1.旅立とう!
...001
「嫌になっちまうぜ、なんで俺が……」
ぶつぶつと文句を言いながら干草を高く積み上げる。セダに与えられた今日の仕事は、いや、今日の掃除当番は干草の整理。学園で飼われている多くの家畜が食べ散らかした干草の整理。邪魔だから高く積み上げて、巨大な干草の山にしてすみっこに置いておくのだ。
巨大なセダの身長くらいもあるフォークのような道具を使ってセダは1時間も干草をせっせと集めている。
「たかが貴族の坊ちゃんめ、武闘科だろうが」
セダの目の前にようやく巨大な山が一つ出来上がろうとしていた。周りに散らばっていた干草も少ない。夕方までにはなんとか終わらせたいのだ。
「こてんぱんにのしたからって……どうして俺が」
最後に巨大フォークを山に突き刺して仕事、もとい生意気なクソ餓鬼、訂正、貴族坊ちゃんの後輩を全治二週間の捻挫にした罰は終わった。
「やっとおわったぜー」
金髪はいつの間にかかいた汗によって張り付いていた。
「こりゃ夕飯前に風呂だな」
そう言ってセダが校舎に向かって歩き出した瞬間、ぼすぅっという音が響いた。
「なんだぁ?」
振り返って見つめてセダは固まった。巨大な干草の山がもとの散らばった干草に変わっている。
「ええー!!」
今までの時間を返せ!なんで、さっきやっと終わらせたのに!セダは元干草山に近づいて、そして驚いた。なんと干草の中央に女の子がいたのだ。
「え? マジで? どっから。俺、気づかずに積み上げてたとか? そんなワケねーだろ」
自問自答しながらセダは女の子が生きているかを確かめた。
「こらー!! まだやってないの!!」
遠くから別の女の子の声が響く。セダは後を振り返って、叫んだ。
「テラ! ヌグファ!! ちょっと来てくれよ」
二人の少女は何事かとセダの下に駆け寄ってくる。
「なぁ、見てくれよ。これ…どういうこと?」
二人の少女もぽかんと口を開けた。
「おんな、のこ…だよね」
「どういうこと?セダ」
「知らねーよ。さっき俺だってようやく終わらせたと思ったらこれだぞ!」
緑色の髪をした少女がおずおずと言った。
「ね、空から降ってきたんじゃないのかな?」
セダともう一人の少女テラは空を見上げて、二人で目を見合わせ笑った。
「「まさかー」」
「だって、この子、魔法の気配がする。この子……もしかしたら」
「なんだよ? 魔法科の後輩か?」
セダの苦笑いにテラが苦笑いを共にしつつ言った。
「空飛ぶ魔法なんてあったっけ?」
「ないよ」
ヌグファがあっさり言う。なんで? とセダが叫んだ。
「セダ、ちょっとまずいかも。この子連れて早く私の部屋に!」
ヌグファはそう言って二人を急かした。セダは驚きつつ、ヌグファに圧されて女の子を抱き上げると走り始めた。テラもそれに続く。急いで女子寮に向かった三人にヌグファは言った。
「セダ。これはバレたらマズいから二階から侵入して」
「ええ? 俺に罰を増やせと?」
女子寮は日が暮れる前までは男子も女子の許可があれば入れるが、今、日は落ちようとしている。このままでは女子寮に忍び込んだ罰を受けなければならない。
「わたし達じゃこの子運べないでしょ」
「あー、わかった。ちゃんと言い訳してくれよ! バレたら」
セダは女の子をおんぶして猿のように二階に登った。ヌグファはそれを見て急いで入口から入り、二階の自室の窓を空けた。タイミングを合わせたかのようにセダが滑り込む。
「私のベッドに寝かせて」
「おう」
セダはゆっくり女の子を下ろすとテラがベッドに寝かせた。
「セダ、これから皆帰って来るから、夜も更けてから帰ってくれる?」
「え? まじかよ」
「そんなことより、聞かせて、ヌグファ。この子をどうして隠すの?」
テラが言った。ヌグファは少し悩んで声を潜めて二人に言った。
「たぶん、この子宝人だと思うの」
「「ええー!!」」
「静かに!」
二人は同時に女の子の寝姿を見る。女の子は白い髪を長く伸ばしていて黒いワンピースに藍色の靴を履いていて、別に人間と変わりない。
「だって、わたしたちと何も変わらないじゃない」
「宝人って顔に紋章あるって聞いたぜ、俺」
「まずテラ。宝人はわたし達と外見は何も変わらないわ。そしてセダ。顔に紋章が浮かぶのは人間と契約を交わした宝人だけ。だからこの子を隠すのよ。この子まだ誰とも契約してない。武闘科じゃそんなに話題に上らないでしょうが、宝人の力は絶大。貴族が大金を出しても狙うわ。この子が宝人ってばれたら……この子は」
ヌグファがそう言って言葉を切った。その先は二人にも分かる。まるで珍獣のように奪い合いが始まるのだ。でも珍獣と違って宝人には人間と同じく感情も思考もある。
「なんで空から……?」
「逃げてきたのよ。たぶん。たった一人で」
「どうすんだよ?このまま隠しておけないだろ。……学長に相談するか?」
「それがいいわ。できるだけ早く相談して、この子の生まれ里に返すの」
宝人は人間とは違う。人間は男女が夫婦となり、子供を成すが宝人は生まれ里に大切に保管されている聖なる場所で卵から生まれるといわれている。宝人は必ず生まれ里を持ち、そこで成人まで過ごしてから契約するため人間の住む場所に出てくる。
「返してもらっちゃ、こまるの」
背後からの声にセダは驚いた。女の子が起きている。
「でも、わたしたちまだ子供で貴方を守ることだって……」
ヌグファの声に女の子が言った。
「悪い人じゃなくて良かった。助けてくれてありがとう。……迷惑はかけないから、もう出て行くから、私のことは放っておいて」
女の子の目は白かった。虹彩さえも白い。宝人とはそういうものなのかとセダは驚いた。
「私は、私と契約してくれる人を探さなきゃいけないの、急がないと……」
