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6.賢者は冒険者ギルドに登録しようとする

 明けて翌日。


 朝一番に宿をチェックアウトした一行は、早速冒険者ギルドを訪れていた。


 "帝国冒険者ギルド・アヴェニオ出張所"と書かれた看板の下にある、木製の大きな二枚扉を開けて中に入って行く。

 中は少し広めのホールとなっていて、右側には依頼書が張られるボードがあり、奥には職員が座っているカウンターが(しつら)えられていた。左奥には二階に上がる階段が存在しており、その手前には軽く座れるように、座席が幾つか並んでいる。


 依頼ボードには様々な出で立ちをした数グループの冒険者が張り付いていて、数多く張られている依頼の品定めを続けていた。


 ユーティ達がドアベルの軽やかな音と共に室内に入ると、部屋にいた冒険者達の視線が、黒づくめの男性……は、ともかくとして、その後ろに続くメイド服、ゴシック調に極東の天女風の着物と、明らかに冒険者らしからぬ衣装を纏った、美しき女性陣に集中する事となった。

 何人かの男性の冒険者は目が離せなくなり、更にその一部、つまり、男女混成パーティでは、彼らの傍らの女性冒険者に耳を引っ張られたり、頬をつねられたりして引きずられていく。


 中の様子を見たシャテルが、小首を傾げながらぽつりと呟く。


「王国の冒険者の酒場とはえらく違うの」


「ここは帝国冒険者ギルド、つまり公営、お役所だからね。飲食もできないから、ここは依頼の斡旋や冒険者資格の管理に立ち寄るだけさ」


 そう答えたユーティは、彼の目的である冒険者資格の管理を行う窓口を探して、素早く視線を走らせた。


「ふむ、あそこかな?」


 奥のカウンターには、女性の職員が座っている窓口が三つほど見えているが、一番左端の職員の前には、"資格登録・変更"と書かれた木札がある事に気がついた。

 ユーティはそちらに向かって革靴の音高く足早に近づいて行く。



              ◇   ◇   ◇



 なにやら書類を書いていた年若い女性職員――公務員らしく、こざっぱりとした揃いの制服を身に纏っている――は、目の前に立った人影に気がついたのか、顔を上げるとユーティに向かって微笑みを浮かべた。


「帝国冒険者ギルドにようこそ! どのようなご用件でしょうか?」


「ビシゴート王国からの冒険者です。こちらで冒険者登録を行えると伺ったのですが……」


「はい、こちらで大丈夫ですよ!」


 元気よく返事した職員は、ユーティの後ろに並ぶ一行に目をやった。


「後ろの皆さんも一緒のパーティですよね?」


「ああ」「はい」「うむ」「そうですぅ」


「それじゃ、簡単にシステムを説明させていただきますね!」


 口々に返される返事を聞いた職員は、再びにっこり笑うと、手元から説明用の羊皮紙を取り出し、帝国の冒険者制度について説明を始めた。


 曰く、帝国では冒険者資格は国内で一元管理されている事。ランクは王国と同じくSからF。これはパーティとしてどの程度の強さの敵と戦えるかを示していて、最高のSだとドラゴン一体、最低のFでゴブリンの一団と言った具合。

 依頼には基準となるランクが設定されていて、自分のランクより少し上のランクの依頼を受ける事ができる。そしてそれを何度か無事にこなし、そのランクの勤めを果たせることを証明できれば、めでたく昇格となる。

 通常は最低のFから始まるのではあるが、既に実績を積んでいる外国からの来訪者の場合、基準を合わせるためのスキップ制度が用意されているとの事だった。


 一通りの説明を終えた所で、職員さんは先頭にいるユーティに対して首を傾げながら問いかけた。


「えーと、既に冒険者として活動されていますか?」


「ええ、以前は、ですが」


「では、スキップ制度をご利用頂けます。証拠となる冒険者タグなどはお持ちでしょうか?」


「あ、はい、持って来ています。えーと……確かここに……ああ、これだ」


 ユーティは腰に着けたポーチに手を入れてしばらく探ったかと思うと、細い鎖が付いた一枚の金属製のタグを取り出して来た。

 それは王国での冒険者時代に身につけていた、彼にとって懐かしいアイテムだった。名前を変えてからは使う機会がなかったが、今回は昔の名前で行動するために持って来ていたのだ。

