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終盤の街に転生した底辺警備員にどうしろと  作者: 馬面
第六部02:捜索と創作の章
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第511話 そっちの苦労じゃないんだけど

 理想の家庭のように見えていた。少なくとも俺の目には。


 武器屋の経営は上手くいかなかったものの、鉱夫として働き豪快な言動で家族を明るくするユマ父。共働きで家庭を支え、常に温かい雰囲気のユマ母。そんな二人に育てられて、ちょっと大人びていて優しくて良い子のユマ。テンプレと言うと失礼だけど、それくらい盤石の理想的な家庭って感じだった。


 それがどうだ。この家の空気は。おぞましい……鉱山で殺人未遂事件が起こった時より遥かに険悪で居心地が悪いぞ。


「トモさん」


 あっ喋った。でも今、唇全く動いてなかったな。腹話術かよ。


「この度はご迷惑をお掛けして申し訳ありません。アインシュレイル城下町ギルドには私と娘を雇って頂いて、大変よくして頂いているのに」


 えぇぇ……唇ホントに動かないんだけど。これどういう感情表現なの? 逐一解析の難易度が高すぎるって!


 こんな状態のユマ母を俺がどうにかできる訳ないだろ? そもそも俺は男女の修羅場なんてちっとも慣れちゃいないんだ。そりゃ鉱山での一件は複雑な痴情の縺れだったし多少は解決に貢献した自負もあるけど、あれは複雑だから却って色々薄まってたんだよ。こんなシンプルでストレートな修羅場の圧力に対抗できる力はないって!


「夫は不貞を働いたのだと思います」


「は、はい。そう……かもしれません。まだ確定とまでは言えませんけど」


「そうですね。確定した訳じゃありませんが……もし自白した場合、私は……手を汚すことになると思います」


 怖ーーーーーーーーーーーーーぁ! 普段温厚なユマ母だから余計に怖い! 去勢すんの!? やっぱり去勢すんの!? やめた方がいいよ後味悪いって!


「あ、あの……仮に御主人……旦那様……いやなんて言えばいいのかな。配偶者の方? もうこれでいいや。配偶者の方が不倫してたとしてですよ、その配偶者の方を負傷させてしまうのは何らかの罪に問われないんですか?」


「問われると思います。ですから私は、これ以上お世話になることはできません」


 え……?


「これをお納め下さい」


 辞表だ。封筒には入ってないけど絶対辞表だ。不退転の覚悟で夫の男性性を根本から始末する気だ!


 よくないよーよくない。これはダメだ。誰も幸せになれない。不幸にしかならないもん絶対。ユマだって止めないでとは言ってたけど、母親が父親を傷物にした罪で服役するのなんて見たくないだろう。


 ……この御家庭には大恩がある。あの建物と土地がなければ俺はギルドを立ち上げられなかった。ここは一肌脱ぐしかない。火事現場に取り残された子を助けに行く救助隊の気分だけど……やるしかない。


 まずはユマ母を落ち着かせて――――


「そんな深刻に考える必要ないと思うけど」


 あ、シキさんに先を越された。 


「ウチのギルド、オネットみたいに罪人を粛清してる人間もいるんだし。不倫してそれを白状しないパートナーの性欲の根源を破壊するくらいなら別に問題なくない? どうなの隊長」


「……そうですね……問題……ない……かなあ……」


「言い切らないの?」


「問題ないです。全然大丈夫。なので奥さん、その紙は仕舞って下さい」


 なんだろう。俺の言いたいことを大体言ってくれただけなんだけどシキさんの顔をしっかり見られない謎のこの心境。つーかこの件、終始心の負担がエゲつないんですが。全員の発言がなんか怖いんだよ。俺の考えすぎなのか文化の違いなのか知らんけど。


「でも、そういう訳には……」


「俺自身が別に清廉潔白な人間でもありませんし。ただまあ、その前に配偶者の方の言い分も聞きましょう。何かしら情状酌量の余地があるかもしれませんし」


「……そうですね。寝不足もあって少し取り乱してしまいました」


 寝不足って取り乱す理由になるかなあ……でも口には出さないでおこう。


「シキさん、気遣ってくれてありがとうございます。貴女も色々苦労しているのに」


「私は別に……」


 うーん、やっぱりシキさんに負担かけちゃってたの周りもわかってるんだな。ヤメにサブマスターになって貰って雑務をそっちに回してるから改善はされてると思うけど、まだフォローし切れていない部分もある。


 俺がソーサラーギルドの一日体験を希望しているのは、何も華やかな女性の園が裏ではどんな感じなのかを確かめたいからってだけじゃない。ティシエラのまとめ方、ギルド内の準則など学ぶべき所が多い筈。早急に予定を組んで貰いたいところだ。


「……」


「ん? 何?」


「何も」


 なんかシキさんに睨まれた気がしたけど、気の所為だったかな。最近ちょっと自意識過剰気味だし、神経尖らせすぎてるかもしれない。


「フゥ……」


 あ、ダイロッドが戻って来た。取調べ終わったのか?


「剣士オネットの尋問なら、まだまだ続きそうだ。オレはついて行けそうにないから外させて貰った」


 まあ、こんな短時間で終わる訳ないか……つーかユマ父大丈夫かな。オネットさんの逆鱗に触れたら冗談抜きで屠られちまうんじゃないか?


