第522話 乙女ゲーのプロローグ
「……んん?」
見慣れない天井だな。ここ何処だっけ。
あー……そうだそうだ。昨夜は第一王子に話を合わせて妙に盛り上がっちゃって、結局あの後娼館の空き部屋使わせて貰って一泊したんだった。
まさか俺まで朝帰りすることになるとはな。俺の場合は結婚してる訳じゃないから別にいいんだけど。
とりあえず今日最初にやらなきゃいけないのはユマ父の弁護だ。妻子を持つ身でありながら娼館を訪れた事実は擁護できないけど、朝帰りは明確に彼の責任じゃない。余りにもタイミングが悪かっただけだ。まさか王子に逆らう訳にはいかなかっただろうし。早急に救ってあげないと。
まあ、弁護したところで娼館に行った事実は消えないし許して貰えるとは限らないんだけど、情状酌量の余地ありと見なされる可能性はある。ユマ母が許さなくてもユマが説得してくれるかもしれないし。一家離散みたいな最悪の展開はなんとか阻止しないとな。
あと……同じくらい大事なことがある。
寝床の確保だ。これも今日中になんとかしないと。
理想はあの棺桶と同じ物を入手すること。サイズ感、材質、匂い、味……どれをとっても全く同質なのがベスト。けどそこまで贅沢は言えない。しっかり身を包み込んで冬の寒さにも耐えられる棺桶なら文句はない。この際贅沢は言ってられないし。
「おはよう。よく眠れたかい?」
お、女帝か。ノーメイクっぽいけどあんまり印象変わらないな。
「おかげさまで。ところで棺桶の調達ができる所知りませんか?」
「……朝一にする話かい? それ」
呆れられてしまった。
「いやマジで重要なんですって。睡眠欲は人間が一番抗えない欲求でしょ? 性欲に詳しい貴女が睡眠欲の重要性を理解してない訳がない」
「言わんとしてることはわからなくもないがね。そもそも棺桶の調達方法を聞く奴が葬儀屋と死神以外にいること自体が驚きだよ」
また呆れられてしまった。朝一で評価下げまくりだなオイ。
「ま、心当たりがないこともないけどね」
「ありがとうございます! この御恩はちゃんと返しますから!」
「そう必死になられると怖いんだよ……そうさね、結局一番確実なのは教会だろうね。葬儀屋に直接交渉しに行くのはやめといた方がいいよ」
「なんでですか?」
「何しろ、この街は蘇生魔法を乱用するヒーラーが大勢いたからね。葬儀屋は儲からないのさ。相手にするのは寿命でぽっくり逝ったジジババばかり。だったら同年代が話も合うだろうってことで、葬儀屋は大半が死にかけのジジババなのさ。だから単純に耳が遠いんだよ」
……理に適ってるのか適ってないのか。老人ホームだって別に職員は年配者ばかりじゃないのに。
何にせよ、話が聞こえないレベルの聴力だとキツいな。確か前に街中のヒーラーギルドを回った最中、そういう人に遭遇したっけ。こっちが目の前で全力で叫んでるのに一切反応しなかったからな……あれちょっとトラウマなんだよな。自分の存在を喪失したような気持ちになったもの。
「その点、教会なら話は通じるからね。ジュンジョアーナ教会はシンボルが派手だからすぐ見つけられるよ」
「確か国教ですよね。ジュンジョアーナ教。どういう宗教なんですか?」
「生命力と精力最優先。子孫を残すことの重要性を真剣に説いてくる連中だよ。だからアタイたちみたいな仕事を絶対悪って位置付けにしてやがるのさ」
……成程。絶対あいつがいるよな。アリエナス神父。
つーかあの神父、教義に忠実だったんだな。それであの仕上がりになったのか。熱心な教徒なんだろうけど気持ち悪いことに変わりはないよね。
「そういう訳だから、アタイの紹介だと逆効果になっちまうのさ。できればソーサラーギルドの紹介が望ましいだろうね」
「そうなんですか?」
「あそこは教育に力入れてるから、子を儲け育てるのを大正義にしているジュンジョアーナ教とは相性良いのさ。それに、ウチとはタイプが違うけど美人揃いだからね。エロ神父やエロ信者には受けが良いんだよ」
……多分、そこの信者の何割かはこの娼館の常連なんだろうな。おおっぴらにできないだけで。
「ありがとうございます。泊めて貰った上に色々教えてちゃって」
「全くだよ。息子を街から追い出した張本人相手にねえ」
「張本人は選挙に勝ったコレットですけどね」
「勝たせたのはアンタだよ。コレットとフレンデリアの嬢ちゃんだけじゃ厳しかっただろうからね」
「……」
俺がどの程度あの選挙に貢献できたかなんて、俺にも女帝にも正確にはわからない。でも俺はコレットに責任を感じている。それはつまり、貢献した自負があるってことだ。だから女帝の言葉に対し謙遜であっても否定はできない。
「けど、アンタはなんか憎めないね。もしかしたらアンタくらいかもしれないよ。アタイと息子を何の色眼鏡もなくフラットに見てくれるのは」
「大袈裟ですって。単に新参者だから余計な先入観がないだけです」
「だとしても、ありがたいもんだよ。昨日にしたってそうさ。たとえどんな思惑があろうとも」
