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終盤の街に転生した底辺警備員にどうしろと  作者: 馬面
第六部03:次期と自棄の章
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第563話 ガバガバな脱出劇

 無人島脱出のためにシーマ陣営が製造していた木彫り船は、俺が思っていた以上に本格的な船になっていた。


 勿論、生前の世界にあったヨットのような立派な遊行船には遠く及ばない。けど4人くらいが乗って全員でオールを漕いでどうにか前に進むような小さい木船じゃなく、小さいながらも立派な帆を張った十数人くらいは乗れる規模の帆船だ。


 ソーサラーたちにこの船を設計する知識はない。設計したのはゴーギィ……かと思いきや意外にもシェマルドだった。


「実はこう見えて昔少しだけ海賊だった頃があってな。この手の船は内からも外からも嫌というほど見てきたんだよ」


 元海賊で商品開発部門担当ってどんな経歴だよ……まあでも、奴が船派のシーマに付いた理由がようやくわかった。自分のキャリアを活かせるからだったんだな。シゴデキ顔の考えそうなことだ。


「事態は大きく変わったが賭けは続行だ。シーマ、若しくは彼女に付いたソーサラーが最初に脱出できれば俺の勝ち。アメリー陣営の誰かだったらお前の勝ち。船には各陣営から代表者が一人ずつ乗る、ってことでいいな?」


「まあそれくらいが妥当か」


 ソーサラーにはできるだけ残って貰って海岸側から魔法を撃って貰う必要があるし、魔法が届かない所まで行った後はオールを漕ぐ必要がある。となると漕ぎ手として俺、コレット、アヤメル、シェマルド、ゴーギィの5人+アメリー、エチュア、シーマの各陣営から1人の布陣が無難だ。


 そんなに時間は掛からないとは思うけど、水と食糧もそれなりに積んでおく必要がある。保存用の樽(漂流物)の中に森の中で取れた山菜や果実、魚の塩漬けなどを大量に用意したから数日は困らないだろう。


 なんとトイレも完備。この世界のトイレは聖水での浄化が主だけど、幸い【ピュリーズ】って魔法で少量の水なら聖水と同じ効果を付与できるらしい。魔法万歳。


 問題は、各陣営の誰が船に乗るかだが――――それはすんなりと決まった。


「結局この3人か」


 特に反対意見はなく、満場一致でアメリーとエチュアとシーマの3人が選出された。


 実際、この人選で時間を食ってる余裕はない。代表となれば最早こいつらしかいないだろう。そこでゴネるほど先輩ソーサラーたちも馬鹿じゃないわな。調整スキルを使う時はさすがに猜疑心と嫌悪感たっぷりの顔で睨まれたけど。


「……では先輩方、手筈通りにお願いします」


「きゃはははははりょーかーい! もし船が壊れても私たちの所為じゃねーから! じゃいっくよーーー!」


 代表してシーマ陣営のウェイチェルが最初に風の魔法を放つ。


 いきなり全員が同時に魔法を撃ってしまったら、恐らく船は壊れてしまう。つい忘れそうになるけど、彼女たちは一人一人がバケモノクラスの魔法使い。その気になれば嵐クラスの暴風だって個人で生み出せる。


 だからまずは一人で撃ち、その後船が沿岸から離れて行くにつれて徐々に人手を増やす。そして最初に撃ったウェイチェルから順に休憩。それを繰り返して永続的に風が止まないようにする。こうすれば恐らく波もどんどん生まれ、大きな推進力が得られるだろう。


 唯一の懸念は、乗船する俺たちも魔法の風をモロに浴びてしまうこと。多少大きめの船とはいえ、流石に船室まではない。船上にいれば嫌でも風を受けてしまう。


 そこで用意したのがこれ。風避け用のシールド。


 シェマルドやゴーギィが着ていた服は城下町で購入した高額な装備品で、防御力はかなり高いらしい。それで板を覆い後部に支えを付けて、仕上げに俺の調整スキルで抵抗力に全振り。最強の魔法防御を備えた置盾の誕生だ。


 後はこれを乗船している俺たちの前に立て掛けておけば魔法由来の風はシャットアウトできる、って寸法だ。


「お、動き出した」


 ウェイチェルたった1人の魔法で、早々に帆船は動き出す。船を留めるためのロープを切ると、あっという間に無人島から離れ沖へと出て行った。


「……何か順調すぎない? こういうものなのかな」


「パステリアって人の精神世界ですからね。色々と補正が働いているんじゃないですか?」


 恐らくアヤメルの言うように、脱出しやすいようかなり強めのご都合主義補正が方々に生じているのは間違いない。じゃなきゃこんなガバガバな脱出劇が成立する訳ない。この帆船なんてまさにその象徴だ。


「ただ、楽観視するのは控えよう。あの女の言うことを真に受けちゃダメだ」


「俺もトモに賛成だ。虚言で煙に巻いて、自分の目的を悟らせないようにするタイプだろうな」


 シェマルドの言うように、パステリアには間違いなく明確な目的がある。単に他人を弄んで悦に浸るタイプじゃない。


 フレンデリアや『あの御方』に忖度している印象はあるけど、それはあくまで自分の目的を叶えるための手段だろう。


 あいつ自身は妹たちにとって居心地のいいギルドにするため、と言っていた。これに関しては嘘だとは思わない。寧ろ本心だからこそ、他にある目的のカムフラージュに利用している……とまで勘繰ってしまう。


