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モグトワールの遺跡  作者: 無依
第2章 土の大陸
14/24

1.男装少女と女装少年 【01】

...047


 水とはいえ、音が全くしないというのはよくある。例えば水の中。水に動きが無ければ、水そのものが立てる音というのはない。

 水の中に音を立てる何かが存在していれば別だが、この場所にはそれさえもいない様で、水の中とは言え、音を立てる要因は全くない。ゆえに、ただ停止しているような、静止しているような、ともかく水の流れさえ存在しない水だけの空間がそこには存在している。

 そして、そういう動きがないものは、たいていあるものを呼び込むものだ。

 ――闇を。

“あなたにしては、事を急いだ選択を取りましたね”

 静かでいて闇を思わせる声が響いた。水の中から突如生じた声だが、その声は生き物や『動き』を与えるような印象を持たない、冷たい印象のある声だった。

“……あなたこそ、ここまでいらっしゃるとは珍しい。お久しぶりですね”

 冷たい声が響に対し、その声に応える声がある。その声も静かだが、先程の声よりかはまだ温かみがある。

“お久しぶりです。不思議な事ではありません。闇こそ全ての事象に関わる事が出来ますから”

 水の中。話し合う声に対し、その姿はない。水しかない水だけの空間に、光が差さないゆえの闇しかない。

“急いだ選択……ですか。確かにそうかもしれませんね。ですが、あの子は生まれ、そして育ちました。己の脚でもう、歩む事が出来るほどに。……運命はそう待ってはくれないものです”

“運命と言えば何事も動き出すような言い方はやめてほしいものです。私はそういう言い方は好みません。ですが、時間が来て、動き出したことも事実です。私たちにとって今回は、どうなることやら”

 冷たい言い方のおかげで冷戦状態の関係性に思われるが、話しかける存在は誰に対してもこういう話し方をする。別に機嫌が悪いわけでもなんでもない。だからこそ、穏やかにあくまで自分のペースで返す。

“動き出さねば、何も始まりません”

“それはあなたの役目ではありません。あなたはむしろその対極にいる存在です”

“わかっています。ですが、その役目をすべきものは……あなたとてわかっているでしょう? 動き出したからには誰かが一石を投じねばなりません。今回はそれがわたしだっただけのことです”

 水の中で闇が増していく。まるで動いているかのように。

“あなたの投じた石に期待しましょう。始まりがあなただからこそ、変わる事もあるでしょう。だからこそ、わたしはあなたに会いに来ました。いいえ、伝えに来たのです。あなたが始まりだから、一番に”

 水が初めて音を立てる。それは水が動いた、ということ。

“……そうですか。賛同して下さるのですか?”

“誰もまともなつがいを持っていないのが現状です。故に『導き手』は今回次点で宝人が果たします。私の元に一人、最適者がいます。闇ゆえに全てを吸収できます。現状で最高、過去最低の鍵となるでしょう”

“ありがとうございます。動き出した鍵はそろわないといけません。私だけでなく、番は皆まともに動けません。……しかし、いいのですか? 最高の宝人ならば『器』にした方が……”

“いいえ。あれは一種の禁忌を侵しています。器にはなれません”

 声はそう伝えた。重ねて言う。

“ただ間に合うかが問題です。動かす前に少なくとも相談していただければよかった。いいえ、わかっていたことです。そんなことは言い逃れでしょう”

“ありがとうございます。そう言って頂けると助かります”

“私の元に鍵が来るまでには覚醒させたいとは考えていますが、何せ初めて宝人が導くわけですからあまり期待はしないでください。……では”

 水の中の闇が唐突に薄くなっていく。こぽり、と水が音を立て、それ以降再びの無音が降り注いだ。


...048


「ここまで腕がいいのに、まだ弟子とは……残念だぁな。な、事前契約だけでもしてかねーか? 嬢ちゃん」

「いえ……そんな恐れ多いです」

 明らかに商店の親父と言う印象を抱かせる恰幅のいい中年の男性が、まだ若い成人させしていない年齢の少女に残念そうに言って肩をすくめた。

「あんたの作品は高値で売れるんだよー。多くこっちに回してくれるとおじさんとしても助かるんだけどなぁ」

 対する少女は困った顔を隠せない。

「そう仰いましても……師匠にお許しを頂けるまで、組合には入れませんし、自分で値段を付けることも禁じられています。一度に出す作品の数も。ご了承いただけないと……私が師匠に怒られてしまいます」

 頭を下げて困る少女。それを見て、中年の男性は逆に焦る。

「ご、ごめんよ! 困らせるつもりはなかったんだ!!」

「申し訳ありません。修行中の身ですから、いろいろご迷惑をおかけして……」

「こっちも悪かったよ。じゃ、今回の材料ね」

「ありがとうございます。何かモチーフなどおありですか?」

「んー、あんたのはなんでもいいんだけれど。そうさね、これからの季節の花とかがいいかねぇ。今度は首飾り、耳飾りとかの一連の装飾品のセットにしてもらいたい。できるかね?」

「わかりました。ではいつものように、半月で仕上げます」

 少女は丁寧に中年の男性に頭を下げ、小走りに去っていく。男性はそれを見送って、少女から渡された箱の中身を見聞し、さっそくショウウィンドウの目立つ場所に飾った。

 飾られたものは、細かい細工を施された髪飾りだった。しかし見る限り、それは石の様なものでできていた。美しいグラデーションが髪飾りを彩っている。

 この中年の男性の店は宝石店である。しかし、その髪飾りはどう見ても宝石ではない。よく見ると美しい色をしていても、細かい砂の粒子が表面に見える『岩』である。ただし、肌触りは滑らかでとても砂の粒子が見える岩とは思えない。光を受けて所々宝石のように光る。

 ――これこそが、土の大陸でしかお目にかかれない『砂岩さがん』である。砂岩なら別段土の大陸だけに見られるものではない。他の大陸でも当たり前にある、砂や土が月日を重ねて岩になったものだ。

 土の大陸でしかお目にかかれないというのは、その砂岩を宝石や彫刻のように自由自在に加工することができる技術である。この技術を持った職人を『砂岩加工師さがんかこうし』といい、特に土の大陸の神国ドゥバドゥールでは国家資格となっている。

 砂岩加工師になるには、長年の修行も必要だが、感性や、岩に対する相性など様々な要因が複雑に絡まって、才能を開花させる。そのため、砂岩加工師になる為には、国家資格を持った者が、資格を悪用されないよう作った組合に申請を行い、師匠となる人物を己で見つけ出し、教えを請わなくてはならない。

 教えの最中で座学を一通り習った後に、組合の試験を合格したものだけが、実技を習得する資格を与えられる。実技を習い始めれば、師匠によって習得、修行法は大きく異なる。

 だが、最終的に一人前に認められる前に、必ず武者修行のようなものが存在する。期間はまちまちだが、一人で旅をしながら己の腕で生計を立てることが義務付けられる。これは、人前に出しても恥ずかしくない腕を持つと師匠に認められた加工師の卵のみが行うもので、作品と呼ばれる、砂岩を加工したものを初めて世に出す旅でもある。

 材料費を安く手に入れられる代わりに、テーマやニーズに応える義務があり、買い取ってくれる側が気に食わなければ材料費を全額負担するなど、己の腕一本に生活がかかっている。他にも、一つの店に出せる期間や数が決まっているだけでなく、己の利益を上げてはならないなど、少なくとも細々とした生活を強いられること間違いなしな点も武者修行に変わりない。

「あー、一人前になったらうちと専属契約してくれたらいいのになぁ」

 本気で彼女の才を惜しむ声を出したあと、開店の準備を店主は始めた。そう、彼女はその武者修行真っ最中の砂岩加工師の卵なのだ。こうやって修行中に己の腕を売って、一人前になった際に己の腕を頼りに店を構えたり、顧客を得る意味も修行にはある。

「おんや、ルビィさんの作品が入ったの?」

「おお、そうなんだよ」

 奥から店主の妻が顔を出し、彼女の作品の目の前で脚を止めた。ほうと思わず見入る。精緻な彫刻、美しい形、気を配られ、全体の印象を引き立たせる色遣い。彼女は数々の卵のうちでもピカイチの才能の持ち主だ。

「キレイだねぇ。売り物じゃなければ一度この髪に飾ってみたいよ」

「馬鹿をいうな。こういうのはもっときれいな人が似合うんだ」

「なんだって! ……まぁ、彼女の名が売れないうちじゃなければ手に入らない品になるだろうねぇ。この才能だったら、一人前になったら貴族の専属加工師になるかもしれないからねぇ」

「だなぁ」

 国家資格となっているのは様々な理由があるがこういう理由もある。華美な装飾品や贅沢品にしか砂岩の加工は用いられない。つまり、土の大陸において、砂岩加工師は宝石や芸術家と同等の価値を持つ。それ故に、貴族に囲われたり専属になったりという上流階級に好まれる。

