打ち上げ花火みたいなモノ
パッと空に光が開いた。
そのあとですこし遅れて。
ドォーン。
振動が来て、その光がジリジリと枝垂れて、この世界にいつまでも残ろうとするのが面白いからふふっと笑った。
「なにがおかしいのよ」
美香が頬を膨らます。
「花火ってさ、きれいかな?」
「はあ?」
「火薬なんだし、言っちゃえば、爆発でしょ?」
「あんた、何言ってんの?」
美香が眉間にシワを寄せる。
「あれってさ。人を殺せるよね?」
「なにが言いたいわけ?」
「なんで人ってさ、壊れるものに惹かれるのかな。って思ってさ」
さらに、ギュッと眉を寄せた。
「消えてしまうからとかじゃないの?」
美香が首をかしげる。
「自分で消しといて?」
「うるさいわよ」
バン。
美香のグウパンチが、二の腕に入る。
その日の昼過ぎ、クーラーの効いたリビングのソファで、ゴロゴロとしていた。
漫画本を読んでいると、テーブルの上のスマホがブルブルと呼ぶ。
ソファから身を乗り出して、テーブルの上のスマホを取った。
光を放つ画面の文字を見る。
「うん、頑張った」
それをテーブルに伏せる。
「自分の好きなことを中断して、確認しただけでもえらいよね?」
つぶやいて、耳をふさいで寝転がる。
だが、諦めの悪いスマホが、何度も、何度も、ブルブルと文句を言う。
仕方ないから出た。
「どうかした?」
「あのさ、ひま?」
「いや、ものすごく忙しい」
訪れた沈黙に、ゴクリと唾を飲み込む。
「嘘言ってんじゃないわよ」
美香が叫んだ。
それは、スマホとリビングの入り口からの二重に聞こえたような気がする。
「まさか、そんなわけないよ」
頭だけ少し起こして、リビングの入り口を見る。
鬼みたいに仁王立ちした美香が、スマホ片手にこちらを見ている。
「あはは」
もう一度、ソファに身を預けた。
「ひまよね?」
「いや、ゴロゴロするのに忙しい」
「昔から変わらないわね。あんたは」
「美香は知らないだろうけど、世の中には、変わらないモノもあるんだよ」
「うるさいわよ、付き合いなさい」
美香がまた怒る。
「嫌だ」
即答した。
「だいたい、外はうだるような暑さだよ」
「そうね」
「それなのに、夏祭りだの、花火だのと浮かれて、人がゴミゴミとごった返しているところにわざわざ出かけて行くなんて、どうかしているよ」
「あんただけよ。そんなことを言うのは」
「自分から辛い思いをしに行くなんて、みんなマゾなの?」
仁王立ちの美香は、きれいな金魚の絵柄の浴衣姿。
間違いなく花火に行く気満々だ。
そんな姿で付き合えとか誘われれば、クーラーをお供に引きこもりを満喫中のこちらとしては。
「嫌だ」
と即答するしかない。
「いいから付き合いなさいよ」
「美香には和也がいるだろ?」
「別れたのよ。だから付き合って」
「はぁ?」
あまりのことに体を起こすと、美香は目をそらした。
「振られたの?」
「違うわ。こっちから振ってやったのよ」
「本当、そういうところ、昔っから変わらないよね」
うつむく美香。
こっちは、眉間をおさえながら、はぁとため息を吐いた。
生ぬるい風が吹き抜ける河川敷では、人々がガヤガヤと楽しげ。
浴衣や甚平の人たちが夜店で食べ物を買い、子供たちが綿飴をねだっていた。
ブルーハワイのビンに詰まった青色の液体を見るたびに、美香にシロップ部分をごっそりと食べられて、味のない氷を食べた小さい頃のことを思い出す。
「屋台は嫌いだ」
「なによ」
「いや、昔のことを思い出した」
「まだ言ってんの? 何年前の話よ、それ。まったく」
美香が呆れ顔になる。
「食べ物の恨みは一生消えないよ」
「あっそう。今日は無理に誘ったから何かおごってあげようかと思ったけど、あんたはいらないのね」
ニヤニヤと笑う。
「すみません、美香様。昔のことは忘れました」
