、宝人の魂の形ではなかったぞ!」

 テラとグッカスが叫ぶのを見て、少年は軽く驚いた顔をする。

「あれ、そっちの派手な兄さんは魂見ができるのか? ってことは宝人か?」

 グッカスは内心焦る。先程軽く言ったが、魂見ができるのが宝人のみだと知っているのは一部の宝人に詳しい者だけだ。知っているということは、彼は何者だ? 宝人なら知っていても不思議ではない。だが、グッカスの魂見が、彼の宝人である可能性を否定する。

「ってことは、変な力を持つ化け物ってのは、あんたたちの仕業と思って間違いないな?」

 少年はそう言って地面に降り立った。

「橙色は炎のエレメントの主色・赤色の従属色。……炎? まさかな」

 冗談を言うように少年は言った。

「……化け物?」

 セダが刃を持ち直す。闇のエレメントの力と対面したのは初めてだが、重力操作を行うと言うのは本当だったようだ。身体が重く、武器を持ちあげられない。

「え? 違うのか? お前らだろ? この森を通る人間に無差別の攻撃を仕掛ける化け物って」

 最初山賊かなにかかと思ったんだけど、と少年は言った。

「は? ちげぇよ。俺はお前を追ってきたんだから」

 セダが言う。今度こそ少年は不思議そうな顔をして訊いた。

「なんで? なんか俺に用?」

「白い髪の女の子を探している。お前が連れ去ったのではないのか?」

 グッカスが言った。

「連れ去るも何も、俺の妹だもの。ちょっと前まで一緒にいたさ」

「妹ぉお??!」

 セダが叫ぶ。光を妹って言うなんてなんてなんて奴だ!

「はぁ?! 光はお前の妹なんかじゃねーよ」

「光? 誰それ?」

 少年は瞬きを繰り返して心底何か分からないといった顔をしていた。

「まて。俺達なにか、誤解しているようだ」

 グッカスはそう言って先に刃を治めた。それにセダも習う。少年は頷いて剣を腰に収め、もう一度手首を打ち鳴らす。今度は音がせずに少年の周りの暗円が消えた。と同時に契約紋も消えていた。セダたちの身体が自由になる。

「まず、あんたらは何だ?」

 少年が訊く。

「俺たちはセヴンスクールの学生だ。先日、白い髪の女の子を保護した。光と言う女の子だ。白い髪の君より年下のね。彼女が昨日突然この町に入ってから姿を消した。探したけれど見つからない。情報を集めたら君らしき人が白い髪の女の子と歩いていたと聞き、君を追っていた」

 グッカスがそう言って少年に簡単な事情説明を行った。

「じゃ、今度はこっちな。俺はとある用事があって妹とこのジルタリアに来た。妹は確かに白髪で小さな女の子だ。俺は妹と今別行動している。俺は先ほども言ったがこの森の化け物騒ぎの真相を探りに来ている」

「光じゃないのか……」

 セダが呟いた。

「いや、待て。君の情報が正しいという確証が欲しい。確かに君の言う事は正しいかもしれないが、光が行方不明なのは事実なんだ」

 少年はしばらく考えた後に言った。

「光という女の子は知らないが、居場所ならたぶん知っている」

「何!?」

「城だ」

「ジルタリア城だと!?」

 なぜ、城にいるのか? なぜ、この少年が知っているのか。

「俺の妹もそこにいるからな。まだ無事だろう。俺の妹も無事だから」

「どういう、ことなんだ?」

 当惑した様子の一行に少年が告げる。

「知らないのも無理ないな。“鳥人計画”って知っているか?」

「なんだと?!」

 グッカスが過敏に反応してしまうのも無理はないだろう。彼は鳥人そのものなのだから。

「少し前にさ、流行した鳥人画って見た事あるか?」

 それは世界の宝人や珍しい種族の絵姿をまとめた有名な絵師が描いた本の中の一枚の絵のことだ。そこに描かれていた鳥人とは、白い髪の美しい白い翼を生やした幼い女の子の絵だったのだ。

 ほとんどのその絵がニセモノや空想の産物だと言われている。しかし一般の人間にとってそれが本物か否かは判断できないのだ。多くの人間が鳥人の種族はその絵のおかげで白い髪をした女性と考えているのだろう。

「白い髪、女の子。その条件がそろえば無理やり鳥の羽をくっつけて馬鹿な人間に売り飛ばすって寸法に王宮の一部の人間が加担しているって話」

「本当なのか? なんて馬鹿なことを……!」

 全員が驚き、城が、国を担う人がそんな事をしているかもしれない事実に呆然としてしまった。王に内密にやっているとしても一国の城でそんなだいそれた悪事を働くものはだれなんだ?

