4.水の魔神 【02】
...041
その後、モグトワールの遺跡に行く事を別れの挨拶と療養のために城で世話になった礼を言いがてら、一行はキアを訪ねた。キアは執務をしつつ、器用に一行と面会を果たした。
「モグトワールの遺跡だったね?」
「はい」
キアは少し筆を止め、思案する。隣にいる眼鏡姿の青年に語りかけた。
「確かモグトワールの遺跡は公共地にあるが、管理はシャイデの神殿が任されていたはずだが?」
「左様です、陛下。それくらいのことは覚えておられましたか」
ぴくり、とキアの眉が動いた気がしたが、この主従関係にまで口をはさむ事はないと一行は黙っていた。
「今はどうなっている?」
「さて、前王の時代は神殿にも暗部がございましたので、よくは存じませんが。確か管理などをしていたようには見えませんでしたね。気軽に管理を他国に任せていてもおかしくはないのでは?」
「何?」
キアは青年を睨むような目つきで問い返した。
「ラダ様の時ですからね。彼女は神殿をゆぅるりと改革したお方ですから」
「っ、褒めてどうする! ……ニオブとハーキをここに」
「かしこまりました」
眼鏡姿の青年が一礼して退出し、キアはしばらく待っているように一行に伝えた。実はモグトワールの遺跡調査と言っても、現在位置しか知らされておらず、セヴンスクールに持ってこられる依頼としてはかなり煩雑というか、漠然とした内容であった。
普通は学生に危機が及ばない内容であるか、学生に解決できる内容であるかという所などが学校側で判断されたものしか学生側には廻ってこない。いくら主席に近い成績とは言え、子供である以上危険な仕事は学校側が断る。
学生側に学習として能力以上の仕事が振られることも多々あるが、そう言う場合はなんらかの手配、例えばガイドだったり、武力の面であれば先輩や先生を付けたり、といったものがあったりするのだが、今回はさっぱりそれもない。
自力でモグトワールの遺跡にたどり着き、遺跡内部を調査、出来れば内部の地図等情報の作成兼報告、それに加え開発有力候補ということで開発か保存かの意見も求められている。学生にそんな判断は普通させない。
「よくよく考えると変な任務よね。急いで出発しろって言われた割には行動時間に余裕があるし」
任務があるかも、みたいな事は確かに一カ月前くらいから言われていた。その際にメンバーが決まるのも速かったが、実際任務の準備をしておけという通達から実行までがえらく早かった。
「確かに、いつもは予告が一カ月前で、準備に二週間はかけて、公布、命令に三日かかるよな」
一般的な任務の流れはまず、依頼者が、こういう任務(内容)でこれくらいの経験値を持つ学生を借りたいというものを文書で伝える。その内容は学校側で精査され、受理されると、学校側がレベルに合った学生を選抜し、学生の予定と本人の意思を確認する。
そして選出された学生の予定を学校側が調整し、本人に告示する。これに一カ月位を要する。その後連絡を受けた学生は任務について詳細を受け取り、準備期間を設けられる。
この間に装備や学校側とテストや提出物、出席などの予定を変更、調整し、同じ任務に着くメンバーと連携などの打ち合わせを行う。全ての準備が整った頃に、正式に書類関係を学校側が片付け、任務の命令を担任から受けて、任務に取りかかるのだ。
緊急の場合でも、告知までや準備期間が多少短くなり、任務が始まってから行う場合もあるが、基本的には学校側は任務に関しては丁寧な説明を行ってくれる。
緊急の場合は任務先で明らかにしてくれるような配慮を取るが、今回の場合モグトワールの遺跡に行ったところで、現地に公共軍や調査団体のガイドがいるというような話は一切ない。逆にそのおかげで楓を救えたり、光に協力したりといったことが出来たわけだが。
確かにセダたちは以前に同じメンバーで何回も任務を経験している分、準備に時間はそうかからないといった事情はあった。しかし府に落ちない点は多い。
「学長に夕飯がてら説明を受けてそのまま出発しろ、ですからね」
「なにか、裏があるんだろうさ」
グッカスは平然と言う。特殊科ではよくあることなのかもしれない。
「言える範囲で構わないが、君たちが受けた任務と言うのは?」
キアは口をはさむ。ジルの兄ということもあって、セダ達はキアのことをかなり好んでいた。話しかけてもあっけらかんと普通に会話してくれるあたり、ありがたい。形式ばったものがないだけでも気が楽だ。
「遺跡調査です。簡単に言うと。内部の地図の作成など基本的なことですが……」
ヌグファが説明した。しかし、モグトワールの遺跡は謎も多く、調査団が入れなかったと言っていた。そんな場所に行ったところで、調査などできるのだろうか?
「確かモグトワールは不可侵の遺跡。人が立ち入ることなど出来ないとか言われていた気がするけど」
「はい。そう説明を受けているのですが、どうしたら調査できるかなどは何も聞いていません」
「それで君たちは宝人に目を付けた?」
「あ、いえ! そういうつもりではないのです、結果的にはそうなっていますが」
「そうだね。そういう人たちに宝人が付いて行くとも思えない。君達の行動によってもそれは証明されている」
キアのこういう冷静かつ、人柄をよく見ている所等はジルとよく似ている。
「開発候補地に上がっているそうで、そういう面でも調査をという話もあります。正直私達学生に判断できる問題ではないとは思いますが、一参考意見という所でしょうか?」
ヌグファが言うと、キアが眉をあげて、けげんそうな顔をした。
「開発候補地? そんな馬鹿な事を公共の調査団体が?」
「はい。……え? 何かおかしな所でも?」
「おかしいも何も、モグトワールの遺跡は魔神の遺跡とも言われているんだぞ。そんな場所を開発候補地に上げる時点でそれはおかしいだろう。シャイデに何もきていないし。一応神国としては、黙ってられないな」
「魔神の遺跡?」
セダはそんな記述が事前資料にあった様な、無かった様なと首をひねった。
「そうだ。モグトワールの遺跡というのは、神国同様に各大陸に一つずつあって、その大陸で初めて魔神が顕現した場所を祭ったとされている。魔神が活躍した神代の歴史が残る遺跡は多くあるが、魔神そのものを祭っている遺跡はモグトワール唯一つ。人が立ち入れないからと言って歴史的価値や文化遺産他にも学術的な問題も含めて開発候補地などに上がるはずはないのだが。さて……こればかりは私以前の王の問題だからな」
「他の大陸にもシャイデみたいな盟約の国があるんだぁ」
感心して光が言う。光は宝人の事に詳しいと思っていたが、水の大陸だけの問題の様だ。
「ふむ。では少しお話しようか。この世界には六つの大陸が存在している。それぞれのエレメントの祝福を受けた大陸だね。一つのエレメントは一つの大陸を守護し、その大陸にはそのエレメントが他の大陸より多く在り、そこに住む生き物も当然、そのエレメントの祝福を受けた者が多い。水の大陸に青い目や髪の人間が多いのはそういう理由だ」
この世界の人間や生き物は固有の色彩を持つ種族以外は、その時生まれたエレメントの祝福を受けた色を持つ。人間ならば髪や目の色がそれに当たる。時には肌の色でさえ、エレメントの守護によって変わる。
両親が持っていない色彩を持った子供はざらで、兄弟間で違う色の目や髪を持つことはよくある。オリビン兄弟がよい例で、兄弟てんでばらばらの髪色や目をしている。人間の髪や目の色はその大陸が守護するエレメントに影響されやすいが、他にも生まれ月によって魔神の祝福が違うために、その影響も強い。
当然水の大陸ならば、水のエレメントの主色である青系統の色を持つ人が圧倒的に多く、対極のエレメントである炎の主色の赤系統の色を持つ人間は少ない。これは各大陸によってバランスが若干違うといっていい。
「言われてみればセダもテラも青い目だね!」
「そして魔神は己が守護する大陸に住み、世界に散った宝人を通して世界を見守り、エレメントを与えていると言われている。その魔神の意志を受け取る為に魔神に日々祈りと感謝を捧げる為に創られたのが『神殿』。そして、その神殿を中心に、魔神に和平と宝人の友愛を誓った種族間の懸け橋となるように生まれた国が『盟約の国』、またの名を『神国』。だから各大陸に必ず神国と神殿は一つずつ存在している。水の大陸ならシャイデだね。そして神国の王は魔神に選ばれた『半人』がなる。御覧の通り私は王だから半人だね」
「うん。貴方も魂が半人の形をしている。守護するのは水と土」
「その通りだ。さて、話を戻すが、ではその神国を創る為に人と魔神は少なくとも一回は接触を持った事になる。魔神が人の願いに応えたというその証こそが神国であり、半人の私の様な王だ。ではその約束ができた、ということは神代では人の世に魔神は近い存在だったんだよ。その魔神が暮らしていた場所、もしくは眠っている場所とされているのが『モグトワールの遺跡』だ」
「そっか……」
開発の候補地に挙がる筈がないという意味がわかった。確かに現代では魔神のお話や創世記はお伽噺としてあまり信じられてはいないだろう。おそらく宝人の存在や獣人の存在があるから説得力があるだけで、セダ等もそこまで信じている方ではない。
だが、魂の根本がその話を知っているように思うくらい当たり前に小さい頃から訊かされている話でもあって、当然過ぎて忘れているという意味合いも強い。だが、実際神国や半人の王それに神殿など創世記やその後のお伽噺のように思えていた話に出て来た、いわば証拠品ともいえる施設や存在が確かにある以上、その話はお伽噺ではなく、実際に過去にあった事実である。
つまり、モグトワールの遺跡には、今もなお魔神がいる可能性がある。少なくともいない証拠が確実にでもなければ到底開発候補などに挙げて消していい場所ではない。つまり、神殿に管理が任されていたというのもそういうことであろう。
「モグトワールの遺跡は各大陸に神国と同様に一つずつある事が確認されている。他の大陸でも神殿か神国が管理していたはずだ。その辺りは実際に旅したジルが詳しいんだけれど」
つまり、各大陸には『神国』、『神殿』、『モグトワールの遺跡』が必ずあるのだ。仮に魔神がいるいないの問題を解決できても歴史的価値からすれば、ありえない。それは歴史の長い建物や文化遺産等の面も含め、大変貴重なシャイデの神殿を潰して新しい娯楽施設を創りますと言うようなものだ。
「陛下、お連れしました」
丁度話の区切りの所で眼鏡の青年が帰って来た。
「あら、セダたちじゃない。ついに出掛けるの?」
髪をばっさり切ったハーキ女王は男勝りな性格もあって、活発な少年に見えないこともないが、さすがうら若き乙女なだけあって、抜群のスタイルをしているせいで、男装の様な格好であっても女性とはっきりわかる。
「ハーキ、話は後。ニオブ、モグトワールの遺跡の管理はどうなっている? まさか他国に明け渡してなどいないだろうな?さすがにラダもそこまではしていないよな……?」
「いえ、キア陛下。ラダ様もそこまではなさっていませんが、どちらかというとそれより悪質と申しましょうか」
「……なんだ?」
疲れた様子でキアが先を促す。
「モグトワール遺跡の管理を面倒がって、開発候補地に挙げたのはラダ様なのです……」
キアががくり、とうなだれた。どんな馬鹿が、と思えば自国の老婆だったとは……。
「ちなみに現在は?」
「価格交渉中に、いろいろ問題がありまして、凍結。管理も現状行われていない様です」
「ちなみに交渉相手は?」
「複数ございました。わたくしも一部しか存じません。ラダ様ご自身が動かれた懸案もあればわたくしやピマーに一任したものもありまして……はっきりとは」
余計にがっくりうなだれている。
「計画は全面即中止。ニオブ、ブラン様にこの次第を報告し、速やかに交渉団体を調べ上げよ。トワイ、この手の事に優秀な者に交渉を当たらせてくれ。ハーキ、お前はセダ達と一緒にモグトワールへ行ってくれ」
「承知しました」
ニオブは頭を下げて、神殿の恥を本気で恥じてうなだれていた。止められなかった自分を責めているのだろう。眼鏡の青年はトワイというらしいが、彼も頷いた。
「あとニオブ。モグトワールは人が立ち入れないという話だが、管理していた以上そんなことはあるまい。誰か知っている者に心当たりはあるか?」
「ブラン様でしたらご存知かと」
「では、ハーキはブラン様に教えてもらって、セダ達と一緒に行ってくれるか?」
「いいわよ。本来ならヘリーの役目なんでしょうけど、いないしね」
ヘリーはジルについていて未だジルタリアから帰らないからだ。