 表面は白金色で綺麗にエナメル加工されているが、裏面は地の色である青銅……ただし、経年変化により、すっかり緑青で覆われている。

 表側の塗装を目にした職員は目を丸くして少しトーンが上がった声を上げた。


「この色は……凄い! Sランクですか!?」


「ええ、まあ」


 一瞬、室内にどよめきが響き渡り、ユーティは軽く肩をすくめる。Sランク冒険者は最上位と言えども幅が広く、中規模以上の都市であれば1パーティくらい居てもおかしくない存在だ。なので、高々Sランクで驚かれる事に、ユーティは面映ゆい物を感じていた。


「拝見してよろしいですか?」


 ユーティからタグを受け取った職員は裏面にひっくり返し、そこに刻まれた情報を読み取り始めた。


「ユーティ・ミードさん。人間、男性……の、賢者、と」


「はい」


「――あれ?」


 指差しながら読み取っていた手が止まり、職員は指折りながらなにかの計算を始めた。


「なにかおかしい点でも?」


 と、問うユーティに対して、困った顔をしながらおずおずと口を開く。


「あの……当たり前ですが、証拠として利用するには、利用者本人の物である必要があります」


「それは当然ですね。――え、これが他人の物だと?」


 いきなり詐称扱いされた事に対して困惑の色を見せるユーティに、職員さんはタグの一部分を指差して見せた。


「だって……ほら、ここ。生まれ年が刻印されているんですけど、これだと今、59歳って事になってしまいます。お父さんの物でも持って来たんですか?」


 説明しづらい矛盾点を突かれたユーティは、思わず空中を見上げる。


「あー……なるほど、年齢、ねぇ」


「お客さん、どう見ても30歳くらいじゃないですか」


 自分自身で老けない理由を説明できないし、人間と明記されている以上、実はエルフです、と言うのも通用しない。ユーティは無駄と思いつつも、一応説得を試みる事にした。


「少々若作りなだけなんですが……ダメ、ですか?」


「だめです! こんなの通したら、私が怒られちゃいます」


「参ったな……」


 顔をしかめながら頭を掻いている所に、後ろから別のタグが差し出された。


「これならどうじゃ?」


 タグを受け取った職員が表面の色――ユーティの物と同じ、白金色――を見て、再び驚きの声を上げる。


「えーっ、お嬢さんもSランクなんですかぁ!?」


 目を丸くしている職員を見ながら、ゴシック調の衣装を纏ったエルフの少女、シャテルは得意げに笑う。


「まあの、それより裏面じゃろ?」


「あ、はい、そうですね――シャテル・リンチさん、エルフ、女性の魔術師で……えーと、当年とって120歳、と」


「うちなら120歳でもおかしくなかろう?」


「あ、はい! もちろん、エルフの方なら問題ありません! スキップ制度をご利用頂けます!」


 元気よく返事をした職員の声を聞いたシャテルは、ユーティの方に向き直って彼の肩をぽんぽんと叩く。


「ユウよ、うちがおって良かったの」


「そうだね。シャテルが居なかったら全員Fランクスタートとなる所だったよ」


 と言って、シャテルの頭をわしわしと撫でるユーティ。頬を染めたシャテルは、慌てて照れ隠しのように職員に向かって声を掛けた。


「ひ、人前で、子供扱いはよすのじゃ! そ、そうじゃ、職員よ。誰か一人でも高ランク者が居れば、少しはマシな仕事が請けられるのかの?」


「あ、それなんですけど……高ランク候補者がいらっしゃいますので、皆さん全員でスキップできる可能性がありますよ! もっとも、所長との面談が必要なんですけど……」


 そして職員は、手元の書類ケースから羊皮紙を何枚か取り出してユーティ達に差し出してきた。


「まず、こちらにご記入いただけますか? 代筆が必要でしたら、その旨仰ってください」


 ユーティは受け取った羊皮紙を確認する。記入事項は名前、種族、生年に出身、職業、他国冒険者ランクと、まあ、ありきたりの内容だ。


「いや、問題無いかな。全員文字は書けるはずだ」


 ユーティは他のメンバーに羊皮紙を渡し、自身も必要事項の記入を始めていた。その途中、首を捻りながら渡された用紙を確認していたティエンが、耳元で囁いてくる。


(あのぉ……自分の年齢、忘れちゃったんですけど、どうしましょう?)


