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終盤の街に転生した底辺警備員にどうしろと  作者: 馬面
第六部03:次期と自棄の章
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第535話 大したことはしてないけど謎に持ち上げられて謎に好感度爆上げして謎に無双しちゃう謎展開

「あっあのっ!」


 俺より先に口を開いたのは――――カイン君か。ユーフゥルの顔で口調がこんな辿々しいと違和感しかないな。


「先日はお世話になりました。トモさんが俺ン中の精霊を追い出してくれたんすよね。なのに礼もロクに言えなくて……」


「あ、いや全然。たまたま良い方に転がっただけなんで」


 実際、彼を助けるつもりで行動していた訳じゃないからな。正体が精霊だなんて想像もしてなかったし、礼を言われるようなことは何もしてない。寧ろ心の中で若干妬んでたくらいだし……


「僕も先日は詠唱いらん子チームでお世話になりました」


 先にカイン君が切り出したことで、クロード君も入ってきやすくなったらしい。表情も割と落ち着いている。物腰に品があるな。


「あの時の勝利が今の僕を支えています。もしあの模擬戦で負けていたら僕は……きっと今頃ここにいないと思います」


「それは流石に大袈裟じゃ」


「そんなことありません! 僕は本当にずっとダメな子で……いつ辞めさせられてもおかしくないくらいだったんです。あの時から、トモさん凄いなってずっと思ってました」 


 ……凄い? 俺が?


「ティシエラ様を相手にチーム戦であんな堂々と渡り合えるなんて、本当に凄いです。尊敬してます!」


「俺もっす! トモさんに助けられなかったら今の俺はないんで、なんでも言うこと聞きます!」


 おいおいおいおい。どうしたんだよ一体。やけに持ち上げられるじゃん今日俺。こんなこと今までなかったのに。


 来たのか? ついに来たのか? 異世界名物『大したことはしてないけど謎に持ち上げられて謎に好感度爆上げして謎に無双しちゃう謎展開』が俺にも! 首を長くして待ってましたよ!


 ……でも実際経験してみると空虚すぎてあんまり嬉しくないな。だって俺マジで何もしてねーし。自分が凄いことをした実感とか讃えられる功績とかがないと全然ピンとこねーな。仕方ないね。大人だからね。


 ま、そうはいっても貴重な体験だ。どうせ今後掌を返されたりとかするのは目に見えてるし、今この瞬間くらいは悦に浸らせて貰おうじゃないの。中々ないからね、こういう機会。ウチのギルド員にヨイショしてくれる奴だーれもいないし。


「ちょっと! アンタたち二人して何言ってんの!?」

「こんな奴がティシエラ様と本気で渡り合える訳ないでしょ!? あれはただの訓練なの!」

「信じられない……こんなのを持ち上げて……ソーサラーの恥さらし!」


 うるせーぞ∇ヨミエレ∇共! 今俺のターンなんだから空気読め!


 大体な、こっちはあのアイザックの取り巻き三人娘から尊厳破壊レベルの罵詈雑言を毎日浴びせられて鬼耐性できてんだよ。そんな微炭酸みたいな罵倒で今の俺を凹ませられると思うなよ? 


 まあこんな連中はどうでもいい。それより今は俺を全力で褒め殺してくれてる二人から好感度搾取だ。まずは謙遜だな。懐の深い所を見せんと。


「やめてくれって。俺は誰かに尊敬されるような立派な人間じゃないからさ。でも、こんな俺が何かの役に立てるのなら喜んで手伝わせて貰うよ」


「ありがとうございます!」

「あざっす!」


 なんてキラキラした目をしてくれるんだ……これだよ! 俺の異世界生活に足りなかったのは! 純朴そうな男子の熱視線にしか含まれていない栄養素ってあるんだよ。これは異性からは得られないね。なんつーか、年下の親戚の子に懐かれたような感覚だ。


「わかりやすく調子に乗ってるけど、どうせこの後なんかやらかして軽蔑されるまでがワンセットなんだから、程々にしときなさいよ?」


「さすが元悪役令嬢。転落のプロセスってのをわかってらっしゃる」


「でしょー? ふふふふふ」


「ははははは」


 笑顔が絶えない明るい会合。ただしフレンデリアを除く女性陣は終始無言でドン引きしていた。


「さ、冗談はこの辺にしておきましょう」


「ああ。マネージャー業務のアドバイスだったな」


 勿論、ピッタリ当てはまるような仕事をした経験はない。でもある程度の実感が伴った助言くらいはできる。


 彼らが最も気に留めるべきは――――


「次善策と最悪の一歩手前。この二つを常に頭に浮かべておくこと」


「……次善策と」


「最悪の一歩手前、ですか?」


 意外そうな顔をされてしまった。あんまり刺さらなかったか?


「流石ね、トモ」


 逆にフレンデリアには刺さりまくったのか、腕組みしながら何度も頷いている。こっちに刺さっても仕方ないんだけど……まあいいや。


「矢面に立つ人間はさ、常に理想の結果と最悪の状況を思い描くんだ。実力のある奴ってのは自分が最高の結果を出せて当たり前、評価されて当然って思う反面、自分の才能や努力に相応のプライドもあるからボロボロになるのを自然に恐れてしまう」


「……」


 あ、露骨にエチュアが嫌な顔した。心当たりあるんだろな。俺やアヤメルと戦った時なんか思いっきり態度に出てたし。


「でも、それを裏方が共有する必要はない訳で。そのポジションに必要なのは、∇ヨミエレ∇が思い描いていたのとちょっと違う状況に陥った時のリカバリーやフォローを円滑にできる環境を整えること。彼女たちは広告塔としてこれから色々な人たちと会ってソーサラーの宣伝をするんだろうけど、中には性格の悪い奴もいるだろう」


