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モグトワールの遺跡  作者: 無依
第1章 水の大陸(原稿用紙873枚)
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2.大国鳴動 【02】

...010


「うわー、これじゃ一歩進むたびにうんざりするな!」

 セダはそう言って足首まで浸かってしまう泥だらけの道ですらない場所を踏み分ける。

 船で降り立った場所は確かに沼地と呼ぶに相応しい、水気たっぷりの土であった。川がすぐそこで流れていることもあり、足が一歩踏み出すごとに沈む。光に言われてブーツでない靴を履いているものは靴をすでに脱いでいた。

 幸い害になるような生き物はいないらしい。生々しい土と水の感触がセダの脚をくすぐるが、その感触は優しい。水がもう少し温かければそこまで苦しい道のりではなかろう。

 鍛えられた武闘科なだけあって根を上げるものはいないが、歩きにくい行程は人間には苦しかろう。そういう意味でも隠れ里なのだと思われた。

「で、隠れ里はどの辺だ?」

 グッカスが問う。

「うん、ここから遠くないはずだよ」

 光はそう言って背の高い草を掻き分ける。それにしても人間が立ち入らないからと言ってこんなに深い林のような草木に囲まれるとは思っていなかった。見たこともないような、しかし姿から葦のような植物に囲まれている。大人をゆうに越す背丈の草木だった。

 獣道ですらなく、人が歩くには草木を掻き分けるのにも一苦労。それに加えてしなやかな草木は掻き分けた次の瞬間には己の行程をかき消している。ヌグファは迷ってしまったら、という不安がたびたび浮上する。しかし先を行く光はさすがになれた土地らしく迷うことなく進んでいく。

「では地理的に中央部に隠れ里があるということか」

 グッカスが言う。

「そうかも。この草を抜けると本当の木の林が見えて、それに囲まれた奥にあるの」

 光がそう言って空を指差した瞬間に、一筋の光がセダたちのすぐ目の前の地面を貫いた。

「な、なんだ!?」

 セダは驚き、背に背負っていた少年が持つにしては長い獲物をすぐに構える。その頃にはテラも矢を番え、グッカスもナイフを抜いていた。

「あらあら、無粋ですこと」

 光は一瞬で姿を膨張させた後に、人の姿となる。光が収まったと思われたときには、長身の女性の姿が目の前にあった。セダは光をかばって前に出る。

「誰だ?」

 その答えは女性より、光によってもたらされた。

「リュミィ!!」

「貴女は無事でしたのね、光」

 光は駆け寄って女性に抱きついた。それをぽかんとして眺め、武器を下ろした。

「知り合いか? 光」

「うん」

「リュミィと申しますわ。で、光。この方々は?」

 女性の光より白く輝いて見える白髪は耳の下でくるんと巻き毛になっている。目でさえ白い。すらりとした長身は出るところが出ており、スタイルがいいとすぐにわかる。

「助けてくれた人たちなの」

「ということは人間ですのね?」

「うん」

 彼女の言葉からおそらくリュミィも宝人なのだろうと推測できる。

「あなた方が光を助けてくださいましたの? 感謝いたしますわ」

「宝人の方なのですか?」

 ヌグファが恐る恐る尋ねた。リュミィは頷く。

「本来でしたらお礼をするべきですけれど、時間もありませんもの。申し訳ないですが、事態が収まればいずれまた、ということでよろしいですか?」

 光の肩を握ってそういう彼女にセダは目をぱちくりとさせて唖然とした。

「は?」

「ですから、ありがとうございましたと、申しあげましたの。では」

 音もなくリュミィの身体が光っていく。光を連れて行くということなのだろうか。

「ちょ、待てって!」

 セダが慌てて光の手を握った。

「まだ何か? 今は時間が惜しいのですが」

「送ってくれてありがとう、はい、サヨナラはねーだろ!」

 リュミィを覆っていた光が消えていく。イラっとした顔を隠すこともなくセダを睨む。

「待って、リュミィ。この人たちは!」

「まさか、考えなしに契約したのではないでしょうね? 光」

 リュミィはそう言って光に向かって尋ねる。

「ったく、宝人ってのはどいつもこいつもちゃんと教育されてないみたいだな。礼儀ってもんがなってない。まずお前は誰で、光とどういう関係かきかせないと知り合いってだけで、連れてかせるわけにはいかねーんだよ。宝人だろうがお前が信頼できるっていう保障はないんだからな」

 グッカスの言葉にリュミィも光から手を離す。

「そうでしたわね。お互い信頼できないのは一緒でしたわ。まずは情報の共有、ですわね。わたくしとしたことが、焦っていましたわ」

 やっと彼女の笑みが見える。ほっと一安心したのか光も笑った。セダも笑顔になってリュミィに手を差し出した。握手を交わす。

「その前に、楓は?」

 光が問う。リュミィも首を振った。

「光と一緒にいる可能性に懸けていましたのに、一緒でないとは……やはり……捕まりましたのね」

「うそ……!」

「まだ隠れ里には行っていませんの。ですが、悲鳴を聞いたことを考えると」

「楓が悲鳴を?」

「いえ、他にも捕まった宝人がいっぱいいましてよ。それでその可能性もあると考えておりましたの」

 リュミィは自己紹介の後に、光と出会い、いきさつを聞いて警戒を解いてくれた。とりあえずは一緒に行動することになる。逃げ切った宝人が里に戻っているか、人間にまだ里は包囲されて占領されているのかを知るためにも、一行で里に行くことになった。

「その、いろいろ聞きたいのですけど、よろしいですか?」

 年上とみられるリュミィにヌグファが尋ねる。

「あら、敬語なんて堅苦しいですわ。気軽になさってくださいませ」

「じゃ、リュミィも敬語なんていいのに」

 気軽にテラが言う。すると可憐に笑ってリュミィが言う。

「わたくしはくせですの。お構いなく。で、聞きたいことってなんですの?」

「その、楓さんは……なぜ狙われるのか? そもそもなぜ宝人を襲うなんて真似が? よくあることなのかと……」

 宝人は世界の宝。人々にエレメントをもたらす魔神の恩恵の象徴たる存在。宝人に手を出さないことは暗黙のルールでもあり、禁じられている絶対なものだ。人間の魂の根幹に植えつけられているといってもいい。少なくともヌグファはそうだと思っている。

「隠れ里を狙うことはそうそうあるものでもありませんわね。人も他人の目というものがありますものね」

「それは……? 他人の目がなければ襲われるってことなの?」

 テラはそう言って驚く。

「そうでしょう。エレメントが使いこなせれば人の生活は今より豊かに、そして戦力も比べ物にもなりませんわね。独占できればそれに越したことはないでしょう。でも、わたくしたちは『道具』ではありませんの。人と同じように話し思考し、意思を持っていますわ」

「そんなの当たり前だろ? 宝“人”なんだからさ」

 セダがそういう。実際光と行動を共にして人間と宝人にたいした差があるとは思えなかった。ちょっとエレメントに詳しい、少し頼りになるといったところ。足が速い人間のように他人より少し秀でた能力がある程度にしかセダには感じられなかったのだ。