「そんな愚かな事に城を使いますの? そもそも貴方は妹さんをそんな場所に……お迎えにはいきませんの?」

 リュミィは今まで見守っていたが、相手が闇のエレメント使いと知って口を出さずにいれなくなったのだ。闇と光のエレメントは折り合いが悪い。

「さぁな? 城をどう使うかは俺の知った事じゃねぇ。妹とは定期的に連絡を取り合っているから無事は確認できるし、問題はない。あんたらが俺の言う事を信じなくても俺は構わないしな」

 少年はそう言って笑った。リュミィがいたことも知っている様子で、彼女の質問にもあっけらかんとした様子だ。

「君は妹をそこにおいて、先にこちらの用を済ませに来た。……それほど化け物が気になるのか? 化け物退治でも生業にしているのか?」

 グッカスが警戒を解かずに少年に問う。

「……なんと答えて欲しい? 応え次第でお前達も手伝うとでも言うつもりか? 俺とお前達が誤解で剣を向けあったのは認めよう。だが、お前達と俺とでは目的が違うのだろう? 学生さんなんだからさ」

 そこには何か一線を引く様子で、少年の目は厳しい。

「にしても全員でその行方不明の子も含めて六人のメンバーか。セヴンスクールからジルタリアは遠いだろう? 骨休めなら隣のシャイデをお勧めするがね。たぶん、ジルタリアは物価が高いだろうから」

 目線を和らげて言う。年下の癖にセダたちを案じてくれているようだ。

「なぁ、お前。光が、妹さんも無事って言うのをお前自身は疑っていないんだな?」

「少なくとも現時点ではな。妹も無事だって言っているし」

「だけど、妹を売ったり、鳥の羽根付けるようなのを黙っているつもりはないんだろう?」

 セダがそう言う。

「もちろんだ。危ない目になる前に合流する」

「じゃ、協力しよう、お前に」

「セダ!?」

 テラが非難めいた声を上げるが、グッカスも頷いた。

「今は少年に協力した方が良さそうです。彼は城に潜り込むツテを持っているということですから。私達がいくら許可証を持つ学生でも城には入れません」

 ヌグファが小声で言いテラも頷いた。確かに自分達は城にはいれるような命令書は持っていないのだから、少年と一緒に入り込まねば光を助けに行けない。

「俺はセダ」

 セダはそう言って手を差し出す。少年は頷いて手を握り返した。

「じゃ、遠慮なく協力してもらおう。セヴンスクールの外に出れる学生は主席に近いらしいからな、優秀なんだろう? お前達。早いに越したことはないんだ。俺はジル」

 ヌグファは驚いた。隠してはいないが、一般の人が知れないような情報を……。この少年一体何者?

 グッカスは先程の少年の魂の変化に戸惑いを覚えていた。この少年は最初に出会ったときから見たことのない魂の形をしていた。そして少年が手首を打ち鳴らしたと思った瞬間、魂が変化した。闇のエレメントが強くにじみ出て…そして今はその気配もなく、よくわからない魂の形に。

 何なんだ? 隠してはいないが、一般人が知る事も出来ないような情報を知っている。何ものだ? お前はなんだ!? 何度も同じことがグッカスの頭を巡る。

「詳細を知りたい。教えてく……」

 グッカスが動揺を抑えて言おうとした瞬間、風が唸った。

「風!」

 とエレメントを感知したヌグファが叫んだ瞬間に土が盛り上がり、全員の足場が不安定になる。その瞬間にまた軽く石を打ち鳴らしたような音が響き、ジルという少年が浮かび上がる。土の盛り上がりはびたりとおさまった。

