第510話 サレ妻屠り師
今まで街の平和に多大な貢献してきた我等がアインシュレイル城下町ギルド。それなのに反社会勢力の連中と裏で繋がっていると疑われガサ入れをやられたら何故か聖剣エクスカリバーを隠し持っているとの疑惑が浮上。このギルドの前身、武器屋【ラーマ】時代にあった物じゃないかと考え元店主のユマ父に問い質そうとしたところ、そのユマ父が朝帰りし家庭崩壊の危機に瀕していることが発覚した。
……これまでのあらすじ風に今日の出来事をまとめてみた結果、余計頭が混乱してきた。何だこれ。
「ではこれより、ユマさんの家へと向かいます。重大案件につき少数精鋭での突入となります」
俺の脳内での大混乱なんて知る由もなく、完全に専門家のポジションでオネットさんが次々と段取りを決めていく。俺は勿論、ギグやダイロッドも全く反論できない。
無理もない話だ。オネットさんさっきからずーっと怖ぇんだもん。朝帰りの話が出た途端『これは私の事件です! 私がやります!』って感じで終始覚悟が決まってるんだもん。反論なんてできないよ。
尚、ユマはギルドで待機することになった。まあ親の修羅場なんて子供に見せるものじゃないからな。賢明な判断だ。
「そうですね。では私とギルドマスターとダイロッドさん、それとシキさんの四名で向かいましょうか」
「……私?」
この抜擢にはビックリ仰天。何故シキさんが? 今日はずっと存在感消してたのに。
「こういった事態を速やかに解決する為には証拠をいち早く押さえる必要があります。もし証拠を掴めず逃げ切られてしまったら不貞者は味を占めて不貞を繰り返し、やがて不貞中毒になってしまうのです。つまりこれから私たちは不倫の確固たる証拠を粛々と押さえる必要があります」
「私がそれをしなきゃならないの?」
「はい。私の見識が間違っていなければ、シキさんにはその才能があります。ダイロッドさんは鑑定スキルをお持ちとのことなので、証拠物品の洗い出しをお願いします。ギルドマスターはユマさんのお母さんができるだけ落ち着くようお声掛けをして下さい」
えっと……確か俺たち、ユマ父にエクスカリバーの話を聞きに行くんだよな? なんで不倫の証拠を見つけに行く話がメインになってんの?
「不倫をした人物は例外なく嘘つきになります。嘘が自分の立場を有利にすると認識し、やがて自分にとって都合のいいことしか言わなくなります。急性期の場合は病態が急激に悪化しますから、時間との勝負です」
完全に不倫常習犯を病人扱いだな。まあ言いたいことはわからなくもないけど……流石に不倫してるからってエクスカリバーに見え覚えあるかどうかの質問に嘘はつかんと思うんだけど。
「そうだな。嘘ってのは必ずしも意味のあるものとは限らねえ。虚言癖の奴は息を吸うように他人を騙すっていうからな……」
えぇぇ……ダイロッドも納得しちゃったよ。俺がおかしいのか?
でもシキさんは流石に――――
「下らない嘘をつく奴っているからね。一旦痛い目に遭わせた方が確実かも」
あれ!? シキさんもオネットさん側に付くの!?
三対一かよ。これじゃ俺がどれだけ反論しても無駄に時間を食うだけだ。
はぁ……仕方ない。
「ま、とりあえず行こうか。ユマ、悪いけどお母さんに代わって受付をお願いしてもいいかな」
「うん。あの……」
「大丈夫。まだ不倫したって決まった訳じゃないから。あんま気に病まないようにな?」
「そうじゃなくてね」
寝不足と思しきユマは、トロンとした目で俺を見つめ――――
「もし本当にお父さんが不倫してたらね、お母さんきっとお父さんを去勢しようとすると思う。それ止めないであげて。お母さんの好きにさせて」
……この世界って、もしかして元いた世界より不貞に厳しいのかもしれない。
そんなスリリングな一幕もありつつ、俺たちはかなり変則的な四人パーティでユマの家へと向かった。
「……」
「……」
家の中は率直に地獄でした。
この家にはユマを助けたお礼にと武器屋を譲り受けた時、一度来たけど……あの時と全く同じ内装なのにまるで違う次元に来たような錯覚すら抱いてしまう空気の重さ。何だこれ。ここだけ重力300倍になってない?
