第524話 感情が達筆
ソーサラーギルド。
今更説明の必要もない、世界最高峰の魔法使いたちが集う五大ギルドの一角。圧倒的な戦力を供給する一方で城下町の子供たちへの教育も標榜する、魔王討伐を究極の目標とする奔放な冒険者ギルドとは一線を画した組織だ。
「全く、面倒なことを思い付いたものね」
その長としてソーサラーたちを纏める絶対的なカリスマであり、同時に俺にとって尊敬すべき人物でもあるティシエラが溜息をついている。ギルマス室がいつもより雑然として見えるのはイリスの不在と関係しているのかいないのか。
いずれにせよ、ティシエラの機嫌は明らかに良くなかった。
「イリスやサクアの派遣を受け入れて貰った経緯があるから断れないけど、貴方がここで満足を得られる保証はないわよ? 寧ろ心に無駄な傷を負う方がずっと現実的じゃないかしら」
「心配しなくても」
「心配はしてないわ」
「……お気遣い頂かなくても、俺には俺の思惑があってお願いしていたことだから。果たすべき目的も一つじゃない。必ず意義はある」
「そう」
終始素っ気ないな。イリスがいないから心が荒んでいるのかもしれないけど、それ以上に俺の申し出が気に入らないって顔に書いてある。割と感情が達筆なんだよなティシエラって。表情自体はあんまり変わらないタイプだけど。
「ではあらためて、ソーサラーギルドはアインシュレイル城下町ギルドの長トモの一日体験入団を許可します。今日一日、貴方はソーサラーギルドの一員として過ごして貰うからそのつもりでいて。私の命令に逆らうことは許しません」
「了解」
「それじゃ早速、整理整頓を手伝って」
……は?
「いやいや。御冗談を」
「私が冗談を言っているように見える?」
「いえ……」
その苛立った顔にジョークを交えるゆとりは一切見えない。ってか不機嫌オーラを露骨に出しすぎでしょ……いつもギルドではこんなトゲトゲした感じなん? そんな訳ないよな。
「だったら早くして。貴方は魔法が使えないんだから、その分雑務で働いて貰わないと示しが付かないの」
ああ。一応俺のポジションを確保してくれている訳か。雑務担当っていう最低限の役割でもないと、単に遊びに来た奴になっちゃうもんな。
「わかりましたよ。それじゃ指示をお願いしていいか? こっちで勝手にあれこれ動かす訳にもいかないからな」
「ええ」
んー……この愛想のなさよ。いや元々愛想のあるタイプじゃないけど、それにしたって酷いな今日は。
そんなに俺が体験入団することが不服なのか? そりゃまあ不躾ではあったし歓迎しろとは言わないけどさ にしたって冷遇が露骨じゃないかい?
「取り敢えずこれとこれとこれ、あとこれの中からジュンジョアーナ教に関する書類をピックアップして頂戴。残りはそのままの順番で纏めて、そっちの机に並べておいて」
「わかった」
なんか時間かかりそうな作業だな。ここで何時間も過ごすのは一日体験の意味がなくなるんだけど。
まさか、それが狙いじゃないだろな……
「手を止めないで。早めに終わらせなくちゃいけないの」
「はいはい」
そういや魔法市とかいうのがあるから忙しいんだったな。流石に五大ギルドともなると忙しさのバリエーションが豊富だ。ウチとは明らかに違う。買い出しとか特にしねーもん。
「手を止めずに聞いて欲しいんだけど」
「ん?」
「今、貴方と城下町ギルドの立場は極めて微妙よ」
「みたいだな」
商業ギルドと職人ギルドが随分と露骨に牽制入れてきたから実感としても持っている。家宅捜索なんて言いつつ、実際には粗探し以外の何物でもなかったし。
けど一枚岩って感じでもなかったな。メリンヌはこっちに同情してるのか何なのか知らないけど友好的な態度だった。それに大分助けられた感もあった。
「ヒーラーを撃退した時点では、本当に五大ギルド入りの話が具体化していたの。規模的には他と格段に見劣りするけれど、歴史の浅いギルドを一つ入れることによって『新たなギルドを育成する』って姿勢を示せる狙いもあったから。でも……」
「ミーナでの騒動で状況が変わったんだろ?」
「……ええ」
俺だってそこまでバカじゃない。今の自分たちが置かれている立場なんて正しく理解しているつもりだ。
ティシエラは多少気を遣って『五大ギルド入りの芽がある』みたいに言ってくれていたけど、実際には俺たちに利用価値があるから利用しようとした、ってのが正確な表現だろう。けど同じく候補の一角だった鑑定ギルドのサブマスターと一戦交えたことで大きく状況が変わった。
俺たちアインシュレイル城下町ギルドと鑑定ギルドが五大ギルド入りを競って対立している可能性。そして五大ギルドのいずれかが後ろ盾になっている可能性。
