もうすぐ少女は死ぬ〜余命宣告〜
ハロー、皆さん。
お元気ですか? 私は死にかけです。
私の名前はクルイと申します。街の外れで静かに暮らしている基本的にはごく普通の女の子です。
唯一普通でないことがあるとすれば、生まれつき体が弱くて持病を患っていることでしょうか。
現代医学では到底治療が不可能な病気が私の体を蝕んでいるせいで、私はまともに外にも出られずに、自宅で一人の母に支えられながら療養していました。
幼い頃からベッドの上で過ごすのが普通。窓から見える何もない草原が、私にとっては憧れの景色でした。
「外に出たい……」「遊びたいよ……」
それが幼い頃の私の口癖でした。
息を吸って吐くかのごとく、無意識的にそんな言葉を口に出していました。
今でこそ諦めはついていますが、幼い子供にとってはとくに酷な生活。
自由を目の前に何もできないのは、地獄以外の何物でもありませんでした。
そんな幼い頃の私に、お母さんはよくこんな言葉をかけてくれました。
「大人になる頃には体が強くなってるかも……! 頑張って治していこうね……!」
その場しのぎでしかない苦し紛れの言葉。
ですが、幼い私は当然それを信じるわけです。お母さんがそう言うということは、本当にいつか外に出られるかも!
私はお母さんの嘘を信じて、闘病生活に明け暮れました。
しかし、現実は残酷でした。
月日が経っても病気が治ることはなく、私の体はどんどん弱り果てていきました。
最終的に腕のいいお医者さんに告げられたのは、
「大変申し上げ辛いのですが……。クルイさんにはあまり時間が残されていません……。もって半年といったところでしょうか……」
余命宣告でした。
一度も光に当てられたこともないのに、齢17にしてもう人生お先真っ暗ですよ。何の冗談でしょう?
でも、案外私はあっさりとその事実を受け入れられました。本当は自分でも分かっていたのです。もう永くはないだろうって。
だから、いっそのことこうして告げられたほうが、踏ん切りもつくというもの……。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっ……!!!! こわい……こわいよっ……死にたくない……! 何でこんな目に遭わなくちゃいけないのっ……!? 酷いよずるいよっ……!!!! みんなばっか自由な想いしてさ……!!!! もちろん知らない誰かに当たるのが間違ってることくらい分かってるよ……!? 分かってるよそんなことっ……!!!! でもおかしいじゃんっ……!!!! 私何かした!? 何もしてないよね!? だって何もできないもんねっ!? ねっ!? しかも私全然大したこと望んでないでしょ? ただ外に出たいだけだよっ!? 何者になりたいだとか、そんなこと望んでないじゃんっ!!!! べつに大義とかそんなんじゃないし! 私はただみんながとうに過ぎ去っていった誰もいないスタートラインの上に立ちたいってだけなんだけど……!? ふざけないでよ! 夢くらい見させてよっ!!!! ああああぁぁぁぁああああぁぁぁぁっっ!!!!!!!!」
──すみません、少し取り乱してしまいました……。どうやら私は、死という事実を受け入れたくないようです。
ろくに生を謳歌できていない私には、死という概念はあまりに残酷すぎました。
でも私がどんな感情を抱いたって、私が近いうちに死ぬ事実は変わりません。だからこそ恐ろしい……。
私は、その後も気を強く保つことで何とか弱っていく体に抗えないものかと頑張りました。
一日、一週間、一ヶ月。思う通りに動かなくなっていく体で懸命に抗いました。
そして約半年が過ぎた頃……。
「…………」
抵抗も虚しく、あとは死を待つのみとなった私の体に、突然ある変化が起こることとなりました。
それは……
「……!」
光でした。
謎の光の玉が、急に目の前に現れたのです。
光の玉は、発光しながらふわふわと漂っていました。
そして、しばらく漂っていたかと思うと、いきなり私の開いた口の中めがけて猛スピードで飛んできました。
「……っ!」
その勢いで私はひどくむせ返ってしまいましたが、それからしばらくしてある事実に気が付きます。
「あれっ……体が……動かせ……る……?」
そう、光の玉が自身の体内に取り込まれたことで、私は何と思い通りに体を動かすことができるようになったのです。
体の痛みはなくなっていて、もう上がらなくなっていた腕は、上下にブンブン振り回せるように。
何なら、
「えっ……!? 立てる……立てるよっ……!」
