16話 謎多き男
詩を詠ったトゥルサスは言葉を止め、その巨体を横にずらす。
トゥルサスが壁の一部となっていたその奥には、緑あふれる大きな空洞が。その中心部には石の置物が置かれ、上から僅かに差し込む太陽の光に照らされて幻想的な光景を醸し出している。
『先程の詩……この場所こそがレトアルスの英雄が眠りし墓……時の霊廟なのだ』
しかし、空洞の光景に目を奪われた一俊はその言葉が聞こえないかのように空洞に近づいていく。だが、トゥルサスは体を再び元の位置に戻してしまった。
『お主にはまだ早い……運命の子よ』
「そうじゃぞ、ユー。此度は話を聞かせるためにこの場所に来たのじゃ」
トゥルサスとアンの言葉に渋々一俊は歩みを止める。
『さて続いては……ふむ……そこな娘よ……出てきても構わんぞ』
「ふぇっ!」
後ろから聞こえた声に一俊は振り返る。何故かそこにはナタリアの姿が。
「す、すみません! 盗み聞きするつもりはなかったんです……」
『よい……こちらに来るがよい……』
「はい……あれ? 女の人の声が聞こえた気がしたんですけど……気のせいだったのかな?」
「気のせいではないのじゃ」
「ひゃっ!」
アンの声に驚くナタリアを見て、そういえば、ナタリアにはアンの姿は見えなかった事を思い出す一俊。しかしバラしてもいいのか?
「構わんじゃろ。……ナタリアよ、姿は見えんと思うが、一俊のラレースのアンと申す。以後よろしく頼むのじゃ」
「えぇっ! ラレース様ですか!? こ、こちらこそお願いしましゅ! ……あぅ……噛んじゃった」
『もうよいか? ……では続きを話そう』
曰く、数十年前このレトアルスには現在の特別な家系である『火賀』、『水池』、『風間』、『雷条』に加えて『空井』と『時沢』があった。しかしある時、何故か一夜にして『空井』と『時沢』の一族は滅んでしまった。
数年前、この時の霊廟に何者かが訪れてその体に封印の紋を刻んだ。封印の紋には、結界に若干ではあるが耐性があり、結界の効果を薄めることができるとの事だ。
「ユーの『テムプス』が希少だと言ったのはそういう事じゃ。元々、『カエルム』と『テムプス』の使い手自体が他の四属性とは違い、ほとんど『空井』と『時沢』の名字を持つものにしか宿らなかった故に、その一族が滅ぼされた現在はその二つは失われた力となったのじゃ」
「それは分かったが……その、ここに来た奴ってのが魔王なんじゃ?」
「その可能性が一番高いのぅ」
「何でトゥルサスは止めてくれなかったんだ!?」
トゥルサスに詰め寄る一俊。
『我の役割は時の霊廟の守護……この場所に害を為す者以外には攻撃はせぬ』
しかし答えは簡素なものだった。
『さて……話は以上だ……運命の子達よ……英雄に認められし力を備えし時……再びこの場を訪れるがよい』
そう言ったトゥルサスは再び壁の一部となった。
「では、帰ろうかの」
アンの言葉で一俊とナタリアは歩き出す。来た道を戻りながら一俊はナタリアに質問した。
「そういえば、ナタリアは何であそこに?」
「すみません……カズトシさんが屋敷を出ていくのが見えて……この辺りの事知らないのに何処に行くんだろうと思わず……」
「……それは別にいいんだけど」
(口止めもしておくのじゃ)
(なんで?)
