みんなに愛される完璧令嬢ビオレッタの愛
ビオレッタの愛称がビオラです。
「ビオラ、今度歌劇を見に行こう」
「いや、ビオラは僕と一緒に新しく出来たレストランに……」
ビオレッタ·ラルヴィスという少女は、今日も夜会でいろんな男性に誘われていた。
豪奢な金髪を翻し、眉尻を下げ、少女は申し訳無さそうに告げる。
「皆さんのお申し出、とてもありがたいのですがわたくしには愛する王太子殿下がいますので、すみません」
ビオレッタの困ったような顔に、男共は沸き立った。
「王太子殿下は貴方のエスコートもせず男爵令嬢と遊び呆けているではありませんか!」
「……それでも、わたくし彼を愛しておりますの。それでは、ご機嫌よう」
彼女は堂々と歩いた。それに気圧され、ビオレッタを囲んでいた男性陣は道を開ける。
そうして、辿り着いた先でシャンパンを嗜む彼女に、今度は令嬢が群がった。
「あの、ビオレッタ様。私の領地で新種のフルーツが採れましたの。是非お越しくださいませ」
「あら、今度お邪魔させて頂くわね」
「ビオラ様、私最近ハンカチーフに刺繍するのに凝っていますの。ビオラ様さえ宜しければ贈ってもよろしいですか?」
「楽しみに待っているわ」
ビオレッタのにこやかな笑みに、令嬢達は黄色い歓声を上げた。令嬢達は候爵令嬢、子爵令嬢など身分はバラバラだ。しかし『ビオレッタを愛している』という一点で固い絆で結ばれている。
ーーそう、ビオレッタは所謂総愛されという待遇を受けていた。彼女が微笑みかければ皆が恋に落ちる。老若男女問わずこの国の者たちは一度はビオレッタに恋に落ちていると言っても過言ではないだろう。
ビオレッタは、ふわふわとした金髪に、碧眼を持っている。その美しい、と形容すべき容姿に男性陣は心臓の高鳴りを感じ、女性陣はその冷ややかにも見える容姿が笑ったりして崩れた時に顔を赤らめるのだ。
彼女の魅力は、そこだけに留まらない。学園では今現在まで首席を取り続け、授業等で提出した論文は頑固者として有名な言語の先生を泣かせる程に素晴らしい出来で、数学に関しては新しい公式を作り上げてしまった。
武芸も秀でていて、卒業後は騎士団に所属しないかと騎士団長直々に誘われているほどである。
そんな、完璧で皆に愛されているビオレッタの目下の悩みは、婚約者である王太子殿下の心変わりだった。
完璧な彼女と凡庸な自分を比べて劣等感でも彼は感じていたのか、彼は男爵令嬢と出会ってあっという間に傾倒してしまった。
愛する王太子殿下の心変わりに、夜会だというのにビオレッタはため息を一つついてしまった。そんな憂いを帯びたビオレッタの顔に、夜会中の人間がほぉと息をつく。
静かな空間が流れていた時、乱雑にドアが開けられる音がした。
そこには男爵令嬢を侍らせた王太子殿下がいて、ビオレッタがカーテシーをする前に無作法にも声をあげる。
「ビオレッタ·ラルヴィス! お前との婚約を破棄する!」
「理由を伺いましても?」
愛する王太子殿下に婚約破棄を告げられても、冷静さを失わずビオレッタは問いかけた。
その問いに王太子殿下は鼻をふくらませながら言った。
「お前が、このレミーをいじめるからだ。そんな女は俺の婚約者に相応しくない!」
「わたくし、その方に危害を加えた記憶はないのですが」
「嘘をつけ! レミーがお前にドレスを破られ、お弁当を取り上げられたと言っているのだぞ!」
ビオレッタは小さく首を傾けた。さらり、と髪が揺れる。
「それはいつの事か、お聞かせ願えますか? レミー様」
「まぁ、自分がやったのに忘れるなんて最低ですビオレッタ様! やっぱり私の事なんてただの一男爵令嬢だからと見下しているんですね!」
そう言って王太子殿下に泣きつくレミーを、王太子殿下はよしよしと撫でた。
「可哀想に、レミー。大丈夫だ。俺がついている」
「殿下ぁ」
