第514話 エクスカリバーを老害扱い
アイザックの腐り具合も気になるけど、続報が来るまでは一旦置いておくとして……まずはさっきまでの一件を整理しよう。
現状、騒動の中心にいるのは不倫疑惑が持ち上がったユマ父。あれから結局オネットさんの圧にも負けず黙秘し日暮れまで続けたんだよな。ここまで頑なだと確かにダイロッドの言うように何らかの強制力を疑ってしまう。
とはいえユマ母を裏切ったのは事実。あの一家は一夜にして崩壊寸前の危機に瀕し、地獄のような空気で今日を終えることになった。
勿論、そんな所にユマをいさせる訳にはいかない。家にはユマ父を一人残し、ユマ母と一緒に宿に泊まることになった。
ユマは今のところ落ち着いているけど、ユマ母の憔悴は計り知れない。本気の恋愛じゃない不倫とか浮気って『下半身は正直だから仕方ない』みたいに言われがちだけど、要は身内に対する重大な裏切りなんだからンな訳ねーよな。裏切られた方はそりゃショックだろう。気の毒に。
ああいう現場を見ちゃったから寝付けないのか、棺桶という唯一の寝床を失った所為で身体が睡眠を欲さないのか知らんけど、結局仮眠はロクにできず疲労も全く回復していない。今日眠れるかな俺……
「お帰りなさい! みんなのアイドル、アヤメルちゃんが帰って来ましたよ!」
そしてギルドに問題児が戻ってきたことで疲労は更に積み上げられていく。頭と肩が重い……
「ついでにウチのギルドに用事があるって人たち連れてきました」
「いやお前のギルドじゃねーからここ! 冒険者ギルドの所属だろお前は!」
「ダメですよ先輩、私たちみたいな可愛い女の子をお前って言っちゃ。コレット先輩に怒られますよ?」
いやお前も俺のこと散々な言い様してるだろ……何回『こいつ』って言われたと思ってんだ。
「で、用があるってのは……」
「勿論、私たちさ!」
なんだ、家宅捜索の面々か。まだ帰ってなかったのかよ。さっきからもう話は終わってるじゃないか。出てけよ。
「なんか私がいない間に凄いことになったそうじゃないですか! 詳しく話を聞かせて貰おうじゃ……あ、やっぱりいいです」
舐めた口利くけど空気はちゃんと読めるアヤメルが瞬時に自分の好奇心を引っ込めるほど、俺の顔色は悪かったらしい。そりゃあの激重空間に随分長いこといたからな。血の気も引くわ。
それで特にこれといった収穫もなしっていうね……あのシキさんやオネットさんですら相当疲弊してたし。マジで珍しい。
「……」
ダイロッドが目配せしてくる。アヤメルの家を調査するって話はここで言うなってことなんだろうな。本人には内緒にして突然押しかけるんだぞ、って訴えているんだろう。
「でアヤメル。なんかエクスカリバーを隠し持ってるって疑われてるらしいぞ。心当たりある?」
「へ?」
「お前……!!」
おおう、凄い形相だなダイロッド。キレると怖いタイプかもしれない。
でも何でもかんでもそっちのペースで事が進むのを甘受する訳にはいかないんだよ。騙し討ちみたいな形でアヤメルの宿をお宅訪問したら俺とアヤメル、そして冒険者ギルドとの信頼関係が崩壊してしまうからな。
俺は別に特定のギルドと仲良くしたい訳じゃない。でもコレットがいる冒険者ギルドやティシエラが率いるソーサラーギルドよりも職人ギルドや商業ギルドを尊重する義理はないんでね。
「エクスカリバーですか? そんなの私が持ってる訳ないじゃないですか。魔王を倒せる力を持ってたのも昔の話でしょ? そんな老害をこの私が欲しがると思われてるなんて心外ですね」
「十三穢を……その中でも筆頭のエクスカリバーを……老害……だと……?」
あー、こりゃ完全にキレちゃったなダイロッド。つーかナチュラルにエクスカリバーを老害扱いするアヤメル怖すぎだろ。魔王くらいだろ他にそんなこと言えるのは。
何にせよ、これで決着はつく。
「冷静さを欠いてないで【眼識2】とやらで確認して下さいよ。アヤメルは嘘を言ってますか?」
「……ッ」
歯軋りしたな。まあ今の反応が答えと受け取っていいだろう。
「成程ね。これはダイロッド、キミの完敗だ」
「メリンヌ!」
姿を現したままのメリンヌがほくそ笑う。こいつも俺と一緒で大概性格悪いよな。
「中途半端な時期に家宅捜索をしても、既に別の場所へエクスカリバーを移されている可能性がある。だったら不意打ちでアヤメル君に直接聞いて、その反応をキミの【眼識2】で確認する方が好ましい。何より、それはキミとキミの能力への信頼を意味する。トモ君、どうだい?」
