表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/17

9.賢者は古代白竜と対戦する

「前進!」


 ユーティの号令により、一行はゆっくりと前進し、古代白竜ル・ジーヴとの距離を詰め始めた。

 待機を命ぜられたル・ジーヴは、首をゆらゆらさせながらもそれ以上動きを見せる事は無い。その後方で背もたれつきの椅子に足を組んで座っているイセスもまた、一行を興味深そうな目で見詰めているものの、同様に動きを見せることはなかった。


 およそ20mまで近づいた所で、ユーティはついにシャテルとアマリエに指示を出した。


「シャテル、攻撃魔法を。アマリエはまだ待機。隙を見て突進を頼む」


「うむ」「はい」


 一声返事すると、シャテルはその場で立ち止まり、精神を集中して自らの目の前に手を掲げた。


「"マナよ、地獄の業火となりて、我が前に立ちふさがりし全ての愚か者に裁きを下さん"」


 魔法の詠唱と共に、彼女の前面に大きく輝く魔法陣が形成され、彼女の魔力と周囲のマナを飲み込んで一気にエネルギーに変換される。

 目の前で発動しようとしている攻撃魔法に、観衆のうち一般人はどよめきを挙げ、彼女が使おうとしている魔法のレベルが分かる冒険者達も、同様に感嘆の声を上げていた。


「――業火の息吹(インフェルノブレス)


 最後に力の言葉が唱えられ、魔法陣の中心から白く輝く灼熱の業火が吹き出して行く。

 灼熱の奔流は進むにつれて拡散されていくが、それでも巨大なル・ジーヴの身体に対してはその一部、胸元を灼くに止まっている。


『グウゥッオォォォオオォォッ!』


 とはいえ、流石に有効なダメージを与えているらしく、ル・ジーヴは痛みに身体を打ち震わせていた。


「む、なかなかの熱量のようじゃの。よし、フロストブレスで押し返せ!」


 イセスの指示に従い、ル・ジーウは首をもたげて息を吸い込んだかと思うと、その口から細く絞り込んだ超低温のブレスを放ち、"業火の息吹"を押し返し始めた。

 超高温と超低温の激突に、その衝突点から真っ白な水蒸気が吹き出し、周囲に濛々と立ちこめてゆく。


 当初は互角の勢いであった"業火の息吹"であったが、先に発動した事もあってその放射は終わりかけていた。それに引き替え、ル・ジーヴのフロストブレスは勢いを増し、ついにユーティ達に迫ろうとしている。


「ユーティよ、もう持たんぞ!」


「ティエン、寒冷防御!」


 シャテルの叫びに、ユーティは鋭くティエンに指示を飛ばす。


「はぁいぃ」


 ティエンは素早く両手を動かし、最後に印を結んで術の言葉を発した。


「"隔冷屏障"♪」


 術が発動した瞬間、フロストブレスが到達したが、術の効果によってそのブレスは左右に分かれ、ユーティ達の横を吹き抜けていった。



              ◇   ◇   ◇



 ル・ジーヴのフロストブレスが終わってもなお、"業火の息吹"との衝突で発生した水蒸気によって、周囲の視界は全く閉ざされてしまっていた。

 一瞬、膠着状態が発生していたが、ユーティはその隙を逃さず、鋭い声で指示を出す。


「アマリエくん。電光石火!」


「技名違いますってば!」


 その声に応じたアマリエは文句を言いつつもル・ジーヴに向かって駆けだしていった。


「瞬歩……ッ」


 真っ直ぐ向かっていった彼女であるが、少し目を細めて精神を集中し、技の名前を口にすると、その姿がまるで瞬間的にかき消え、少し離れた別の場所に出現する。

 アマリエはそれを繰り返してあくまで一直線でありながら、迎撃の狙いが定まらないよう分散して突き進んでいった。


「ふむ、面白い術を使っておるな。よし、ル・ジーヴよ。邪魔な水蒸気ごと、翼で吹き飛ばせ!」


『承知』


 イセスの指示に従い、白竜はその翼を大きく振り上げて羽ばたかせると、まるでいきなり台風がやってきたような暴風が周囲に吹き荒れた。


「くっ!」


 至近距離まで接近し、いよいよ跳ぼうとした瞬間に、暴風によって体勢を崩され、たたらを踏んで踏みとどまるアマリエ。

 ユーティ達も、その暴風に倒されないように踏みとどまるのが精一杯であった。


「ほうら、姿勢が崩れたぞ。もう一度、フロストブレスじゃ!」


 イセスの指示により、白竜は首を振り上げて息を大きく吸い込んだ。そして、目の前にいるアマリエに対して、口を広げて今にもブレスを吹き出そうとしている。

 アマリエは、まだ崩れた姿勢から回復しておらず、すぐには避けられる状態ではなかった。せめて転がり込んで、直撃を回避しようとしている所に――タ、タンッ!と、広場に破裂音が響き渡った。