私は自力で立つことが可能になっていました。
あまりに歩かなさすぎたせいで、歩行するのはまだまだ難しいですが、とにかく体を自分の意思で自由自在に動かせるようになっていました。
私は突然夢が叶ったことに驚き舞い上がります。人生で初めて得た喜びに、興奮が抑えられなくなります。
用事で偶然席を外していたお母さんが部屋に戻ると、
「……はっ?」
「あ、お母さんっ! 私、動けるようになったよっ!」
「はああああああああっ!?!?」
そこには、いつもベッドの上にいた娘が立ち上がって健気に歩行の練習を始めているのです。
お母さんは尋常でないくらいに驚いていました。私は起こったことをすべて説明します。
最初こそ信じてはもらえませんでしたが、目の前に広がっている事実を受け入れるしかなく、最終的には信じてくれました。
念のためにお医者さんに診てもらうことになり、私は再び余命宣告を告げた腕のいいお医者さんに状態を確認してもらいました。
あまりにも異様な変化が起きていたので、向こうも大変困惑していました。
「ふむ……困ったな……」
お医者さんの腕の良さをもってしても、完全には解明することはできなかったようです。
それでもいくつか分かったことはあったようで、それをお医者さんは教えてくれました。
私の身に起こっているのは、それはそれは奇妙なことのようです。
たとえば痛覚遮断。まず痛みを感じることがなくなりました。
病気や薬の投与による副作用の痛みが一切遮断されて、私は苦しみを感じることがなくなったのです。
次に特殊能力。私は過去例を見ない強力な力を有することとなりました。
何と私は、一日が経過するごとに身体能力が強化されていく体に成り変わってしまったようです。
今までは立ち上がって歩くこともままなりませんでしたが、この特殊能力があれば、時期に誰よりも早く走れる強靭な体を手にすることだって可能だそうです。
お医者さん曰く、
「これは神様からの贈り物だ……。神の祝福が舞い降りたのだろう……」
なのだと。
ですが、あくまで病気に苦しむ必要がなくなっただけらしく、少しずつ死が近付いている事実は変わらないそうです。
神の祝福なら、本当は治してほしいところなんですけどね。まあ、欲張ってはいけませんね。
私はとても喜びました。死ぬのが怖い。それは変わりません。
でも、何もできずに死ぬのと違って、これからの私はちゃんと夢を叶えて死ぬことができます。
外には何度だって出られますし、今までお母さんの助けを借りながらしていたことも、全部自分で行えるようになるのです。
何よりも不自由という苦しみから解き放たれたことに私は歓喜しました。
ようやく私の人生は、始まりを迎えるのです。
そして一日、二日と時が経っていきました。
私はまず、念願だった外出をしてみました。
扉を開けると、じんわりと暖かい太陽が私を眩しく照らして出迎えてくれました。
次に心地の良いすっと吹き抜ける風が、私の髪や衣服、果ては木々や草花を揺らします。
私は全身で自然を感じ取ります。かつてない解放感が私を刺激しました。
息を吸って吐くのが楽しい。私は目をキラキラと輝かせて、お母さんと一緒に散歩や買い物をしたりしました。
他にも、料理や掃除など、これまではできなかった家事の手伝いをしてみました。
ただ見てるだけしか叶わなかったそれらを、お母さんから教えてもらいながらこなします。
できないことができるようになっていく。簡単なことではありましたが、私にはそれらが楽しくて仕方がありませんでした。
お出かけをして。手伝いをして。どんどんできることを増やしていきました。
身の回りのことが一人でできるようになった頃、私の身にさらに変化が起こり始めました。
「何……これ……?」
私の指先から炎が発せられるようになりました。
マッチに火が灯っているかのごとく、私の指先に小さな炎が灯り始めたのです。
私が謎の現象に困惑していると、指先から今度は電気や風、水などの通常人体では生み出せないものが次々と出てきます。
あとでお母さんに聞いてみると、それはもう驚かれました。曰く、その現象は魔法というらしいです。
一部の才ある人間にしか扱えない代物で、たくさん勉強を積み重ねることでようやく行使できるようになるのだとか。
この魔法を自由自在に扱える人を魔法使いと呼びます。前衛職に身を守ってもらいながら、魔法で魔物を攻撃したり味方を癒したりします。
扱える人が少ないことからいつでもどこでも重宝される存在だとお母さんは言います。
「へぇ……」
……その前に魔物って何ですか?
