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8.賢者は広場で強大な敵と対峙する

 模擬戦に参加するため、一行は中央広場に到着していた。この中央広場、地方都市としてはやや広めで、50m四方くらいは自由に使えるスペースがあるようだ。

 元々、模擬戦がある事は告知されていたため、既に市民や居合わせた商人、冒険者に騎士などの集まりができはじめている。


 ユーティ達とイセス達は中央広場の中央で、この模擬戦の司会やら審判やらを兼ねているらしい所長から、模擬戦に関する注意を受けていた。

 曰く、攻撃魔法は直撃させず、地面に着弾させる事。もちろん、周囲の家屋に損害を出す事は禁止。そして、武器による攻撃は意図的に外すか寸止め、あるいは、鎧の厚い部分に当てる事と、当たり前ながら怪我をしないために非常に制限が多いようだ。

 ただ、どうもこの所長、渋い声の割に無駄に話が長いようで、ユーティは頻繁に脱線する話を半分だけ耳に入れながら、対面に立っているイセスの姿を観察する事で暇を潰していた。


(赤いフードにドレス、そして白エプロンか。まるで童話の赤ずきんだな……もっとも、彼女の場合は、赤ずきんのコスプレ、と言うべきかも知れないが)


 室内では外していたが、屋外に出たときにイセスは()色のフード付きの乗馬用コートを身につけていた。もっとも、今はフードは被らず、深紅の長髪をそのままに流しているのではあるが。ユーティにはそんな彼女の衣装が、まるで童話の少女のように見えたのだった。


 ユーティの内心の感想はともかくとして、そうこうしている内に、所長の話はようやく終わりに近づいてきているようだった。


「――と言うわけで、相手を倒すためでは無く、あくまで互いの技を引き出してみせる為である事に留意してください」


 つまらなさそうな様子ながらも、所長の話が終わるまでじっと黙って話を聞いていたイセスだったが、一つため息をついた後に所長に向かって口を開いた。


「ふーむ……所長よ」


「イセスさん、何か質問ですか?」


「やはり、これはつまらんぞ。余としては、この者等の全力の攻撃を見てこそ、正当な評価ができると思うのじゃがな」


 イセスの言葉に、所長は困った顔を見せる。


「いや、そうは言っても、イセスさんに攻撃を当てる訳にはいかないでしょう」


「余に本当に当てられるものなら、それはそれでも構わんが……」


 イセスは腕を組んで一瞬考え込む素振りだけを見せたが、すぐに所長に対して口を開いた。


「所長よ、一つ提案があるのじゃが、余が召喚した者を代理とするのはどうじゃ? それならば、この者等は遠慮無く攻撃できよう。それに、余も見ぶ……評価に徹する事ができるのでな」


「召喚物、ですか? 我々としては構いませんが、ユーティさん達はいかがですか?」


 確認を申し出た所長に、ユーティは肯いて快諾する。彼にとっても、手加減なしに攻撃できる方が楽であるように感じられた。


「ええ、私たちは構いませんよ」


「分かりました。イセスさん……見物ではなくて、きちんと評価して下さいよ?」


「う、うむ。無論じゃ。大船に乗ったつもりでいれば良かろう」


「ではそういうことで、両者、位置について下さい」


 こうして、いよいよ模擬戦を始めるべく、ユーティ達とイセス達は、広場を挟んで反対側で向かい合ったのだった。



              ◇   ◇   ◇



 両者が開始位置についた事を確認した所長が、模擬戦の前口上を始めていた。


「お集まりの帝国臣民の紳士諸君、淑女諸君! 本日は帝国冒険者ギルド主催の模擬戦にようこそおいで頂いた! 残念ながら我が帝国は、突如現れた不埒な魔王軍による侵略を受けている。確かに侵略当初、帝国軍が後れを取った事は否定できない。しかし――」