「重力操作!」

 気の影から驚きの声が上がる。グッカスが攻撃のありかを探しす。

「そこか!」

 グッカスが叫んだ瞬間に暗剣が飛んでいた。少年の目に容赦はない。暗剣が闇に溶け、人の姿が二人現れる。

「宝人か!」

 剣を突き付けたセダが言う。ヌグファが魔法じゃないと確信する。魔法は魔力によってエレメントの操作を行うが、宝人の行うものは直接操作で、魔力を感じないのが特徴だ。

「お前らだな……化け物の正体は」

 セダがそう言った。宝人は動けない。ジルが重力を掛けているに違いない。エレメントの能力の恐ろしさを思い知った気分だ。

 闇をふわふわ出すのが闇のエレメントの真髄ではない。闇は全てを引きこむ力。すなわち引力操作。そもそも闇は六種類のエレメントの中で一番形にとらわれないエレメント。ゆえにさまざまな力の在り方が存在する。その中でも有名なのがこの引力操作だ。闇は光さえも引き込む力をもっている。その力のベクトルを自由に操るほどにエレメントの操作に長ければ、先ほどのジルのように重力操作だけではなく、自らの危機を反対の引力操作を行い無効化することも可能。

「怪我をしたくなければ、この森から出ていけ」

「な!」

 セダは人の気配が増している事に気付いた。

「囲まれている?」

 テラがそう言う。しかしジルは落ち付いたまま、視線を走らせて宝人の一人に言った。

「フィス皇子に会わせて欲しい。お前たちが隠し……いや、保護したんだろう?」

 ヌグファが驚いた顔をした。

「フィス皇子って、ジルタリアの次期王様ですよね? そんな方がなぜ、こんな場所に?」

 ジルは向かってきた宝人の目を見据えている。

「シャイデ王に命じられシャイデ代表として正式にフィス皇子に会見を申し込む」

 この場にいた全員が目を見開いた。沈黙に包まれたこの場を壊すようにジルは笑う。

「お化けとしての会見でも構わないんだけどね」

 ジルが手首を打ち鳴らし、スタッと地面に降り立った。暗円が消え、ジルの手首に黒いリングが現れている。押さえつけられている宝人が立ち上がった。

「シャイデの代表?」

 宝人たちは全員セダ達を囲んでいたのを解き、ジルの前に姿を現した。宝人達だけでなく、人間も多くいる。こんな子供が一国の代表だと? とその顔には浮かんでいる。

「とりあえず、フィス皇子は無事なのか?」

「矢を受けておいでですが、傷は我々で治療しました。今はなまった体を鍛え直している所です。貴方の目的は? 皇子を害するおつもりではないでしょうね?」

「この度の事、フィス皇子のせいだと、シャイデの王らは思っていない。事情を聞きたいそうだ」

 ジルはそう言って笑った。味方だと信じ込ませるように。

「なんなら俺を縛ってもいいよ? 獲物も預けて構わない。俺は王からの手紙を確実にフィス皇子に届けなければならないんだ」

 ジルの本気を見て取ったのか、宝人の一人が頷き、ジルのだけではなく、巻き込まれた形となったセダたちの獲物も取り上げ、一行を案内した。森の奥に進むにつれ、方向感覚が失せていく。セダは目印になるようなものを探すが、同じような木ばかりでわからない。リュミィはいつの間にか消えていた。森で複数の気配がした瞬間に身を隠したようだ。

「フィス様」

 宝人の一人が呼ぶと巨木のうろから青年が現れた。すらっとした長身にやわらかい顔つき。ゆるくウェーブする茶色の髪に緑色の目。腰に剣を差した姿は堂々としている。セダたちは優秀な学生とはいえ、一国の代表とこんなに顔を合わせる事になるとは思わなかった。

 フィス皇子は絵にかいたような皇子様で、テラは少し見惚れてしまった。

「お初にお目にかかる、シャイデの方。私はジルタリア皇子・フィス=アマンジーラ=ジルタリア」

「このような状況でなければ喜ばしいんですけど。ジルと申します。」

「さて、シャイデの王が私にという手紙は?」

 ジルは笑った。

「私が手紙です。私の存在そのものが」

「え?」

 フィス皇子が不思議そうな顔をする。

「私を紙と思ってください。私達が発した言葉がインクとなり、その思いはシャイデの王に伝わります。私はシャイデの王から貴方への言伝を何種類か、貴方の返答次第で選んで伝えよと命じられております」

