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16.賢者はハーレムを否定してみる&17.賢者はお姫様抱っこをしながら降下する

 切りが付かなければ若干延長する可能性はありますが、予定ではあと2話となります。

 ヴェルコール山地。アヴェニオの北東、南北50kmに渡ってそびえ立つ、標高2000m前後の山地である。稜線の西側は比較的緩やかな斜面であるが、東側は場所によっては高さ百m以上の断崖絶壁となっていた。


 アヴェニオを出立してから7日後の午後、一行の姿はこのヴェルコール山地にあった。途中で立ち寄った麓の村での情報によると、この山中、崖の途中にある洞窟に、今回の依頼の目標である火竜の棲家(すみか)があると言う話だったのだ。


 一行が稜線に沿って登っていくにつれて、木々は次第に低くなり、今は低木がまばらに生えているだけになっていた。


「そろそろ、上空から来る可能性がある。注意していこう」


 ユーティは広い空を見上げながら皆に向かって警告を発した。見事な晴天に恵まれ、僅かな雲が見えるほかは何の姿も見られない。


「今来たら、どうされますか?」

「格闘戦に来てくれれば話は早いのだがね。ティエンはともかく、私を含めて、他の誰でも倒せるだろう」

「そうですねぇ。もう少し戻らないと殴り合いはちょっと、自信ないですねぇ」


 ユーティの指摘に、ティエンは右手を構えて、手の平を開いたり閉じたりしながら答えている。


「問題は、遠距離戦じゃな」

「その通り。上空からの炎の吐息(ファイアブレス)に徹されると厄介だね。まあ、洞窟で眠りこけてでもいない限り、そうなると考えておいた方が良さそうだ」


 ユーティは肩をすくめながら話を続ける。


「ちなみに、その場合は私は何の役にも立たないだろう。私は火竜の鱗を抜ける銃火器を持っていないし、飛んでいる火竜の目や口を射貫くほどの自信はない」

炎の吐息(ファイアブレス)をしのげるのは、うちの魔法とティエンの仙術かの」

「そうですね。私はユーティ様と同様、なにもできません」


 アマリエの反応に、ユーティは首を振った。


「いや、アマリエ君にはアレを使って貰うつもりだ。敵が弱い今のうちに、実戦を経験しておくことにしようか」


 アマリエは少しの間、目を見開いていたが、直ぐに納得したのか、小さく肯いていた。


「承知しました。ユーティ様の仰るままに」

「む、アレとは何じゃ? まさか、火竜を(ほふ)れる魔導具でも開発できたのかの?」

「秘密です。ですよね、ユーティ様?」


 アマリエの反応に違和感を持ったユーティは、彼女に顔を向けた。普段の彼女なら、このような場合は口を挟まず、スルーしていたはず。でも、わざわざ自分の方を向いて微笑んでいる?