 それを横目で眺めつつ、ユーティは隣で立っているシャテルに小声で話しかけていた。


「さて、召喚物が出てくるらしいが、何が出てくると思う?」


「あの者はSランク冒険者という事じゃからのう、ジンかイフリートと言った所じゃろ。うちとユウにとっては少々物足りぬが、まあ、仕方なかろう」


「ジンにイフリートと言えば、精霊ですよね? それ以外は無いのですか? たとえば、魔族とか」


 アマリエの質問に、ユーティは変わらず小さな声で回答する。


「魔族召喚は魔神の力を借りる、いわば神聖魔法系だね。アマリエ君も知っているだろう? 魔族を召喚したあの男は悪魔教団の大主教だった」


「そう、でしたね」


 やや目を伏せながら返事をするアマリエ。彼女は10年前にその悪魔教団に掠われてしまい、以来、暗殺者として活動する事を強いられていたのだ。もっとも、1年ほど前に教団は壊滅し、彼女は自らの手によって復讐を果たしたのであるが。

 ユーティは、そんな彼女の様子には意図して構わず、講義のように言葉を続けていた。


「他の召喚系の魔法としては……シャテルが使うような血縁契約があるかな?」


「あれの対象は、それこそ神格じゃがな。父祖の頃に結んだ契約に基づいて呼び出しておる。ま、理屈としては、精霊の召喚と似たような物じゃの」


「そうなのですか、勉強になります」


 なお、ティエンは我関せずで、ふわふわした様子でなにやら呟いていた。


「――それにしてもぉ、所長さんの、お話、長いですねぇ?」


 そしてその頃、広場の反対側では、イライラを募らせていた人物の我慢が今まさに限界に達しようとしていた。腕を組んでじっと黙って待っていたイセスが、ついに柳眉を逆立てて所長に対して叱責の声を上げたのだ。


「所長よ! いくら何でも話が長すぎるぞ! いつまで待たせるつもりじゃ!」


「ああ、失礼。それでは、これより、我が帝国が誇るSランク冒険者、イセスさんと――」


 慌てて軌道修正した所長。指されたイセスが観客に向かって手を挙げると、観客から盛大な拍手で迎えられる。やはり、強さからか、美しさからか、彼女はかなりの人気を誇っているようだ。


「隣国より義勇の心を抱いて参加していただいた、Sランクが期待される冒険者、ユーティさんご一行――」


 ユーティ達も、イセスのように周囲に向かって手を振る。イセスほどではないが、それでも拍手がわき起こったのだった。


「両者による模擬戦を開始します。なお今回は、イセスさんの召喚物がユーティさん達の対戦相手となります。それでは、イセスさん、お願いします!」



              ◇   ◇   ◇



 所長の声に応じ、イセスは右手をすっと空高く差し上げた。目を伏せ、口の中で小さく何か呟いているようだが、その内容は聞こえない。

 数秒後、イセスは静かに指を鳴らした。集まり始めた見物客でざわついている広場ではあるが、そのぱしっと言う音が、広場中に広がっていく。


 そして次の瞬間、イセスの目の前の地上に、赤黒く光る魔法陣が出現した。


「――ほう?」「これは――」「魔法陣!?」「あらあらぁ」


 突然沸き起こった魔力の爆発のような衝撃に、ユーティは目を細めてその中心を見据えていた。シャテル、アマリエも急遽臨戦態勢を取ってそちらの方向に構えている。ティエンのみが、茫洋とした風情で首を傾げていた。


 その魔法陣は1m、5m、10mと、あっと言う間に直径が増していき、最終的に直径20m近くの巨大な環に成長した。その内側は、複雑な紋様が刻まれて見える。

 そして、その魔法陣に下からせり上がるような形で、巨大な純白の竜が頭、翼、胴体に尻尾と、順番に形作られていく。

 竜が現れきったと同時に、魔法陣は風に吹き散らされるように細かく分かれ、白銀の竜を残して消え去っていったのだった。


 広場の中心に突如現れた白銀の竜を目にし、集まっていた観客達は呆然とする者、腰を抜かす者、少し目端の利いた冒険者風の者は全力で逃げ出すものと、様々な反応を示していた。