「ただ、これはオレの個人的な印象だが……あの旦那、ハメられた可能性もあるんじゃないか」


「どういうことですか?」


 速い! ユマ母、一瞬でダイロッドとの距離をゼロにしたぞ今。この人もしかして戦闘要員? 実は元冒険者とか?


「奴の話を一通り聞いた上で、オレが勝手に判断しただけだ。それでも聞きたいのなら教えてやろう」


「聞かせて下さい。お願いします」


 ユマ母……なんだかんだで配偶者の方を信じたい気持ちがあるんだな。これでちょっとでも希望が見えればいいんだが。


「確定と考えていいことが三つある。アンタの旦那は間違いなく娼館に行っていた。そして娼館に朝までいた」


「……」


 室内に緊張が走る。


 その二つは既にユマ母もアウトだと考えていた筈。問題は残りの一つだ。


 果たして――――


「そしてもう一つ。そこであったことを何も話さないよう、何者かに頼まれている」


 ……なんだそりゃ? 口止めってことか?


 いやでも変だろ。娼館に行って何してたかなんて誰でもわかるし隠す必要はない。そもそも他人に強制されるようなことじゃない。


「恐らく仕事仲間から娼館に誘われ、ノコノコとついて行ったんだろうな。その時点で不貞については擁護のしようもないが……何故朝までそこにいたのか、何をしていたのかは頑なに話そうとしない。オレの【眼識2】が曇ってなけりゃ、あれは別の誰かにそう強制されている……そういう反応だ」


 眼識2ってのはスキルだな。多分洞察力が底上げされるとかそういうのだろう。鑑定士でもあるダイロッドならではのスキルだ。


 奴の見解が的を射ている場合、朝まで娼館にいるよう強制された……って話になんのか? それって監禁されてたってことだよな。


 なんじゃそりゃ。娼館に幽閉ってどんなシチュエーションだよ。普通に精根を使い果たして眠っちゃったんじゃないの?


「ただ一点気になるのは……奴は全く自己弁護をしようとしない。沈黙を信念と捉えているのか、或いはそうすることが正義だと信じているのか。我欲の隠蔽には程遠い、何処か気高き信念すら感じたね」


 ……聞けば聞くほど訳わからん。オネットさんの尋問の結果を待つしかないのか。


「ついでにエクスカリバーについても聞いてみたが、全く心当たりがなさそうだった。剣士オネットの言うように、もし不倫していたのなら『訳がわからんが不貞の証拠と繋がる話じゃないのか?』と疑ってもよさそうだが、そんな反応でもなかったな。どうやら本当に身に覚えがないようだ」


「だったらウチへの疑いは晴れたってことでいいんだな?」


「お前らの所に派遣されている冒険者が持ち出していなければな」


 そういや、こいつとギグはコレットが指示してアヤメルに何か工作させてると疑ってるんだったな。こっちとしては調べて貰っても全然構わないけど。


「つーか、その眼識2ってスキルで俺たちの反応を逐一チェックしてたんだろ? もう結論は出てるんじゃないのか?」


「……鋭いな」


 案の定か。そして恐らく、いや間違いなくやつらの期待通りの結果にはならなかった。何かボロが出ていればとっくに言及していた筈だし。


「重ねて言うが、あくまでオレ個人の見解だ。お前をはじめギルド員に冒険者ギルドへの協力を示唆するような反応は見られなかった。それはギグにも話してある。そしてお前の言うように、コレットも悪巧みするタイプじゃないとオレも思う。所詮眼識2の精度ではあるがな……」


 成程。眼識3じゃないから絶対とまでは言えない訳か。それをカバーする為、時間をかけて不審な点や矛盾がないか逐一チェックしてたんだろう。


 ようやくこの家宅捜索の全容が明らかになったな。そして無事、疑いは晴れた。


「とはいえ、ここに派遣されている冒険者個人への疑いが完全に晴れた訳ではない。その冒険者が上司にもお前たちにも内緒でエクスカリバーを保有している可能性も、かなり低いとはいえ……ないとまでは言えない。そこでお前に協力して欲しい」


「泊まってる宿を教えろってか? それは……」


「ああ。まだ10代の女性相手にやるべきことではない。だからお前に直接調べて貰いたい」


 ……は?


 こいつ、俺にアヤメルの泊まってる宿の家宅捜索をやれっつってんのか?


「勿論一人でとは言わない。コレットでもいいしギルド員でもいい。共通の知り合いの女性を連れ立って構わない。該当する冒険者がシロかどうか、お前に確認して貰いたい。これはオレがお前を信用した証だと思ってくれ」


 また断り難いことを言い出しやがって……


 ダイロッドは職人ギルドからの派遣。つまり職人ギルドの窓口だ。奴の信用は職人ギルドからの信用と言ってもいい。


 しかも鑑定ギルドとも何らかの縁があるだろうし……


「……やり方はこっちで決めていいんだな?」


「構わない。日を改めた上で頼む」


 奇妙なことになったけど、アヤメルへの聞き込みと簡易的な調査ならすぐ終わるだろう。あいつが本当にエクスカリバーを持ってなけりゃ。


 ……前フリっぽくて嫌だな。頼むぜマジで。あいつが聖剣を所有してるとかホント笑えないから。似合わなすぎ。包丁も包丁であんまり似合ってないけど。


 はぁ……なんかすげー疲れた。眠気がどっと押し寄せてきてるな。


 ギルドに戻ったら一旦仮眠するか。棺桶(ねどこ)ないけど。


 




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