あのおとぎ話の世界の?
この世界にそんな概念あったんですか……?
あまりに情報から隔絶された環境に身を置いていたので、私はまずそこから困惑しました。
ここまで話を聞いている皆さんも思ったはずです。いきなりファンタジーなる単語が出てきたなと。(光の玉の時点でまあまあファンタジーなのは置いておきます)
今までずっと病弱な少女が苦しみ嘆いたり、謎の力によって夢が叶えられるようになったりと、小さな子向けの展開が続いていたのに、いきなり魔物。
年齢層がもう少し上の複雑で殺伐としたワードがひょいと現れてきました。
それもそのはずです。
この話は全部私の主観なのですから。
私が知らないことをあなたが知ることはできません。何せ、私の視点でしかあなたは物事を見られないわけですし。
なので、展開が急だと思っても許してくださいね?
──話を戻しましょうか。
その魔法とやらを私は使えるようになったのですが、これも特殊能力同様、一日が経過するごとに強化されていきました。
最初は指先からちょっとした属性魔法を発する程度だったのに、二日三日も経てば、魔法でちょっとした障害物などを破壊できるレベルにまで至ります。
一週間も経てば無属性魔法、複合魔法など、単純な属性魔法の枠を超えて、より多様な魔法を扱えるようになりました。
一ヶ月も経つ頃には、創成魔法や重複魔法など、歴代の魔法使いですら扱える者がごくわずかしかいなかったとされる希少魔法すらも会得することに成功します。
もはや何が何だかという感じでしたが、とにかくすごい魔法をいくつも覚えることができたそうです。
ちなみに身体能力に関しても、指先でちょんと壁をつつくだけで、その壁に大きなヒビを入れられるほどの身体能力を得ました。(後にその壁は私が修復魔法で直しました)
こうして私は最強とも言える存在になったわけですが、すると生活にどのような変化が生じると思いますか?
そうです。能力の強化のされすぎで私は力を抑えながら生活を送るハメになります。
力を調整するだけの器用さに関してはまったく持ち合わせていなかったので、家族や建物を傷付けないようにじっと動かないようになりました。
(こ、これじゃあ逆戻りだ……)
このままではいけないと思った私は、この強力な力を扱えるように外で訓練を積むことにしました。
まずは得た魔法を一通り力任せに放ちます。
「ふぁ、ファイア!」
両手を翳しながら唱えます。
呪文の詠唱もなしに放つという、実に初心者らしい行動を取ってしまったのですが、その炎はあっという間に野原の一部を焼き尽くして、何なら草に燃え広がり始めました。
「ぎゃああああ! まずいぃぃぃぃ!」
私は咄嗟に水魔法をぶつけてむりやり消化しました。
その後も、覚えた魔法の数々をひたすら誰もいない野原に放ち続けます。
爆発と風を掛け合わせた複合魔法を使って、風が流れるような爆発を生成したり。
創成魔法を使ってこの世にない物質で構成されたおびただしい数の茨を周囲一体に生やしたり。
同じ魔法を幾度も積み重ねた重複魔法を使って、威力を底上げした魔法を放ったり。
力任せに魔法を放ち続けました。一応、人里離れた場所で訓練を行ったのですが、最終的にそれが村中の人々にバレて一時は大騒ぎになってしまったり……。
何とか力を使いこなせるくらいにはなりましたが、その代償として大勢の方々にいらぬ心配をかけてしまうことになりました。
説明を丁寧に何度も行ったことで、最後には理解を示してもらうことができましたが、これからは気を付けなければなりません。
何はともあれ力を使いこなせるようになった私は、魔法を使った生活を行うようになりました。
念力魔法で家の中の物を自由自在に動かしたり、火の魔法で料理の手伝いをしたり。水や風をうまく使い分けながら洗濯を行ったりと、便利な生活ができるようになります。
魔法を使用すること自体に楽しみを見出すようにもなったので、会いた時間では空を飛びながら空中で魔法を放ったり。
村の人の理解が進んだことによって、私が魔法を使うことについて何も言われなくなったので、これにて万事解決です。
それどころか、村の仕事の手伝いを魔法でこなすことによって、村の人の役に立つこともあったり。
