表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

序章:歪な静寂の中で

——世界は、「善」と「悪」という二極の力に引き裂かれていた。


天に在すは、天使たち。

地を統べるは、魔王軍。


信仰と破壊。

救済と脅威。

この世界にとって、あまりに明確すぎる構図。


——にもかかわらず、戦局は常に曖昧だった。


互いに攻めるでもなく、守るでもなく。

衝突の火種はあれど、大きな戦争にはならない。


不思議な“静寂”が、長く続いていた。


 


──魔王城・黒鉄の玉座の間。


真夜中のように重い天井。黒曜石で組まれた壁。

その奥深くにある、円卓の間にて、魔王軍四天王が集っていた。月に一度の軍事会議である。

静寂の中、玉座の主が瞼を開いた。


白磁のような肌に、淡く光る金の瞳。

小柄な身体に豪奢な黒のローブを纏い、足を組むその姿は、まるで幻想の中の姫君のようだった。


だが、誰もが知っている。

この少女こそが——《魔王》であると。


「……冥界軍は、線を越えた。今、手を打たねば、やがて此方が呑まれる」


その声音は静かで澄んでいて、風鈴のように美しい。

けれど、なぜか背筋を凍らせる重さがあった。


誰一人として、その言葉に逆らえない。

たとえ力で勝てる者がいたとしても、“否”と言えぬ威光がそこにはある。


「魔王様のお言葉は、すなわち勅命です」


魔王軍第一将・セレンがひざまずき、薄く笑う。

白銀の髪がさらりと揺れ、龍の紋様が入った漆黒の鎧が煌めいた。

その妖しくも美しい容貌は、人ではなく——龍と人の血を引く、彼女だけが持つ威容だった。


「直ちに軍を展開し、冥界境界線へ布陣させます」


「勝手に決めるな、セレン」


ぐわり、と重い声が飛ぶ。

第二将・オウガの肩が鳴るたびに、会議の床がきしむ。


「魔王様がそう言ったのは分かる。だが俺は納得してねぇ。

 冥界軍が精霊軍の領域へ侵攻? 知ったこっちゃねぇよ。それよりも、人間軍のクソ勇者共を蹴散らすために俺の“覇王衆”の進軍許可を許せ」


セレンが立ち上がる。


「あなたの部隊は最前線でこそ真価を発揮する。今回も同じ——」


「黙れ、半人の薄汚れた血が」


「……」


ピリつく空気。


そのとき——


「でもさ、オウガさん」


空気を読まない声が、入った。


「冥界軍って、大地の善なるマナを喰らい“力を吸収する”って噂、ありません?あれ、もし本当だったら……“力を求める”オウガさんにとって、願ってもない相手っすよね?」


ぽんと手を叩きながら話すのは、第四将・ゲイル。

茶菓子の入った盆を抱えながら、にこにこと笑っている。


「冥界軍、倒したら倒しただけ、強くなれるかもしれませんよ?」


 オウガの目が細くなった。


「……ほう」


 隣で、ヨールが怪しく笑う。


「ふふ、それは確かに一理あるね。冥界軍が独自に扱う“腐敗の力”……うまく取り込めば、新たな力を得られる可能性はある」


「実際、やたらと勢力の成長速度が早い。我々魔王軍と肩を並べるほどまできている。今のうちに潰さないと、魔王軍の脅威となり手遅れになる」


セレンが、ゲイルを一瞥しながらうなずいた。


「“暴れる理由”が欲しいなら、いくらでも用意するわ。貴方が前に出るなら、私の部隊も支援する」


数秒の沈黙ののち——オウガが立ち上がる。


「……チッ、魔王様の命とあらば、逆らえねぇのは分かってる。だがテメェのしょうもないアヒル部隊は不要だ。俺の“覇王衆”だけが出る」


巨大な拳を鳴らし、鼻息荒く言い放つ。


「だがやるなら徹底的にやる。冥界の連中、根こそぎ潰す」


オウガは鼻を鳴らすと、豪快に立ち上がった。

その巨体が振り返りもせず、無言で扉の向こうへと消えていく。

足音だけが、会議場に重く響き続けていた。


「フフ……頼もしいですね。オウガさんの軍で事足りるでしょうが、オウガさんに怒られない程度に後方支援しておきますよ。よろしいですね?セレン嬢」


「……ええ」


ヨールは席を立ち、マントを揺らしながら会議場を後にする。

その笑みは、まるで“何かを仕込んだ者”のように意味深だった。


セレンは一瞬だけゲイルに視線を向けた。

その瞳には熱も冷たさもなく、ただ、何を考えているのか測りかねる無機質な色が宿っていた。

そして次の瞬間には魔王へと向き直り、恭しく一礼して、無言のまま部屋を後にする。


——そして、部屋に残ったのは、ゲイルと魔王、そして床に転がった茶菓子だけ。


「……魔王様。俺、適当なこと言っちゃいましたけど、よかったんすかね」


ゲイルが頭をかく。


魔王は、彼にだけわずかに微笑んだ。

それは、誰も見たことのない、少女らしい表情だった。


「……きっかけが必要だっただけ。貴方の言葉は、十分に力を持っていたわ」


「……それ、なんか意味深っすね〜。んじゃあ魔王城の掃除部隊の指揮とってきますわ」


とぼけた笑顔の裏に、誰も知らない力が潜んでいる。

それに気づいているのは、この魔王だけだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