2. ウサギビビり散らかす
「ひいぃぃぃぃぃぃぃ…!!」
***
突然だが、人間の中で優れた人がいるように、獣人の中にも優劣がある。
優劣といっても能力として劣る、というよりかは獣人になる前の獣時代からある喰う者、喰われるものというのが深く関係している。
そしてウサギは言わずもがな、喰われる側である。
そう、オオカミのような喰う側の種族に。
~ちょっと時間は遡り~
ネロは相変わらずトボトボ街を歩いていた。
地図をひっくり返しても、斜めから見ても、やはり自分がどこにいるのか分からない。地図が読めない人の典型である。周辺の店を目印にしようとしてもさすが王都、看板の文字フォントがオシャレすぎるためそのようなフォントに慣れていないネロには理解不能、全く目印にならない。
しばらく歩き回ったが、ごった返す人、人、人、祭りでもないのに…と思うほどの人混みに疲れ、少し休憩しようと脇道に入る。やっと人混みから解放され、ホッと息を吐く。
とりあえずこれからどうしようか、と考える。
住み込みの職場に連絡を入れたいのだが、まずそのような連絡はどこで出来るのだろう。ネロは小さめのボストンバッグを持っているだけで、ほぼ身一つで王都に出て来た。故に頼れる人も場所もないのである。チキンのクセに変なところでテキトーなため、下調べなどすることなく勢いで仕事を決めてそして今こうして絶望しているのだ。
自業自得感が否めない…。
ネロは「なんでこんなダメ人間なんだ…」と俯き薄汚れた自身の靴を見る。この靴、こんなに汚れていただろうか。普段全く気にしないことも落ち込んでいるとなんだか余計に目につくようで。
それに汚れた靴を見ていると更に落ち込む気がする…。
しばらくそうして落ち込んでいると、ふと突然視界に影ができ、大きい黒ブーツが現れる。
(えっと…ブーツ…?)
ネロの目の前に明らかに人が立っている。しかしチキンなネロは顔を上げるのをとても躊躇してしまう。
なんだろう、なぜ目の前に人がいるのだろう。ネロが目の前の人の行き先の邪魔をしただろうか。いやしかしここは脇道で、それも壁に背をつけているので邪魔にはならないはず…。
ということはついにカモだろうか。それともカツアゲだろうか…。
悶々とこれから起こり得るであろう最悪な事態を一生懸命想像していると、目の前から「おい」と、声がかけられる。
とても低く落ち着いた男の人の声である。
突然の声がけにネロはビクッと肩を揺らし、先ほどまでシュンと垂れていた黒く長い耳がピンッと立つ。
(お、おとこ!?)
ネロは目の前に居るのが男だと分かり余計に怖くなる。男の人が何用だろうか。全くこれっぽっちも顔を上げたくないが、かけられた声を無視できる程のハートは持ち合わせていない。
仕方なく、というか嫌々油の足りない人形かの如くギギギと顔を上げる。
…そして冒頭に戻る。
「ひいぃぃぃぃぃぃぃ…!!」
ネロは咄嗟に悲鳴とも言えない程の掠れた弱々しい声で叫んでしまう。
顔を見た途端叫ぶなんて失礼であることは分かっていても、気づいたら叫んでいた。
(なっ!!!オ、オオカミ!?)
ネロの目の前には白銀の髪の、とても背が高く体格の良いオオカミ獣人が立っていた。そしてネロは目の前のオオカミにそれはそれはビビった。ビビり散らかした。ビビり散らかしすぎて顔面蒼白である。
ガタガタと震え、目には涙を浮かべて、口はパクパクと動かして。恐怖を通り越してもはや絶望を感じる。ネロは王都に来て早々心が折れそうであった。もうここで人生が終わるのだと、そう漠然と思っていた。
……しかしこの何とも言えない出会いが、2人にとって運命の出会いになるわけなのだが、この時の絶望していたネロにはそんなこと分かるはずもない。