              ◇   ◇   ◇



「ユーティ様!」


 見ると、後方にいたユーティが、右手に持った拳銃状の物体を白竜の方に向かって構えており、その筒先からは一条の白煙がたなびいていた。


『オオォォォオオオゥゥゥッ!?』


 ユーティが放った攻撃は、ル・ジーヴの右目と口内に命中したようだ。それぞれの場所から血を流し始めたル・ジーヴは、苦しみの余りのたうち回り始めた。アマリエは巻き込まれないようにバックステップで少し距離を取る。


「今のは何じゃ? ユーティとやらが右目と口の中に打撃を与えたようじゃが……攻撃魔法か?」


『魔導具の類いに見えますが、あの発動速度は異常ですね』


 状況を確認しているイセス達を横目に、ユーティはアマリエに指示を下した。


「アマリエ君、今だ!」


 ユーティの指示に従い、再び突進を始めたアマリエは、苦し紛れで振り回している両手の爪を"瞬歩"であっさりとかいくぐると、白竜の目前でぐっとかがみ込んだ。右手に握りしめた筒からは、小剣ほどの長さの緑色に光り輝く刃が出現している。


「殺すな! ツノを狙え!」


「はっ!」


 アマリエは振り下ろされた白竜の右腕を足がかりにし、跳躍して白竜の首に迫る……が、更にそれも通り越して、白竜の頭の横を通過した。

 右手の光の剣を振るった瞬間、ヴィンッ!と言った低周波音が一瞬聞こえたが、それ以上の手応えは無く、アマリエはしなやかに着地する。

 しかし次の瞬間、断たれた白竜のツノがガランガランと言う音を立て、石畳の上を転がったのであった。


『ガアアアァァァァアアッ! 貴様ラァ、許サン、許サンゾォォォッ!』


 残る左目で落ちた自らのツノを確認し、怒り心頭に発して立ち上がるル・ジーヴ。


『不味いですね。怒りの余り正気を失っているようですよ』


「やむを得んの。これは止めんといかんな」


 このままでは周囲に被害をもたらしてしまうと、ついにイセスは腰を浮かし始めた。

 しかしその前に、ユーティが更なる命令を下している。


「シャテル、トールハンマー! 後頭部だ、手加減を忘れるな!」


「ったく、面倒な事を言いおってからに……」


 愚痴りながらも右手を挙げ、詠唱を始めるシャテル。


「"汝、粉砕するもの。トールが愛用せし鎚にして聖なる炎を(まと)いし物。父祖と汝が契約により、ここに現れ我が命に従うべし"――いでよ、ミョルニル!」


 言葉に応じて彼女の目前の空間に光が走り、虚空から巨人が使うような巨大な槌がわき出てきた。


「ミョルニルよ、あいつにガツンと一撃入れてやるのじゃ! ――殺さぬ程度にな」


 空中をひらひら舞っていた神槌(ミョルニル)であったが、命令に従い、回転しながらル・ジーヴに向けて突進を開始した。最初はゆっくりであった速度が、次第に加速をつけて勢いを増していく。


『食ラウカァ!』


 しかしそれも、右手を裏拳のように使ったル・ジーヴによって弾かれてしまった。ミョルニルは勢いを保ったまま空中に向かって飛び去ってゆく。

 ユーティ達の方を向いて立ち上がり、腕を大きく広げて威嚇するル・ジーヴ。伏せていたときは3階建ての建物くらいの大きさであったのが、立ち上がると5階建ての塔が目の前にそびえ立っているように見える。


「小サキ人間ドモガァ、細切レニシテ……ガッ!」


 そしてユーティ達に襲いかかろうとその右腕を振りかぶっていたのだが、言葉の途中でいきなり硬直してしまった。


 次の瞬間、その巨体はゆっくりと横に倒れ始める。


 初撃を外されたミョルニルは空中でUターンを果たし、ル・ジーヴの後頭部に襲いかかっていたのだ。

 手加減するように命じられていたため、ミョルニルは直撃せずにル・ジーヴの後頭部をかすめただけだった。しかし、それでも十分な打撃力を持っていたようだ。


 ついには、ズズゥンと小さな地震のような地響きと共に、倒れ伏したル・ジーヴ。完全に意識を喪っているように見える。


「よくやったぞ! ご苦労じゃった」


 目の前に戻り、空中で回転して待機状態に入っていたミョルニルに対して、ねぎらいの言葉を掛けるシャテル。

 ミョルニルは嬉しそうに数回舞うと、再び輝いて光の中に吸い込まれていったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