ドジっ娘メイドは、最強なのです。 〜 お茶を運ぶだけの簡単な仕事が出来ません 〜
「────お茶を運ぶだけの簡単な仕事も出来ないのか!」
ヨヨョ……今日も御主人様にお叱りを菊池・グリンティと申します。
お茶を運ぶ絡繰人形が誕生して四百年。技術の進歩はお茶を運ぶだけに留まらず、お茶を淹れるロボ、炊事の出来るロボ、洗濯出来るロボ、お掃除ロボなど数多のロボが開発された。
私は家事全般をこなす事の出来る最新式高性能メイドロボ・ヤブキタ型のはずでした。しかし製品チェックの際に、警備護衛ロボ・ヤブサメ型のデータがインストールされてしまいました。
何度も言いますが、最新式のメイドロボだったはずなのです。一度プログラムを落とし込んでしまうと、各部位に埋め込まれた記憶回路を回収して設置し直す必要があるのです。
私を造った浦上博士は、技師でありながら非常に面倒臭がりなのです。間違ったインストールを直すのが面倒になって、学習回路を後付けして納品してしまったのです。
そして御主人様は浦守博士に輪をかけて面倒臭がりで短気な方でした。待ちに待ったメイドロボがようやく納品された‥‥その矢先に不具合などあるわけないと、断固認めようとしません。
私を返品して、データの再インストールを行うためにかかる期間は、最低でもひと月はかかります。短気な御主人様が待望のメイドロボを手に入れて、そんな長い期間を待てるはずがありませんでした。
幸い私には、後付けの学習回路があります。模範となる人物の所作を繰り返し学ぶ事で、ヤブサメ型には本来備わっていない行動を学ぶ事が出来ます。
悪人一人を抑えつけ斬りつけるより、お茶汲みなどお茶のこさいさい……のはずでした。モデルのもとになる対象が、ポンコツ家事能力しかない御主人様なので、私の高性能な学習能力は一向に向上することはありませんでした。
「ええぃ! 僕をディスるな! 家事が苦手だから最高品質のメイドロボを頼んだんじゃないか」
オオゥ、御主人様に、正論でぶった切られましたわ。盗っ人をぶった斬るのが得意なヤブサメ型の私が、まさか御主人様に切られる事になるとは予想外でした。
「妙な言い回しばかり学習するんじゃない。それより砕いた湯呑みを片付けるから、そこをどけ」
大変遺憾ながら、家事の苦手な御主人様に、私のミスの後始末をお願いする羽目になりました。
高性能の学習プログラムを持つ私‥‥菊池・グリンティよりも、御主人様の家事能力と後始末スキルの能力の向上の方が早い気がするのは気の所為でしょうか。
無料返品交換さえお受けしてくだされば御役に立てるのに‥‥。いえお詫びも兼ねて博士に頼み、ヤブサメ型の機能を搭載したまま、スーパーメイドロボ、ヤブキタ型菊池・グリンティとして再誕出来ますのよ?
「お前は高性能ロボのくせにバカか?」
酷い暴言を御主人様から賜りました。テレビの娯楽番組で拝見した、ヤバイよ〜の方の真似をして、側頭部を親指でトントンします。ドヤ顔でお楽しみのところに残念ですが、御主人様‥‥指が違いますよ。それに言葉の強調性とリズムが平凡過ぎます。
「その指摘は余計だ。まったくお前は最高のメイドである自覚はないのか」
仰る意味がわかりません。御主人様が壊れたのでしょうか。もともと御主人様は、短気で面倒臭がりという設定のはずです。私の数々のやらかしに対して、寛容度MAXなのがおかしいのです。
それにお茶っ葉を湯呑みに入れて、水道の水を満杯にして運んで来たのに、ニコニコ眺めてるだけでした。盛大に転んだ私を助ける為に、顔中茶葉塗れになったのに‥‥。
警備護衛ロボ・ヤブサメ型菊池・グリンティの名にかけて、御主人様の顔に湯呑みがぶつかり怪我をさせるような不始末だけは避ける事が出来ました。音速を超える速度で弾かれた湯呑みは砕け散りましたが、御主人様の生命は守りきったのです。
────いわゆる私のようなメイドロボは「ポンコツ」 とか「ガラクタ」 と呼ばれるもの。博士の不手際で誕生してしまった悲しきロボットの成れの果てなのですよ‥‥ヨヨョ。
「ええぃ、駄メイド! その嘘くさい演技をやめろ。僕は風邪を引きたくないから風呂に入る。侵入者の迎撃はお前に任せるぞ」
────イエス、マイ・ロード!
