第529話 ジャブジャブな未来
ジュンジョアーナ教については、ついさっき女帝に詳しい話を聞いたからティシエラが拒絶することに何の疑問もない。
だってあの宗教ダメだもの。どうせあの変態エロ神父の劣化版みたいなのがうウジャウジャいるんだろ? そんで平気な顔して下ネタ連発すんだろ? 見え透いてるよ。
とはいえ仮にも国教。完全に締め出すのは思い切った決断だ。信仰の自由以前に経済的、権力的な問題が生じるのは目に見えてる訳で。
「考え直しては下さらないか。絶縁だけはどうか考え直しては下さらないか」
「残念ですが、これは熟考の末の決定事項です。撤回することはできません」
「あぁぁぁぁぁぁぁ……終局だ……終局だぁぁぁぁぁ……」
冷酷なまでに絶縁宣言するティシエラに、フォビア神父がムンク顔で絶望を露わにしている。ジュンジョアーナ教の母体組織よりソーサラーギルドの方が立場は上なのか?
まあ城下町の勢力図なんてザックリとしか知らないから実状はわからん。口の挟みようもないし静観以外の選択肢はない。後方他人面で静観をキメ込もう。
「ちょっと一方的すぎるんじゃないの? ティシエラ」
お。フレンデリア御嬢様、本日は常識人枠でのお出ましですか。コレットが関わらない時の彼女は何の気負いもないから安心して見ていられる。
「今更私が説明する必要もないと思うけど、ジュンジョアーナ教は少子化や高齢化の防止に役立っていると王家が認めているの。社会に貢献していると公認されている宗教文化を締め出せば、それは国家に歯向かう行為だと解釈されかねないのよ?」
恐らくフレンデリアはティシエラじゃなく俺に説明しているんだろう。さっきからチラチラこっち見てるし。何なら介入してこいって意思をやたら感じる。
こういう時のフレンデリアは少しお困り気味なんだよな。ティシエラを説得して欲しいのかもしれない。
「もしギルドの理念と彼らの教義に大きなズレがあるのなら、それを埋められるかどうかの検討くらいはするべきよ」
「ジュンジョアーナ教の教義について私がどうこう意見を言うつもりはありません。それでも、ソーサラーギルドを統べる立場で彼らへの支持に繋がりかねない関係性を保つことはできません」
頑なだなティシエラ。フレンデリアだって本心でそう言っているんじゃなく『一旦保留にして熟考の末に断った方がカドが立たないでしょ?』くらいのニュアンスだと思うんだけど、それすら拒絶か。
単に相容れないだけじゃなく、ソーサラーの総意としてジュンジョアーナ教を徹底的に締め出すという強い覚悟を示す――――ティシエラの強硬な態度にはそういう意図を感じる。
逆に言えば、既にソーサラーギルドとしての姿勢は明確に示した訳で、ここから『私たちは拒絶しました。でもここはフレンデリア様の顔を立てて一旦持ち帰って検討します』という流れに持っていければ致命的な決裂にはならない。恐らくフレンデリアは俺にその流れを作れと訴えているんだろう。明らかに俺の方に視線を向ける頻度が上がってるし。
今の城下町ギルドはシレクス家が後ろ盾になってるしな……無視はできないか。
「そこまで言い切るってことは、何かしらの決定的な問題があるんだよな?」
言葉を発した瞬間、三人の視線がこっちに集中してきてピリピリムードが伝染してきて既にもう面倒臭い。ケンカの仲裁って警備員時代もほとんど経験してないから適切な介入の仕方ってわかんねーんだよな。
「……そうね。パステリア、悪いけど席を外して貰える?」
「了解しました」
パンを置き終えたパステリアが恭しく一礼して応接室を出て行く。ここから先は他言無用、って訳か。嫌でも緊迫してくるな。
「ジュンジョアーナ教が子孫繁栄を人間の絶対的使命と位置付けて活動しているのは知ってるわね?」
「ああ」
子作りの重要性、引いてはその為に行う全ての性的行為に寛容であるべき、って方針は知ってる。主にアリエナス神父の言動で。
「さっきも言ったように、その教え自体を否定する気は一切ないわ。けれど、そのための活動に行き過ぎた行為があれば話は別。彼らはラインを踏み越えてしまっている」
「ひいっ……我々の宗教が悪く言われている……これは何かの悪夢だぁぁぁぁぁぁぁ……」
さっきからこの神父、ネガティブなことしか言ってないな。アリエナス神父とは別の意味で極端だ。
ラインねぇ……どーせあれだろ? 発情した信者が野外露出してルパンダイブで女性を襲おうとしたとか、その手のしょーもない話なんだろ? もういいよ大袈裟な入りからの下らない変態エピソードパターンは。飽きたよ。大した驚きもないって。
「彼らはソーサラーギルドを変えようとしているの」
……あれ? なんか思ってたのと違うな。もっと幼稚な悪ふざけだとばかり……それってギルドの乗っ取りってことだよな。普通にヤバい話してんじゃん!
