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7.賢者はSランクとなるための条件を確認する

 ユーティ達一行は、所長と呼ばれた中年の男によって、二階の応接室に案内されていった。普段は中級以上の冒険者パーティとの打ち合わせに使われる部屋なのだろう。落ち着いた雰囲気の高級家具が並んでいる。そして一方の壁には、この地方を示す大きな地図が貼られていた。

 所長はユーティ達にソファに座るように指し示した後、自らもその対面に腰を下ろす。


「帝国冒険者ギルド、アヴェニオ出張所の所長を務めております、パウルと申します」


 所長の挨拶に対し、ユーティ達一行もそれぞれ自己紹介を交えて挨拶を行った。


「ご丁寧にありがとうございます。フライブルクのユーティ・ミードと申します」


「うむ。シャテルじゃ」


「ユーティ様の使用人を務めさせて頂いております。アマリエと申します」


「ティエンと申しますぅ」


 所長はユーティ達が書いた書類に軽く目を通した後、ユーティに向かって口を開いた。


「帝国冒険者登録をご希望いただき、ありがとうございます。王国から馳せ参じて頂けたと言うことは、魔王軍との戦いにご助力いただけると考えてよろしいでしょうか?」


 ユーティは、どう答えるか一瞬考えたが、本当の事を語っても意味が無い事から、無難に肯定しておく事にした。


「ふむ、そうですね。正直申し上げて我々の王国とこの帝国は、国境で小競り合いを起こしたりする事もある間柄ではありますが……しかし、ここで魔王軍を止めておかなければ、次は我が国の番ですから」


 ユーティが何気なく告げた嘘に、シャテルは微妙に口角を上げただけで目立った反応はしなかった。アマリエは完全に制御された表情を通し、ティエンはまるで気にしていない風情であった。

 一方、所長は疑う節も無く、ユーティの言葉をそのままに受け取っている。


「なるほど、それも道理ですね」


「ただ、一つだけ――」


 ユーティは、そう言いながら、所長に人差し指を一本上げて見せた。


「これは我々の国王陛下の与り知らぬ事です。ビシゴート(王国)の五英雄が、ではなく、一介の冒険者として参画している事にはご承知置き頂きたいですね」


「承知しました。我々としても、外交はその任にありませんから、その方が助かります。冒険者ギルドとしては、折り紙付きの実力者がいらっしゃったと言う事実だけで、十二分に喜ばしい事ですよ」


「ご理解いただき、感謝します」


「それでは、今後は魔王領へ向けて旅を?」


 所長の問いに、ユーティは壁に張られている地図に目をやった。魔王領が色違いで記されていて、魔王城が在る場所には×印が打たれている。


「ええ。魔王城への最短距離を辿ろうと考えています。と、言いたいところですが……」


 軽く肩をすくめて言葉を続ける。


「路銀に不自由していましてね。なので、仕事を請けながらの旅になるでしょう」


「なるほど。事情は理解いたしました。で、あれば、極力高ランクで認定できた方がいいでしょうね。――ただ、申し訳ないのですが、この出張所ではCランクまでしか発行できる権限がございません」


「Cランクか……まあ、それでも、Fランクよりはまともな仕事があるでしょうか」


 ユーティの言葉に、所長は大きく首を振った。


「いえいえ、英雄と呼ばれた方をCランクで済ませる訳には参りません! 実は、特例がありまして――」


 所長の言によると、上位の冒険者による試験を受ける事によってお墨付きが得られれば、タグとしてはCのままでも、そのお墨付きの範囲内での仕事が請けられる、と言うことだった。なお、タグそのものは、大都市の冒険者ギルドであれば、お墨付きを受けたランクで更新する事が可能であるため、ぜひ立ち寄って欲しい、と付け加えている。


「――それで、ですが。運が良い事に本日、Sランク、その中でも伝説級に凄腕の冒険者が滞在していましてね。()()とお手合わせ頂けるでしょうか? ユーティさん、シャテルさんであれば、間違いなくSランクのお墨付きを得られるでしょう」


