第553話 諸悪の根源
サークルクラッシャーには共通の傾向がある。
奴らにとってのゴールは、組織内における人間関係を意図的に悪化させ仲間割れを引き起こしたり離脱者を出したりして組織内の崩壊を招くこと。生粋の壊し屋だ。
ただし過程と結果は同じでも、動機には複数のパターンが存在する。
一番無難というかわかりやすいのが『性格破綻者』。その人物のワガママ三昧な態度、自己中心的な言動に周囲が振り回され疲弊した結果、サークルがクラッシュするという王道パターンだ。
性格破綻とまでは言えず、本人に悪気が全くなくマイペースを貫いた結果サークルが崩壊するケースもある。エンジョイ勢のテニスサークルに本気でテニスを愛する熱血漢が入ってきて『何サボってんですか! 練習しないと強くなれないですよ!』と毎日叫び倒しサークルの方針を強引に変えようとする奴なんかがそうだ。一緒にいると息苦しいらしい。
極端なケースとしては宗教や政治などの思想強めな人物がサークルを破壊するケースもあるらしい。独特の思想で組織を支配するにせよ勧誘攻めで潰すにせよ悪質極まりない。この場合は大抵悪気はなく自分の信じる神を広めたいだけだから更にタチが悪い。
けど、これらはまだマシな方だ。何処かの段階で本人を糾弾して追い出せば一応は解決するからな。
サークルクラッシャーの中で一番厄介なのは、他者を支配することに長けた操作的思考を持つ人物。『○○があなたの悪口を言ってたよ』的な陰口を駆使し、組織内の対立を誘引して人間関係が崩壊していく様を楽しむ趣味の悪い奴らのことだ。
そういった連中は自分の思い通りに他人が動き泥沼にはまっていくのが楽しくて仕方ないらしい。しかも操作性に長けた人物は組織内の自分の評判をも上手くコントロールしやがるから始末に負えない。奴らのような人物は、決死の覚悟で糾弾しても逆に組織内で孤立させられてしまうように仕向けられるのが常。人を信じ込ませて信者化させるのにも長けている。自らが教祖になるタイプだ。
ただしソーサラーギルドにはティシエラという絶対的なカリスマがいる。そのティシエラを差し置いて自分を教祖と崇めろ――――とは絶対に言わないだろう。寧ろティシエラを神と見立て、その神に対して強めに忠義を示すことで共感を得てティシエラ信者の信頼を得る。そういう方法を採る筈だ。
もしパステリアがソーサラー内に信者を多数抱えているとしたら……最悪だ。シロアリに柱の中を食われた家のように、いとも容易くギルドは完全崩壊してしまうだろう。
「なあアメリー。パステリアはソーサラーギルド内でどんな評価なんだ? ちなみにパステリア本人にはこの会話は全部筒抜けだから陰口になるとか気にしなくていいからな」
「別にそんなの気にしないけど。私あの人嫌いだし。姉ぶってるっていうか年長者の圧がウザいから。他にもそう思ってる子多いんじゃない?」
……おおう。中々直球だな。なんかこいつシキさんにちょっと似てるな。気のせいか顔も似てるような……まさか血縁者じゃないよな?
「じゃあ逆に慕ってる奴は?」
「……………………ちょっとはいるんじゃない?」
あれ? こんな感じ? 信者を生み出して自分を擁護させるのが得意なサークルクラッシャーっぽくないな。
まあでもアメリーだけの意見を鵜呑みにする訳にもいかない。他のソーサラーの話も聞いてみるか。
そんな訳で、遠泳後でお疲れの所申し訳ないけどアメリー陣営の皆さんに聞き取り調査開始。
「パステリアさんですか? なんか嫌いです」
「パステリアさんですか! よくわからない方ですけど好きではありません!」
「パステリア? あいつクソダルくない?」
「パステリアさんのことは好きでも嫌いでもありません!」
「ウザい」
「……」
「あー……なんか嫌われてるね。私は別に普通。カミラはどう? 普通? 興味ない? そんな感じだって」
「パステリアサンデスネ? 我ガ道ヲ行クッテ感ジデ尊敬シテマース!」
「パステリア……さん? 嫌いです……理由は特に……」
「エチュアのお姉さん? なんかキモいから嫌ーい」
「ティシエラ様への尊敬の念を示すのは結構ですが、自分の愛情の示し方こそが唯一みたいな考え方はどうかと思います。要らない人です」
「きゃはははははマジ知らねー!」
「あれはダメですね。自分だけの魔法を使えるって事ある毎に上から目線で自慢してますし。そういう奴って嫌われますからね」
……あれ?
思ってたのと違うな! ここまで違うか! 信者なんて誰一人いやしねぇ!
おっかしいな……てっきりパステリアこそがサークル……もといギルドクラッシャーだと踏んでたんだけどな。これ違うよな。普通の嫌われ者だもん。しかも毛虫のように嫌われてるってよりは全体的に薄っすら嫌われてるっぽい。
小悪党……ともちょっと違う。悪者ポジションでもないのに若干邪魔、くらいのライトな鼻つまみ者。ラブコメで出てくる空気を読めない友人B程度のポジションというか……
うーんちょっとキツいですね。これなら極端に嫌われてる方がまだマシなんじゃ……
「やってくれましたね」
あ。本人出てきた。頑なに出て来なかったのに。
「とうとう私がギルド内で軽度の嫌われ者だと突き止めましたね」
「……なんかすみませんでした」
いやだってさあ! あの流れでこうなるって思わないじゃん! 裏でギルド内をメチャクチャにしてソーサラー間の確執を生んでヤメをギルドから離脱させた黒幕だって思うじゃん! なんかラスボスっぽい感じも出してたしさあ!
