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10.賢者は"見なし"Sランクの承認を取り付ける

 Sランク冒険者、イセスが呼び出した古代白竜ル・ジーヴと対戦し、見事勝利したユーティ達一行。

 ル・ジーヴが昏倒した後、広場は静けさに包まれていた。

 そこに、ぱちぱちと手を叩く音が聞こえ始める。


「ユーティとやら、見事であったぞ!」


 イセスが座っていた椅子から立ち、ユーティ達に向けて拍手を送っていた。


 その声により、呪縛から解き放たれたかのように、観客からの歓声、拍手が怒濤のようにわき起こった。

 所長も遅まきながら、試合終了を告げる声を上げている。


「そ、そこまで!」


 歓声の嵐の中、ユーティ達一行はお互いに顔を見合わせてにっこりと笑っている。


「シャテル、完璧だ。よくやったな」


「うむ、朝飯前じゃ。もっと褒めてくれてもいいのじゃぞ!」


 ユーティがシャテルの頭をなでると、嬉しそうに胸を張っていた。


「ティエンもよく護ってくれた。あれがなければ即座に反撃に移れなかっただろう」


「いえいえぇ、旦那様の指示通りにしただけですぅ」


 ユーティにふらふら~っと近づいてナチュラルに抱きつこうとしたティエンであったが、さりげなくアマリエにガードされる。


「ティエン様、公衆の面前ではいささか破廉恥かと」


「ああん、いけずぅ~」


「アマリエくんに最も危険な役目を負わせてしまったね。ありがとう」


 ユーティはティエンと自分の間に入ってきたアマリエに、彼女の肩を軽く叩きながら礼を言った。


「いえ、それほどでもありません。ユーティ様もご支援ありがとうございました」


 ユーティに対して頭を下げたアマリエであったが、一瞬、何かを言いよどんでいるように見えた。


「あ、あの……できれば、その、しゃ、シャテル様のように」


「ん?」


「い、いえ、なんでもありません」


 アマリエの顔を見ると、ぷいっと横を向いている。

 ユーティは少し考え込んだ。さて、彼女が求めている物は何か……

 一つ思いついたユーティは、早速試してみることにした。


「これで、いいかな?」


 頭に手をやり、軽く二、三度撫でてみる。


「――ッ!?」


 アマリエは一瞬びくっとなったが、そのまま体を硬くしているように見える。ただ、消え入るような声で礼を言ったように聞こえた。


「あ、ありがとうございます……」


 ユーティは、試してはみたものの、これが正しかったのかどうか判断しかねており、所在なげに頭を掻くしか無い。

 と、そこに、イセスとシャノンが歩み寄ってきた。



              ◇   ◇   ◇



「汝ら、そういうのは宿屋の部屋ででもやってくれんか?」


「あ、イセスさん」


 あきれ顔のイセスに、赤面しながら苦笑するユーティ。ちなみにアマリエは、こそこそと後ろに控えて行っていた。


「いやはや、よもや、ル・ジーヴを倒してしまうとは思わなかったぞ。全く、見事な物じゃ」


「手加減してくれていましたからね。本気で来られていたら、流石にこれほど楽には戦えなかったでしょう」


 ユーティの返答を聞いて、イセスはニヤリと笑う。


「一撃で殺せるチャンスが二回もあったにも関わらず、手加減する余裕があったのにか?」


「模擬戦で接近戦スタート、しかも、ル・ジーヴ側からの近接攻撃はナシでしたからね。実戦ならば、まず空中から降ろす必要があるでしょう」


 ユーティは手をポンポンと叩くと、ティエンの方を振り向いた。


「ま、それはさておき。模擬戦にご協力頂いたル・ジーヴを回復させなければなりませんね。ティエン、できますか?」


 ユーティ自身とアマリエは魔法を全く使えない。シャテルも回復は得意ではない。となれば、回復術が使える可能性があるのは、仙術師であるティエンのみであった。単なる予想ではあったが、どうもそれは正しかったらしく、ティエンも二つ返事で了承してくれた。


