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モグトワールの遺跡  作者: 無依
第2章 土の大陸
23/24

3.土の魔神 【01】

...081


「このあたしと誘拐まがいの事してまで会いたかったの? 熱烈な歓迎ね」

 彼女の髪は燃えるように赤く、そして揺らぐ炎のようにうねり、四方八方を向いている。

 でも、それが彼女にはとても自然で似合っていた。はっと振り向かずにはいられない強烈な印象。美人だとは言いにくい造形。だが、目をひかずにはいられない。

 それが、この土の大陸の約半分を手に入れた女性――魔女・エイローズ。

「逢瀬なら二人でなさってほしいものです。なんなら今から帰していただいてもよいのですが……」

 そう言ったのは鋭い目線を時々見せる少年だ。光輝く金髪とそれと同じくらい輝く琥珀色の瞳。

 華奢な印象が強いが、自在に土を操り、宝人をどの団体より多く従える――神子・ヴァン。

「もう、会った次の瞬間からそんな毒舌ばっかりだから、君たち友達いないんだよー?」

 睨みつけられている青年は対照的でにこにこしている。顔の造詣が整っていて少々美形、という以外は大して特徴のない青年。

 だが、彼こそがこの大陸の覇権を争う一角を担う――希望の星・ルイーゼ。

「大きなお世話です」

「友達ならいればいいってもんじゃないでしょ」

 即座の反撃。

「あいたー」

 ルイーゼは困ったように笑う。彼の特徴はそういえばいつも笑っているというのもある。

「でもさ、素直じゃない君たちのことだもの。俺が呼ばなければ、きっと思いの内を打ち明けられないだろうと思ってね」

「何を、馬鹿な」

 瞬時に返すヴァンに対して、エイローズは黙っている。

「……」

「あなたも何か言い返してはどうです? ……エイローズ?」

 ヴァンがいぶかしげにエイローズを見る。エイローズはルイーゼの笑顔を見て、肯いた。

「確かに一理あるわ。きっと、あたしたち、考えていることは同じ。ただ引き際を見極めているだけ」

 うんうん、とルイーゼが相変わらずの笑顔で頷く。ヴァンも一応思うところはある様子だ。

「……そりゃ、そうですけど」

「でしょ? このままではいけないってわかっているだろう?」

 自慢げな顔で頷きまくるルイーゼ。

「ええ。これ以上は無意味だわ」

「皆そろそろ疲弊している。ですが、かといって魔神さまのご威光、他には譲れません」

ルイーゼはそこでぽん、と手を叩いた。

「だからさ! 俺ら一緒になっちゃえばいいと思うんだよ!!」

「はぁ?!」

 驚いたのはヴァンだけ。エイローズはわかっていたような顔で、特に反応はしなかった。

「三国統一、伴い大陸統一。これで一気に解決! どうだい?」

 人差し指をずずいっと真っ直ぐ出して、ルイーゼが自信満々に言いきった。それに対して、エイローズはため息をひとつ。ヴァンは当惑した顔のままだ。

「まとめるのは大変そうね。だけど、賛成かな。それがベストな気はするの。あんたはどうなの? これ以上の良案があるの? どうなのよ、ヴァン」

「いや、いきなり言われても」

 エイローズが馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

「あんただって前から考えていたんでしょう? その無駄に回る頭で。否とは言わせないわよ。ここにはあたしたち以外いないんだし、正直に仰いよ」

「まぁ、ヴァンのところには宝人が大勢いる。安易に賛成できない気持ちは察するけどね。でも、ああ、そうだ。エイローズと組んで、とりあえずヴァンを一緒に叩いてから、エイローズと残りをかけて戦うって手もあるね」

 にっこにこ顔で言うルイーゼにヴァンはため息をついた。

「いいわね。受けて立とうじゃないの」

 エイローズが言うと、それはとたんに現実味を帯びる。

「はぁ……。わかりましたよ。我々が滅ぼされてはたまらない。組みましょう、手を」

 ヴァンは肩をすくめて初めて、ルイーゼとエイローズを正面から見返した。三つの手が重なり合う。



 こうして、三大派閥の頭はこそこそと逢瀬を重ね、三国統一に向けて綿密な計画を立てた。その期間は五年にも及ぶ。これはその中の一回――。

「役職まで新たな名を考えるのですか? こだわりすぎでは?」

 ヴァンがエイローズのやルイーゼの持ち寄った大綱の骨子を見ながら話にならないと言いたげにため息をつく。

「文官を文君ヴァニトール。軍人を武君セビエトール。神官を神君パテトール。術者を……きりがないですよ。しかもこれ、韻でも踏んでいるのですか?」

「そうそう。しゃれているだろう?」

 自信満々で応えるルイーゼに馬鹿ですか、とヴァンが一刀両断する。

「あなたもなんとか言ってくださいよ、エイローズ。ここまで細かく詰めていたらきりがない。果てもないですよ」

「まぁ、ヴァンが言いたいこともわかるけど……ここら辺の職業は王宮に出入りする重要な職だからね。最低限は決めないといけないでしょう。で、あたしたち王は大君ジルサーデか。あんたこういうこと考えるの好きねぇ。私が軍事を詰めているから、そこら辺は好きにしていいと思うけど。そういうヴァン、あんただって神事の骨子、まだ荒いわよ」

