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終盤の街に転生した底辺警備員にどうしろと  作者: 馬面
第六部03:次期と自棄の章
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第560話 虚栄

 高レベルのソーサラーは魔法の威力だけじゃなく精度も一流。通常の戦闘ならこれだけの人数が総じて狙いを外すなんて考えられない。


 だけど実際には一発も掠めすらしなかった。


 虚無結界が出現して防いだじゃない。単純なコントロールミスだ。


 つまり、現実ではあり得ないことが起きている。


 もっとも、ここはパステリアの精神世界。現実とは明らかに異なる環境だし、本来なら殺されるような威力の魔法を受けても実際に死ぬかどうかすら不明だ。


 そう、何もわからない。確定する事象なんて一つもない。


 例えばこの状況そのものが虚無結界によるものって可能性もゼロじゃない。目に見える防御壁じゃなく敵の攻撃を全て逸らすステルス型の防御手段として発動しているかもしれない。


 要するに、何が正解なのかは現時点では確定しようがない。


「ちょっとみんなヘタクソ過ぎない!? なんでこんなに撃って誰も当てられないの!?」

「そう言うアンタだって一発も当てきれてないじゃん! 自分のこと棚に上げすぎ!」

「ねえもっと気合い入れてよ! ここでアイツを逃がしたら私たちの殺人未遂がバレちゃんだよ!?」


 ……なんて考察をしている間にも矢継ぎ早に魔法が放たれているけど、その全てが外れている。あの様子だと単純に力みすぎて外してても不思議じゃないな。全員目が血走ってるもの。ちょっとしたホラーですよこれ。


「もしかしてアンタ、何かやってる?」


 いつの間にかソーサラーたちの連続攻撃が収まり、困惑した顔のアメリーが眼前に立っている。


 雨も風も止んでいる。これはパステリアの精神状態が影響している訳だから、奴の感情の波も一旦収まっているんだろう。


「確か【ジャミング】って遠距離攻撃を妨害するスキルがあったけど、それ持ってる?」


「さあな。自分のスキルなんて知らないし興味もない」


「……」


 事実なんだけど、恐らく信じてはいないだろう。寧ろ俺のスカした態度を自分の推論が正しいと判断する材料にしたらしく、皮肉げな笑みを浮かべている。


「そんな奥の手を隠し持ってるなんてね。私との訓練は手を抜いてたって訳?」


「発動条件が複雑か、使用コストが甚大なのかもしれません。それなら訓練なんかで使うデメリットが大きいですから」


 エチュアとシーマも姿を現してきた。いつの間にか奴らも合流していたらしい。


 他のソーサラーたちは依然として姿は見せずにいる。周囲を取り囲んでるって話だし、その辺の茂みや木の陰に隠れて様子を窺っているんだろう。俺が何らかの能力を使って魔法の命中度を下げているって勘違いしてるみたいだから相当警戒してるな。


 それに――――


「ようやく追い詰めたってのに、面倒なことになっちゃったね。これ、誰かが仕留めるまで撃ち続けるしかなくない?」


「でも、今の感じだとゴリ押しでも突破できないかもよ。もしアイツが闇雲に移動してきたら先輩たちに誤爆するかも」


「弱りましたね。思いの外厄介な事態になってしまいましたか」


 ∇ヨミエレ∇の3人がコソコソ話しているように、同士討ちの可能性もある。元々森の中とあって視界不良だし乱発は危険って判断は妥当だ。


 これなら……逃げられるかもしれない。


 よし。いっちょカマしてやるか。


 選択肢は2つ。さっきアメリーが言っていたジャミングとかいうスキルを使っていると誤認させ、警戒心を更に高めさせ撤退に導くハッタリ路線。或いはソーサラーたちを煽って仲間割れを引き出しその隙に逃げる挑発路線。