これまで誰かに迷惑をかけることしかできなかった私が、自分の力で誰かの役に立てる。これほど嬉しいことはありませんでした。
あとは死ぬまでこんな生活を続けるだけ。
私は夢を叶えられたことに満足しながら、日々を送りました。
それから半年後のことでした。
残された時間もわずかとなった頃。この世界全体にある異変が生じることとなります。
「これは……?」
私は部屋の窓から空を見上げます。
混沌とした禍々しい闇色の雲が空全体を通っていて、至る所に回転する黒い渦が点在していました。
渦の周りでは時々雷が発生していて、空が混沌としているために、地面も真っ暗な状態でした。
朝から謎の異変。私が困惑していると、家に村中の人々が押し寄せてました。
口々に要件が話されましたが、その内容は一貫して、
「これは私の仕業か否か」
というものでした。
当然私に身に覚えはないので否定します。寝ているうちに無意識的に……。ということも、まあ絶対にないでしょう。
となると、これはつまり外的要因というやつなのでしょうが、正直何が原因か分かりません。
情報を待つしか原因を知る術はなかったので、私や村の人々はひとまずいつも通りに過ごすことにします。
(でも、生活しづらいよね……)
一日中真っ暗だと生活リズムも狂いそうですし、私は何かできないか、とりあえず魔法を行使することにしました。
手を空に翳して、
「威力向上魔法。衝撃増加魔法。全属性強化魔法。ブレイク付与。効果倍増。リミッター解放……」
魔法を放ちました。
「複合重複、全属性×衝撃……。インパクトオール……!」
私が唱えた瞬間、禍々しく混沌の広がる空が、一瞬のうちにして全方位に弾け飛びます。
虹色のオーラのようなものが闇色の雲を吹き飛ばして、あっという間に異変を日常へと戻しました。
見た目のわりにはあまりにあっけなく、渦巻いていた空はなくなりました。
空には太陽がただ一つ浮かんでいるだけで、雲一つない晴天が私達を迎えることになります。
「これで大丈夫……かな?」
まさかこんなに手っ取り早く終わるとは自分でも思っていませんでした。
村の人も突然空が晴れたことに仰天していて、驚きの声が各地から聞こえてきます。
そして再び私の家にやって来るのです。
「これはさすがにクルイちゃんだよな!?」
「いきなり明るくなってびっくりしたわ! 魔法ってすごいのね〜!」
「俺もいつかお姉ちゃんみたいになりたい!」
口々に呟かれる賞賛の声。
どれもこれも私を讃える内容ばかりで、もはや魔法に嫌悪感を抱かれる余地など一切ありませんでした。
私は心の中で密かに喜んでいました。
(でも、結局何だったんだろう……?)
原因も分からない段階から異変を取っ払ってしまったので、これで異変の原因を探る術ももはやありません。
まあ、多分解決したので良しとしましょう。それよりも、
「なんか眠いなぁ……」
私は若干の眠気に耐えながら、村人からの賞賛の声を受け取り続けました。
異変の内容が分かるのは数日後のことでした。異変があったことすら話題に上がらなくなった頃、兵士を複数人連れた魔道服を着たおじいさんが私の家へとやって来ます。
何用かと思えば、おじいさんが語り出すは数日前の異変について。原因の調査の結果を知らせにわざわざ王都から派遣されてここまで来たようです。
異変の原因は、どうやら魔王の復活が関係していたのだとか。
これまで平和だったこの地に魔王が再び誕生したことで、世界中があの禍々しい雲に包まれてしまったのだとおじいさんは言います。
「そうなんですね……。でもなぜわざわざこの家に来たのでしょうか……? 村長さん辺りにでも話をして、そこから話を広めてもらえばいいと思うのですが」
私が訊ねると、
「ええ、たしかにそうですな。ですが、私がここへ来たのにはもう一つ別の理由があるのです」
「……何でしょう?」
おじいさんは言いました。
「あなたにその魔王を打ち滅ぼしてほしい……。それをお願いするために私はここまで来ました」
「……はい?」
「あなたがとてつもない力を持っていることについては王都でも広く知られています。この村を起点に噂が広がり始め、ついには世界中にその名前が轟いた……!」
「……」
え、私の名前世界中に広まってるんですか?