 観客の様子を冷ややかな目で見つめていたイセスは、座ったまま観客に向けて大きな声を張り上げた。


「安心せい! こやつは余のしもべじゃ。汝らに害を及ぼすことは無いぞ!」


 その声に気づいたのか、白竜はその巨大な頭をもたげると、イセスの方に顔を向ける。人間とは違った構造であるため、やや話しづらそうではあったが、それでもしっかりと聞き取れる言葉を話し始めた。


『コレハ……"イセス"サマニヨル、召喚デシタカ』


「いかにも。ちと汝に頼みたい事があってな。ル・ジーヴよ、此奴等と遊んでやれ。ただし、殺すなよ?」


『ウム。下界ノ人間ノ相手ナゾ、我ナラバ容易(タヤス)イ事。壊サヌ為ノ手加減ノ方ガ難シイ』


 イセスの指示を受けた白竜は、身体を起こしながら身体全体をユーティ達の方に向けた。巨大な竜が身体を起こし、首をもたげると、その高さは3階に届こうかと言う高さにまで達している。幅はもっと広い事から考えると、ユーティ達からすると、目の前に建物がそびえ立っているように見えていた。


「おっと、まだ動いてはならぬぞ? 余が命令を出すまで、少し待つのじゃ」


『ハ、仰セノママニ』


 と、白竜はユーティ達を見下ろしつつ、そのまま動きを止めた。次にイセスは、身体を傾けて、白竜の身体越しにユーティ達の方に顔を見せる。


「と、言うわけじゃ、ユーティとやら! こやつなら、相手に不足はあるまい?」


 ユーティは、目の前で伝説級の竜が自分たちの方を向き、明らかに戦闘態勢に入っていても、飄々とした表情のままイセスの視線を受け止めていた。


「ル・ジーヴ……白き山の古代白竜、ですか。これで役者不足と言ったら、罰が当たりますね」


 その名前を聞いた群衆のざわめきが更に高くなる。帝国国境線に横たわる巨大な山脈に住まい、その山脈を越えてやって来ようとしていた無謀な軍隊を幾度となく追い払っていたその古代白竜は、その地方の住民にとって、まさに守護神と言って良い存在だったのだ。


「ほう、知っておったか。いかにも、その通りじゃ。――なに、勝てとは言わん。どこまでやれるか見せてくれれば、それで良い」


「なるほど、条件は理解しました。ただ、流石に想定外の相手でしてね。作戦タイムを頂いても構いませんか?」


 ユーティの提案に、イセスは仰々しく肯いて答えていた。


「うむ、思う存分準備して貰って構わんぞ。準備が終わったら言うてくれ。そうじゃな、先制攻撃の権利も呉れてやろう」


「それはどうも」



              ◇   ◇   ◇



 イセスの許諾を貰ったユーティは、自らの一行の顔を見回した。このような大物(デカブツ)と対戦した経験の無いアマリエこそ、やや緊張した顔を見せているが、少なくとも、怯えているような顔は一つも無い。


「さて、想定外の相手になったわけだが」


「ま、基本は変わり無いわな。うちの魔法が先制じゃろう?」


 想定外の相手とは言え、このような伝説級の巨大生物と戦った経験が充分にあるシャテルは、全く動じる事は無い。


「その通りだね。ドラゴンが相手だし、こちらもブレスから入ろうか」


「そうじゃな。うーむ、久しぶりの大物相手はワクワクするのう」


 ユーティは次にアマリエに顔を向ける。


「アマリエ君には近接攻撃を頼む。防御力がかなり高い方ではあるが、君に渡した武器ならば、問題無く抜ける筈だ。接近方法は……そうだな、以前練習した"あれ"で行こうか」