「ということで、ハーキも付いて行って構わないかな?」
「はい」
セダ達は頷いたが、グッカスだけは侮れないな、この王と思っていた。
おそらく彼はラダによってモグトワールの遺跡がシャイデから離れている事を知っていた。現状を知るだけでなく、管理をシャイデに戻すためにも、力を持つ王を付いて行かせる事で、公共軍や調査団体に牽制できる。
そして一番厄介なのが、こちらも困っていると見せかけ、断るすきを与えないことだ。武力に優れ、交渉にも一歩先を行くジルの兄だけあって、敵にまわったら厄介なことこの上なさそうだ。
「グッカス?」
「いや、なんでもない」
しかし、モグトワールについて知識がなかったのも事実。入る方法も教えてもらえるとなればありがたい。
「じゃ、悪いけど出発は昼にしましょ? 一緒に神殿まで来る?」
「はい。ではご一緒させて下さい」
ヌグファがそう答える。
「じゃ、今から一緒に行きましょ」
ハーキはセダたちにそう約束を取り付ける。
「一応、管理はシャイデが担うことになっている。公共軍や学校に報告する前に、もう一度シャイデに寄ってもらって、報告をお願いしても構わないだろうか? 場合によってはこちらから書面を学校側や公共団体に渡す事をお願いするかもしれない」
「はい。それは構いません」
ヌグファが代表で答える。シャイデに寄って、遺跡に関する事前調査をしていたことにしようと話し合っていたところなのだ。報告をする際に、いろいろシャイデで口添えをしてもらえると助かる面がセダたちにもある。
「ありがとう。時間を取らせたね。他に何か聞いておきたいことはあるか?」
キアがそう言う。一行が話していた間にも書類の山が一つ片付いている。有能な人だなぁとセダは思った。
「いえ。ではまた後ほど」
グッカスとヌグファのあいさつでその場は解散となり、ハーキと共に神殿へ向かった。
ニオブという巫女に連れられて、一行は神殿の中でも客人を迎える大広間ではなく、ブランの部屋に直接案内された。
「ブラン様、失礼してもよろしいでしょうか?」
ニオブが声を掛けると、老婆の声がする。
「お入り」
「はい」
ニオブが扉を開け、一行を案内する。部屋は清潔な香がたかれており、入室しただけで背筋がすっと伸びるようなそんな空気に包まれていた。
「ブラン様、キア陛下からのお託がございます。こちらの御一行は公共調査団体から公教育学校セヴンスクールを通して正式に調査を依頼された学生団体です。モグトワールの遺跡調査関する知識を望まれております」
「初めまして、セヴンスクールより参りました、ヌグファ=ケンテと申します」
ヌグファがまず正式な挨拶の型と共に老婆に頭を下げた。それにテラが続く。
「同じく、テラ=S=ナーチェッドです」
「セダ=ヴァールハイトです」
「グッカスと申します。こちらは調査に同行してくれる宝人、光、楓、リュミィです」
グッカスが挨拶が出来なさそうな宝人二人組を紹介する。
「わたくしはブラン=マーケイドと申します。さ、狭い部屋ですが、お座り下さい」
痩せた老婆であったがまだまだ現役と言わんばかりにきびきびとした動作で一行にふかふかの絨毯が敷き詰められた床を示す。神殿と言う場所は魔神を敬う場所。その祈りに椅子は使わない。
公式の場所など出なければ巫女たちは椅子を使わない。その代わり床に直接座る。ゆえにセダたちに勧められるべき椅子などなかった。しかし相手の方が年齢も位も上だし、ブランより偉いはずのハーキが平然と普通に不満なく床に座っている所をみるとこれが習慣なのだろうとセダあたりは納得した。椅子がなくて不便そうなのはリュミィだが、さすがに大人な女性だけあって、文句などは言わなかった。
「御一行へのご説明の前に、キア陛下からのお託を先に申し上げます」
ニオブはセダ達に目配せをした後に、ブランに遺跡の管理について伝言を述べた。
「ヘリー様がいらっしゃるとご一緒に手続きができてよいのですが、事が事ですからね。承知しました。すぐに手を打ちましょうか」
「わかりました」
ニオブはそう言って一礼すると、部屋を退出した。そしてハーキがブランに声を掛ける。
「ブラン様! モグトワールの遺跡について教えて」
あの事件の後、ハーキはブランと仲良くなったのか、その口調は親しげだ。
「モグトワールの遺跡とは、我らが水の大陸における魔神、すなわち水の魔神を祀っている遺跡でございます」
「本当なんですか? それは」
ヌグファが思わずそう言った。
「本当とは、どのような意味でしょう? 水の大陸を支配するのは水の魔神他なりませぬ。いえ、この言い方は正しくないですね。水の大陸そのものであり、水の大陸を護り、いつくしみ、育んできたその大いなる存在こそが水の魔神です。ごくごく当然のことです」
「あ、はい。そう、ですよね……」
思わず黙ってしまった。魔神がエレメントそのもので世界を形作っていることは誰もが神話で知っている。しかし、それが本当ことかと信じているか、といわれると疑問が残る。
確かにエレメントは存在し、宝人も存在する。当たり前にエレメントは世界中にあり、人々に恩恵を与えてくれている。それを魔神の存在そのものと言われると、そうなのかと疑問に感じてしまうのだ。
それだけ人の心や生活が魔神や神話と離れているということなのだろう。
「ブラン様、現在モグトワールの遺跡は人が入れないという話だけれど、管理をしていたということはどうやって入るの?方法をご存じ?」
ハーキがきっぱりと話のド確信を率直に聞いてくれるので、セダたちにはありがたい。
「入れない?」
ブランが聞き返す。ハーキだけではなく、一行が頷いた。
「なにかいろいろ誤解されて伝わっているようですね。そもそも遺跡というのが誤りかもしれません。神殿と呼んだ方が相応しいのかもしれませんが、この場所が神殿というからには呼び分けたのでしょうか」
ブランがそう言う。一行の顔に疑問が浮かんだ。それを見て、ブランは書棚から二枚枚の羊皮紙を出してきた。一枚を広げ、見せる。
その羊皮紙には泉のような水が張られた場所に建つ建物が見える。水と一体化した建物で水の中に建つ様が美しい。建物は白っぽい幻想的な青色で、左右対称に特徴的な柱が真っすぐ立っている。柱は左右に三本ずつあり、屋根の部分と柱をつなぐ部分には彫刻が刻まれていた。入口には豪勢な石造りの階段もある。幻想的な場所と言える。
「神代の頃のモグトワールの遺跡を描いたものです。これは複写ですが、現物は宝物庫に大事にしまわれていますよ。神殿に伝わる由緒あるものです」
そうしてもう一枚を広げた。そこには枯野があった。半ば枯れた草むらの中に朽ちた建物の残骸のようなものが見える。柱がいくつか建っているが、壁や屋根などなく、すでに壊れた建物と言えるだろう。
「これが現代の遺跡です」
「えええ!!」
ハーキだけでなく、セダも叫んだ。いくら時間が経ったとはいえ、同じものとは思えない。片方は幻想的で美しく水と一体化した屋敷。もう片方は遺跡と呼ばれるにふさわしいものだ。
「遺跡というのは過去の人々が残したものを指します。そう言う意味では確かにこの建物を建て、魔神を祀ったのは過去の人なのですから正しいでしょう。しかし、この場所は神代において、魔神が暮らし、魔神がいらっしゃる場所だったのです。神殿は神を祀る場所。神殿はそこにいない魔神に日々祈りを捧げ、魔神の加護を願う場所でした。ですから、神殿が魔神の住処である遺跡を管理したのです。魔神に日々快く過ごして頂く為に」
「へー」
ハーキが思わずそう溜息を付いた。
「神代において人々は魔神の加護は確かなものだったのです。人々が祈れば、それは宝人を通して魔神に必ず伝わりました。わかりますか?このわかりやすい形が」
セダはちんぷんかんぷんだたが、ヌグファがおずおずと聞いた。
「それが現在の神殿、神国という形で残っているのですね?」
「そうです」
ブランは一行を見て、半数が分かっていないことを悟ると説明を始めた。
「魔神が住まうのは『遺跡』です。人々は感謝と祈りを『神殿』を通して魔神に願います。そして魔神はそれを『神国』を通して叶える。この三つは人々と魔神が宝人を通してエレメントによる恩恵を与えるために必要不可欠なシステムだったのです。ですから他の大陸にも必ずこの三つはありました」
つまり神代の頃は魔神がもっと身近だった。だから願えばそれはかなえられた。魔神に祈り願うこと。その総意を神殿が行い、その神殿によって聴き届けられた願いは神国の半人の王によって叶えられる。その感謝を人々は遺跡を建て、魔神を崇め奉ることで、つまり日々の態度で感謝を示した。その感謝を魔神も受け取り、願いを恩恵を与えていく。神代はそうやって人々と魔神と宝人が等しく暮らしていたのだ。
「どれも今は……」
「形こそあれど、このシステムと申しますか、この習慣はすでにありません」
その証拠が朽ちた遺跡であり、欲望の塊と化した神殿であり、エレメントを扱えない半人の王だったのだ。
「つまり、遺跡に入れないのではなく、人々が魔神に対する意識が変わったからこそ、入る事が出来なくなったのです。遺跡に入れない体質になってしまったという方が納得しやすいですか」
ブランはそう言って羊皮紙をしまう。愕然としてしまった。入れないのではなく、自ら入れないことになった。
「今この場にいる方で、魔神が本当にこの世に生きづき、今もなお見守っていると信じている方はいらっしゃいますか?」
ブランが穏やかに訊く。セダたちは思わず黙ってしまった。確かにいるだろうとは思う。しかし己の願いを叶えてくれたり災害を防いでくれたりするような加護を実際に与えてくれた魔神がいるかと言われると……信じがたい。
「私は信じているわ。だって、この前も水の魔神は私に力を貸してくれた」
ハーキがまっすぐブランを見つめてそう言いきった。グッカスは少し驚いてそれを見ている。ブランはにっこり笑って頷いた。
「そうですね。ハーキ様はそうでしょう。でなければあのようなことは起こせませぬし、『宣誓』もできません。本当にシャイデは最後の最後で良い王を授かりました」
ブランはそう言って祈るポーズをとった。ハーキもそれを見て微笑む。
「では、ハーキ様は可能でしょう。いえ、キア様、ジル様、ヘリー様も貴方がたオリビン兄弟ならば遺跡に入れます。そういうことなのです。例えばですが、泉を思い浮かべて下さい。その泉に魔神の加護があるから沈まない、そう言われて迷わず泉に脚を踏みだすことができるか。そういうことなのです。踏み出す勇気を持つ事、踏み出すだけの魔神への信頼があること、それが遺跡に入る事が出来ることなのです。信じなければ永遠に泉の淵で立ち続けるだけなのです」
それを聞いて納得してしまう。確かにオリビン兄弟なら誰もが一つ頷いて、そのまま堂々と泉を渡り、泉の上に立つだろう。
「では、魔神を信じるかということ……なのですか?」
ヌグファが思わず訊いた。
「もともと魔神は人々にエレメントに寄る恩恵を与える為に神より分けられた存在です。人を嫌うこともなければ、厳しい存在でもないのですよ。魔神を信じるというよりかは……魔神を感じ取ることができるか、ということでしょう」
信じなければ入れないという次元ではない。魔神はそんなことで人を選ばない。試されるようなことでもないのだ、最初から。魔神が生きている、魔神がそこにいる、そう思い、そういうものだと感じることができなければ、初めから確固たる目的と意志を持っていなければ、その存在自体が揺らぐものなのだ。
簡単に言うと目の前に立っている人の名前を知っている。だが、本当にその人かその名前なのか疑わしい。だからその人と信じられないからその人に伝えたいことが伝えられない状態なのだ、今の人間は。
「そういう、ことなのですか」
「そうです。噂話は歪むものですから」
ブランは朗らかにそう言った。
「ですが、そこのすてきな明るい橙色の髪のお方、あなたは難しいかもしれませんね」
「な……」
グッカスが思わずうなる。セダたちはグッカスを見て、確かに魔神とか信じてなさそうと納得しかけた時、ブランは全く別の事を言った。
「橙色は炎のエレメントの従属色。あなたは炎の加護を一身に受けておられる。水のエレメントに溢れた遺跡では、水のエレメントと反発してしまうかもしれませんね」
「じゃ、僕も入れないってことかな」
楓がそれを聞いて思わず呟く。
「ああ、楓は炎の宝人だものね」
ハーキが納得して頷いた。ブランは少し驚いた顔をしたが、すぐさま頷く。