「もちろん、プライベートを邪魔するわけにもいかないので、これまでは法をもって一切干渉しないようにしていました。ですが魔王となれば話は別……。数日前の雲を取り払ったあなたなら、きっと魔王すらも打ち滅ぼせるやもしれませぬ……。どうかお願いできないでしょうか……」
「…………!」
魔王。かつて世界を脅かした存在で、そんな偉大なる悪を統べる者相手と戦わなくてはならない。
ただの辺鄙な村の住民に命運が託されているという異様な状況。それだけの危険を犯すほどの責任は私にはありません。
それでも私は……
「分かりました……。できるか分からないですけど、頑張ります……!」
魔王討伐の依頼を受けることにしました。
「おお……! では準備を進めますので、日程を……」
「あ、大丈夫です。今行くので」
「……はい?」
私は目を発光させながら、
「位置補足魔法、イーグル」
世界全体に視野を移して、広範囲に渡って隅々まで情報を調べ尽くします。
そんな中で、ある一つの建物だけがまるで他とは違う雰囲気を放っていました。紛れもなく魔王城でした。
その建物の周囲一体にはどんよりとした空気が目で見て分かるほど漂っていて、よろしくはありません。
まさに邪気を放った人を寄せ付けない建物を見つけて、
「よし、行ってきます……!」
「え、ちょっと待っ……」
私はそう言い残して、瞬間移動の魔法を使って早速その場所へと飛んでいきました。
距離にして大体八万キロメートル。
物理的な移動手段ではどうやっても膨大な時間がかかるその場所に、瞬きをする程度の時間で私はたどり着きます。
魔王城からは、数日前に空から感じたあの禍々しい雰囲気がそのまま漂ってきました。
異変のすべての原因がここに詰まっていることがすぐに分かりました。
「それじゃあ始めよう……」
私は再び目を発光させます。
今度は位置補足ではなく、
「透視魔法×解析魔法、融合……。パサライズ」
融合魔法による、魔王城の透視でした。
パサライズを行使することによって、魔王城の建物の構造のすべてや、建物内にいる魔物の種族、性別、年齢、人数、戦闘力などが丸分かりになります。
人数は二千二十五人。種族は低レベルな魔物が七十パーセントを占めていて、残りを上位種族である魔族が占めていました。男女比率は八対ニ。
戦闘力は……
「あれ……弱い……?」
何と想定以下でした。
建物の頂上の部屋に位置する魔王様ですら、ざっくりと私の戦闘力の千分の一程度。
二千二十五人の魔王軍全員の戦闘力を合計したとしても、千分のニが限界といったところでした。
「魔法の誤作動……なのかな……? と、とりあえず全力で頑張ろう……」
私は深呼吸をして、
「飛行魔法発動、フライ」
上空へと飛び始めました。
加速魔法などを施しつつあっという間に魔王城の中層部付近まで来ると、
「複合重複、斬撃×巨大化、二薙……!」
巨大な斬撃を多数同時に発生させて、魔王城を六等分に切り分けます。
それから私は瞬間移動魔法を発動して、魔王城の根元までやって来ると、すぐに魔法を発動して、
「召喚魔法、すごく大きいハンマー……!」
巨大な山のような大きさのハンマーを自身の真上に召喚します。
それを念力で操りながら、
「く、喰らえー!」
ダルマ落としのように、六等分に切り分けた魔王城を一段一段丁寧に跡形もなく吹き飛ばしていきます。
一振りごとに数百人以上の命が失われているのがパサライズによる解析情報で分かりました。
二段三段と吹き飛ばしていき、最後には頂上部分の一段のみが残ります。
頂上には魔王一人しかおらず、残りの二千二十四人は五振りのうちに死滅してしまいました。
私は頂上部分まで近付いて、入り口がなかったので殴って大きな穴を開けます。
穴の先には、魔王様が立っていました。
「え、女の子……?」
立っていたのは紛れもなく魔王様。
種族は魔族で、ツノが生えています。ですが、その風貌は想像とはまったく異なる少女の姿でした。
私と同じくらい。何なら、私よりも見た目に関しては幼く見えます。
