挑戦する奴がバカなのか、それでも挑む奴が正しいのか
教室が放課後の静寂に包まれる頃、夕陽が窓際の席に差し込んでいた。オレンジ色の光が机の上を照らし、微妙に消しゴムのカスが輝いている。この席は、火之下 焔———俺にとっていつもの場所だ。もっとも、夕陽を眺めて物思いにふけるなんて、青春ドラマの主人公じみたことをしているわけじゃない。
いや、実際にはそう見えなくもないが、俺の頭の中はもっと現実的だ。どう夏休みをを充実に過ごすか、いやその前に今日の晩飯はカレーがいいか、ラーメンがいいか……そんなことを考えていた。
「なあ、焔。またいつもの深刻そうな顔で暇してんのか?」
隣の席から、俺の同級生の薫が声をかけてきた。薫はスマホを片手に、あくびを噛み殺している。こいつの特徴と言えば、常に気だるそうでありながら、どこかで新しい刺激を欲している顔だ。
「暇って言うなよ、俺なりに忙しいんだ。」
「嘘つけよ。その窓際ポジから見るに、どうせ夕陽を眺めて「俺も自由になりてえ」とか思ってるんだろ?」
こいつ、本当に人の心を読んでるのか?
「暇そうなのはお前も同じだろ?」
俺は窓から視線を外し、淡々と答えた。
「まあな。でも、今日はちょっとした予定がある。」
そう言うと、薫は手に持ったスマホの画面をこちらに向けてきた。そこには独自の世界観で人気のVRMMORPG「ナイトライズ」の最新アップデート情報が表示されている。
「またナイトライズかよ、お前ほんとそのゲーム好きだな。」
少し呆れたように言う俺に、薫は肩をすくめてみせた。
「安定してんだよ。敵も手応えあるし、イベントもそこそこ面白い。でもお前は、どうせまぁた別ゲーに手を出してるんだろ?」
その言葉に俺はニヤリと笑う
「まあ…最近、気になるゲームがあってな。」
「なんだよ、その気になるゲームって。」
「「アーク・エクリプス」だ。」
その一言で、薫の表情が一変する。
「アーク・エクリプス?おいおい、マジかよ。あのVRMMOの新作だろ?確かに話題になってるけどさ…マジなの?」
「マジだ」
俺の答えはシンプルだった。しかし、その答えを聞いた薫は額に手を当てて天井を見上げる。
「はあ……まあ、お前がそう言うなら止めないけどさ。覚悟しとけよ?」
俺が「とっくに覚悟してるよ」と言おうとした矢先、背後から明るい声が聞こえた。
「またゲームの話してるの?」
その声を聞いて振り向いてみると、俺との同級生+ゲーム仲間の美羽が立っていた。美羽はいつもの明るい笑顔を浮かべている。
「美羽、お前も新しくなんかやってるのか?」
薫が尋ねると、美羽は元気よく頷いて…
「もちろん!アーク・エクリプスにすっごいハマってるよ!」
「マジかよ!」
「美羽が難易度高めのゲームをやるなんて、珍しいな。」
「そうだよ!あのゲーム、課金要素ゼロで実力主義だから燃えるんだよね。それに、まだ誰も倒してない最強のモンスターがいるんだよ!」
「誰も倒してないモンスター?」
俺が問い返すと、美羽は喜々として説明を始めた。
「そう!そのモンスター達は「出会えるだけでも奇跡だ」って言われてて、倒したらゲームの世界に大きな影響を与える特別な報酬がもらえるかもなんだよ……でも出会ったら最後、ほぼ全滅確定なんだって。」
「へえ…それは興味深いな。」
俺の心に火がついたのが自分でも分かった
「だから、挑戦するには覚悟がいると思うよ。」
二人とも覚悟しろって言ってきたな
俺がそう思った時、教室の扉が開き、金髪に青い瞳の留学生…ソフィー先輩が入ってきた。
「やっほ〜みんな、何の話してるの?」
先輩は、軽やかに手を振りながら近づいてきた。
「ソフィー先輩!今、アーク・エクリプスの話をしてたんですよ!」
先輩の登場にいち早く反応したのは美羽だった
「ああ、あのゲームね。私もやってるわよ。実は発売日からずっとプレイしてるの。」
「マジですか!?先輩も、アーク・エクリプスやってたんですか?」
薫が驚いて聞くと、先輩は自満々に頷いた。
「もちろんよ。それどころか、私はトッププレイヤー帯にいるの。」
「トッププレイヤー……!?」
俺とは思わず声を揃えて驚いた。
「ちなみに私もトッププレイヤーだよ!(確証なし)」
美羽…何しれっと言ってんだよ
「けどあの難易度のゲームで、トッププレイヤーって相当ですね…」
薫はそう言って感心していたが、先輩の反応は違った。
「そうじゃないわよ、あのゲームはただ難しいだけじゃないわ。しっかり努力すれば誰でも強くなれる。理不尽じゃなくて、公平な設計がされてるの。」
「公平な設計、か…それなら挑戦しがいがあるな。」
俺の胸に、新たな決意が湧いてくる。先輩はそんな俺を見て微笑んだ。
「もし始めるなら、一緒に遊びましょう。百聞は一見に如かず!きっとたのしいわよ」
「はい、そうします。」
こうして俺は、世界最高峰の神ゲー「アーク・エクリプス」への挑戦を決意したのだった。