「あなた方は良い方々のようですわね。光の『魂見こんけん』も捨てたものではありませんわ」

 光が当然、というかのように胸を張った。テラは魂見とはなにか、というのを聞きそびれた。ヌグファに視線を送っても知らなさそうだから宝人の特技の一つか。

「そう思わない人もいますの。だから宝人は隠れましたのよ。宝人はエレメントを使いこなす道具くらいしか考えていない人もいることは事実ですのよ。そして一時期そういう時期がありましたのよ、過去に」

「嘘だ。しらねーぜ、そんなこと」

 リュミィは当然のように言い放った。

「そうに決まっていますわ。だって人が隠している事実ですもの」

「え」

 グッカス以外、全員が驚きに一度足を止めてしまったほどだった。

「隠してる?」

「正確には、忘れている事実ですわ。宝人にもその当時を覚えている方はもういらっしゃらないと思いますし。簡単に説明いたしますと、エレメントを己のものにしようと利用したんですのよ、当時の人間が」

 あっさりと簡単に語るのは当時の痛みを知らない世代が語るからだろうか。それとも事を急いでいるからなのか。セダたち学生は知ることもなく、おそらく普通に生きていけば永遠にその欠片さえ知ることもなかった事実だった。

 ――人が宝人を襲ったという、許されざる歴史。

「それで、宝人はどうしたの?」

 テラが尋ねる。誰もが知りたい結果だ。自分達が生きているということは神の慈悲が続き、人は許されているということなのだろうか。

「報復しましたわ。当然、反旗を翻しましたの」

「そう、だよね」

 安心するかのようにテラが言う。グッカスはテラを冷たい視線で見た。

「それ、お前、人が滅んでもいいってことか? お前も人なのに」

「いや、そういうわけじゃないんだけど」

 慌てて言った。そうか、許されざる人であるのは自分も同じなのか。

「そうですわね。当事者ではない人にとっては宝人は悪魔に見えたことだと思いますわ。世界はこの報復によって半壊した、いやそれ以上と聞き及んでおりますもの」

 それはお話かなにかかと思った。とても過去現実に起きたとは考えられない。

「そろそろ野営の準備をするか」

 グッカスが橙色に染まり始めた空を見上げて言う。ショックを受けている人間一行には簡単な説明なしでは先に進めないと判断した為だった。

「そう、しましょうか」

 ヌグファも賛同する。光が頷いた。光も幼いから知らないのだろう。



 人と宝人が仲良く同じ種族のように暮らしていたのは太古の時代だと考えられるくらいに昔のことだった。でも確かに仲良しに、子供のように暮らしていけた時代もあったのだ。

 しかし、宝人はエレメントを自在に使いこなす。エレメントの恩恵を与えることを義務付けられる宝人。その宝人の力を羨まない人はいなかった。言葉巧みに宝人と契約し、エレメントを自在に使いこなそうとする人間。宝人を使っての人同士の争いに発展して行く。

 そうして人間に対する不信と、人間の強欲が重なり、宝人の支配へと変わっていった。

 宝人は人間の支配に屈しなかった。最初に立ち上がったエレメントは炎。炎は怒りを力に変えて大地を焼き払った。燃える炎の光は夜を昼に塗り替えたという。そして他のエレメントも力を発揮し、そのときの人の人口は三割に減ったといわれている。

 そして宝人は解放された。人は宝人への不可侵を約束し、宝人の暮らす土地を提供した。隠れ里の誕生である。人間は公共地という宝人のための大地を作り、それに伴い人間を互いに監視する公共軍ができる。そして宝人を襲わない為に人間が人間を監視することになり、この事実は忘れられていった。

「人間は忘れたようですけれど、宝人はこの後、一波乱ありましたの」

 リュミィは続ける。

「人にエレメントの恩恵を与える役目の宝人が人を攻撃するなどあってはならないこと。宝人はエレメントの管理者であって魔神ではありませんから。恩恵を与えるべき存在を滅ぼそうとしたことに深く反省したんですのよ」

「宝人って優しいっつーか、寛大なんだな」

 セダは逆に感心してしまった。だって、支配されて仕返ししただけなのに、そのことを反省するなんて。人としてのつくりが違うような気がした。

「違うよ」

 光がそう言った。

「宝人も人間と一緒。悪いことは人に押し付けたがるんだよ」

「え?」

「宝人は炎を弾圧しましたのよ」

「どういう意味なの?」

「先ほど炎が大地を焼き払ったと言いましたわね?  そう、一番人を滅ぼし、一番に反撃に乗り出した炎を抑えることにしましたのよ」

「炎を、抑える?」

ヌグファが問う。

「宝人は各エレメントが新しい命、新しいエレメントを願うことで生まれるんですのよ。宝人は炎の持つ特性、すなわち『激情』を危険視しましたのよ。それに炎が司るのは『再生と破壊』これも炎を抑制するのに拍車をかけましたの。炎の宝人は己を責め、他の宝人も炎を責める。……つまり」

「炎の宝人は新しい命を望まなかった、ということだな」

 グッカスは下を向いて言う。その事実は驚きよりショックだった。

 宝人は卵から生まれる。その卵は隠れ里ではなく、古来の宝人の大地である生まれ里にのみある『卵殻』と呼ばれる宝人の卵が生るものに各宝人が新しい命を祈ることで生まれる。ゆえに宝人が新たな命を望まなければそのエレメントの宝人は生まれない。そうして炎の宝人は姿を消していった。

「長い時をかけて炎は滅びの道を歩んでいますわ。だから、楓が狙われましたのよ」

「え? なんでだよ?」

「馬鹿か、お前」

 グッカスがセダに呆れてため息をつく。

「滅びの道っつっただろ。炎の宝人は極端に数が少ないのさ。おそらくその楓という宝人以外は里に炎の宝人はいないんだよ」

「うそ!」

 テラが短く叫び、リュミィを見る。リュミィは頷かざるを得なかった。

「いえ、楓はこの里だけの炎の宝人、というわけではありませんの。公式には水の大陸、いえ、世界中に立った一人しか存在しない炎の宝人なのですわ」

 ――楓は唯一の炎の宝人。世界で炎を支えるたった一人のエレメントの守護者。

「炎はずっと生まれていないの。楓はやっと生まれた炎なの」

 光も言う。新しい命を望まず、実らない炎の宝人。

「そうですのよ。誰もが望み、誰もが恐れていた炎ですの。それほどかの時の炎はすさまじかったんですわ」

 人はおそらく一部の人しか語り継がれてすらいない過去の戦争。神話を再び起こしたかのような規模の大きな世界の生命を滅ぼしかけた戦い。しかし、そのことを人は誰も知らず、宝人はそれを恐れて炎を消した。

「そんな、なぜ人はそんなことを忘れてしまったの? こんな大事なことなのに」

「それは人の都合ですわ。わたくしたち宝人にはあずかり知らぬことですの」

 テラもヌグファも一度に知識を詰め込まれたような感じで動揺している。グッカスは冷静なのか、ポーカーフェイスがうまいのか表情を変えず、淡々とその事実を受け止めた。

「……大変だな」

「なにが、ですの?」

「一人で炎を支えるって、さ」

 セダはそうぽつりと言った。

「……それは……」

「ね、その楓って人がもし、もしよ。死んじゃったりしたら、世界はどうなるの?」

「さぁ? わかりませんわ。そんなこと起こったことがありませんもの。でも、きっと炎が世界から消え去るのでしょうね。宝人がいて初めてエレメントが生じ、エレメントの結晶である晶石が形成され、それを好む精霊が誕生して世界はそのエレメントが満たされるのですわ。始まりである宝人が消えれば、おのずと滅びは目に見えますの」

