□ GAME.START
走り始めてから数時間、ティオ、神事、啓介の3人を連れて俺は先導を切っていた。
後方からは、他の班連中も付いて来ているはずだ。
収容施設に入ってからも、多少の労働を成していたせいか、俺自身は大した疲れを未だに感じていない、何より驚いたのはティオの強靭なまでの体力だ。
幼い身体に似合わず、俺たち3人の動きに軽々と付いて来ている、むしろ、俺より体力があり余っているようにさえ見えるし、そうだという確信もあった。
他の2人に至っても、俺以上の体力を残しているだろう。
「おいおい、宗佑っち!」
啓介が変なあだ名をつけて、先導する俺の横まで来た。
「あまり急ぎすぎるのも、どうかと思うぜ、後ろを見てみろよ」
俺は背後を振り向いた。
小柄な身体で付いて来るティオ、汗こそ流しているものの表情に歪みはない神事。
それ以降は、遥か大差をつけて他の班が人影になっていた。
「別に急いで損はねーけどよ、ここから先は体力残しとかねーと、やばいぜ」
「何でだ?」
「前、前! 俺たちは多分、あの森ン中を走ることになるぜ!」
「…あれか」
見れば確かに、数km先には森が姿を現している。
あの中を、水も食料もなしに、このまま走り続けるのは確かにきついかもしれない。
俺の思案を察したのか、神事が喋る。
「水も食物も、1日食わなかったとしても死なねぇよ」
「だよな、つっても、ティオ、お前は大丈夫か」
「問題ない、慣れてる」
慣れてる、という言葉に違和感を覚えたが気にする余地はないだろう。
俺は少しだけ速度を落とす、同時に他の3人も落とした。
それでも他の班連中が追いついて来ることはない、俺たちはそれ程に異常な速さで疾走していた、ということだろう。
「そういや」
俺が適当に話を繋げる。
「森の中って、コンパスとか必要じゃないのか? 直進して進んでいる気になっても、案外ズレてるって、聞いたことあるけど…」
話に乗りかかって来たのは神事だった。
「そうだな、木の断面から方向を探る方法もあるが、はっきり言って、あの森がそんな簡単に抜けられる代物とは思わねぇし、お勧めもしねぇ、だが、コンパスも食料も俺たちにはない、なら、森に入ってから、音と勘に頼るしかない」
「音と勘…?」
「ああ、花火は上空で飛ぶ。見る限り、あの森の中じゃあ木々が邪魔になって視界じゃあ確認できねぇ、なら、花火の音で方向を確認する。後は自分の勘だけが頼りだ」
「おう、神事っちの言うとおり、それしかねーよな」
「気に食わない呼び方だな、オイ」
啓介の呼び方に敵意をもったのか、すざましい眼光を向ける。
本来なら畏怖するその眼光も、啓介はそっぽを向いて対処した。
「これが俺っちの流儀さ、なに、慣れちまったら問題ねーよ」
「テメェが普通の呼び方に戻すことに慣れろよ」
「おいおい、友達だろ、俺たち! そこは譲歩してくれよ!」
「…譲歩して、仲間、ってとこだな」
皮肉気たっぷりに神事が言い返すが、むしろ喜々として啓介は笑った。
「オーケー、そいつはいいや! 頼むぜ、神事っち!」
軽い溜め息をついて神事は呆れ、それ以上何も言わなかった。
俺たちは森の前まで来ると、躊躇わずに入る。
木々が邪魔で4人で走るのには随分と面倒な気もするが、言っている暇はなかった。
邪魔な草をかき分け、足元を確認しながら俺たちは歩き続けた。
「(…流石に、やばいか)」
そうしている内に、俺の体力が予想以上に消耗していることに気付いた。
空腹か、渇きか、何が原因かは分からない。
だが、他の3人の足を引っ張るわけにはいかない、進み続ける。
そんな俺の顔色を察したのか、後ろから、ティオが俺に声をかけてきた。
「ソウスケ、苦しそう」
「…問題ないさ、まだまだいける」