「言われなくてもわかっていますよ!」

 ヴァンがそう言いながらルイーゼの作った骨子を投げつけた。慌てず、見事に大事そうに受け取るルイーゼ。

「でさぁ、集まってもらったのはさぁ、国名をどうするかってことなんだけどね……?」

 じゃん、と言いながらルイーゼは懐から折りたたまれた紙を広げて掲げて見せた。二人は覗き込んでそれぞれらしい反応をした。エイローズは唇を、ヴァンは眉を器用に片方だけ上げるという。

「はぁ~ん。韻を踏んでいるとか言っているけど、これに由来するわけだ、全部」

「よくわかったね!」

「ああ、確かに。これはいいのではないですか。納得できます。聞かれても困らないし」

「でしょでしょ!!」

 ルイーゼはうきうきとして、骨子にほぼ決まった国名を記した。二人が賛成すればそれは決定と同じ。

「うふふ」

 エイローズが笑いながら自分の骨子の案をまとめた冊子にもその名を記す。

「何を笑うのですか、エイローズ」

 ヴァンが訝しげにしながらも国名を記した。

「いえね。わざと内緒にしておくのよ。で、魔神様のお告げです、とか説明するの。そしたら、誰も知らない。この国名の由来も、自分が就く職業も、この国名を少しもじったものだって知らないのに、当たり前に使われるわけでしょ? ねぇ、それってわくわくしない? 面白いでしょう。特に、あのお方はあたしたちよりは長生きなわけだから、どう思うか、どう生きていくか考えたら愉快よね」

 ルイーゼがそれを聞いて目を輝かせた。

「それ、いいね! そうしよう! 是非にも」

珍しくヴァンも唇を持ち上げた。

「そうですね。それくらいの苦労があってもいい」


 こうして始祖である三人の少しのいたずら心も含まれた、三国統一の国名を、ドゥバドゥール――という。


...082


 ミィは晴れて三大大君ジルサーデの一角、神事を担う砂礫大君セークエ・ジルサーデになったものの、セダたちの身の上はしっかりと世話した。

 私のお客様というスタンスをミィだけでなく、キィも尊重したし、なによりもミィ付きの執事であるティーニがすべてを理解して取り計らってくれたというのがあった。

 結局、国を騒がせた王位は無事にすべて埋まり、新しい国の代表、大地大君ベークス・ジルサーデにはセーンが、軍事を司る岩盤大君ガルバ・ジルサーデにはカナがなった。

 セダたちは新しいドゥバドゥールの政権交代を間近で見たことにはなるが、所詮外の国から来た学生団体なので、王が交代した後は特にすることがなく、レポートを書きながらミィたちに少しでも暇ができるのを待っていた。

 そもそも、ミィと約束したことは三つ。キィを救う代わりにセダたちは土の大陸の神殿に案内してもらうことが残っている。

 ミィは王に即位したので、大変忙しい身の上になり、食事も一緒に取れないばかりか、顔を合わせる回数も極端に減った。しかし、砂礫大君になったことで魔神に挨拶をする役目もあり、セダたちを案内するのは自分だと主張しているそうだ。

 水の大陸の神国シャイデと異なり、ごたごたがあってもドゥバドゥールはしっかり神殿を国の特別管理施設と指定しており、一般人は入ることができない。それゆえにセダたちは喜んでミィが案内してくれるのを待っているのが現状である。

 ちなみにごたごたでルイーゼ家とも知り合いになれたので、闇の大陸への航路も定期的な商船に乗せてもらう形で、こちらも交渉ができている。

 セダたちはとりあえずシャイデからの親書をきっちりセーンに渡すこともでき、良い形で土の大陸を去ることができそうだった。



 そしてセダたちがヴァンの屋敷でゆっくりしているころ、王宮では新しく王に即位した三人と各王家の当主が集まっていた。

 そこには前岩盤大君でミィやキィの叔父であるジルドレ、セーンの両親、それにテルルも集まっていた。そして、公式な会議では必ずいるはずの書記君ラウダの姿がなかった。つまり、非公式の会議ということになる。

「では、シャイデへの返書は第三案で決定。それに伴い、シャイデの親書とともに、我がドゥバドゥールも各大陸の神国宛てに親書をしたためる、ということで」

 進行役はきっぱり物事を決めるエイローズのアーリアが行っていた。

「じゃ、お待たせしましたわね。ディー様、リリィ様、並びにドゥペー殿、でよろしいのかしら?」

 アーリアがそう言って金髪美少女の姿をしたテルルに声をかける。特に反論がない当たり、それでいいらしい。

「では、岩盤大君陛下。ご報告をお願いしますわ」

「いや、この場ではカナでいいって。なんかむずがゆいからよ」

 カナがそう言う。書類などは用意していない。書記君がいない、当然だ。これは非公式の会談という形をとっているからだ。

 ゆえに表向きはジルドレに王のあり方を教わっている形になっている。テルルやセーンの両親は招いていることすら内緒である。

「とりあえず、神官長、あ、元な。あいつを吐かせたけど、大したことはしゃべらなかったな。まぁ、十中八九、捨て駒にされたんだろう。神官のくせに魔神が王を選ぶことに反感を持っていたらしいからね」

 カナが軍事を統括することになったので、捕らえた神官長の余罪を追及していたのだ。ちなみに、カナはもともと武君志望。ルイーゼ家での身分もそこそこあり、軍に出入りしていたこともあって、すんなりとカナを頂点として軍が機能し始めた。

