第518話 美形の一族
どうしたコレット。お前そんなあざといこという奴だったか? 不意を突かれたのと今までとのギャップもあってドキドキが止まらないんだけど。
俺と距離を縮めてどうするつもりなんだ?
「ね、そうしようよ。ちょうどアヤメルぢゃんも預けてるしさ。ディノーさんや全裸の人だって元冒険者だし、私たちってもう結構繋がってるでしょ? だから正式に提携して、こっちのお仕事を幾つか城下町ギルドに回す代わりに私はトモからギルドマスターの姿勢を学ぶの。オネットさんに直接指導を受けたいって冒険者も結構いるし。冒険者は街の外、城下町ギルドは街の中が主戦場だからお互い補い合えるでしょ? 良いと思わない?」
ああ……成程なるほど。さっき女帝が言ってた『俺から学んだ方が良い』って話を真に受けちゃった訳か。ヤベーちょっと焦っちゃったよ。
確かにコレットとは最近疎遠気味だったから、ギルド同士が提携すれば会う機会も増える。もう借金もないしコレットの評判に悪影響を与える心配もない。
問題はダイロッドたちに怪しまれることだけど、狙いが明白な分オープンにしとけば納得は得やすい。先に『あの時冒険者ギルドとの蜜月を疑われたからテメーらの認識にあえて寄せてやったぞ』とか嫌みったらしく言ってやれば深刻には捉えないだろう。
俺的には特に問題はない……か?
「まあ理屈はわかるけど」
「でしょ? そうしよそうしよ! これで私も気兼ねなくトモに甘えられるし私が凹んだ時にも緊急食事会を開いて愚痴を聞いて貰えるし! あ、勿論私だってトモが辛い時はいつだって相談に乗るからね? トモだってキツい時あるでしょ? ギルド員に弱みを見せられないって意地張るタイプじゃん。そういう時には私に頼ってくれていいんだよ? 私はトモのダメダメな所も知ってるし、そういう所も全然しょぼーとか思わないし」
「いや思ってるから出てくる言葉だろそれ!」
なんだろうな、この共依存フラグ。お互いに相手のことをよく理解しているからこそ、泥沼にハマりかねない不安感がそこにはある。
ま、何にしても――――
「悪い話じゃないけどウチのギルド員が嫌がりそうだからやめとく」
「なんで!? 城下町ギルドにとっても悪い話じゃないでしょ!? せめて一旦持ち帰ってギルドの人たちと話し合ってから決めてよ!」
余計無理だろ。ウチのギルド員、そんなに仕事に対してギラギラしてないし。新参ギルドに加入するくらいだから、割とゆったり過ごしたい派が多いんだよ。
何より冒険者ギルドには鉱山での一件でロクな印象ないからな。絶対拒否反応示される。ってか明らかに格上の冒険者ギルドと組んだらウチが配下みたいに周囲から思われる。よってボツ。
「……ねえトモ。正直に言って?」
また思い込みで突拍子もないこと言い出しそうな入りだなあ。このモードのコレットが出現した時点で嫌な予感しかしない。
またアレだろ? 例の発狂芸だろ? もういいよ。変人の知り合いがやたら増えた今となってはそこまで見応えないし。
「聞いてる!? これから私が大事なこと言うんだからちゃんと聞いて!」
「お、おう」
コレットが明らかに不満顔で睨んでくる。怖くはないけど。
思えばこの娼館で偶然遭遇してからずっと不機嫌気味ではあったんだよな。
「私聞いたんだよ。これからソーサラーギルドの一日体験入団みたいなのするんでしょ?」
……それでかよ。面倒臭ぇな相変わらず。
「トモの考えなんてお見通しなんだから。どうせそこで可愛いソーサラーたちとなんやかんやで仲良くなって、今後もギルド同士で仲良くしようねって流れになるんでしょ? 可愛い女の子がいっぱいいるギルドの方が、ウチみたいな殺伐としてるギルドよりもいいって思ってるんでしょ? 私みたいな面倒臭い女よりもティシエラさんみたいな賢くて綺麗な人と一緒にいたいって思ってるんでしょ? ほら素直に言って。言って!」
「自覚があるなら面倒臭くない喋り方する努力しろよ!」
「私は私の気持ちを余すことなく垂れ流ししてるだけだもん! そうしないと細かい所まで伝わらないでしょ!?」
いやこっちはそこまで伝えて欲しくないんだって……
まあ実際、冒険者ギルドとソーサラーギルドなら確実に後者の方が一部のギルド員は喜ぶだろうな。でもヤメに対するソーサラーたちの仕打ちがどうだったか、それに対して今はどんな感情を持っているのかがハッキリしないことにはソーサラーたちと組む気もない。
「そもそも俺、大半のソーサラーに嫌われてるんだけど」
「だからあえて体験入団するんでしょ? 嫌われたままなのがイヤだから。トモってそういうトコあるもん」