「でも…でも…」
ティオは何か言おうとしているが、肝心なところで言い淀む。
確かに俺は辛い、ティオの言うことには何も間違いはない、俺は誰よりも疲れている。
それはただ単純な体力の限界、だからといって、根をあげるわけにはいかない。
実質上、草木が邪魔をしているせいで俺たちは歩いているのと同様。
走るよりは、疲れない。
「…おいおい、マジで宗佑っち大丈夫かよ!」
「大丈夫だ、俺のことは気にするな」
「せめて、オレに先導を譲れよ。オレが邪魔な草をかき分けてやるからよ!」
「……すまない」
初対面に近い仲間に、優しい言葉をかけられたせいか、俺はすんなり引いた。
新鮮だった、俺なんかのために心配する人間がいる、ただ、それだけが。
体力を無駄に浪費せずに済んだ俺は、改めて後方に下がる。
また、長々と草木をかき分けながら進む時間が続いた。
何時間経ったのか、それすら分からないまま俺たちはひたすら前に進む。
すると、大きい広場に出た。大きいといっても、せいぜい数人が休める程度だ。
俺たち3人の後ろで、神事が立ち止まった。
「…おい、神事…?」
誰よりも体力があるように思えた神事が立ち止まり、俺も一緒に立ち止まる。
前の2人は神事と俺が立ち止まったことに気付かず、気付かず先に進もうとする。
「宗佑、あの2人止めて来い」
「え…? あ、ああ、分かった!」
俺は先行する2人の肩に手を置いた。
何だ、どうした。という顔をして2人がこちらを見る。
「神事が、止まれって」
「ん……」
「あー? 神事っち、一体どうしたよ!」
「そろそろ、6時間だ。1時間だけ、休憩するぞ」
時間を指し示す神事、だが、誰も時計などは持っていない。
当然のことだった、何故なら、老年の男曰く、俺たちは全員殺人犯だ。余分なものは何一つ持たされないままここに来た、所持品は、せいぜい衣服程度だ。
「どうやって、時間が、わかるの…?」
ティオが首を傾げて問うた、それは俺自身も知りたいところだ。
「まさか!」
啓介がおもむろに言いだした。
「1日数回のオ○ニーの時間を決めていて、所定の時間になったら、あれが勃起する。いわゆる下半身時計を持っているのか、神事っち!?」
「よし、テメェは少しそこに埋まってろ」
「何だよ! 俺たち仲間だろ、大丈夫だ。そこの草陰でして来いよ、詮索はしねーよ!」
「このクズは放っておいて、テメェの問いについてだが」
後ろで喚いている啓介を置いて、神事が語る。
「信じるかどうかは別だが、俺は今まで、あの老人が開始宣言したと同時に秒数を数え始めていた。開始してからの現在秒数は21456秒。簡潔にすると5時間57分36秒になる、1時間の区切りを置いて、改めて方向を再確認することを勧める」
この瞬間、冗談で喚いていた啓介までもが瞠目した。
嘘だろ、俺の感想はそれに尽きる。誰よりも体力を残していて、途中、会話をしていたにも関わらず、こいつはずっと秒数を頭の中に置いていたのか。
「お、おいおい…神事っち、流石にそりゃ冗談きついぜ、なぁ…?」
「騙されたと思って静かに休め、花火の打ち上がる5秒前に知らせてやる」
「は、はは……規、規格外、だ…」
啓介が思わず地面に尻もちをついた、俺も立ったまま呆然としている。
「…すごい」
ぱちぱちと勝手に拍手を始めるティオ。
そんな光景の中、結局、神事の一言で俺たちは休憩に落ち着いた。
適当に座れる場所を見つけたり、作ったりしてはそれぞれが座った。
俺は中央にある一番大きい木を根城にして、背中をかけている。ティオは俺の横で相変わらず俺の右袖を掴み、女の子座りをしている。
啓介は湧き水があったことに感激して水を飲み、終いには水浴びをしようと裸になろうとしたところで、神事に殴り飛ばされていた。