「はぁい、できますよぉ」


「ふむ。申し出はありがたいが、無用じゃ」


 手を上げてユーティの申し出を断ったイセスは、更にその右手を頭の上にまで挙げてパチンと指を鳴らした。

 その瞬間、ル・ジーヴの負傷部位である胸元、右目、喉、そして後頭部に光が集まり、あっと言う間に治癒してゆく。


「ル・ジーヴよ、起きるのじゃ」


『グ……ム……我ハ……』


 倒れ伏していたル・ジーヴであったが、イセスの声で気がついたようで、首を振りながら起き上がった。そのまま、伏せたような姿勢でイセスの方を向く。


「あっさり攻撃を喰ろうて撃沈しておったのじゃよ。落ち着いたか?」


「ハ、面目ナイ」


「下界の人間にも強き者がいる事が分かったかの。――ああ、そうだ。汝の角は治しておらん。ま、再び生えるまでこの教訓について考えておくのじゃな」


「承知シタ」


 ル・ジーヴはイセスに対して改めて頭を下げた後、ユーティ達の方に顔を向けた。


「人間共ヨ……見事デアッタ。ウヌラヲ強敵(トモ)トシテ認メテヤロウゾ。機会ガアレバ、我ノ住処ニ遊ビニ来ルガ良イ」


「ええ、再見を楽しみにしていますよ」


 ル・ジーヴが差し出してきた爪に対して、ユーティは握手代わりに、コンコンと軽く拳で叩いたのだった。


「さて、それではそろそろ送り返す事にしよう。すまぬが、少しル・ジーヴから離れてくれるか」


 イセスは、ユーティ達をル・ジーヴから離すと、召喚したときと同様に、右手を空中に差し上げて、パチンと指を鳴らした。

 そして再び、黒く輝く魔法陣が出現し、今度は逆に、ル・ジーヴを飲み込んで行った。


 完全にル・ジーヴを飲み込んだ魔法陣が、風に吹き散らかされるように四散してしまうと、そこにはル・ジーヴが存在していた証は全く無くなっていた。――切り落とされたツノを除いて。


「おお、そういえばツノが残っておったな。ユーティとやらよ、金に困っておったのじゃろう? 戦利品として持って行くが良かろう」


「古代白竜のツノ……ですか。おいそれと換金できなさそうですがね、ありがたく頂いておきます」


 ユーティは細めの丸太ほどの大きさを持つツノを抱えると、アマリエを呼んで彼女が持っている鞄に納め始めた。明らかに鞄の大きさを超えた長さであるが、問題無く吸い込まれていく。

 その様子を見たイセスは、興味深そうに眉を上げている。


「ほう、面白い道具じゃな。空間をねじ曲げておるのか。――そういえば汝は、先ほど妙な武器を使っておったな」


「これですか?」


 ユーティは懐から先ほど使用した銃を取り出した。その外見はいわゆる中折れ式の回転胴式拳銃(リヴォルバー)に酷似している。


「マナ・リヴォルバーと名付けています。マナを充填したカートリッジを装薬とした、攻撃用魔導具ですよ」


 イセスはユーティの手にあるそれを、様々な方向から眺めている。


「なるほどのう。これなら、()()()()()()()()()()()汝でも攻撃できると言う訳か……いやはや、面白いの」


 大きく胸が空いたディアンドルで前屈みになられると、その豊満な胸がこぼれ落ちそうになっているのだが……ユーティはここで鼻の下を伸ばすわけにも行かず、微妙に視線をずらしておくしかない。これ以上見せつけられると見ない自信がなくなってきたユーティは、話題を変えておく事にした。


