□ プロローグ
始めまして、作者です。
素人が初めて著す駄作です。
どうか寛大な心で見て下さい──。
桜が舞い散る、また、世界に季節が舞い降りる。
流れるように過ぎ去る四季も、また一興。
初春の風に攫われた花びら、砂埃を見つめながら俺は口元を緩めた。
始めるか。
この地球は狂ってしまった。
力の衝突、生存競争、下らない争いに人は巻き込まれすぎた。
責任を取らねばなるまい、これが俺の最後の仕事だ。
俺は世界の創世者──最後にありったけの力を使って有終の美を飾ろう。
それが、この世界に対しての、俺のけじめだ。
賽は投げられた、新たな歴史を創ろう──。
# # # # #
永いこと揺らされていたようだ、視界が暗い。
俺が国家の犬に捕まってから、もう2年だ。
その度に、今日のように流されるままに生きてきた。
諦めに似たような感情を、俺は持ち続けながら存在していた。
また、俺は何処かに連れて行かれようとしている、そこが何処かは分からない。
慣れたことだが、何度体験しても好きになれないものだ。
薄汚い運搬車の荷台の中、その隅っこに俺は佇む。
俺以外の人間もいるようだ、先ほどから呻き声が響いている。
「(無理もねーか…)」
密室と暗闇に、漁船の生臭さすら凌駕する異臭を放つ空間において、正気を保てる者の方が珍しいのだろう、ちなみに俺はその珍しい部類の中に入ると見た。
不意に車が、キキッ、というタイヤの擦り減った音を立てると静かに止まる。
ブレーキの反動で飛ばされてきた、小柄な身体の持ち主が俺の身体に衝突する。
「あうっ」
自然に抱きとめるように受け止める。
線の細い身体、柔らかな肌の触感、そして声質、多分、女の子だ。
「大丈夫か」
「う、ううっ…」
何処から声をかけられたのかが理解できてないらしい。
頻りに周りを手で触る音がする、そして、目標の人物に触れたのであろう、少女の動きが止まり、視線は多分俺の方を向いている。
「急に止まるからな、どこかに捕まっとけ」
「……」
沈黙する少女、そして、その意味に気付いた俺は苦笑した。
そういや捕まるものなんか、最初からないか、周知の事実のはずだった。
しかし、何を想ったか少女は、手探りで俺の服の袖を掴み、捕まる。
「なるほど、こいつは一本取られた」
暗闇に紛れて見えない少女の顔が、少しだけ笑った気がした。
それから暫し、多数の呻き声をBGMに俺と少女は静かに身を縮こまらせていた。
この少女は一体、何をしたのだろうか。
今まで他人を気にする余地もなかった俺が、初めて、その感情に身を寄せた。
次向かう場所は、今までの場所とは何かが違う、そう思った。
走行してから数時間。
何度目のブレーキだろうか、車はスムーズに止まると、後方の扉を少しずつ開いた。
差し込む太陽光が眩しい、日の光に照らされて各々が一斉に運搬車から外を目指し、足を進ませた、無論、俺たちも例外ではない。
「行こう」
俺の言葉に、少女は頷いた、俺たちが最後らしい。
最後の人間が運搬車から降りると、示し合わせたかのように運搬車はエンジン音を振るわせて動き出し、遥か遠い向こうに去って行った。
だいぶ太陽光に慣れた俺は、隣の少女を見る。
線の細い身体は予想通り、綺麗なはずの銀髪は見る影もないほどにボサボサだった。
場所が場所なら、誰もが羨む程に整った顔をしているのだろうが、この状況だ、誰も彼女に興味を示す者などいない。
「何処だ、ここ…?」
周りを見ると俺たち以外にここに連れて来られた面々も周囲に気を配っているようだ。
俺たちを含めて、総勢16人。見れば年は大差ない、共通点は全員が未成年だというところか。恐ろしいほどの童顔でも居れば、大人が混じっている可能性もある。
暫しの無言、時間が刻々と過ぎると思ったその時、ものの1分も経たぬうちに静寂は破られた。
『候補生共よ、こちらを向け!』
予期せぬ方向、真上からその声は届いた、俺たちは一斉に声の先に振り向く。
立体ビジョンとでも表すのが分かりやすいだろうか、空にスクリーンが映し出される。老年にしては逞しそうな男の姿だ、誰もが真上を見上げる中、俺は各方向を確認した。