「つーか、もう一から全部説明してくれよ。中途半端に隠して泳がせるからこんなことになっちゃったんだって」
正直良心の呵責がない訳じゃないけど、そもそも俺だって強制的に自由を奪われている身だからね。こいつに。何の関係もないのに精神世界に閉じ込められて。だから必要以上に罪の意識を感じるつもりはない。同情は大いにするけど。
「わかりました。貴方には包み隠さず全てをお話します。寧ろお願いですから聞いて下さい」
どうやらパステリアの方も自分の中だけで抱え込むのが限界だったらしい。こういう所はエチュアに似てるな。
「全ては150日ほど前のあの日から始まりました」
150日ってーと5ヶ月前か。俺がギルドを設立した頃だな。
「あの頃のソーサラーギルドは荒れていました。基本的に水面下ではいつも荒れていますが……当時は近年で一番荒れていたと思います。何故だかわかりますか?」
「わかる訳ない」
「は? 貴方のせいなんですけど?」
……俺? なんで?
「思い出して下さいよ。何をすっ惚けているんですか。貴方でしょ? 貴方が全ての元凶なんですよ?」
いや、そんな『頭大丈夫?』みたいなリアクションされても身に覚えないって! ギルドを作る過程で俺なんかやらかしたか?
「貴方はソーサラーギルドをメチャクチャにした覚えがないのですか? ソーサラーギルドを震撼させた自覚がないというのですか!?」
「ねーよ! そんなアシンメトリーなキレ顔で言われても全然わかんねーんだって!」
「ティシエラ様が異性と親しくしているという怪情報がソーサラーギルドを駆け巡ったあの日のことを貴方は一切知らないと仰るのですかァァァ!?」
……あっ。
「ティシエラ様は……私たちソーサラー全員の憧れ……女神……そんな御方とポッと出の風来坊が親しげに話している時点で……地獄ッ! 地獄でしょうがッ!」
「いや違う違う違う。別にそんな親しくしてた訳じゃ」
「してました目撃者多数証言者多数ハイ絶対してました」
有無も言わせてくれない!
どうやら既に彼女の中で俺はもうギルディって確定しているらしい。目が据わってるもの。
「当然、ソーサラー内は混沌を極めました。情緒不安定な子が増えて泣き叫ぶ声が定期的に何処からか聞こえてきました。勿論ティシエラ様が留守にしている時限定ですが」
「はあ……」
「決定打は魔王に届けとかいうフザけたイベントの最後です。イリスが貴方とティシエラ様の仲を冷やかすかのような言動をしました。覚えていますね?」
「ああ……しましたかね……」
「あのティシエラ様が、冒険者を一日で辞めるようなポッと出弱男と恋人関係にあるなどと、この世の誰一人思ってはいません。いませんが、そういう話が鼓膜に届いた時点でソーサラーギルドは愚弄されたも同然。それ以来、私たちの生活はメチャクチャです。もう何もかもが地獄絵図でした」
「そ、そうですか」
なんてこった。
驚愕の事実がここに。
ギルドクラッシャーは俺だった!
ソーサラーギルドをメチャクチャにしてたのは俺だったのかよ!
……おい嘘だろ? これはわかんねーって……
「えっと……ちょっと待ってくれ。あんた、確か『ヤメが城下町ギルドに馴染んでるかどうか気になるからサクアを派遣するようティシエラに進言した』みたいなこと言ってたよな? その時点ではまだ俺はグレー判定だったんじゃないのか?」
「ヤメの件は嘘ですけど何か問題でも?」
まあ堂々と! アメリーの言う通りあれ全部演技だったのかよ! ヤメより女優の素質あるんじゃねーか!?
「ヤメを気に掛けていたのはアメリーですよ。あの子には尊敬する年上の親戚がいるそうですからね。妹のために治療費を稼ぐヤメに思うところがあったのでしょう。私は彼女のツンデレ芸を真似したに過ぎません」
年上の親戚……いやでも今はそこに言及してる余裕はない。
「なんでそんな真似を……?」
「貴方を誑かすために決まっているでしょう。諸悪の根源トモ」
……既に確定的ではあったけれども、やっぱり俺に繋がるのか。
「ヤメを気に掛けていると偽れば、ギルド員に甘い貴方を騙せるとわかっていたからです」
なんてこった。見事に騙されてしまった。しかも俺の性格まで見透かされている。
どうやらこのパステリアさん、俺に対してとてつもない敵意を抱いていたらしい。妹の関係者を騙すことに何の躊躇もないくらいに。
けど――――
「おかしいだろ。前にアソートを使われた時、俺に対する感情は真っ白だって……」
「真っ白ですよ。強いストレスや不安で思考が停止した時、どう表現しますか?」
「……頭が真っ白になる」
「正解です」
物は言い様だな! そっちでも見事に騙された訳か。
俺、結構疑り深い方なんだけどな。今回は王子様の件とかガサ入れの件とか色々重なってた分頭の回転効率が悪かったのかもしれない。不覚を取っちまった。
「貴方は私にとって、ストレスの塊なんです」
ソーサラーギルド一日体験入団は、余りにも無謀だった。猛獣の檻の中に自ら飛び込んだようなものだった。
「話を続けます。聞きますね?」
パステリアの底がまるで見えない常闇の瞳に――――俺は見覚えがあった。