 成功率が高そうなのは後者だ。


「どうして先輩連中は姿を見せない? ビビってんのか?」 


 理由はとっくに察しているけど、言葉にすることで空気は確実にピリつく。


 よし、狙い通りだ。


「俺1人を相手にあれだけ大勢のソーサラーが取り囲んでるのなら悠長に隠れてる必要もないだろ? 大勢で取り囲めば威圧することもできるし心も折れる。隠れた状態で魔法を撃っても精度が低くなるだけだし、お前らみたいに姿を見せるべきシチュエーションじゃないか?」


「……やめて」


「知っての通り、俺には特にこれっていう攻撃手段もない。リスクはない筈だけどな。俺を倒して手柄を独り占めにしたいなら尚更……」


「余計なこと言うんじゃねえ!!」


 お、シーマが切れた。


 普段は他人の大声に弱い俺だけど、流石に自分で誘発した声にビビる訳にはいかない。


「いいや、言うね。俺がお前らに遠慮する理由なんて一つもない」


 こっちは命を狙われてるんだ。既に戦争状態なのに相手に気を遣う必要は一切ない。例え俺の言及でソーサラーギルドに決定的な亀裂が入ろうとも。


 ……もしかしたら、これがパステリアの真の狙いだったのかもしれない。俺を利用してソーサラーギルドをブチ壊すつもりだったのかも。


 けど今更検証しても仕方ない。まして抗う理由もない。


 ティシエラには悪いけど、こんなギルドは一度崩壊してしまった方がいいくらいだ。


「出られないんだろ? 俺を仕留めた張本人だと悟られたくないから」


「違う」


「ティシエラを守りたい、手柄を立てたいって息巻いて俺を追い詰めてはみたけど、実際に手を下した張本人とバレちまったら後々その件でティシエラに責められるかもしれない。それを怖がってるんだろ?」


「うるさい! 余計なこと言わないで!」


「ティシエラと交流のある俺に危害を加えるのが怖くて出てくることができないんだろ!? 違うってんなら堂々と姿を見せてみろ!!」


 久々に大声を出したっていうのに――――誰一人として出て来やがらない。要は図星ってことだ。


 何のことはない。


 ここにいるソーサラーは全員、ティシエラを崇拝している。


 だからティシエラに『自分だけが』責められる行動は起こせない。集団行動で俺を非難したり追い込んだりはできても、個人としてそれをやる覚悟はない。


 その覚悟があるのは∇ヨミエレ∇の3人だけだ。


 これが果たして、嘘つきで歪んだ愛情を持っているパステリアの精神に影響された結果なのか、それとも奴らが元々持ち合わせていた人間性なのかは俺には知りようがない。けど恐らく後者なんだろう。


 過剰なティシエラ依存は、精神的な脆さと幼さの裏返し。


 これこそが……ソーサラーギルドの抱える致命的な問題だ。


「……お前らだって不満だろ? こんな矢面にも立てない連中に表では先輩風吹かせて裏では陰口叩かれて、納得できる訳ないもんな」


「知った風な口利かないでくれる? アンタに私たちの何が……」


「言っただろ。ティシエラから相談受けてるって」


「……」


 もしティシエラが引退したら、彼女たちはどうなるのだろう。


 俺は神様でも予言者でもないから正解を知らない。でも推察はできる。


 恐らく――――新たな依存先を見つけ担ぎ上げる。


 多分、彼女たちの主観では本気で心の底からティシエラを尊敬しているんだろう。でもティシエラやソーサラーギルドに自分の人生を捧げるほどの覚悟はない。保身や見栄、自己顕示欲など普通の人間が持っている欲を彼女たちもちゃんと持っている。


 少なくとも俺にはそう見える。


「ソーサラーギルドの結束力の本質はティシエラじゃない。『一番可愛いのは自分』っていう弱さで繋がってるんだ」


 これは侮辱だ。少なくともソーサラーたちはそう感じているだろう。


 けど反論の声がすぐにはあがらない。それが何を意味するのかは、俺以上にソーサラーたちが理解しているに違いない。


「……私たちの問題点を浮き彫りにしてくれてありがとう」


 勿論、エチュアたちもそんなことは自覚してる。でも若手の彼女たちにそれを指摘したり問題提起したりできるだけの発言力はない。今でさえ妬みの対象になっているのに、これ以上先輩ソーサラーたちの不興を買えばギルドが崩壊しかねない。


