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第一話:掃除係の四天王

──魔王城・西翼回廊。


早朝の魔王城は静かだった。

外の空には朝焼けが広がり、淡い橙色が塔の影を長く伸ばしている。

城の一角、人気のない廊下に、シュッ、シュッ……と心地よい音が響いていた。


床を磨くモップの音である。


「……うん、今日も床はピカピカだな。俺のスマイルがとても映えている……」


しゃがみ込んで自分の顔を床に映していた男が一人。

魔王軍最高幹部である四天王の一角、第四将——ゲイル。

肩に雑巾を引っ掛け、バケツ片手に魔王城を掃除する四天王である。


肩書きだけならば、世界の脅威を率いる幹部級の存在。

しかし現実には、軍を持たず、率いているのはメイドと執事だけ。

与えられた任務は、主に——城の清掃と魔王様の給仕。


「戦争より掃除の方がずっと難しいぜ。魔王軍はもっと衛生観念に気を遣うべきだ。……ハァ。オウガさん、タイル2枚ずつ割って歩くのやめてほしい……」


ぼやきながら魔法でタイルを修正し、ついでに壁の飾りを整え、気になった埃を指で弾き、まるで自宅のように自然な所作で歩き回る。


 と、そんなときだった。


「ゲイル」


「ぅわっ!? ……魔王様!? ちょっと! 音もなく背後に立つのやめてくださいって。忍者ですか」


 振り返ると、そこには黒のドレスを纏った小柄な少女。

 金の瞳に漆黒の髪、端正すぎる顔立ち。幻想から抜け出したかのような可憐なその姿こそ——魔王である。


「忍者って何?」


「俺もよく知らないですけど、たぶん壁とかから生えてくる人種っす。……てかなんで魔王様がこんな早朝に……」


「なんとなく。廊下の光り具合、気になって」


「世にいる姑でもこんなに気しないですよ……!」


魔王はすっ、とドレスの裾を器用にたたみ床に腰を下ろした。


「この床、先週より1.3%光ってる。いい仕事ね」


「細かいな!でも先週より改善できている事が嬉しい!」


「ああ、でもこの部分、12%汚れている。全然ダメね、精進しなさい」


「魔王城の週次の汚れ具合をインプットできている魔王様の脳みそはスーパーコンピューターですか!?」


「スーパーコンピューターってなに?」


「海より深いスケールの脳みそみたいなもんですよ」


「……暗に私のことを頭でっかちの女と表現してる?」


「そんなわけないですよ!大きさは例えですよ、例え!……フゥ。お茶でも淹れますよ」


ゲイルはモップを片付け、キッチンへと移動した。

手を丁寧に洗い、棚からジャスミンティーの茶葉を取り出す。

お湯の温度、抽出時間、湯呑みの温めまで抜かりなくこなす姿は、掃除係ではなく一流の執事のようだった。


その間、魔王は椅子に座ったまま天井のモザイク模様を見上げていた。


「お待たせしました、魔王様。今日はジャスミンでございます。ほのかに甘みを残すように煎れてます」


「ありがとう。ゲイルのお茶、好きよ」


「やだなぁ、照れますよ」


魔王はコップを持ってちびちびと飲む。

ゲイルはその横でスケジュール帳を取り出し、朝の掃除スケジュールメモを再確認する。

穏やかで優しい沈黙が広がる。


窓から静かに吹き込む朝の風の音と、お茶の香り。

世界から恐れられる魔王軍の朝とは思えぬ、あまりにも平和な時間だった。


 


「……ところで、昨日の会議。セレン、ちょっと怖かった」


魔王がふいに口を開く。


「ああ、はい。あの人、魔王様のことになるとIQが100くらい下がるんで。『魔王城における魔王様専用の緊急避難経路の導入について』の議題のために1000ページにもわたる資料を用意するのは彼女だけでしょう」


「私がこの世で一番強いから。避難なんて必要ない」


「まぁ、それはそうです。仮に魔王様の脅威が現れたとしたら、それは魔王城の機構のスケールから外れる存在になるわけですから、避難経路どうこうの話ではないですからね」


ふぅ、とゲイルは息をつく。


「一歩間違えると宗教ですね。“魔王様は今日も麗しい”とか日報に書いてるかもしれませんよ?」


「それなら……ちょっと読みたい」


「読みます!? てっきり引くと思ってた……」


魔王は少し笑いながらコップを傾けた。


「でも、セレンは頼れるわ。だからこそ四天王の第一将としてお願いしている」


四天王の第一将。

四天王とは、魔王軍の最高幹部の総称であり、第一将、二将、三将、四将の順で序列がある。

第一将とは、魔王軍のNo.2ということになる。


「そこはほんとっすね。一番の“忠臣”ではあると思います。実力は同じ四天王のオウガと並んで魔王軍最強、カリスマ性もある」


「うん。……でもオウガとは仲良くしてほしい」


セレンとオウガが仲良く手を取り合う。それは世界の空と陸が逆転してもあり得ない、ゲイルは思う。

だが、あえて口には出さず、静かに頷いた。


「それにしても、オウガさんは上手くやっていそうですかね」


先日の軍事会議にて、同じ悪の勢力である冥界軍への攻撃が決定した。

オウガ軍を冥界軍の本拠地へ最速で進軍させ、短期決戦で冥界軍首脳を叩く作戦である。

本来、同じく善勢力と敵対する『同僚』のような立ち位置であったが、ここ数年で勢力を伸ばし続け、無視できない存在となってきた。

魔王軍と冥界軍とで首脳対話はこれまで定期的に行なっていたが、最近は魔王の呼びかけにも一切答えていない。

ただひたすら善勢力の土地を喰らい続けている様は、本能のままに肉を貪る獣のようである。


そんな冥界軍を叩くために派遣するオウガ軍は数こそ決して多くないが、平均戦闘能力なら魔王軍随一と称される"覇王衆"を率いる。特に今回のようなゲリラ作戦では大きな力を発揮する。


オウガさんに限って不覚を取ることはないだろうが……。

そう思いながらゲイルは冥界軍の不気味さに僅かの不安を募らせる。


「オウガなら心配ない。彼が負ける姿は思いつかない」


「まあ、戦闘に関してはあの人が一番頼りになりますからね」


以前に彼が鍛錬でこの一帯の地面殴り続けてたら地殻変動が発生し、魔王城を倒壊させかけた事件を思い出す。あんな芸当は脳筋ゴリラことオウガにしかできない。非現実的なエピソードを思い出し、募らせた不安が消える。


「それに、ヨールも同行するし、問題ない」


魔王がそう問うと、ゲイルはうんざりした顔になった。


「ヨールさんは絶対面白そうだから付いて行っただけでしょ。口が上手いからオウガさんとは上手くやっているようですけど」


「ふふ、オウガとヨールのコンビは好きよ」


「まあいいですけどね…。それよりも、四天王のうち2人がいない状態を俺は憂いています」


「なんで?」


「や、俺は魔王城の世話役ですよ。何かあった時はセレンさんしか頼る人がいないのは……」


「何かあったらゲイルがモップで私を護ってね」


「任せてください!モップに魔王様を乗せて一緒に逃走します!」


クスリと魔王が笑う。

穏やかな時間。言葉の裏には互いへの信頼が流れている。

必要以上に語らずとも、ちゃんと伝わるものがあった。


暫くして、魔王は私室へ戻り、ゲイルは掃除を再開した。

主人のお眼鏡に適う清掃状態を目指すために、四天王最弱の男は今日も奔走する。

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