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5.賢者は旅の目的を説明する

「毎度ありがとうございます! そちらのお姉さんのお陰で、今日は串焼き売れ切れですよぉ♪」


 満面の笑みで頭を下げる給仕娘に軽く手を上げて、支払いを済ませた一行は酒場を後にした。チェックインを行ったアマリエを先頭に、客室に向かっていく。


「とりあえず、客室で明日の打ち合わせをする事にしようか」


「あ、はい。ユーティ様。こちらです」


 とある客室の前で立ち止まったアマリエが、懐に入れていた鍵でその扉を開けた。全員で入って中の様子を見ると、壁際に二段ベッドが二つ置いてある四人部屋である事が分かる。

 ユーティは入り口付近で立ち止まり、アマリエに質問した。


「うん、ここは女性部屋として使うとして……私の部屋の鍵はアマリエくんが持っているのかな?」


 ちなみに二人旅であったそれまでの道中では、年頃の未婚女性と同室で寝るのも気が引けたため、ユーティとアマリエは一人部屋を二つ取っていた。

 ところが、アマリエの返答はユーティにとって予想外の物であった。


「申し訳ありませんが、この部屋しか取っておりません。ユーティ様も同室になります」


 一瞬動作が停止した後に、ユーティは困った顔をしながら頭を数回掻きむしる。


「うーん……いくら何でも、同室はまずくないかな?」


 ユーティの苦言に対し、一行は口々に返答する。


「私は、ユーティ様を信頼しておりますから、問題ありません」


「うちは別に、いつでも来てくれて構わないのじゃぞ?」


「お出かけの時には、いつも私に乗って下さっていたじゃないですかぁ」


「おんし、そりゃ馬の時じゃろうがぁ」


 ただ、ユーティにとっては忸怩(じくじ)たる物があるようで、まだぶつぶつ言っていた。


「しかし、同室というのは、やや人聞きが悪いというか、端から見ると複数の女性を(はべ)らせているように見えるというか……」


「ユーティ様。正直に申し上げます。――この一行を他人から見ると、それ以外には見えようがありません。従って、今更同室云々を気にされても、無駄かと思います」


「む……」


 そのやりとりの間に、シャテルがユーティの後ろに回って行った。


「うちらは誰も気にしておらんのじゃ。ユウよ、いい加減に諦めぃ!」


「うわっ!」


 シャテルはユーティの背中を押して前に進み、彼を下段ベッドに座らせる。そして彼女自身はちゃっかりと彼の横に腰を下ろしたのだった。そして、向かいのベッドには、アマリエとティエンが並んで腰掛ける。