 リュミィは淡々と言うが、それはどれほどのことだろう。誰もが想像しない、炎が消えた世の中を。

「人は知らないでしょうね? もうこの世界の火晶石はほとんど残っておりませんのよ。なぜなら炎を生み出す宝人がいないに等しいのですもの」

 はっとヌグファは与えられた火晶石を思い出していた。水の大陸の火晶石は採掘できなくなりつつあるという。そして旅で与えられる赤い晶石はとても小さい。どこに言っても火晶石は高値だった。取り扱ってない店も珍しくはない。

 それはすべてそういうことなのだ。あまりにも当たり前で、そういうものだと思っていた。もしくは自分達が住んでいるのが火と相対する水のエレメントが強い水の大陸に住んでいるからだと。しかし、それが世界中で起こっているのであれば……!

「それに伴い、火の精霊もエレメントもずいぶん少ないのですわ。だから火は付きにくい。人の間でもこう伝わっているのではなくて? 『火は絶やすな』と」

「そう、そうだよ」

 テラが言った。今は慣れたが火は火晶石がなければまずつけることができないし、調理場や火を使う場所では『火番』と呼ばれる火を管理する人がいるくらいなのだ。セダもうまく火をつけれない。それが、すべて宝人がいないことが原因なら。

「じゃ、なんで火はなくなってないんだ?」

 セダは言う。一人しか宝人がいないなら、人間が火を失っていてもおかしくないのではないか。

「そこが、不幸中の幸いとも申しましょうか……。先ほど世界を焼き尽くすほどの炎だった、と申しましたわね? その時の火晶石と精霊、エレメントが今までの炎を支えてきたのですわ」

 つまり人を滅ぼそうとしたときの炎から生まれた副産物が今の生活をやっと支えているのだ。つまり、今使っているものがなくなれば、炎は消える。

「それだけすさまじい炎の攻勢だった、ということですのよ。宝人が炎を危険視するほどに」

 黙っていたグッカスが口を開く。

「なぜそうなるまで炎の宝人を願わなかったんだ?」

 確かに一理ある。そうなるとわかっていたら、いくら宝人でも炎を願わずにはいられなかっただろう。宝人だって人なのだ。炎の恩恵が必要だろうに。

「宝人は炎を抑えるためにまず炎の宝人に人との契約を禁じた、と聞いておりますの。人に炎を与えるなということなのかもしれませんわ。でも、本当の目的は里から追い出すことでしたのよ。そして炎の宝人が団結することを防いだのですわ。そうして散った炎の宝人はいつしか消えていきますの。そして卵殻に実った新しい炎の宝人を生まれさせない為に炎の卵が実れば、それを壊してしまったらしいのですわ。里にいなければその事実をしることはありません。そうやって数を減らしていきましたの。数が減れば新しい命を祈る者は少なくなりますし、反省をしていた炎の宝人の多くは新しい命を願いませんでしたの」

 リュミィは厳しい顔をして言う。許せない罪が宝人にもある。

「ぱったりと、事を起こした炎の宝人が死ぬ頃には新しい炎は生まれないようになりましたの。それに実っても過去を恐れ壊してしまう場合がほとんどだったと聞き及んでおりますわ」

 残酷な真実だ。はじめは恐れから始まったのだろう。それがエスカレートし、能力を封じるように炎の力を殺いでいく。そうしているうちに気づけば炎はいないという事実。

「人間が過去を黙したように、宝人は炎を殺した事実を黙しているのですわ」

 だから宝人は過去を、大事な罪を犯した過去を忘れた人間に何も言わない。ただ関わらないように潜むのみ。そして人間もまた宝人を遠巻きに囲うのみで手を出さないがゆえに炎の危機を知らない。そうやって築かれている偽りの世界。

「なんか、こえぇな」

 セダは言う。自分達が思っているほどに世界は平和でもやさしくもないのだと。

「楓の存在は宝人の中でも特別なのですわ」

「唯一の宝人を盗んで、その国は何をするんだ?」

 グッカスは言う。確かに唯一の炎なのだから、炎を使わせるだけでも価値のある存在だ。しかし、国をあげてそうするはずがない。

「やはり……」

 リュミィは目をそらす。グッカスも頷いた。

「兵器として使用するのか」

 過去に世界を焼き尽くしたという炎。一人の力は高が知れていても、唯一の力なのだ。

「ちなみに楓とやらのエレメントを使う技量はどんなものなんだ?」

「楓はすっごいんだよ!」

 光が言う。リュミィが続けた。

「比較対象がおりませんので、どうとも言えませんが、最高のエレメント使いといって遜色ありませんわね。そもそも楓は平時炎を使いませんのよ。白い目で見られると知っているのでしょう。だからか他のエレメントの晶石を自在に使いこなすことに長けておりますのよ。普通、宝人は他のエレメントを使いこなすのにはかなりの修練が必要になりますのよ。そんな具合ですから、相当ですわ」

 宝人が己の守護するエレメント以外を使うときは、人間よりも簡単に使うことができる。なぜなら宝人はエレメントから生まれる精霊を見ることができるからだ。エレメントとその精霊の関係はわかっていないことも多いが、相互関係にあるといっていい。

 エレメントがあるだけではそのものは実らない。つまり、炎を例に上げれば炎のエレメントが満たされた空間だけでも炎は生まれない。濃密なエレメントから生じた精霊がいて初めて炎は生まれる。いうなればエレメントが材料、精霊がそれを作り出す存在というところだろうか。

 人間が使うときも見えないだけでそういう流れのもと各エレメントは動いている。そのどちらも宝人は生み出すことができる。つまり、精霊が見えるからこそ、宝人はそのエレメントの晶石を持ち、その精霊にお願いする、と言う形で扱うことができる。

 これは宝人の間でも訓練が必要だが、コツさえつかめれば宝人は己の守護するエレメント以外も晶石さえあれば扱うことができるのだ。

 しかし一番違う点は、やはり人間が任意にエレメントを使うことはできないところだろう。古来からの知恵で炎をつけたり、という方法は知っているが晶石を使うときはまた別である。

 晶石は加工して売られるが、お守りやお願いをして使うのが一般的だ。セダが炎をつけられないのは、下手ということもあるし、炎の精霊がいないから、というのももちろんあるが、お願いの仕方が悪いというのもある。

 例えば、火晶石を火の宝人ではない宝人が使う場合、火晶石を持ち、火の精霊にお願い、または直接そのエレメントを見分けて炎を出現させる。そのまま炎を出したりして直接炎を扱うわけである。

 しかし、人間の場合は、火晶石を火をつけたい場所に置き、「どうか、今晩中は消えないような火がつきますように」と願掛けを行った上で火付けの動作を行うと、より長持ちする火が育ち、願った期間は炎は消えない。根本的な利用方法が違うのである。