「そういえば、イセスさんの方こそ、フィンガースナップだけで召喚に回復にと、様々な魔法を発動していたようですが」


「ああ、大したことではないぞ? 余の場合は――」


 と言いかけた所で、後ろに控えていた鎧武者(シャノン)が咳払いをして割り込んできた。


『ごほん、お嬢様』


 シャノンの方をちらりと見たイセスだったが、一瞬言いよどむと、ばつの悪そうな笑顔を見せて前言を翻したのだった。


「む、あ、そうじゃったな。実家の秘伝でな。秘密じゃ」



              ◇   ◇   ◇



 それまで聴衆に対して様々な事を語っていたものの、ユーティ達に対して話しかけるタイミングを掴みかねていたらしい所長が、話が途切れたタイミングで話しかけて来た。


「イセスさん、ユーティさん、お疲れさまでした。おかげさまで、帝国冒険者にはこれほどの戦力があると言うことを示す事ができましたよ」


「ふむ、まあ、容易い事じゃ。余の仕事はこれで終わりかの?」


「あと一つだけ、です。ユーティさん達はSランク認定という事でよろしいでしょうか?」


「無論じゃ。あの手並みから見ると、Sランクの必定条件である、ただのドラゴンなんぞ瞬殺じゃろうな」


 イセスの発言を聞いた所長は、にこやかに笑いながら懐から書類を取り出し、イセスにサインを求める。


「では、ここにサインで完了です。――はい、ありがとうございます」


 イセスのサインが記入された書類を受け取った所長は、ユーティの方に顔を向けた。


「これで、イセスさんからSランク相当の添え書きをいただきましたので、今日からSランク相当として依頼を確認できますよ」


「それは助かります。イセスさんも、ありがとうございました」


 ユーティに礼を言われたイセスは、豊満な胸の下で腕を組んで胸を反らしている。


「なに、容易(たやす)い事じゃ。それにしても、こんなに面白いとは思わなんだぞ。ル・ジーヴに任せずに余自らが相手をすれば良かったわ」


「それはどうも」


「何なら、今から手加減抜きで二戦目を行っても……」


 挑発的に笑いながらユーティに提案するイセス。と、そこに後ろから止める声が掛かった。


『お嬢様、街を吹き飛ばすおつもりですか? おとなしくお昼に行きましょう。タルトのおいしいお店を予約してありますから』


「む~~~~~ タルトか……」


 目をつむり、考え込むイセス。長考の末、いかにも苦渋の決断と言った風情でユーティに断りを入れる。


「ユーティとやらよ! 済まぬが余をタルトが待っておるようじゃ! 再戦は後日の楽しみに取っておこう」


「は、はぁ」


「よし、征くぞシャノン! タルトが待っておる!」


 と、早速歩み去ろうとするイセスに、シャノンが後ろから声を掛けた。


「お嬢様。こちらでございます」


「そういう事は早く言うのじゃ!」


 別の方向に行きかけたイセスが凄い勢いで戻ってきて、シャノンが指さした方向に大股で進んでいく。

 そしてシャノンは、所長とユーティ達に向かって深々と礼をした後、イセスを追いかけて歩み去って行った。


 去りゆくイセス達を呆然と見送った


「そ、そういえば、冒険者タグはどうなります?」


「あ、はい。申し訳ないのですが、作成に時間が掛かるため、お渡しは明日に窓口で、と、なります」


 ユーティは明日朝まで滞在しなければならない事に、渋い顔をする。ただ、既に時間は昼前になっており、仮にこのまま出立したとしても、日が暮れる前に隣の町に辿り着く事は難しい事から、許容せざるを無い事を理解し、小さくため息をついた。


「ふむ……ま、仕方ありませんね。今日からSランク相当の依頼を確認できますか?」


「ええ、もちろんです」


「分かりました。それでは午後にでも伺わせて頂きます」


 ユーティ達一行は、後片付けがあるらしい所長と別れ、ひとまず昼食のために広場を離れていったのだった。

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