11話 ナタリアとの街 その2
ナタリアは焦っていた。
裏通りは危険な所だ。一俊の身に何か起こってしまうかもしれない。そう思う一心でナタリアは冷静さを失い、自分の身もかえりみず裏通りを走っていた。
ナタリアは美少女だ。一人で裏通りにいる彼女を、当然裏通りの人間達が放っておくはずもない。
「ヘヘッ! 待ちなよ、お嬢ちゃん!」
腕を掴まれて、ナタリアは3人の男達に止められてしまう。
「通してください! 急がなきゃいけないんです!」
「そう釣れない事言うなって。ちょっとお茶でもしようぜ」
「離してください! 離して!」
ナタリアは男達を振りほどこうとするも、力の差がありすぎて逆に押さえつけられてしまう。男達に押さえつけられたことにより、ようやく自分が何をしていたのかを理解したナタリア。これから何をされるか……そう考えて顔が真っ青になり、恐怖に震えるナタリアの体。
「……ぁ……ぁ」
恐怖で声が出ない。
そんなナタリアに更に追い打ちをかける男の言葉。
「暴れんじゃねぇ! おい、さっさとこの娘を黙らせろ!」
そう言って、男の1人がナタリアを気絶させようと拳を振り上げる。それを見て思わず目をつぶってしまうナタリア。
『パッ!』
(………………?)
しかし、いつまで経ってもその拳が振り下ろされることはない。不思議に思ったナタリアは目を開け、直後大きく目を見開く。
―――――ナタリアの目に映ったもの。
そこには……
「危なかった……大丈夫かナタリア?」
「……カズトシさんっ!」
あの時と同じように、ナタリアを守ってくれた一俊の大きな背中があった。
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店を出た一俊は、元来た道を歩いて戻っていた。
(いや~、それにしてもさっきの人達、意外といい人達だったな。結局無理に買わせなかったし)
(……ユーが気違い認定されただけなのじゃ……)
一俊がとんだ見当違いの事を考えていると、先程の男と出会った所まで戻ってきた。そこで、どの道から歩いてきたかを考えている一俊の耳に
「………………て!」
叫び声が聞こえてきた。
(今の声は……ナタリアか!?)
(急ぐのじゃ、ユー! ナタリアが危ないぞ!)
慌てて走り出す一俊。角を曲がって一俊が見たものは、男達に囲まれて今にも殴られようとしているナタリアの姿。
(ワシが力を貸す! 助けるのじゃ!)
(で、でも俺、喧嘩なんかやった事ねぇし……)
(うじうじしとる場合か! ユーも男じゃろうが! 腹を括れ! 気概を見せい!)
(……こうなったらやけだ! 頼むアン!)
(任せい!)
アンがテムプスの力で一俊を補助する。
ナタリアを助けるため、全力で走る一俊。今にも殴られそうなナタリアと、拳を振り下ろした男の間に無理矢理割り込み、男の腕を掴んで止める。ギリギリ間に合った。
「危なかった……大丈夫かナタリア?」
「……カズトシさんっ!」
(油断するでないっ! ユー!)
「ぐっ!」
「カズトシさんっ!」
アンの声に一俊はハッとするも、衝撃を受けて飛ばされ、地面に倒れこむ。別の男に殴られたようだ。
「なんだオメェは? 俺達の邪魔すんじゃねぇよ!」
痛みをこらえて起き上がる一俊の目には、ナタリアを捕まえている1人の男と、こちらに向かってくる2人の男の姿。
(どうすんだよ!?)
(……こんな事なら先に鍛錬をやっておくべきじゃったの……)
そんな事をしている間にも、どんどん男達は近づいてくる。打つ手無しの一俊。そんな一俊に男達はニヤニヤした顔で近づく。そんな緊迫した状況の中、
「ハーハッハッハッハッハッハァ!!」
突如、辺りに高笑いが響いた。
「なんだ!? 誰だ!?」
「何処にいやがる!?」
声の主を探す男達。
「あそこだ!!」
そのうち、男の1人が建物の屋根を指差す。その場にいる全員がその先を見ると、何者かが屋根に立っていた。
「とぅっ!」
そんな掛け声と共に地面に降り立ったのは、若い男。
そしてその男は……
「年なんざ関係ねぇ! 全ての可憐な女性の味方、『ルック・バルバス』参上!」
衝撃の一言を放った。
「「「「「コイツ馬鹿だ(なのじゃ)!!」」」」」
その場にいた全員……いや、ナタリア以外の意見が一致した。ナタリアは呆然としている。すると、ルックと名乗った男は、ナタリアを捕まえている男に殴りかかった。呆気にとられていた男は容易く殴り飛ばされ、ナタリアが解放される。
「テメェッ! ふざけやがって!」
一俊に近づいていた男の1人が、それを見て激昂。槍のメディアムを持ってルックに突っ込んでいく。
(ユー! ぼーっとするでない! もう1人の男を!)