「で、無謀にも王になりたがった老人の夢で片づけるのはちょっと困りますわね」

 アーリアがそう言う。

「え、何? 俺ってそんなことで命狙われていたわけ?」

 いまだに状況を知らされていないセーンが当惑して訊ねた。アーリアが、報告し忘れましたわね、と呟く。

「状況を整理いたしましょうか」

 アイリスがそう言う。そしてアーリアがディーを見た。

「お持ちいただけましたわね?」

 ディーが頷いて懐に置いていた鞄から分厚い本を机の上に出した。それを見てキィやアイリス、それぞれの当主が同じ厚さの本を二冊ずつ出した。

「これは、大綱、でしょ?」

 すべて一巻である。極めつけと言わんばかりにキィが同じ大綱をもう一冊置く。机の上には大綱の複写本など含め、十冊程度の大綱の一巻が置かれた。

 セーンは不思議そうな顔をする。それも当然だ。この場にいるもので何も知らないのは、逃げていたセーンと蚊帳の外だったミィだけである。

「陛下が狙われていたわけですが。簡単に申し上げますと先ほどカナ様が仰る通りですわ。しかし、その老人の妄言に何人もの常識人が従ったのは、ここに正解が書いてあるからですの」

 アーリアがため息交じりに言った。キィがわかりやすく説明しようとする。

「セーン。それにミィ。これは俺が神殿から持ってきた大綱の一巻の原本。そしてこっちの三冊がそれぞれの王家で保管されている現在の大綱の一巻の複写本。この条文を見て」

 あらかじめ栞がはさんであった箇所を示す。そこには王の選定が記されている条文があった。

『――我が国の王、三つの王位、すなわち各大君は魔神様のお告げを受けた神官長によって宣告がなされたものを王と認めるものとする――』

 それを読んだセーンが当惑を隠せない様子で皆を見た。

「……え? これって……?」

 キィが頷く。そのキィが示した原本のその頁は白く真新しい紙に記入されていた。

「俺が、知っているものと違う。そうだよね、父さん。前に見せてもらったのは……」

 セーンが当惑しているのに対し、ミィはわかっていない様子だ。

「そう。で、こっちが五十年前の大綱の複写本」

 キィが示した三冊はどれも黄ばんで古い本だとわかる。

『――我が国の王、三つの王位、すなわち各大君は魔神様が選定を行い、その証拠に体に王紋を宿したものを王と認めるものとする――』

「え?! 違う!」

 ミィが驚いた。そこには皆の知る常識がそのまま書かれていた。

 この国では魔神が王を選ぶ。魔神は王である証拠に王紋をその体に描き、その王紋を見たものは王と認めるようになる。

 大地大君は胸、岩盤大君は項、砂礫大君は額にそれぞれ王紋が現れる。王紋は黄金に光かがやき、ドゥバドゥールの紋章とする。と続く。

「セーン、お前がこの条文を知っていたのは父さんが持っていた大綱の複写本を常日頃から見ていたからだ。それが、これ。われら書記君が命を賭けて守っていた、本当に本物の大綱の原本だ」

 父が手袋をして丁寧に扱った本。それは黄ばんでもいたし、紙の質自体も古く、もろくなっていた。

「え」

 セーンが驚く。その本に書かれていた条文は五十年前の複写本と同じ。

「御説明いただけますわね? ディー様」

ディーが頷いた。



「セーンには父さんが嘘をついていたことを、まず謝ろう」

 ディーはそう言った。

「セーンにもテルルにも私はエイローズの中心で執事に近い仕事をしていたと言った。勢力争いが嫌いなのは本当だが、私は書記君を務めていたんだ」

 セーンだけが驚いて父親を見つめた。アーリアは当時の記録、そして謎解きを済ませてすでに知っていた。

「さて、話に戻るが。なぜ私が大綱集の原本などを持ち出しているか。それは呼び名がないからそうだな、仮に『組織』と呼んでおこうか。その組織が我が国に目をつけ、それに感化された前王、もしかするともっと前の王の代かもしれないが、それらから始祖の考えを守ろうと代々の書記君が闘ってきたからだ」

 ディーの口から直接聞くのは初めてだからだろう、謎を解いたアーリアやキィも聞き入る。息子のセーンだけはつっこんでいた。

「組織って……」

「組織がいつから我が国に目をつけたのかは知らないが、ごく最近だと組織に深く関わっていたのはルイーゼ」

 カナが声を上げて驚き、アイリスとリリィは目を逸らす。

「俺らルイーゼが? どういうことだ?」

「私が書記君として働くようになったときに、それはもう始まっていた。組織の接触はルイーゼから始まって、各王家、王宮へと続き、神殿まで入り込んでいた。だから、そこまでの経緯は知らない。ここからは私が正式に書記君を就任した時から始まる。最初はわからなかったよ。先輩方はいつも何かに脅えて仕事をなさっていた。出身王家関係なしに、ね。その空気は働いて半年も経てばわかるほどひどかった」

 まだディーがリリィと出会ってもいない、成人になりたての頃だった。仕事をもらって数カ月は必死だったが、いつも先輩らが緊張しているとはひしひしと感じていた。

 そして一年が過ぎる頃にはそれはほんの少しの違和感を覚えていた。仕事後に秘密裏に何かをしているようなしている気がしていた。

 好奇心が勝ったディーは先輩をつけた。夜な夜な先輩や上官が行っていたことは、大綱集の複製だった。

「複製? 複写本を作っていたの?」

 ディーがアーリアの答えに首を横に振った。

「その答えが、これ」

 ディーが示したのは、キィが神殿から持ち出した大綱であった。

「そう、今まで神殿で保管されていた大綱集は、私ら過去の書記君が作った偽物だよ」

 いろいろ苦労があったのだろう、自身の創作物を眺めるようにディーは懐かしそうに表紙をなでた。

「なんでそんなものを?」

「それが組織につながっているのさ。前王が前々王と交代したら、動きが加速した。」

 ディーが苦笑する。その言葉に当主らが頷く。理解できないのはミィとカナだ。アイリスがカナの様子を察して説明しようとしたとき、キィがため息と共にミィのために口を開いた。

