相生雪乃2:やらかし回避を試みます
相生雪乃の記憶を思い出してから数か月後……アマンダ最大のやらかしを回避するために、私は友人たちとお茶会を開いていました。
そう!友人です!とりまきとか下僕とか、アマンダも周囲もそういう認識だった友人たちと友達づきあい出来るようになりました!!……長かった。雪乃の私はコミュ力ないし、アマンダは暴虐お嬢様だし……ある程度本音で話してもいい友人だと思われるまで、それなりに時間を要しました。
「では、みなさん。今日は楽しんで行ってくださいませ」
各々席につき、歓談と共に過ごす時間……大変良い物です。
なにより、こうした時間が"女性の戦場"の本領です。仲良くおしゃべりすることで、人々や土地の情報を交換する……時には自身の情報を切り出し、相手の情報を得るひりつく場面もあり、私は結構気に入っています。
私が出て来るまでのアマンダはこういった時間をいかに周囲をいじめるかで潰していたので、情報も入ってきていませんでした。
せいぜいが「私を楽しませる話をもってきなさい!」と上から目線で命令する程度……それで手に入った話も、娯楽として消費するだけできちんと覚えている事が無かったはずです。
少なくとも私が引き出せる記憶には、そうやって得た話で残っている者はほとんどありません。
しいていえば"転生さん"ぐらい。
ええ、気づいています。ですが、特段問題はありません。
私が転生していなかった場合のアマンダが、私の人生を夢で見るというそれだけの話ですから。
「アマンダ様、こちらのお菓子はローレッタ家のシェフが?異国の伝統的なものに似ていますが、口あたりがずっとこちらの国向きで美味しいですわ」
「ふふ、デザート専門のパティシエを数名雇っているの。これは先日習得したレシピのものだと言っていたわね」
「まあ、ローレッタ家の方々は、異国のレシピに造詣がおありなのですね!」
菓子の話、お茶の話。そして、人の噂話。
「そういえば、聞きまして?――の――が……」
「あらあら、おいくつになっても男性は枯れぬといいますけれど……」
お茶会も盛況で、次第に黒い噂話もささやかれるようになった頃合。
よそから漏れるより、身内から相談の形で出すのが最も良い内容を私は皆に打ち明けました。
「そういえば、家にもそれに近い話があるの。聞いてくださる?……少し重たい話なのだけれど……兄様がメイドにご執心のようなの」
「まぁ……使用人に手出しをする殿方の話は時折聞きますけれど……」
「せめてエミレア様とのお子を為した後でなければ、義姉となってくださったエミレア様にも申し訳がないというのに……かといって、メイドの……アイリというのですけど、その子がしあわせだったり調子に乗っていればまだマシなのですが、本当は嫌なのに命令で逆らえずといった様子で……」
身内として情けなく心苦しいのだと明かすと、友人たちが慰めの言葉をかけてくれる。
と同時に、これが私から彼女達への"逃げてくれ"というサインであることを理解しているのか、数名の顔が暗い色になっているのがわかります。
アマンダの兄である次期侯爵がやらかしている。ということは、ローレッタ家に不和の種があるという事。
わざわざそれを打ち明ける以上、かなりぼかして話しているもののアマンダから見てかなり深刻な状況であるという事を察せる程度に友人たちは聡い子達です。
幼少期から意識があれば、彼女達ともっとおしゃべりできたのにと、その点が惜しいです。
「……楽しい茶会に、つまらない話をしてしまって申し訳ありません。さぁ、まだまだお菓子もありますし、良いお茶も用意していますのよ」
自分で打ち明けて、自分で切り上げる。
深くは話さないと態度で示すことで、物分かりの良い友人たちはおおよそ察してくれる。
察す力が少し弱いふわふわした子もいるけれど、そこは恋人がフォローするだろう。
さらに時間が過ぎ、夕刻手前でお茶会を終え皆様を送り出しました。
「……ミッションクリア、のはずですわね」
市民街に掘り出し物の宝石が入ったという、商人からの手紙を握りつぶしてそうつぶやいた。
今日の昼下がりに来れば提供できると書かれたその手紙が罠であることを知っていたから、私は手紙が届いたのと入れ違いに用意してあったお茶会の招待状を友人たちに送って今日を迎えた。
アマンダ最大のやらかしは、この手紙に乗った事だった。
『乙女の百合と騎士の薔薇』で示された内容によれば、商人の誘いに乗ってお忍びでショッピングを楽しんでいたアマンダが、自分の買ったもの以上に価値の高い宝石を浅黒い肌の女性が身に着けていたのを見つけ、それを欲しがってしまうのだ。
色づいた肌は奴隷の証拠だと思い込んでいたアマンダは、女性が一人になった隙に「奴隷程度が持つ物ではない」だとか「どうせどこかから奪ったのでしょう」などといって追い詰め暴力を振るい、シンプルな鎖に繋がれた宝石を強奪するのだ。
傷つけられた少女は逃げ、商人の用心棒たちは逃げ出した奴隷だったとだと言って彼女を追う。アマンダは奴隷から取り返した宝石をお詫びの品としてプレゼントされ、満足して帰路につく……というのが『乙女の百合と騎士の薔薇』に唐突に差し込まれた胸糞強盗致傷シーンだった。
「今日外に出なければ、会う事は無い。会う事は無いし、似た流れがあったとしてもこちらはお茶会の事実がある」
友人たちを送り出したあとも窓から外を見ていた私の目に、王族の紋章の入った馬車が大路を往くのが見える。
アマンダが強盗するはずだった、異国の姫様を王城にお送りしているのだろう。
小説では省かれていたが、諸々の事情で姫様側はお忍びで王都までくる必要があったらしい。そして王都に入ってようやく一息ついたと思ったら、強盗致傷+追手に追い回される憂き目にあうはずだった。
これが原因で大規模な調査が入り、多くの貴族や商家の不正が暴かれていくはずだった。
「……本当、一族根絶やしでもまったく違和感ないレベルのことしてますわね……そうなってしまえば百合カップル側がうちの勢力の家だからって酷い目にあうから、薔薇カップル側が頑張ってくれるのですけど」
主人公の婚約者と、婚約者の恋人の二人の騎士……私が薔薇カップルと呼ぶ二人は、同じ苦しみを持つ戦友を何とか掬い上げんと調査に入り、ローレッタ家とその勢力だけに責任がある形にならないように証拠を駆けずり回って集める。
危険な調査任務でも背中を預け合う二人の絆やらなんやら、とてもおいしかったです。
とにかくその結果本当の発端は敵国と通じ、そのスパイとして育てた娘を王家に入れたかった別の家であり、ローレッタ家はその悪事のためにいいように利用されていたという事がわかる。
真に処罰するべきがわかったところで、死刑のための手間や貴族牢の空き等々が考慮され、ローレッタ家はまるごと流刑地送り。
ローレッタ家配下の家々はそもそも姫様への危害はノータッチで家格をガッタガタに落とさず済んだという流れでした。
「……ただ、それでも遠い分家筋残してほとんどが島送りなんてことになる以上……いずれこの家のゆがみは見つかってそれなりの処罰は受けるはず」
どうかそれまでに、距離を取って。
私の見守れない場所で、友人となった皆も、推したちもそれぞれに幸せになって……そう願った後、私は夕食の時間までどこの修道院に身を寄せるべきか調べるため書庫へと向かって行った。