……俺がファッキウに対して好意的な発言をしたのは、王子に付け入る為。女帝も当然気付いている。
それでも尚、感謝の気持ちを抱かずにはいられない。それが親心なんだろう。
俺は親になったことがないし、今後も予定にはない。だからその心はわからない筈なんだけど……不思議なもんだな。少なくとも恋心よりはずっと身近に感じられる。
「恩は必ず返します。ファッキウの情報が入ったらどんな些細なことでもお伝えしますよ」
「そうしてくれると、売った甲斐があるねえ」
朝一で見せた女帝の随分と良い笑顔を手土産に、娼館を後にした。
「ただいま帰りました……ん?」
無人の城下町ギルドに到着した途端、異変が顔を覗かせてきた。
つってもギルドはちゃんと施錠していたから中で起こったことじゃない。玄関前だ。
まさかの待ち伏せ。しかも複数。つーか5人の大所帯。
「遅かったじゃねーか。待ちくたびれちまったぜクソが」
「良くない言葉遣いだなダント。仮にも次男のお前がその粗暴さでは我々全員が下品だと思われる」
「下品系で下世話系で無礼講で柑橘系で心の毛穴が開いてきたああああああああああああああああ!」
「っていうか普通におかしくないですか? なんでボクたちが庶民のギルドの前で待ってなきゃいけないんですか。お姉さんもそう思いません?」
「……」
その内の4人は男。それも全員がイケメンで身なりが良い。庶民って言葉を使ったことからも、彼らが上流階級なのは確実だ。
加えて、残りの一人――――エチュアの異常な緊張。少なくとも俺が知る限りでは、彼女はこんな顔面蒼白でプルプル震えながら首肯するタイプじゃない。どっちかというと生意気な部類だ。
そのエチュアがここまで全身を強張らせている理由は一つしかない。そもそも4人の男性の中に知った顔がある。向こうは俺のことを覚えている筈もないけど……
「王族の方々……ですよね?」
第二王子アグァンテンダント……だったか。彼だけはヒーラー温泉で見かけたから知っている。他の3人は初見だけど、恐らく間違いないだろう。
五人の王子の内、第一王子以外の四人が城下町ギルドの前に屯している。
なんだこれ。異常事態なんてもんじゃないぞ。謎景色すぎる。
「昨日、ヴェル兄と意気投合したそうじゃねーか」
俺の質問に答えもせず、第二王子が粗暴な面構えで迫ってきた。
まさか、俺が第一王子に取り入ったのを知って自ら制裁を加えに来たのか……?
「兄貴を宜しく頼まぁ」
「へ?」
「ヴェル兄は決して弱い人間じゃねーけどよ、次期国王という重圧で常にその身と心を磨り減らしてんだ。俺ら以外に理解者が必要だったんだがよ、唯一の該当者が少々胡散臭くてな」
「だからね、そのファッキウを追い出してくれたキミには感謝してたんだよ☆ できれば一目会いたいねってみんなで言ってたの☆」
第三王子と第五王子……面識がない分名前も忘れちゃったけど、彼らの言葉は皮肉や逆説的な表現って訳じゃなさそうだ。とりあえず権力のリンチに遭う心配はなさそうだな。
「テメェが兄貴を支えてくれる保証はねーが……兄貴自ら目を付けたヤツだ。何の理由もなくケチを付けたくはねー」
「だからこうして全員で挨拶に来た訳だ。これでお前はもう逃げられない。そうだろ?」
……なんて安堵した傍からプレッシャー掛けられちゃったよ。つーかそんなことをわざわざ王子自ら? それも勢揃いで? どういうこと?
「挨拶! 挨拶! さっさと挨拶! ごきげんよう系で不機嫌系でブッ飛び系で終末系で裏切ったら末代まで皆殺しコオオオオオオオオス!!」
あと第四王子! さっきからずっと言動が意味不明な上に挙動がおかしい! クスリやってんのか!?
……あ、そっか。この人たちも全員ヒーラー温泉漬けだったんだ。だとしたらこの第四が一番壊されたのか?
いずれにしても、王子が朝一で庶民のギルドの前に集合してる時点で異常行動だ。コンビニの前でくっちゃべってる若造みたいな真似を王子にやられても困惑以外ないんだって。普通に理解が追い付かない。
「……」
そして、恐らくエチュアは別件で来たんだろう。まさか王子に囲まれるなんて夢にも思わなかっただろうに。気の毒で仕方ない。
「おい。返事はどうした」
「あー……はい。承知致しました。殿下の不安を少しでも取り除けるよう尽力致します」
「その言葉、もし破ったら王家を敵に回すと思えよ?」
そりゃそうでしょ。逆に敵に回らなかったら意味不明ですよ。何の脅しにもなってない。
「話は終わりだ。おう、行くぞテメェら」
「フン。次男だからといってリーダー面しないで貰おうか」
「リーダー系で牽引系で荷馬車系でゴトゴト系で揺られて揺られてゴーーーホーーーーーーォォォォォオム!!」
「それじゃーね☆ そっちの可愛いおねーさんもバイビー☆」
一方的に兄を宜しくとだけ伝えたのち、王子たちは王族専用と思われるロイヤルな馬車に乗って何処ぞへと消えていった。
……乙女ゲーのプロローグかよ。いや知らんけど。