 これもまた、宝人が人間にもたらす恩恵の形ある姿と言えるだろう。

 火晶石は火をもたらし、人間に熱を与えてくれる。

 水晶石は人間が使っても直接水が出るわけではない。水筒に水晶石を入れれば、清潔な水が保たれたり、少量ずつ水が増えたりする。一番利用されているのは農業だろう。

 光晶石は唯一人間にも直接灯りとして活用ができる晶石だ。

 風晶石は船によく用いられる。いい風を運ぶように、ということだろう。また、天気を左右する風としても用いられる。一番お守り石として活用されるのは風の性質が『自由』であり、人の命運を運ぶと信じられているからだ。

 土晶石は家を新築する際に重宝される。また風をしのいだり、土壌をよくする願掛けもされる。

 闇晶石は夢に関する悩み、休息に関するもの、病の治癒に用いられる。基本的に人間が使う際は、願掛けやまじないのような意味合いがつよい。必ず効くおまじないのキーアイテムだろう。

 宝人は晶石によってエレメントの力を発揮させる。人間が宝人と同じような使い方をする場合は魔法が必要になる。

「一人の宝人の最大の能力はどんなものだ? 兵器として使えるほどか?」

「さて、そんな蛮人がおりませんものね……ただ、優れているものなら一晩で町一つ位軽いでしょうね。実際わたくしもできると思いますわ」

 しれっと言われる。ヌグファは宝人という存在をあたらためて恐ろしいと思う。なぜこんな存在を自在に扱おうなどと思うのか。

「なるほどな。兵器にはもってこいなのか」

「ひどいな」

 セダは光やリュミィを見て言う。

「こんなに俺たちと何も変わらないのに、最初から人として見てない。見られてない。そしてきっとこういわれるんだろう? 『炎は災厄だ』ってさ」

 光が目を見開いた。人間が攻めてきたとき、それが楓目的とわかったとき、隠れ里のあちらこちらでその言葉を吐かれた。でも楓は皆を逃がすことに力を注いでいた。しかし襲われたのは、里が暴かれたのは過去に猛威を振るったゆえに炎のせいにされるのだ。

「楓、優しいの。誰に何を言われても笑っていられる。だけど、本当はすっごくつらそうなの。楓、泣けないんだよ」

 光は言う。罵詈雑言を同じ種族である宝人から言われ、隠れ里でも隅のほうに隔離されて生活している楓。でも誰にも文句は言わない。ずっと微笑んでいる。

「きっと、楓のせいじゃないのに、今回も楓は傷つく」

 そうしてぼろぼろになってしまうのだ。でも最後まできっと楓は笑う。いつものように『大丈夫だよ』って。それが光にはずっとつらかった。

「なら、早く助けてやんなきゃな!」

 セダがニカっと笑って光を撫でる。光はうん、と大きく頷いた。大丈夫、楓、人間にもこんなあったかい人がいるよ。楓をあったこともないのに心配してくる人もいるんだよ。

 楓、待っていて、絶対に助けるから。


...011


 宝人はエレメントを使いこなす。そんな宝人を人間がどうこうする方法などないように思う。こういう考えをすればいいか。人間より宝人のほうが能力が優れているのだから、負けることはないだろう。

 しかし、宝人にも弱点が存在する。それが無晶石と呼ばれるものだった。無色透明の晶石によく似たしかし違う石。これを使われると、宝人の扱うエレメントは無効化されてしまう。ただの人と同じになってしまうのだ。

 隠れ里を襲われた際もこの無晶石を組み込んだ魔法を使われて多くの宝人が捕まった。そうして捕虜となっている。そう、宝人は無晶石を身体につけているとエレメントを封じられる。

「さぁ、決心はついたかね? 炎の宝人くん」

 楓はそう言い放った人間を珍しく睨み上げた。楓はいつも絶えず笑みを浮かべているが、このときまでは無表情に近く、相手に怒りを覚えているようだった。

 己の手首には人が使う手枷がはめられていて、その手枷にご丁寧に無晶石がくくりつけられていた。そして何を警戒しているのか、同様の足枷もついていて身動きできないことこの上ない。

 エレメントを封じられることに苦痛はない。しかし不愉快だった。

「早くしてくれないと、ここのお仲間はみなひどい目にあうことになる」

 楓の目の前には無晶石の手枷をつけられ、自由に動けないよう監視をされ、この部屋から出られないような魔方陣に入れられた二十名ほどの宝人の仲間が捕らえられていた。

 楓はこの仲間を盾に、目の前の人間の男から契約を迫られている。

「宝人はエレメントの恩恵を与えるのは責務だ。だけど、その相手を選ぶ権利はある。僕の力は貴方には値しない」

 はっきりと言い放つ。

「そうか、ではこの仲間は一人ずつ殺していくことにしようか?」

「宝人に生まれた以上、己の責務は理解している。それに危険と死が隣り合わせなことも。今更彼らを人質にしても無意味だ」

 そう、間違った人間と契約した宝人は己の命を消してまで契約を破棄する覚悟を持って人と関わる。契約は死と隣り合わせ。無理やり契約を解くことは死よりも苦しい。

「ふむ。では、君が納得するまで、彼らには無理やり私の部下と契約させ、死ぬまで従属させることにしようか」

 人質となっている宝人が目を見開き、慄く。最悪だ。己の処遇ではない。エレメントを利用されることに宝人の本能が耐えられない。宝人とはそういうものだ。

「……!」

 楓はぎりっと歯を噛み締めた。卑劣な! だが、自分のエレメントは炎。そして性質は激情。簡単に手渡していいものではない。

 そうしているうちに人質の一人、まだ幼い宝人が乱暴に服ごと持ち上げられる。

「子供はいいかもしれない。反抗しないだろう? それに君の言うとおりなら、子供だって宝人。己が死ぬ定めを当然受け入れているんだろう? なぁ?」

「紫紺!」

 思わず楓が名前を呼んでしまった。振り返った幼子の目に涙が垂れ、恐怖が映っている。

 楓は目をぎゅっとつぶった。唇を噛み締め、こぶしが震える。

「わかった! 契約するから……その人たちに手を出さないと約束してくれ」

 幼子を持っていた手が下がる。振り返った顔がひどい笑みに満ちていた。そして人質である宝人からため息のような絶望の声が上がる。それだけは、という想いが。

「いいだろう。私は優しいからお前が私に従属すると約束するなら、この者たちには一切手を出さないよ」

「無晶石を外してくれ。このままではさすがに契約できない」

 楓はそう言った。男が部下に言って枷を外させる。楓はゆっくり立ち上がり、その目に男を映し、にらみつけるとすばやく行動に移した。

『ボッ!!』

 それはまるで炎が生じるときの音のような吐息。しかしそれだけで男目掛けて炎が走る。一瞬の隙を突いて男を害そうとしたのだ。しかし、突如男と楓の間に水が生じる。その水は壁となり、楓の炎をかき消した。

「な!」

 楓が驚きに目を見開いた瞬間、重い打撃音と共に楓の身体が飛ばされる。何かに殴られたと楓がわかった瞬間、鈍い痛みがあった。

 しかしそれより炎を消した水の正体を見極めようと楓は出所を探す。男の背後から細身の女性が現れた。薄い水色の髪をした女の周囲に青い石が浮いている。それは水晶石。顔には鮮やかな青色の模様。宝人だった。