「前王は組織とつながっている。だから、始祖が作った大綱が故意に変えられようとした。それを阻止するために複製を作った。そういうことですよね?」

 ディーが頷いた。アーリアが思案する顔をした。

「ここからは私の昔話も含まれる。少し脱線になるかもしれないが、辛抱してほしい」

 ディーは苦笑するが、すぐにまじめな顔つきになった。

「上から書記君に対し、大綱集の条文を故意に変更しろ、という流れは秘密裏でもなんでもなく、普通にくるようになったのは私が書記君になって三年目だった。思えば先輩方はそうなることを踏んでいたんだろう。そのころ、複製の製作はほぼ終わっていた。だからかな、先輩方は驚く顔しつつも唯々諾々とその命令に従っていた」

 ミィが目を丸くして驚いた。

「だって、大綱集の改正には、三大当主と王、もしくは国民の賛成が必要なはずでしょう?」

「その通り。だけどそんな話は聞かないし、その内容を記した議事録さえない。わかるだろうか。一方的な命令を聞かなければならない状況を」

 ミィもカナも驚いていた。ドゥバドゥールという国は、王や位が高い者が勝手に法を変えることがないように法を変えるときの手順を万民に示し、それに従わない改正は無効、命令したものも厳罰が下される仕組みだった。

 それを始祖が編み出し、代々それに従ってきた。それは地方都市の長に限っても適用され、民の不満が生じないように気を配られていたからこそ、民の支持も厚かったのである。

 それ以上の良案が今までに生まれなかったというのもある。それだけ始祖が作った国の骨子の存在は偉大で優秀なものだったのだ。

「暗殺ですか?」

 アーリアが問うた。ディーが重々しく頷く。その思考に至っていた当主やジルドレはともかく、セーンも暗殺されかけた経験があるからか、当然のように表情を変えなかった。

「そう、反対したり、民に伝えようとしたりした書記君は秘密裏に暗殺された。暗殺が過激になったのはジルドレ様が即位して間もなく、軍事を自在に扱えた時代――つまり前王が活動的だった時期が最も激しかった。それからその流れは今までずっと続いていた。この国は暗君が重宝される。暗殺も珍しいことではない。だけれど、罪のない書記君を大勢殺された。書記君も団結し、学ぶというものだ」

 書記君はこの流れに逆らう力を持ち合わせないこと悟ったのだ。相手はこの国を束ねる王。巨大権力。だからこそ、秘密裏にことを運ぶ必要性があった。

 ディーが最難関の書記君になれたのも、暗殺によって書記君が減ったせいでもあったのだ。

 そして暗君を管理するはずの軍部を束ねる王は、その頃十代になったばかりの子供だったのだ。即位した肩書だけの存在。残りの二王は対して二十代で大人であったならば、権力を肩代わりするのをジルドレが止められなかったのを責めることはできまい。

 ジルドレが大人になり、軍部を掌握するようになったら、秘密裏に行われていた暗君を使う暗殺は神殿に本拠地を替えていた、という事実だけが残った。

 ジルドレが軍部を把握する頃には書記君は次の行動を開始していたので、ジルドレが事の裏側まで知ることはなかったのである。

「それで、この複写を本物とすり替えたんですね。道理で大綱集の扱いを受けていないわけだ。書記君が不真面目なのはわざと。彼らにしてみれば、そうしなければ生きていけなかった……」

 キィが呟いた。神殿内で粗雑とは言わないが、国宝級の扱いを受けていなかった。それをすべき書記君は神殿の権力に言いなりで、大綱集のことなど気にもかけていなかった。

 だが、キィが借り受けることは不信感をあらわにしていた。それはキィも組織と関わりあると疑っていたのだろう。

「そう。書記君は私の就任前後で二つにわかれた。上の命令を忠実にこなす書記君と、秘密裏に始祖の教えを守ろうとするものに。私は後者に。大綱集の複製が完成した後、書記君は大綱集を数冊ずつ持って雲隠れした。私が預かったのは本物の大綱集の第一巻と九巻。特に秘密裏に条文を変えよと命令が多かった巻を預かった」

 第一巻は国の成り立ち、王などの魔神にかかわる事項を、九巻は宝人の隠れ里など、他の種族に関する事項が多く記載されていた。組織はその部分を思うように扱いたかったのだろう。

「……ジルドレ様はご存じではないでしょうね」

 アーリアがつぶやく。当たり前だ、とジルドレが言った。

「しかし、アルカン様とグラファイ様との間に隔たりがあるのはいつも感じていた。今思えば、もっと問いただすべきだったのやもしれぬな。この年まで気づかなんだとは……」

 ジルドレも気づきはしていたかもしれない。しかし、事実を語られ、信じていた気持がなくなってしまったようだ。少し顔色が悪い。

「いえ、ジルドレ様がお気に病む必要はないでしょう。あまりにも王同士でお歳が離れすぎていたのですから」

「書記君は他にも保険をいくつか残した。キィ様が違和感を抱かれて、お気づきになられた改正印の変更もそう。大綱集をちゃんと変更する手順を踏み、皆に認められたものは本物の改正印が使われている。気づかれましたか?」

