第066話 追放された
その夜――――
「ちょっといい?」
俺の部屋をミッチャが訪れて来た。
珍しい事じゃない。このパーティに加入してから、これで五回目だ。
夜中に女性が部屋を訪れる。普通なら色めき立つシチュエーションだけど、当然そんな展開は待っていない。
「昼間はよくもわたしに恥をかかせてくれたじゃない。あんた如き無能が……ねえ聞いてる? わたしはあんたをゴミ扱いしてるんじゃないの。ゴミって言ってるの」
ストレスの捌け口にされる時間は、決まって一時間程度。その間、ずっと罵られ続ける。そして最後は外から扉を蹴られる。
その数十分後――――
「ホンッ……ト、どうしてここまで空気読めないの? アンタがさ、ミッチャかチッチと行くって言えばそれで話は終わりなの。わかる? 幾ら無能でもそれくらいわかるよね? 明日、チッチと行きますって言いなさい。あの子気弱だから男が強引に押せば折れるに決まってるし。ミッチャでも別に良いけどさ。アイツ脳筋だから『僕、ミッチャのカッコ良いとこ見たいですー』って連呼すればOKするって。マジで栄養全部筋肉と胸に吸われてるからモンスターより頭悪いんだよね」
メイメイの嫌味と愚痴が一時間ほど。
彼女は俺への罵詈雑言以上に他の二人を口汚く罵るのが日課だ。
そして、メイメイが去った数分後――――
「死ねよ」
三人の中で最も腹黒い女性の登場。
チッチは髪型を変え、貞子のような風貌で俺の前に現れる。万が一ザクザクに見つかってもバレないように。
「なんでこの私がテメェみてぇなショボい奴と組めとか言われんだよ? あ? しかもテメェ何だんまりキメこんでんだ? 言えよ『僕なんかよりアイザックさんが彼女に相応しいですぅ』ってよお! なんであそこで言わねぇんだよ!? その口は飾りか!? その薄汚ぇ口がよぉ!!」
明らかに豹変しているけど、もう驚きはない。五回目だからね。
「わかってんだろうな? 無能なテメェでも出来る唯一の仕事はよぉ、この私をザックに売り込む事なんだよ。あのクソビッチ共にザックが靡くなんざ万が一にもあり得ねぇがよお、あいつらマジビッチだから身体使って誘惑するのは時間の問題なんだよ。メイメイの奴、ちょっと良い身体してるからっていい気になりやがってよぉ……あんなのにザック取られたらマジ死ねるわ。なあ!? マジ死ねるわっつってんだろうがよ何か言えよコラァ!!」
……と、こんな感じで罵倒され尽くして一日が終わる。このパーティの一員になってからずっとそうだ。
彼女達は基本、俺を歓迎なんかしていない。それは仕方ない。ハーレムパーティに野郎が紛れ込んで喜ばれる訳がない。そこは俺も割り切るつもりでいた。
でも、ここまで冷遇されるとは思っていなかった。そしてそれ以上に、ここまでザクザクのパーティが腐敗しているとは予想出来なかった。
足の引っ張り合いは当たり前。クエスト中に女性陣の誰かが活躍しそうになったら、さりげなく他の二人が妨害する。ザクザクが誰かと仕事以外の事を話していたら、すかさずカットに入る。プロレスのタッグマッチを見ている気分になった。
そしてそのしわ寄せは俺にも確実に来ていた。運良くクエスト中に宝石を発見しても、必ず女性陣から先に取られてしまう。最初は単なる嫌がらせと思っていたけど、どうも『自分がザクザクに良い所を見せたいだけ』若しくは『俺如きに手柄を奪われたらザクザクから信頼を失う』ってのが真相らしい。
ここにいても借金を返せる気が全然しない。それどころかドロドロの四角関係に巻き込まれて精神が病んでしまう。いや既に病んでる気さえする。
そう思った次の瞬間――――まだ目の前にいたチッチの全身が震え出した。
そして、その両手にはいつの間にかナイフが握られていた。
……ナイフ? 彼女ヒーラーだよね?
「いーこと思い付いた。テメェが誰かに殺された事にして、それを私が蘇生魔法で助ける。それをザックが知ったら、私を見直すじゃん? なあんでこんな簡単なこと気付かなかったんだろ」
いやいやいやいや! そんな訳ないから!