「なんで……!」

 楓が言った瞬間に、男が楓を踏みつけた。

「ひどいことするじゃないか、楓くん?」

「うっ!」

「いつでもいいんだよ、子供一人殺すくらい」

 紫紺の喉元に部下の一人が付きつけたナイフが光っている。紫紺は泣くこともできずに震え、楓を懇願するように見ている。

「やめろ!」

「やめてください、だろ? せっかく厚意であいつらは傷つけないと言ったのにな!」

「うっ!」

 踏まれていた脚で背中を蹴られる。

「わかっているな? お前は俺に従うしかないんだ」

 楓のあごを持ち上げ、その睨む目を楽しげに眺めて男は笑う。視線を人質の方に向ければ、首を振る大人の宝人が多くいる。そして恐怖に染まった絶望的な顔をした幼い宝人の子供もいる。

「……外道!」

 睨みつける目には怒りが宿り、その感情に煽られて髪の毛の先から火の粉が舞う。

「楓!!」

 人質の誰かが叫ぶ。それは楓を制止する声。やろうと思えば楓はこの場を炎の海に変えて、全員を燃やし尽くして逃げることができる。だが、その災厄を誰も望まない。

「さぁ! 契約を!」

 楓が諦めたように目を閉じる。抵抗の意思を削いだと理解した男は楓を立ち上がらせた。楓は紫紺を一瞬見て、安心させるように微笑んだ。そして舞うかのように腕を軽く振る。

『今から行なうは我と汝の魂の契約』

 閉じられていた目が再び開いたとき、黒がかった茶色のその目は燃え盛る炎を映したかのように紅蓮から茜色に変じ、そうして真紅へとなるにつれ、その目に人の感情が消えうせる。緩やかに黒髪も風に煽られるように持ち上がり、根元からほのかに赤く染まったと思った瞬間に発火したかのように髪も真紅に染まり、毛先は金に燃えて、火の粉が舞い散る。

 さすがに契約を望んだ男も驚きに目を見開いた。神かがるとはこういうことなのだろうか。そして、二人を囲うように紅蓮の炎の壁が立ち上がる。

『汝が名を述べよ、偽ることなく』

 厳粛な雰囲気で楓が呟く。その目は虚空を見ているようで、契約を望んだ男の心の奥底を覗いているようでもある。そして男は名前を口にした。

「……楓……」

 紫紺と呼ばれた宝人の幼子は炎の塊を見つめている。もしかしたら、自分のせいで契約をしてしまったのかもしれない。でも首元に付きつけられている冷たい金属が怖い。そうしているうちに炎が急に消えた。すると楓の目と髪も一瞬で黒髪に戻る。紫紺はきれいだと思ってしまった。今の状況を忘れ、真紅の姿だった楓でなくなるのが惜しいと思ってしまった。

 下を向いていた楓が正面を向き、目を開いたとき、周囲の大人からため息が漏れる。

「契約完了だね」

 楓の左側の顔にくっきりと刻まれた赤い文様。人間と契約を交わしたという証。楓、と呼ばれるきっかけになった、ひし形が五つ並んだ楓の葉のような文様の形が左のほほから額までくっきりと刻まれている。

「さっそくだけど、燃やして欲しい場所があるんだが……」

「契約はした。だけど契約した宝人は人間の道具になったわけじゃない。そんな願いは叶えられない。誤解しないで欲しい。契約して貴方が特になることは炎の脅威から守られるってことだけだ」

 楓が言う。なんとか自分の力を自由にさせないための言葉だった。そして紫紺が再び脅しの道具か、というように掲げられる。

「誤解しないで欲しいのはこちらだ。お前に自由などない。おまえ自身がここにいる宝人たちを見捨て、自ら殺す原因を作らない限り、お前は私の奴隷だ」

「契約さえした! これ以上望むなんておかしい!」

 楓が言った瞬間に、楓が殴り飛ばされる。

「人間の奴隷がどう扱われるか知らないらしいな? 口答えをすることができないように、少々その身に教えて差し上げよう」

目 配せで部下に合図をする。すると杖をもった魔術師のような人間が一歩進み出た。倒れ伏した楓の下で魔方陣が光る。呪文の詠唱のようなものがかすかに聞こえ、楓が危険を察知したかのように身を起こす。だが、次の瞬間、楓が目を剥いた。

「う! うあぁあ」

 身を縮め、苦悶をもらす様子が尋常じゃないとわかる。それはまるで人間が苦痛を受けているかのように。

「もうよい」

 そう言った男の合図で、魔術師は杖を引く。楓は痛みが去った後も肩で呼吸をしていた。苦しい。己の中の何かが否定されるようで、身を引き裂かれるかのような痛みだった。

「今の魔法は君の中の炎のエレメントを否定する魔法だ。宝人ならではの痛みだろう?」

 まだ、意識が朦朧としている。視線さえ定まらない。これが、宝人を痛めつける魔法。古代の戦争で多く用いられた人間の脅威。

「さぁ、次に何をするか、君次第だが?」

 男の視線がチラリと紫紺に向けられる。そんなことしたら! 幼い紫紺にそんな苦痛を味わわせてしまえば、一生エレメントを感知できなくなってしまうかもしれない。それだけは!

「何でも、ききます。……だから、みんなに手を出さないで下さい」

 楓が血を吐くような調子で懇願した。満足そうに男は笑う。

「それでいい。そうそう、私に口答えするごとに君のお仲間は脅威にさらされる。わかっているな?」

「……はい」

 楓が頷くのを満足そうに見ながら、そうだ、と男が言う。

「君はあんなわずかな間で私を殺そうとした。働いてもらうとき以外は、奴隷の扱いで構わないだろう。というかしつけのなっていないペットというところかな?」

 楓に再び手枷と足枷がつけられる。そうした上で、男が部下に配置させた何かをみてごらん、と自慢するかのように楓に見せ付ける。

「……!」

「無晶石でできた檻だよ? 万が一、この場所を燃やしたりされたら困るし、君がいつ心変わりするかわからないからね」

 男はそう言って足枷のせいで歩けない楓を軽々と持ち上げると、檻の中に放り込んだ。

「う!」

 投げ出された衝撃で息が詰まる。痛みをこらえて目を開けたとき、無常にも天井の扉が閉まり、鍵がかけられる音が響いた。それは檻というよりかは生き物を飼うときのゲージのような狭さだった。

 楓は脚を伸ばすことさえできない。身を起こすことさえできなかった。赤ん坊のように身を縮こまらせなければならない。楓にしてみれば訳がわからなかった。何故ここまでされなければならないんだろうか? 人間の基準がそうなのだろうか。あの男は自分に暴力を振ることをためらってすらいなかった。

「あとは君に任せてもいいかな? 宝人のことはわからないからね」

「はい、お任せくださいませ」

 そばに控えていた宝人の女がそう言う。そうして男は去っていった。部屋にはつかまったままの宝人の仲間達がおり、部屋の隅に魔術師が配置され、自分が檻に入れられている状況。水のエレメントを持つ女の宝人がいた。つまり、この女が里を暴いたのだ。

「なぜ、こんなことを!」

 楓は檻の中から女に向かって叫んだ。おそらくあの男と契約を結んでいるのだろう。だけど、ここまで同朋を危険に陥らせる真似をするのか?