 ディーがそう言う。キィは頷いた。

「さすがです。改正印は私が知る限り二回変更されているはずです。今は省略しますが、どの改正印が押されているかによって、本物の大綱集に残すべき改正と、そうでないものが、見る者にはわかるようになっています。そしてこんなことが勝手に行っていることがわかれば、私たちは皆大罪人です。しかし我々にはその覚悟があった」

 ディーは静かにその決意を語った。

「大きな流れを変えることはできない。でも抵抗はすべきだ、それが我々の考えでした」

 ディーはそういう。

「本来ならば、私は神殿に残り、複写本に今までの流れを記し、抵抗を続ける役目を負っていました。それができなくなったのは、妻と婚約したのもありますが、それだけではありません。そこは妻から語ってもらいます」

 ディーはそう言って横に並ぶ妻を見た。

 セーンからすれば、父親が過去を偽っていたのが実はショックだが、国のことが係わる秘密を抱えていたのだから仕方ないと受け入れることはできた。

 しかし、母は一体何に関わっていたというのだろうか。

「アイリス様。構わないでしょうか?」

 母はまずアイリスにそう問いかけた。二人が知り合いということは父以外のこの場にいる全員が驚いていることから、知られていないようだ。

「構いません」

 アイリスが静かに答えた。母は一つ頷く。

「セーン。私は父さんほど過去を隠してはいないわ。ルイーゼ家で直系の御令嬢の家庭教師をしていたのも本当だし、ルイーゼ家で医術を学んだのも本当」

 リリィがそう言ってほほ笑む。カナがアイリスに視線を何回も投げかけた。

「私はフリア=ルイーゼ様にお仕えしていました。カナ様、これで私のルイーゼ家でのご関係がお分かりいただけましたか?」

 カナが気にしているのを知って、リリィがやさしく言う。その瞬間カナは目を見張った。

「フリア姉様の……先生?」

「はい」

 にっこりとほほ笑み、リリィが肯定した。

「それと同時にフリア様の専属の医師でもございました。医術の知識はもともと医師を志していた関係で、豊富でしたし、資格も持っておりましたから」

 そういうリリィの耳には国家資格である医術一級の耳飾りが存在を主張する。

「カナ」

 キィが説明を求めて、カナの名を短く呼んだ。カナが当惑から覚めて、キィに顔を向ける。

「フリア姉様はルイーゼ家の直系の姫様だ。アイリスの従姉にあたる。しかしフリア姉様は王宮に出入りするような人ではなかった。人見知りが激しくて、大勢の前に出ると委縮してしまうような人だった。親しい人にだけその内面を見せてくれるような。だから、叔父様もフリア姉様が王宮で王族として働くことは最初から望んでいなかった。キィやアーリア様がご存じないのも当然だと思う。それほど外に出たがらない人だった」

 カナが下を向きながらぽつぽつと語る。その語り口調が既に過去形なのが気にかかる。

「こんな説明じゃわかんないよな。……フリア姉様はセトの許嫁だったんだ」

 その瞬間に、キィが息を詰めた。ミィでさえ驚きをその顔に乗せる。そう、セトはアイリスの実の兄。そして約十年前に亡くなった。

「ルイーゼ家は血統に関係なく、家族ぐるみの付き合い方をする。セトは静かだけど芯の通ったフリア姉様を慕い、二人は恋仲になった。ルイーゼ家としても直系の血を残すために、二人の婚約は祝福された」

「……あの、フリア様は今……」

 ミィが小さな声で尋ねる。カナもアイリスも悲しそうに笑う。

「亡くなったよ。セトの後を追うように。半年後に。自殺って、話だった」

 ミィが思わず口を覆った。

「フリア様は自殺なさるような方ではありませんでした。私はアイリス様からそれを伺って信じられなかったほどです」

 リリィは強い口調で過去の事実を否定する。

「だけど、周囲は自殺をあっさり信じた。もともと内向的な人だったし、はかない印象が強かったんだろうな。セトが死んでしまった後だったから、余計に」

 カナがそう言う。そのカナに向かってリリィは強く言った。

「いいえ。フリア様は自殺など決してなさらない。フリア様は死ねない理由があったのです。だから、アイリス様に申し上げました。フリア様は自殺に見せかけ、暗殺されたのではないですか? と」

 カナが声を上げ、リリィを睨みつけるように見た。

「誰に殺されたっていうんだ!? フリア姉様は恨まれるような人じゃ……!」

 カナを遮るようにリリィが発言する。

「フリア様が秘密を知っていたからです」

 リリィもカナの視線を真っ向から受け止めて答える。キィがその二人の間に割って入った。

「なぜあなたはフリア様が自殺でないと言いきれたのですか?」

 リリィはキィの方を見て静かに答える。

「フリア様は人見知りが激しく親しい間柄でしか心を許せない方、というのはご理解いただけましたか? フリア様はそれゆえに私が専属の辞退した後も、私に心を許し、私を第一の医師と定めていただいていたのです。私は夫と居を移していたので、それは無謀なお話でした。しかし、フリア様は私以外に触診されたくないと仰って、私が去った後は病気はしないと仰るほど、決意は固かったのです」

 リリィは思い出したのか、くすりとほほ笑みながら言った。

「フリア様はお体に気を使われていました。年に一度の健康診断を私に頼み、それ以外で気心の知れていない医師を頼りたくなかったからです。その辺りはアイリス様やカナ様もご存じですね?」

 カナとアイリスは肯く。リリィ以前の主治医以外には決して体調不良を洩らさなかった。

 リリィ以前の主治医はアイリスなども世話になっているが、男性のためにフリアには壁があったようである。その主治医とも距離を置いていたのはアイリスはよく知っていた。

「そういや、フリア姉様元気って印象はないのに、風邪とか引かなかったな」

 逆にセーンは年に一度、母が決まった時期に村を出ていたことを思い出していた。

「ゆえに、私はあの頃フリア様が妊娠されていることを知っている唯一の医者でした」

「え!」

 カナが驚く。妊娠?!

