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5・策はある

 使用人たちは皆捕まって、玄関ホールにまとめられていた。犯人は私を連れてきた者たち以外にも数人仲間がいたようで、使用人を見張る者の他に金目のものを探す者が何人かで屋敷を歩き回っている。使用人たちは縛られていただけで、特に酷い暴行を受けた様子はなかった。抵抗をしたらしい若い男の使用人たちは多少殴られた跡があるものの、必要以上に嬲るようなことはしなかったらしい。


 元々今日は、執事をはじめ複数の使用人の休暇と重なっていた。不幸中の幸いと見るべきか、それを知っての犯行かはまだ判断がつかない。警備用の人員もいるにはいるが、多勢に無勢だったのだろう。何せ、この屋敷は“騎士様”の屋敷だ。まともな精神をしていれば、盗みなど、特に強盗などに入ろうとは思わない。


 我が国の騎士は同朋愛というか“騎士”という役職に対しての思い入れが強く、一人に手を出せば全員を敵にまわしたと言っても過言ではない。ヴィクター様は文官騎士であるけれど、そんなことは関係ないのだ。……実行犯たちは外国人か何かでそのことを知らないのか、それとただ金につられたのか。情けをかけるつもりはないが、少し哀れにも思う。



「奥様……!」

「黙って、静かになさい。心配をするようなことは一つもありません」

「そうそう、静かに待ってな! どうすることもできやしねえよ!」



 ドロシーが泣きそうな顔で、いや、もう涙を流しながらこちらを見ている。大丈夫、心配はいらない。そう言って抱きしめてあげたかったけれど、そうできないもどかしさに拳を握ることしかできなかった。兄たちのように少しは体を鍛えておけばよかった。末だからと甘やかされて、剣の一つも触ったことのなかった人生が今になって腹立たしい。



「さあ、オクサマ? さっさと案内してくれや」

「去年の治水に関する書類でいいのですね?」

「そうだよ、早くしろ!」

「こちらです」



 そういえば、先日ヴィクター様も同じものを探されていた。狙われるような何かがあるのだろうか、何か不正が発覚したとか。まあ、現状それを考える必要はない。とにかく上手く誘導をすることが第一なのだから。


 南の一番端の部屋。ここには最新の書類をまとめて整理しており、つまり、最新のプロテクトがかけられた重要書類や書籍を数多く収めている部屋でもある。ああ、今になって少し心臓が高鳴ってきた。



「鍵を開けます、少し待ってください」

「とっととしろよ、こののろま!」

「……ああ、どうしましょう。恐ろしくて手が震えてしまうわ」

「んだと!」

「止めろ! 余計時間がかかるだろうが、馬鹿!」

「痛って!」



 後ろで舞台演劇でもしているかのように楽しげな男性たちに隠れ、深呼吸をする。大丈夫、上手くいく。私はこの家の女主人なのだから。


 できるだけゆっくりと扉にかけられているプロテクトを外して鍵を開ける。これは盗難防止よりも間違って使用人が入り、中の重要書類にかけられたプロテクトにかかってしまわないようにする為のものだ。その程度ものであるから、本来なら指先一つで開いてしまう。しかし、そんなことも彼らには分からないようだ。



「この部屋の中に貴方たちの望むものがあります」

「持ってこい」

「ええ。ああ、勝手に触らないように、プロテクトを外す前のものに触るとそれはそれは苦しい目に遭いますよ」

「く、苦しい目ってなんだよ」

「そうですね、わたくしも全てを知っている訳ではないので。例えば少しの間動けなくなるくらいの電撃を浴びたり、悪臭のする縄で縛られたり、逃走されても分かるように肌の色を変えられたり」

「はん! その程度なら問題ねえな、俺らは元々モンスター狩りしてたんだぜ?」



 まあ、面白いくらいにあっさりとかかるものだ。確かに体力自慢なのだろうけれど、自分に自信を持ちすぎて失敗するタイプなのだろう。



「それで、どれなんだよ」

「こんなにも沢山の書類や書籍があるのですよ。すぐに探し出せる筈がないでしょう。わたくしも嫁いでまだ一か月と少しなんですから」

「はあ、さっさとしろよ」



 私は棚の間をちょろちょろと移動しながら、書類を探すふりをした。ここであまり時間を稼ぐのは悪手だ。私についてきた三人の内の一人が、もう我慢の限界に近い。しかし、きっとことを起こすのも彼だろう。



「うわあああっ!」

「おい、どうした!」

「何やってんだ、お前!」



 棚の間から覗けば案の定、忠告を聞かなかったらしい実行犯の一人がプロテクトのかかった本に触ってしまったらしい。本から伸びる半透明の鎖で雁字搦めにされて、動けなくなっている。さすが最新のプロテクトだ。



「まあ、どうなさったの。……あら、忠告しましたのに。触らない方がよろしくてよ。下手に助けようとすると、そうした者まで縛られます」

「畜生! はずせよお!」

「じゃあ、どうやったらはずれるんだ」

「時間はかかりますが、わたくしならはずせますよ。書類と彼、どちらを優先しますか?」

「ちっ、書類を早く探せ。こいつは後でいい」

「んでだよ!」

「てめえが勝手に下手こいだんだろうがよ! 置いて行かれたくなかったら静かにしてやがれ!」



 もう一人くらいかかってくれると思っていたが、仕方がない。私はいくつかの書類を手にして、作業用の机に乗せた。



「これで全部か?」

「いいえ、全土の治水事業ですよ。まだ足りません、他にもあるでしょうね」

「あるでしょうねって何だよ」

「先程も言いましたが、わたくしもここに来てまだ一か月と少し。旦那様の仕事内容の把握なんてできません。ここにあるか、それとも別の部屋かはたまた職場にお持ちになったか」