女の子はそう言って立ち上がった。そしてふらりと傾くとベッドに再び座り込む。
「具合悪いのか? 大丈夫か? なんなら俺ら誰にも言わねーから、休めよ。な?」
セダは女の子の顔色が相当悪いのに気がついた。テラが水を汲みに部屋を出てしまったほど顔色が悪い。女の子はぶんぶんと首を振った。
「だめなの、急がないと……楓が」
「かえで?」
ヌグファは安心させるように女の子の手を握ると、優しく語り出した。
「私はヌグファ=ケンテ。貴方のお名前を聞いてもいい?」
「…光」
宝人の女の子は光という名前らしい。あまり聞かない音の名前だとセダは思う。
「言いたくない事なら言わなくても良いわ。だから質問に答えてくれる?」
光は頷いた。テラが戻ってきてコップの水を差し出す。光は大人しくそれを飲んだ。
「光は誰かから追われているの?」
「そうだし、そうとも言えない。追われている。でも追ってるやつを倒すためには人間のパートナーがいる。だから契約してくれる人を探しているの」
セダは納得がいった。急いでいるっていうのはパートナーを探しているのか。
「パートナーにしたい人はいるの?」
「決まってない。でも強くて、優しい人がいい。それと、私に協力してくれる人。自分勝手な人とか、わたしたちを道具としか思っていない人は絶対ダメ」
ヌグファは当然だ、というように頷いた。
「外の危険は知ってて里を離れたの?」
光は頷いた。ヌグファは重ねて問う。
「危険な外にどうしてたった一人で出てきたの? ……まだ成人になっていないでしょう?」
「……」
光は黙ってしまった。宝人も家出みたいな感じで里を出たりするんだろうかとセダは考えた。
「知ればあなたたちを巻き込んでしまう。其処まで迷惑はかけられない」
光の声は幼いのにその言い方はとても大人びていた。
「わたし達人間は宝人のおかげで日々を生きていけるの。宝人の頼みなら聞くのが人間よ」
ヌグファは神を敬愛している。セダはそうでもないが神を信じるなら宝人も大事にするだろう。
「ここはどこ?」
今度は逆に光が訊いた。
「ここは水の大陸の東、テトベ公共地。セヴンスクール敷地内。コレだけ言ってわかる?」
「……テトベ公共地ってことは国じゃないんだ」
そう、公共地っていうのは国に属していない場所だ。全ての国が干渉できず、平等の土地。しかし住民はいる。この公共地っていうのは国際的に活躍する者のための場所だ。
「水の大陸中の公共地で一番規模が大きいのがセヴンスクールよ。ちなみに私達は黒のスクール生。私は魔法科。そこの二人は武闘科よ」
セヴンスクールっていうのは名前の通り7つのスクールから成り立っている。もともとこのスクールは世界各地からの難民や貧民といった学習できない子供たちを集めて学習させるためのものだ。
一番年下0歳から3歳までの幼児が所属するのが黄のスクール。ここに所属する幼児ははっきり言って親はいない。捨て子だったり、難民だったりする子供がここに預けられる。
次が4歳から6歳までの子供が通う青のスクール。黄のスクールからの持ち上がりがほとんどだ。
次が7歳から10歳までが通う赤のスクール。ここら辺になると普通の親がいる家の子供とかも通いだす。セヴンスクールの卒業した者は国際的な仕事につくことが多いから家の仕事を次ぐ必要のない二番目以降の子供が預けられたり、一般常識を学ぶために、親が通わせるわけだ。あと地域によっては学校がない場所もある。どっと人数が増える。
11歳から13歳までが通うのは緑のスクール。このスクールから貴族の子供が増える。貴族の子供は国際状況を知るためにわざわざ通うんだそうだ。
ちなみにこんなに年齢が上るに連れて人数が増えすぎるって思われがちだが、実際どんどん減っていく。子供は10歳近くになれば仕事を覚える。子供が産めない人や労働力に子供を欲する人がいるから減っていくんだ。もちろん、子供の意思でスクールを離れるかは決まるから、それだけ外の世界で暮らしたい子供が多いってこと。まぁ途中から貴族とかも入ってくるから喧嘩は絶えないし、友達がいないと居心地は悪い。
14歳から16歳まで通うのが白のスクール。ここを卒業するまでに自分がどの系統にいくのか決めなくてはいけない。勉強つまり研究に行くのか、外に出て仕事をするのか、公共の国際軍に入るのか。
17歳から25歳まで通うのが黒のスクール。卒業時に決めた分野ごとに校舎が違ったり、生活スタイルも変わる。
ヌグファ、テラ、セダの三人は国際軍系統に所属している。国際軍は武闘科、魔法科、特殊科の三つがあってセダとテラは武闘科、ヌグファは魔法科だ。黒のスクールで将来の仕事の準備期間みたいなのを終えるのだ。
最後のスクールは灰のスクール、別名無色のスクール。26歳から望むなら死ぬまで所属できる。ここに先生も所属している。白のスクールで研究系統を選んだやつしか行かない。これで七つのスクールだ。
「黒の、スクール。ってことは楓より年上……」
「さっきから言ってるかえでって誰だ?」
セダが訊くと光は泣き出してしまった。おろおろするセダにテラの鉄拳が飛ぶ。セダの文句をねじ伏せてテラは光を撫でた。テラの悪いくせだ、事実を確認しただけだろうに。
「楓、私のために……私を逃がしてくれた」
「その、かえでさん? も宝人なの?」
光が頷く。少なくとも里を出たときは一緒にいた人が居たらしい。でも黒のスクールより年下ならば最高で十六歳。
宝人は人間と違って寿命が長いため成人が三十歳だったはずだ。里に出るのに成人の半分の歳で出たことになる。
「ちなみに光っていくつ?」
「十四」
「じゅうよん!?」
通りで幼いはずだ。宝人は成人しても里から出ないものが多いと訊いていたのに、どうして光は出てきたのだろう。追われているということは里で何かしたのか?