「そうですね、貴方も炎の宝人ならば入れないということはないでしょうが……少し居心地が悪いとは感じるかもしれないです」
「成程」
グッカスは頷いた。遺跡は確かに神秘に満ちている。調査以前の問題でそんな場所を開発有力地などにはできない。逆にそんなことを考え出した大人たちに驚きだ。
「あと、何か注意する事はありますか?」
ヌグファが聞く。魔神の遺跡なのだ。失礼があってはいけないだろう。
「そうですね。礼儀は当然ですね。形式などはありません。心からそう思えば魔神には伝わるものです。遺跡はこの地での魔神の住処なのですから、当然足を踏み入れることへ詫び、感謝をすること。何をしたいかを述べ、終えたら感謝と礼をすること。これは魔神でなくとも当然の事ですね」
「……そんなことでいいの?」
光が尋ねた。魔神は自分達宝人を創った存在。その程度でいいのだろうか。
「ええ。別に供物を捧げよ、などということはありませんよ。魔神はそういう存在ではないのです」
ブランはそう言った。一行はへーと感心するばかりだ。魔神って案外付き合い易い存在らしい。
「教えてくれありがとう、ブラン様」
その後、ブランはモグトワールの遺跡の詳細な場所や入り口だった場所などを教えてくれた。
モグトワールの遺跡はシャイデが管理していたこともあって、神殿からそう離れていない場所にある。半日歩いて行ける距離だった。残念ながらブランは若い頃から神殿にいたが、遺跡を担当させてもらえなかったので、この知識はブランの先輩から聞いたものをブランが記録していたものらしい。
確証がないといえばないが、後輩である当時のブランに先輩であった者が嘘を教えることもないだろう。モグトワールの遺跡への知識を得た一行はそれを頭に叩き込んだ。
ハーキが立ち上がったので、一行もそれに倣う。ブランは笑って皆を送り出してくれた。
...042
子供である光もいるし、出たのが昼過ぎと言うこともあって、一行は近隣の村で一晩休んだ後、翌日にモグトワールの遺跡があった場所にたどり着いた。
「ここ……かぁ」
セダが思わず言ってしまうほど何もない。地平線まで見渡せそうな広大な草原が広がっている。空は青く高く風が少し強い。青々とした草が光達の隠れ里があった場所ほどではないが自由に伸び、風に寄る音を奏でていた。そこにまるでいたずらの様に石柱だったものが垂直に、あるものは斜めに立っている。全部で六本。その柱の周りに建物の壁や床であっただろう大きめの石材が転がっている。それだけだ。遺跡に相応しい壊れ具合。
「じゃ、行きましょ」
ハーキがそのまま歩みを止めずに入口と言われた丁度柱だったものが2本立っている場所の間に行く。一行もそれに続いた。ハーキは何もないとは露とも持っていない堂々とした様子で歩いていく。そして、ハーキが柱の間を通り抜けた瞬間、ハーキの姿が消えた。
「ええ?!!」
驚いて思わず足を止めてしまう。
「こういう、ことなのでしょうか?」
ヌグファが恐る恐る言った。――泉の上に立つようなものなのです。ブランの声がよみがえる。
「ちなみに、愚問かもしれないけれど宝人は私達とは違って魔神を信じているのよね?」
リュミィが代表して応える。
「信じる信じないというものではなく、いる……としか申し上げられませんわね」
「馬鹿か。楓が炎の魔神を下ろしたばかりだろう? お前、あれを信じていないのか?」
「あー。そうか」
テラは確かに、と納得してしまう。そういわれると信じるというよりかは、いるものなのだろう。
グッカスはそう言ってハーキと同様に通ろうとした。しかしグッカスはその場で脚を止める。
「どうした?」
セダが尋ねる。やっぱり信じてなかったのか、と内心思いながら。
「壁みたいなのが……ある」
グッカスも当惑した様子で言う。楓が側に近寄って、楓の横に並んだ。
「確かに。僕達は通れないみたいだね」
楓も通れないようだ。ブランが言っていたことは正しいとこれで証明された。
「じゃ、炎の加護を与えたテラもきっと通れないね」
「そんな~~。ちょっと興味あったのに」
テラは残念そうに言った後に笑う。
「じゃ、あたしたちはここで待ってるわ。言ってらっしゃい」
「おう。じゃ、俺行くわ」
セダはそう言って光と共に気楽に柱の間を通る。すると、壁があると言っていたグッカスのようなことはなく、すんなり足が進んだ。と、思った瞬間そこはブランが言ったように泉の上だった。泉と言うのも正しくない。広大な一面水の上にセダは立っていたのだ!
「ちょっ……! え?!」
慌ててバランスを取ろうとするが、そんな必要はないようだ。まるで地面の上の様に水の上に立っている。セダは驚いたと言おうとして隣に光が居ない事に気付いた。
「光?」
手をつないで一緒に入ったわけではないが、はぐれるような時間差でも距離でもなかった。
「ひかり~~」
セダは呼びながら水しかない光景のこの場所を歩き、次第に走り始めた。
いくら歩きまわり、走り回っても人っ子ひとりいない。というか何もない。水以外なにもない。空があるべき場所にも水がある。
例えて言うと一面水を張り巡らせた透明な空間に入っているような気分だ。地面も空も水。その証拠に歩けば水が跳ねかえるし、空の水は河の水面のように流れている様子がわかる。波紋を描く。水の音はする。しかしそれ以外の音はしない。
「ひかりー!」
音が反響しない。相当広い空間の様だ。
「おっかしいな。ハーキもいないし」
先に入ったはずのハーキの姿も、すぐに後を追うように入ってくるはずのヌグファやリュミィもいない。
「……水の遺跡か」
魔神が住んでいる場所というのも納得できる。水しかないのだから。水面を見ると、ひたすら透明で、ずっと奥が透けて見える。その証拠にセダが地面に向かって手を伸ばすと、川や泉に手を浸す要領で腕が沈む。
しかし、透明だが奥が見えない。深くまでもっと入って行ける気はするが、このまま潜っても底など知れないだろう。
“よく来ました、人の子よ”
そう体中から声が聞こえた気がした瞬間、浸していた腕からセダは急に引っ張り込まれ、水の中に引き込まれていく。そして、意識を失った。
「セダー?」
光は隣にいたはずのセダが居なくなったことも不安だし、この一面に広がる水しかない光景にも不安を覚えていた。こんなに水が溢れているのに、宝人の光には水のエレメントも水の精霊も見えない。
というか、いない。感じられないのだ。あえて言うなら、この場に溢れている水そのものがエレメントであり、精霊のような、その母体の様な気がするのだ。では、これが魔神だろうか?
“よく来ました、運命の子よ”
「だれ?」
この場中から、己の身体の奥底から、女性の様な声が響く。
“空の器。偉大なる可能性を持つ子よ。そなたは水が好きですか?”
話しかけているのは誰なんだろう。どこにいるんだろう。だが、この声は懐かしいような、親しみを感じる。きっと人間で言うお母さんのような懐かしさと安心さ。
「好きだよ」
だから自然とそう応えてしまった。水はセダの力があったとはいえ、宝人の自分に応えてくれた初めのエレメントだ。
“ありがとう。でも水も怖い部分を多く持っています。貴方は宝人として水を扱うからには水の全てを知らなくてはなりません。『水』の全てを知る覚悟が、貴方にはありますか?”
「それが私が今まで水を使えなかった原因なの?」
今度は声は応えなかった。水の怖さ。それはなんだろう。それを知らないとだめなら……。
「うん」
光がそう答えた瞬間、地面を形成していた水が盛り上がり、襲いかかるように光に向かう。
“では、お受けなさい。『水の試し』を!”
ばさーっと水がふりかかる音が聞こえた瞬間に、水が覆いかぶさって来た。光は一瞬目をぎゅっとつむる。しかし、水が振りかぶった様な冷たい感触も、何もない
目を恐る恐る開けると、そこには先ほどと何も変わっていない、一面に水の光景のままだった。
「……?」
何だったんだろう、と疑問に感じた瞬間、突然地面がなくなった。一瞬の浮遊の感覚。え、と思った次の瞬間には光は空を落下していた。そこが空かどうかも分からないが、とにかく身体が落下していた。
背中から真っすぐに落ちていく感覚に恐怖が襲い来る。怖すぎて叫ぶこともできなかった。自分の身を支えてくれるものが何もない。この後自分がどうなるかがわからないその恐怖。しかしその恐怖も唐突に終わりを迎えた。ばしゃーんという激しい音ともに水に落ちたのだ。背中から真っすぐに水に当たり、全身を一瞬で濡らしてそのまま沈む。
光はそこでようやく目をあけた。普通はそこで浮かび上がるのだが、なぜか穏やかな速度を保ったまま、光はそのまま水の中に沈んでいく。水面に近い場所はおそらく太陽の光を受け、きらきらと輝いている。まるでカーテンを通したかのように水が揺れ動く度、光が様々な形で光を水の中へと届けてくれる。明るい透明そのものの水がそのまま光を反射していた。
しばらく沈むと光が反射するほどではなくなり、水の色が青くなってきた。時折魚が泳ぎ去る。美しい一面の青。それが左右上下どこを見ても続いている。
「……これが『水の海』」
もうずいぶん長く潜っているが呼吸が苦しくなることもなく、しゃべれることも不思議に思いながらずっとこの場所にいたい位、一面の鮮やかで明るく全ての水の中の生き物を支えるこの光景に浸っていたかった。
しばらくすると小魚から中型の魚、大型の魚、それに光は見たことがないが、水の中で生きる動物の姿が見えて来た。知らないはずなのに、光はそれらの生き物を知り、どうやって暮らしているのか、水がどう関わっているのかを知っていた。
「水はすべての生き物を育んできた」
小さいものから大きいものまで全て水が包み込み、その命を育んできたのだ。その雄大さ、その美しさ。言葉には表せない。
「すごい」
次第に光が届きにくくなり、海の色が鮮やかな青から藍、群青、紺と深く黒くなっていく。それでもそのグラデーションが美しく、青い海がずっと続く光景が素晴らしかった。
色が変わるにつれ、生活する生き物も違うし、その命が巡り、変わりゆく様が面白くもあり、素晴らしくもあった。そうしていくうちに視界は青が少なく黒一色になり、光の目には何も見えなくなっていた。水にもこういう景色があるのだと、光は初めて知った。
しかし見えなくとも命の息吹を感じられる。水がそこにあるだけで生きていける強さを持った生き物がいるのだ。改めて思う。
「水って、すごい」
光がそう感嘆した時、口の中に水が一気に入って来た。ごぼっという音と共に忘れていた呼吸を思い出す。吸おうとして吸えず、水が鼻にも口にも入ってきて、どこもかしこも痛い。苦しい! 胸の奥が焼けるように痛く、そして痛くて視界が暗転する。
暗くて見えないのと苦しくて見えない光景は一緒だった。そのとたんに恐怖がせりあがってくる。怖い、怖い!! 苦しい! 空気を! 息が出来ない!! もがいていた光だが、次第に冷たい水を全身に感じ、指先から力が抜けていく。そうして、思考がうすぼけていき、もういいやと半ば諦め眠るように最後には意識を手放してしまう。
すると溶けるように意識が白む直前で己の身が浮上し出した。己の身と一緒に水が急速に浮上する。そうして一気に黒から鮮やかな青に景色が戻る。そのまま色が透明になった、と思った時、自分が水と一体化していることに気付いた。
水はそのまま姿を変え、小さく、目に見えないほど小さくなり空に上昇していく。そして寒い空で冷やされて固まり、雲となった。
「知らなかった。雲が水の塊だったなんて」
そのまま水が空で集まり、大きく育ち、風に流され山にぶつかって光は水と共に雨となって大地に降りそそいだ。時には静かに時には激しく。雨となって降り注ぎ、地に落ちて溜まり、溢れて泉となり河となる。雨は木々を育て、作物を育て、そして生き物を育む。
光は水となって木々の下を通り抜け、川となって大地を駆け、再び海へと還った。時にそれは嵐であり、雪であり、豪雨であった。
「これが水が巡るってことなんだね」
そして水として巡る最中、木々に吸収された光は木々の中を通り、木々に水を与え、葉から放出され、木々の生きる行為を手伝い、動物の口の中に入り、一つ一つの細胞に行き渡り、生き物を支えた。
「だから水は全ての生き物に必要不可欠のエレメントなんだ」
巡る事で全ての大地に、全ての生き物に己を等しく与えるエレメント、水。
「だから、命を表すエレメントなんだね」
神が命が生まれない事を哀しんで流した涙から生じた第五のエレメント・水。そのエレメントが示すものは『生命』。示す性質は『喜び』。命を全身で感じるその喜び!