「あの方が望まれたから」

 女の言葉に絶句する。人間の言いなりになるとは、魔法にでもかけられているのだろうか?

「貴女も、魔法にかけられているのか? 脅されているのか?」

 自分と同じ境遇なのだとしか思えず、楓はそう言った。女は不意にしゃがみこみ、楓を覗き込んで、格子の隙間から腕を差し込んだ。すると、腕にぞっとするほどの冷たさを感じた。が、すぐにそれが痛みに変わる。

「ぐあ!」

 手枷の嵌められた腕に青い文様が浮かんでいる。楓は知識だけ知っていた。静属性、すなわち、水、土、闇の三つのエレメントのみが持つ特性を利用した『縛り』である。その縛りは相殺の関係にあるエレメントに対し、すさまじい効力を発揮する。

 楓にとって水は相性が悪い。縛りは己のエレメントを相手の一部分に刷り込ませる。身体の中で己の持つエレメントと激しく衝突し、互いを牽制しあうことで痛みが生じる。楓は必死に歯を食いしばって傷みに耐える。これは宝人特有の攻撃手段『呪い』の元となった攻撃方法である。呪いはこれよりも数段たちが悪く、効果が痛みではすまない場合が多い。

「勘違いしないでくれない?」

 女は笑って言う。その表情が信じられなかった。楓は生まれてから閉塞的な里で育った。炎を守護する自分をよく思わない宝人もたくさんいたし、自分を恐れた宝人もいた。陰口やいやな言葉はたくさん聞いた。でも、こんな憎悪を向けられたことはない。

「私はやっと、やっとあの方に近づいて契約していただいたのに、お前が炎というだけで! 契約さえ簡単にしてもらえる!! 私はお前が憎いわ!!」

 楓は驚きに彼女をまじまじと見返してしまった。……このひとは、あの男を愛しているのか?

「嘘だ……!」

「わたしはあの方の力になれるならなんでもする!」

「うあぁああ!!」

 そう言った瞬間に宝人の女は腕に力を込める。うまく息が吸えない。苦しい、痛い、熱い。楓は荒い息を繰り返しながら、吐くような調子で言った。

「あまり、僕を……高ぶらせるな!」

「はっ! 無晶石で封じられている身で、よくそんなこと言えるわね」

 女がそう言った瞬簡、人質になっていた宝人が叫ぶ。

「お前は炎が何を表すか忘れたのか!! 楓を怒らせるな!」

 それは楓を心配して言われたことではない。楓個人ではなく、炎を恐れた言葉。

「激情? そんなのは私の方が強いわ」

 振り返って女が叫ぶ。楓はあまりの痛みに視線が定まらず、次第に意識を失った。

「楓!」

 紫紺が叫んだ。幼い紫紺は何がなんだかわからない。だけど、一つわかっていることがあった。楓はきっと自分を守ってくれた。

 今まで大人の宝人からずっと言われ続けていた。里の東の端には、怖い炎が住んでいる。近づいてはいけない。怒らせてはいけないから口をきいてはいけないよ、と。あれは怖いもの、恐ろしいものだよ。そう、言われた。遠巻きに楓を見ては、ずっと思っていた。どこが怖いのかと。楓が炎を操っている場面を見たこともなければ、楓が怒っているのをみたこともなかった。でも周りがそういうから、きっと本当は怖いんだと思っていた。今日、初めて楓が怒っているのを見た。楓の炎を見た。でも、怖いとは思わなかった。

 紫紺は自分を育ててくれる大人がなぜ、そんなにも楓を怖がるのか理解できなかった。

「ねぇ」

 怖いと思った水の宝人の女が去った後、大人に言う。

「どうした? 紫紺」

「楓、手当てしなくていいの?」

 楓はそのまま放置されていた。檻の中に動きはない。

「恐ろしくてそんなことできるもんか」

 吐き捨てるように大人が言う。でも、と紫紺は楓を見る。楓はみんなを守ってくれたのに、手当てさえしてあげないのか。

「でも、楓、痛そうだったよ?」

 今度は別の宝人に言う。すると哀しそうに微笑んで、その宝人は言った。

「紫紺は優しい子だね」

 しかしそれきりだ。紫紺は大きな目でみんなを見る。誰も紫紺と目を合わせてくれない。

「紫紺」

 少し年上の少年が紫紺を呼んだ。名前を鴉という、闇のエレメントの宝人だった。

「楓、手当てしてやりたいんだろ? 行くか?」

「およし、鴉!」

 誰かが静止する。鴉はその大人をにらみつけた。

「そうやって楓が死んだらどうすんだよ。炎が死ぬぞ。手当てするだけだ、何も心配はない」

 鴉はそう言って紫紺の手を握る。ちょっと震えていた。そうか、鴉も楓が、いや、炎が怖いんだ。どうしてだろう?

「あのできそこないの光がそばでうろちょろしてて平気なんだ。俺が行って危険なわけあるか」

 鴉はそう言って楓に近づいた。どうして楓だけこんな窮屈な場所に閉じ込められているんだろう。人間はやっぱり怖い。

「か、かえで?」

 紫紺が声をかけた。しかし返事はない。荒い息が聞こえる。軽い攻撃だけのようで、鴉は一安心した。重い縛りなら文様が残るはずだ。宝人は身体のつくりは人と同じだが身体には血と一緒にエレメントの流れがある。宝人独特の痛みは普通の身体の痛みより苦しい。

「せめて晶石が使えればな……」

 覗き込んで苦しげな表情をする楓を見る。格子の隙間から紫紺が楓を撫でる。

「楓、熱いよ? 炎だから?」

 鴉も同じ場所に触れた。発熱している。一度に激しい痛みを覚えたせいだろう。

「ちげーよ」

 安心させるように鴉は紫紺をなでた。楓は怖いといわれてきた。でも怖くはない。人間の方がよっぽど怖い。そして楓を恐怖の対象としか見ない大人もどうかしてる。

 鴉は光を知っていた。どじでまぬけでエレメントを使いこなせないできそこないのくせに、自分の意思を貫く強さを持っていた。今の状況を見たら、きっと光は泣くだろう。楓はみんなを守ってくれたのよって。みんなそんなことはわかってる。でも、それ以上に炎が怖いのだ。