 こうしてようやく、落ち着いて話せる環境が整ったのだった。



              ◇   ◇   ◇



 全員が座ったところで、アマリエは対面に座っているユーティに対して口を開いた。


「ユーティ様。もう一つ、別室を取ったりもしていられない事情がありまして」


「ふむ?」


 続きを促すユーティの視線に、アマリエはその柳眉をわずかにひそめ、やや口ごもった後に言葉を続ける。


「その……申し上げにくい事ですが、このままでは路銀が足りなくなります」


 アマリエの発言に、シャテルはあきれた顔をして隣のユーティを見上げた。


「なんじゃ、ユウよ、そんなに貧乏しとるのか?」


「あー、道中の財布は総てアマリエくんにお任せしていて、ね。ただ一応、計算して両替はしておいたと思うのだが」


 アマリエは困った表情を続けながら理由を説明する。


「シャテル様とティエン様には申し上げにくいのですが、二人旅での用意でしたので……人数が倍になりますと、流石に」


 ユーティは顎の下に手をやり、少し考えこむ。


「ふーむ。確かに、シャテルとティエンの分は想定外だったか。二人とも帝国通貨の持ち合わせは……」


「正直言うて、ほとんど無いのう。そもそも、庵では自給自足じゃったから、王国通貨すら、それほど持っとらんわ」


「私はぁ、馬でしたからぁ……」


「まあ、そうなるか」


 そして、期待通りの回答に、肩をすくめるばかり。


「アマリエくん、なんとか当座の資金を手に入れる方法は無いかな?」


()()()()の、つまり、手放したり誰かに使われても支障が無い魔導具類があれば、現金化もできますが……」


 アマリエの提案に、ユーティは腕を組んで手持ちの道具について思案する。


「確かに、この田舎でも買い手が付きそうな魔導具は、それほど持っていないな。シャテルもそうだろう?」


「うちのは基本、ユウお手製じゃからな。アーティファクト級しか持っとらんわ」


「私はぁ、馬でしたからぁ……」


「「「う~~~ん」」」


 三人が腕を組んで考え込んでいる中で、唯一、アマリエだけがそのまま言葉を続けた。


「なので、解決策は一つしかありません」


「アマリエくんには何か案があるのかな?」


 アマリエはユーティの問いに小さく肯く。


「はい、ユーティ様。もともと、この街で冒険者登録をする予定でしたよね?」


「ああ、外国人がこの国で旅するにはその方が便利だし、そもそも、魔王軍の支配地域に侵入するためには、冒険者の資格が必要らしいからね」


「で、あれば、明日は少しでも高ランクで登録し、高ランク冒険者用の割の良い仕事をするしかないと思います」


 アマリエの提案に、ユーティは一瞬意表を突かれた顔をした。しかしすぐにそれが、正しい作戦である事を理解する。


「なるほど……それは道理だ。確かにこの方法なら、移動しながら稼ぐこともできそうだね。明日は一つ、頑張ってみる事にしようか」


「なに、ユウとうちは、元々王都ではSランク冒険者じゃったのじゃからな。容易いものじゃ」


「はい、五英雄のお力、期待しております」



              ◇   ◇   ◇



 明日以降の予定が決まったところで、ユーティはティエンの方を向いて座り直した。


「所で、ティエン」


「はい、何でしょう~、旦那様?」


 ティエンは小首を傾げて話を聞く姿勢を取った。


「天界に帰参するために、私に仕えたいと言う希望を、先程伺ったと思う」


「はい~。確かに、私が帰参する条件として、旦那様に最後までお仕えすると言うのがありますぅ」


「それはまあ、私としては有り難いのだが……そもそもの、旅の目的をきちんと話しできていなかったと思う。まずはそれを聞いてから、このまま共に旅をするかどうか、決めて欲しい」


「そういえば、うちも旅の理由は聞いておらんかったの。うちに負けず劣らず出不精のユウには珍しい事じゃ」


 横から口を出すシャテルの方をちらりと見てから、ユーティはゆっくりと彼の目的を口にした。


「我々の目的は、今日から60日以内に魔王城にたどり着くこと、なんだ」


「ほう、わざわざ他国にまで赴いて魔王を殴りに行くとは、まるで伝説の勇者のようじゃの」


 茶々を入れるシャテルにひきかえ、ティエンはまだ無言で首を傾げている。黙って首を傾げている姿は、浮き世離れした蒼銀の髪もあいまって、まるで東方の絵画に出てきそうな風情を醸し出していた。


「私がそんな殊勝な人間じゃない事は、シャテルも知っているだろう? 世界のために魔王を倒そうとしているわけじゃない。極めて個人的な理由さ」


 シャテルの茶々入れに返事をした後、ユーティは再びティエンに顔を向ける。


「魔王城に存在する筈の()()()物を確認する事が目的で、戦闘は極力避けるつもりなんだ。ただ、非常に危険な旅である事は変わらないからね。せっかく馬の姿から解放されたのだし、ここで自由にして貰っても構わないのだが……ティエン自身は、どうしたいかな?」


 ティエンは提案を聞くと、にっこりと笑みを浮かべて即答した。


「別れるなんて、とんでもない事ですぅ! なにより、馬から解放してくださった旦那様に恩義を感じていますからぁ、イヤだと言っても付いてきますよぉ?」


 力こぶを作るように右腕を振り上げ、言葉を続ける。


「あと、こう見えても私、半神ですからぁ。大抵の事なら大丈夫ですぅ。もっとも、今はまだ力が回復していないんですけど……」


「そうか……ありがとう」


 その返答を聞いて、ユーティは小さく頭を下げた。……その脇腹を、シャテルがつんつんとつついている。


「ん、なにかな?」


「うちには聞かんのかの?」


 ニヤニヤしながら聞いてくるシャテルに、ユーティは少し苦笑した後に、改めて問い返した。


「あー……シャテルは、同行してくれるのかな?」


「うむ、ユウと旅ができるこのチャンス、逃すわけには行かんのう! 無論、どこまでも付き合うのじゃ!」


「――そうか、ありがとう」


 即座に胸を張って宣言するシャテル。ユーティは笑みを浮かべながら、そんな彼女の頭を軽く撫でたのだった。

 撫でられて満面の笑みを浮かべたシャテルは、どさくさに紛れてユーティにしなだれかかろうとする……が。


「あー、すまない、シャテル。少し重い」


 と、素気なくあしらわれたのだった。シャテルは重いなどと言われて少し口をとがらせながらも、体重が掛からないように座り直す。もっとも、触れそうな距離である事には変わらないのだが。

 最後にユーティは、アマリエの方に顔を向けた。


「最後にアマリエくんにも、今一度聞いておきたい。ここまで連れてきておいて今更ではあるのだが、君はそもそも私の危険な旅につきあう義務はない。希望するならば、ここから領主館に帰っても、もしくは、君自身の道を歩み始めても構わないよ」


 アマリエはユーティの言葉を聞いて一瞬目を見開いたが、すぐに(かす)かな笑みを浮かべて口を開く。


「出発する時にも言いましたよね? 悪魔教団に掠われてから10年。これまで、自分の意志で旅する事はありませんでした。初めて自分の意志で旅に出ているのです。付いていくに決まっているじゃないですか!」