 良い作品はそれだけ名と権力を上げていく。故にその加工師には最低限の教養が必要になり、時には国家を左右することもあり、ちゃんとした人格の形成が必要になる。だからこそ、厳しい修行や修練を必要とし、百人が弟子入りを望んだとして、砂岩加工師として一人前に成れる者は五人いるかいないかという厳しい現実が待っている。

 その中で有名になれるかといえばもっと数が減っていく。それだけ厳しい道のりでもあるのだ。

 ――そう、砂岩加工師とは、土の大陸では誰もが憧れる職人の一種である。



 表通りから何本か裏に入った道のり。喧騒は聴こえるが、静かな通りの中でも影のある方の場所。人があまり寄らない場所に先程の砂岩加工師を目指す少女の仮住まいはあった。手には先程の次の作品の材料。そして数日の食事の材料と、新聞。

「ったく、そろそろ潮時か? しつこいんだよな。嬉しいんだけどさ」

 テーブルの上に手にした荷物を置く。そして結んでいた髪を解いた。その時、手櫛で髪を梳く。

「やべぇな。そろそろ身を清めないとまずいな。いくら外見に気を使わなくていい職人とは言え……」

 明るい茶色の髪は肩口までざんばらに伸ばされている。その肌触りはちゃんと手入れをしていればすっと指が通る筈だが、数日ろくに洗髪をしていないせいで、頭皮に近い部分は少しべたつき、毛先は乾燥してぱさついている。

「……女ってめんどくせ……」

 しかし顔立ちは整っている方だ。だが、残念な事に手入れをかなり怠り、己の格好に気を配っていないゆえに彼女の外見の魅力は半減いや、八割減である。透き通るような緑の目も疲労でぱっちり開かず、視線が鋭くなっている。大変残念な少女だ。格好に気を配り、身なりを整えれば十人に三人は振り返るであろう顔立ちなのに。

「……テルルの情報は……ないか。しかしこの街に入ったのが陰の風月。あれから三カ月……そろそろ潮時」

 新聞にざっと目を通した少女の顔つきは真剣そのものだった。

「と、決まれば善は急げ。来月までに引っ越すか」

 少女は一度決断すると、作品に取りかかるべく道具を取りだしたのだった。これがこの町にいての最後の作品になるだろう。



 砂漠の中にどうしてこんな場所に? というほど唐突に存在するオアシス。そのオアシスの恩恵を全て受け入れて存在している施設。それは土の大陸唯一の施設である。

 名を神殿。砂漠の中に突如存在するその施設は広大な砂漠の中でひときわ目立ち、美しい白亜の宮殿の様だ。実際宮殿の様な大きな建物で、建物の全体が白い。この宮殿の恩恵を受けようと数多くの施設が集まり、民家が増え、一つの街を形成している。

 ここはオアシスでありながらも神殿を筆頭とした街が出来上がっている。土の大陸・神国ドゥバドゥール北西の大きな街・ルンア。神殿はルンアのシンボルであり中心だ。信心深い人々も集まり、人々は活気づいている元気な街である。

「すいませーん」

 そのルンアのシンボルである真っ白な神殿の裏口で中年の男性二人と少年が声を張り上げる。すると門番が建物の中から顔を出した。

「お、あんたらか」

「はいー。毎度ありがとうございます」

 彼らは神殿に食料を運びこむ専属の商人である。

「じゃ、いつものようにな」

「はい、お邪魔します」

 大きな台車そのまま裏口とはいえ、広い神殿内部に入っていく。神殿内部は外面と同様、内面も白で統一された厳格な雰囲気が漂う場所だ。台車を押しながら進む三人は手慣れた様子で食料を納める倉庫へ向かう。

 が、しかし。途中で少年が二人の大人に目配せをした。大人もそれを目線で受け取り、頷く。

 すると周囲を見渡し、確認した少年がだっと台車から離れて駆けだしていく。少年の身のこなしは素早く、そのまま広い廊下を突っ走り、奥の階段を駆け降りていく。数階という階段をものともせず、転がっているような速度で駆けおり、そのまま地下へとたどり着くと、手慣れた様子で奥の部屋を目指す。

 さすが地下でうす暗い地下だが、目的の場所を教えるかのように仄かに灯りがともっている。

「キィ!!」

 忍んでいることも忘れるような明るい声で部屋に着く前から声を掛ける少年。すると部屋の扉が勢いよく開き、中から少年が飛び出してきた。その少年に向かって抱きつく少年。

「ミィ!」

「大丈夫? なんかされてない??」

 抱きついた少年が訊く。すると抱きつかれた少年が首を振る。

「いや、それより毎回こんな無茶すんなよ! 心配するこっちの身にもなって欲しいよ」

「だいじょぶ、だいじょーぶ」

 呆れたように溜息をついて、キィと呼ばれた少年が言う。

「ミィの大丈夫は当てならないんだよ。毎回忍び込ませてもらってる商家の人にも悪いしさー」

「そんなことよりキィは自分の心配しなよ! 待っててね!絶対助けてあげるんだから」

「無茶はだめだぜ? ミィはすぐ周りが見えなくなるんだからさ」

 互いの頭を撫でて頷く少年達。

「あ、そうだ。たぶん次から俺、ここが部屋じゃなくなる。中に戻されるっぽい」

「ええ? せっかく覚えたのに」

「叔父さまから訊いてないの? なんかルイーゼ家が俺に対抗して一人神殿に送り込む影響で、俺の扱い良くなるんだってさ。ルイーゼ家がくるってことは、派閥争いで神殿もしばらくざわつくだろうしさー」

 やれやれと言った感じでキィが言う。ミィはむっとした。

「聞いてないし。ってか送り込むならキィの代わりを送ってくれたらいいのよ。そうしたら権力云々なんかどうでもいいこっちとしてはありがたいのよ。っていうか、気にするならディズの馬鹿ボンがなりゃいいのよ! キィをこんな地下に押し込めてさ! こっちとしては会えてありがたいけど」

「まぁ。俺の身代わりになられても感じ悪いしさ」

 憤慨する少年を見て、キィは力を抜いて諦めたように笑う。

「キィはお人よしすぎ!」

 ふっとキィは笑って、ミィの肩を叩いた。

「俺だって諦めてないし。一応これでもヴァン家ですよ? 神殿内の権力争いに革命を起こすルーキーになるぜ?」

「ぷ! キィそういうこと面倒なくせに」

 二人してくすくす笑う。うす暗い場所でも二人の笑い声で光が点ったようだ。

「ミィの為なら頑張るぜ? 俺」

「あたしだってキィのためなら頑張るよ! じゃ、そろそろ時間だから。元気でね!」

「うん、ミィも気をつけてな!」

 二人の少年はきつく抱き合って、その後頷きあった後に、ミィと呼ばれていた少年が同じように走り出した。



 澄んだ空には雲ひとつない。周囲の気温が低く、寒い空は青さをどこよりも増して、人の心を洗ってくれるかのようだ。そんな澄みきった空の下に相応しい草が生えただけの野原の高台。そこに寝転がる少年が一人。目は閉じられ、落ちついた規則的な呼吸に腹が上下している。健康そのもののその身体に突っ込みのように軽く他人の脚が腹を蹴った。