ヌグファはその考えを否定した。宝人は里内での団結は固いと訊く。里で揉め事など、しかも成人前の宝人をそんなことで追い出したりするようなことにはならないだろう。宝人は人間の宝、それだけでない世界の宝。尊いもの。
「宝人の契約って一回すると解けないのか?」
セダの問に光は首を振った。
「でも私一人じゃ解けない。人間も契約を解くことを望んでくれないといけない。無理に解く事もできるけど、それじゃ私の痛みが激しすぎるから」
「どういうことなの?」
今度はテラが訊いた。テラもセダも武闘科だから魔法とエレメントについて余り知らないのだろう。創世記くらいしか知らないに違いない。
「私はまだ未熟で自分の力も満足に使えない。だから力の制御には安定した魂がいる。力をうまく使えないと痛むの。一方的に契約をきる事は安定した魂を無理に引き離すから、痛い」
二人はこんがらがったようで首を傾けている。
「宝人はエレメントを使えるけれど自在に使えるわけじゃないの。制御して使うために人間の魂が必要なのよ。魂を源にしてエレメントを構成する、そうよね?」
「へー。じゃ、上手く制御できないとどーなんの?」
「痛むって言ってたじゃない」
テラがセダに言った。
「宝人個人によって違うみたいだけど光は痛むのね」
「じゃ、結局人間と契約すれば光はエレメント使い放題ってことなのか?」
光は首を振った。
「エレメントは魔神のかけらそのもの。わたし達宝人もまた、その力を借りているに過ぎない。だから使い放題じゃないけど、使えなかった力が使えるようになるくらいになる」
光は言葉を選んで話しているようだ。セダやテラにわかるようにだろうか。
「ヌグファの杖みたいなものなのね?」
光はヌグファを見て頷いた。ようやく武闘科の頭が納得できたらしい。
「じゃあさ、光。俺と契約しないか?」
「え?」
「何言ってるの?セダ!」
「だって、たぶん、かえでって人のこと心配で急いでるんだろ? でも光は里を出るのが初めてっぽじゃん。いい奴に簡単に出会えるかよ。光が困ってるなら俺は助けてやりたいよ。だって宝人さまさまだもんな。宝人がいなきゃ魚は生でたべなきゃいけないし、昼と夜も交互にこないんだぜ」
光は右手をセダの心臓の上に持っていく。そして目を瞑った。
「いいかも」
「え? 光!?」
テラが思わず声が上ずった。
「強くて優しい、俺、ぴったりじゃん」
「強いの?」
光が静かに確認するように言った。
「おー、もち。俺、こう見えても武闘科長刀専攻のトップですよ?」
「契約って! それにあんたどうやってスクールから出るのよ?」
テラが呆れて尋ねた。セヴンスクールは許可されない限り敷地内から出ることは禁止だ。
「なんとかなるよ。そのかえでってひと助けたら俺は光との契約を解けば良いんだろ?」
「うん。できればそうして」
「お人よしも過ぎるよ、セダ! 宝人が追われてるってことはどんな強敵かわからないよ」
ヌグファがそう言うとセダは逆に笑った。
「おもしれーじゃん!」
光はセダを真剣に見つめた。
「力を本当に貸してくれるの? 私を道具みたいに思わない?」
「ああ! もちろんだ。俺はセダ=ヴァールハイト。よろしくな、光」
光とセダが握手を交わした瞬間にヌグファの部屋の扉がノックされた。ヌグファはクローゼットにセダを押し込み、テラにベッドの中に入るように言った。
「光は小さくなってテラの影に隠れて」
ヌグファが小声で言うと扉の方に駆け寄った。
「はい」
「ああ、在室ですね。いますぐ学長室へ行ってください。以前話していた任務の詳細が決定しました」
「今から、ですか?」
「ええ。詳しい事は学長に聞いてくださいな。それと、テラ=S=ナーチェッドをご存じないですか? 彼女も同じ任務に就く事になっています。見かけたら一緒に来るように」
「わかりました。あの、他に誰と一緒なんですか? メンバーに変更は?」
女性教員は書類に目を通して言う。
「特にありませんね。確認のために復唱しましょう。魔法科は貴方以外はいませんが、武闘科では他にセダ=ヴァールハイト、特殊科から一人グッカスが同じ任務に就く予定ですね。急いでください。学長は夕食を共にし、任務について話すようです」
女性教員はそう言って扉を締めた。ヌグファはクローゼットを開けてセダを出す。
「任務? この前の? 学長が話すのか?」
「しかも今から? 急よね? 普通任務詳細が伝えられるのは担任からだし、命じられるのは朝じゃない」
テラも眉を寄せた。セヴンスクールでは黒のスクールの国際系統に所属する学生には職業体験として半分軍籍に入る。だから任務が与えられる。でもそれは危険なものではなく、ほとんどが地質調査だったり建設業務の手伝いだったりする。しかし例外の学生もいる。