「彼女? 女性なのですか?」


「ええ、彼女も元々は他国からの来訪者ですが、帝国冒険者として類い希なる活躍を示されている方です」


 ユーティの質問に答えると、所長は言葉を続けながら立ち上がった。


「さて、続きは彼女と同席の上でお話しさせて頂きます。腰を下ろした所で申し訳ありませんが、隣室までご足労願えますか」



              ◇   ◇   ◇



 所長に先導されたユーティ達一行は、これまで入っていた応接室から出て、隣の応接室に向かっていった。所長がノックした後に付き従って中に入ると、その内装は先程の応接室と同様の作りになっていた。


 ただ、違いとして、そこには先客が二名座っていた。


 手前の一名は、人間なのか、年齢性別すらよく分からない。つまり、頭の先から足の先まで、余すところなく綺麗に全身鎧(フルプレート)に覆われていた。ただ、その体格は少なくとも、人間の標準体型のように見える。

 もう一名は、妙齢の美女だった。その年齢は、見るところアマリエと同程度である20歳頃に見える。


 服装のみ見ると、この地方の女性がよく着ているディアンドルと呼ばれる、臙脂(えんじ)色の胴衣(ボディス)に同色のスカート、胸元が大きく開いた白いシャツにエプロンを組み合わせた素朴な衣装となっていた。素材もどうも絹やカシミアなどではなく、ただの木綿であるようで、服装だけなら、その辺の普通の人と全く変わらない。

 しかし、その衣服に包まれた中身が普通ではなかった。もともと、胸の部分が強調されがちな服ではあるのだが、彼女の豊かな胸はその強調に耐えうる質感を持っており、その上半分が晒されてもなお、布に隠れて見えない部分に、出番を待っている部分がまだまだ有るように見える。

 組まれたすらりと長い脚を見ると、この辺りでは珍しい絹のストッキングに覆われていた。普通は農家や商家の使用人が着る服だけに、都会の貴婦人が穿くような絹のストッキングは、普通はあり得ない取り合わせだ。


 血のように赤い、深紅の色を持った長髪は無造作に流しているが、まるでベルベットのように深い反射光を放っている。そしてその顔立ちは、少女から大人の女性に移り変わったその一瞬を示すかのように美しく咲き誇っていた。


 ユーティ達の方を見詰めている、彼女の黄金色の瞳を見ると、それは軽く細められており――怒りの感情に満ちていた。細く整った眉をひそめつつ、濡れたように紅く光る唇を開いたかと思うと、所長に向かって叱咤の声を上げる。


「遅いぞ! 余をいつまで待たせるつもりじゃ!」


「申し訳ない、イセスさん。急な来客がありまして。ただ、これでイセスさんのお相手ができましたよ」


 所長の声に、イセスと呼ばれた女性は、ユーティ達を品定めするような目で()めつけた。


「ほう。――では、その者達が?」


「はい、強さは折り紙付きですよ」


「ふん。どうもぱっとせんようじゃがの」


 知らない間に進む話に、ユーティは困惑の色を見せながら所長に尋ねる。


「所長、これは一体……?」


 所長は少しばつの悪そうな顔をした後、ユーティ達に向かって先客の二人を紹介した。


「これは失礼。ええと、まず、紹介からさせてください。こちらはSランク冒険者のイセスさん。そしてこちらはBランクのシャノンさん」


「イセスじゃ」


「シャノンと申します。お嬢さまの護衛を務めさせて頂いております」


 座ったまま腕を組み、つまらなさそうに挨拶するイセスに対し、シャノンと呼ばれた鎧姿は、がしょんと金属音を響かせながら立ち上がり、頭を下げて腰の低さを見せている。もっとも、鎧の中から響く声は、男性か女性かよく分からなく聞こえるのではあるが。