「ならまだ探して来い」

「分かりました」



 机に置いた書類のプロテクトはそのままで、私はまた棚の間をうろついた。全く関係のないものを持って行って、違うものだと騒がれても困るからそれらしいものを探すが、やはり冷静になりきれていないのだろう。印字されている文字が読みにくくて仕方がなかった。しかし、もうそろそろだ。あと少しの筈なんだ、と自身を奮い立たせて書類を探した。



《――っ!》

《っ、……ぁぁ!》

《! ――ぇろ!》



 来た!



「? 何か騒がしくねえか」

「……まさか! やべえ、逃げるぞ!」

「おい、馬鹿! 触んじゃねえ!」

「ぎゃっ!」



 また棚の隙間から覗くと、私がプロテクトをそのままにしていた書類に触ろうとして、犯人の内の一人が泡を吹いて倒れていた。部屋の外にはもう救助が来ているのだろう。ここまでは計算通りだ。後は、



「……っ、畜生! おい、女! こっち来い!」

「あら、プロテクトを先にはずします?」

「そいつらはもういい! 俺だけでも逃げるんだよ、てめえは人質だ!」

「おい、待てよ! ふざけんな、テメエ!」

「黙ってろ屑が!」



 一刻を争う筈であるのに、仲良く言い合いを続ける犯人たちから静かに距離を取る。立ち位置が悪かったので扉の方には行けなかったが、十分な距離は取れた。



「あ゛!? おい、くそが! どこ行きやがった!」



 棚の合間に隠れてしまえば、一瞬で見つけることは難しいだろう。プロテクトがしっかりかけられている分厚い本を胸に抱いて、息を整える。鬼ごとも隠れ鬼も得意ではない。どどど、と胸を叩くように鳴る心臓をどうにか落ち着かせたいのだけれど、それが何より難しかった。


 息を潜めながら隠れている私を最後の一人が探している。少しすれば私に構わず逃げ出すと思っていたのだけれど、あてが外れてしまった。もしかすると、私を連れて行くようにでも言われているのかもしれない。過去、上位司書の誘拐が相次いだ時があったと聞いたこともある。でも、大丈夫。もうすぐだから、大丈夫。そう自分に言い聞かせて、ぐっと目を閉じた。



「出て来いクソがあ!」

「あははは! 馬ー鹿!」

「うっせえ、下手こき野郎!」



 バン! と扉が開く。私の隠れている場所からは見えないけれど、確かに開いた音がした。



「クレア!」

「デスティーノ隊長! お待ちください!」

「隊長!」

「クソがぁ! うがっ、ひ、ひいぃいい……!」



 だがだがと荒々しい足音に金属のぶつかる音と机か何かが倒れる音。今更ながらに恐ろしさが込み上げて、棚の隙間から覗き見ることもできない。ヴィクター様の声がしたというのに、返事もできない。息が深く吸い込めなくなって、ずるずると座り込んでしまった。行かないといけないのに、折角探してくださっているのに。



「クレア! どこだ、クレア! っ、クレア!」

「……ぁ」

「怪我は!? 痛む所があるのか!? 何をされた、何故――」

「隊長、ストップ! 奥さん、今そんなこと答えられないでしょ! あんたが落ち着かんでどうすんですか!?」



 私を見つけてくれたヴィクター様が私の腕を掴んで何かを叫んでいるのだけれど、どうしてだろう何も頭に入って来ない。後ろからやって来た騎士様が、ヴィクター様を止めてくれたようで、彼は叫ぶのを止めてしまった。


 ええと、これはもしや、怒られているのだろうか。うん、そうかもしれない。あの時はああすることが正しいと思い込んでいたけれど、そうでなかったのかもしれない。勝手なことをするな、と怒っていらっしゃるのだ。



「ク、クレア、どうした。どこか痛むのか、待っていろ、すぐに医者を」

「回復使える魔法使い連れて来てるんで、呼んできます」

「頼む」

「はい!」



 ヴィクター様と騎士様が何かを話しているのはわかるけれど、やっぱり何を言っているのか理解ができない。私が分かっていることといえば、自身が情けない顔を晒して涙を流しているという事実だけだ。ご迷惑をかけた上に、こんな醜態をヴィクター様に見せてしまうなんて。


 何かを話さないといけないのは分かっているのに、涙が邪魔をして言葉なんて出ない。では涙を止めようと思うのに、どうしても止まらない。ヴィクター様が拭いてくださるが、申し訳なくてそれも止めて欲しいのにそれすら言えない。



「クレア、すまない……。私のせいで、怖い思いを」

「あー! ちょっと何、地べたに座らせてんです!? この家にはベッドもないんですか!?」

「あ、ああ。そうか」

「そうか、じゃないです! 早く運ぶ!」

「分かった」



 また誰かが来て何かを言ったかと思うと、ヴィクター様はこともなげに私を抱き上げた。私の頭の中は“またご迷惑を”とか“自分で歩かないと”とか“重たいのがバレてしまう”とかでいっぱいになって、それで。その後は、真っ暗になって――。


読んで頂きありがとうございました。


盗賊の語彙力がないのと、南の一番端の部屋に連れて行ったのはわざとだったりします。

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