「遠く離れた身であり、お産に立ち会ったことがない私では、最後まで診ることはもちろん無理で、フリア様もそれを御承知でした。ですから、徐々に他の医師や助産師と知り合っていくつもりだったのです。長期的な計画が必要ですね、そう話し合ったのです。その一月後に自殺するなど考えられないことでした。もちろん、セト様とのお子様ですから、なおさら」

 時系列を整理するとこうなる。

 セトが事故死し、その数ヶ月後にフリアの妊娠が健康診断によってわかる。セトとの子だ。セトを失った悲しみは強くとも、生む決心は揺らがず、生む決意をしていたはずだ。

 なのにその一月後に自殺などしようはずがない。

「そうか。セト様とフリア様はご婚約するはずだった。なら、セト様は事故死ではなく、セト様こそ暗殺された。そしてセト様が殺される理由を知っていたフリア様も殺された……?」

 セーンがつぶやく。カナの手が震えた。

「そんな……セトだけじゃなく、フリア姉様も……??」

 震えるカナの手をアイリスがそっと包み込んだ。信じられないような顔でカナがアイリスを見る。

「この先はわたくしがお話すべきですね。わたくしはリリィ様のお陰で目が覚めた思いでした。そして二人の死因を調べてみて、二人が暗殺されたと確信いたしました。……セーン様」

 アイリスがセーンを見つめる。

「貴方は直系に生まれなかった、そしてルイーゼ家ではなかった。だから今まで生きてこられた」

 アイリスのその言葉に言葉を失ったのはセーンだ。そして唇を震わせながら、可能性を口にする。

「……じゃ、セト様は、俺と同じ理由、で?」

 つまりはセトこそが、次代を担う大地大君だったはずなのだ。

「前大地大君は我がルイーゼ直系のグラファイ様です。わたくしの叔父にもあたりますが、ルイーゼ家の中ではかなり支配力が強い方でもあり、前ルイーゼ家の当主とは折り合いが大変悪い状況でした。ルイーゼ家は当主を支持する者と大君であるグラファイ様を支持する者で二極化していました」

 その様子は王家に連なるものなら周知の事実だった。それほど権力争いが激化していたのだった。

「グラファイ様は常日頃から、魔神に選ばれた大君こそ、すべてを統べるにふさわしいとお考えでした。今思うとその思考が組織にとって扱いやすかったのでしょう。もしくは組織によってそういう考えをお持ちになったのかもしれないと思います」

 ドゥバドゥールは複座の王制。しかし同じくらいの権力を持つ存在として王家の頂点、当主がいる。王制を掲げておきながらその支配は絶対的なものではない。

 始祖はなぜこうわざわざ火種をまくような、統制が取りにくい真似をしたのか。それは権力を分散する、互いに行き過ぎた政治、民のためにならない悪政を敷かないか互いに監視をさせる面もあっただろう。

 だが、この国では、王は魔神が選ぶ。もしも、王家の中で候補をあげることができ、その中からのみ魔神が次代の王を選んでくれるのならば、わざわざ当主は必要ない。王による権力の集中こそがスムーズな政治を実現させる。

 しかし、現実はセーンのように政治の中心で育っていない可能性があるものも選ばれる。

 三人の王がすべて政治に疎ければ、国は不慣れな王を仰ぎ、その間に混乱が生じるのは目に見えている。ゆえに、始祖はあえてこの方法をとった、と言われている。

「セト様はグラファイ様と対立なさっていた?」

 キィが尋ねる。アイリスは頷いた。

「正確には違います。わたくしの兄は中立の立場を貫いておりました」

「セトは正義感が強かった。グラファイ様にいい目をしていなかったのは事実だ。だからといって、当主の方に肩入れしていたわけじゃない。なぜ殺された? 本当にグラファイ様に殺されたのか? ルイーゼ家の仕業なのかよ?」

 カナがアイリスに畳みかけるように矢継ぎ早に尋ねた。

「それ以外にセト様を殺す理由がある者がいないからでしょう。セト様は次期当主候補。当主側は逆に守ろうとしていたはずです。そして他家には表舞台に深く関わっていないセト様を殺す理由がない」

 リリィが言った。自分の一族が殺したことを信じたくない様子のカナはうなだれている。

「でも、セト様は立場を表明していない。グラファイ様に対立した様子もない。急に暗殺された理由が……?」

 キィが思案しながらつぶやく。

「その答えはここに示してありますよ」

 ディーがそう言って、本物の大綱集のページをめくった。

「この一文を見てください。キィ様が大綱集がおかしいと気付かれた原因でもある極端な差し替えの一文です」

 ディーが指示した文はこういうものだった。

『――魔神が選びし大君が、その資格を無くし、交代を余儀なくされた場合。もしくは突然の不慮な事態により、大君の命を失い、早急なる選出が必要になった場合。魔神は同じ位の大君を前大君を輩出した同王家より再度選出するものとする――』