「こちらは、王国からいらっしゃった、ユーティさん、シャテルさん、アマリエさんにティエンさん」


「ユーティです。よろしく」


「シャテルじゃ」


「アマリエと申します」


「ティエンですぅ」


 とりあえず、立っているシャノンと握手を交わす一行。イセスはその姿を不機嫌そうな表情で見詰めていた。


「こちらにお掛けになって下さい」


 所長の導きに従い、イセス達と対面の席に座るユーティ達一行。所長は隅に置いてあった椅子を持ち出し、彼らとユーティ達との間に腰を下ろしていた。


「さて、それでは状況を説明させていただきます」


 そう言うと所長は、ユーティ達に向かって、イセスを手で指し示した。


「まず、こちらのイセスさんですが、この街で戦意高揚のために、冒険者同士で模擬戦を行う事になっていました」


「……」


 イセスは腕を組んだまま、無言で不機嫌そうな態度を変えていない。


「当都市駐在のAランク冒険者を含むパーティが相手をする予定だったんですが……昨晩のうちに、突然逃げてしまったんですよ」


「昨晩の打ち合わせで、余の顔を見たときから様子がおかしかったからの」


 ぼそりと呟いたイセスに、シャノンと呼ばれた鎧武者がフォローを入れた。


「お嬢さま、確か2ヶ月ほど前、ダンジョンで遭遇したパーティですよ。その時は確か、お嬢さまのボスへの攻撃の余波でダンジョンごと潰してしまいましたが、どうやら無事に脱出できていたようですね」


「そんな事もあったかの? 些細なことはよう覚えておらんわ」


「お嬢さまが相手と知った瞬間に、無理無理無理とか死ぬ死ぬ死ぬとかしか言わなくなっていましたからねぇ。余程ひどい目に遭ったのでしょう」


 所長はその辺りの事情は聞いていなかったらしく、驚きの余りに口がぱかんと開いてしまっていたが、少し時間が経つと、なんとか再起動を果たしたようだった。


「と、ともあれ、ユーティさん一行にはその代役を務めて頂きたい、と言う事なのです」


「あくまで、模擬戦、ですよね?」


「ええ、模擬戦です。誰も死にません。――で、イセスさんへのお願いなのですが」


 所長は今度はイセスの方を向いた。


「なんじゃ?」


「単純に模擬戦を行うのではなく、Sランク冒険者として、ユーティさん達一行のパーティの強さを測って頂きたいのです。イセスさんも帝国にいらっしゃった際に受けられたかと思いますが、冒険者としての適正ランクを測る仕事となります」


「なんじゃと? 殺してはいかん、と言うのは、まあ、納得しておったが、評価までせねばならんのか」


 イセスは、眉間にしわを寄せながら首を振る。


「当初のお約束と異なってしまって申し訳ないのですが、これもSランク冒険者としての勤めですので……お願いします!」


 頭を下げる所長を、冷ややかな目つきで見下ろしていたイセス。その耳元で、シャノンがなにやら囁きかけていた。


「ふむ……そうじゃな。その手があるか。――所長よ!」


 なにやら独りごちた後、改まって所長に声を掛けるイセス。


「この話、承知したぞ」


「いやぁ、ありがとうございます! ――で、ユーティさん」


 なんとかイセスを説得できたと考えた所長は、今度はユーティの方に振り向いた。


「ユーティさん達もそういう流れでよろしいですか?」


「いささか、不穏な気配を感じるのですが……お断りしたらどうなります?」


 色々アヤシゲな女性と模擬戦を行わなければならないと言う要請に、ユーティは苦笑を浮かべる。それに対して、所長も苦笑を以て応じてきた。


「まあ、拒否して頂いても結構ですが……当面Fランクとしての仕事しか請けられなくなりますね」


「――仕方有りません。お手柔らかにお願いしたいですね」


 やむなく、肩をすくめてユーティは了承した。ユーティの言葉を聞いたイセスは、無言でにやりと笑うばかりである。

 これでなんとか、双方の合意が取れたと判断した所長は、手を打ち合わせて椅子から立ち上がったのだった。


「善は急げ、です。それでは早速、中央広場に向かう事にしましょう!」

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