魔王様は蒼ざめた顔で涙を流していて、頭を両手で押さえながら、全身を震わせていました。
私は魔王様に話しかけます。
「あなたが魔王様……ですよね……?」
魔王様は、
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃぃっ……!!!!」
私を見てひどく怯えます。
私の返答にもまともに答えられないほど、恐怖に呑まれていました。
このままでは話ができないので私は、
「ちょっと失礼しますね……」
魔法で魔王様の精神をコントロールします。
不安な恐怖などの瞬間的に高まったであろうマイナス感情を取り除いて、平常心へとむりやり戻しました。
「では改めて……。あなたが魔王様で合っていますか?」
魔王様は返しました。
「え……あ、はい……。魔王です……。マオって言います……」
「私は魔王様の討伐を依頼された村人のクルイと言います。よろしくお願いします」
「よ、よろしく……お願いします……」
私は話を始めます。
「さて、私は今言った通り魔王様を倒しにきました。あなたのせいで困る方々はたくさんいるので……。数日前のあの禍々しい空も、あなたが原因ですよね?」
「あぅ……ごめんなさい……。で、でも違うんです……! あの空は私が復活したのと同時に自動的に生まれたんです……。パッシブスキルと言いますか……私の意思とは関係なく勝手に生まれるものなんです……」
「そうだったんですね……。ということは、あの異変自体は魔王様は悪くないと……。もう一つ聞いてもいいですか?」
「は、はぃ……」
「一般的に魔王と言えばこの世界の征服を企んだりするものですが、あなたは征服を企んでいましたか?」
「あ……えっと……。い、いいえ!」
私は魔王様の首元を掴んで、
「嘘……ですよね……?」
誰でも見破れる嘘について指摘します。
すると、
「はい嘘ですごめんなさい殺さないでくださいお願いします不都合なことから目を背けたくて愚かにも嘘をつきました二度と嘘をつかないので許してください本当にごめんなさいごめんなさいごめんなさ」
呪文のように魔王様は嘘を認めました。
また精神が不安定になったので、また魔王様の精神をコントロールして、もう一度話をできる状態へと戻します。
「もう嘘はつかないでくださいね……。それではあと二つだけ聞かせてもらいますが、なぜ魔王様はそんなにもか弱いのでしょうか……?」
普通に考えて、魔王様がこんなに弱いはずがありません。
私がどれだけ謎の光の玉のおかげで強くなれたとしても、もう少しこう覇気のようなものが感じられるはずです。
ですが、そういった厳かな雰囲気的なものが魔王様からは感じられませんでした。
復活したばかりで力が戻っていなかったとか……? それなら、見た目の幼さも含めて納得がいくのですが……。
私が疑問をぶつけると、魔王様は答えてくれました。
「よ、弱い……。ま、まあそうですね……。実は私はある出来事のせいで力を失ってしまったんです……」
「その出来事とは?」
「数日前のアレです……。空全体に浮かび上がっていたあれは、私のすべての力の源でした。復活と同時に力を取り戻したはいいものの、すぐさま力の源は何者かの手によって吹き飛ばされ、力をほとんど失うことになりました」
「あ、ああ……」
「あ、あなたさま……ですよね……? 吹き飛ばしたの……」
「はい……。私がやりました……」
「そ、そうですか……。何はともあれ、こうして私は全盛期力の大半を失いました……。こんなに体が貧相なのも、そのせいです……」
「やっぱり……元は大人ですよね……」
「です……。高身長でスタイリッシュで、すべてを兼ね備えた超絶美女でした……」
「な、なおさら申し訳ない……」
そこで私は閃きます。
「あ、そうだ。なら姿を元に戻しましょうか? 私、魔法が得意なんです」
今の私は大体のことは何でもできます。
何もかも奪われた魔王様にせめてもの慈悲をと、私は提案しました。
魔王様は、