「見張りが寝てどうすんだ」

 その少年しか気配と姿がなかったのに、いつの間にか少年の元に一人の青年が流星の如く降り立っていた。

「んー、ランさまぁ?」

 数回瞬きをして、今気付いたことを隠しもせずに少年が身を起こす。呆れた様子でランタンは少年を見降ろした。

「おかえりー」

 にかっと覚醒した少年が笑う。ランタンは溜息をつきながらも笑顔で少年に応える。

「見張りの時くらいお得意の居眠りは封印しとけ。俺楽にお前の命取れるぞ」

「ラン様を目の前にして勝てる相手はいませーん」

 少年はおどけて言う。確かに世界傭兵ランタンと言えば暗殺師で有名。

「あのなぁ……」

「それにさ、イェン様の結界があるんだもん。見張りは形だけでしょ?」

「イェンだって万能じゃねーぞ? そのための見張りだろ?」

「うんうん。わかってますって。ラン様ほどじゃなけりゃ、俺だって飛び起きるさね」

 少年が笑顔で言い切るので、困った様子を隠せず、かつ叱れずランタンは苦笑する。

「どうだかなー」

「にしても今回は早かったね、ラン様。そんなに遠くなかったの?」

 ランタンは世界傭兵として、資金集めに奔走しているのだが、大陸間を渡る事はしょっちゅうで、一度に数件の依頼をこなして戻る。大金と共に。

「いんや。今回は依頼じゃなかったからな、イェンのお願い」

 ぱちくりと目を丸くする少年。

「そうなん? じゃ、今回はお土産なし? お金も?」

「うぐっ……! 遠征費は自費ですよ……。そんなに稼ぎ頭をいじめてはいけません」

 ここは闇の大陸―宝人の隠れ里の一つ。ランタンはイェンリーと共に一つの里を任されており、その資金源はランタンとイェンリーの稼ぎでまわっている。

「稼ぎ頭はイェン様だろー? ま、いいや。じゃ、今日はラン様のお手製メニューが並ぶかなぁ?」

 ニマっと笑って少年が言う。ランタンは視線を泳がせて頷いた。

「それって、脅してない? いいけどよ」

「じゃ、早いとこ言いにいきなよ? 今日の食事当番はリラだよ」

「リラな。わかった」

 ランタンは頷いた。歩きだそうとしたランタンに少年がコートの端を掴んで止める。

「そうだ、大事な事言い忘れてた。皆に言われると思うけど……」

「ん? なんだ?」

 少年が笑顔を引っ込めて言った。

「イェン様が起きないんだ。みんな心配してる」

 そう言われた瞬間にランタンの顔からも笑顔が消えた。

「今度はなにやらかした?」

「んー、特に思い当たらないんだよ。余計それで不安かも。結界も維持できてるんだけどさ『夢渡り』出来ないほどに深い眠りみたいなんだよ。まぁ、数日前に新術開発とか言って三日間位籠ってはいたんだけどさー」

ランタンは額に手を当てた。

「イェン……またか!」

「ってわけで、たぶん最初のお仕事は目ざまし係だよ」

「……イェンはお仕置きだな!」

 ランタンはそう言うとその場で光と化して消えた。少年がそれを見送り、やれやれと苦笑した。

「まったく」

 そうして少年は再び惰眠をむさぼるために横になったのだった。

 ランタンは里の内部で転移を止め、歩きだす。すると里のあちらこちらにいる子供がランタンに気付き駆け寄って来た。ランタンは一人一人とあいさつを交わし、時には抱き上げ、時にはハイタッチを交わし、久々に帰郷する。

 そして見張り番の少年に言われたように、イェンリーが起きない事を度々訊かされる。

 ランタンは苦笑しながら頷くにとどめ、今日の食事当番の少女に自分が代わる事を告げ、食材管理の係に使っていい食材を確認し、頭の中でメニューを組み立てる。

 しかし、ランタンが会う人物は皆子供である。少なくともランタンより年上の人物はいない――。

 ここは闇の大陸の中の宝人の隠れ里の中でも特殊な里――子供だけで構成された隠れ里。大人はイェンリーとランタンしかいない。宝人の子供約百人に大人二人というあまりにもおかしい構成。

 しかも大人のイェンリーとランタンも宝人で言う成人に達したばかりのまだまだ人生経験が豊富とはいえない人物だ。なぜそんなことが許されているかは、この里の特殊な事情により成り立ったからだが、暮らしている子供達の顔は明るい。

 子供達は二人を両親や家族の様に扱ってくれる。それはさきほどの見張りの少年の気軽さからも容易に伺える。

「よう」

「あ、おかえりなさい、ラン様」

 大樹が複数寄りあわされたような形の場所。イェンリーとランタンの住処である。子供達も皆、周囲の木を数本寄り合わせたような奇妙な木々の中に住まいを持っている。

「ただいま」

「イェン様が……!」

「うん。訊いた。俺に任せときな」

「うん!」

 木の前で心配して佇んでいたであろう女の子の頭を撫でてランタンは木々の洞をくぐった。この里は皆寝所を木の洞の中に構えている。というか、木を複数合わせ内部を住居に改良することで複数の子供に効率よく二人部屋を与えている。木々の集まり一つに対しだいたい十人程度が暮らしている寸法だ。その中でも大きめの大樹で形成されたイェンリーとランタンの住処は洞の入り口にランタンの寝室がある。

 久々の寝床を軽く整え、ランタンは荷物を置くと木の内側に出来た凹凸を利用して上の階に上っていく。木の空洞に木の枝を網状にして木の幹の中に複数階を作っているのである。二階より上がイェンリーの寝室兼書斎になっている。

「ラン様、おかえり!」

 何せ木の幹の中なので広さはない。上がっていくとすぐにイェンリーの寝具が広がっている。その隙間に子供が二人いて、イェンリーの様子を見ていた。

「おう、ただいま」

 己が座る場所がないのでとりあえずイェンリーの足元に身をかがめて立つ。

「ラン様、イェン様起きる?」

「ラン兄が帰ったら大丈夫って言っただろ!」

 二人の子供が言いあう。ランは破顔した。心優しい子供たちだ。

「ったく、二人を心配させるなんてイェン悪いやつだな! 俺が叱っとくからな!」

 そう言われた子供達は頷いて笑顔になる。そして猿のようにするすると木の肌を伝って下りていった。二人が居た場所に座りこみ、眠りこけるイェンリーの顔を見る。

 顔色は良い。疲れて寝ているわけではないらしい。

「イェン」

 軽く声をかける。そんなことで起きはしない。したらそれはすでに嘘寝だ。イェンは寝起きが悪いので有名なのである。ランタンは両手でイェンリーの頬を挟み込み、額同士をくっつけた。

「イェン、起きろ」

 目を閉じるランタンの身体が薄く光る。光が心なしかイェンリーに注ぎ込まれているような気がする。

「イェン」

 優しく声を掛ける。そして、しばらくして目をあけ、ランタンは己の光を収めた。

「イェン、起きないとちゅーするぞ」

 といたずらっぽく言った瞬間に、目の前の漆黒の目がぱちりと開いた。

「変態」

「お前、開口一番それ?」

 からからと笑うとランタンは安心したようにイェンリーから身を離した。

「お帰り、ラン」

 イェンリーが微笑んで身を起こそうとして眉をしかめる。

「やべー、寝過ぎた。身体動かない」

「はいはい」

 見越していたかのように呆れた様子でランタンはイェンリーの脇に手を入れ、己にもたれかからせるようにして、イェンリーの身体を起こしてやった。その度に関節が軋み、音がした。

「お前はじいちゃんか」

 ランタンが思わずつっこむ。イェンリーはいてて、と言いながらゆっくり己の身体を伸ばした。

「教導着なんか着たまま寝るからだ。身体が固まってんだよ。今回は何日?」

 少し怒った様子でイェンリーに言う。イェンリーは視線を彷徨わせ、脳内で記憶を確かめているようだった。

「んー、一週間くらいか、いや、そんなに長くない……と思う」

「馬鹿か? あんだけ寝だめすんなって言っただろ! みんな心配したんだぞ?」

 イェンリーは困ったように視線を逸らせた。

「いやー、そんな疲れるようなことはしてなかったから大丈夫だったと思うんだ。ちょっと寝ようかなーって思ったらこれだったんだよ。本当だぜ?」

「どうだか。お前はもっと自分が貧弱だって自覚しろよ!」

 その言葉にカチンときたのか、イェンリーは不機嫌になる。

「うるせー」

「で? 今回は何したの?」

「……闇石を使って同時複数会話ができねーかなぁ……って。ホラ!『夢渡り』の要領で、それを夢を介さずに石を介してーって考えて構成を練ったりしてたんだけどー」

 がっくりとランタンはうなだれた。そんな高等そうな新術を開発してどうしたいんだ、お前は。

 目の前の青年は己に比べて貧弱と言ってもいいと思う。痩せていて肌も色白いというよりかは青白い。しかし、この青年と暗殺師の異名をとるほどの己が一対一で戦うと五分五分の確立で勝敗が決まる。なぜか、というとこの青年はエレメントの使い方が巧いからだ。

 様々な大陸を渡り、数多くの宝人を見たが、イェンリーほどエレメントを巧みに使いこなす者にお目にかかったことがない。彼の術と言っているエレメントの使い方は本当に素晴らしく、ランタンの常識を変えたほどだ。

「まぁお前の趣味だから口出ししねーけどよ、ほどほどにしろよな。皆を心配させんなよ」

「それは……悪いと思ってる。ただな、ほんとに今回は変だったんだよ。まだ頭がぼーっとしててさ」

 ランタンはイェンリーの額に手を当てる。

「病じゃねーよなぁ?」

「おう。ま、なんか食べたらシャキッとすっかも」

 イェンリーはそう言って首を回し、上着を脱いだ。ぼすんと音がする。イェンリーが着ている上着は特製なのだ。

 里の運営を任された長、闇の大陸の里ではその長を教導師と呼ぶが、その教導師に着用を義務付けられた上着なのである。

「おい、教導師サマ?」

 ランタンが呆れて声を掛ける。教導師たる者威厳あれ。それが教導師の格言の一つだからだ。

「いーんだよ。だって重いんだもん」

「いや、知ってるけどさ」

 長の権威を示す大切な着ものだが、イェンリーは動きにくいとか重いとかうざいとか言ってよく着忘れる。というか着ない。

「ラン」

「ん?」

 イェンリーは微笑んだ。

「おかえり」

「ああ、ただいま」

 ランタンも微笑んだ。この為に、この笑顔のためにイェンリーの元にいる。ランタンは己を変えたイェンリーの側にいる。イェンリーを護り、イェンリーと共に過ごし、イェンリーの為に生きる。