「ん? うーん、そうだね。先の楽しみにしておこうか」


 僅かに首を傾げつつも、当たり障りのない返答をしたユーティに対し、今度はシャテルが後ろから飛びついてきた。


「なんじゃとぉ? ユウよ、うちとの仲に隠し事は無しじゃろっ!?」

「ちょっ!? シャテル、歩きにくい!」


 まだ成長途上とはいえ、それなりの柔らかさを持った肢体にぶら下がられてユーティは動揺する。


「シャテル様、そろそろ離れて頂けませんか?」

「あらぁ、押しくら饅頭でしょうか? 私も参戦しますぅ」


 アマリエはシャテルを引きはがそうとしているが、ティエンは逆に全員に覆い被さるように抱きついてきていた。


 色々触ってしまったり押しつけられたりで、収拾が付かなくなってきたユーティは、やむなく大きな声を上げて制止する。


「君たち、嫁入り前の身でそんなに男性にくっつくものじゃ無い!!! 一旦離れなさい!」


 三人は、渋々ユーティから離れ、ニヤニヤ、あるいはニコニコしながら彼の顔を見つめていた。


「ふう……まったく、私だって男性だよ? 勘違いしてしまったらどうするつもりなんだ?」


 ――その瞬間、周囲は静寂に包まれた。


 たっぷり10数えるほどの時間が経過した後、シャテルは一言、「い……」とだけ発した。


「い?」


 ユーティは思わず問い返す。


「いま頃、それなのかのっ!?」


 次の瞬間、静かな山中に、シャテルの叫び声が響き渡っていた。


「勘違いするも何も。うちはいつも、いつでも構わぬと言っておるではないか!」

「旦那様のお世話には、もちろん、(しとね)をご一緒させていただくのも含まれますよぉ……うふふ❤」

「私は二人目でも三人目でも構わないとはユーティ様に申しましたが、やはりできれば一番の方が……」


 口々に言い(つの)る三人を前にして、ユーティは頭を抱えるばかり。


「そうは言っても、ハーレムでもあるまいし。どうしてこうなったんだ……?」


 そこへそっとアマリエが彼の肩に手を掛け、耳元で囁きかけたのだった。


「諦めて下さい。どこをどう見ても、立派なハーレムパーティですよ、ユーティ様。いえ、ご主人様?」



              ◇   ◇   ◇



 緊張感が削がれる一幕はあったものの、気を取り直して縦走を続けていたユーティ達は、ついに火竜の棲家(すみか)と思われる洞窟の真上にたどり着いていた。

 山の稜線、崖の上から頭を出して見下ろすと、絶壁の中腹にぽっかりと開いた洞窟が見える。洞窟の床には巨大な足跡が幾つも残っており、火竜が住んでいる事は間違いないように見えた。


「さて、いよいよだね」


 ユーティは、アマリエ、シャテル、ティエンの顔を順番に見て回る。全員、程よい緊張感を保っているようだ。


「先程話し合った作戦通り、まず最初に降りるのは私とシャテル。そして、私たちが着地するまでは、アマリエ君とティエンで上空警戒を頼む」

「承知しました、ユーティ様」

「済まぬが、"浮遊"で降りている間は完全に無防備じゃ。よろしく頼むぞ」


 シャテルの声に、アマリエは肯いて答えている。


「私達が着地したら、今度はアマリエ君とティエンが降下してくれ。ティエンはアマリエ君を連れて下ろせるね?」

「はあい、問題ありませんよぉ」


 ティエンの答えを聞き、改めて全員の顔を見回すと、ユーティはパシンと手を一つ叩いて作戦開始を宣言したのだった。


「よし。では、始めるとしようか」

-----------------

●17.賢者はお姫様抱っこをしながら降下する

-----------------

 火竜を狩るため、棲家(すみか)があると思われる崖の直上に辿り着いたユーティ達一行。


「よし。では、始めるとしようか」


 作戦開始を宣言したユーティは、貪欲の鞄(グラトニーバッグ)を開き、その中に手を差し入れた。


「まず、これをアマリエ君に渡しておこう」


 ユーティがよいしょとばかりに取り出したのは、アマリエの身長ほどもある、巨大な銃器であった。


「ユウよ、これは……?」


 ユーティ製の魔導具を見慣れているとはいえ、余りに重厚な代物に、目を丸くするシャテル。


「試製外部魔力式破壊力線放射砲、通称バスターカノンだ。仕組みについては……アニー君の魔法、魔導砲(マナカノン)は知っているかな?」

「うむ、うちの庵の前で実演して貰ったが、とんでもない威力じゃったな。とても人の身で扱える術とは思えんかったの」

「あの理論を魔導具にした代物だ。もっとも、変換効率の都合上、必要魔力は魔導砲(マナカノン)と同程度でありながら、威力は及びも付かないがね。それでも、火竜程度なら(かす)っただけで()してしまうだろう」


 そしてユーティは更にバングルを取り出してアマリエに渡している。


「アマリエ君、魔力転送器だ。牛刀をもって鶏を割くようなものだが、練習には丁度良いだろう」

「はい、ユーティ様。お任せ下さい」


 バングルを装備しているアマリエを横目に、ユーティはシャテルに声を掛けた。


「では、シャテル、行こうか」

「うむ」


 と一言言うと、シャテルはユーティの前に立って手を広げた。


「ほれ!」

「シャテル、それはどういう?」


 首を傾げるユーティに、シャテルは胸を張りながら要求する。


「お姫様抱っこじゃ、お姫様抱っこ! ユウがうちを担いで、うちがユウに"浮遊"を掛ける。これが一番安全かつ効率が良い方法じゃからな!」

「む…… た、確かに」


 納得したユーティは、不承不承ながらもシャテルを横抱きに抱き上げた。成人ほどの重量感はないが、やはりもう子供の重さでは無い。以前旅していた頃にも同様の機会はあったが、その頃感じていた堅さは抜け、柔らかさに置き換わりつつあった。

 と言った感想を口にする訳にもいかず、ユーティはなんとなく視線をあちこちに走らせた。アマリエは少し口を尖らせて、ティエンは羨ましそうな表情でユーティの方を見つめている。無論、シャテルは満面の笑みを浮かべていた。