流石は御主人様です。私がもっとも得意とする侵入者の撃退を任せて下さいました。気を利かせて氷を投入した水が冷たかったのでしょうか。御主人様はガチガチと震えていました。
幸い冷たい氷水は全て御主人様が愛情を持って、顔面と御召物で受け止めて下さいました。砕け散りました湯呑みの破片も、御主人様が片付けて下さり、書斎は無事です。
御主人様の信頼と期待に応えるためにも、私は私の務めを果たさねばなりません。
御屋敷の塀を軽々と乗り越えて、白昼堂々やって来たのは、四足歩行の毛だるまの生命体。彼らは我が物顔でお庭に侵入して来ては、御主人様を悩ませる魅了ボイスを発します。
私が庭先へやって来るとフンッと鼻を鳴らし、甘えた声から警戒と威嚇のシャーッという怒声へと切り替えます。
侵入者のくせに、なんてふてぶてしい態度なのでしょう。私はメイドロボとはいえ、この屋敷の管理という役目を任されたもの。侵入者に威嚇されて、いちいち怯んでいては警備護衛ロボ・ヤブサメ型の名折れ。いざ────尋常に勝負です。
小柄な体格に、四足歩行という安定感。肉に喰らいつくのに向いた口と、やわな皮膚を衣服ごと裂く爪。何よりこの恐るべき侵入者の敏捷性はヤブサメ型と遜色ない速さを誇る。
私は知っているのですよ。甘え、懐く姿は仮のものだと。その正体は闇の狩人ロボ・ネコ型キャットフットだと。
なんて華麗な身のこなしと、フットワークなのでしょう。速さは互角のはずなのに、人型である私とネコ型であるキャットフットでは、体格に差があり過ぎるのです。
「ギニャーーーァァァ!」
「ニャフンッ!」
おっと、ネコ型ロボの口癖が移ってしまいました。この侵入者────いえ快楽党キャットフットは、捕らえようとする両の手を掻い潜り、私のおでこに刻印を刻みました。
グヌヌッ‥‥なんて素早いのでしょうか。捕らえた瞬間、靭やかに体を入れ替えて、私のおでこを踏み台にして逃れたのです。
全身を逆毛立てて、弓なりに身体をくねらせて威嚇するキャットフット。小さな身体でなんという迫力なのでしょう。そして御主人様、洗いに行ったお顔に泥を塗るような一撃を受けてしまい、申し訳ありません。
失態を重ねる私を嘲笑うように、快楽党キャットフットは欠伸をしました。どういうフェイントだったのでしょうか。この計算された気まぐれに、何度騙された事か。
────イタッ?!
「何度も何もお前は先週届いたばかりだろうが。まったく……にゃんこ丸に、ご飯も満足にあげられないのか」
素っ裸にバスローブで身を包む御主人様が私の背後に仁王立ちしていました。震えながら御主人様が私背後から脳天チョップを繰り出したのです。
高性能の警備護衛ロボ・ヤブサメ型である私ですが、御主人様に対しては敵感知レーダーが使用不可となっています。そして高性能ゆえに、メイドロボ達には人と同じ肌感覚が搭載されています。
つまり‥‥背後からの不意打ちチョップは、痛いのです。
「このバカ力メイドが。お前がガスの.元栓を閉めたせいでお湯が出なかったではないか!」
御主人様が素っ裸で外に出て来たのは肉体美を誇るためでも露出狂でもなく、私が安全性を高めるために閉めたガスの元栓を開けるためでした。
スピードはキャットフットと互角でしたが、パワーでは警備護衛ロボ・ヤブサメ型が圧倒的に上なのです。ガスの元栓ごとき溶接したようにキッチリ締めてあげますわ。
「余計な真似だけ覚えおって。もうよい、にゃんこ丸のご飯は僕がやるから、お前は顔を洗って傷の手当てをしてこい。ガスの元栓を開けるのも忘れるなよ」
ニャンということでしょう。御主人様の介入がなければ、この戦い私が負けていたとでも?
「ニャニャン♪」
勝者の雄叫びか、キャットフットが御主人様手ずからのキャットフードを食べて声をあげる。
くやじぃぃ────屈辱です。侵入者に敗北の印を額に刻まれた挙げ句、御主人様の関心まで奪われるなんて。
これは博士のもう一つの失態かもしれません。猫耳ロボにしておけば、名実共に最強でしたのに。
「お前の萌にそんな要素は求めていない」
落ち込む私に、心優しい御主人様がお声をかけて下さいました。
萌……? 御主人様が私をお求めになったのは、身の回りの世話をする者が必要だっからではないのですか。
キャットフットに痛めつけられた傷口が痛む。痛覚までも再現された高性能のメイドロボ。機械で出来たこの身体なので病の心配はいりません。
ですが、をたしにも、菊池・グリンティとしての誇りというものがあります。
「にゃんこ丸に負けて悔しいのはわかったから、早くそのガスの元栓を開けてくれ」
まだ私の本気を見せていないと言うのに、御主人様は懐疑的な目で私を見てきて不愉快です。
ハラハラしながら御主人様が私を見つめてきます。ですが残念ながらお約束は起きませんよ?