アンの声で我に返る一俊。もう1人の男は、未だこの状況に混乱しているようだ。今ならいける、そう一俊は確信したが、
(でも、俺にそんなこと……)
そう迷う一俊。そんな一俊にアンは叱咤する。
(ユー! さっきも出来たじゃろう? 一歩を踏み出してみせい!)
そんなアンの言葉に後押しされ、一俊は拳を振り上げる。その先には、こちらに気づいた男。しかし、もう遅い。男が何かをする前に、
「うぉぉぉぉ!!」
一俊は全力で拳を振りぬいた。
吹っ飛んで壁にぶつかり、動かなくなる男。
(……え……ま、まさか……死ん)
(大丈夫じゃから落ち着け! 気絶しとるだけじゃ)
アンに言われてホッとする一俊。ルックの方に視線を向ける。そこでは、今まさに相手のメディアムを避けて、蹴りをいれたルックの姿が。ルックの相手も気絶したようだ。
(あいつ……馬鹿だけど、強ぇ)
ルックに驚く一俊。
「……カ、カズトシさん!」
そんな一俊に、ナタリアが走って飛びついてきた。慌ててナタリアを受け止める一俊。
「怖かったですぅ……カズトシさぁん……」
そう言って、カズトシの胸に顔をうずめるナタリア。
(……え? え? 何? この状況?)
(馬鹿もん! 女の子が泣いておるのじゃぞ! 男なら優しく慰めてやるのじゃ!)
アンに言われたので、
「だ、大丈夫だよナタリア」
そう言ってナタリアの頭を撫でる一俊。すると、
「な、何故だぁ!? 助けたのは俺なのにぃ……」
そんな言葉が聞こえたので、ルックを見る一俊。そこには、両腕を広げたまま項垂れるルックの姿が。腕を広げているのは、走ってくるナタリアを抱きとめようとしたからだろうか? そんな事を一俊が考えていると、ルックが両腕を広げたまま一俊達に近づいてきた。……軽くホラーだ。
「俺の名前は『ルック・バルバス』! お嬢さんのお名前は?」
「ふぇっ!?」
ナタリアはルックを怖がって一俊の後ろに隠れる。
(無理もないな……あれは)
(そうじゃの……)
そう思った一俊は、ナタリアの代わりにルックに答える。
「俺は一俊。そして、こっちがナタリアだ。助けてくれてありがとう。それにしても、お前強いな」
「カズトシ? ……変な名前だな! そしてナタリアちゃんか……可愛い名前だ! 俺はこれから学校に通うから、少しくらい強くないとな!
ナタリアちゃん怖がってるな……あの男達相手じゃ無理もないか」
(いや、お前に怖がってるんだが……)
「それじゃ、ナタリアちゃんとカズトシ! またいつか会おう!」
「……え、えぇ」
「……あぁ」
そう言って去っていくルック。
あんなじゃなきゃ格好いいのにな、そう思う一俊。
「ナタリア、怪我は無い?」
「は、はい……すみません……安心したらちょっと足が……」
(前を見るのじゃ! 安心するのは、ここを無事に出てからにせい!)
アンの言葉に一俊は前を見る。そこには、10人ほどの男達が一俊達に向かって歩いてきていた。
(恐らくナタリアを追ってきたのじゃろう……なんとかして表通りまで辿りつくのじゃ! 表通りまで行けばなんとかなる! ナタリアを背負って走れ!)
(……やるしかないか……アン、頼む)
覚悟を決める一俊。
「ナタリア、俺の背中に!」
「え、でも……」
「いいから! 早く!」
無理矢理ナタリアを背負い、一俊は走り出した。