「解説どうも」
ま、単なる意趣返しだ。こっちも丸一日振り回されっぱなしだったからな。
「ギグ。そしてダイロッド。キミたちの目的は冒険者ギルドの弱み……すなわち各々のギルドが優位に立てる情報を入手することだった筈。その目的ならばもう果たしただろう? ここは引き時じゃないかな?」
「果たした? 一体何の話だい?」
顔をしかめ不満を隠さないギグに対し、メリンヌは相変わらず薄ら笑いを浮かべて――――
「彼ら城下町ギルドは一筋縄ではいかない。それがわかったのは大いなる収穫だと思うよ。違うかい?」
やけにこっちの肩を持つようなことを言い出した。
「……ウチの組長にそう報告しろって言いたいのかい?」
「バングッフなら納得してくれるだろう。彼は結論ありきで動くタイプじゃない。当然、ロハネルもさ」
「……」
多少表情が和らいだギグとは違い、ダイロッドの方は未だに眉間に皺が寄っている。相当俺に腹を立てているらしい。メンツを潰された、とでも思っているのかもしれないな。
「ま、多少の不満はあるかもしれないが時間も時間だし、今日はこの辺にしておこう。はい解散解散!」
半ば強引に締めたメリンヌに言いたいことは山ほどありそうな顔で、先にダイロッドがギルドを出て行った。その後を追うようにギグも無言で出て行く。
もしかしたら余計な火種を増やしたのかもしれない。でも俺はコレットに砂をかけるような真似はしたくない。
あいつを冒険者ギルドのギルドマスターにしたのは俺……ってのは言い過ぎだけど、誰よりも強く背中を押したのは間違いなく俺だ。助けて貰ったことも手伝ってもらったことも沢山あるし、何よりあいつとは気が合う友達。一欠片の裏切りだって我慢ならない。
「私もそろそろお暇するよ」
流石に疲れたのか、メリンヌの瞼が半分落ちている。飄々としてる割に人間味のある奴だ。
「トモ君。キミの名前は当分忘れられそうにないね。今日は随分と煮え湯を飲まされたよ」
「そんなつもりはなかったんだけどな」
「癪に障る返しだ。でも不思議とキミには悪感情を抱く気にはなれないね。さっきのアヤメル君への暴露も、彼女の部屋を家宅捜索しない方向へ持っていく為でもあったんだろう?」
「……さーな」
「惚けても無駄さ。私はキミをずっと見つめてきたからね。これからも興味深く観察させて貰うよ」
その言葉を最後に、メリンヌは手を振ってギルドから出ていった。姿を見せていたのは自分が帰ったとハッキリ認識させる為の気遣いなんだろう。
彼女にはかなり苦手意識があったけど、なんか妙にフォローして貰った所為でそれは殆どなくなった。味方……とまでは言えないにしても、割と好意的に俺たちを見てくれているのは間違いなさそうだし。
「トモ先輩。さっきのメリンジェンヌが言ったことって本当なんですか?」
「まあ……つーかメリンジェンヌって何よ」
「そうですか……」
こっちのツッコミは無視かよ。つーか何だその絵に描いたような小悪魔顔は。
「もーぉ、トモ先輩ってば。そんなに私に気に入られたいんですか? 私に貸しを作って何を要求するつもりなんですかー?」
「ああ?」
「そんな怖い顔しないで下さいよ。冗談ですから冗談。どうせアレでしょ? コレット先輩の顔を立てたんでしょ?」
「わかってんなら変なこと聞くんじゃねぇよ! 誤解されるだろ!」
「誤解? 誰にですか?」
……いや誰にだって誤解されるのは嫌だろ。
「ま、私のことを信じてくれたのは素直に嬉しかったんでお礼くらいは言っておきますよ。よくやったトモ先輩! 褒めて遣わす!」
「……お前一回マジで家宅捜索させろ。教育に悪そうなの全部没収してやる」
「痛い痛い痛い! こめかみグリグリは反則ー!」
はぁ……なんかドッと疲れが出て来た。なんだこの一日は。こんだけ色々詰め込んで何にも実りがねぇ。最悪だ。
「なーギマ」
「まだ帰ってなかったのかヤメ。どうした」
「ヤメちゃんが最近ちょこっとだけ元気ない理由、わかった?」
「……ホントごめん」
そりゃサブマスターの仕事に加えてこんな奴の教育係なんてやってたら疲弊もするわ。あのヤメが誰かに手こずるなんて想像もしてなかったから完全に発想の外だった。申し訳ないことをしてしまった。
ヤメをも消耗させる女。
恐るべしアヤメル……