ガスの元栓がきっちり解放されると、くしゃみをしながら御主人様はいそいそとお風呂場へと向かいました。
「あなたとの勝負も、まだ終わっていませんからね。覚えてなさい」
ご飯を食べ終わって満足そうに毛づくろいをするキャットフット。御主人様が止めていなければ、間違いなく私の勝ちだったはずなのですから。
────ピンポーン♪
闘志を燃やしていると、来客を知らせるチャイムが鳴りました。門扉から正規の手続きを経てやって来るものは、御主人様の客人でしょうか。
私は家の中に戻ると、インターフォンに映るモニターをチェックします。そこに映し出されていたのは、浦上博士でした。
まさか、キャットフットとの戦いをご覧になって、博士も私の負けと思って回収に来たのでしょうか。
御主人様はいま湯船の中で、ご機嫌に鼻歌を歌っているところ。二人に結託される前に、博士にだけは真実を伝えておかねばなりませんね。
解錠キーを開けて、私は博士を迎え入れた。きっと我が子のように愛する私を心配した親のような気分で、いてもたってもいられずやって来たのでしょう。
「いや、違うし。ずいぶんと独創的な成長をしているようだね」
何を持って独創的と仰るのやら。私にはわかりかねますが、博士は案内された応接室のソファに腰をかけると、しきりに感心してブツブツと独り言を呟いてあおました。
心配でたまらないのに、研究者として格好つけなければいけない心中お察しします。ここはひとつ私の働きぶりを見せて安心させてやらねばなりません。
「────お茶をお持ちしました」
なんでしょうか。メイドロボには未来を予知する力もあったのでしょうか。お茶を運んで来た私は、敬愛する博士の顔面へ向けて、お茶を浴びせる姿しか浮かびませんでした。
────バシャ!!
浦上博士……あなたのお造りになった、高性能メイドロボの謡文句は伊達ではありません。氷水漬けの茶葉は見事に博士の顔面にヒットしました。
せっかく来訪された博士には、たっぷりとサービスしようとラーメン丼ぶりで提供したので、びしょ濡れです。
「‥‥君はお茶を運ぶだけの簡単な仕事も出来ないのか」
どこかで聞いたセリフを博士からも聞くことになりました。ちなみにラーメン丼ぶりは無事に私が受け止めて成敗しました。
ずぶ濡れにはなりましたが、博士の生命は無事です。警備護衛ロボ・ヤブサメ型菊池・グリンティとして、完璧に仕事をこなせたようで満足です。
「まったく金持ちの趣向というのは度し難いね。風邪を引きたくないから着替えを借りるよ」
「それならば先に濡れた身体を温めて下さい」
幸いにもお風呂は沸いたばかり。私は濡れた博士の服を預かり、お風呂場の行き方を教えました。着替えは後で持っていけば良いでしょう。
水浸しの客室と砕けたラーメン丼ぶりを片付ける使命のために、私部屋に残りました。
────うぎゃぁぁぁぁ?!
────うわぁぁぁぁぁ!?
御主人様と浦上博士の叫ぶ悲鳴が同時に聞こえました。なんてことでしょう。私の敵感知レーダーを掻い潜り、侵入者はすでにこの御屋敷に入り込んでいたのです。
警備護衛ロボ・ヤブサメ型菊池・グリンティ一生の不覚。御屋敷内で御主人様と育ての親たる博士を失うわけにはいきません。
戦闘現場に急行しました。何やら見ないでぇーーっ、と叫ぶ二人の声が響きます。流石は御主人様自慢のお風呂場。声の響きが違います。
「グリンティ!! このクソメイド!!」
「グリンティ!! 計ったね!!」
何度も申し上げているではないですか。私菊池・グリンティは、学習プログラムを後付けされた高性能メイドロボであると。
御主人様のもとに届けられて一週間後、浦上博士が来訪することは決まっておりました。
御主人様と博士を喜ばせるために私が出来る最適な行動を取ったまでです。
……それにしても未だ解せません。
御主人様は僕呼ばわりする僕っ娘です。浦上博士は付け髭と眼帯を愛着する若い男の子です。
若い男女が思いもよらぬ形で出会った時に、何故喜びではなく悲鳴をあげるのでしょうか。
また強く恥ずかしがっているのが博士で、御主人様はすでに新たな嗜好を見つけたケダモノのような目になっております。
いずれにせよ、私菊池・グリンティは御主人様のために精一杯仕えるまでです。
泣きながらお風呂で身体を温めて、御主人様に用意してもらった服を着て博士はお帰りになりました。
ハプニングについては、御主人様には大変喜んでいただきました。ただ、ソファが水浸しのまま放置されていたことと、お気に入りのラーメン丼ぶりが粉々に砕けたことで力なくうなだれてました。
面倒見のよく辛抱強い御主人様に出会うことが出来て、私菊池・グリンティは幸せでございますよ。
お読みいただきありがとうございます。
この作品はバンダナコミック01用投稿作品となります。