 権力を持った奴の中には、どうしても一定の割合で人格破綻者がいるからな。でもそこに切り込んでいくのが広告塔の役目でもある。


「当然、セクハラオヤジみたいなわかりやすいカスは彼女たちも想定しているだろうし上手く対処してみせるだろう。ただ、そういう最悪な奴の一歩手前……腹は立つけど怒るまではいかない微妙に嫌な奴となると案外対応に困ったりもするんだ。そういう時の対処法なんかを常に考えておけば、必ず役に立てる」

 

 これはギルマスや警備員としての経験ってよりは、もっと前の自分――――中高生時代の自分の体験談。といっても俺本人じゃなく、クラスの人気者とその取り巻きを傍で見ていて感じていたことだ。


 イエスマンばかりを取り巻きにしていた人気者は、大抵悪口で場を盛り上げていた。イジりやすいクラスメイトを標的にして、面白おかしいトークで実際その場は盛り上がってはいたけど、裏では必ず悪く言われていた。それに対するフォローもないからヘイトばかりが溜まって、学年が変わる頃には悪評が目立つようになっていた。


 じゃあ逆に卒業まで人気者だった奴が悪口を一切言わない聖人みたいな人物だったかっていうと、別にそうでもない。彼らもそれなりに色々言ってたし言われてもいた。ただ、自虐を入れたり道化を演じたり適度にガス抜きもしていた。


 当時は単にバランスを取っているだけにしか見えなかったけど、今ならわかる。彼らは常に『一番過激な発言と一番無難な発言』を意図的に外していた。決して中庸にならないよう、同時に傲慢にもならないよう『二番目に過激な発言と二番目に無難な発言』を駆使して人間関係を構築していたように思う。


 彼らは彼らの尺度で、自分をプロデュースしていたんだ。そして、取り巻きもそんな彼らの処世術を無自覚にフィードバックしていた。


 人のイメージってのは、突き詰めれば主観の集合体だ。あらゆる観測者の主観が本人にもフィードバックされて構築されていく。偶像であるアイドルなんてその典型だろう。


「君たちが『二番目に有効な方法と二番目に良くない結果』の想定を常にしておけば、∇ヨミエレ∇が淘汰されることはない。活動を継続していけば、その中で生まれてくる方向性とか個性を自分たちで自覚してモノにしていく筈。要は型にはまらず一発アウトにもならないギリギリの線引きをしろってことだな」


 その俺の考えは、アインシュレイル城下町ギルドにも反映されている。


 ギルドを設立した時、俺は最高の人材を求めてはいなかった。だから、冒険者レベル最強を誇るコレットの加入を優先することはしなかった。


 ギルドの活動方針を考える場合もそうだ。ギルドが潰れること、借金を返せないまま終わることは不安としては持っていても、その最悪の想定で何かを決めたり策を練ったりはしていない。どんなにボロボロになってもギルドの存続は前提条件として考えていた。


 けどギルド員は違う。彼らは常に最高と最低を考える。才能と実力があるから。最高の結果を出せるからそれを目指すし、誇り高いからこそ最低の結果を恐れる。そこの驕りを戒めて、不安を取り除くのがギルマスとしての俺の仕事でもある。


「後は三人との距離感……かな。親しくなりすぎると客観視できなくなるし、離れすぎると思い入れが薄れる。適度な距離感を保てないと有効なアドバイスやフォローも伝わらなくなっちゃうし」


 コミュニケーションで重要なのは伝える内容より寧ろ伝え方。これはホント、ギルマスになって常に痛感することだ。自分の言葉が最適かどうかなんて割とどうでもいいんだよな。それより快く受け取って貰うことの方がずっと重要だ。


「うわー勉強になりますー」


「やっぱトモさんすげぇっすー」


 ……なんか褒め方が雑になってきたな。ははーん、さては全く響いてないな?


 そもそも30代の俺が明らかに10代のこの2人の芯を食うアドバイスなんて無理なんだよ。どうしたって上から目線って思われちゃうしさあ。そりゃこんな反応にもなるって。


「なーるほどね。いっつも自虐を入れてくるのってそういう考えに基づいてだったの」 


 逆にさっきからフレンデリアには響いてるんだよな。割と中身の年は近いのか?


 ……つーか。


「違うとは思うけど、彼らをダシに使って実は自分が俺の助言を聞きたかった、とかじゃないよな?」


「は? 何言ってるの? まさか私が『コレットのこともあって直接アドバイスを聞くのは心情的に嫌だから男ソーサラーにヨイショさせて気持ち良くベラベラ喋らせて間接的にゲットしちゃお』とか思ってるとでも言うの? そんな訳なくない?」


 いやそんな訳あるだろ! 手口全部暴露してんじゃねーか!


 ようやくわかった。なんで『合コン』なんて言葉を使ったのか。俺の気持ちを浮つかせて口を軽くするためだ。うっわガッツリ騙された! 終始翻弄された! 最悪だ!


「さ、そういう訳で会合はお開き。みんな仕事に戻って!」


 急だな! 目的を果たしたからだろ絶対! 


『魔王に届け』以降は大人しくしてたと思ってたけど、やっぱどっかブッ飛んでるよなこの御嬢様は……


 ま、いいや。フレンデリアが何をプロデュースしようと俺には直接関係ないし――――


「これから時間ある? 思いの丈をぶつけたいんだけど」


 ……そんな楽観的な俺の眼前に、∇ヨミエレ∇の殺気だった三人が立ち塞がった。






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