 カナが愕然とした。信じられない目をして大綱集を凝視している。

「なるほど」

 キィがつぶやいた。そしてジルドレがそれを見て唸っていた。

「セト様はただ、次期王に選ばれたのではなかった。グラファイ様が権力を望みすぎたゆえに、大君にふさわしくないと魔神に断じられた。だから、セト様を殺した……」

 ドゥバドゥールの複座の王は権力の集中を避けるために、次期王の位は必ず違う王家から選出される。

 その例外は他の王に比べ、あまりにも短命で任期を終えた場合と、魔神に王がふさわしくないと判断され、新しく魔神が王を選出したときのみ。

 グラファイの場合、セトは胸に王紋が出たのだ。グラファイと同じ大地大君の位の王として。ゆえに、可能性は一つ、――グラファイが王にふさわしくないと魔神が判断したのだ。

「それに巻き込まれてフリア様も殺された」

 アーリアが続け、アイリスが頷いた。

「やはりな。それで俺はフリア様の死が納得できないので真相を探れと、遺族から依頼を受けた。暗君には狙われるわ、なかなか真相がつかめないわで、命からがら逃げてあんたまでたどりついたのか」

 初めてテルルが口を開いた。セーンが驚いた顔をする。テルルがセーンと出会った大けがはそれが原因だったらしい。

 なんとなく予想がついていたものの、ここまでリリィの手で踊らされたいたとなるとちょっとくやしい。

「あんたらは事実を知っていたのに、俺に依頼して事が周知されれば組織をけん制できると考えたわけだな」

 テルルの答えにアイリスとリリィが同時に頷いた。テルルは呆れてため息をつく。

「もしかすると、ジルドレ叔父様がグラファイ様やアルカン様とお歳が離れて即位されたのもヴァンの誰かが殺された可能性もあるってことですか」

 ジルドレがはっとして信じられないようにキィを見つめ、否定を望んでディーを見つめる。ディーは視線をそらせながらもはっきりと可能性を口にした。

「不思議とは思いませんでしたか? ジルドレ様が即位されたのは御歳十一。対するアルカン様は二十歳。そしてグラファイ様は二十八、二十九が近いお歳でした。三大君のお歳が離れすぎているのです。もしかするとヴァンでも王紋を得た次期王が暗殺されていた可能性でさえあるのです」

 さすがにその言葉にはジルドレも唇をかみしめた。

「わしが何もしらぬ子供ゆえに、わしは生かされた、ということか……」

「はい。あくまで可能性です」

 ミィとキィも黙り込んでしまう。アイリスの兄セトが初めてではないかもしれないという事実。

 納得しかけた一同に待ったをかけたのは、普通に暮らしてきたセーンである。

「ちょっと待ってよ! 俺が狙われたのも、セト様が殺されたのも、その『組織』ってやつのせいなの? 意味がわからない。暗殺される基準がさっぱりだ!!」

 セーンが言う。

「いや、私も狙われたけど」

 ミィがつぶやく。カナだってキィのアドバイスで命を狙われずにすんだだけだ。アーリアは大綱集を指でたたきながらセーンに言った。

「組織が自分の思う人物を王にしたい場合、その者に王紋が出るかは魔神次第。運にかけるしかない。ゆえに、候補を何人も挙げているのでしょう。そしてその者に王紋が出たら、息の根がかかった神官を利用するのでしょうね。逆に自分たちの予想外の人物が選ばれれば、神殿が威信をかけてお告げを受けてない者を、偽王として罰することができる。よく考えられたものですわ。誰も始祖の御言葉、それも魔神が定めた事項を好いように書き換えようなどとは思わないでしょうから」

 この国は魔神が王を選ぶ。王は王紋が出たものを次期王とする。だが、書き換えられた大綱集では次期王は魔神からの託宣を受けた神官が指名する。その証に王紋が出現すると書き換えられた。

 ゆえに託宣を受けていないこの三人は神殿に寄って命を狙われた。忠実に大綱を守ろうとした神官に誤解で殺されかけた。セーンが目を丸くする。一部の人間だけが有利に運ぶよう魔神の意思さえ捻じ曲げて。

「それだけ? そんなことで俺、殺されかけたの? いろんな人がいっぱい殺されたわけ?」

 信じられないとセーンがショックを受ける中、冷たくアーリアが言う。

「それだけの理由で人を殺すことなどざらにありますわ」

 アーリアがしれっと答えたので、セーンが信じられない目で皆を見回す。

 首を横に振り続けるミィ、目を逸らすキィ、悲しそうに眼を伏せたアイリス。カナだってキィに聞かされたセトの死の事実は納得できない。

「組織の目的は何?」

 国を動かす中枢ではそれがまかり通る。納得できないセーンが怒って言う。

「それがわかれば苦労はしませんわ。なにせトカゲのしっぽ切り。当事者は大したことを知らされず、黒幕はとっとと国外に逃亡。幕引きとしては納得出来ませんわね」

 アーリアが答えた。神官長は何も知らされていなかった。ぎりぎりまで泳がせておこうとしたのにそれがあだになった。結局黒幕はかすめもしなかったのだ。

「いいえ、一つだけわかっていることがありますよ」

 ディーが口を開いた。

「だからこそ、アーリア様はアルカン様を早々に玉座から退けられたのでしょう?」

 おや、と軽く驚いたふりをした後、アーリアはにこやかに、しかしまったく目は笑わずに言う。アーリアはついっと視線をテルルに向けた。

「今回、民には知らせていない、しかし、この国に甚大な被害を及ぼされたのは、皆さまの暗殺などではありません。わたくしの仮定でお話しさせていただければ、これらはすべてこの事態への目くらましに思うのです」