 それがランタンの生き甲斐で、生きる理由だ。


...049


 ジルの案内で水の大陸の端まで来た一行は初めて見た水の海に感動していた。

「すげー!!」

 一面広がる青い水。水が陸へ来ては引いていく。それが一面全てで起こり、水は山の様な形を作って永遠に岸に押し寄せる。が、次の瞬間にはその水はまた沖へと引いて行くのだ。

「水はいつもあんな動きなのか? 止まったりしないのか? ってかなんで動くんだ?」

 興奮した様子でセダがジルに言う。ジルはああ、と頷いた。

「あれは波だよ。押し寄せては引き返す。海独特の動きだ。見た事無いのか。ちなみに俺が案内するのはここまでだけど、水の海の先はしばらく沼が続いて砂の海が広がっている。砂の海は船の造りが違うから、船を乗り換えることになるぞ」

「船~?!」

 光が知らない様子で言う。ジルは笑って、遠くを指差した。そこには帆船と呼ばれる大型の船が停泊している。

「あれが定期船だ」

 ジルは行こうと、一行を促す。船が近づくにつれ、船の存在すら知らなかった一行は感嘆の声を上げる。

「船って……なんであんな大きい物が浮かぶんだ?」

「沈まないのか……!?」

 セダとグッカスが呟く。ジルが苦笑した。

「船ってのは、水の上に浮かべて水の上を移動する乗り物だよ。あそこに大きい一枚の布が垂れ下がっているだろう? あれが帆と言って、後ろから風を受けて進む仕組みなんだ。……まさか泳いで大陸移動する気だったのか?」

 笑いながらジルが言う。旅に慣れているジルと違って大陸から出た事がある者がリュミィしかいないのだから仕方ない。それに一行は海だって初めてだ。

「で、川とかには入ったことがあるだろう? 身体が力を抜けば浮くのと一緒で軽い物なら浮くんだ。船は沈まないさ」

 ジルは乗れよ、と言う。船頭と話しは付けてあったようで、船頭は笑いながら一行を促した。

「今回はジルは乗らないのか?」

 船乗りが気軽に話しかける。

「ああ。ちょっとしくじってな、まだ安静の身なんだ。またな」

「そりゃ残念だ。じゃ、ジルのご友人さん方よ、乗りな」

 セダは初めての海、大型船に興味津々で我先にと乗り込む。リュミィが慣れた様子で光と楓を促した。驚きながらも手を引かれながら乗り込む。

 テラも初めての不安より興味が勝る様子で楽しそうに乗り込む。ヌグファが不安げに乗り込む。

「グッカス、乗れよ」

 ジルが言う。グッカスは無言で乗り込むために渡し板に脚を掛け、そして止まった。

「揺れているぞ!」

「や、当たり前だろ。水の上だぞ」

 ジルが逆に呆れた様子で言う。グッカスにしては面白くない冗談だ。グッカスは渡し板に片足を乗せたまま、固まる。

「……グッカス?」

 ジルが覗き込むとその視線は泳いでいる。セダたちがようやく気付き、船の上から乗り込まないグッカスを見る。

「俺は……乗らないぞ!」

 グッカスが心なしか青い顔でいい、回れ右をした。ジルがあんぐりと口をあけて驚き、そして慌てて船から逃げようとしているグッカスを捕まえる。

「何言ってるんだ! 大陸を渡るには船で行くしかないんだぞ!」

 体格差からか、それとも必死なグッカスからか、ジルが押され気味である。というか引っ張られ気味である。

「いい! 俺は飛んでいく」

 グッカスはそう言い張る。飛べるはずだ、と自己暗示をかけているあたり、グッカス怖いのかとからかう余裕さえ無い。どちらかと言えば、なだめる事にジルは必死だ。

「俺は鳥人。鳥なら大丈夫」

「なんでだよ! 川の船なら乗れるんだろう?! あれも揺れていただろうが!!」

「あれは対岸が見えるだろう!」

 自己暗示を繰り返す、大型船が苦手らしいグッカスを見て、ジルが溜息をついた。

「わかった。じゃ、小鳥になってくれ」

「わかった」

 素直に頷いたグッカスはその場でジルの手に止まれるくらいの小鳥に変じた。ジルは優しく両手でグッカスを包み込んだと思った瞬間に、両手で握り潰すのでは、というくらい両手の中に閉じ込めた。

「セダ!」

 叫んだジルにセダが気付く。そして、ジルは握りしめたグッカス(小鳥)をボールさながらにセダに向かって投げた。条件反射で受け取ったセダは同じように両手でグッカス(小鳥)を包み込む。

「出航まで閉じ込めておけ!」

「騙したな!」

 くぐもった声がセダの両手の中から聴こえたが、やり取りを見ていたセダはグッカスを羽ばたかせないよう、首から先だけ手のひらから出してやるにとどめた。心なしかグッカスから殺気が向けられている気がしなくもない。

「土の大陸までは俺の知り合いの船頭が案内してくれる。そっから先は状況次第だ。この船乗りたちは商業船だから、荷物と一緒に土の大陸まで連れてってもらえよ」

「わかった。ありがとうなー」

 一行は笑顔で手を振って水の大陸を出航した。数日青い水の海が一面に広がる景色しか出会わなかった。青い海と青い空。この色しか見ることはなく、時折白い雲が通り過ぎるだけ。

 グッカスは海に出てから逃げる事は止めたらしいが、船室に閉じこもっていた。その様子はからかったりするレベルではなく、皆がそっとしていた。グッカスにも苦手なものがあったんだね、と心なしか心配げである。

 それ以外の一行は船の仕組みを聞いたり仕事を手伝ったりと忙しくも楽しい日々を送っていた。次第に水の海の色が深い青から濁った色に変わり始め、青から緑っぽい色になって来た。

「ああ、土の海と水の海の中間点が近い証拠だ」

 船頭のおじさんがそう教えてくれた。しばらくすれば水に土が混ざり、泥の海になるのだという。さすがに中間点ほどの泥になると粘度が高くてこの船では進めなくなる。そこで連絡船が着て、船同士で荷物をやり取りするのだという。

 泥の場所でも進むことができる船に一緒に乗せてもらう運びのようだ。船頭が教えてくれたように、しばらくすると水に土がだいぶ混じり、色や景色も変わる。土の色が濃くなってきたところで、船は停泊した。半日遅れて連絡船が同じように停泊する。理解ある船長同士の話し合いで、セダ達は泥でも進む事が出来る船に移った。

 水の大型船よりは小さい。何船も連なって進むのは、人の手に寄って漕いでいくかたちの船だからだという。土色の泥水を進む船は進みはゆっくりでも、確実に進んでいる。泥の海は本当に水と土がまじりあった海で、水の海と違い、誤って落ちると達人でもない限り泳げる代物ではない。落ちるなときつく言われた。

 その後泥の海も次第に色を変えていく。今度は土が多い海に変わっていったのだ。今度は土の海が待ち受ける。土の海は砂でできた砂漠の海。当然泥の船では進む事が出来ない。

 故に今度も連絡船を用意しているとのことだった。大抵ジルの名前を出すと船に簡単に乗せてもらえるのが不思議だ。さすが世界傭兵。世界各地にコネを持っている。おかげで砂漠用の船にも簡単にのりかえることができた。

 その頃になってグッカスもようやく船室から出て来た。あの怯えようが尋常ではなかったので、誰もつっこまなかったが、どうやら水の海だけが恐怖だったようで、砂の海は平然と海面を眺めている。

 それにしても水の海では感じなかったが、砂の海は暑い。なのに夜は寒い。水の海では日の反射によって日に焼けることを注意されたが、土の砂漠の海では単純に気温や湿度によって日が出ている時は船室から出ないように言われた。

 一行は海の旅でかなり日やけをしたと思われる。水と違って湿度がないという事がこんなに差があるとは思わなかった。海だけでも違うものだ。そうこうしているうちになんとか土の大陸が見えて来た。



「いやぁ長旅だったなぁ」

 大陸間の移動には直線距離で行ったとはいえ、一月以上かかった。大陸間の距離はそう離れていないが、種類の違う海を越えなければいけないというネックがあった。専門の商業船に乗せてもらって無事に着けたことが幸いだ。