国際系統は三つの部から成り立つ。
軍人としての戦力を養成する武闘科。軍の主要武器である、長刀専攻、短刀専攻、槍専攻、弓矢専攻、その他の武器専攻の5つに分かれている。その各専攻の上からトップ十人は有力候補生として実際の生死の危機に触れるような任務もこなさなくてはならない。
次に魔法科。神の教えを研究し、神殿に入るのが半分、もう半分は国際軍に入って魔法使いとして活躍する人材を養成するための魔法科は四つの専攻に分かれている。総合魔法専攻、回復魔法専攻、物理魔法専攻、古代魔法専攻の四つで武闘科と同じく各専攻のトップ十人は危険な任務も行う。
最後に特殊科。特殊科は実際なにをやっているのかわからない。諜報活動を行う人員の養成とか暗殺者養成とか囁かれているが実際はどうなのだろう。特殊科は全ての生徒が危険任務も行うらしい。
「光、幸い私はテラと相部屋だから私が帰ってくるまではここにいて。私とテラ以外この部屋には入ってこれないから安心してね」
ヌグファはそう言って微笑む。
「ちょ、待てよ! おれはどこから出てくんだよ!」
「……(考えてなかった)……窓?」
「なんで疑問系なんだよ! しかも出ること想定してなかったのかよ!!」
セダは文句を言いつつも下に誰もいないことを確認して素早く飛び降り、女子寮の敷地外から飛ぶように駆けていった。誰にも見られていないことを確認できたヌグファもテラと一緒に部屋を出て行く。
一人残された光は疲れの所為かベットに横になったきり寝息を立て始めた。
...002
学長室の隣の応接間に簡単な夕餉が用意されている。一番の上座にセブンスクールの学長が座っている。セダは黄のスクールから所属しているのでどちらかというと親しい間柄である。しかしヌグファなどは別で緊張しまくっていた。
「急な呼び出しですまぬの、さ、席に付いてくれ」
挨拶もそこそこに学長の笑顔に導かれてまずは食事にありつく。
「セダ、お前罰をさぼったそうじゃないか……グスター先生が怒っていたぞ」
それを聞いた瞬間にセダがしまった、と言う顔をした。そういえばそのままにしてしまったのだ。
「違うよ、じっちゃん」
慌てて言い訳しようとしたところを、ヌグファがフォローしてくれる。
「違います。学長。私が誤って魔法をぶつけてしまったんです」
「ほぉ。魔法科トップの君がミスをするとは珍しい。セダをかばうのはセダのためにならないのじゃよ?」
「いえ。本当です」
「本当か? 珍しいな。気分でも悪かったのか? それともセダに不満があった、あ、そうだろう」
そう言ったのは激しいオレンジ色の頭髪をした少年だ。今回同じ任務につく特殊科の先輩にあたるグッカスだった。
「てめー、お前ならいざしらず、ヌグファがそんなことするわけねーだろ!」
「ふ、どうだかな」
「なんだとー!」
「やめなさい。学長の前よ」
テラが諌めてようやく口げんかが止まる。セダとグッカスは仲が悪いわけではないのだが、よく口論をする間柄ではあった。
「学長、任務の話をそろそろしていただけますか?」
ヌグファは早く部屋に帰りたいこともあってあらかた皆が食事を終える雰囲気になったとたんに切り出した。学長も頷く。
「そなたらは優秀な生徒じゃ。皆今期の単位はほとんど取れておるかの?」
「私は……はい。ほとんど。古代薬草史学と魔法色彩学だけです」
「えっと、私は武闘史学3と専門短弓と史学4と5です」
最初にヌグファ、次にテラが答える。
「うん。よろしい。専門の先生にお伺いしたところ、レポートか実習で単位をくれるとのことじゃ。グッカスは単位の心配はしなくてよろしい。セダ、おぬしはどうじゃ?」
「……武闘史学2と3、史学3と4、古代史6……史学ばっか残ってる。専門は終わった」
「む……。まぁなんとかなるじゃろう。今回の任務は史学が重要じゃったのだが」
溜息をついて学長はセダを見たが、表情を変えて、四人を見つめた。
「そなたらには今回国際学会と国際軍から正式に依頼任務があった」
国際学会とは国際的な科学者や学者の集まりで、優秀な頭脳の集まりである。そこからの依頼ということはと考えたグッカスが尋ねる。
「遺跡調査ですね?」
「うむ。そのとおりじゃ。キャペンタ市の隣のよくわからない遺跡があるじゃろう?」
「ああ、通称モグトワール」
セダもそれくらい知っていた。なんか、遺跡があるのに入れない、調査できない謎の封印のかかった遺跡らしい。
「そう、それ。かの地の遺跡調査先遣隊じゃ。遺跡内部の詳細と地図作成を依頼されておる」
全員の顔が驚きに染まった。古代遺跡中の遺跡だ。なんで、今さら?