……女帝といいコレットといい、俺の性格をズバズバ言い当ててくるの何なんだよ。俺そんなわかりやすいかな……
「痴話ゲンカはその辺にしときな。着いたよ」
何処が痴話ゲンカなんだと言いたい衝動をグッと堪え、女帝の前にある扉に目を向ける。
ここは……どういう部屋だ? 少なくとも応接室のような部屋構えじゃないし、当然娼婦がサービスを行う類の寝室でもない。
「ここは控え室さ。ただし、特別な」
含みを持たせた女帝の声が、娼館内に妙な緊張感をもたらす。
娼館内にある特別な控え室か。要するにスタッフルームのことだよな。
ってことは、恐らく――――
「高級娼婦の待機場所、ってことですか?」
「というより秘密の逢瀬をする為の密室だね。ウチの高級娼婦には上流階級の人間しか会えないし、そういう連中は行為そのものより自分だけの女にしたいって独占欲を満たしたいみたいでねえ。だからこういう他と違いの出る場所を設けておかなくちゃならないのさ」
「こ、行為……」
コレットさん、気持ちはわかりますけど今はそういう所に引っかかってる場合じゃないです。
女帝の言っていることの意味はなんとなくわかる。トップの娼婦はアイドルみたいなもので、上流階級の連中は如何にその女性に気に入られるかで競ることも多いらしい。恐らく毎回高級なプレゼントを持参して自分が如何に他とは違うかをアピールするんだろう。
ってことは、今ここに上流階級の人間が来てるのか?
「入るよ」
この娼館のオーナーである女帝が、わざわざ一声かけた。それほどの存在なんだろう。
まさか……
あのエロ神父か!? アリエナス神父がここにいるのか!? だったらちょっと会ってみたい――――
「相変わらず口の利き方がなってないな。それが次期国王にかける言葉か?」
……は?
「こっちは昨日からアンタのワガママに付き合って大変なんだよ。また娼婦に怪我させたんだろ? いい加減にして貰いたいね」
女帝の背中で見えないけど、この部屋の先にいる人物は既に確定している。エロ神父どころの騒ぎじゃねぇ。
次期国王――――つまり第一王子だ。
「気にするな。この娼館はいずれ俺の物になるんだから。娼婦もこの俺の部下みたいなものだろ?」
「……はぁ」
溜息を落とす女帝の隣に並び、ようやくその人物の全体像を拝むことができた。
控え室といってもかなり広い。フレンデリアの部屋くらいはある。そしてあの部屋を遥かに凌ぐ煌びやかな飾りの数々。恐らく貢ぎ物コレクションなんだろう。
長い化粧机の上にショーケースが幾つも置いてあり、そこにはコレットが涎を垂らしそうなほど美しい宝石や指輪、ネックレスなどの宝飾品が飾られている。そして壁には仰々しいくらいの武器が幾つも立て掛けられている。ただし普通の武器じゃない。全て派手な貴金属で装飾した、実用性を無視した豪華絢爛な剣や槍。あ、斧もある。この手の宝飾を施した武器で斧って珍しいな。如何にも女帝が使いそうだ。
けど、それらの贅を極めた華やかな貢ぎ物すら霞む存在感。
「国の統治なんか毛先ほどの興味もない。だがこの国のいい女は全員、俺に蹴られるべきだ。そう思わないか?」
……第一王子ヴェルンスンカノウスは意味不明なことを発言しながら、玉座のようなアームチェアに腰掛けて肘掛けに寄りかかり頬杖を付いていた。
一応、国王と第二王子は見たことあるけど、あんまり似てないな。ルウェリアさんとも似てない。
金髪寄りの茶髪で、サイドを短くしていて精悍な顔立ちだからか、やたら清潔感がある。
けど表情は常に挑発的な笑みで、本人的にはワイルド感を演出してそうな感じだ。
第二王子もそうだったけど、結構なイケメンだ。恐らくこの国の王子はみんなそうなんだろう。ルウェリアさんも可愛いし美形の一族なんだろうな。
「で、つい先日までヒーラー温泉でバカになってたこの王子様はなんでここでイキってるんですか?」
「まあねえ……」
向こうには聞こえない小声で女帝に問い掛けてみたものの、要領を得ない返答。ははーん、さては心底下らないエピソードだな?
「ん? そこにいるのは最強冒険者のコレットではないか?」
「ひっ」
お、第一王子に名前を覚えられてるのか。流石コレット。
「成程。噂通りのへなちょこ美人だな」
「へなちょこ美人!?」
また変な異名が明らかになった。
コレットさあ……お前どんだけ城下町でイジられてんの。ワンパン聖騎士とかパラディソマスターとか。人類最強のレベル79が泣くぞ。
まあ、そういうポンコツなところは損なわないで欲しいと個人的に思わなくもないけども。ねえ。