 結果、ソーサラーギルドは腐敗の一歩手前まで来てしまった。


 なんのことはない。


 権力を持った組織の典型的な経過だ。


 恐らく冒険者ギルドや他の五大ギルドだって、大なり小なり似たような問題を抱えている筈。でもソーサラーギルドが一番ガタガタになっている。


 別に宗教じゃないんだから、ギルド員全員がトップを崇拝する必要なんてない。それなのに、彼女たちはティシエラ至上主義を声高に叫ぶ。


 この虚栄こそが、ソーサラーギルドの抱える最大の問題だ。


「アンタの言う通りだよ。私たちが本当は弱いことくらい知ってる。結束できない理由も」

 

 シーマの瞳に涙が滲んでいる。勿論、その涙は俺への悔しさで流したものじゃない。


 ここに至るまで、どうしようもなかったことへの嘆きだ。


「でも仕方ないだろ? 私だって、他の皆だって、本当はイリスみたいにティシエラ様の右腕になりたいけどなれないんだ。その行き場のない感情ってヤツを何に向ければいい?」


 ……確かに。


 もしその強い感情をティシエラに向けてしまったら、或いはイリスに向けてしまったら、組織はいとも容易く崩壊する。


 だから虚勢を張り、口ではティシエラを崇拝しつつも感情にブレーキを掛けて、若しくは後輩や弱い立場の人間に向けることで、あえて心の暴発を抑えているって訳か。


 言い分はわかる。でもそれじゃ結局は足の引っ張り合いがなくなることはないし、深刻なティシエラ依存もなくならない。とりあえず崩壊を免れているだけで、根本的な解決には到底繋がらないだろう。


 正直ウチのギルドには起こり得ない問題だから、他山の石って感じにはならない。


 でも、ギルドの看板を背負う立場として思うところはある。このままじゃダメだ。それはこの場にいる全員が多少なりとも感じている筈だ。


「それでもあたしたちはさ、ギリギリの所でやってきたんだよ。ヤメが引っかき回しても、他の五大ギルドの連中から揶揄されても、ティシエラ様のために尽くすのが使命だって自分たちに言い聞かせてさあ……それなのに」


 ……ん? なんかまた雲行き怪しくなってない?


「それなのに、あんたみたいな男がティシエラ様と気安く……もう気が狂いそうなんだよ。わかってんだよ。殺しちゃダメだって。ティシエラ様が悲しむって。でも限界なんだよ。ねえ、これどういう感情?」


「知らねーよ! 強いて言えば責任転嫁だろ!」


「だったらもういっそ、全員でいっぺんに攻撃して誰がトドメさしたのか有耶無耶にするってのも、いいんじゃない?」


「責任の分散……ううん。責任の爆発四散って感じ? 悪くないね」


「先輩がたもそれなら納得しますね。もうこれ以上悩みたくないし丁度いい殺してやる今すぐに」


 ……完全にやけっぱちになってる。これは選択を誤りましたね。マズいですよ!


 そんな心の叫びと同時に――――




『 !? 』



 

 凄まじい重低音が俺たちの耳を蹂躙し、時が止まったかのように場の空気が凍る。


 なんだ? 地震にしちゃ全く揺れてなかったぞ。地鳴りか?


 それとも……

 


「すみません。緊急事態です」


 この声は……いや、姿も見える。パステリアだ。



「理由はわかりませんが、城下町の近辺に脅威に観測されました。予定を変更します」


 脅威……? モンスターから攻撃されたのか? まさか聖噴水がまた機能不全に陥った……?


「脅威は聖噴水の効果範囲外で観測された模様です。放置しておくと【ガイアクエイク】で城下町に甚大な被害が出る恐れがあります」


 ガイアクエイク……聞き覚えがあるぞ。それもつい最近。


 確か、コレットたちがこれから討伐する予定の――――



「震撼王ゲシュタリアが城下町の近辺に出現したようです」







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