「じっちゃん、今さらか? だって入れねーんだろ? どうやって調べるのさ?」
ふむ、と学長は頷く。
「つい最近、新たな事実がわかっての。あの遺跡はおそらく水のエレメントを祭るものだと推測されておるが……モグトワールの遺跡ではないか、という見解じゃ」
モグトワールの遺跡とは神話より前、人類がエレメントを神から与えられ不自由なく生活していた頃の人類が生活していた場所である。それに加え、エレメントを祭る神殿を含んでいる場所である。そこが普通の遺跡とは違うのだ。
誰も発見できず、今まで伝説視されてきたが、確かに創世記に記されているその場所を国際学会は追い求めていた。それを見つけたという。見つからなかったのは神殿にエレメントの使い方が記され、後世の人類に再びエレメントがわたることが無いように魔神が封印したのが有力な考え方だった。
「なぜそれを私たちに? そんな重要任務、国際学会が行うべきものでしょうに」
ヌグファがそう言って疑問をぶつける。
「その新事実は眉つばものでのぉ、証明されておらん」
「……噂ってことか?」
セダは呆れる。モグトワールの遺跡なら、すごい世紀の発見だが。
「しかし、あの場所は新開発の有力候補になってもおって……」
「なるほど。納得できます。開発するためにはあの遺跡が不必要と証明する必要があるのですね? ……ですが、どうして見つかったのですか? 何百年も前から遺跡調査は進められていたはずでしょう? どうして今見つかったのです?」
今度はグッカスが尋ねた。
「創世記にある更新年が近いのではないか、との見方が有力じゃの」
「では魔神は再びわれらを図っておられるのですか?」
創世記には魔神は人間がエレメントの悪用を目論見、宝人を従わせていないか図る機会を定期的に設けたとされている。それが何年に一度なのか、それとも宝人の求めに従うのかわかっていないがその機会を更新年、と呼んでいる。この更新年で人間が悪事を働けば、人間は今度こそ絶滅する。
「わからぬよ。これらの創世記を我らがいくら研究しても理解には程遠い。一番は宝人に訊くことじゃが宝人は人間を警戒して里から出ることはない」
宝人は魔神から生まれた新たな種族。創世記を形として残したのも宝人とされている。宝人は人間と生まれ方も違えば思想も違う。その思想はより魔神に近く、創世記をだれより理解している。だがその考えを人間に教えることをしない。
そもそも宝人は人間に近寄らない。エレメントの悪用を恐れる魔神の考えに支配されているかのように宝人は人間との接触を極端に嫌う。だからこそ、宝人のことさえ知られてはいないのだ。
「学長、もし宝人を保護したらどうするのが最適だと思いますか?」
「いきなりどうした? ヌグファ」
「私は神を信じています。そしてこの世界を支配するエレメントを扱う宝人を大事に思っています。でも世の中そう考える人だけではありませんね? 学長個人の意見を伺いたいのです。例えばモグトワールについて聞くべきか、とか。学長の正直な意見を」
それは、実際問題を隠すかのように、聞かれた事だったが、テラはばれるのではないかとはらはらした。
「そうじゃな。生まれ里に返すことが一番良いじゃろう。だが宝人の生まれ里は隠されておる。わしらでは手が出せぬな。宝人自身に意向を訊くしかなかろうな」
「では宝人にもし契約を求められる機会があったなら、契約するべきでしょうか?」
「契約を互いに望むならな。それがベストじゃろう」
学長の答えをきいて学長の宝人に対する考え方を理解したヌグファは学長に言った。
「なるほど、あくまで学長は人類万民の知識を得るより、神話を優先すべき、とおっしゃるのですね」
「そうじゃ」
「わかりました。勝手な発言をお許しください。興味があったものですから」
「よいよい」
学長はそれに加えて一言言った。
「モグトワールの遺跡調査任務は一年じゃ。定期連出発予定日は一週間後の朝。連絡は密に行うよう、半月に一度とする。詳細はグッカスに任せよう」
「承知しました」
グッカスが目礼して了承する。
「他に質問があれば、応えるが。……ないようじゃの、では、各自準備を怠らぬようにな」
学長はそう言った。任務に慣れている四人は即座に頷いた。
ひとまず、敷地外に出る許可は出た。後は、どうやって宝人をばれないように匿い、外に出すか、だ。ヌグファは考える。
...003
宝人は魔神から生まれた新たな人類。その責務は人間の監視とエレメントの管理。宝人はエレメントの管理と秘匿を自分の存在意義とする。だからこそ人間との接触を絶ってきた。
宝人は六種類にわけられる。それは六つのエレメントが存在するからそれぞれのエレメントを扱うもので分けられるのだ。神が人間に与えたこの世を構成する六つのエレメント。
一つ、それは生命を表し、すべての生き物に必要不可欠な水のエレメント。