「……え? なんだ?」

 カナが思わず尋ね、その考えに至っている可能性があるキィとアイリスが視線をちらりと交わす。

「『卵核の破壊』――つまり、この土の神国を狙い、ひいては世界のバランスを崩すことこそ組織の狙いでは、と」

 テルルの眉がぴくりと動いた。

「事実、神官長自らが禁踏区域に侵入、ドゥバドゥールの卵核は半分が破壊。セーン陛下が歌ったから、宝人は怒りを納めたのであって、本来なら宝人による災害が生じても仕方のないところでしたわ」

 アーリアがセーンをちらっと見ながら事実を淡々と述べていく。

「グラファイ様はとある組織を国内に積極的に招こうとなさっておいでしたわ。そしてアルカン様に唯々諾々と従いすぎていたのです。あの方ではエイローズの為にならない。だから、退位をお勧めしました。幸い、最後にはご納得いただきました」

 アーリアがしれっと言うが、王座から引きずり下ろすなど、簡単なことではない。おそらく、アーリアのアルカンへの責めは徹底して行われたのだろう。

「ある、組織? 『組織』とは別の?」

 ミィが尋ねる。アーリアはほほ笑んだ。

「皆様ご存じですよ。現にありますし。……公共地を有する世界公共組織です。公共軍を擁し、さまざまな国際的な関係を築き、国同士の架け橋となり、世界傭兵の招へい権を一番に持っている。……これで貴方が呼ばれた理由がわかりましたね? 『千変師』・テルル=ドゥペー殿」

 テルルは表情を変えずに、アーリアを見返した。そのアーリアの言葉をさえぎるようにセーンが声を荒げた。

「テルルは関係ない!」

「陛下が彼と親しいのは知っておりますわ。しかし、覚えておかれませ。国の、万民の命の前には友情など毛ほどの価値もないのですよ」

 セーンとアーリアの間に火花が散った。

「じゃあ、なんでテルルは俺を守ってくれた?」

「それすら演技である可能性は?」

 あくまでアーリアはテルルを涼しげな眼で見据える態度を改めない。テルルが笑いながらため息。

「まったく、俺は疑われていたのか。詫びのつもりで事情説明を聞いてくれってことだと思ってたよ」

「この国に関係のない貴方にそこまでの価値はありませんわ」

 アーリアがきっぱりと言った。テルルは笑った。

「俺ら世界傭兵が組織とやらに協力しているって?」

「その可能性の有無を確かめたいのですれど?」

 ディーもリリィもテルルを黙って見つめている。全員の目がテルルに集まる中、セーンが机を叩いた。

「テルルは関係ないんだ!」

 アーリアがため息をつく。セーンはアーリアが言葉をはさむ前に彼女を睨んで言い放った。

「世界傭兵は正義に基づいて行動する。だから法を整備している国には嫌われやすい。じゃあ、今回のことは正義感に基づくものか? 宝人の卵核を破壊する手助けが、世界的な正義か? 普通ならそれを阻止する側だろう。間違っているのは、あなただ」

 アーリアは反論するセーンに少し驚いた様子をしながら、目を細めてほほ笑んだ。その様子にテルルがセーンに笑いかけた。

「おまえたちが俺を、いや、世界傭兵を信じるか否かはお前らに任せよう。俺らは確かに公共軍に依頼を多くされ、受けることも多いが、それは公共軍が勝手に言っていることであって、普通の団体は俺らへの接触の図り方を知らないだけだ。それが事実。公共軍と仲良しこよししているわけじゃないぞ」

 セダたちがこの場にいれば、その言い方がジルに似ているといいそうだ。それほど世界傭兵は自分たちと、相手へのスタンスが一定であり、接し方を常に変えない。

 信用が得られないなら、こちらも信用しない。付き合わないというスタンス。しかし、己の正義に準じない場合は、容赦なくそれを裁く。

「それはそうでしょう」

 アーリアがいい、セーンがアーリアをにらむ。テルルはこの状況を楽しんでいるように笑う。

「じゃ、そういうことだから。それ以上も以下もない」

 テルルが特に弁明も、何もせずに口を閉ざす。

「わかりましたわ」

 アーリアも口もとの笑みを変えずにそれ以上の追及をしない。他の皆もそれに従った。

「ドゥペー殿にお伺いしたいのですが、卵核が破壊されたのは、我が国が初めてでしょうか?」

 キィが真面目に問うた。テルルは疑われていたのも気にしていないように答える。

「現状、土は二番目と聞いている。水が一番、水の大陸は全滅とのことだ」

 天気を口にするかのような普通の口調でテルルがしれっと言った。それに対し、全員が驚きに絶句した。

「水の大陸から親書がきただろう? それはそういうことだ。シャイデは王が全交代した。新しい王は若いがなかなか気骨があるそうでな、手を打ってきたんだろう」

 テルルはジルやランタンとのやりとりでそこまで理解している。事実、国交があってないような国同士の情報のやり取りのほうが遅い。だから今回も後手に回ったのだ。

「俺達世界傭兵は大陸同士を普通に行き来する。だが、国はどうだ? 気軽にやり取りはできないな。シャイデはそれを危惧したんだろう。そして、組織にそれを気取られないよう、学生団体を使っているんだろうな」

「それは、面白いお方ですわね。ぜひお会いしてみたいですわ」

 アーリアが言った。セーンが言う。

「親書への返書、第三案は棄却。俺が考えるよ。知恵を貸してくれるか?」

 セーンが皆を見回してそう言った。

「仰せのままに、我が君」

 アーリアが頭を下げ、他の王も頷いた。テルルはそれを見て頷き、その様子を見てディーやジルドレがほほ笑む。

 確実に、ドゥバドゥールも新しい風。変わる兆し。

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