王太子殿下に励まされたレミーは覚悟を決めたかのようにビオレッタをキッと睨みつけた。
その間ビオレッタは令嬢達に気遣われていた。それに気丈にも「皆さん、ありがとうございます。ですが心配には及びません」と言ってレミーに向き合った
「いいですか、ビオレッタ様! 貴方は3日前に私のドレスを『こんなの、貴方には似合いませんわ』と言って破り裂いたんです。私、とても傷つきました。だってあれは、殿下が今日の夜会のためにとくださったドレスだったんですから!」
「3日前であれば、それはわたくしではありません」
「ーーへ?」
素っ頓狂な声をあげるレミーの前に、ある一人の令嬢が立ちふさがった。
「はい、ビオラ様は3日前に私の領地を訪れ、傾きかけている我が家の財政を立て直すための案を出してくださっていたんです。ビオラ様、その節はありがとうございました。お陰で借金返済の目処が立ちました」
「良かったわ。……それで、レミー様。貴方のドレスを破いたのは、本当にわたくしなのでしょうか?」
レミーは悔しそうに顔を真っ赤に染めた。
「い、5日前だったかもしれないわ!」
今度は別の夫人とその旦那が立ち塞がった。
「いいえ、彼女は5日前なら我が家に来ていましたよ」
夫人の言葉には、少し訛が入っていた。
「私達、一年ほど前にこの国に移住してきてまだ流暢に話せないんです。だからビオレッタ様に定期的に教えてもらっているのです。それが5日前でした」
またもや邪魔をされて、レミーは肩をブルブルと震わせた。
それからも、レミーのいじめられたという証言を誰かがビオレッタと一緒にいたという証言によって覆されるのが続いた。そうなのだ。皆に愛されているビオレッタは予定がふんだんに詰められている。ドレスを破いたり、お弁当を盗んだりするような暇な時間は彼女にないのだ。
「おい、どういう事なんだレミー!」
ようやくレミーが可笑しいことに気づいてきたのか王太子殿下が彼女に焦った顔をして問い詰める。顔を青ざめさせたレミーは「だ、だって……」と言葉を詰まらせた。
震えだしたレミーの手を、ビオレッタは握った。
「そんなに責めるものではありませんわ」
そのビオレッタの発言に、周囲からは、反感の声が飛び交う。ビオレッタはそれには気にも止めず、レミーに微笑みかけた。
「レミー様は、貴方の本当のお母様を、救いたかっただけなのでしょう?」
真ん丸くレミーは目を見開くと、次第にその目いっぱいに涙を溜めて、コクコクと頷き出した。
「私、男爵家で引き取られたんだけど、ヒック、そこにお母様は連れてって貰えなくて、ぐす、それで、お母様は体が弱くて、入院するためのお金が必要だったの」
「そうでしたのね。話してくれてありがとうございます」
手を、ビオレッタは叩いた。そこに執事がやってくる。
「紙を頂戴」
「只今」
そして、執事が持ってきた手紙にサラサラと何かを記入した。
「この紙があれば、貴方のお母様は治療を受けられるはずです」
「えっ、何故そんな事をしてくださるのですか……。私は貴方に酷いことを、」
紙を受け取り、戸惑いの声をだすレミーに、ビオレッタは笑いかけた。
「愛する人のためよ」
その言葉に、王太子殿下の肩が跳ねる。ビオレッタは、まだ自分の事が好きなのだ。それに気づいた王太子殿下は彼女に縋り付いた。
「君に劣等感を抱いて、酷いことをした! どうか許して欲しい! 君と、もう一度やり直したいんだ!」
「顔を上げてください、殿下。わたくしも、貴方を愛しています」
そして二人が抱きしめあった。そのラブロマンスに夜会にいた全ての人が涙した。レミーも、「お幸せに、ビオレッタ様」と言って泣いている。
そうして、ビオレッタの一日が終わった。
◇◇◇