一つ、それは進化を促す、すべてを育む母なる大地のエレメント。
一つ、それは活力を与える、すべてを照らす昼を司る光のエレメント。
一つ、それは休息を与える、すべてを包み込む夜を司る闇のエレメント。
一つ、それは破壊を表し、再生を促す、すべての動力となり得る炎のエレメント。
一つ、それは自由を運ぶ、すべてに動きという役割を与える風のエレメント。
この六つのエレメントが複雑に作用しあって全てのものは神によって創生された。そして六つに分けられた魔神もこのエレメント一つ一つを支配し、その魔神が生んだ宝人も然ることながら一つのエレメントを支配する。
人間は宝人との契約を切に望む。エレメントが使えればそれだけ楽な生活を手に入れられるからだ。
宝人はエレメントを使えなくても自分たちが生活する分には構わない。だが、それではいけないのだ。神は慈悲深く、エレメントの恩恵を人間にも与えよ、と仰った。 だからこそわざわざ危険を冒してまで宝人は人間と契約を望む。
人間は勘違いしている。宝人は望んで人間と契約するのではない。神が望んだから行うだけ。
だというのに、当然の権利のようにそれを求めてくるのだ!
「こっち! 光」
強く手を引かれて光は走る。混乱の最中にある里で彼だけが落ち着いていた。
「使い方はわかってるよね?」
少年は淡い緑色の細長い石を光の手に握らせる。
「さぁ! 逃げて、ここから」
「楓はどうするの?」
「ここに残る。みんなをできるだけ、守るから!」
「いや! いやよ! 楓」
「君はこんなところでつかまっちゃいけない! いいね! 自分の価値をわかっているだろう? 自分のすべきことがわかっているね! 絶対に帰ってきちゃだめだよ。ほかの里に逃げるんだ」
口早に伝えるのは悲鳴がどんどん近くなっているから。
「楓!」
「行くんだ!!」
少年が怒鳴る。びくっとして光は貰った石を強く握りこんだ。ふわりと身体が浮く。それを確認して少年は微笑む。
がちゃがちゃと鎧の音が響いて、微笑みは突然炎に包まれた。
「楓! かえでー!!」
上昇気流に煽られてその身は高く舞い上がる。炎は里一面を焼き尽くしていた。生まれ里はすぐさま見えなくなる。涙が風ですぐ乾く。でも涙は止まらなかった。
「絶対! 絶対信用できる人間を見つけて、帰るから! 絶対助けるから!!」
光は里に向かってそう叫んだ。
夢でも見る光景。何度この夢を見ただろう。里はどうなったんだろう。ちゃんと人間から逃げられただろうか。
「楓……」
その名を呟くだけで涙が零れる。お兄ちゃんみたいな存在で、いつも傍にいてくれた。力の使い方も教えてくれた。誰よりも優しくて穏やかで、大好きだった。
あいつらは楓を無理矢理手に入れるために、里にきた。楓の性格なら……契約に応じてしまう可能性が高い。
「その前に、絶対……!」
光は拳を握った。そこにノック音が小さくしてからヌグファが顔を出す。
「あ、起きていたの? ずいぶん疲れたみたいだから、そっとしておいたのだけど、起こしてしまった?」
後ろからテラが桶に湯気の立つお湯を携えて入ってくる。
「遠いところから来たのかなって思ったの。だから、さすがにお風呂は無理でも身体拭くくらいならと思ってね、お湯持ってきたのよ」
浴場からお湯を持ってくるのにも怪しがられたが、テラは脚がむくんでいて、足湯をするのだと言い張った。柔らかいタオルをお湯に浸し、絞って渡す。ヌグファがカーテンを締め切り、ドアに鍵をかけた。
「気になるなら、私たち後ろ向いているから」
テラが微笑む。ヌグファも頷いて、テラに習った。
光はちょっと赤面して、思い切ってワンピースを脱いだ。埃にまみれた肌に濡れた布が清めていく。涙を流したままにしていたことを思い出し、顔も丁寧に拭く。
「服、着替えたい? ちょっとサイズは大きいかもだけど、洗っている間だけなら私達の貸すよ?」
後ろを向いたまま、テラが言った。
「うん、着替えたいかも」
「わかったわ」
テラはそのまま奥に行って若草色のワンピースを器用に後ろを向いたまま渡してくれた。 光はそれを着る。ちょっと肩幅が合わないが、十分だ。
「あの、終わった」
「そう、気持ちよかった?」
このような気が使えるもの女だからだろう。光はこの二人はちょっと信用しても大丈夫かなと思った。それにセダという少年の魂はとても暖かくて心強かった。
「えっと、このままだと不安だと思うから、私達の考えを話すね」
テラはそういう。光は頷いた。
「私達はちょうど今日から一週間後にスクール外で任務に出ることになってるの。それに乗じて貴女をスクールの敷地外に出してあげようって考えてる。その上で任務にごまかせる範囲で貴女の願いをかなえようと思うの」
テラが続けようとしたとき、ノック音が響いた。テラとヌグファが顔を見合わせる。テラは口元に人差し指を当て、静かにと示した後に、クローゼットに光を押し込んだ。
「はい」