水はこんなにも素晴らしい。光がそう感じた時、光の姿は水ではなく、光に戻っていた。
そして大地を流れる川を上空で眺めていた。水の海が青く美しい。風に煽られて波立つ水面が、一瞬、揺れた。次にはさざ波立った水面が大きくうねり、それは大きな波となる。その波はその大きさを保ったまま、陸地を目指す。
「え……そんなことしたら」
大きな波はそのまま浜や河口を直撃した。水が溢れ返り、川から逆流し、全てを水が制圧していく。その速度は尋常ではなく、そこに暮らしていた生き物は一瞬で命を失われただろう。
水が引いた後も、木々は根こそぎ奪われ、何も残らない。泥地と化した場所には生き物の怨嗟が響いているようにすら感じた。溜まった沼地にはまり込んだ犬の子供が鳴き、必死にもがくが次第に力を奪われ沈んでいく。そうして死体が浮かび上がった。
「どうして……」
気力を失って座りこむ人々。絶望が埋めつくす。
次の瞬間、光景が変わった。雨がしとしとと降り続くその場所は曇天の空の元、作物の実りを心配する人々の暗い顔がよく見える。このまま降り続けば今年はだめだという声が聞こえる。雨がなければ作物は育たない。しかし雨が降り続いても作物は育たないのだ。
ここにも暗い顔があった。次の場面では豪雨が続き、その豪雨で地形が変わり、山が崩れる様が見える。また違う場面では雪が積もり、その雪の重さでつぶれる人の家や、雪解けによって生じた雪崩。様々な水のエレメントが引き起こす災害が次々に映る。
素晴らしく命を支えるはずの水が、逆に苦しめ、壊している様。津波、洪水、豪雨、雪崩、土砂崩れ、川の氾濫……あらゆる水害を永遠に続くかと思うほど見続けた。
水害に寄ってもたらされる怨嗟と苦痛と疲労。生きる意志を折ってしまう災害は光にとっても苦しく、どうして水が存在するのかと思うほどだった。水と一体化している光にとって災厄をもたらす水という己が苦しく、死んでしまいたい気分にさせる。でも、自分は水で。水は生きる死ぬという次元のものではなくて。巡るもので。なぜこんなことをとしか思えない。死にゆくあらゆる命を己で贖えるならどれだけ良かったか。だけど、流す涙さえそれは『水』なのだ。己を構成する全ては水を元にできている。
あらゆる生き物は水によって支えられ、あらゆる気候は大きく水が左右する。だからこそ、生き物の生活に、命に直結するのだ。その結果は絶望や疲労を招き、生きる意志を根こそぎ奪い流してしまう。
「そっか。命を支えるだけじゃないんだね。命を簡単に左右してしまうエレメントでもあるんだね」
水がなければ生きていけないという意味。水は形を自由に変えるから様々な形で命を支えている。だけど、形がないからこそ、様々なものと混ざる事が出来、様々な形で災厄にもなりうる。
「だから、命を表すんだね」
違う意味でそう思う。宝人が水を人々に与えたら、潤って人々は助かるだろう。だが、多すぎる水を与えてしまえば、それは苦しめる原因となる。水には過不足なく全てを行き渡らせなくてはいけないのだ。自然が決めた水の在り方に宝人も従う。そうでなければ、水は災厄になってしまうのだ。
リュミィは過去に炎が世界を滅ぼしたと言った。もし水が炎の代わりに水の猛威をふるったら、世界は半壊しただけでなく、復興の希望さえ折ったかもしれない。
「これが、『水』」
光は感じた。自分の身体にも確かに存在する水というエレメント。必要不可欠で、喜びを示す青いエレメント。
“そう、それが『水』。それは私”
気付くと様々な風景はなく、目の前には一面の水の景色が戻ってきていた。
「あなたが『水』。あなたが水の魔神だね」
光は姿が見えずともわかった。その存在を感じた。確かに在る。
“運命の子よ、あなたの名前を教えて下さい”
「光」
光が答えると、水が隆起し、何かの形を作った。次第にその水は渦巻き、一人の女性を作りだした。青く半透明の水で出来た女性。長い髪は水を表すが如く、流れ、地面の水と一体化している。良く見ると身体を作っている水も絶えず流れ、めぐっているようだ。優しげな顔をした、美しく、三十代位と思われる女性だった。
“光。今の貴女にはもうわかりますね?私がどういうものか”
「うん」
“その上で貴女が『水の宝人』として己を望むなら、私は貴女を喜んで迎え入れることができます。私は水。この世界中にあり、全ての命にあるもの。貴女がその一端を担い、共に水を世界に満たしてくれるというのなら”
「私が自分の守護するエレメントを持っていないのはどうして?」
“貴女は全ての可能性を持つのです。貴女の様な存在は珍しいですが、決していないわけではありません。生まれた時から己の守護するエレメントを決める宝人ですが、時折貴女の様な存在がいます。彼らは生きるうちにエレメントを選び、自分がどのエレメントを守護するかを決めます”
つまりエレメントを扱えないのではなく、決まっていないから使えないだけだったのだ。
“貴女はそれを知っていてここに来たのではないのですね?”
過去の光のような存在はきっとここに水のエレメントを求めて訪ねたのだろう。だから水の魔神は『試し』と称し、水の全てを受け入れる覚悟があるかと聞いたのだろう。
“どうするのですか?”
魔神が優しく言った。水の宝人になりたいと言って来たわけではないが、水の宝人になりたいなら喜んでそれに力を貸してくれると言っている。さすがブランが言っただけあって魔神は懐が広く優しい。
「……他のエレメントを見てみたい」
光はそう言った。水と炎しかまだ使ったこともない。それなら全てを使ってみてから、全てのエレメントを知ってから選びたい。安易に水と仲良くなれたからという理由だけで水を選びたくはない。それでは他のエレメントにも水のエレメントにも失礼だと思うし、向き合っていないと思うのだ。
“わかりました。よく決断しましたね、光”
水の魔神はそう言って微笑んだ。その顔が知らないはずの宝人には関係ないはずの『母親』に思えてしまって、光は思わず水の魔神を抱きしめた。冷たく、濡れてしまうがそれでも構わなかった。水の魔神も微笑んでいる。
“では、貴女が全てのエレメントを見て、その上で水を選んだその時は、心から歓迎しましょう”
「いいの?」
“ダメな事がありますか。魔神にとって宝人は我が子。どのエレメントを守護していようと関係ありません。これからの貴女の決断に力を貸してあげましょう”
水の魔神はそう言って光に微笑んだ。
“これから貴女が心から水を欲する時、その場面に置いて水の力を過信せず、正しく均しく水を用いると決め、貴女が水を求めたなら、私の名を呼びなさい。私の名を持って水は貴女の味方です”
「……え」
光は目を見開いた。どうして、そこまでしてくれるのだろう。
“しかし、わかっているとは思いますが、水とはいえ、力は力。過てばそれは災厄となります。私の名を用いて水を欲するのは貴女が真に求めた時だけ。私は力を貸せますが、扱うのは貴女ということを忘れないで下さい。そして、名はとても大事なもの。私が貴女に名を教えるのは、貴女を一人の宝人として認め、貴女を好きだから。決して乱用したり、安易に他の人に教える事はないと信じています”
「うん。わかっているよ」
光は頷いた。
“私の名は『リーリオーラ』。水を欲する時、私を呼んで下さいね”
「リーリオーラ」
“はい。光”
リーリオーラがにっこり笑う。その微笑みは水が形を失ったことで消える。
小さく、あっと声を出した時には光の視界は暗転していた。
...043
「セダ!」
光の呼ぶ声がして、セダの意識は目覚める。
「大丈夫? いきなりはぐれたから」
「おう」
セダが立ち上がる。寝ころんでいたからか、背中までぐっしょり濡れていたが、幸いどこも何ともない。軽い動作で起き上ると、遠くから水がはねる音が聞こえて来た。
「あー、やっと見つけた」
「ハーキ」
そこにはハーキがなんとテラやグッカスなど一行を連れていた。
「あれ? グッカス入れたのか? 楓も」
「テラがやってみたいと言い張ってな。で、試したらすんなり入れたわけだ」
グッカスはよくわからない、と言いたげに肩をすくめた。楓も不思議そうだが、一面水の光景に眺め入っている。
「ここが、モグトワールの遺跡の中?」
テラが尋ねる。どうやら彼らは入ってすぐにハーキと合流できたらしい。はぐれたのはセダと光だけのようだ。
「そうだよ。水の魔神が居る場所」
光が言う。楓やリュミィは周囲の水に何か感じるものがあるのか、しきりに水を見ている。
「魔神には……会えるのか?」
「会えるよ。というか、もう会っているよ」
光が自信たっぷりに答える。するとセダが不思議そうに辺りを見渡す。
「え? どこにいるんだ?」
「ここに。ここにある水全てが魔神だよ」
光にはわかる。リーリオーラの気配があちこちからする。そうエレメントや精霊の気配がないのは当たり前なのだ。ここは魔神の居る場所。すべてが在る場所なのだから。
「ああ、そういうことか」
楓が納得したように頷く。リュミィも頷いた。
「え?」
「だから、この一面の水が魔神なんだ。そういうことだよね? 光」
「うん」
楓がそう言う。人間達はどうもわからない。
“ようこそ、子供達よ”
女性の声がどこからか響いてくる。人間達は周囲を見渡した。すると一行の前の水が盛り上がり、青い美しい女性の姿が現れる。テラは目を見開いて驚いていた。
「水の魔神!?」
“そうですね。そう呼ばれています。ごめんなさい。私は長い事眠りに付いていて、今もまどろみのようなものなのです。ちゃんと招くことができなかったようで、混乱させましたか?”