 楓を蹂躙し、宝人を監禁した男はひっそりと自室に戻った。ふぅと、己の腕を見る。右手には先に契約をした水の宝人の女、ハストリカとの契約紋が浮かんでいる。

 そして左には新たな契約を交わした楓との赤い文様が浮かんでいた。

 契約した瞬間、身体の中の罪を暴くかのように灼熱の炎が駆け回った。あまりの熱さにうめいたほどだった。

「しかし、私は契約を済ませた!」

 こぶしを握り締める。これで、この国を掌握する力を手に入れた。

「無事にご契約を済まされましたか、おめでとうございます」

 気配がなかった自室に女性の声が響く。はっと男は振り返った。

「ああ、貴殿か」

 そこには淡い緑色の髪を短く切った女性と、薄氷のような色をした髪をした男性が立っていた。いつ入室したのか、それとも最初からいたのか、と心臓が驚いている。

「これで炎は貴方様のもの。炎の権威は太古より人の身にも我々宝人の身にも刷り込まれておりますゆえ、氾濫分子も程なく片が付きましょう」

 男のほうが微笑んで言う。

「して、ジルタリア王? 炎の宝人の処遇については私共のご提案は受け入れていただけたでしょうか?」

「あ、ああ。言うとおりに無晶石の折の中に閉じ込めている」

「炎の性質は激情。扱いは慎重にせねばなりませんものね」

 微笑んだ女性も男性も宝人であるが、男、すなわちジルタリア王にはどうこうする気はまったく起こっていなかった。人間にも相手にしてはいけない者がいるように、この二人は宝人でありながら逆らってはいけないと本能で感じていた。

「と、申し上げましたのに、炎を傷つけましたね? いけませんわ、お遊びが過ぎます」

 女性が鋭く言うので、ジルタリア王は殴り飛ばし、踏みつけたところを見られていたのかと驚く。宝人からすればその場にいた精霊に聞いたに過ぎない。

「次から、気をつけよう」

「そうなさって下さいな。炎は決して怒らせてはなりません。弱らせる為とはいえ、過ぎれば暴走する危険性がある由、ハストリカにも言っておいてくださいね」

「わかった」

 そしてジルタリア王は相手を見据え、本題を言った。

「して、フィスの行方は掴めたか?」

「フィス皇子、いえ今は罪人フィスというのが正しいでしょうか? 父君、ああ、ジルタリア王にとっては前ジルタリア王にして貴方様の弟君ですね。を殺した大罪人ですね?」

「そうだ」

 にこっと笑って言われると、己の罪を暴かれている気がする。

「宝人は独自の人間には使いようのないネットワークがございます。程なくご報告できるかと存じます」

「それと、シャイデはどうなっている? 攻めてくる気配すらないようだが」

 そう、ジルタリアは宝人の隠れ里をいずれ襲ったことがばれるとわかっていた。シャイデは盟約の国。一番に同盟を結んでいようがシャイデがジルタリアを襲うことは目に見えている。

 だからこそ、軍備を増強し、先制攻撃を受けることで正当防衛としてシャイデを襲う。それが今回のプランであった。

「シャイデでは宣誓がなされてから動きを見せておりません。おそらく王政が交代したばかりなので議会を王が掌握できていないのでしょう。軍がくるのはもう少し先になりそうですから、その間にジルタリア内を強固になさいますよう、お願いします」

「ふん。幼き王であったものな、情けない」

「ええ、ジルタリア王に比べれば赤子にもなれませんね」

 ふふ、と笑う宝人。今回の作戦は彼らがいなければ実現など夢物語だった。しかし彼らは自分の理想に共感し、力を貸してくれている。炎も手に入れた。

「では、私達はこれで」

 ふわりと宝人たちが浮き上がり、開け放った窓から姿を消す。いつしか手に汗を握っていたこと後から気づいた。


...012


 リュミィのおかげで道のりは楽なものになった。彼女は己の身体に触れているものごと、自身を光に変えて、そのまま光の届く範囲、すなわち見えるところまで光となって移動できる。

 光、すなわちそれは光速。この世で最も速い速度で移動することができたのだ。地理を知っている彼女はすぐに隠れ里へと一行を連れて行ってくれたのだ。しかし、戻ってきた隠れ里は彼女らが知っているものとは変わっていた。

「……そんな」

 人間であり、隠れ里を知らないセダ達からしても、里の壊滅状況はひどいものだった。もとは二階建てほどの白い石造りの住居がいくつもあったような町並みは白い塊が残るのみで、住居としての姿ではなくなっていた。町は壊されていた。そして、道やあちこちに残る人が蹂躙していった跡が残っている。宝人はいなかった。だれもいない。

「ひどいですわ」

 リュミィが言う。

「……リュミィさまではないか?」

 瓦礫のどこかから突然姿が現れたところからして、何かのエレメントの能力を使ったのだろう。突然一行の前に男性が現れた。

朱鷺羽ときはさん」

「どうなっていますの? この状況は? 皆は?」

 リュミィは相当信頼されているらしく、セダたちをリュミィが連れてきた仲間と思ってくれたようだ。人間と知られれば面倒なことになりかねない。そこは助かった。

「シャイデの王が聖域を開放したんだ。みんなそこに移動したよ」

「では、無事ですのね?」

 男は首を横に振った。

「二十人ほど捕まった。残りは里外に逃げて、他の里に着いたものもいるだろうけど」

「相当な悲鳴でしたものね」

 セダだって学園がこんな状況になれば叫ぶし、怒るだろう。こんな平和に暮らしていただろうに、ひでぇことする。そして光はここから一人で逃げてきたのだ。

「楓はどうなりましたの?」

 リュミィの言葉に一瞬詰まった男の宝人はぽつり、と言った。

「一緒に連れてかれたよ」

「まぁ!」

「嘘!!」

 リュミィと光が同時に落胆の悲鳴を上げる。最悪の事態だ。

「だから炎を囲むことは反対だったんだ。炎が災厄をつれてくるんだ」

 はき捨てるように言い放たれた言葉。その言葉に光が傷ついた顔をする。唇を噛み締めてまるで自分が言われたかのように耐えていた。セダはそんな光を見て、そして光が言っていたことを思い出して腹が立った。

「おい、おっさん! そりゃねーんじゃねーの?」

 いきなり詰め寄られて男の宝人は驚く。

「何者だね? 君は?」

「炎が災厄をつれてくるなんて誰が決めたんだよ! 楓は最後まで里を守って、みんなをできるだけ逃がしてくれたんだろうが! そんなやつが災厄なんか連れてくると思ってんのかよ」

「知った風な口を利くな! 炎の恐ろしさを知りもしないくせに!」

「ああ、知ねーよ。楓にあったこともないしな! だけど、炎が悪いって決め付けていいのかよ。火傷したら確かに炎は怖いさ。だけどな、それは不注意だった自分を反省して炎との付き合い方を学べばいいだろうに。……炎の何がこわいんだよ、おっさんは」

 熱いからか? 燃やして全てを消してしまうからか? セダの怒りの瞳に見据えられて、男が黙る。

「は! 即答できないで何が怖さだ!」

「なにを、貴様! そもそもお前ら何者だ?」

「わたくしの友人ですの。今回のことに手を貸して下さいますのよ。問題があります?」

 リュミィがセダの肩を叩いて、下がらせる。リュミィが言い放った。

「全てを炎のせいにするのは間違っていますわ。起きたことは仕方ありませんの。そうやって他者に責任をなすりつけたってわたくしたちが己の里を守れなかった罪滅ぼしにはなりませんのよ!」

 ぐっと男が黙る。リュミィはそれから調子を変えていった。

「現状の把握が必要ですわ。何が起こり、どうなっているか教えてくださいますね、朱鷺羽さん」

 リュミィの有無を言わさぬ調子が続く。男はしぶしぶ頷いた。そうしてこう言ったのだ。捕まった宝人は全部で二十二名。子供が九名含まれている。その中には楓もいるそうだ。

 楓は人質をとられ、連れて行かれたそうだ。それ以外は他の里に逃げおおせたか、シャイデの領地内にあるというシャイデ王が定めた禁踏区域が開放され、そこに逃げた。多くはシャイデに避難しているとこのことだ。