「はい、承知しました。確かに、大物相手であれば有効そうですね。できれば正式名称で呼んでいただきたい所ですが」


 そして、ティエン。


「ティエンには、ブレスか魔法が来たときの防御を頼みたい。古代白竜のフロストブレスだが、防ぎきれるかな?」


「我々、神格たる龍と比べて、たかだかトカゲの親玉ですよぉ? しょっぼい攻撃なんか、問題ないですぅ」


「あー、それは相手に聞こえないようにね。ともあれ、よろしく頼むよ」


 最後にユーティは、全員の顔を見渡して声を掛ける。


「さて、私は戦闘指揮と、まあ、隙があればちょっかいを掛けることにしよう。――と言うことで、そろそろ始めようか」


 シャテル、アマリエ、ティエンは、それぞれの口調で元気よく応じたのだった。


「うむ!」「はい!」「はぁい~」



              ◇   ◇   ◇



「さて、貴奴らの準備はできたようじゃな」


『そのようですね』


 互いに顔を合わせて掛け声を掛け、そして戦闘用の隊形に散っていくユーティ達を眺めながら、イセスは小さく呟いていた。

 なおイセスは、いつの間にか鎧武者(シャノン)が用意していた、背もたれつきの少し豪華な椅子に、膝を組んで座っている。

 シャノンは、彼女の斜め後ろに直立して控えていた。


 イセスは椅子から腰を上げること無く、右手を優雅に空中に挙げて所長に開始の合図を促した。


「さあ、所長よ、開始の合図をするが良い。ああ、それから、流れ弾には注意するようにな。もう少し下がった方が良いぞ」


「そ、それでは、始めぇッ!」


 至近距離に巨大な白竜が出現しても、かろうじて逃げ出したり腰を抜かしたりしなかった所長ではあったが、微妙に裏返った声で開始の合図を出したかと思うと、全力で広場の隅っこに待避していった。

 それを見送ったイセスは、変わらず椅子に腰掛けたまま、ル・ジーヴに命令を下した。


「ル・ジーヴよ、まずは待機じゃ。先に一発、撃たせてやれ。教育するのはそれからじゃ」


『承知』


 ル・ジーヴはそれに従い、頭をゆらゆら動かしながらも様子見を続けている。


 一方、ユーティ達は、シャテルとアマリエをツートップとし、その後ろにユーティ、そして最後方にティエンという隊形になっていた。

 開始の合図に伴い、前進……を号令する前に、ユーティはアマリエに対して一つの命令を発する。


「アマリエ君。偽装解除」


「はい」


 アマリエは短く答えると、右手を背中に回して留め金を外し、同時に左手で胸の辺りから服を引っ張った。

 メイド服はエプロン部分も含めて後ろ開きになっており、あっと言う間にアマリエの身体から離れていった。ばさっと(ひるがえ)ったメイド服とエプロンは、裾に着けられていたポーチにあっと言う間に巻き取るように吸い込まれていく。そして最終的に、ポーチ一つがぽろんと地面に落ちて行った。

 最後にアマリエは白いヘッドドレスを外し、ポケットに忍び込ませる。


「ふん、あんな服装(メイド服)で戦うのかと思っておったが、そういう仕掛けか。面白い!」


 イセスが注目したアマリエのその姿は、それまで身に(まと)っていたメイド姿とは一変した、ほとんど暗殺者と言って良い服装であった。胴体はノースリーブでタイトなミニスカートとなっている漆黒のソフトレザーアーマーで覆われている。そして、それ以外の腕から脚にかけては、比較的荒い網目で編まれたインナーを素肌の上に纏っていた。

 彼女の早着替えに、観客も驚きと歓喜の声を上げてアマリエに視線を集中させる。


 それらの視線には構わず、アマリエは腰に手を回して取り出した、短いバトンの様な筒状の道具を握りしめ、白竜に向かって構えたのだった。

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