(……ユーがテムプスの使い手だとナタリアが誰かに話してしまったら面倒事が起きるぞ。リュークにはばれているが恐らくそれは問題なかろう)
(……まぁ面倒事はごめんだな)
「まぁ、そういうことだから。後、さっき聞いた話は内緒で頼むよ」
「はい! といっても実はあまりよくは分からなかったんですけどね……でもやっぱりカズトシさんは凄いという事ですよね!」
「……あはは」
未だに誤解していたナタリアに苦笑しかできない一俊であった。
そうこうして屋敷までの途中にあった湖まで戻ってきた一俊とナタリアだったが、湖の傍に誰かがいるのに気が付き、近づいてみた。そこに立っていたのは一俊と同年代位の男。銀色の髪をもつその男は、じっと湖を覗き込んだまま動かない。 気になった一俊は思い切って近づいて話しかけてみた。
「なあ、何か水の中にいるのか?」
その声に顔をこちらに向け、答える男。その瞳は髪と似たような色をしていて、どこか不思議な雰囲気を漂わせている。
「いや、何もいないよ。君たちは?」
「俺は、一俊」
「私は、ナタリアと言います」
名前を名乗る2人。彼らを若干見て、男も名を名乗った。
「僕は、ガルト」
「ガルトか。じゃあガルトは何をしてたんだ?」
一俊の問いに、顔を湖に向けガルトと名乗った男は答える。
「……特に何もしていないよ。僕は『カロブア』から両親と旅行に来ててね。
現実があまりにもつまらなくて暇だったから、世界はどうかなと思って両親に頼んだんだ。……けどやっぱり世界はつまらない。そう思ってただ湖を眺めていただけさ」
(……つまらないって……それに『カロブア』からって……確か他の星の場合は結界で力が弱まるから人は来ないんじゃ)
(ちゃんと話を聞いとけ馬鹿者! 中にはそれでも来る強者もいると言ったじゃろうが!)
(……強者?)
アンの言葉に一俊はガルトをよく見る。
無表情ではあるが端正な顔立ち。背は高いが、その体は細くあまり強そうではない。それに先程の言葉。現実がつまらないし世界がつまらないと言っていた。それに暇だったからわざわざ危険を冒してまで星を移動しての旅行。
「(……成程……確かにある意味では)強者だな……」
ポツリ、と思わず呟いてしまった一俊。
その一言に反応してこちらを向いたガルトの顔。まるで驚いたかのように両目が少し見開かれている。
(……俺なんかしたか?)
(……「強者だな」と声に出しておったぞ……)
「……じゃ、じゃあ俺達はもう行くよっ! じゃあな、ガルト! ナ、ナタリア、行こう!」
「えっ! カズトシさん!? ガルトさん、お元気で!」
気まずくなってしまった一俊は慌てて別れの言葉を告げてナタリアを引っ張っていく。
「またね、ナタリアさん……カズトシ君っ!」
その背中にガルトの声がかかる。それに手を挙げて答える一俊。そしてそのまま2人は屋敷に戻った。
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一俊達が去った後の湖。
「……カズトシ君……か」
未だその場に佇み、ポツリと呟くガルトの姿があった。その顔は先程までの無表情ではなく僅かに笑みが浮かんでいる。
ガルトは、今まで初対面で力量を見抜かれた事はない。むしろ、初対面では誰もが弱そうな体型の彼を馬鹿にした。彼より年上の大人達ですらそうだったのだ。年の近い人間になど分からず、その人間たちは彼に負けた事で実力をようやく把握するのだった。大会などの強者が集う場所でも、彼に敵う者はいなかった。要するに彼は……負けたことが無い。
その現実にガルトは絶望した。なんてつまらない世界なのだろうと感じた。今回のこの旅行だって両親に願いはしたものの、大した期待はもっていなかった。
だがそんな考えは……一俊によって吹っ飛ばされた。
ガルトをよく観察した上で呟かれたあの発言。それはつまり戦わずして自分の実力を見抜いたということ。
「フフッ……」
同年代の強者の出現に、ガルトは思わず笑みがこぼれる。その気持ちはガルトにとって初めての歓喜であった。
ガルトの冷え切った心に一筋の光が差し込んだ。ようやく、希望が灯った。
ガルトの希望が叶うのはだいぶ先となるだろう。
「……世界は広いな……また君に会える時が楽しみだよ……カズトシ君」
ガルトは空を仰ぎ微笑む。期待に胸を高鳴らせて。
そんなガルトの正体は――――
補足です。
アンの発言に関してですが、声に出した時が「」で、一俊との頭の中での会話時が()となります。
今回でてきたガルトに関してと、ネタバレ含みます。あまり大したネタバレではありませんので見ても差しさわりないと思います。それでもいいという方のみご覧ください。
今回書いててガルトが可哀そうだったので、少しネタバレを。
ガルトと再会するのはだいぶ先となりますが、その頃には一俊もだいぶ強くなっていることでしょう。
とりあえず、最後の展開までは大まかに決まっておりますので、様々な点において理由があります。
ちょっと例を挙げますと、一俊の元にアンが来たこと、ナタリアの元に一俊が現れたこと、トゥルサスがナタリアを警戒しなかった理由などなどです。最後の方に明かされます。