後日、陛下からも正式な謝罪があった。その際、陛下とビオレッタの父に「婚約破棄をするか?」と再三進められたがビオレッタは首を立てに振らず、ただ「彼を愛しているので、これでいいんです」といった。
そんな王太子殿下も、人が変わったように勉学に打ち込むようになり、二人の婚約関係は良好なものとなっている。
「なぁ、ビオラ。今度の日曜は空いているか?」
茶会でそう聞いてきた王太子殿下に、申し訳無さそうにビオレッタは首を振った。
「すみません、殿下。その日は孤児院に訪問の日なのです」
「あぁ、そうだったな。月に一回、欠かさず孤児院にいく君はすごいな」
「とんでもございません」
そして、日曜にビオレッタは孤児院に訪問した。その帰り道、ビオレッタは慣れた手つきでヴェールをかぶる。
「では、また1時間後に来て頂戴」
「御意に」
彼女が訪れたのは、ある墓地だった。迷わずビオレッタは進むと、ある古びた墓地の前に彼女は座り込む。
そして、話しかけ始めた。
「全部、サクラの言うとおりだったわ。サクラの言う通りにしたら、皆に愛されましたの」
サクラという少女は、幼い頃にビオレッタに仕えていたメイドだった。彼女は、家族にも愛されず誰にも愛されていなかったビオレッタに「大好き」だと言い、惜しみない愛情を注いでくれた。
「ビオレッタ様は、私の世界だと悪役令嬢だって言われているんです。ビオレッタ様は、ただ愛されたかっただけなのに」
「わたくしは、ただ愛されたかっただけ……」
「そうです! 貴方が他の子に厳しく当たるのだって、愛されたかっただけなんです。ビオレッタ様はちっとも悪くありません」
そう言って、父と母に愛されないからと自分の殻のなかに閉じこもっていたビオレッタを、明るくサクラは照らしてくれた。
「未来で現れる男爵令嬢は、病気のお母さんを助けたくて王太子殿下に媚を売ったんですって。お金を援助して貰えるように。こうやって考えると、ヒロインも不憫ですねぇ。まあ私はビオレッタ様一筋ですけど」
「私、ビオレッタ様があの話とは違って、皆に愛されたら、それってとても素敵なことだと思うんです。皆のため、じゃなくて貴方に幸せになって欲しいんです」
その宝物のような毎日で、ビオレッタの心は育っていった。悪役令嬢であるビオレッタには、存在しえなかった心を。
だけど、そんな毎日はビオレッタが齢10歳の時に終わりを告げた。
ある日突然、サクラの体が光りだしたのだ。
「なんで、サクラ!」
「私の魂は、異国のものだから、そのせいなのかもしれません」
冷静に自分を分析するサクラに、ビオレッタは泣き縋る。
「嫌よ、行かないで! わたくし、貴方がいないと……」
「ビオレッタ様!」
光に包まれて、サクラは一際美しく見えた。
「また、何処かで生まれ変わったら、今度こそ幸せなハッピーエンドを見せてくださいね。結婚するなら、王太子殿下とかがいいですかね。あの人、最初は不真面目でしたけど最後は真面目になりますし」
「サクラ、分かったわ。わたくし、誰からも愛される女の人になる。貴方が安心できるくらい、幸せになるわ」
「ふふ、良かった、です……」
そうして、光は途絶えた。あとに残されたのは、魂をなくしたサクラの器だけ。
「わたくし、もう何も諦めません。わたくしに初めて愛をくれた貴方の為にも」
そうして、完璧なビオレッタ·ラルヴィスが生まれた。
「ーー……わたくしは、貴方の望んだビオレッタになれていますか?」
サクラの器を弔らった墓に、語りかける。
「わたくし、今も貴方を、サクラだけを愛していますわ」
特上の笑顔でビオレッタは笑いかけた。
「ただのビオレッタに、唯一愛をくれた貴方の為に、わたくしは永遠に『完璧で皆に愛されるビオレッタ』でいることを誓いますわ。死ぬまで」
ーーそう、この魂が尽きて、
「貴方と、もう一度出会える日まで」
うっとりと、ビオレッタは笑った。
お読みいただきありがとうございました