(見た目の年齢で書くしかないんじゃないかな? 私もそうしないと通りそうにないからね。ティエンだと、20台半ばの人間が適当なところかな)


(そうしてみますぅ)


 アマリエはアマリエで、何かぶつぶつ言いながら記入している。


(暗殺者……はダメですね。メイド……冒険者ではないですよね。軽戦士……盗賊……斥候? この辺りが妥当ですか)


 結局、微妙に詐称が入りつつも、以下のデータで提出する事にしたのだった。


・ユーティ29歳、人間賢者、ビシゴート王国出身

・シャテル120歳、エルフ魔導士、深碧の森出身

・アマリエ20歳、人間斥候、ビシゴート王国出身

・ティエン24歳、人間仙術士、絹の国(セリカ)出身


「はい、確かに。それでは、所長の空きを確認してきますね! すぐに戻りますから、このロビーでお待ちください」


 職員はそう言い残すと、カウンターから出て二階への階段を駆け上って行った。



              ◇   ◇   ◇



 一行は壁際の席に移り、職員の戻りを待つことにした。周囲の冒険者から、ちらちらと奇異の目で見られつつも、ちょっかい掛けようなんて気を起こすような人間は特にいないようだった。

 ユーティは頬杖を突いて、先ほど提示した自らの冒険者タグをぶらぶらさせながら、誰に言うとでも無く呟いていた。


「25年間も捨てていた名前を復活させてまで、このタグを持ち出したんだが……意味が無かったようだね」


 それを耳にしたシャテルは、肩をすくめて茶々を入れる。


「五英雄などと呼ばれるようになった後、目立つのがイヤだから今までの名前は捨てる、なんて言うておったのにな」


「今のお名前も、十分目立っていると思いますが。魔術に関する事なら右に出る人は居ないって、フライブルクでは有名ですよ?」


「ユウは目立つなと言っても無理な話じゃな。根が甘いからの。求められたらつい助けてしまうのじゃろ」


 耳が痛い話に、ユーティは苦笑しながら首を振った。確かに以前、シャテルと旅をしていた頃も、彼女にガミガミ言われながらも、ついつい人助けをしていた事がままあった。もっとも、そう言うシャテルも「そんなの見捨てれば良かろう」とか言いながら、結局は手伝ってくれるのではあったのだが。


「耳が痛いね。まあ、今回は時間も無い事だし、とことん利己主義を決め込むさ」


 そしてユーティは、タグを上に放り投げ、落ちてくるところを右手でぱしんと掴み取った。


「ともあれ、ユーティで登録してしまった以上、この国ではユーティで通すしか無いな」


「うちはユウの時しか知らんからな。この方が言いやすくて助かる」


 ――そのとき突然、どたどたどたと、二階の方から誰か走ってくる音が聞こえてきた。

 ユーティ達が音の方を見上げると、バタンと乱暴に扉を開けて、一人の中年の男性が姿を現していた。彼は階段を駆け下りると、ユーティ達の方に脇目も振らず直進してくる。そして彼らの目前で立ち止まり、ユーティとシャテルの顔を見た彼は、彼らの顔を見つめたまま呆然と呟いていた。


「ほ……本物だ……間違いない……あの時からお変わりなく……」


 彼の言い方が気になったユーティは、彼に対して質問してみる。


「以前、お会いしたことが?」


 その声を聞いた男は、まるで将軍に対する兵士のように、びしっと姿勢を正して返答した。


「は、25年前の王都防衛戦で、お二人のお姿を拝見した事がありました。もっとも当時の私は、新米の傭兵でしたが……」


 と、そこに、息せき切って受付の職員が追いついてきた。


「しょ、所長、どうしたんですか? いきなり駆け出したりして。この方達がなにか……?」


 所長と呼ばれた男は職員の方を振り向くと、ユーティに対してとはまるで違った、落ち着いた口調で質問する。


「君。ビシゴート王国の五英雄は知っているかね?」


「えーと、20年以上前の人達ですよね? 確か、今は国王になった神速の剣士と、あとは、黒衣の賢者に、深碧の森の魔術……師……って、え? まさか、そんな!?」


 問われた職員は、人差し指を顎に当てて思い出しつつ、その構成を口にしていたが……途中でその類似点に気がついたらしく、驚きの声を上げる。


「私は以前、この方達と肩を並べて戦ったことがある。間違いなく、本物だよ」


 所長は改めてユーティの方を向き、(うやうや)しい態度で頭を下げる。


「ともあれ、帝国冒険者ギルドにようこそいらっしゃいました。まずは幾つかお話をお伺いさせていただきたいので、こちらにご足労いただけませんでしょうか?」


「ああ、よろしく頼むよ」


「うむ、苦しゅうないのじゃ」


 かくして一行は所長に連れられて、二階の奥にある応接室に案内されたのだった。

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