つーかナイフを用意している時点で今思い付いたんじゃなく準備万端……
「コイツをさぁ、その口の中にブッ刺してやるよ。それくらいじゃすぐには死なねぇだろ? 私が大声で悲鳴をあげればザックは最初に駆けつける。そこで蘇生だよ。でもあのビッチ共もすぐ来るだろうから、タイミングが勝負だなぁ……」
その発言の最中にチッチは俺の顔面目掛けてナイフを投げてきた!
タメもなけりゃ一切の躊躇もない! こいつマジか!
「え? なんで避けるの?」
避けてない避けてない全然避けてない! お前が外しただけだ!
ヒーラーだからナイフの扱いには慣れていないんだろう。おかげで助かったけど……
なんて思ってたのも束の間。
「別に避けないでもよくない? どうせ生き返るじゃん。死ねってば」
壁に刺さったナイフを回収しようと、早足で俺の横を通り過ぎた。
何より恐ろしいのは、表情が普通なところ。無表情でもないし、作ったような笑みも浮かべていない。日常の中の彼女そのものだ。
……こうなると、俺に残された選択肢は一つのみ。
「は? なんで逃げんの?」
いや逃げるに決まってるだろ何なんだよこいつ! 昨日まではここまで酷くはなかったぞ!? 今日の出来事の何処に一線超える動機があったんだよ!
参った……本場のメンヘラ超怖い。これに比べりゃキレた時のコレットなんて可愛いもんだ。
「待てよケツクソ。まさかザックの所に行くのか? 待てってケツクソ。どうせ私とテメェとだったらザックは私を信じるんだよ。行っても無駄なんだよ逃げ切れると思ってんじゃねぇぞコラァ! 地の果てまで追いかけて殺してやっからよ!! 私が殺すって決めた人間は誰一人生きちゃいねぇんだよ!! ただじゃ殺さねぇ、どうしてザックがテメェを気に入ったか全部絞り尽くしてから殺してやっよ! ヒーラーの拷問技術ナメんなよぉ!? 目ン玉からゲロ吐くくらいやってやっからよおおお!!!」
怖い怖い怖い怖い! 熱量おかしいって! なんでこんな事になっちゃってんの!?
兎に角、今はもう恥も外聞もなくザクザクを頼るしかない。彼女を止められるのは奴だけだ。
ザクザクの部屋は三階。ここは二階だから、そう遠くはない。階段さえ登りきれば――――
「……ん?」
階段に人影が見える。あのツインテールはミッチャか。三階に泊まっているのはパーティメンバーではザクザクだけだから、奴の部屋に行こうとしているのか……って、なんか隣に精霊っぽい小さな女性が見えるんだけど。
「ああああああああ!? テメェそれイケメンを誘惑するスキル持ちの木の精霊じゃねぇか! 精霊の力でザックを誘惑する気だなぁ!?」
「ちっ、違……! 彼女の力を使えば塔を簡単に上れるし、幻覚作用で一緒に気持ち良くなれるって説明……えっ誰!? 幽霊!? バケモノ!?」
「誰がバケモノだコラァァァァ!!!」
ミッチャを発見したのは不幸中の幸いだった。チッチの怒りが彼女に向いているこの隙に、ザクザクの部屋に……!
あれ? 奴の部屋の前にも誰か……あのポニーテールはメイメイか? 扉の前で何モジモジしてんだ?
にしても……何あの格好。肌の露出が異様に多いんだけど。あぶない水着か何か?
普段なら女性のあんな姿みたら確実に興奮するだろうけど、この緊急時、しかも普段から口開けば俺の悪口ばっか言ってる女だから、正直困惑しかない。
っていうか、こいつ……
「はァ……はァァ……もし今ザックがこの扉を開けたら私は破滅だよね……頼まなくてもこんな格好する安い女は大抵ここも臭いんだよって罵りながら、私を足で……あはァ……」
「……」
「……」
「……」
「見たな」
俺は生まれて初めて心の底から震えあがった…真の恐怖と決定的なおぞましさに…
恐ろしさと絶望に涙すらも流した。これも初めてのことだった…
嗚呼。
もうダメだ。
これもうダメだ。
降りよう。
そう決意した瞬間、俺は三階の窓から飛び降りた。
その翌日――――
「ザクザク。いやアイザック。話がある」
「なんだい? あらたまって。っていうか足どうしたの?」
「気にするな。五接地転回法を試したらちょっと失敗しただけだ。それより……」
自室でキョトンとしているザクザクの両肩を掴んで、一生で一番真剣に嘆願した。
「何も聞かずに俺を追放してくれ」
――――こうして、俺は無事パーティから追放された。