 水と土の海は陰属性のために、そこまで海が荒れないというのもあるだろうが、穏やかな旅路で何よりだ。

「まずは、土の大陸の神国を目指さなければな」

 船の行き先は神国の港と云う話だから、その点は有難いが、大陸間の移動をした事が在るのはリュミィだけなので、皆不安が残る。習慣がまったく違うかもしれないのだから。

 と一行が話し合っている際に、急に警鐘がけたたましく鳴らされた。

「何だ?」

 夜も更けて、船は港の一歩手前で停泊している状態だった。

「海賊だぁああ!!」

 見張りが叫ぶ。一気に静まっていた船に騒がしさが戻ると同時にセダ達も船室を出る。灯りがともされた船の周囲を小型の船が行き来し、遠目に船が見える。あれが、海賊だろうか。

「撃退しろ!」

「進路、西へ!」

「乗り込まれるな!!」

 慌しく船員の怒号が響く。駆けまわる船員の間に何かが投げ込まれる。

 光晶石を利用した閃光弾のようだ。船に着弾した刹那、弾けて船員の悲鳴が響く。

「接続された!」

「衝撃に備えろ!」

 怒号の直後に、身体を持って行かれるほどの揺れ。いつの間にか遠目に見えていた船が、体当たりを仕掛けていた。

「来るぞ!!」

 闇夜に紛れて凶器を振り上げた海賊たちが乗り込んでくる。

「リュミィたちは船室へ!」

 グッカスが叫び、リュミィが楓と光の手を引いて船室に消える。宝人ということがばれたらやっかいだからだ。

 夜目も利くテラが静かに弓を構え、無音の矢が飛翔する。直後に悲鳴。正確すぎる射撃で船と船を連結していた木製の部位が何度目かの矢で打ち抜かれ、数人の海賊が海に落ちる。

 水と違って砂の海では重い音がかすかに聞こえる程度だ。

「助かった、姉ちゃん!」

 船員が叫ぶ。セダも乗り込んできた海賊相手にひるまない。この程度の相手なら主席クラスの力を持つセダは後れを取らない。

 ヌグファが伸した海賊を魔法で拘束する。という感じでものの数分でセダたちは海賊を追い払う事に成功した。特にテラの弓における射撃は正確で大いに役立った。

「お前ら強いんだな!」

 海賊を追い返した一行に船員たちが歓声を上げながら近寄る。定期の商船は海賊に狙われる事が多く、商船を運営する商人や港などは頭痛の種となっていたのだ。当然大陸間を渡りゆく商船に乗りたがる護衛は居らず、しかし大きな大陸間のやり取りと云う重要な荷物、狙う海賊は後を絶たないなど問題が山積みで大陸間の運行が行われにくい原因の一つとなっている。

 もう一つの問題は大陸間の関係が希薄なことと、異なる海を渡りゆけるだけの腕を持つ船乗りが少ないことだ。

「よし、夜になっているが、やつらがまたいつ狙うともわからん! 港は目の前だ! 行くぞ」

 船長がそう判断した。港は確かに目視できるほどであるし、乗りなれた航路であれば安全な港で停泊すべきであろう。その証拠に港から導きの光の信号が送られている。

 ――こうして、一行は一騒動あったものの、無事土の大陸に辿り着いた。



「さて、一応ジルから言われていた土の大陸までは送り届けたが、どうすんだい? これから」

 船長が荷を下ろし始めた船員や港の関係者を視界に入れながらセダたちに問うた。

「もう夜遅いですし……宿を探すと言っても、地の理が全く……」

 ヌグファが心配そうに言う。

「だよなぁ。そちらさんには子供もいるしなぁ……。俺自身は仕事があるから一緒には居れんが、この船でよけりゃ一晩の宿にしてもらってもかまわねぇぞ。海賊を追っ払ってくれた恩もある」

「本当か? ありがてぇや」

 セダたちがそうして明日から散策しようと目線で確認し合う。

「ねぇ! ちょっと!!」

 そこに高い声が響き渡った。暗い港の何処から声が? と一行は探していると間もなく駆け寄ってくる姿がある。

「さっき、そこの船乗りから聞いたんだけど、海賊を追い払ったっていうのは、あんたたち?」

 背格好はテラやヌグファらと同じ。暗がりでは性別が判断しにくい。

「誰だ、お前?」

 警戒してグッカスが低く問う。誰かが答える前に、船長が呆れた声を出した。

「ミィさま……なんであんたこんな場所に……」

「カルバン! さまは止めてって言ったろ! 申し遅れた、私はミィ=ヴァン」

 ミィと名乗る者はどうやら偉いらしい。土の大陸の格好がわからないが、船長よりは上等そうな布地の服を着ている。

「で、海賊を倒したのは、あんたらで間違いないんだな?」

「だとしたら何だ?」

 グッカスがぶっきらぼうに言った。

「見たところ、旅人みたいだな。こんな遅くじゃ何も準備出来ていないでしょう? よければ私の家に来なさい」

「いや、申し出はありがたいんだが……お前何者だ?」

 どうやら悪い人ではなさそうだが、突拍子すぎる提案に当惑する。グッカスなんてそううまい話があるか、と警戒しまくっている。

「このおじょ……いや、この方はここらの港町の領主でもあり王家の人だよ」

「はぁ?」

 そんな偉い人がなんで俺たちに声を掛ける? というか、敬語とか使わなくてよかったのだろうか。

「ちょっと、その馬鹿にした扱いはやめろよな。れっきとした王位継承者なんですからね!」

 どうやら船長と顔なじみらしい。船旅を一緒にしてきただけあって船長には信頼関係があるものの、この目の前の人物はなんなのだろうか。

「っていうか、またそんな格好なんぞして、御父上の心痛が増しやすぜ? そろそろいい歳なんだから……」

 船長がそう言った瞬間、ミィは船長の向こうずねを蹴っ飛ばした。船長が跳びあがって痛がる。

「大きなお世話!」

 権力に傘を気ない気さくな人柄らしいことはわかったが、疑問が残る。

「あ、で話戻るんだけど、一港の管理者としても海賊らには手を焼いていたんだ。追い払ったお手並みも聞きたいし、恩人には持て成すのが我らヴァン家の流儀。是非ご招待させていただきたい」

「で、領主さまがわざわざお迎えを?」

 テラが唖然として言う。水の大陸の領主等は雲の上の人といってもよく、市民等とは触れあわない貴族階級だからだ。王族の一人とも言われる目の前の人物の物言いが上からの事が多いのは仕方ないとしても、あまりにも……。

「どうせ夜の街を一人でぶらついてたところ、たまたま騒ぎがあったから野次馬してただけでしょ」

「うるさいな!」

図星らしい。かなり自由奔放な方らしい。

「ね、とにかくいらっしゃいよ! 夕食くらいはご馳走するわよ」

 にっこりとほほ笑んだ人物に呆れた溜息を投げかけ、船長が言う。

「ま、おれも入港手続きとかで、ヴァン家に行くところなので、一緒に行くか? とりあえず、悪い事とか考えられるような裏表のあるお方じゃないから、悪いようにはされないと思うぜ」

「ちょっと、どういう意味!」

「そうだろ、キィの坊ちゃんがいないと満足になにもできねーだろうが」

「うぐ! うるさい、うるさいぞ!!」

 ……確かに嘘とかつけなさそう。グッカスも毒気を抜かれた顔でミィを見る。

「じゃ、ありがたく……」

 セダたちが頷くと、よろしいとでもいわんばかりにミィはにっこり笑顔を見せた。


...050


 入港したのが夜遅かったこともあり、宛がわれた部屋に軽食をミィ自ら持ちこんでくれた。詳しい話は明日、と言って取り合えず一行は久々に揺れる事のないベッドで深い眠りについた。

 寮の規則によって朝日が昇ってしばらくすると目が覚める面々はとりあえず背伸びをして周囲の景色を眺めてみた。

「おっはよう! 諸君!」

 ノックもなしに、盛大に扉が開かれて、ミィが満面の笑顔で現れた。あまりの客人に対する礼儀の無さに誰もが唖然とした。そして明るい所で初めてミィを見ることができた。

 明るい金髪に覚めるような鮮やかな青い目。活発そうな顔は一行を目覚めへと促していく。目を覚ましていなかった光と楓は驚きに目を開けても呆けていた。

「……お前な」

 グッカスが文句を言おうとしたのを普通にスルーして、ミィが告げる。

「水場はあそこ。男性諸君はそこを使って。女性はこちら。メイドに案内させるから。長旅で身体も満足に洗えてないでしょ? お腹すいたかもだけだど、まずは綺麗に!」

 朝日に似合う眩しい笑顔でミィはそう告げるとぱたむ、と扉を閉じて足音が遠ざかっていく。

「……なんなんだ、あいつ」

 グッカスが呟いた。一方的すぎるが、世話好きの寮母さんに似ていなくもない。そう、親切からくるおせっかい。

「まぁ、ここは厚意に甘えさせていただきましょう。実際長旅で汚れていますし」

 ヌグファら女性陣がそう言って、早々にメイドについていく。楓などはまだ理解していないような顔で目を瞬かせている。

 とまぁ、このような状態で一行は身体を清め、服も貸してもらった。土の大陸の服装は水の大陸とは異なっている。襟が固く詰襟でできていて、首周りを覆うように立っているデザインだ。上着の丈が長く、膝上から長い場合は足首の上まである。なのに、脇腹の辺りから切れ込みが入っているデザインだ。そして襟から固い糸を複雑に編んだ飾りボタンで合わせを止める仕様。ミィもそのような格好をしていた。