 つまり伝言役だ。確実にフィス本人に伝えるための存在ということだろう。

「まず、状況把握が必要です。ご説明下さい」

 ジルがそう言った。フィスは頷いた。



 現在のジルタリア王は長くにわたって兄王を支えていた。兄王が退位したのは病からなるもので、平穏に兄王の遺言どおりに現在のジルタリア王カラ=アマンシールが王位を継いだ。

 兄弟そろって婚期が遅く、兄王には子供がいなかった。カラ王は晩婚ではあったが、一人の女性と婚約し、一人の男子を設けた。それが今目の前にいるフィス皇子だ。

 フィス皇子が成長すると同時にフィスはカラ王の考えを受け継ぐよい王になると思われた。ジルタリアの法律で無駄な王位争いをなくすために現在の王の長子が次期王と決まっている。そこですんなりいくわけではなかった。カラ王には年の離れた弟がいたのだ。

 年が離れているゆえか、カラ王と折り合いが悪かった。カラ王はフィス皇子の後見人に折り合いが悪くとも、愛しているからか、信頼してか弟であるビス=アザンシードを選んだ。兄弟の約束であると。

 そしてフィス皇子が成人と相成り、王位を引き継ぐこととなった。それはフィス皇子が三十歳になったら、という話だったが、予想外にカラ王が持たなかったのだ。兄王と同じ病にかかったカラ王は床に伏し、王座を温める事が難しくなった。兄の目が届かなくなった瞬間にビス殿下のひそやかな簒奪計画は始まっていた。

 フィス皇子を支えると思われたが、密かにカラ王に毒を盛り、そして機会をうかがってフィス皇子の暗殺に乗り出した。カラ王が付けた配下が危機にぎりぎり気付き、決死の思いで逃がしてくれた。

 ビス殿下に排除された配下はこの森に潜み、フィス皇子を保護し、反撃の機会をうかがっていた。



「そういうことだったんだ。ではジルタリアの乱行はその絵にかいたような王位簒奪計画が起こした事ですか」

 一行は事情を飲み込んだ。では、宝人の隠れ里を襲ったのも……。

「これで楓をさらった理由がわかりましたね」

「楓? お前らは光ってのを探していたんだろう? ……やっぱり事情があったな」

 まぁいい、とジルは笑う。やっぱり油断ならない子供だとテラはしみじみ思ってしまった。

「叔父上は、確かに父上とは折り合いが悪かったけれども、私には優しく厳しく、よい師であった。王位を諦めてはいないが、無理に簒奪するようなお方ではなく、私にはそれが信じられない」

 ショックを隠せずにフィス皇子がうなだれる。

「突然の乱心か……」

「なんとか、叔父上を説得できないものか……」

 フィスの言葉にジルは厳しい言葉を向ける。

「あなたがそうやって悩むのは構わないが、ビス殿下のご乱心はすでに民にまで影響を出している。ぐずぐずしていればシャイデも乗り込まざるを得ない。なにせ、宝人の里を襲い、シャイデは盟約に従って宣誓を行っているからな」

 これには周囲のフィス皇子の配下も驚いていた。

「俺の役目はシャイデがジルタリアと全面戦争を行う前にジルタリアの真意をつかむためだ。可能なら戦争を回避することはシャイデの全王の望みでもある」

「叔父上が、宝人の里を……襲った?!」

 フィス皇子の周囲にいた部下達も驚いていた。自分が襲われる可能性は信じたくはなくとも理解はできた。しかし宝人の里を襲うことは考えられなかったのである。

「そうだ。だからこそシャイデは開戦に踏み切ろうとしている」

 繋がってしまった。事前に聞いていてある程度理解してはいたが、すべてが繋がった。ビスが王位を簒奪し、後継者のフィスを殺害しようとして失敗。反抗勢力を抑えるための軍備増強に裏のルートである資金集め。そして宝人の里を襲い、炎を力として利用する魂胆。炎があればシャイデにも勝てると思っているらしい。一度世界を、人間を滅ぼしかけたという炎。その炎があればシャイデも危ういかもしれない。