テラが応える。
「俺だ。任務の詳細を持ってきた、開けろ」
その声は光は初めて聞くものだった。グッカスである。
「えっと、」
テラはヌグファを見る。一応同じ任務のメンバーとはいえ、グッカスは光の存在を知らない。部屋に通しても大丈夫だろうか。
「早くしろ」
「わかったわよ」
テラは開けないのも不審だと思い、扉を開けた。鮮烈なオレンジ色の髪と不機嫌そうな顔が浮かぶ。テラが彼を招きいれ、ヌグファも顔を出す。
グッカスは部屋をちらりと見回すと、テラを軽く睨んだ。
「な、なによ?」
「お前、そこに何を隠してる?」
グッカスは光を押し込んだクローゼットから目線を離さない。
「え? なんでわかったの?」
馬鹿正直にテラは答えてからあっと口を覆う。
「そうです、何でわかったんですか。私達の秘密貯金」
ヌグファが真面目に言い切ったが、そんなのは大嘘だ。とっさの嘘がヌグファはうまい。
「違う」
そんなのはどうでもいい、と言いたげにグッカスはクローゼットに歩み寄る。テラはあわてて回り込んだ。
「乙女の秘密の花園よ? 開けるなんてないんじゃない?」
「お前ごときに乙女だの花園だのあるものか。いいから、どけ」
「あたしにはなくても、ヌグファにはあるかもじゃない!」
焦っていっていることが支離滅裂だ。
「どけ、ここに何を隠している、と俺は言っている」
がちゃり、と無残にクローゼットが開け放たれ、白い目がこわごわとグッカスを見上げていた。ヌグファが不安な顔をする。
「ほぉ……。初めて見るな、これが宝人か」
グッカスがそう言った。
「で、どこで拾った?」
最初からヌグファをグッカスは見る。
「どうして、わかったんですか?」
「魂の形が違うからな。俺に物理的に隠しても無駄だな」
「……セダの罰則中に枯れ草の上に落ちてきたんですよ」
「なるほどな」
光はおずおずと出てきて、じっとグッカスを見た。
「あなた、人間じゃない。魂の形が違う……」
「そうだ。おれは鳥人。本来は鳥だからな。ヌグファ、なんでここに置いている。さっさと学長にでも渡せばいいだろう」
そう言った瞬間に光はびくっと肩を揺らしてテラの後ろに隠れた。
「グッカス、光は宝人ですよ? 事は慎重に進める必要がありますし、宝人の意向を重要視するのは、人間として当然ではないでしょうか」
グッカスはちらりと光を一瞥して、言い放つ。
「別段、おれはそう考えない。お前たち人間にとっては宝人は敬うべき存在だが、おれ達鳥はそんなことはないからな。こんな状況じゃなければおれだって宝人に頼らずともエレメントの恩恵は受けられる」
そう、人間が宝人を敬うのは、エレメントを神に取り上げられたからだ。エレメントの恩恵を受ける為には宝人が必要なのだ。しかし人間以外の生き物はそうではない。だから必要以上に敬うことはしない、そうグッカスは言ったのだ。
「よー、グッカスきてんだろ? おれも仲間入れてー」
ノック音と同時に扉の外でセダの声がした。テラがそっと扉を開ける。一瞬で部屋の状況を把握したセダはグッカスに言う。
「や、内緒にしといてくれよ、な?」
「そんな必要ない。おれ達学生が身に負える責任なんてたかがしれてる。人間にとって宝人は貴重なんだろう? だったらなおさら大人にでも渡して厄介払いするほうがいい」
「厄介払いって何よ!」
テラが怒ってくってかかった。
「じゃぁ、なんだ? お前はこの娘と契約でもして、永遠にこの学園内に飼うつもりなのか? それこそ人間のエゴだとなぜ考えない。宝人なんて戦の種だ。とっとと手放すに限る」
光が泣きそうな顔で下を向く。
「あたしたち、戦いの道具じゃない!」
光はそういう。セダはグッカスの肩を叩いて言った。
「言いすぎだ」
光は手を握り締めた。そうだ、今この瞬間にも楓は……。
「ふん、厄介なものに変わりはないだろうに」
「厄介じゃない! あたしはただ、楓を助けたくて……!!」
いつの間にかグッカスに向かって光はほえていた。
「楓? なんだそれは?」
目で問われるが、よく知らないのでセダも首を傾げておいた。グッカスは順にテラ、ヌグファと見るが首を振られる。
「あのな、宝人の世界ではどうか知らないが、協力を仰ぎたいなら、まず、協力者が理解できるように話せ」
光はグッカスを睨んで、そして話し始めた。何故、逃げてきたかを。
...004
「あたしたちの隠れ里は水の大陸の中で一番大きな里なの。里から人間と契約した宝人は結構いっぱいいてね、他の里よりはひらけた里だったと思う」
光は話し始めた。
「でも外に出て、契約者を見つけた宝人は里には戻ってこれない」
「どうして?」
「隠れ里はぜったいに人に見つかってはだめなの。だから人間と行動を共にする宝人は帰れない。そうやって里は隠されて生きてきた。でもね、突然だった。突然、人間がいっぱいわーと来て……」