 連れて行かれた宝人の悲鳴と精霊の話から連れ去られた先はジルタリア。人質の安否はわからない。宝人の間では救出などは考えられていない。そして暴かれたこの隠れ里を復興するかも未定とのことだ。

「おそらくジルタリアは楓に契約を強要するだろう。そうして契約を済ませれば、水の大地が炎に染まることになる。そうなれば誰も止められない。……だから炎など育つ前に消してしまえばよかったんだ」

 自嘲するかのように呟かれた最後の一言に誰もが目を見開いた。そしてリュミィが朱鷺羽を平手打ちする。パン、と鮮やかなものだった。

「やはり! この里にこれ以上楓を預けておくのはわたくしの失敗でしたわ」

 平手打ちされた朱鷺羽は頬を押さえてリュミィを見ている。

「ふん、ご理想は立派だがな、光の姫様! あんたの里で引き取ったところで、やっかいものになるだけだ。だったらこの相殺関係にある水のエレメントが豊富なこの大地で縛り付けておくのが一番いいんだよ」

 リュミィがもう一回引っぱたくように手を振り上げたが、力をなくしたように手を下ろす。

「そうかもしれませんわ。所詮わたくしなどと婚約関係を結んだところで、楓が救われる可能性が増すわけではありません。でも! それでも、わたくしはこれ以上炎を恐れて楓の死を望むような、そんな方のそばに楓を置いておきたくないのですわ!」

 リュミィの怒りように一同が賛同する。

「言っておきますが、わたくしはただ自分の里に楓を招こうとしているわけではありませんの。自分と考えを同じくし、わたくしと共感してくださる皆様と里を作りますわ、いずれ。そしてそこに楓をまねきますの、炎を心置きなく扱えるように」

「そんな夢物語だ! 炎を恐れないものなどいない!! 獣も、人も、我々も、炎は怖い」

「だからなんですの! わたくしの夢で何が悪いのですか! 必ず実現して見せますわ! だってわたくしたちは宝人ですのよ! 己のエレメントを愛さず、使えない苦痛を、貴方も宝人ならご存知はありませんの? わたくしたちはそれを炎に強いることこそ、許されないことですわ!」

 ぐっと朱鷺羽が詰まる。リュミィはこれ以上は無駄だ、と言いたげに一同を促した。

「おっさんさ、火が怖いのはそうかもしんない。だけどさ、怖くても炎とは友達になれんだぜ? だから炎はみんなが使うんじゃねーの? 怖い怖いばっか言ってないでさ、ちょっとは炎が俺たちにもたらしてくれるもんっての、考えてみろよ」

 おいしく調理される料理は炎の熱から生まれる。寒いときにあたる炎の暖かさ。そして夜に燃える炎を見ておもう安心さ。思わず触りたくなってしまうほどに魅力的な炎。

 セダはそう言うとリュミィの背を追った。朱鷺羽がうなだれるようにしつつ、背を丸める。遠目から見て、反省しているのか、理解できないと怒っているのか、一行に判断できなかった。

「これが炎を抑えるってことなんですね」

 里から離れてヌグファが呟いた。たった一人になるまで減った炎の理由がわかった気がした。あそこまで嫌って怖がってしまっていたなら。

「そうですわね。ああいう考えをもった大人がほとんですのよ」

 だから新しい里を作りたいと、夢見たのだろう。自分の里に招こうが、楓の扱いが変わることがないことをリュミィもわかっているのだろう。自分と同じ考えの人がきっといると信じて。たった一人の炎のために。

「あ、あたし! リュミィの里に一番に住むからね!」

 光が挙手して言う。リュミィはやっとそれをみて笑った。

「そうですわね。光が一番。二番を楓にしましょうか」

「うん!」

「でも、ひどいね。楓さん、それでよくぐれなかったね」

 テラが言う。テラだったらそんなとこ飛び出してしまうだろう。そしてそういう環境を憎むだろう。里が襲われてもざまあ見ろって笑ってしまうかもしれない。でも楓という少年は里を守ってそして捕まった。

「楓、やさしいから」

「ええ」

 宝人二人が笑う。助けてあげたいとおもう。できればそんな環境の場所に戻したくない。学園で一緒に学んだりできればいいのに。種族が違うことはもどかしい。

「いや、そんなことないんじゃないの」

 独り言にヌグファの視線が絡む。

「あ、ええとね。セブンスクールに楓も入学できるんじゃないかって思ったの。確かに人間と宝人じゃ違うけど、公共地に建っているわけだし、禁じてる校則もないし」

 寮のルームメイトにさえ気を使えば宝人とばれないのではないだろうか。

「あの里にいるよりかは楽しいかもって」

「そうだな、できりゃいいな!」

 セダがにこっと笑う。でしょ、とテラも言った。

「その宝人が望んだら、だな」

 グッカスはいつものように冷たく言って、そして足を止めた。

「グッカス?」

「ちょっと用があった。先に行ってろ」

 瞬間、オレンジ色の鳥が空高く舞っている。リュミィは驚いてみた。

「鳥人でしたの、彼は」

「そうだね、リュミィには言ってなかったね。私達三人は人間だけど、彼は鳥人なの」

 この世界には宝人と人間だけが住んでいるのではない。神は人間を作った時に、同時に獣にも命を与え、そして彼らを統率する存在として知能を持つ人と獣を掛け合わせた獣人を作り出した。

 個体数が少なく、獣の頂点に立つ存在として俗世に姿を見せることは滅多にないが、確かに神の寵児として存在している。

 グッカスが何故人の世で学校なんぞに通っているかは不明だが、その鳥に変身できる力を使って任務をこなしていることは明らかだった。外敵の気配に敏感なのも獣の部分があるからだろう。



 グッカスは先ほどの隠れ里があった場所に戻っていた。ほほを殴られた朱鷺羽という名の宝人が疲れたかのように瓦礫に腰掛けている。グッカスはその背後に音もなく忍び寄り、そして首元にナイフを当てた。ひゅっと息を飲む音がする。

「な、なんだ!?」

「訂正しろ」

「は?」

「先ほど言った、炎を恐れない存在はないと言ったな? 取り消せ」

 そう言った瞬間にナイフの感触が消え、熱さに変わる。

「あつ!」

 すると目の前にオレンジ色の炎の塊が燃えていた。ひぃっと言いながら立ち上がる。すると炎の中に真紅の目が光り、その炎はやがて何かの形をとる。

「まさか……!」

「取り消せ。俺は決して炎を恐れない」

 炎は音を立てながら大きな鳥の姿へと変貌していく。

「そして我々は炎を殺したお前たち宝人を許さない」

 ゴォっと音を立てて炎が迫る。と同時に熱波が彼を炙っていった。恐怖と熱さに朱鷺羽は両腕で顔をかばい、目を閉じる。しかし、炎が彼を燃やした感じはない。

 おそるおそる目を開けると天高くオレンジ色の鳥が一羽、飛び去っていった。

「まさか、炎の眷属が生きていたとは……!」


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