「あ、できるんですか……。でも、無理はしなくていいですよ……?」
申し訳なさそうに言います。
私は、
「大丈夫です! 無理してないです!」
そう言って、魔法の準備に入りました。
体内の時を遡らせて、元の大人の状態に戻す魔法。それを行使すれば魔王様は元の姿に戻れるようになるはずです。
ですが勝手に体が魔法を覚えるようになった私でも、そんな魔法はまだ持っていません。
なので今から作ります。類似の魔法を部分的に混ぜ合わせたり、時々まったく別の魔法を複合しながら、新たな魔法を生み出していきます。
時間にして数分。少し時間はかかりましたが、何とかできました。
私は、
「ではいきます!」
魔王様に両手を翳して唱えます。
「時遡魔法、エゴインパストタイム」
手が光を帯びて、その光がどんどん大きくなっていきます。
これに触れることで、体内の時間を巻き戻らせて元の姿に戻ることができるでしょう。
私が光を放つ直前魔王様は、
「あ、えっとぉ……。やっぱり申し訳ないのでやめてほしいなぁ……なんて……」
「え、何か言いました?」
私は気にせず魔法を魔王様に放ちました。
「うわああああ!!!!」
光を浴びた魔王様は、どんどん体が成長していきま……。
「……ん?」
魔法を受けた魔王様は、身長が少しだけ伸びていくのが分かりました。ただし、本当に身長だけ。
それでも高身長というにはあまりに小柄で。スタイリッシュというわりにはあまりに小柄で。超絶美女というよりかは超絶美少女……。
結果的に言えば、ほとんど何も変わっていませんでした。ただ小柄な見た目の女の子がそこにいるだけ。
魔王様は俯いたまま、冷や汗を流して黙っていました。
「あの、もしかして……」
私が声をかけると、魔王様は顔だけをそっぽに向けます。返事をしなくても分かります。
(ああ、嘘か……)
どうせバレないからと見栄を張ろうとしたようです。
嘘をつかないと宣言した直後のこれ。よほどコンプレックスなのだろうということは容易に窺えました。
私は苦笑いをしながら最後の話に移ります。
「まあ、いいです……。では、最後に何か言い残すことはありますか? もしあれば遺言をどうぞ」
魔王様は言いました。
「はい、最後に私の姿をセクシーなお姉さん風に変えていただけますと幸いです」
「無理です。ではさようなら」
「え」
私は、魔法を放ちました。
「滅却魔法、ロスト」
「ぎゃああああああああああああ!!!!」
魔王様はそうしてやられていきました。
また遠い未来に復活するのでしょうが、とりあえず今はこれで解決です。
魔王討伐を終えて私は、
「それじゃあ帰ろうかな……」
村に戻ろうと瞬間移動魔法を行使しようとします。
ですが、魔法を使おうとしたその瞬間、
「あ……れ……?」
私はうまく体を動かせずに、その場に倒れ込むことになります。
思うように体が動かせず、抗いようのない眠気が私を襲いました。
私はそこで自覚しました。
(あ……これ……死ぬんだ……)
死。
時期的にそれしかあり得ませんでした。
痛みや苦しみがないその代わりに、尋常でないレベルの眠気が私の前に訪れます。
つまり、このまま眠れば私は……
(ああ……やっぱり怖いなぁ……)
魔法を使えなくなった今、村に帰ることはできません。
お母さんにも、村の方々にもお別れを告げることは叶わないでしょう。私は孤独に死んでいくのです。
(もっといきたかったなぁ……)
何もできずに死ぬ。
そんな最悪な未来は回避できたのに、夢はもう叶ったというのに、私はまだ……
「ははは、わたし、よくばりさんだぁ……」
私は少しずつ意識がぼんやりとしていくなか、そう呟きました。
そして私は死にました。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
「ユガミストレンジ」といういじめがテーマの自著作品が完結したので、その記念でこの短編をお送りしました。
もし興味があればそちらのほうも読んでくださると嬉しいです。