女性は魔神というよりかはセダたちがイメージしていた水の精霊の様な存在に思える。水でできた身体。美しい容貌。優しげな声。穏やかな気性。
“さて、私は長い時間目覚めていることができません。ここに来たからには何か私に用でしょう?何を望みますか?”
混乱しているセダをよそにハーキが一歩進み出た。
「盟約の国・シャイデで新たな王として起ちました。私は第二の王、ハーキ=オリビンです。この度はシャイデを水の加護で護って下さってありがとうございました」
“いいえ。半人の王が願えば応えるのが魔神の役目。当然の事ですよ。それに力がない私の為に、あなたは乙女の大事な髪を躊躇なく下さった。一の王はその意志を私にくれた。それを還したまでのことです”
「それでも言わせて下さい。シャイデの、いえ、水の大陸の民を護って下さってありがとう。お礼と言ってはなんですが、これからは通例どおりお世話の巫女を遣わし、壊れた建物を建て直す事を誓います」
ハーキがそう言うと魔神は首を横に振った。
“いいえ。そのような気遣いは無用です”
「しかし!」
“もともと私が皆さんから借りた土地です。そこに皆さんが気遣って社を建ててくれた。月日と共に壊れ、朽ちるのは当然のことです。気にしません。それにおわかりでしょう?私が暮らしているのは大地ではありません。水の中。社を再建して頂いても私は実際そこには居りません。いえ、いることができないのです。私は水。私は水そのもの。一つの場所にとどまる事ができないのです”
ハーキは驚きと共に残念な顔をする。確かに古代から伝わった遺跡が、このありさまなのは手入れを怠ったからなのに、それを直す必要はないと言われてしまえば……。
“それに昔のように私の為に人をやる必要はないのです。私は昔のように活動していないのです。すべてが昔とは違います。今は悠久の眠りの中。全てを巡る水に委ねているのですから”
魔神の言う昔とは神代のことなのだろうか。
「それは、魔神が人を見はなしたって事なの?」
テラが訊く。昔は当たり前のように人の前に姿を現し、願いを叶えてくれたという気易い存在だった魔神。
“いいえ。人が私を必要としなくなったのです。だから眠りに付いたのですよ”
「……必要としない?」
“魔神と大層な呼び名でも、私ができることは限られているのです。水を巡らせることだけ。水を管理するのは宝人に任せています。人へ水の恩恵を与えるのも宝人の役目。私は宝人の意志を水に伝えることしかできません。宝人は昔と違って増えました。私が直接手を出さずとも両者だけで水の循環は成り立ちます”
テラは驚いた。魔神とは、巡らせるものだという。
「じゃ、願いを叶えたっていうのは……」
“願いとはどういったものでしょう?昔、雨を降らせてくれ、川の流れを少し変えてくれ。そんな願いなら叶えたかもしれません。でも、何でも叶えるような……そんなことはできないのです。人が必要としなくなった理由がわかりましたか?”
セダたちもそれには驚いてしまった。なんて自分勝手な考えをしていたのだろう。相手は魔神。この世を作ったエレメントの一つ。だからなんでもできると勝手に『思いこんでいた』。
だから、人前に姿を現さず、願いを叶えてくれないから、人を見捨てたなどと言い続けた。
「じゃ、何のために『神国』や『遺跡』を作ったんだよ? そもそもこの遺跡は何のためにあるんだ?」
今度はセダが訊く。人の願いを聞くことができない。というよりは魔神はそういうものではないという。なら、なぜ、このような場所を過去に作ったのか。
“それは『卵核』を置く場所が必要だったからです。そしてそれを私が抱く場所が必要だったのです”
「どういうことだ?」
“宝人を生み出すための卵核はこの地に馴染むよう、成熟するまで魔神が一定期間、この地で抱く必要がありました。その為の場所が『遺跡』。そして大事に安置する為の場所、宝人だけではなく人も獣も皆がその卵をいつくしみ、護ってくれる場所が必要です。その場所こそ、人が私と誓ってくれた場所『神国』です”
これには全員が驚いた。神国は人と宝人がとこしえの和平を約束し、その約束の為に魔神が与えた加護を受ける国と思われていたのだが。
「じゃ、護る力を与える為に半人を?」
“そうとも言えます”
「……私たちは護れなかった」
ハーキが呟く。炎が暴走したその原因はシャイデの禁踏区域で秘匿されていた卵核の破壊だった。思えば、禁踏区域となっていたのは卵核があったからなのだろう。
「水の大陸の卵核は人の手に寄って破壊されました。修復は可能でしょうか?」
今度はリュミィが尋ねる。何もかも知っていたという様子で水の魔神は悲しげに微笑む。
“いいえ。私だけではできません”
「だけ?」
“皆さんもご存じでしょう?何かを生み出し、創る事ができるのは創生神……唯一、神だけです。私達魔神は神が六つにわけられた存在。魔神一体では、何も出来ないのです。何かを生み出すためには、神でなくては”
「では、水の大陸では二度と…宝人は生まれない?」
それは卵核の修復が不可能ということだ。リュミィが愕然としてそう呟いた。すると魔神は首を振る。
“いいえ。私だけでは、です。魔神はもともと神から分けられた存在。六神全員が集まれば可能です”
「本当!?」
これには全員が希望を持った顔をし、喜ぶ。水の魔神はにっこりとほほ笑んだ。
“卵核が失われたのは残念な事です。皆さんが想像する通り、再び卵核が命を灯すことができるのは、治った後になります。卵核は魔神が宝人のために六神全員で集まって創ったもの。再び魔神が集うことがあれば、可能でしょう。しかし……問題があります”
「何だ?」
水の魔神は少し悩んだ様子で、視線を彷徨わせた後、楓を指差した。
“魔神はこの世に直接関わりを持てません。そのままでは現れることができません。そこで彼の様な存在が必要になります。……『器』です”
楓はそう言われた瞬間に目を見開いて、水の魔神を見返した。
「魔神を顕現させるだけの力を持つ宝人がいるということだね」
楓が呟き、水の魔神はそれに頷いた。
“『遺跡』は限定された場所ですが、この地に宝人を介さず魔神を現せる場所という役目もあります。力を持つ宝人でも私達魔神の力に耐えられる者は少ないのです。貴方は炎に耐える事ができた。貴方はいつでも魔神と貴方の意志が重なれば炎の魔神をその身に下ろすことが出来ます。それくらいの力を持つ宝人が六人そろわなければなりません。もちろん、各エレメントから一人ずつです。炎は貴方がいます。しかし他の五つのエレメントは魔神を下ろす事の出来るだけの宝人が今はいません”
つまり、魔神はこの世に現れる事が出来ないらしい。魔神がこの世の人と接触するためにはその身を宿らせることができる『器』が必要となる。魔神は六神。六つのエレメント一つに一神。そしてそれぞれのエレメントを守護する宝人の器が一人ずつ必要なのだ。そうして魔神を下ろすことができて、初めてこの世に顕現し、その力を示す事が出来る。そういう仕組みだと言うことだ。
“魔神をその身に宿す事の出来る宝人六人がまずそろい、そして各大陸に眠る魔神それぞれが顕現し、集まる意思を持たなくてはなりません。私だけではだめなのです”
「魔神を宿す事が出来る六人の宝人。そして六神の魔神がそろって水の大陸の卵核の修復を望まないと、叶わないのか……。難しいわね。まず魔神全員に会って願いを伝え、魔神が了承してくれるか」
ハーキが呟いて、考え込む。
「そして魔神を宿すほどの力を持つ宝人も六人。うち一人は楓として……残り五人」
“そうです。魔神がそろい、この地に現れることができれば、不可能はありません”
水の魔神がきっぱりと言い切った。
「わかりました。必ず、集めて見せましょう」
ハーキが決意を胸に言う。そうしなければ、水の魔には二度と宝人は生まれないのだ。それを人の手で起こした以上、人の手でなんとかしなければなるまい。
“すみません。私がもっと活動できれば……お役に立てることもあるのですが……。私達魔神は眠りについていることがほとんどで、力を使うことはおろか、この世に現れていることもままならないのが現状なのです”
それを聞いてヌグファが少し驚いた顔をした。
「では、遺跡に来れば必ず会えるというわけではないのですか?」
“そうです。私がまどろみの最中であれば皆さんを招くことはできますが、普段は眠っていることが多く……”
「どうして、眠っているんですか?」
テラが訊いた。確かに力が制限されているような言い方に思えるからだ。眠っているとはどういうことなのだろうか。
“そうですね……説明するのが今は難しい事ですね。再びお会いできたなら、そのときにでもお話ししましょうか”
水の魔神は困ったように笑った後に、そう言った。
“そろそろお時間です。もっと多くをお話しできればよかったのですが……。最後に何か訊いておきたいことはありますか。そうですね、貴方からはまだ何もお伺いしていませんが”
水の魔神はそう言ってグッカスの方を見た。グッカスが難しい顔をして黙り込んでいたのをセダは思い出した。
「では、一つだけ」
“はい”
グッカスは水の魔神でさえ睨みつけるような顔で訊いた。
「番はどうした?」
そう言われた瞬間、水の魔神が驚いた顔をした。グッカスを黙って見つめた後に、視線を外し、寂しそうな顔をした。グッカスはそれを見て、視線を緩める。
“水底で眠っています”
「そうか」
グッカスはそれだけ言うと視線をそらした。セダが何かを聞きたそうな目線を向けるが、グッカスは気づかぬふりをしてやり過ごした。
“では、本当に短い時間でしたが、お話しできて楽しかったです。どうか、他の魔神を説得し、集めて下さい。中々難しい事ですが……さすれば、卵核を修復する事も可能です。宝人は私たちにとっても愛すべき子供。私の力を受け取ってくれる大切な、この世になくてはならない存在。よろしくお願いします”
水の魔神の声がだんだん小さくなり、景色が白けた。と感じた次の瞬間には、草原の風景に全員が戻っていた。目の前には壊れた神殿の柱が見える。
「あ、戻って来たんだ」
テラが呟く。まるで白昼夢を見ていたかのようだ。水の魔神は確かにいた。そして会話をした。
「……現実感がないな」
グッカスが呟く。確かに、と全員が頷いた。楓が気付いたように言う。
「光……髪の色が……」
「え?」
水の中の様な遺跡の中では誰も気付かなかったが、光の髪の毛の色が淡い水色に変わっていたのだ。そしてそれは目にも同じ色が現れている。
「水の加護を受けたようですわね」
リュミィが言う。ヌグファが不思議そうな顔をする。
「加護?」
「水の魔神に会った事で光の何かが変わったのですわ。おそらく以前よりは楽に水のエレメントを扱えるようになっているはずですの。これは宝人ではよく見られる光景ですのよ。エレメントを使えば使うほどそのエレメントに対する親和性とでも申しましょうか。それが強くなり、己の色がそのエレメントの色に変わっていくのですわ。光の場合は水の魔神に会った事で、何かが触発されたのでしょうね」
「へー」
宝人とはやはり神秘に満ちている存在のようだ。髪の色や瞳の色でさえ、エレメントに触発されて変わってしまうとは。
「不思議ですね。失礼かもしれませんけれど、面白いです」
ヌグファがそう言って光に申し訳なさそうでありながら笑う。魔法科は魔法を扱うだけでなく、研究も行っている。特にヌグファの古代魔法専攻は古代に残された遺跡や古い物を読み解く面もあり、興味深いのだろう。
「じゃ、帰るか」
セダの言葉に一行は頷いて帰途に着いた。やはり遺跡内部も含め、魔神に出会い、衝撃的な世界の仕組みの一端を知ったこともあって各々考える事が多く、行きより口数が少ない帰り途となったが誰も気にしなかった。