 ミィの屋敷の人に教えてもらって全員が着替え終わるとメイドに案内されて拾い部屋に通された。そこには大きいテーブルに温かな朝食が用意されていた。

「おお! 小ざっぱりしたな! さ、どこでもいいから席についてくれ」

 ミィが己の席に座りながら気軽に声を掛ける。一領主とは思えない気軽さだ。

「で、お前は……」

 グッカスが問おうとしたのを両手で止め、ミィが言う。

「冷めないうちにまずはご飯! 私もご飯まだでな~」

 にこにこして率先して食べ始める。まともな朝食を食べていなかったのは一行も同じ。

 いつのまにか会話も無くもくもくと美味な朝食を貪っていた。メイドが各自に食後のお茶を振るい舞い、一息ついた頃、ようやくミィが微笑んだ。

「さて、いろいろ疑問もあるだろうからな、自己紹介から。私はミィ=ヴァン。この港町の領主の片割れ」

「片割れ?」

 不思議そうにセダが問う。

「ああ。王家に連なるものは十五を超えるとその腕試しに町を一つ任される。この小さな港町でも私にとっては大切なもの。だが、本当の領主は私のお父様。私は運営の全てを任されているけれど、責任はお父様にあるんだ」

 そこでグッカスが口を開いた。

「王家とは? そもそもここはどこなんだ? 俺達は船長に土の大陸の神国に到着するよう依頼したはずだが」

 船長から詳しい説明を聞くまえに目の前の少年に拉致られた、もとい、招待を受けた。

 暗がりでは分からなかったが、明るい場所で見ればそれなりに身分の高い人物だとわかる。

「あれ?カルバンはそんなことも説明していない? 誰か、ここに全土の地図を持ってきて」

 ミィが言うと、給仕の女性が一礼して奥に引っ込んでいく。さすが、王家というだけあって、板に着いた動作だった。さしずめ、王家の所有する屋敷と町を一つ任されているのがこの少年なのだろう。ということは、土の大陸の神国はシャイデとは違う王の選出方法なのかもしれない。

「そもそも、貴方達が何者でどこから来たかも伺っていないな」

 食事が終わり、話し合いになると察したメイド達がお茶だけを残し、テーブルを使えるよう場所を無言で開ける。よくできたメイドたちだ。良家というにふさわしい行き届いた配慮だった。

 その間にセダ達は自己紹介を終え、水の大陸から来た事を告げた。するとミィは目をまるくして、それは長旅だったねと呟いた。

「では、全く土の大陸のことは知らないのか?」

 タイミングを計ったように地図を持った若い男性が現れ、一行の前に広げる。さすがお金持ちは違うとグッカスは地図を見て唸った。

 なにせ、大きく、詳しい。ここまで詳細な地図をグッカスはお目にかかった事がない。それとも土の大陸がそういうものなのだろうか。

「ここは土の大陸の神国ドゥバドゥール。今貴方達がいるのが、ここの西の街・マテの中の海沿いの港町・ルンガ」

 指差しながらミィが説明する。

「え、これが土の大陸ってことは、ドゥバドゥールってこんなに広いの?」

 光が驚いた声を上げる。土の大陸の全土とは言わないが、ほぼドゥバドゥールが占めている。これでは神国以外の国があるのだろうかとさえ思う。

「ああ。もともとドゥバドゥールは三国が合体してできた国なんだ。過去の大国が魔神の加護を得るために、一つになって戦乱も遠ざかった。神国以外には国はない。小さな集落が点在しているくらいかな。土の大陸とはすなわちドゥバドゥールと言ってもいい。魔神の威信と歴代の王によって大陸統一がされているのさ」

 そう言われると目の前の少年の価値というか存在が変わってくる。こんな広大かつ強大な国の王位継承権を持つ少年。

「貴方達の目的は? 私、こんな身の上だから意外と便利だよ?」

 笑うミィにグッカスが警鐘を鳴らす。ここまでうまい話があるか、とヌグファも不審気だ。

「その、ご招待やここまでのご配慮、大変ありがたいのですが……どうしてここまでよくして頂けるのでしょう?」

 ヌグファが失礼にならないようにと、丁寧に問いかける。

「ああ。そんなこと。まず一領主として、旅人は新しい事を持ってくる吉祥。持て成すは我がヴァン家の流儀。手厚く歓迎しなければ私がヴァン家で恥をかく。それと、この国では一応入国審査とでも言おうか……国民には戸籍というものがあって、入国者は一時登録をしてもらう必要がある。その受け付けを一緒にやると書類が一気に片付いて楽という所かな?」

 どうやら旅人は歓迎される風習のようだ。そこは安心できる。

「戸籍って?」

 光が再び問う。セダたちにも心当たりのない言葉だった。

「おや? 水の大陸にはないものなのなのかい? じゃ税収はどうやって取り立てるのだろう?」

 ミィが不思議そうに言う。そして光に説明した。

「戸籍っていうのは……う~ん、そうだなぁ。いわば、その人がこの国の国民ですっていう証明のようなものかな。例えば、光ちゃん、貴方がドゥバドゥールに生まれるとご両親はまず役場にそれを登録する。すると光ちゃんが何年何月に生まれました。貴女はドゥバドゥールの国民ですって言う証明になる。この証明を持って、成人したら税金を納めてもらったり、保護が必要な時は受けられるようにしたりする仕組みなんだ。犯罪の予防にも役立っているし」

「へぇ……学校の生徒名簿みたいなものかなぁ」

 テラが呟いた。ミィは頷いた。一定年齢になったら学校教育を受けることもできる、そのための証明とミィが重ねた。

「でも、ドゥバドゥール以外から来た人にはそれがない。だから滞在予定を聞いて、その間の証明に旅人っていう登録をしてもらうことが必要だ」

「それをしないと犯罪者になってしまったりするのでしょうか?」

「そういうことはないね。知らずに入国してしまう人もいるし。でも、してもらわないといろいろ不便だと思う。例えば私が付けているこれはヴァン家の人間という証明なんだ。でも、他にも付けているだろう? これは学者ですっていう証だし、これは領主、責任者を示すもの。わかるか? ドゥバドゥールでは自分の身分証明に耳飾りを使うのさ」

 ミィは綺麗な赤の宝石と艶やかな青色の糸を編んだ房を垂らすような目立つ耳飾りとピアスのような小さなものや、耳に挟むような形の耳飾りを複数つけていた。

「これで自分の身分を証明することで、己を証明する。あと、基本的にドゥバドゥールは組合制だから、仕事の職種によって付けている耳飾りの形や色が違う。それによって保護や特典が違うんだ。まぁ理解しがたいだろうけれど、これによって身分を偽ったりはできない。だから私はこのような人間です、信用できますって公言しているようなものなのさ」

「それを使って逆に詐欺が起きたりはしないのか?」

 グッカスが冷静に問う。例えば職業や身分を偽れるのではないか、ということだ。

「ああ。その心配は全くない。証明の耳飾りは全て砂岩製。他者に渡ったり、偽った瞬間に壊れてしまう」

「さがん?」

 楓が不思議そうに言った。

「あ、砂岩も他の大陸にはないものなのか? 困ったな、どう説明しようか。砂岩って言うのは土の大陸だけの特殊な石のこと。どの石よりも頑丈で、加工には専用の加工師が必要だ。砂岩加工師と云うんだけれど、彼らが加工した砂岩は自在に形や色を変えるだけでなく、一種の戒めや保護を掛けることもできる」

「へぇー。便利だな」

 セダが言う。便利な石は晶石の類だけだと思っていたが、土の大陸にはそういう便利な物が在るらしい。

「だろ? で、貴方達にはドゥバドゥールに滞在する間、シンプルな耳飾りを一つ付けてもらう事になる。穴は開けたりしない。簡単に止めるだけだから、いつでも外せる。出国する時に返してもらえればいいんだ」