「ま、純粋な悪人じゃないとは思うけどな」


「何故そう思うんだ?」


「ティシエラが対策を講じてないからだよ」


 単なる問題児程度なら、ティシエラはギルドから追放したりはしない。ヤメが他のソーサラーと揉めても決して排除しようとはしなかったみたいだし。


 ただ、過干渉もしない。自分がギルドを支配することは望んでいないからだ。問題が起きる度に自分が動いて解決するようでは、組織としての成長はない。ティシエラ依存が進むだけだ。


 とはいえ、明らかにギルドや城下町を崩壊に導くような目立った動きがあれば決して見過ごさない筈。その見極めを誤るとも思えない。イリスをはじめ助言できる人材もいる。


「ティシエラが問題視してないってことは、パステリアは極悪人じゃない」


「……私もそう思う」


 若干の含みはありそうだけど、コレットも同意見らしい。


 そんな会話をしている間にも、船は速度を増していく。どうやら海岸に残ったソーサラーたちが追撃を始めたらしい。


 幸い、急ごしらえの置盾は今のところ風を完全に防いでくれている。帆や船体は追い風を受けて進めているし、今のところは狙い通りだ。


「皆さんに提案があります」


 乗船して以降ずっと沈黙を守っていたアヤメルが突然の挙手。普段なら嫌な予感というかロクでもないことを言い出すフラグなんだけど……なんか露骨に顔色悪いな。声にも覇気がない。この脱出方法に不安があるのか?


「暫くオールを漕ぐ必要もなさそうですし、この時間を利用してパステリアの企みが何なのかを議論しませんか?」


「議論?」


「今回の出来事、看過できませんよね? 場合によってはあのソーサラーを危険人物認定して各ギルドで警戒網を敷く必要がありますし」


 おいおいどうした? 急にまともなこと言い出すじゃん。無人島暮らしの間に人間性が磨かれたのか?


「っていうかですね……何かに集中してないと具合が悪くなりそうで……」


「船酔いかよ」


 まあ動機はともかく、みんなの意見を聞きたいのは俺も同じだ。客観的に見て俺の持論に何処まで正当性があるのかも確認したいしな。


「エチュア、どう?」


 当然、実の妹であるエチュアに注目が集まる。アメリーやシーマも真っ先に彼女の顔色を窺っている辺り、色々ありつつもやっぱり仲は良いんだろう。


「……私は冷静に判断できないよ。でもお姉を無条件で信じるつもりもないし、好きに話して貰っていい」


 積極的に意見は出せないけど、邪魔はしない。そういうスタンスらしい。意外にも冷静な判断だ。


「俺は構わんが。シェマルド、お前は?」


「賛成だ。立場上、魔法アイテムを悪用するような目論みがあるのなら無視できんしな」


 ゴーギィ、シェマルドも賛同。アメリーとシーマもエチュアが良いのならってスタンスだ。 


 残るはコレットだけど……


「私、多分悪口しか出て来ないと思うけど大丈夫かな」


「お、おう……まあいいんじゃないか」


 実はコレットさん、散々嘘をつかれてきた俺以上にパステリアに対して憤慨してるんだよな。何しろ随分長いこと蝿マスクを強制的に装備させられてたからね。あのマスクって常時蝿の羽音がするから精神的に相当キツかったんだろな……


「それじゃ、まず私が見解を述べますね……うぐぅ」


 明らかに具合が悪そうなアヤメルが率先して話し出す。というか、そうしないと立ってられそうにない。これもう早かれ遅かれ行動不能になるんじゃないか……?


「結論から言うと……あのパステリアってソーサラー……王子の誰かと組んでると思います」


 弱々しい声とは裏腹に、その推論は中々チャレンジングだった。


「……実は私もそう思ってる」


 そして意外にも、賛同の声はソーサラーの中から寄せられた。


「アメリー……本気で言ってるんですか?」


「うん。本気。多分だけど、第三王子と繋がってる」


 第三王子の名前は覚えている。確かメルピノフェルミンだ。語呂が良いからってのもあるけど、この名前は少し前にパステリアとの会話で出てきたからな。


 あの時パステリアは、ジュンジョアーナ教の後ろ盾として第三王子の存在を示唆していた。その上で、ソーサラーギルドを乗っ取ろうとしている人物だと断定までしていた。


 彼女の言い分、そして立場を考えれば寧ろ敵対する間柄。でもそれはあくまで『パステリアが俺にした話が本当なら』って前提条件があってのこと。つまり全く意味がない。


「中々鋭いですね……うぷ。私も同意見です」


「第三王子って、冒険者ギルドに最近来てたあの人?」


 コレットさん、あどけない顔で明らかに極秘情報と思われる内容を暴露!


 いやまあ、あの王子たちは復帰早々ウチのギルドにまで来てたくらいだから色んな所に顔を出してるのは意外でも何でもないんだけども。


「はい。レベル79の冒険者を呼べと横柄に言った挙げ句、それがコレット先輩だと知った途端鼻で笑ってたあのいけ好かない王子です」


 アヤメルさん、王族を堂々と批判! しかも船酔いを忘れたかのような言いっぷり。どうなってんの冒険者のフィロソフィは!


 ……そういえば、この国って王族の影が薄くて五大ギルドの影響力がデカいんだったっけ。立場上は王族が格上でも実態はこんな感じなんだろな。


「パステリアは絶対……ソーサラーギルドを解体しようと企んでる。だから、五大ギルドを支配しようとしてる第三王子と利害が一致してんだよ」


 アメリーの物言いは明らかに、この無人島ライフ以前から何かしらの情報を握っていたと思われる。それもかなり有力な情報を。


 俺が思っていたよりも遥かに、ソーサラーギルドの闇は深い。そう思わずにはいられなかった。







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