ボーっとしたまま、俺は物思いに耽っていた。
隣に居るこの少女、名はティオというらしいが、あまりにも無垢なその表情と仕草に、こいつは本当に殺人犯なのだろうかと、疑っていた。
他の2人にしてもそうだ、啓介はバカっぽいが殺人を犯す性格には見えないし、神事はそんな過ちを犯すような不完全な人間とは思えない。
「なぁ、ティオ」
「ん…?」
木の根元に生えていた雑草を、空いている左手で抜き取り、それをまじまじと見つめていたティオに話しかけた。
「…いや、何でもない」
なぜ、殺人犯何かになったのか、などと言えるはずがなかった。
自分がやられて嫌なことはするな、という格言と同様。
自分が言われて嫌なことはしない、当たり前のルールだ。
そんな俺を尻目に、ティオは疑わしい物を見る目で返事した。
「…ソウスケ、変」
「…え、俺って変か…?」
「うん」
「……どこがだ」
「全部」
少女から発せられる純粋無垢な屈辱の一言、まさか俺は遺伝子Levelで変だというのか。
ショックを隠せないまま、俺は顔を下に向けた。
がっくりと項垂れる俺に追い打ちをかけるようにして、啓介がこっちを見る。
「ぶはははっ! 宗佑っちバカにされてやんの!」
右手の人差し指で俺を刺し、左手を腹に抱えて笑っていた。
「ロリっ子に変って言われるとか! ……あれ、待てよ。それって、フラグじゃね…?」
ロリっ子だとか、フラグだとかの言葉を呟き啓介が考え込む。
本当に信じられん、こいつが殺人犯だと思えない、わいせつ犯の間違いじゃないのか。
「ロリっ子…?」
首を傾げて、自分のことかと、俺に確かめて来る少女。
そうではあるが、その真実を語るには、この年頃にはまだ早い言葉な気もする。
「く、くそっ! 宗佑っち、抜け駆けしやがって!」
啓介はというと、ついには悔しそうに両手で目を覆い、シクシクと啓介は泣き始めた。
何が言いたかったんだ、こいつは、というか何をしに来たんだ。
「一緒に童貞卒業って誓い合ったのに!」
初対面だし、何よりこいつは小学生を性的対象と見てるのか、俺の脳裏に危険が浮かぶ。
ティオの身を庇うように話をスルーすると、両手をバッと開いて啓介が言い放つ。
「…何か突っ込めよ! オレが小学生で興奮する男みてーじゃねーか!」
「うえっ!? 違ったのかよ!?」
それまで心の中で突っ込んでいた俺が、今日初めて上げた大声でその場は幕を閉じた。
暫しの時間が経過し、目を瞑っていた神事が突然言い出した。
「後5秒だ、4、3、2、1…」
淡々と告げられた数字、そして、その数字が0に切り替わる瞬間。
風を切り、上空に舞い上がる1つの閃光が、パン! と、光を散らした。
無論、木々が邪魔をして俺たちの眼には映らない。
「どっちから聞こえた…!」
「わからねーな、神事っち、分かるか…?」
「……」
俺と啓介の言葉に耳を貸していないのか、神事はただ一点を見据えていた。
その方向には、ティオがいる。
少女は瞑っていた目を徐々に見開き、方向を指差した。
「あっちから、聞こえた」
「だとよ、お2人さん」
ティオの言葉に従うように神事は立ちあがり、指差されたその方向に歩きだす。
後ろから見守る俺たち2人は顔を見合わせる。
「おい啓介、あれが俗に言う“良い所取り”って奴か?」
「お、宗佑っちも行ける口だな! 見ろよ、あの、俺ってカッコいい! みたいな背中姿!」
「テ、テメェ等…!」
「……」
怒り出す神事から逃げるようにティオの指差した方向に同時に走る俺たち。
それを子どもらしい笑顔で追い出すティオ、そして暴走する神事の姿があった。
無論、この後、俺たち2人が殺されかけ──殴られたことは、言うまでもない。