 そして微笑から苦笑に変わりながら、彼女は言葉を続けた。


「それに、お財布を握っているのは私ですよ? 只でさえユーティ様は普通の生活はポンコツなんですから、放っておけませんよ」


「そうだったな。すまない」


 ユーティもアマリエに向かって苦笑で返し、お互いに笑いあっている。

 ――そんな二人の様子を、シャテルはその空色の瞳を僅かに細めながら見ていたが、それ以上特に反応することは無かった。



              ◇   ◇   ◇



 話しておきたい事は話し終えたと感じたユーティは、一つ手を打ってから勢いよく立ち上がった。


「さて、明日は朝イチで冒険者ギルドに行きたいからね。今日はもう寝る事にしよう。ベッドの配分は……と」


 と言った所で、アマリエが口を出す。


「ユーティ様は、そこの上のベッドをご利用いただけますか?」


「あ、ああ、構わないよ」


 唐突な提案に少し驚いているユーティに、アマリエは更に提案を続けた。


「そして上がってから少しの間、下を見ないで頂けます?」


「どういうことだい?」


「その間に、皆で寝間着に着替えてしまいますので。――覗いちゃだめですよ?」


 最後に笑いながら付け足したアマリエに、ユーティは若干挙動不審になりながら返事をする。


「だ、大丈夫だ」


 その姿を見たシャテルが、にんまり笑いながら口を挟んで来た。


「うちは構わんのじゃがな」


「私もぅ、散々裸を見られてましたからぁ」


「だから、それは馬じゃろうがぁ」


 そうは言われても、やはり覗くわけには行かない。ユーティは、急いで二段ベッドの上段に登り、そして、壁の方を向いて、彼女たちの着替えが終わるのを待ち始めたのだった。


「さ、着替えてしまいましょう。シャテル様は着替えはお持ちですよね?」


「うむ、勿論、自分の物は持参しておるぞ」


「ティエン様は……ありませんよね」


「そうですねぇ。着の身着のままですぅ」


「では、私の予備をお貸しします。少々サイズが合わないかと思いますが……」


 アマリエの方からゴソゴソ言う音が聞こえる。恐らく、彼女のポーチから寝間着を二着取り出しているのだろう。彼女のポーチも、見た目より大量に入る魔導具であるため、長旅が見込まれる割には、大きな荷物を持たずに済んでいた。


「ありがとうございますぅ」


 衣擦れの音からすると、どうやら全員着替えに入ったようだ。


 シャテルはゴシック風の少女用ドレス、アマリエはメイド服にその下は革鎧、そしてティエンは東方の薄衣と、それぞれ全く異なる服を身に纏っている。

 女性同士和気藹々と脱ぎながら、アウターからインナーに至るまで、お互いの服に関する品評会が続いていた。


「それにしてもお二人とも、全く戦闘用では無い装備を身につけられているのですね」


「私はぁ、いざとなれば、龍の姿に戻れますしぃ。――今はまだダメですけどぉ」


「うちは魔術師じゃからのう。ただ、おんしは前衛職と言えども、薄い方じゃないかの? うちが知っている前衛職は全員、金属鎧でガチガチじゃったが」


「防ぐのでは無く、避けるのが主任務の斥候ですので。でも、この網状のインナーもそうなのですが、意外に防御力あるんですよ?」


 ユーティは覗かぬように頑張っていたため、彼女たちが交わす言葉から想像するしか無かったのだが、ついにはお互いの体型がよく分かる下着状態にまでなったようだった。


「それにしても……おんしら、つくづくでかいのう」


「背、でございますか?」


「胸じゃ、胸! 遠慮せんとぼよんぼよんしよってからに」


「シャテル様もすぐに大きくなりますよ。ティエン様の域に至るかどうかは分かりませんが……」


「努力して得た物ではありませんからぁ、なんとも言いようがないですぅ」


 何というか、男性としては非常にもやもやとする会話が続いており、ユーティの居たたまれなさが最高潮に達してきた。


(ロビーででも時間を潰していた方が良かったかな……)


 明日からはせめて部屋から出ていようとユーティが決意した頃に、全員寝間着に着替えられたらしく、ようやく下から声が掛けられたのだった。


「ユーティ様、ありがとうございます。もう大丈夫ですよ」


「あ、ああ。私も着替えさせて貰う事にするよ」


 ユーティもベッドの上でそそくさと着替え、外出用の服をアマリエに渡してハンガーにかけてもらう。


「それじゃ、おやすみ」


「お休みなさいませ、ユーティ様」「うむ、おやすみなのじゃ」「おやすみなさいですぅ」


 お休みの挨拶の後、窓際に置いてあった燭台の明かりを消し、帝国一日目の夜は更けていったのだった。

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