「勿論、彼らにソーサラーギルドを変革する権利なんてないわ。少なくとも現状では」
つまり、ギルドの運営に介入できる権利を得ようとしている訳か。何だよこのM&Aの交渉の席みたいな状況は。異世界まで来てそんな小難しい話聞きたくないんだけど……
「フォビア神父。私たちソーサラーギルドは未来ある子供たちにより良い国を作っていって貰うため教育に注力しています。本来なら貴方がたとは協力し合わなければならない、対等な間柄です。けれど貴方がたのやろうとしているのは、そんな私たちとの関係を完全に崩壊させようとしているとしか思えません」
おおっ、やけに攻撃的ですねティシエラさん。そこまで言うってことは連中の改革案がよっぽど酷いものだったか、若しくは自分たちソーサラーにとって屈辱的な内容だったかのどっちかだろうな。
我々がこのギルドを支配する、とでも言われたのか――――
「どういうつもりで私たちの下に付くと仰っているのか。理解に苦しみます」
……確かにそれは苦しまざるを得ない。
下? 下っつったか? 上じゃなくて下に付くって何だよ。自ら支配される側になるっつってんの?
「わかりませんか。所詮は小娘ですな」
うわビックリした! 今の今まで怯えまくってたのに急に大物感出すんじゃねーよ! なんか顔も別人みたく悪人顔になってんじゃん!
アリエナス神父といい、この宗教団体の神父枠はどうなってんだ……?
「我々ジュンジョアーナ教団が目指すものはただ一つ、子孫の繁栄のみ。ならば何を優先すべきか。より魅力的な女性を一人でも多く増やすことに尽きるのです」
「……」
「孕ませたい。そう、男どもが心の底から孕ませるんだと意気込むような女性を一人でも多くこの世に誕生させることこそが! 我々の目指す唯一の道なのです。ならば成すべきことは決まっています。城下町で最も魅力的な女性が大勢いるこのソーサラーギルドを支え、一人でも多くの子を宿して貰うことこそが我等の使命。故に我々はソーサラーギルドの手下になると、そう言っているのですよ。フフ……」
気持ち悪い含み笑いやめろや! つーかそれで納得できると思ってんのか? 言ってること全部メチャクチャだぞ……?
「我々の願いは至ってシンプル。ヤレそうでヤレる女性を増やすことです!」
……最低だ。他に何も言葉が思い付かない。全てが最低だ。こんな発言が飛び出すのは特殊な業界の飲み会くらいだろ……
「貴女がたソーサラーにとっても、全世界に数多の信者を抱える我らジュンジョアーナ教団が配下に加わればさぞ心強いでしょう。何しろ我ら、集金力に関してはあらゆる団体の中でも最高峰。金なら山ほどあるのです。我らを子分にすれば爆発的な冨を得ますよ。五大ギルドなんて生温い。圧倒的一強ギルドとなれるのです」
「……」
最早、返答するのも億劫と言わんばかりの仏頂面ですねティシエラさん。そりゃ強硬な姿勢にもなるわ。こんなのと関わったら全員精神病むぞ。
「恐らく貴女はこう懸念を抱いているのでしょう。『私たちの行動方針に逐一チェックを入れてきて、最終的には自分たちの思うがままに支配するつもりに違いないわ!』と。浅はか。なんという狭い視野でしょうか。我々はそのような矮小なビジョンで物事を考えていないのです」
いやそこじゃねーよ。それは普通のM&Aの懸念材料だろ。自分たちが普通と対極の存在だって気付いてないのか。
「『子孫繁栄を願うならば、ヤリたいしヤレる女性を増やせ』。これこそが我々の掲げる唯一無二の指針。そのために我々は全てを捧げる覚悟でございます。おっと。皆まで言いますな。我々は決して美しい女性だけを優遇するつもりなどございませんぞ。外見は重要ですがそれが全てではありません。内側から滲み出る色香も良し。背徳感から来るムラムラも良し。我々ジュンジョアーナ教団はあらゆる男の性癖に刺さる様々なタイプの性的魅力を発芽させる方法を提案できます。そしてそれを実行に移せるだけの資金力もあります。後は貴女の決断次第。共に手を取り合いジャブジャブな未来を創ろうではありませんか」
「……」
あ、ティシエラが凄まじく露骨にこっちをじっと見始めた。ティシエラがここまでハッキリ俺に頼るなんてよっぽどだぞ。あと、さっきからフレンデリアが一言も発してない。これもよっぽどのことだ。
ノーマークだったなあ……ジュンジョアーナ教団。まだこんな連中がいたのかこの街には。
本当に変態に関しては底なしだな。変態一武道会でも開催するつもりなのかな?




