第十話 話したくないこと
汗がじわりと額に滲み、顔がこわばっていくのがわかる。
――一体、どうすれば。
そんな私の様子に気づいたのか、ウアルが明るい声で言った。
「ま、いっか。話したくないこともあるもんね~。私にもあるし……ね、聞きたい?」
「えっ、あ……う、うん!」
思ってもみなかった言葉に私は思わず適当な相槌を打ってしまった。
そのことを全く気にせず、ウアルはどこか誇らしげな顔をして、話し始めた。
「私ね、野菜が嫌いなんだ。この前、野菜たっぷりのシチューが出てきてさ。がんばってちょっとは食べたんだけど、全部は無理で……。だから、おばあちゃんがよそ見してる間に、鍋に戻しちゃった」
そう言って、彼女は口元に人差し指を当てて小さく笑った。
「今さらだけど、この話はサクマと私だけの秘密ね!」
その仕草がどこかおかしくて、私は思わず笑ってしまった。
私の反応に満足したのか、ウアルはさらに口角をあげる。
「あ、あとね――」
ウアルが次の話題に入り始める。
けれども私はふと、あの男のことを思い出していた。
私を父上と母上から引き離した、あの男。
彼は私を抱えて空を飛び、ペルカの南西にある森へと向かった――それだけははっきり覚えている。
飛んでいる最中、彼が何か言っていたけれど内容はわからなかった。
突然深い眠気に襲われたからだ。
そして、気づけば私はここにいた。
「サクマー」
あの時は室内が暗く、頭が混乱していたから男の全容をはっきりと見ることはできなかった。
けれど――あの褐色の瞳だけは、決して忘れない。
もちろん、他にも民を襲った者たちはいた。彼らが父上と母上を殺したこともまた、紛れもない事実だ。
けれど、顔も姿もはっきりと覚えているのは、あの男だけ。
だから、まずはあの男に問いたださなければならない。
いつか……。
いつか必ず父上と母上、そして民の仇を討つ。
「サ! ク! マ!」
ウアルが、ひときわ大きな声で私の名を呼んだ。
その腕が勢いよく私の膝の上に置かれ、その衝撃で私のからだは激しく揺れる。
目を下にやると彼女の不満そうな顔が、腕ごと膝の上に乗っていて、片方の頬がつぶれていた。
「あ……ごめんなさい」
「もう、全然こっち見てくれないじゃん。話も聞いてなさそうだし……やっぱり、まだ具合悪い?」
「……ごめんなさい。まだ意識がはっきりしていなくて」
嘘だった。
でも、会話をこれ以上ややこしくしたくなくて仕方なくそう言ってしまった。
「そっか……それはごめんね」
ウアルの顔と腕が膝から離れる。どこか気まずそうにしながらも、私を気遣うその優しさが胸に染みた。
罪悪感で胸が締め付けられる。
ごめんなさい。
心の中でもう一度謝る。
ウアルがまた口を開こうとしたその瞬間、扉がゆっくりと開いた。