「ここに来るまでも町は軍人が闊歩し、市民の生活に影響を与えています。物価は上がり、誰もがもう悲鳴を上げている。シャイデとの交易が止まったのも痛いですね」

 ヌグファが補足を行った。みるみるうちにフィスだけではなく、フィスの配下たちの顔も青くなっていく。

「どうする?フィス皇子」

 ジルが訊く。

「フィス皇子」

 セダがフィス皇子を見た。自分達をジルの仲間と思っているのは好都合だ。楓はおそらく王宮にいるだろう。助けるためには城を襲う必要がある。

 楓を助けたいと言った光の顔。炎が自由にできる世の中を、と叫んだリュミィ。

 自分達は宝人たちのことを、世界のことを知らなさすぎるけれども、この世界の一員として、いや、そんなことはどうでもいい。助けたいんだ。楓が炎だからじゃない。楓の為に動こうとしている光たちのために心から手を貸してあげたいのだ。

「襲われた宝人の里からビス殿下は多くの宝人を攫っている。俺たちはそれを救うために来た。貴方に協力してもらいたい」

 一国の次期主にどうやって思いを伝えればいいのか、セダにはわからない。だけれども、楓の居場所はわかった。あとは助けるだけなら! 動かなければ始まらない!

「それに城には子供も売買も行われているらしい」

 グッカスが続けた。フィスの目が驚きに震える。

「力を貸して欲しい。みんなを救うために。そのために俺は貴方に手を貸す!」

 フィスの目をセダの力強い青い瞳が覗いている。思わず頷いてしまうような吸い込まれそうな瞳だった。強い意思ある瞳。こんな目を自分はしたことがあったろうか。いつも穏やかな父の背を見て、力強い叔父の背中を追いかけてきた。

「そなた、名は?」

「セダ=ヴァールハイト」

「シャイデの方に迷惑をかけるわけにはいかないだろう。今後の国同士の為にも。私一人で叔父と向き合い、このたびの責任をジルタリアとして果たさねば! 申し出はありがたいが…」

 フィス皇子が周囲の配下にそう言って頷く。

「いや! 手伝わせてくれ! 俺は光に楓を助けるって約束したんだ!!」

 ジルタリアの殿下が憎いのでも罰したいわけでもない。セダはただ、楓のために。

「そうそう。皇子様なんだから、命令とかしちゃってもいいんですよ?」

 テラが笑って言う。セダの思いを汲み取ったテラがセダに向かってウインクを飛ばす。セダは笑って頷いた。

「まぁ乗りかかった舟だと、思えば構わない」

 グッカスがそう言った。ヌグファも同意するかのように微笑んでいる。ジルはそれを見て笑った。

「フィス皇子、お答えは決まりましたか?」

「ああ、叔父上を……討つ!」


...015


 変な子供達に連れてこられた場所はこれまたよくわからない場所だった。薄暗く、寒い。

 光が届かない場所で、部屋の隅に光晶石があるだけだ。多くの子供がこの場所に閉じ込められている。広い部屋だが、狭苦しさを感じさせるのは出入り口が一つしかなく、重い鍵がかかっているからだろうか。

 光より小さな子供もいれば少し年齢が高いような子供もいる。だが一様に皆、髪が白い。

 泣き出す子供に黙れと脅す入り口に立つ大人。ここはいったいなんだ?

 魂見を行うと集められているのは人間の子供だけだった。宝人が集められているわけではないことにほっとする。そして同時に自分が宝人だとばれていないと感じた。

「そんなに怒鳴らないで! 余計怖いから」

 泣く女の子を抱きしめて叫ぶ光と同じくらいの女の子。光はその子をみて、あれと思った。

「うるせぇ! 黙ってろ」

 女の子は唇を噛み締め、大人を睨むと一生懸命泣く女の子をあやしていた。それに同調するかのように周囲の女の子も女の子を小声でなだめる。光もなんとなくその場に近寄った。