...044
シャイデとモグトワールの遺跡は近い場所にあったので行程にさほど時間を必要とせず、すぐに帰ってこられた。旅路に特に問題もなく、無事に帰って来た一行を見て、一日休息を与えたキアは、翌日報告を聞いた。
その場にはブランと、ニオブといった神殿の面子もおり、茶をふるまわれながらのゆるりとした雰囲気で行われた。
「へー、そうなんだ」
報告を聞いた後のキアの感想はそれだった。ハーキが隣でがっくりしていたくらい、あっけないというか簡素な感想だった。
「ってか、付いてきてないんでしょ? 話に、そうでしょ、キア」
「いや、ちゃんと理解していますとも。別に驚くことじゃないでしょ。事実が長い時間で変わるくらい普通でしょ。驚くよりは次、次」
やっぱりあの騒乱を王としてやり抜いただけあって、この衝撃的な事でも次を考えているらしい。
「集めるのは六人の宝人か。炎は楓が決定でいいのかな?」
キアが尋ねると、楓も首をかしげる。
「らしいです。水の魔神が言うには。あまり自覚がないのですが」
「では、基準がわからないね。魔神を下ろしてくれと言われて、できるものじゃないんだろう?」
「……はい」
誰もその時は気付かなかったことだ。確かに魔神を下ろせるほどの力を持った宝人と言われても……。魔神を実際下ろすと災害が起きるのは目に見えている。楓の時、実際暴走した炎の魔神はシャイデの城下町を全てを燃やしかけた。
炎の暴走を止めようと奔走したシャイデの王とセダたちのおかげであの程度で済んだのだ。奇跡と言っていいレベルだ。
「とりあえず魔神は遺跡にいることは確定したわけだから、説得には各大陸のモグトワールの遺跡を訪ねて交渉できればいい。言い方は悪いが宝人をそろえるのは後回しでもいい」
キアが言う。なるほど、とセダは逆に感心した。こちらは実際魔神に会って、あの雰囲気に飲まれたのもあるだろうが、漠然とどうしよう……みたいな感じだと思っていたのだが、さすがキアは考えていることがかなり先をいっている。
「そこで、だ。誰が他の大陸に行き、魔神を説得し、宝人を探すかという問題だが」
キアが言う。確かに大陸を渡るなんて真似ができるとは考えていないセダ達だ。大陸の間には『海』がある。それも各大陸の守護するエレメントで構成された「海」である。
例えば水の大陸の海は水で構成されている。水の塊で、水しかない。深い水が波打ち、その光景は青く美しい。お隣の土の大陸では水の大陸では考えられないが、土で構成されている。その海は果てしない砂が広がっているという砂漠の海だ。
「一つは公共軍に依頼する。そうすれば世界的なネットワークを持つ公共軍が各大陸の軍で遺跡を調査し、託を伝えてくれるだろう。効率的だが、それで想いが通じるかという面がある。それに私たちは着任したばかりの王だ。その王の言葉に世界が動くか疑問もある」
キアが言う。ハーキもそうね、と頷いた。公共軍と各国の代表の立場も微妙なものがある。
「『神国』同士で繋がりはないんですか?」
「あるには、あった。しかし前王か、その前か……いつからか途切れてしまったようだ。残念だけど」
そう考えると残念だ。この繋がりがあれば、連絡などもスムーズに行ったかもしれないのだ。
「まぁ、なくなったなら復活させればいいだけの話」
キアがさらりと言うので、驚いてハーキらがキアを見つめた。
「で。本題に戻るけれど……二つ目の方法は、シャイデから使節団を編成し、他の神国に遣わす。国交も結び直して、遺跡も訪ねられる。一石二鳥。これで旅の途中で目ぼしい宝人を発見できれば儲け」
キアが笑ってセダを見た。その目を見た瞬間、セダが叫んでいた。
「やるよ! おれがやる」
思わずの挙手。ぎょっとしているのは他の面子だ。
「へ? ちょっとセダ?!」
テラが焦った声を出し、ヌグファも驚いている。
「ああ、そうだね。魔神と直接会った君達に依頼できればこちらも都合がいい」
「はぁ? キア?!」
今度はハーキが言う。グッカスはその瞬間、キアがセダにそう言わせたかったと悟ってしまった。
信用できない公共の団体を魔神に会わせるよりは、性格が単純で親しいセダたちに頼んだ方がいいということだろう。おそらく、シャイデ内部では使節団を編成できないのだ。この混乱を静めなければいけない状態の国からそこまで信用置ける部下の人数を割けない。だからキアもそうなるくらいならとセダを推したい。
彼は人をよく観察している。セダが挙手するのを見越していたような話運び。巧いと、グッカスは黙り込んだ。
「今回の任務は学校を通じて公共調査機関から依頼されたんだったね? 事のあらましをこちら側から報告し、学校側にシャイデから君達宛てに依頼をする形でなんとかなるかな? といっても君達の意志が一番大事だ。シャイデの王として、また水の大陸に住む人間の一人として君達に他の大陸の神国への使節団となり、魔神への交渉を依頼したい。どうだろう?」
キアはそう言って一行を見渡す。セダはやる気だ。それはわかる。
「私もセダと一緒に他の魔神に会ってみたい」
光がそう言う。光は水の魔神と会ったことを他のみんなに話していないが、水の魔神に他の魔神に会い、他のエレメントを知ってから自分の守護するエレメントを決めたいと言った。
「じゃ、あたしたちも一緒よね?」
テラが短く溜息をついて、楓を見た。楓は一瞬驚いた顔をしたが、その後頷いた。光が行くなら楓も行く。芋づる式にテラも行く事になるだろう。
「学校側が最終的にどう判断を下すかだが、俺も興味はある」
グッカスが珍しく肯定の意見を述べた。ヌグファは少し迷うが、頷いた。
「個人的に遺跡や古代の事については興味があります」
リュミィは肩をすくめ、頷いた。そもそも彼女は光と楓のお目付け役である。否はない。
「ありがとう。そう言ってもらえて本当に助かるよ。では、公共団体と学校側にはこちらから連絡を取ろう。君達は普通任務が終わるとどういう手続きが必要なのかな?」
セヴンスクールはあくまで学校である。生徒を働かせるための団体ではない。連続で任務が入る事はなさそうだし、休息も必要になるだろう。それに他の大陸を渡るような危険な任務が受け入れられるかという問題もある。
「普通は学校側に帰還三日以内にレポートの提出を求められます。チームリーダーがそれをまとめ、報告書を作成します。学校側に提出し、学校側が内容を精査します。これで任務における成績が決定します。その後一~二週間以内に依頼者と学校側の担任とチームリーダーと可能なら任務にあたった全員が報告会をし、依頼者が納得すればそれで終了です。任務を無事こなした生徒は任務の難易度によって休暇を与えられる日程が決まっていて、それが終われば通常の学業のカリキュラムに戻ります」
ヌグファが説明した。キアはそれをふんふんと聞きながらメモを取っている。
「ふーん、報告書に決まった形式はあるのかな?」
「いえ。任務が様々ですからそういったことはありません。しかし、今回は内部の詳細地図作成を受けていますから、遺跡内部の地図を作製する必要はあるかもしれません」
「無理でしょ、そんなの」
ハーキが言う。ヌグファはあいまいに頷いた。確かに気付いたら集められていて、水の魔神と話し、終わったら戻ってきていた。内部もなにも水しかなかったと報告するしかない。
「ちなみにチームリーダーは?」
「俺だ」
グッカスが言う。キアは納得したように頷いた。
「今回のことは最初に言ったように、シャイデの神殿が関わる話だ。だからできれば提出する報告書を見せてもらいたい。依頼者は別だろうが構わないよね?」
グッカスに向かってキアが尋ねる。
「普通だったらだめだが、事情が事情だし、仕方ないな」
「そう。よかった。じゃ、城の一室を貸すから、宿泊がてら報告書を作成してもらえるかな? で、見せてもらいたい。その報告書の内容でこちらも公共団体と学校側への依頼書を作成しようと思うんだ」
「わかった」
グッカスが頷く。セダはやりっと小さく喜んでいた。なぜかと言うと報告書を書くのが面倒なので学校では忘れぎりぎりに書くことになるからだ。日が経つほど細部は忘れてしまうし。
「で、君達に依頼した公共団体はなんて名前?」
キアに問われ、全員が一瞬と止まった。
「そういえば……公共調査団体とか……公共団体としか言われていなかったような」
「言われてみると、そうよね」
セダとテラが目を合わせて首を同時に傾げた。ヌグファも顎に手をやって必死に思い出そうとしているようだが、言われていなかったことに気付いている。グッカスはそんな様子を見て、唸った。
「伝え忘れたか? けっこうばたばたしてたし」
「学長もうお歳だもの」
それは学長のぼけを心配しているのか、かなり失礼な話である。
「わからないの?」
全員が不承不承頷いた。確かに変な任務だった。急だし、説明が担任ではなく学長だし。
セヴンスクールは最大規模の公教育学校だが、学長が気易い。それは定期的に学校を回り、生徒に話しかけ事あるごとに生徒に演説というほど大層ではないが、語ったりしているからだろう。
それに趣味=園芸としょっちゅう暇さえあれば構内をうろうろ。授業をにこにこで訊いていることもある。セダにとっては昔からの先生で担任より話しかけやすかったりする。みんなのおじいちゃんという雰囲気だ。
でも学校のトップが一依頼を直接命じるのは……。
まぁ、任務命令書のはんこは最終的に学長だが、それは書類上の責任者の問題であって事実は違う。本当は偉い。……たぶん。
「ふーん。まぁ、いいや。とりあえずその問題はこっちでなんとかしよう。というかなんとかできそうな文面を頭をひねって考える事にするよ。だから報告書が出来たら見せてくれ」
「わかりました」
ヌグファが頷いた。このメンバーで任務を行った場合、グッカスがチームリーダーだが、ヌグファが書類を作っていることが多い。グッカスは特殊科で任務が多い為に、次の任務が込み合っている事が多いのだ。ゆえにヌグファが必然的に作成報告を行っている。話がそこでまとまろうとした時、セダが口を開いた。
「あ、個人的なことなんだけどさ」
セダが言う。キアは促すように視線を一瞬上げた。
「俺、生まれた時からこんな感じで刺青が入ってたんだけど、そういう風習の民族とかって知ってる?」
突然の話題だが、キアはそう言われてまじまじとセダを見る。赤色の刺青が一部とはいえ、全身にある。最近は気付かない間に青い刺青もできた。よくよく思いだすと、遺跡に言った後に青い刺青が急に増えた気がする。
「……うーん、刺青を入れるのはないこともない。けれど生まれた時からそんなに入れはしないと記憶しているけれどなぁ。刺青を生まれた時から入れる風習と言うのは、魔除けやお守りの意味合いが強い。痛みを強制しているわけではないからね。一部にいれるというのはよく聞くんだけれど……」
セダの場合、刺青は手首、二の腕、足首や指などてんでばらばらの場所にある。普通魔除け等は身体の一部にしか入れないそうだ。
「実際そういうことはジルの方が詳しいんだよ。あまり力になれなくて申し訳ないね」
「いや、いいんだ。最近増えて来たからさ、ちょっと気になって」
「……増える?」
キアはセダに聞き返した。
「ああ。俺の刺青増えるんだよ。学長の話によると、拾われた時はこの額しかなかったらしいんだけど、物心付いた頃には首と、二の腕にはあった気がするんだよなー。で、徐々に知らないうちに増えて、今ではこんな感じに。全く痛くないんだけれど」
キアは驚いてセダを見つめ返した。
「そんなのは聞いた事がない。それはどちらかと言うと……呪いに近いんじゃないのか?」
「呪いって、ジルが受けたやつ? え? 俺やばい?」