 ミィがそう言った時、背後に立っていた青年が、一行に紙を差しだした。ミィが言っていた書類とはこれのことだろう。書類には氏名や滞在予定、何処から来たか、入国の目的などを書く欄があった。グッカスを筆頭に書類に記入していく。書き終わった者から入国証ともなる耳飾りが渡された。小さなそれは付けた瞬間に存在感を露わにする。

「旅人得点でヴァン家の領地なら宿泊施設が一割引きとかで利用できるぜ」

 ミィが得意げに笑う。

「ヴァン家の領地?」

「そういえば、さっきからヴァン家って言っているけど、お前王族なんだろ? 別なのか?」

 テラやセダが問いを重ねる。ミィが、ああ、と頷いた。

「水の大陸の神国はどうやって王を決めるんだ?」

「……ミィさま、それは以前にお話し致しましたが?」

 背後の青年が溜息と共に言う。ミィは後ろを振り返って、ぎくりとしつつ、目を泳がせた。

「シャイデでは魔神の選出により、近しい血族が四人王に自動的に選出される……と聞きました」

ヌグファが言う。青年が後ろで頷いている。

「ああ、そうそう。で、選ばれると自動的に国民が王と認めるようになるんだったっけ。便利だよなー」

 ふむふむと頷きながら、ミィが続ける。

「土の大陸の神国ドゥバドゥールが三国によって統一された国家と云うのは言っただろ?その三国というのが、我らヴァン国と他の二国から出来たのさ」

 グッカスが頷いて問う。

「では、王家と言われるのは三家あるということだな?」

「その通り。一つは我らヴァン家。そしてエイローズ家。最後にルイーゼ家。この三つが三大王家と言われている。ドゥバドゥールも複座の王制でな、各王家から一人王が魔神によって選ばれる。我らドゥバドゥールでは王とは云わず『大君ジルサーデ』と呼ぶのだけれど」

「王をジルサーデと呼ぶの?」

 ミィが頷く。

「王は普通一人の君主に対して使う言葉。三国が統一された歴史を持つ我が国は、それぞれの王が平等の権利と強さを持つことから、領主の最大階級、すなわち大君を意味する言葉で呼ぶ」

 グッカスが地図を指しながら訊いた。

「ということは、その王家によって領地が決められているわけだな? どういう分け方をしているんだ?」

 ミィが再び地図を指差しながら言った。

「今はヴァン家がガルバ・ジルサーデだから、ここらへん」

 大まかな円形で伝えられるが、よくわからない。そもそもがるばジルサーデとはなんだ?

「ミィさま、それではあまりにも説明が不十分です」

「え? あ、そう?」

 ミィが云うので、青年が溜息と共に補足を行う。ちなみに彼はミィの執事だそうだ。

 曰く。

 土の大陸の神国・ドゥバドゥールは強大な三国が統一されて出来た国家である。もともとの大国一つ一つを治めていた君主が現在の王家になっていて、それぞれの王家から一人ずつ魔神によって王=ジルサーデが選出される。

 しかし、元々の大国の国土がそれぞれの領地になっているわけではない。そのままだと力を付けた互いの王家が反乱を起こすかもしれない。そう危惧した彼らは国家の権力を三つにわけた。

 それぞれ内政、軍事、神事を司る王に権力を分散したのである。国の代表は内政を務める王が担うが、それぞれの王が担う権力を分散する事によって、魔神によるランダムの王の選出のシステムで各王家の権力を分散させ、力を溜めることを防ぎ、互いの王家を監視する仕組みを作ったのだ。

 つまり、それぞれの王が担う権力が支配的な領地をその王が支配するが、王が交替するごとに、領地を支配する王家が変わるという仕組みなのである。

 つまり、内政をヴァン家、軍事をエイローズ家、神事をルイーゼ家が担っていたとする。しかし王の交替によって、次の王は別の王家から選出される。次の王は内政をエイローズ家、軍事をルイーゼ家、神事をヴァン家が司ったとすると、その分散された権力が支配的な領地、例えば神殿が建っている土地は神事を務める王家の支配下に置かれる。王の交替ごとに領地を治める王家も交替することによって、互いに力を付ける事を防ぎ、統一国家を保ってきたという仕組みである。

 そう、ドゥバドゥールでは三大王家が手を取り合って協力して国家を維持してきたのではなく、全くの逆。互いにけん制し合い、互いに競い合うことで発展を遂げて来た国なのである。つまり三大王家同士仲はあまり良くない。

 一の王・大地大君ベークス・ジルサーデが内政

 二の王・岩盤大君ガルバ・ジルサーデが軍事

 三の王・砂礫大君セークエ・ジルサーデが神事と決まっているのだそうだ。

 各王家がそれぞれその時代によって担う王の役割が異なり、それに伴い、その役割が強い土地の支配者も変わるという仕組みだ。各三大王家はそうやって力の分散を図り、争いごとを作る原因を避けて来たのである。

 そして互いに監視し合うことで、互いを牽制し合い、都市で競い合い、国力を伸ばしてきたのである。



「で、今のヴァン家がそのガルバ・ジルサーデということは、他の二家が他の役割のジルサーデということか。国主はベークス・ジルサーデということなら、その王に水の王からの親書を預かっているのだが、謁見することは可能か?」

 グッカスが問うと、ミィは少し悩むそぶりをした。

「んー。どうかな。今の状況なら国主は叔父様で合っているよな?」

 背後の執事である青年に尋ねる様子のミィ。

「はい、問題ないかと思われます」

「? どういう流れだ?」

 セダが問いかけた。ミィは少し苦笑しながら答えてくれる。

「実は、今、ドゥバドゥールは王位交替の時期でな。現在ベークス・ジルサーデは空位なんだ。数年前にお亡くなりになられた。セークエ・ジルサーデはまだご健在だけれど、病にかかっておられて、退位を表明していらっしゃる。だから王は私の叔父様であるヴァン家が輩出しているガルバ・ジルサーデだけ」

 水の大陸の神国も王が交替したばかりだ。これは魔神が謀っているのではないか、というほどのタイミングの一致だった。まさか、土の大陸でも王制の交替が生じているとは。しかもその最中。

「謁見には手順などはありますか?」

 ヌグファが問う。

「そうだな、叔父様は内政とは直接関係ないからそういう手順の様なものはないけれど……一般市民と直接合うようなことはめったにないな」

「とはいっても俺らも水の王に頼まれているしなぁ……。親書を預かっているんだ」

 セダの言葉に、ミィが気軽に言った。

「私なら気軽に会えるぜ。渡してあげようか?」

「それは断る。直接返事をもらわなければならない」

 グッカスがすかさず言った。まだミィを信用しきれていないのだ。

「んー。じゃ、なんとか機会を作るか。水の大陸からのお客様となれば叔父様も時間くらいつくってくれるだろうし」

「それは……願ったり叶ったりだが、いいのか?」

 あまりにも事が軽く運ぶので、皆が驚いている。順風満帆な滑りだし。

「構わないさ。それくらい別に困る事でもないし」

「ありがとうございます」

 ヌグファがお礼を言うと別に気にしないで、と恥ずかしそうに笑った。

「で、お前の望みはなんだ?」

 グッカスが言う。ミィは意外そうに目を丸くし、その後、舌を出して笑う。

「ばれた?」

「……ミィさま」

 呆れた様子で執事の青年が溜息をついた。

「さっき王が交替している最中って話したよな? 土の大陸の王の交替はどうやって起こると思う?」

「……各王家から一人ずつ王が魔神によって選ばれるという話だったが……。当主がなったりするのか?」

 グッカスが妥当な答えを返す。ミィは首を横に振った。

「水の神国・シャイデでは一人の王が死亡すると他の王も退位を迫られるという話でしたが、それで土の神国も皆交替をするのですか?」

 ヌグファの問いにミィは否を唱える。

「そういうことはない。でも、だいたい十年以内に全ての王が交替する。つまり、一人交替したら、もう全員交替すると思った方がいい。もともと平和な国だから王の交替なんて老衰以外ないのさ。途中であまりにもはやく王が交替するということがないんだな。で、現在のベークス・ジルサーデはルイーゼから出た方だった。亡くなられたのが六年前。数年前からお身体が悪いというのは知っていたのだけれど」

「じゃ、六年前から王が交替するという事態になったのね」

 テラが言った。

「そう。他の王もわかっていたみたいだ。それに追う形で現在のセークエ・ジルサーデが病を理由に退位を表明したのが、二年前。私の叔父様は他の王よりぐっと若かったからまだ在位中だけれど、次期王が選出されたら退位を表明する気でいらっしゃると思う。で、次期王を魔神がどう選出するかということなんだけれど……」