「よろしい、ではおごってしんぜよう」
無い胸を張った美香の胸元を見て、うんうんとうなずいたらバシッと頭を叩かれた。
「なんで?」
「いや、わかっているでしょ?」
何度も首をかしげながら、美香にたこ焼きを買ってもらった。
そして、川原にシートを敷いてその上に座る。
たこ焼きを頬張る。
「うまっ。やっぱりこれだよね」
「あんた、さっきまで屋台は嫌いとか言ってなかった?」
「言ってないよ」
「鶏なのね」
「コケコッコー」
「やめなさいよ」
湯気の上がるたこ焼きを、ホフホフと食べる。
隣では、焼きそばを食べる美香。
「ねぇ、一個ちょうだいよ」
「いふぁふぁよ」
「なに?」
フガフガとたこ焼きを食べながら。
「嫌だよ」
と断る。
「焼きそばあげるから」
「いらないよ。今はたこ焼きの気分なの」
「ケチ」
美香がにらむ。
「ケチで結構」
と返す。
「本当に、人の物ばっかり欲しがるくせやめた方がいいよ」
「なにが言いたいの?」
「言わなくてもわかるよね?」
美香がぷいっと横を向く。
「うるさいわよ」
パッと空に光が開いた。
ドォーン
「好きだったのよ」
「うん」
「でもさ……」
美香は笑う。
「悲しくないんだよね」
再び夜空に打ち上げられる、それ。
ドォーン。
ゆらゆらと空へと放たれて、気持ちよさそうに弾けて消えた。
「じゃあ、なんで付き合ってたの?」
「わかんない」
ドォーン。
横を見ると、闇の中で光に照らされた美香の横顔は、きれいだった。
胸の辺りがチリチリする。
「なんでだろう?」
美香がつぶやく。
「わかるわけないよ。そんなこと」
「そんな言い方しなくてもいいじゃない」
美香はうつむく。
「だってさ、恋って綺麗じゃないよね?」
「そうかな」
「そうだよ。結局はどちらかが傷ついて終わるでしょ?」
「そうかもだけどさ……」
美香が言い淀む。
ドォーン。
「きっと、誰かに愛されたいんだよ」
やっとこちらを見て、少し笑った。
「別れても悲しくないのに?」
「うるさいわよ」
目をつぶりながら待った。
だけど、パンチが来ない。
おそるおそる目を開けたら、美香が泣いていた。
だから、昔みたいに頭を撫でてやりたくなった。
でも、ふふっと笑う。
「なんで笑うのよ」
美香がさらに泣いた。
「いつかはこうなるって、わかってたのよ」
「でも、パッと咲きたかったんじゃないの?」
「えっ?」
「だってさ、花火だって初めから散ることが、わかっているでしょ?」
「なにそれ?」
美香が泣きながら笑う。
しばらく、ふたりとも黙ったまま。
ドォーン。ドォーン。
それを見上げていた。
「髪切るからあんたも付き合いなさいよ。とか言わないよね?」
「馬鹿ね。言うわけないじゃない。妹にそんなひどいことできないわ」
「本当に?」
私が首をかしげる。
「なんであんたは、妹のくせにお姉ちゃんを信じないのよ」
美香が目を細める。
「あのさ、信じられるとこ、ある?」
「なんですって」
美香がまた、私を睨む。
「それに、あんたのきれいな髪を切らせたら、母さんに叱られるわよ」
「どうかなぁ。母さんならふたり揃って髪切ったら、腹抱えて笑うんじゃない?」
「まあ、母さんなら笑うかもね」
ふたりで夜空を見上げた。
ドォーン。
「本当に馬鹿みたい」
「だね」
それは、弾けるとあっさり消える。
そんなことを繰り返すだけの物が、どこかきれいで。
ふたりでただ並んで、見つめていた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
花火は、打ち上がっている時間よりも、消えたあとのほうが長いのに、
なぜか強く残る気がします。
この話も、そんなふうに、
少しだけ余韻の残るものになっていたら嬉しいです。