「大丈夫、ぜったい大丈夫よ」

 女の子がそう言って笑いかける。

「あれ? 初めて見る顔ね。この子と一緒に来た?」

 周囲の女の子があやしていた女の子を指して言う。

「今日、なんか来たの。ここ、何?」

「私が説明するわ」

 女の子はそう言って光を大人から遠ざけた場所に連れて行った。

「私はヘリー。あなたは?」

「光」

「ひかり、珍しい名前ね」

 光はこの発音は宝人独特のものであったことを思い出した。しかし、後の祭りだ。ヘリーは気にすることなく笑う。笑顔が明るい女の子だった。

「ここは“鳥人計画”のために集められた子供が集められている場所なの」

「ちょうじんけいかく?」

「そう。馬鹿な大人が考えたお金儲けの為に誘拐されてきたのよ!」

 怒りをあらわにヘリーが言った。

「じゃ、私達売られるの?」

「そうよ。しかも鳥の羽をむりやり背中にくっつけられてね」

 ヘリーはいやそうな顔をしていった。

「そんな!!」

 そんなことになったら楓を助けるどころじゃない。セダたちともはぐれてしまったし、どうしよう。そんな不安な顔を見せた光にヘリーは言った。

「大丈夫、そんなことにはならないから」

「え?」

「絶対大丈夫、助けてくれるから」

 力強く言い切られて光は一瞬呆けてしまった。

「だ、誰が?」

「ジル。私のお兄ちゃん」

「ヘリーもはぐれたの?」

 ヘリーは首を振って、それからうーんと唸った。

「あ、うん。はぐれた、かも?」

 ヘリーは内心慌てた。そうだ、ここに潜入しているのは内緒だった。いけない、光を危険に巻き込むところだった。ジルとは毎回夢で連絡を取り合っている。ジルは闇のエレメントの能力の一つである『夢渡り』で近況を教えてくれている。そして明日ジルタリア城を仲間と襲うついでにヘリーたちを解放し、救うとも言った。だから大丈夫。

「いざとなったら私、戦うし!」

 ジルが闇のエレメントを使いこなすように、ヘリーにも使いこなせるエレメントが存在する。一つは光のエレメント。もう一つは風だ。

「あなた、初めてみる。その『魂』の形。なんか人とエレメントが混じっているような……光と風が混ざっているような……」

 思わず疑問を口にしてしまった。その瞬間ヘリーの顔がはっとする。

「『魂見』! ……光って宝人なのね?!」

 今度は光がはっとする場面だった。馬鹿だ。自分が宝人だとばらしてしまうなんて。ヘリーは優しい女の子だけれど、自分が宝人であることを知っている人間は少ないほうがいいのに。特にこんなことに巻き込まれてしまった日には。