セダがテラに思わず尋ねる。テラは知らないわよ、とそっけない。
「宝人の呪いは最初はマークの様なもので、設定された時間に沿って、害する部分に模様が辿り着くという。その過程は刺青を増やしていくようなのに近いらしい。……だけど、君のは増えるといっても場所がばらばらだし、呪いとも違うかもしれないね」
リュミィがセダをまじまじと見る。
「趣味で入れているのだと思っていましたわ。まぁ、そう言われると呪いに似ているような、いないような」
「え? リュミィ宝人だろ? わかんねーの?」
セダが言うと、リュミィは困ったように言った。
「わたくしは光の宝人。陽属性の宝人ですの。陰属性の呪いはわかりませんのよ、申し訳ないですわ」
「ごめん、僕も炎の宝人だから、専門外」
楓も申し訳なさそうに言う。光は何の宝人かもわからないので最初からわからない。
「そっかー。ま、いっか。痛くもなんともねーし」
「あんたのそういうとこ、軽いわよねー」
テラも見慣れているせいであまり気にしていない。事実光や楓もセダの刺青は趣味かお守りだと思っていた。
「なにかわかったことがあれば知らせるよ」
キアはそう請け負ってくれた。セダの奇病。本人が当たり前に気にしていないので、派手な刺青好きだと思われているが、実際は違う。セダの成長と共に増えている。確実におかしいのだが、本人がこれまた気にしないのでそのまま増え続けている。
グッカスは一度いいのか、と本気で突っ込んだが、すでにどうでもよくなった。本人が本当に気にしていないのだ。
「よろしくなー」
セダが軽く笑ったことでこの話題は終わり、いつまでもキアの邪魔をしてはいけないだろうと、セダはそれ以外話題を振らなかった。
「にしても、お前が気にするとは珍しいな」
グッカスが刺青を指して言う。
「あー、この前青いのが増えてよ」
セダはそう言って手首の裏を見せる。青い何かの線が増えていた。確かに見慣れない。
「そのときちょっと痛んだ気がしてさ」
それは宝人が卵核を壊された時だった気がする。
「それ、大丈夫なの?」
テラが言うが、あっけらかんとセダが言う。
「まぁ、あれ以降、そういう感じでは増えてもいねーみたいだし、痛くないから気にしないさ」
いつものようにセダが言うので、セダと一緒に過ごしていた学生三人はいつものことか、と軽い溜息で流してしまった。宝人三人もそういうもの? 疑問視していたが、あまりに空気が明るいので、大した問題ではないと思えて、そのままそれは忘れられた。
「他にはないかい? じゃ、休んでくれて構わないよ。帰って早々悪かったね」
キアはそう言って侍女に二言三言指示を出し、セダ達の世話をするよう命じた。一行はとりあえずUターンでセヴンスクールに帰らず一休みすることができるので少し嬉しい。
一行に続こうとしたグッカスだが、キアを見て、脚を止めた。
「先に行っていろ。キア王……少し個人的にお話ししたい事があるんだが……よろしいか?」
「ん? 構わないよ」
キアはグッカスの視線から何かを感じ取ったのか、その場にハーキだけを残し、グッカスを傍に招いた。
「頼みたい事がある」
「叶えられるなら」
キアは書類作りに励みつつ、グッカスの言いたい事の先を促す。
「宝人達の処遇だ。俺達は一回学校に帰らなくてはならない。その間宝人達を預かってもらいたい。この城で」
キアは目線をグッカスに向け、真意を探ろうとした。
「セヴンスクールには人間の子供が通う学校。楓と光は契約した。契約紋が顔に出ている。宝人と一発でばれるだろう。そんな状態で何百人と言う子供の中に放り込んだらどうなるか、想像つくだろう?」
楓には真っ赤な炎を現す契約紋が、そして光は最初ないと同義位に目立たないものだったのに、モグトワールの遺跡を訪ね、髪や目が水の従属色に変じた後、その色の契約紋が現れた。
「ふむ、一理あるね」
「でも、契約した宝人は契約者と離れられないんでしょう?」
ハーキがグッカスに問いかける。
「リュミィに確認したところ、シャイデとセヴンスクール位の距離なら大丈夫だそうだ」
キアはグッカスをまっすぐ見返す。その視線がジルと嫌というほど似ている。きっとこの先の言葉はジルと同じような言葉を紡ぐはずだ。
「それは構わないけれど……。理由はそれだけ? 神学を研究している学問もあるし、神話を聞かせ、学ぶ授業もあると聞いているよ。そこまで問題になるとは思えないけれどなぁ?」
ただし、ジルのように直接的にえぐってはこない。婉曲に攻めてくる。これが年の差だろうか。
「それに契約者はセダとテラだろう? 彼らならちゃんと守ってくれるんじゃないか?」
「そうねぇ。テラは根っからお姉さんだし、セダもまっすぐだけど、頼れそうなとこあるし」
ハーキが援護射撃か天然か、そう言った。
「……グッカス」
キアが促すように名前を呼んだ。グッカスが様々な任務に出て、初めて人として尊敬した者がこのキアだ。王の中の王。責任を果たすためなら、命を賭けるとさえ言わない。命を落として責任を放棄する位なら必死に挽回するすべを探ると言うくらいの王。肉親の命と己の地位と、民の安全と安心を平気で天秤にかけられる男。
キアはトントンと机を人差し指で叩いた。
「……」
無言の促しにグッカスが押し黙る。キアはまっすぐグッカスを見つめた。ハーキがそんな様子の兄に呼び掛ける。
「キア?」
ハーキには応えず、グッカスを見ながら、何かを考えている顔。ジルとそっくりの目元。
「公教育学校を名乗っておきながら特殊科があるということが、答えになるか?」
グッカスは直接的な返答を避けた。キアもハーキもそれを聞いて、互いを見合った後に、頷いた。
「……それは、君が『獣人』だから?」
グッカスが目を見開いた。ひゅっと口が勝手に呼吸を求めた。息を止めていた、気付かぬうちに。
グッカスが獣人と言うことはジルが重傷を負う前、夢で連絡を取り合った際に教えてもらった事だ。その確認の様な答えをグッカスに返したということは、キアは正確に事を捉えているということにほかならない。
直接の返答を避けているが、それは二面性のある答えだ。一つはグッカスが人間ではないから、特殊科という檻に閉じ込められている。もしくはそういう扱いを宝人が受けるかもしれないという、危惧。もう一つはあまり考えたくないが、特殊科という名のついたその学科が学校の暗部に繋がっており、学校側にも裏と言うか公言できない暗部がある。その暗部が宝人を目の前にしてどう動くかわからないから危険と言いたい場合。
グッカスなりに今までの己の学校での活動で思うことがあったのだろう。セダやテラのようなまっすぐで活発に活動している生徒とは違う一面が見えているのだ。
――どちらにしても経験の浅い宝人が行くべき場所ではない。
「……ジルといい、あんたといい……どんな頭してんだ」
グッカスはそう言ってため息をつく。そして諦めたように口元を歪めて言った。
「聞いていただろう? 今回の任務はなにかおかしい。学校側が本当に急いでいると言われればそれまでだが、いつもと違いすぎる。なにか考えているんじゃないかと疑ってしまう。そんな場所に宝人を連れ帰り、魔神の事を包み隠さず話して大丈夫だろうか。特に任務前に普通ならある筈の依頼者との確認も行っていないから、依頼者の顔が、望みが見えないというのもある」
「成程」
「俺は人間をそもそも信用していない。そしてその人の思考を作る場所である学校もだ。今回の任務はあまりにも変な点が多い。信用できる先生もいる。だが学校の上層部が全員生徒思いで、信用できるかっていうとそうじゃない。あれだけ大きな組織だ。暗部があったって不思議じゃないだろう?」
キアとハーキは頷いた。確かに最大の学校組織、裏があってもおかしくはない。
「そんな中に己がどうするか決めたわけじゃない宝人の子供が行って、利用されないとは思えない。利用されるならまだいいが……」
「うん。一理あるね。確かに調査団体が明らかにならないまま任務を命じると言うのもおかしいかもね。だって生徒は大事な存在のはずだ。少しでも危険要素は省くはず」
キアはそう言って視線を一瞬そらした。グッカスの言った事を考えているようだ。
「わかった。宝人達はこちらで預かろう。だが、もし他の大陸に渡ることを君達の学校側が納得しなければどうするつもりなんだい?」
他の大陸に生徒を渡らせるような危険なまねを学校側が許可するとは思えない。
「そんなの簡単だ。魔神に俺たちが命じられたから、俺達以外できないと言ってしまえばいい。俺達以外では遺跡は開かないとな」
「ふふふ! ……成程」
キアは笑った後に頷いた。ハーキも笑っている。
「それはいい案だね。うん。君たちが学校側を納得させる。それの援護射撃にシャイデを使うということか。乗ろう、その案」
グッカスは己の主張を受け入れてもらえて内心ほっとした。やり手のキアをどう説得しようと考えていたのだが、キアとグッカスの思惑が重なったのですんなりいった。
「だが、それで学校側は納得するかな? なぜ君たちなら遺跡が開いた、とか」
「そうだな……宝人が居たと言えばいいが……それでは俺たちに調査を依頼されないからな…」
わからないが、自分たちなら開いたと押し通してもいいのだが、そうすると多くの調査員を派遣する事になり、魔神がまどろんでいる時なら遺跡に入られてしまう。
「セダの刺青にすればいいじゃない」
ハーキがしれっと言った。セダ本人が気にしているなら遠慮するが、そういった面がなさそうなら使えばいい。
「あの刺青のおかげで入れたみたいですが、確証はありません。これで勝手に遺跡を調査されないわ」
世界をめぐりたいという光と楓の為に、この使節団兼魔神の説得団体はセダたちではなければいけない。これはシャイデ側もセダたちもそう考えている。だからこそ、遺跡並びに魔神のことはある程度は秘密にした方がうまく事が運ぶ。
「どうせ不思議病なんでしょう?」
「ああ、まぁ…たぶん。本人も気にしないあまり、語らないからな」
グッカスもセダを引き合いに出すことに抵抗はあるようだが、他にいい案が思い浮かばないようで、あいまいに頷いている。キアはにこにこそれを聞き、笑顔で言った。
「じゃ、そういう流れで行こうね。報告書はそんな感じでできたら見せて。そのあとで口裏合わせしようね」
「……………はい」
グッカスは言いくるめられた感がいっぱいのような、でも自分の思うように話が進んで良かったような、複雑な気分でキアの部屋を退出したのだった。
という流れがあったことは露知らず、というわけにはさすがに行かず、宝人の契約者であるセダとテラはそこらへんの事情をグッカスの毒舌混じりの説得で納得させられ学校に帰っていった。
宝人組は学校に一行が帰っている間、シャイデで居候することとなった。楓の紋があるおかげで、光達は度々ジルタリアへジルへのお見舞いがてら、足しげく通いヘリーと光の友情関係はかなり深まった。
一方、学校へ帰った一行は通常通り、任務報告はシャイデにいる間に打ち合わせたのでいつもよりスムーズにいったくらいだった。グッカスはチームリーダーとして度々呼び出しを受けているようだったが、おそらくシャイデに援護射撃を受けているおかげか、キアたちの依頼兼魔神説得の任務を受けられる運びとなった。
しかし今度は世界一周を学生の身で行う前代未聞の任務とあって、いろいろ大変だったようだ。実際セダたちも卒業試験がこの任務の代わりになったり、これから在るであろう定期試験を前倒しで受けたり、レポートを必死で書かなければならなかったりと大変な日々を過ごした。
そんな中、日々は矢の様に過ぎ、一ヶ月半を学校で過ごし、準備期間を得た一行は再びシャイデへと戻って来た。