無いのだ、スクリーンを映し出す機械など何処にも無い。
周囲に障害物は見当たらない、故に隠し通すことも不可能なはずだ。
『少し言うのが躊躇われるが』
コホン、と咳をついたかと思いきや老年の男が提案する。
『お前らは世の中から捨てられた人間たちだ、誰もが今後まともな生活を送れる保証がない、そういう種類の人間たちだ。だから、ワシは提案しようと思う──這い上がる意志がある者は、この場にいるか』
俺たちは呆然とした、沈黙を肯定と取ったのか否定と取ったのか、老年の男はわざとらしい咳込みを披露すると、改めて問う。
『這い上がる意志がある者は、4人で1つの班を作れ。なに、ちょっとした余興だ、ただ、命の保障はない。嫌なら辞退すれば迎えをやろう、ただ、これは這い上がるチャンスをやったに過ぎない、お前ら“殺人犯”をこの世に生かす、最後のチャンスだ』
知らない内に舌を鳴らしていた。
思い出さないようにしていた過去を抉られた気分で不愉快だった。
だが、不快よりも期待が上回る、興味深い話だった。
無言で隣を見ると、少女はしっかりと俺の服の裾を掴み、周囲に気を配っている。
最低限の配慮は足りている、申し分ないパートナーだ。
「あー、おい」
頭を乱雑に掻きむしりながら、隣の少女に声をかける。
「なに…?」
「お前、名前は…?」
「ティオ」
少女の告げた名前には日本人からしては違和感がある、外国人なのだろうか。
「そうか、ティオか…俺は藤宮宗佑だ」
「…ソウスケ」
「ああ、そうだ。お前は、この誘いに乗るのか?」
「一応、乗ってみる」
「よし、何かの縁だ、俺と組もうぜ」
「……」
無言で何度も頷かれ、了承の合図を取る。
残りは2人、それなりに腕利きの人間を取りたいところだが、優劣の判別はつかない。
だが、適当では困る、願ってもいないチャンスだった。
今の俺は、追い詰められた緊張から来る恐怖で出来ているのか、願ってもいなかった期待の念から来る高揚で出来ているのか、定かではない。
「…!?」
決めかねていたところで、背後からゾッと嫌な気配を感じた、振り向き、確認する。
金髪赤眼、長身痩躯の屈強な身体が服の上からでも分かる男、鋭い顔立ちからはその異質な姿に見合うだけの才覚が滲み出ているように感じ取れた。
「な、何か用か…?」
気配に気付いた俺は、身を竦めるが、決して退かない。その眼光を正面から受け止めた。
「…この中だと、テメェ等がまともだな」
「な、なにぃ…?」
「班に入れて欲しい、損はさせないつもりだ。」
「……あ、ああ、そのことか…それはいいが、こいつも一緒になるぞ」
俺の袖を掴み続け、目の前の対象を見つめるティオを指差す。
「尚更だ、その女が一番優秀だからな」
「…?」
ニヤりと口元を綻ばせた、まるでこの場にいる全員の能力を把握しているかのように、男は不気味にその笑みを絶やさない。
気を取り直して、自己紹介から始める。
「俺の名前は藤宮宗佑、宗佑は、宗教の宗に、人偏の横に右で、佑だ。お前の名前は?」
「十五神事、分かりづらいだろうが、十五と書いて十五、神事は神様の神に、事務の事だ」
十五神事、異様なその名前に俺は思わず息を呑む。
敵に回せば恐ろしそうだが、味方ならば文句の付けようはない、俺はティオに掴まれている右腕を差し出せない分、空いている左手を差し出して握手を求める。
「よろしく頼む」
「ああ、頼むぜ」
神事も左手を差し出して来る、その手をがっしりと互いに掴む。
間を置いて、互いに手を放すと、神事は1人の男を指差した。
「もう1人必要なら、あいつを勧誘しといた方がいいぜ」
「…? あいつと会ったことでもあるのか」
「いや、顔も見たことがない。こいつは俺個人の提言だ。参考になるといいと思ってな」
「なるほど…」
少し見て悩む。
茶髪寄りの茶と金の混じった髪に、神事ほどではないが、それなりに鍛え上げられたであろう身体と、内容としては申し分ない。
だが、先ほどからその男は他の班から勧誘され続けているのだ、俺たちの入る隙間があるかどうか、問題になる。
“なぁ、いいだろ!?”