「内緒よ」

 唇に人差し指を当ててヘリーが笑った。

「お互いに。まだばれるわけにはいかないの」

 ヘリーはそう言ってくすっと笑った。その瞬間に光にはわかってしまったのだ。ヘリーの正体が。ということは、ヘリーのお兄さんは絶対に助けに来る。

「教えて、どうやって助かるつもりなのか。手伝えることはある?」

「そう来なくっちゃね!」

 ヘリーと光は頷きあった。



「ああ、嘆かわしい」

 王の執務室の中で一人の青年がため息をついた。紙とにらめっこをしているフリをしてキアはペンを折れそうなほど握り締めた。

「まったく、お子様王達が執務を放り出すだけではなく、兄や姉王達もこの程度の決済さえまともにお出来にならないとは。あなた方、荘園の経営者のご子息でしたのでは?」

 前王たちの秘書のような側近だったというこの青年だけはキアたち新しい王にも容赦なかった。前王らにもこういう態度で煙たがられていたという話だ。

「まずは家庭教師探しからでしょうかね」

 青年はそういってめがねを押し上げ執務室を後にした。

「このやろう……いいたい放題言いやがって……」

 キアが王様の仮面を取り払い、乱暴な口調で唸った。隣でハーキが苦笑いした。

「陛下、お客様がお見えになりましたが……」

「ああ、通してくれ」

 侍女がそう言った後にこれまた軽薄そうな女性が現れる。

「ああ、お茶とかいらないから。そんな高尚な人間ではない」

 キアは侍女に短く告げてさっさと追い出す。

「なんだよ、高級な王宮の菓子食って自慢しようと思ったのによ」

 キアはがしがしと頭を掻いて、見事に侍女が整えたオールバックの金髪を半分くらい台無しにした。

「てめぇ、茶化しに来たんだったらぶっとばすぞ。そのために呼んだんじゃねーんだよ」

「おお、こわ! まじで王様の時は猫被ってんのな!」

「うっせぇ。慣れない暮らしで怒りがピークなんだよ。お前、どうせ暇しているんだろう? 悪友のよしみで手伝え」

 もう王様というよりはチンピラのような顔つきと声でキアが言う。そう、キアの徹底的な猫かぶりは親しいものたちの間では有名なのだ。

「それよりジルは?あいてーんだけど。どっちかっつーと、俺お前よりジルの友達だしよ」

「だから、黙れ。お前は俺の言うこと聞け」

 男勝りな口調の女性は今度は肩をすくめるに留めた。

「で? 何をすりゃいいんだよ?」

「お前はこれから俺たちの窓口だ。いいか、ハーキは今から精神が参って休んでいることにする。取り次げないと言え。侍女にもだ。俺は決済書類を真剣にやっているから取り次げない以下同文。わかったな?」

 女性は口を尖らせた。

「それ、誰にもお前らと会わせるなってことか?」

「簡単に言うとな。俺らしばらくこの王宮を抜けるからさ」

「はァ!? ジルとヘリーもばっくれてんのに、お前ら二人もばっくれたら!!」

 キアがふっと自嘲した。そしておもいきり頭をかき乱し、金髪は見事なほどにぼさぼさになった。襟元を緩め、険悪な目つきになると不敵の笑みを浮かべる。

「新人王はどうせ仕事がトロいって文句言われてんだ。今更遅くなろうが問題ない。それより調べることがあるんだ。そっち方面を調べるのに少なくとも二週間はかかる。本来なら一ヶ月は欲しいトコなんだけどな」

 女性は苦笑いを浮かべる。王になろうがこいつら兄弟はまったく変わっていない。

「それともう一つ、王宮に出入りする侍女、護衛、配下、全部お前がチェックし、信用できるものを見繕え」

「そりゃ……無茶な」

「できるだろう? できないとは言わせない。なんなら今お前が溜めていた負債を一気に支払えと言ってもいいんだぞ」

 そうとう怒っているなぁと女性は思いながら手を降参するように挙げた。

「へーへー。なんでもしやすよ。で、お前らは何するつもりなんだ?」

「外交問題を下の兄弟に任せてしまったからな。上の俺らは国内を請け負うべきだろう。国の動きを見るのは金、人、そして軍だ!」

 不信があったらまず金の動きを探り、その次に人の動きを追え。これはキア達の父親である荘園経営者の口癖だった。

「俺は金と人事をチェックする。ハーキは軍だ。軍備が平和で穏健な国のくせに増強なんてされていろ。何かあるって言ってるようなもんだ。ついでに戦争するらしいから近衛軍でも再編成してみてくれ」

 キアの言葉にハーキは頷いた。

「ジルがリストくれているしね、そっちは速く終わるわ。それより厄介そうなのが……」

「神殿だ」

 シャイデにしか存在しない神殿という特殊組織。

「さて」

 キアは立ち上がって手を叩く。すると何もない空間から土の塊が生じ、それが見る見るうちに人の形を取っていく。すぐさま執務机に座るキアとベッドに横たわるハーキの精巧な人形が造られた。キアの顔には黄色い紋章が浮かんでいる。

「はー、見事なもんだ。本当に王様になったんだなぁ」

「王の役得なんだろ? せいぜい利用する」

 ハーキとキアはそう言って豪華な王用の衣装を脱ぎ捨て、庶民の服に着替える。

「じゃ、留守の間頼んだぞ、叔母上」

「やだな、そう呼ぶなよ。俺らとお前は他人だろ?」

「……そうだな」

 キアはそう言ってふっと床の中に消えていった。ハーキも一緒に消えていく。

「だからおれジル以外嫌いなんだよ、この兄弟」

 女性はそう言って部屋の前に立った。


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