学校を通して交渉を行っていたキアはセダたちの動向を光達に隠さず伝えてくれたものの、会えない期間は長く、再び会った時には抱き合って喜んだ。
「万事順調。すぐ出発するのかい?」
キアはセダ、テラ、ヌグファ、グッカスという変わらぬメンバーと再会の挨拶をすませると、本題を聞いた。
「そうだな。できれば時間をあまり無駄にしたくはない。短い期間で効率的に残り五つの大陸の神国と遺跡を訪ねなければならないわけだからな」
キアは頷く。今までは水の大陸におけるモグトワールの遺跡を調査する任務だった。そしてその任務の結果、魔神が遺跡内部には居り、決して人間の自由にしていいような場所でない事を報告した。
「こちらの依頼は受理してもらえたようだし……」
ハーキが言う。そう、今度新しく受けた任務はシャイデの王連名の依頼という形になっている。
内容は以下のようになっていた。シャイデの王が新しくなったことで、各大陸における神国間の国交の復活。それにおける親書を運ぶという任務。
もう一つ、これはキアとグッカスの意向で、公に行う事になってはいないが、こちらが本命である。遺跡内部を調査し、魔神と直に話した一行しかできない任務として、シャイデの神殿並びに王からの依頼。騒乱で破壊された卵核修復の為に魔神と交渉し、水の大陸の卵核修復の為に、集ってもらうよう魔神相手に交渉する事。並びにできれば魔神をその身に宿せる宝人の器を探す事だ。
それに伴い、各自調査したい事があるという風になった。これが学校側から長期任務につき与えられる報酬というとおかしいが、長期任務しかも世界をめぐるような任務に着くことの条件になっている。
セダは各大陸の武器の調査。歴史から使われ方など、自分がどう対応したかなどをまとめること。
テラは各大陸の生活様式、人の文化についてまとめること。これは弓という武器を調査するよりこちらの方が性に合っているとテラが選んだ。
ヌグファは各大陸の魔術に関する調査。できれば宝人とどう関わりがあるか、神話も含め調査する。
グッカスは特殊科故に公開されていない。いずれにせよ、各々与えられた卒業課題は自分で納得できるテーマを選んだのだから、不都合はない。
「じゃ、水の大陸から土の大陸への道先案内人だけど……」
キアがそう言って、後ろを振り返る。すると、そこには小柄な人影が立っていた。
「ジル!!」
「よ!」
「もう、大丈夫なのか?」
ジルの様子を見ていたセダが心配そうに言う。ジルは苦笑いをした。
「心配掛けたな。ありがと。傷はふさがったんだ。動けなくて飽き飽きしててな、多少の運動は医者に目をつむってもらってんだ」
怪我により頭を覆っていた大きな布はだめになったのだろう、黒髪を晒すその姿は年相応に子供に見えた。
「知り合いには他の大陸に行ったことがあるのはジルと少数だからね。ジルに水の大陸の先まで送ってもらうことにした」
「本当は面白そうだし付いていきたいんだけど、さすがに怪我で体力も落ちてるしよ……医者に止められているし」
ジルはそう言った。
「いいさ! ありがたい位だ」
「そうそう。私達他の大陸なんて夢でだって見たことないのよ!」
セダとテラが言った。ヌグファも喜んでいるようだ。一行がジルとしゃべっている間にキアによってグッカスに五枚分の親書が渡された。キアとグッカスで最終的な確認が行われ、いよいよ旅立つ準備が終了した。
「お前らが居ない間に楓に紋を作ってもらってたんだ。だから、移動はすぐ出来るぞ」
ジルはそう言い、ちょっくらいってくらーと軽く兄弟達にあいさつをして、楓を見た。楓が頷く。
「一度は無理だから、二回に分けて行こうか」
楓はそう言ってまずは光とセダとテラ、ヌグファを連れて転移した。
「頼んだよ、グッカス」
「任せておけ。こちらもこちらの都合がある。互いに利用したとでも思えばいい」
「お前らしい」
ジルがそう言って肩をすくめ、己の耳から黒いイヤリングをグッカスに渡した。
「これは……?」
「定期連絡用。絶えず身につけていてくれるとありがたい。お前が俺に連絡を取りたい時で、俺が寝ている時なら『夢渡り』で俺と夢の中で疑似的に会話ができる。逆に俺が連絡を取りたい時で、お前が寝ている時も可能だ。ちょくちょく連絡してくれるとうれしいぜ」
ジルはそう言った。グッカスは頷き、耳に着ける。丁度その時、炎が燃えて、楓が姿を現した。本当に炎の転移は便利な能力である。グッカスは楓の手を取り、キアを最後に見た。
「では、キア王」
「ああ、気をつけて。宜しく頼むよ」
笑顔でシャイデの面々が送ってくれる。こうして、一行は他の大陸に渡り、世界をめぐる旅に出たのであった。
――後に、これが世界をめぐる大きな問題に巻き込まれる事になるとは……まだ誰も知らない。
...045
さて――セダ達が旅だった後、大国同士の諍いや、炎の魔神によって散り散りになってしまった宝人達はどうしたのか、というと……。
まず、水の大陸の襲撃された宝人たちはそれぞれ他の里に散っていった。一時的にシャイデの城で過ごした後、共同生活をしていたまとまりごとに、話し合いの末に他の里へひっそりと引っ越していた。
中にはキア達水の王の行動に胸を打たれ、人間と共に行動することを選んだ者もいたが、まだまだ宝人達にとって人間は脅威の対象であるようだ。
それもそのはずで、均等区域はシャイデによって時間を掛けて復旧されたが、『卵核』の破壊の記憶が残る場所に宝人は寄り付くことはなかった。最初に襲撃された光たちの隠れ里も暴かれたとあって、同じ場所には戻らなかった。
但し、逆沼のどこか別の場所にひっそりと隠れ里が作られたとも言われている。しかし、そこは宝人が黙しているので詳細は何もわからない。
また、戦争を終えたというか、回避した三大大国は、落ち着いてから会談が持たれた。
シャイデではキアとバスキ大臣、ジルタリアではフィスとビスが、ラトリアからは女性の高官が一人で出席した。その女性高官はヘリーがジルの為にシャイデに行くことを許してくれた女性の高官だった。
女性によると、ラトリア王の乱心は即位の頃からだったという。ラトリア王には優秀な従姉妹がいた。王位継承権は、亡くなったラトリア王の方が高かったため、彼が王座についたが、内心はいつも彼女と比較していたようである。それを気に病んだ従姉妹は王位継承権を破棄した。それを己の勝利と勘違いし、その頃から驕るようになった王は乱心への道を歩んでいたそうだ。
従姉妹がいなくなったことで、王を誰も止めることができなくなった。道さえ違わなければ優秀な王だったようで、その才能をシャイデの癒着やジルタリアの方まで伸ばすようになったとのことだ。諌める者は遠ざけられ、ラトリア王の周囲には暴走を止める者がいなくなったそうだ。そこを何者かに利用されたのだろうと推移された。
おそらく女性の高官がその優秀な従姉妹だろうとキアは当たりをつけたが、内心に留めておいた。ラトリアの次の王を選ぼうにもラトリア王は己以外の王族を全て追放しているらしく、次の王がいない。そこで議会による民主制の国家を作りたいと女性が言った。
ジルタリアとシャイデはそれを支持し、支援することを約束した。再び三国間の同盟が締結され、国政を担うリーダーが全て一新された形となった。この女性こそ、初代ラトリア首相となるフェビリー=リバイティその人であった。
フェビリーは戦争や前ラトリア王の負債や腐った行政を立て直したすばらしい国のリーダーとして後世に名を残した。
そして、ジルタリアではフィスによる新王朝が無事に事を運んだ。前カラ王と同じように父であるビスの本当の身分を明かすことなく、己の騎士として扱い、恒久の和平を誓ったように、大きな混乱や戦なく、国を治めた良き王となった。
以前のジルタリアよりは宝人の数も増え、三国間の貿易などが発展したおかげでより豊かな国として発展したという。
最後に、シャイデではオリビン四兄弟が王座を最後まで維持した。今回のことで王らは若手や多くの民に認められ、真に国を統べるリーダーとなった。
軍はジルが率い、たるんだ軍上層部は叩き直された。
神殿ではキアとハーキ両名によってラダが大巫女の座を奪われ、ブランが返り咲いた。
ラダより年老いていたが、神殿のあり方を幼いヘリーに厳しくも優しく教え、ヘリーは以前より神殿を抜け出すことは少なくなった。そしてヘリーは宝人の最愛の友と言われるまで巫女に成長する。
ハーキは若手に絶大な信頼を受け、司法を受け持つ公正な審判者としてシャイデの司法の基礎を作ったと言われる。
最後にキアは信頼できる部下を着実に増やし、適材適所に若手を配置し、その手腕を発揮した。民の前に姿を現すことはあまりなかったが、王宮で彼以上に仕事をしている者がいないというほど国のために日々を過ごしたという。
オリビンの兄弟王は傾きかけた国を見事に立て直した王として後世にまで名を残した。特にキアの名はシャイデを興した初代王と並ぶくらいに偉大な王として民の記憶にずっと残ったという。
シャイデで新王がたつと、神殿は占いに長けた巫女に新しい王に似合う王としての名を授けると言う。キアは『建国王』、ハーキは『守護王』、ジルは『英雄王』、ヘリーは『巫女王』と呼ばれた。それぞれの王としての名がこれだけ相応しかった王も珍しい。
キアは国を建てた王に相応しく、後のシャイデにおける政治、行政のあり方の改革を起こした王となった。
後に多くの王らがキアの行動理念と、その行動、身を持って示した在り方に共感し、見本にしたという。財政の在り方、人事の決め方など貴族や一般市民の垣根を取り払った王としても有名になり、後の人における階級ではなく、能力で雇用する制度を設立した王となった。
ハーキは国を守る王として司法の方法を確立させ、国の腐敗を一掃したという。また、この法律という概念が民の隅々まで行き渡ったのは、ひとえにハーキの国民に愛されたその実直さと言われている。また、ハーキは弱きものにも手を差し伸べたことで有名だ。
ハーキの手に寄ってシャイデの福祉事業は格段に進歩し、福利厚生や医療における仕組みを民にとって使いやすく、安心できるものにするよう心を砕いた。多くの福祉施設を創り、そのモデルを一生かけて時にはキアとも反発しながら、それでも民の為に多くの病院や介護施設などを設立した。
ハーキの代では叶わなかったが、その精神は後の王に受け継がれ、シャイデにおける人の平均寿命が十年は延びたといわれている。
ジルは国の危機にはその身をもって国民の盾となり、剣となった英雄となった。彼は世界傭兵を密かに兼任し、水の大陸中を渡り歩き、その場で難事を解決した。彼の行動が都市部からは見えない地方の監視の目となり、後の地方自治における腐敗を生まない仕組みを創ったとされる。
また、彼の行動範囲の広さから彼だけはシャイデだけではなく、水の大陸中でその名を知らしめ、人気を博した英雄となった。そのおかげで彼がいる間、また彼が築いた人脈が深く根付き、水の大陸における外交問題は一気に解決し、戦争などといった災厄を遠ざける一端を担った。
その流れで、各地の人々の思想や行動を深く理解し、相手に歩み寄る事を教え、彼は多くの優秀な外交官を育てた父とも言われている。
ヘリーは神殿を甦らせた巫女となった。水を知り、魔神を愛し、宝人の友として宝人をよく知り、後に水の大陸の宝人達は人間は信じずともヘリーは信じるとさえ言うほどに、ヘリーを友として認めた。
ヘリーだけは宝人の隠れ里を全て知っているとさえ噂され、宝人の危機にはどんな手を使ってもその救出を最優先にしたと言われる。彼女は宝人と人間のかけ橋を体現した偉人と言われている。
――こうして水の大陸には徐々に宝人の民が増え始め、より豊かにより平和になったといわれている。
第1章 水の大陸 了.