ユマ母とユマ父は居間で向き合い座っている。ユマ父はずっと俯いたまま微動だにしない。テーブルを凝視したまま時間が過ぎるのを待っている。なんとかやり過ごそうと必死だ。
一方、ユマ母はユマ父をじっと眺めている。いや……これ眺めてるって言えるのか? なんか見ているようで全く見ていないというか、彼女にしか見えていない何かを見つめているって感じだ。
「皆さん、ここで待機していて下さい。まず私が向かいます」
「大丈夫なんですか……? この中に入って行っても」
「普通の人では恐らく無理です。私でも失敗する恐れがあります。撤退の準備をしていて下さい」
まるで最難関のダンジョンの最奥部手前の会話だ。まあでも死地に赴くって意味では変わらないか。
「香水の臭いがキツいな。これを消さずに家に帰ってきたのか?」
「だとしたら間抜けすぎ」
……この状況でごく自然に分析始めちゃったよ、ダイロッドとシキさん。なんか、さっきからずーっと俺だけ浮いてるよな。完全にアウェイだよ。まさかこんなことで異世界の文化の違いを痛感させられるとは……魔法の存在や文明レベル以上にズレを感じるのはどういう訳だ。
にしても、オネットさんは一体どう切り出すつもりなんだ? オネットさんが居間に入っても二人して一向に迎える気配がないけど……
「ユマさんから話は伺いました」
おっ、ユマ父が気付いたっぽい。一瞬ビクッとした。
ユマ母は……一切リアクションしないな。怖い。俺の知ってるユマ母ってめっちゃ物腰柔らかで愛想良い人なのに。徹夜で目が充血してるから余計怖く見える。
「僭越ながら不肖私、こういった事案に関しては多少の心得があります。私が調停委員を務めますので真実を明らかにしましょう。私はどちらの味方でもありません。成すべきことを成す為だけにここへ来ました」
オネットさんの最後の言葉と同時に、ユマ母が瞬き一つせずオネットさんの方を向いた。えぇぇ……何今のエフェクトみたいなの。一瞬次元歪んだ?
「な、なあ」
お、ユマ父が何か言うつもりだ。ここは彼の弁明を聞こうじゃないか。
「余り大事にしねぇでくれよ。そんな大した問題じゃねぇんだ。ちょっと仕事の付き合いってやつで……」
「静粛に」
「……はい」
うわあ。一蹴だよ。鉱夫だけあって相当ガタイ良いユマ父が完全に呑まれてるよ。
オネットさん、敵と戦ってる時より強く見えるんだけど……もしかして一番実力発揮するのって不倫現場なのかな?
「繰り返しますが、私はどちらかの味方をしにここへ来た訳ではありません。ただ、ここで真相を究明しなければユマさんと皆さん御家族の将来に暗い影を落とすことになるでしょう。私はそれが不服です。なので、私の我儘に協力して頂けると助かります」
「……」
ユマ母はじっとオネットさんの方を見ている。恐らく本能的にシンパシーを感じているんだろう。
ただ、徹夜明けで憔悴しきっているからか顔に生気はない。この状態のユマ母に辛い現実を突きつけるのは酷だ。
……まさか俺、このユマ母のメンタルケアをしなきゃならないの?
いや無理だよ! 俺やり手のセラピストとかじゃねーし! こんなボロボロの既婚者にかける言葉なんて知らねーって!
「ダイロッドさん。私と一緒に別室で彼の主張を聞いて下さい。ギルドマスターとシキさんはお母様の傍にいてあげて下さい」
「わかった。言う通りにしよう」
「ん」
何の疑問も持ってない感じで二人ともフツーに返事するよなあ! 俺マジでついていけてない。まあでもシキさんも一緒ならまだマシか……
「ではお父様はこちらへ。昨日の行動を朝から全てお話し下さい。可能な限り詳しく」
「いや、だからそんな大袈裟な話じゃ……」
「不審な動きを見せないようお願いします。すみませんが不肖私、完全な自制心を持ち合わせてはいませんので。不貞の疑惑がある相手ですと何をするかわかりません」
「……はい」
怖い。もうずっと怖いけど今のが一番怖かった。
人妻屠り師からサレ妻屠り師にバージョンアップしたオネットさんは、もしかしたら万全のステータスにしたコレットより上かもしれない。そう思わせるスゴ味がある。
……なんでこんな民家の中でそれを見せられなきゃならないのか。おかしいよ。
「隊長」
小声でシキさんが話しかけてくる。なんかちゃんと話するの久々な気がするな。実際には数日振りだけど。
「シキさん。どうすりゃいいのかな」
「私にわかる訳ないでしょ。オネットが怖いから言うこと聞いてただけなのに」
なんだ。実はシキさんも戸惑ってたのか。顔に出さないからわかんないんだよな……
「何にしても、ユマの母親がこのままじゃよくはないと思うし、隊長が慰めるしかないんじゃない?」
「無理に決まってるでしょ。なんでオネットさんといい、俺がそういうのできる前提なの」
「おかしくなったコレットとか、イリスに執着してるアレとかと上手にコンタクト取ってるじゃん。適任でしょ?」
いや違う違うあいつらとはジャンルが全然違う! カウンセラーと弁護士くらい違う。こっちは完全に専門外だって。相手人妻だぞ?
「トモさん」
……え?
今、ユマ母が俺に話しかけてきた?
「……」
え? 笑った? 今薄笑いしてる?
なんで?
「……」
喋んない! 笑ってるだけ!
こっ……怖いよぉー…………




