猫形の【魔】
〈もぐらもち蚯蚓愛なる地下の性 涙次〉
【ⅰ】
〈カンテラ一燈齋事務所叛對同盟〉が解散して* からも、近隣猫のトラバサミ被害は後を絶たない。テオは憂慮してゐた。この儘では、猫には人間を愛する、と云ふ「能力」がなくなつてしまふ!
テオが「能力」と云つたのは、動物本來、人を警戒するもので、仕舞ひにはだうしても愛せぬ、アンチ人間の儘の野生動物が、それこそ動物界の大半を占めてゐる。その中で、愛玩動物として、人の傍らに侍ること何千年、その「能力」のお蔭で、人間と猫は親睦を深めてゐる、からである。
テオはまだ氣が向いた時に「パトロール」を續けてゐる。半年ほど前の話-
「ふぎゃーお!!」また被害猫だ! テオが駆け付けると、雄猫、相当な「野良つぷり」を誇る、逞しい奴が、トラップに掛かつてゐる。テオは、取る物も取り敢へず、安保さん製作の、トラバサミから猫を外す装置(特に名付けてはゐない)で、彼を助けた。
* 当該シリーズ第14話參照。
【ⅱ】
「有難う」とも云はぬ- 假に「野良」とでも呼ばう、その猫。「不愛想な奴だな」とテオは思つたのだが、まあ應急処置、と云ふ事で、事務所に- するとロボット番犬、タロウが盛んに吠え立てる。「タロウくん、だうしたんだ?」とテレパシーで、問ふ。すると「【魔】、デスヨ。ておサン」とのタロウの答へ。
なんとテオ、猫形の【魔】を救つてしまつたのである。「だうした?」タロウの吠え聲を聞いて、じろさんが出てきた。「實は、かくかくしかじか、で」と説明すると、じろ「怪我してるぢやないか。【魔】とて敵對するだけが能ではないよ。テオどん、助けてあげなさい」
他でもないじろさんの云ふ事である。じろさんは、動物の味方なのである。何となく、感激し、テオは結界を突き破つて、その「野良」を事務所に引き入れた...
【ⅲ】
そんなエピソオドが、半年前にあつた。で、でゞこ、人知れず孕んでゐて、仔らを産んだ。おい、作者! そこんとこそんなに淡々と語るなよ!! テオの怒り、ご尤も。なんと、事務所に入れた(ほんの半日程度の時間しか、彼はゐなかつた)短時間の間に、【魔】の「野良」は、でゞこと交ぐはつてゐたのである! これにはじろさんも「やられたな、テオどん」。
だが、でゞことしては、猫の本性に従つた迄の事。テオに寄せる氣持ちとは別口に、♀猫なら、他の猫と交じるのも、大いにあり、なのである。忸怩たるテオ。だが、だが...
【魔】は、許せん! テオ、PCに向かひ、猛然と仕事を始めた。猫形を取つた【魔】-「ニュー・タイプ【魔】」-あつた、これだ! だうやら「孕ませ屋」なる【魔】が、猫に變化して、でゞこにちょつかいを出した、らしい。
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〈愛ありて不透明さに立ち惑ふ魔道ぽつかり口開けてをるわ 平手みき〉
【ⅳ】
テオは「相談室」に入つた。カンテラ「【魔】に、やられたつてな、テオ」-「さうなんです。意趣返しを頼んでもいゝですか、兄貴?」‐「子供たちはだうする?」-「僕と、でゞちやんとで、育てますよ。【魔】の仔、であつても」-「よし。誰を斬ればいゝ?」
テオは最近の「パトロール」の最中に、例の「野良」を目撃してゐる。まだ、猫形をして、盛んに(季節外れな)戀の罠を、近隣の♀猫に仕掛けてゐる、らしい。
今日は流石に聲を掛けた。「やい、貴様が『孕ませ屋』だつて事、僕は知つてるぞ。いゝ加減猫の振りは已めて、本性を現はせ!!」
【ⅴ】
どろん! と猫から人間型に立ち戻つた「孕ませ屋」、「これでいゝのかよ?」飽くまでふてぶてしい。だがその姿は、猫耳を着けた(何故か)上半身裸の中年男、で、ほゞ變態である・笑。カンテラがぬつと顔を出した。「貴様の氣紛れで泣く猫もゐる。成敗!」‐「しええええええいつ!!」
「孕ませ屋」、「俺の子たちが、お前、たちを、...ね、ら、ふ」ガクっ。息絶えた譯だが、その呪ひの言葉は、カンテラ・テオの耳に殘つた。
【ⅵ】
と云ふ譯で、テオ、一氣に四児の父となつてしまつた。でゞこは、「パパよー」と云つて子供たちをあやす。泣き笑ひのテオ、であつた。
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〈夢見てた水鉄砲を構へし儘 涙次〉
で... これつて一件落着つて云ふの? テオは、「孕ませ屋」の子供を得て、更に依頼料を払ひ、で散々。テオ、父を知らずに、父となれるか? まあ見守ると致しませう。ぢやまた。