「"マナよ、我が求めに応じ空をたゆたう力となれ"――浮遊(レビテーション)!」


 お姫様抱っこで抱かれながら、シャテルが右手を軽く振って魔法を唱えると、ユーティの足がふわりと浮く。


「さ、行こうかの。うちを落とすでないぞ? 落としたら集中が切れて、うちもユウも真っ逆さまじゃ」

「ああ、気をつけるさ」


 シャテルの誘導に従ってユーティは空中をゆっくり移動、崖の端を越えると、今度は下向きに降下を始めていた。


 ティエンはユーティ達を追って崖の端に移動すると、下を向いて彼らを視線で追いかけ始めた。アマリエも一度は様子を見たものの、すぐに周辺の警戒に入ったのだった。



              ◇   ◇   ◇



 ユーティとシャテルは、順調に降下を続けていた。ただ、"浮遊"はゆっくり歩くくらいの速さしか出せない魔法であり、洞窟に辿り着くまでにはまだ時間を要するように見えた。


 そして周辺を警戒していたアマリエは、自身に投げかけられた視線を感じ取っていた。素早く周囲を見回し、その源を確認する。まだ点にすら見えないそれを、目を細めて見定めていた。


「ティエン様、あちらから高速で侵入する未確認飛行物体を確認しました」

「あらぁ?」


 ティエンはその声を聞いて視線を上げ、手をかざしてその物体を確認する。


「まだ見えませんねぇ」

「恐らく火竜でしょう。射撃準備に入ります」


 ティエンに伝えたアマリエは、立てていたバスターカノンのバイポッドを降ろすと、伏射(ふくしゃ)の姿勢を取った。

 そして、ユーティから説明を受けていた、発射シーケンスを開始する。


「ターゲットスコープ、オープン。電影クロスゲージ、スイッチオン」


 収納式の大型スコープを展開し、スイッチを入れて内部に仕込まれたゲージの明かりを(とも)す。


「マナコンデンサー装填、エネルギー注入準備」


 スライドを引いて薬室にコンデンサーを送り込む。ついで側面に取り付けられていたスイッチをパチンパチンと操作する。


「魔力励起器、魔力共鳴器起動」


 ブゥンという低い音と共に起動した内部の機器から、小さなノイズが聞こえ始めていた。

 それぞれの機器の作動に必要な莫大な魔力が、腕につけた魔力転送器を通して転送されていく。並の魔導士なら、とうの昔に昏倒してしまうほどであったが、アマリエにはまだ余裕があった。


「薬室内圧力正常。セーフティロック、解除」


 アマリエは、引き金の横に取り付けられていたセーフティを解除した。ノイズの音は次第に音量と音程を高め始め、銃口の奥にも、ちらちら光る物が見え始めていた。

 と、そこで彼方を見つめ続けていたティエンが、声を上げる。


「あ、やっと見えましたぁ。やっぱり火竜ですねぇ。下等な龍モドキが、必死で無様に飛んでますぅ」


 アマリエの目にも、翼を羽ばたかせながらこちらに向かって飛んでくる火竜の姿が見えていた。そして彼女は柳眉を僅かにひそめる。


「ユーティ様に向かわせる訳には参りません。こちらに引きつけます!」

「はぁい、防御はおまかせあれぇ」


 アマリエは覗き込んでいるスコープの隅に表示されている数字にちらりと目を走らせた。まだ40%。ユーティの声が脳裏をよぎる。


『原則としてエネルギー充填は120%で発射するように。50%より低すぎると不発になってしまう。80%以下だと撃てるは撃てるが、不完全発火のため、中途半端なエネルギーが周辺にまき散らされる事になるだろうね』


 アマリエは三つ目のスイッチを入れた。


「力線誘導器作動。発射態勢へ」


 銃身とその前方に渡って、数個の魔法陣が表示され、光を放ち始める。銃口から漏れ出す光も次第に光度を上げつつあった。


「エネルギー充填、50%、60%……」


 アマリエの目には、はっきりと火竜の瞳まで見えていた。明らかに自分の方向ではなく、下降しているユーティ達の方を見つめている!


「70%、間に合いません。撃ちます!」


 アマリエはついに、トリガーを引き絞った。


 薬室内部で大型のボルトが前進し、エネルギーに満ちたコンデンサを銃身めがけて押し進める。


 コンデンサが銃身に打ち付けられた音が響いた一瞬の後、コンデンサ内で爆縮した純エネルギー球から、出口を見つけて迸る破壊の光が銃身を通って吹き出し始めた。


 しかし、部分的に目を眩ます程の光量を見せてはいるが、螺旋回転する光線の密度は低く、濃淡がはっきりしていた。


 本来なら集束すべきエネルギーが千々に分かれ、拡散していく。それらは慌てて高度を上げる火竜の下を僅かにかすめ、虚空に散っていったのだった。

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