その時光は楓と共にいなかった。里の外側に近い場所で遊んでいた土のエレメントを持つ宝人の幼子が人間に囚われた。その子を人質に人間の軍隊は里の制圧に乗り出した。
「みんなすぐにわかった。楓が狙われたのだと」
光が呟く。重く呟かれたが人間のセダたちにはよくわからない。
「どうして……楓さんが狙われるの?」
「……楓は……炎だから」
その瞬間にグッカスの瞳が見開かれる。しかし他の三人はきょとんとしていた。炎だからどうだというのだろうか。宝人なのだから炎の守護する宝人もいるだろうに。
「楓は皆を逃がすために一人で立ち向かって、私を逃がしてくれた。だからその後里がどうなったかはわからないし、楓がどうしたかはわからない。でも、だからってそのままはやだ! 助けたいの! 楓を」
光の言う事はすこし要領を得ていないが、人間に隠されているはずの里が暴かれて、襲われた。その際に狙われた楓という炎の宝人を助けたい、ということだ。
「……お前、今言った事は本当か?」
グッカスが真剣に聞いた。
「え」
「本当に、その楓という人は、炎なのか?」
「…………うん」
光の肩を掴んで、真剣にグッカスは確認する。その様子から他の三人は何か特別な宝人なのだろうか、と考え始めていた。
「本当なんだな?」
「そうだよ」
逆に光は恐怖を覚えて、グッカスをおそるおそる見た。
「生きて、おられたか……!」
いっきに力がぬけたかのようにグッカスは光の肩を離し、ため息をつく。
「へ? へ? なになに? どういうこと?」
セダとテラが顔を見合わせる。ヌグファもわからないという顔だ。
「何でもない。とりあえず、お前の目的はわかった。まぁ、納得したやってもいい。でもな、世の中はそう甘くはない。ギブアンドテイクといこう」
「は? お前、お前こそ、俺たちにもわかるように説明しろよ」
セダはグッカスにいう。
「いいか。宝人の言う事を人間がきく必要はない。なぜならそれならこの世界は宝人による絶対世界であることになるからだ。しかし神はそう神話で言ったか? 宝人はそう言っているか? 義務と責任は違うんだぞ。わかるな、おせっかい女」
グッカスはそう言ってテラとヌグファを見る。
「お前たちが子供である無力さを無視してまで助ける義理はないんだ。そもそもこの事件は宝人と人間の境を壊した人間に一方的に罪がある。本来ならば公共軍が出向きその団体を壊滅させるべきだろう。だが、その件がここまで伝わっていないということは隠し通せるほどに大きな国が背後についているってことだろう?」
「水の大陸で強大な国……?」
ヌグファがはっとした。もともと水の大陸は他の大陸に比べ人口が多い大陸だが、大きな国となれば三つしかない。
「シャイデとラトリア、それにジルタリア位?」
「そうだ。この宝人の生まれ里の位置さえわかれば絞る事も出来るがな。そんな大国を相手にしようってんだ。こちらもお前にそれ相応のリスクか利益が欲しい」
「そんな! だって光はまだ子供だし……」
グッカスはハッと鼻で笑う。
「こいつの生まれ里に大人が一人もいないと思うか? こいつの暴挙を止める事が出来ないふがいない大人はいただろうがな。子供でも自分の意志できたなら、それ相応の対価を支払うべきだと、俺は言っている」
みんなしん……と黙り込んでしまった。確かに的を得ているような気がする。グッカスは冷たい発言をするが、それは真実である事が多い。確かに光の願いはかなえたいがリスクが多すぎると言っているのだろう。
「……あたしに、何をさせたいの?」
「俺たちが任務に出る事は知っているな」
「はい」
「その目的は知らないだろう? モグトワールの遺跡調査だ。お前、それに協力しろ」
「「は?」」
グッカスの言葉にセダテラ組みははてなマークを並べている。
「もぐと、わーる……ってなに?」
「エレメントを封印していると人間が勝手に予想している謎なのか不要なのか微妙な遺跡のことだ。宝人のお前がいればエレメント関係はわかるだろうと思ってな」
「なるほど……さすがグッカスですね! 宝人に危険な目はあわせないと信じていましたが」
ヌグファは笑った。テラも頷いている。
「え? どーゆー系?」
セダだけが話についていってない。というか張本人の宝人光もだ。
「馬鹿ね。グッカスなりの学長とかに内緒にすることの義理立てよ」
グッカスはけっこう厳しい事を言っていたが、それは建前で何かあった時の理由づけを言っただけだったのだ。
「それくらいなら……」
「交渉成立。さて、バカなセダにドジなヌグファじゃ、この子どうするかとか考えてなかったんだろう?」
「う」
図星を突かれ、三人でしょんぼりする。光はそれをみて微笑んだ。
「俺は学長に何とか言って、お前らより先にこの子を連れて隣町に行ってる。鳥の姿で夜学園の敷地外に出そう」
「さっすが、頼りになるぅ!!」
「俺をお前らと同レベルにするな……」
グッカスのためいきだけが響いた。