 ミィはそこで言葉を区切った。

「『王紋』というドゥバドゥールを表すマークが身体のどこかに現れる。それが王の証」

 シャイデの王はエレメントを扱う際に、シャイデのマークが宝人同様に顔に現れていたが、そういうことだろうか。

「黄色い紋が、胸に現れればそれはベークス・ジルサーデ。項に現れたら、それはガルバ・ジルサーデ。額に現れたら、セークエ・ジルサーデ。三大王家の中から必ず王紋を持った次期王が現王の退位する前後の五年以内に現れる」

「それは王は半人ではないということなの?」

 光が尋ねる。ミィはきょとんとした後に苦笑した。

「いや、半人と言われているな。だけれど、エレメントを扱える人間の半人の王なんて長らくお目にかかっていない。伝説だよ、それ」

「……シャイデでは全ての王が半人だよ。みんなエレメントを扱える」

 それにはミィだけではなく、執事の青年も驚きを隠せないようだった。どれだけオリビン兄弟が魔神の加護を得ているかという証でもある。

「それは……すごいなぁ」

 感心した様子のミィ。

「話を戻せ。つまり、王が選ばれていないわけだろう?」

 グッカスがそう言った。ミィは真剣な顔で頷く。国民からすれば大問題だ。王が選ばれるはずなのに、未だ選ばれない。これからこの国はどうなってしまうのか、と。

「それは、国民は不安でしょうね」

 ヌグファが言った。そうなの、とミィが頷く。

「由々しき問題だ。で、当然神殿が魔神に請うわけなんだけれど……そのやり方が問題」

「巫女が祈ったり、願ったりするんじゃないの?」

 テラが言う。シャイデでは神殿には巫女が居り、彼女らが祈りによって行うとうことだったが。

「普通は神官がそうするんだがな。物騒な言い方すると国事に関わる重大事項には生贄の儀式をする」

 一行が目を瞬かせる。……イケニエ?

「それって物騒な古代魔術とかでよく出てくる感じの?」

「そう。その生贄。これ以上次の王が出てこないとな、問題なのさ。特に亡くなった空位のベークス・ジルサーデだけじゃなくて、退位を表明されたセークエ・ジルサーデの次期王も選出されていないわけだし?」

「それは、生贄の命に寄って魔神に意志を伝えるとか、魔神に祈りを届けるとかそういうことなのですか?」

「そう。生贄が死ぬ事に寄って魔神にダイレクトに次の王を選んでって頼むのさ」

 野蛮極まりない、とミィが唇を尖らせた。

「その生贄はどうやって選ばれるんだ?」

 もし一般市民からとか、大勢の生贄なんて話になればかなりのぶっそうな国ということになる。宝人だったりするのだろうか。

「普通は生贄の儀式ってのは、滅多にやらないの。なんてたって生贄に相当する人物が滅多に現れないからね。だから通常は我ら王家から血統の高い物が生贄の代わりに神殿に行く。でも命まで捧げられることはあり得ない。なんせ、生贄に相応しいのは神子だけだから」

「……みこ?」

 巫女とは違う響きだが、さて。

「魔神に選ばれた存在、それは神子。神子は人間でありながら土のエレメントを宝人の様に扱える。だからこそ、魔神の元に還ると考えられていて、生贄に選ばれる権利があるのさ」

「エレメントを!!?」

 宝人達が聞いた事がないと言いたげに驚く。ミィが力なく頷いた。

 これはドゥバドゥール建国の話までさかのぼる話なのだそうだ。

 ここら一体の国であったヴァン国を導いていたのが、土を自在に扱う神子と呼ばれた青年だったそうだ。彼はヴァンの民を導き、最終的に国の一角に収まった。東の一角を担うヴァン家は所有する土地も当然東側を多く占め、導きの神子亡き後も、数十年に一度の割合で、ぽつり、と神子が生まれるという。

 彼らは導きの神子と同様に土のエレメントを自在に使いこなしたという。故に国の一大事に魔神への祈りを捧げる事ができるのもまた神子だけだという。それが神子を筆頭に掲げたヴァン家の使命。

 そう、ヴァン家が初代の神事を担うセークエ・ジルサーデを排出した国。国の一大事には威信を懸けて祈りを届ける責務を担う。

「だから、今神殿では王家の血統が高い男子が次々と祈る為に入っている。ヴァン家からも何人か行っている」

「じゃ、一応大丈夫ということか?」

 セダの問いにミィは首を振った。

「でも、王は選らばれないまま。ヴァン家は威信を懸けて、この事態を解決しようとしてる」

 何人もの王家の人間が神殿に入り、日々祈りを捧げる。でも、王は選ばれないまま時が過ぎた。神殿を預かる古の王家であるヴァン家からすれば由々しき問題。一族総出で片付けるべき問題。

「で、不運な事に国の一大事に居ちゃったのさ、神子が。ヴァン家に」

「じゃ、それって……」

 セダが目を丸くする。その現在の神子は王が決まらねば、死ぬ事になる。

「……そう。このままだと死んじゃうのさ。誰だと思う? その不運な神子さま」

 やるせない顔をしながらミィが自嘲めいて言う。目に宿るのは怒りか、哀しみか。

「キィ=ヴァン。……弟なんだ。私の双子の弟」

「……え?!」

 全員が短く叫ぶ。当代の神子・魔神への生贄。それが、ミィの弟だという。ミィの心情は……。

「……運命としか言いようがないよな? ヴァン家の責務から、当主は当然弟を神殿へ送り込んだ。このまま王が現れなければ弟は神殿に万民の祈りと云う名目で殺されてしまう。だから、どうかキィを救うためにその腕を見込んで力を貸してほしい」

 ミィはそう言って頭を下げた。最初は軽い調子だった言葉も今は重い。それだけ真剣なのだ。

「そう、私の願いは武力で以てしてキィを連れ戻す事に協力してほしいってこと」

 ミィは三大王家の一角を担うヴァン家の人間。権力も人を動かす力もあるだろう。しかし、ヴァン家の責務は神事を担うことにある。次代の王が選ばれない現状で、神子がいれば、一家総出で神子を担ぎ出し、儀式を行おうとするだろう。

 血縁やその神子が先の人生が長かろうが何事も、問題視されない。だからこそ、ヴァン家でミィが声高に異を唱えても聞き入れてもらえない。国の一大事だからこそ神子を捧げようとする一家に逆らう事が出来ないのだ。

 ゆえにミィがそのことを知らず、またヴァン家に知られてもいない新勢力として旅人に目を付けた。海賊を追い払う事が出来たセダたちなら、神殿に潜入し、弟を救いだすことも可能だと考えたのだろう。

「わかった! 協力するぜ」

 セダが頷く。また、勝手にとテラが呆れた声を出すが、笑顔になって頷く。

「ありがとう」

 ミィが微笑む。グッカスはセダを制して言葉を重ねた。

「では、それに協力した暁には三つ俺達の願いも叶えてもらいたい」

 セダは人を助ける位、ただでやってやれよ、と内心思いつつもグッカスの言葉に異を唱えない。グッカスのやり方は別に卑劣でもなんでもないからだ。それに在る意味正しい。

「三つ?」

「一つ。直接俺達と王を面会させる機会を作る事。二つ。土の大陸のモグトワールの遺跡調査を簡単に行わせる事。三つ。闇の大陸へ行く手配を整える事」

 モグトワールの遺跡に行く事は内密にしていたが、明かしたという事は少なくともミィの願いがグッカスにとって、内密の事を協力させるだけの信頼を得たという事だ。

「王の面会はさっき聞いていたな。それは現王のガルバ・ジルサーデ、すなわち現ヴァン家当主でもある叔父様で構わないなら可能だ。あと、モグトワールの遺跡を簡単に調査とはどういうこと?」

 そこはすかさずヌグファが答える。

「実は私達水の大陸での公共地に立つ公教育学校の生徒でもありまして、遺跡調査をレポートでまとめなくてはならないのです。そのために軽く見学、かつ歴史なども実地で学べたらということです」

 グッカスの視線に応え、当たり障りのない答えを述べる。

「そういうことなら可能だな。ヴァン家は神事を司る神子の国。モグトワールの遺跡の管理も行っている。そこは請け負えるだろう。最後は……」

 背後を振り返る。執事の青年も少し難しそうな顔をした。

「闇の大陸は管轄がルイーゼ家だから、ちょっと難しいかもしれない」

 水の大陸との商業船が着く港をヴァン家が制しているなら、当然闇の大陸のやりとりは他家が持っていることになるだろう。

「商業船の様なものに便乗という形でも構わないのですが」

「確かめてみない事には、確約できないけれど、それでもいいなら出来る限りのことはする」

 ミィが言い、執事の青年が頷いた。

「契約成立だな」

 グッカスが立ち上がり、ミィと握手を交わす。

 そしてセダたちはヴァン家の本家にはばれないように、基本的には水の大陸からのミィの客人と云う立場で、ミィの屋敷に世話になる事になったのだった。


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