五大ギルドの勢力図を塗り替えようと画策している勢力の有無。
余計な意味が幾つも生じてしまった。
商業ギルドや職人ギルドが俺たちと冒険者ギルドとの癒着を疑っているのもその一つ。些細なきっかけで言いがかりのような家宅捜索を始めたのも、単にエチュアの発案に面白がって便乗しただけじゃない。
「家宅捜索の発案者はエチュアだから、当然ソーサラーギルドの責任で行われる。その過程で何か問題が生じても商業ギルドや職人ギルドが責任を負う必要がない」
「……彼らにそういう思惑があったのは確かでしょうね」
ティシエラも当然、利用されてるって自覚はあっただろう。エチュアが家宅捜索の実行を訴えたあの場にティシエラもいたんだから、止めようと思えば止められた筈。でもあえてそうしなかった。
ってことは、ティシエラも黙認した訳だ。自分たちの責任下において俺たちのギルドを調査するのを。
「私を人でなしだと思う?」
勿論それは今に始まったことじゃない。俺がこの街に転生した直後から、ティシエラはずっと俺を警戒していた。メリンヌ経由で俺の存在を感知して、俺が何者でどんな理由で城下町に来たのかを探ろうとしていた。
「貴方と貴方のギルドに猜疑的な目を向け続けている私を、酷い奴だって思う……?」
ティシエラは常に、素性のわからない俺を気に掛けている。まだ出来たてのギルドにわざわざイリスを派遣し、その後にもサクアも新たに派遣する徹底ぶり。有事の際も俺たちが単独で行動しないよう常に目を光らせ、協力する形で監視と抑制を怠らなかった。
何故、そこまでして俺に目を光らせる必要があったのか?
俺が調整スキルを保有していると実は早い段階で知っていたから? 当時レベル78のコレットと近しい間柄になったから?
恐らく、否。
「酷いなんて思っちゃいないよ。これっぽっちも」
「……」
「最初はソーサラーギルドの為だって思ってたんだよな。誰かから俺の調整スキルについて話を聞いて、対ソーサラーにおいて無敵の能力を持っている奴がいるから警戒しなきゃって思ってたのかなって」
何しろ魔法抵抗力を極限まで上げられるスキル。しかも人間だけじゃなく武器や防具にも使える。実際、魔法を防げる武器も作ったからな。ソーサラーが脅威を感じない筈がない。
勿論そこへの警戒もあっただろう。自分たちと敵対しないように仕向ける思惑もあったのかもしれない。
「でもきっと、それが主目的じゃないんだよな」
ティシエラはもっと広い視野を持っているから。
ソーサーラギルドのギルマスとしての責任を果たそうとしているのは間違いない。実際、そういう話はイリスを筆頭に色んな人から聞いているし、本人の言動にも矛盾はない。
けれど俺は過去世界で出会ってしまった。
ソーサラーとしてだけじゃなく――――
「ティシエラはさ、アインシュレイル城下町が大好きなんだろ?」
この街の住民であることを楽しんでいる子供時代のティシエラと。
「ここが好きだから、危険因子になり得る全てに目を光らせている。この街を守る為にソーサラーギルドを率いている。実は人知れず何度も街を危機から救ってきたんじゃないか?」
この城下町には憲兵はいない。自警団もない。王家と街の関係によって防衛組織となり得る存在が許されなかった。
だから水面下で街を守り続けていた。表立った行動はせずに、ひっそりと。
精神に干渉する魔法が得意なんじゃない。鍛えたんだ。
それが一番、この街の治安維持に有効な魔法だから。
「もしそうなら、俺と志は同じだ」
「……」
「俺もこの街を守りたい。だから城下町ギルドを作ったんだ。同志を人でなしなんて思う訳ないだろ?」
俺がソーサラーギルドの中に入りたかった理由は――――このことを話したかったからじゃない。そんなつもりは全くなかった。
ただ、確かめたかった。そして大いに参考になると思った。同じ目的を持っているギルドだから。
それが理由の一つだ。
「ま、新参者の俺に言われたところで嬉しくはないだろうけどさ」
そう言いつつも、ちょっとは喜んでくれるんじゃないかと期待してティシエラの顔を見る。
勿論、感動してくれなんて思っちゃいないし笑ってくれるとも考えてはいない。不気味がられても呆れられてもいい。何かティシエラにとって、ほんの少しでもプラスになればそれで良かった。
「……貴方は本当に、何も変わらないのね」
だから意外だった。
「初めて会った時からずっと、そればっかり」
まるで――――あの過去世界のティシエラのような、あどけない笑顔。
その顔に驚きすぎて、ティシエラの言う『そればっかり』が自分を卑下した発言を指しているのか、それ以外の何かなのかはわからなかった。