また1つの班が勧誘する。
男は返答に困ったように、首を傾げると、悩むような仕草を見せる。
「んー、どうすっかなぁ」
「頼むよ! 1人抜けてるから、もうアンタしかいないんだよ!」
その言葉を聞いて、俺たちは一斉に周りを見回した。
班は既に2つ出来あがっている、残るは俺たちの班と、今勧誘している奴等の班しか残っていない、その群れから離れた所で1人、ポツンと体育座りしている男がいた。
気弱そうに膝をがくがくと振るわせて、何かに怯えているようだ。
「何があったんだ、ありゃ…」
「気にしてる暇はないようだぜ、どちらにしろ、あいつがいないと、参加資格すらない」
「それもそうだな、ティオ」
同意を求める。
「問題ない」
少女は力強い頷きを見せる、俺はその顔に、よし、とだけ言い、早足で向かう。
「おい、俺たちの班に入ってくれ!」
キッ! と血眼になり、男を誘っていた別の班員たちが敵対の表情を見せて来る。
肉食獣に似た男たちが、狩りの邪魔をするなと、何が何でも這い上がるという強い意志を見せている。
「おい、俺たちが先に誘ってんだよ。口出ししてんじゃねーぞ!」
喧嘩ならいつでも買うぞ。そうとでも言いたげに男が挑発して来る。流石に殺人犯、肝が据わっている、俺の後ろには一応、神事がいるわけだが、身動ぎもしない。
しかし、次の一言に場の空気が一転して変わる。
「あー! わりぃ、オレ、今誘って来た奴らの班に入る!」
「な…あ…っ!?」
必死に誘っていた連中の顔色が一斉に蒼白になる。
まるで憑き物でも取れたかのように彼等は膝から崩れ落ちた。
一方、俺たちの班に向かって来た男は屈託のない笑顔を俺たちに向けていた。
「オレの名前は、須賀啓介だ、一緒に頑張ろうぜ!」
「あ、ああ、俺は藤宮宗佑、横にいるこいつは、ティオだ」
「俺は、十五神事だ」
「おうおう、マジ頼むな! 絶対に這い上がろうぜ、な!?」
「…お前、何で俺たちの班に入ったんだ…?」
「ああ、だってあいつ等の班って女の子いねーだろ? オレ、あんな男だらけのむさ苦しい連中は御免だね」
言葉を失った、まさかこいつは女の子、しかも俺の横にいる推定小学生の女の子のために、先ほどの班を断ったと言うのか。
落胆していた、あちらの班もますます顔の色を蒼白にして佇み、項垂れている。
『…決まったようだな』
スクリーンに映る老年の男が呟いた。
3つの班が残り、頭上に映るスクリーンを見上げた。
『さて、では課題を出す、お前ら4人、協力してワシの下まで来ること、それが課題だ。お前ら全員の班が辿り着いても合格とするし、逆にどの班も辿り着けなかった場合、全員不合格、それだけだ。7時間毎に1回花火を打ち上げる、花火の真下に、ワシはいる。制限時間は24時間、1秒でも遅れれば不合格だ、以上、諸君の健闘を祈る』
言いたいことを終え、老年の男は姿を消した。
花火が打ち上がる、ちょうど老年の男が映っていたスクリーンの先だ。
「よし、行こう!」
俺が啖呵を切ると、互いに頷き合い、同時に走り出す。
他の班も一斉にスタートしたようだ、俺たちは参加資格のない4人連中を見捨てて、それぞれが同時に走り始めた。